恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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▼馬元義:起家(ちーちゃ)
太平道創設メンバーの一人、実質的に太平道を纏めている人物。
一見すると細身であるが全身を筋肉を纏っている、所謂、細マッチョと呼ばれる肉体をしている。
身長も高めで、立直とは一回りくらい歳上。


傾国の歌姫      -太平道

 太平道とは世の政治腐敗を憂いて立ち上がった道教系組織である。

 その創設時の面子は私こと馬元義の他に波才、程遠志、張曼成、裴元紹、管亥の六名であり、太平道の意思決定は六名による円卓会議にて定められる。とはいえ六名全員が揃うのは稀なことで、太平道の主要面子の中でも一際に幼い波才は強い影響力を持っていても、その発言が重要視されることは少ない。

 というよりも彼女の場合は太平道の象徴であるために円卓会議の面子に加わっていることに意味があった。

 

 旅に出る前は波才――立直(りーち)の露出は極力避けていた。

 そうすることで波才を民衆にも分かりやすい形で神聖化させることができ、太平道の求心力を高めるという目的もあったが、実際には波才を守るためというのが強かった。毎日、十数人もの人間を相手にすることはまだ子供の彼女には負担は大きいと考えている。そのため事細かなやりとりは私達の方で済ませてしまって、彼女には治療術だけをお願いしてきたのだ。

 だが旅から戻ってきた立直は、自分の方から積極的に太平道の面子に声をかけるようになった。そして自分の方から近場の村へと訪問して、挨拶を交わしながら気楽に治療術を施すのだ。肌が爛れていようとも、欠損があろうとも、彼女は嫌な顔一人見せずに相手の手を両手で優しく包み込んで微笑みかける。

 この彼女の行いには太平道の内部でも批判があったが、結果的に太平道の名は大陸全土に大きく広まった。

 

 ――太平道には神の手を持つ巫女がいる、民草に分け隔てなく慈悲を与える聖女がいる。

 

 巫女の名が広まるにつれて、立直には大賢良師と名乗るように言いつけた。

 その理由はもちろん彼女を守るためのものだ。彼女の存在は大陸全土にまで広まっており、彼女を誘拐しようと襲撃されたことがあった。襲撃された直後、彼女は身を震わせて怯えていたが、それでも彼女は毎日の目標を達成するために村に通い続けた。

 休んでもいい、と告げると立直はこう返すのだ。

 

「これは私にしかできないことなので」

 

 そう笑い返す彼女を私は止めることができなかった。

 毎日、立直は決められた時間に決められた場所に足を運んだ。その予定は来月に至るまでぎっしりと詰め込まれており、彼女の幼い体では予定通りに熟すのは難しいと思っていたが、彼女は文句の一つも溢さずに淡々と毎日の予定を消化していった。

 無理をしていないのか、と問いかけると、好きでしていることなので、と彼女はやはり笑って答えた。

 

 そんな聖人君子のような立直であるが、人間誰しもが欠点を持つように彼女にも欠点がある。

 

 その一つが立直には浪費癖があることだ。

 太平道の象徴と言うこともあって、彼女には結構なお小遣いを与えている。それは大人であっても使いきれない程の大金であるが、彼女は綺麗さっぱりと使い切ってしまうのである。もしやお小遣いを誰か他人のために使っているのではないな、と怪しんだこともあったが――結論から云えば、その心配は杞憂に終わった。護衛を兼ねた監視のためにつけた信徒は言い澱みながら、自分のために使っていると報告する。そして、気になるのであれば御自分で確認されるのが一番だ、と信徒は付け加える。

 今までは特に気にしていなかったことであるが、週に一度、彼女は自分で休日を設けている。

 そして休日の時に何をしているのか、私は知らなかった。

 意図的に報告をされていなかった、と言うべきか。

 

 立直は民衆からはまるで聖女のように崇められている。

 しかし彼女の護衛に就いた者はみんな決まって残念そうに彼女のことを見つめるのだ。別に立直が嫌われているという訳ではない、むしろ護衛と親しそうに話している姿を見かけることもある。立直の護衛に就く前は、光栄です、と頰を上気させて告げる信徒達が一週間もすれば、とてもとても残念なものを見るような目で立直を見つめるのである。

 そういう訳で私、馬元義は立直が休日に何をしているのか追跡することにした。

 そして今、後悔している。

 

「キャーッ! 張角さーん! キャーッ! キャーッ! 張梁さーん、張宝さーん! きゃあーんッ! むっはぁーんっ!!」

 

 とても後悔している。

 今、私が居るのは見世物小屋であり、入り口には“数え役満(かぞえやくまん)☆姉妹(しすたーず)”と書かれた立て札があった。

 中に入ってみれば、舞台には三人の娘が踊りながら歌っており、見世物小屋に詰め込まれた民衆が合いの手を入れるように歓声をあげている。そして、その最前列で立直……のようにも見える女の子がピョンピョンと飛び跳ねながらお手製の団扇を振り回していた。

 あれは誰なのかなー、私の知っている人じゃなければいいなー。

 遠い目をしながら、しかし確認をしない訳にもいかなかったので、その日の公演が終わるまで待つことになった。二刻(四時間)以上、その間、立直によく似た人物はずっとはしゃいでいた。彼女の両脇にいる私が付けた護衛に似た姿の者達はとても残念なものを見るような目で生暖かく見守っている。もう見てられなくて、いたたまれなくて、私は見世物小屋から出た。なんというか見てはいけないものを見てしまったような気分だ。

 公演が終わると他の客に交じって、とても満ち足りた顔で見世物小屋が出てくる立直と瓜二つの少女、私の姿を見つけると小走りで駆け寄ってきた。

 

起家(ちーちゃ)、貴方も数え役満☆姉妹の公演を見に来ていたのですか!?」

 

 そう満面の笑顔で告げる立直は今まで見たことがない程に素敵な笑顔だった。

 できることならば両手に持ったお手製の団扇と“数え役満☆姉妹”と書かれた鉢巻をしていない姿で見たかった。

 遠くを見つめる私に「あれ、違ったのかな?」と可愛らしく首を傾げる少女は、ぐっと両手を握り締めて告げる。

 

「起家、数え役満☆姉妹……いいぞ!」

 

 うるせえ、その姿で何度も私の真名を呼ぶんじゃない。力説するんじゃない。

 同類に見られるだろうが――責めるように立直の隣に控える護衛二人を見つめると、そっと目を逸らされた。

 

「いや、数え役満☆姉妹は悪くないんですよ。むしろ良師様の影響で最近少しハマってきたんですけども……ええ、まあ、うん」

 

 護衛の一人が言い澱みながら立直のことを残念そうに見つめる。

 今や民衆から絶大的な人気を得て、聖女とも呼ばれている人物がこんなことで良いのだろうか。

 私含めた三人から視線を向けられた立直は、不思議そうに三人を見返した。

 

 

 立直に与えられている屋敷。その私室を覗いた時、私は軽く目眩を起こした。

 部屋の壁一面に数え役満☆姉妹の姿絵が貼られており、机には様々な姿勢を取った数え役満☆姉妹の人形が並べられている。そして部屋の隅にある箱を立直が開けると中には当日の演目表が綺麗な状態で保管されており、おそらく今日の分の演目表を新しく中に入れる。

 仕事に支障が出ないなら、他人の趣味をどうこう言うつもりはない。むしろ適度に息抜きができた方が仕事が捗るし、精神的な負担を発散できる機会があれば、塞ぎ込むような危険性も小さくなる。

 しかし、それでも――少しのめり込み過ぎではないか、と思ったりする。

 

 彼女の資金の使い道を確認できただけでも良しとしようか――そう思って適当に彼女と話を合わせようと考えると、ふと机の上に資料らしき紙束が置いてあるのが目に入った。なんとなく手に取ってみると、“数え役満☆姉妹公認後援会”とあり、真ん中には大きな文字で“黄巾党”と書かれていた。次の頁を見てみれば、様々な商品の案が並べられており、その次は張三姉妹が公演できそうな候補場所の一覧、そこには太平道が何時も講演会に使っている場所も含まれている。後ろの方には黄巾党に所属予定の者達の名簿なのか、名前がズラリと並んでいる。その規模は太平道よりも多いような――いや、明らかに――そっと私は次の項目に移る。そして、そこには支援者と支援金の一覧が書いてあり、その一番最初に波才の名前が――うん、まあ、この部屋にある品物の数々だけじゃ使い切れない程度には金額を渡していたが――よし、深く考えるのを止めよう。その合計金額は太平道が支援を得ている金額よりも流石に少なかったが、今まで支援金から使い込んできた金額が全て表に纏められている。

 

「黄巾党の活動資金として募った支援金を私物化するわけにはいきませんからね! こういうのは透明化が必要なんです、私達は漢王朝と一緒じゃありませんからね!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くする立直を見て、私は無言で彼女の頭を撫でる。

 ちゃんと太平道の立場を覚えていたんだなという思いつつ、その私達に(起家)が含まれていない気がして少し寂しくなった。というよりも立直、貴方はそういう仕事もできたんだね。

 お姉さんの知らない内にとても遠い存在になったような気がするよ。

 

(ちー)平和(ぴんふ)にも手伝って貰いました!」

 

 立直が天使のような満面の笑顔で告げる。

 余談になるが吃は程遠志の真名で、平和は張曼成の真名だ。とりあえず後で二人には問い詰めることにしよう、そうしよう。

 つい深めてしまう笑みに、立直も負けじとより一層に素敵な笑顔をしてみせた。

 

 

 (程遠志)平和(張曼成)を吊るし上げてから数ヶ月が過ぎる。

 数え役満☆姉妹公認後援会として黄巾党が結成されており、今では太平道に所属するほぼ全員が黄巾党に所属する事態に陥っている。その人気は太平道の巫女に匹敵する程であり、その巫女が積極的に支援しているのだから今の状況も当たり前と云えば当たり前なのかもしれない。というよりも黄巾党の会長が巫女ですし、おすし。

 今日も今日とて、これ以上ない笑顔で数え役満☆姉妹の公演に足を運ぶ立直(波才)、遂に法被(はっぴ)を自作するまでに至っており、背中に大きく天と書かれた法被を自慢げに羽織っている。これから最前列で黄色い歓声を上げてるのだろうな、と何処か遠くを眺めながら思った。ちなみに彼女の推しは張角であるようで、彼女が持つ応援道具には何処かしらに張角を示す天の文字を付けている。

 情報収集のつもりで立直に話しかけると普段の落ち着いた聖女のような印象が消え去り、鼻息を荒くしながら早口で聞いてもいないことを語り続けてくれるので、この業界についても少々詳しくなってしまった。ちなみに黄巾党の数え役満☆姉妹の関連商品の売り上げは太平道に集まる支援金に匹敵する。純利益で考えると、まだまだと言ったところではあるが、未だに売り上げを伸ばしているのだから末恐ろしい。

 利益は黄巾党を支える有志達への人件費と宣伝費、そして新商品の開発に費やされたり、党員特典の配布に使われている。

 

「数え役満☆姉妹を応援するために集めた資金なのですから、余剰分はきちんと支援者に還元しないといけません!」

 

 イイコダナー、大賢良師の名に相応しいくらいに良い子です。

 なのにどうして、こうも残念なのだろうか。

 

 近頃では黄巾党、つまり数え役満☆姉妹を愛する有志として黄巾を頭に付ける者が増えてきた。

 先述したが太平道の大半は黄巾党に所属している、そのために太平道でも黄巾を付けている者ばかりになっている。例えば、吃とかと平和とか、そこら辺だ。太平道での経験を活かして、黄巾党の運営に役立てているようであり、黄巾党の今後について語り合う者が増えてきた。

 もう太平道が何をする組織なのか分からなくなってきた。

 

 そもそも、どうして数え役満☆姉妹はここまで爆発的な人気になったのだろうか。

 彼女達の歌は古来から続いている伝統的な歌ではなく、芸術的というよりも世俗的な印象を受ける。それ故に彼女達の歌が庶民にウケるのは分かるが、果たしてこうも急に人気が沸騰するものなのだろうか。まあ太平道は名家や儒家と敵対する立場にあるから、その構成員は庶民であることが多く、必然的に数え役満☆姉妹の客層的にも被るのは分かる。

 しかし、でも、という想いが拭いきれない。

 何よりも黄巾党の規模は、今や太平道を遥かに上回っており、どちらかといえば黄巾党に所属している者の中に太平道にも所属している者が居る、となっている現状がまずい気がする。このままでは黄巾党に太平道を乗っ取られる可能性もあるのではないだろうか。

 漠然とした不安、しかし、そうなる確証もない。

 

「随分と悩んでいるじゃないか、起家(ちーちゃ)

 

 そんな私に話しかけてくる者がいた。

 

海底(はいてい)か、何の用だ?」

 

 海底とは裴元紹の真名だ。義侠上がりの彼女は太平道で道教を学んでも、大柄な態度を直すことはなかった。

 

「憂いているんだろう? 太平道の在り方について――いや、なに、俺も近頃の太平道はない、と思っていてな。ここらできちんと太平道が何する者か、しっかりと見つめ直す必要があるんじゃねぇか?」

 

 言いながら不敵な笑みを浮かべてみせる。

 海底もまた世を憂う一人、義侠として活動するだけでは世の中を変えられないと太平道に合流した女だ。

 そして、そのように気高き意志を持った彼女の頭には、黄巾が輝かしく巻かれている。

 

「お前もかよ!」

「……数え役満☆姉妹は、いいぞ」

「うるせぇよ! それなんだよ、黄巾党の合言葉かよッ!」

 

 もう駄目だ、おしまいだァッ! 太平道の主要幹部の内、四人が黄巾党で確定じゃないですかー! 多数決じゃ負けてるじゃないか!

 

「いや、ちゃんと公私は分けてるから、太平道と黄巾党は別だから……」

「もうやだ、もうなにも考えたくない! 信じて送り出した立直もなんだか変な宗教に嵌ったみたいになっちゃってるしさあっ! あんなに可愛かったのにさあ、今も可愛いけどさあ! なんか違うじゃん! なんか違うじゃん! やったね、起家ちゃん! 信徒が増えるよ! おい、やめろ! やめて! その信徒は、うちのとこじゃないからッ! うちは太平道だから、黄巾党じゃないからッ! ああもう、世直しなんて最初から必要なかったんや! 皆、数え役満☆姉妹さえあれば良かったんやッ!!」

「うるせぇっ! 黙って話を聞きやがれッ!」

 

 ゴツン、と海底に頭を殴られた。

 おれは…もう…しょうきにもどった! かぞえやくまんしすたーず いず くりすたる!

 もう一度、殴られた。


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