恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

16 / 35
※9/27 21:35 前話の最後、少しだけシーンを追加してあります。

▼徐晃公明:香風(しゃんふー)
 騎都尉、洛陽周辺の賊を退治し続けている。
▼李儒文優:博美(ひろみ)
 徐晃の補佐役。
▼張遼文遠:(しあ)
 執金吾、外敵から洛陽を守る役割。
▼蹇碩:(づぅ)
 霊帝の近衛隊隊長。


動乱の前日      -漢王朝(+徐晃隊)

 少し時間を遡る。

 時系列に直すと馬元義が洛陽に入って、幾日か過ぎた頃合い。

 黄巾党が逆賊として手配される十数日前だ。

 

 

 空を見るのは好きだった、何時か空を飛んでみたいと思っている。

 そんなことは不可能だと分かっていながら、その夢を諦めることを私にはできなかった。空を飛ぶ鳥を追いかけるように地面を駆ける、時間が余った時は緑で埋め尽くされた草原を空に見立てて遠乗りするのは昔の習慣だった。

 その草原の向かう先にいるのは黄巾を被る賊徒だ。もう既に動き出しており、どうやら真正面から攻め入ってくるつもりのようだ。

 少し気が緩み過ぎている、と私は意識を集中させると部隊を左右に散開するように指揮を出した。部隊は鶴が翼を広げるように前にせり出しながら左右へと広がった。いわゆる鶴翼陣と呼ばれるものであり、私が最も好きな陣形であった。中心部の先頭には私が立ち、敵の突出した一人を持ち前の大斧で目一杯に吹き飛ばした。気を充実させていない脆い肉体は、見るも無残な肉片となり、胴体が完全に吹き飛んだ。雨のようにバラバラと肉塊が大草原に降り注ぎ、遅れて千切れた手足、あと頭部がボトリと地面に落ちる。これだけで敵の勢いが削がれる。臆した兵達による突撃は最早、私達にとって脅威ではない。騎馬隊が左右から上がっていくのが見えた。

 中央で私が相手を抑えている間に、左右の部隊が相手を優しく包み込んで、

 

 ――大勢が決する。

 

 此度、賊徒が六百人に対して、私達は千人だった。

 そして結果は六百人の全員捕縛、ないし損害を与えたことに対して、私達の被害は僅か五十二名。その内の全員が戦線に復帰可能という戦果を上げる。戦後処理の最中、部隊長が私のことを褒め称えるが、こんなことは何時ものことでいまいち気分が上がらない。民衆から漢王朝の無敗将軍と呼ばれることもあるが、私は精々、数千の指揮官なので将軍と呼ぶのは間違えている。

 それよりも私は今、予定よりも早く屋敷に帰れそうなことの方が嬉しかった。

 

「徐公明様、ここから先は私達がやっておきます。今日ぐらいは先に休まれては如何ですかな?」

 

 そんな言葉に「そう?」と頰が緩むのを隠せなかった。

 私は配下の配慮に甘えて一足先に陣中を抜け出すことにする。予定よりも早い帰宅に同居人は喜ぶだろうか、ご飯の準備ができていないと困った顔をするだろうか――そんなことを思いながら帰る道のりは思いの外、もどかしくて気分が良かった。

 自然と足が早くなるのを感じながら同居人の待つ屋敷に戻る。

 

 私の名は徐晃、真名は香風(しゃんふー)。洛陽で騎都尉を務めるものだ。

 

 屋敷に足を踏み入れる時、驚かせてやろうと息を潜めてゆっくりと扉を開けて忍び込んだ。

 それはちょっとした悪戯心、不思議なほどに静まり返った屋敷内、私の同居人は昼寝をしているのだろうかと想いを馳せる。それならそれで寝顔を拝見してやろうと台所と居間にいないことを確認して、彼女の私室に潜り込んだ。しかし、そこにも彼女は居なかった。

 一体、何処へ行ったのだろうか。

 買い出しにでも行っているのだろうか。そう考えて少し残念に思いながらも、念のためと屋敷の中を全て探していると――食材などを貯蔵する地下室の前で、バタリと同居人と出くわした。

 その時、嬉しさよりも困惑の方が強かった。

 

 驚きの表情を浮かべる同居人、その博美(李儒)の手が汚れていた。

 部屋の奥から漂う血生臭さに思わず顔を顰めると、彼女は困ったようにはにかんでみせる。

 その少し開かれた部屋の中から覗き見れるのは、手足の爪を剥がされた血塗れの女性。知らない、何も知らない、と啜り泣く声が――バタンと不意に扉を閉じられると、にっこりと笑顔を張り付かせた博美(ひろみ)が私のことを見下ろしてきた。その目をじっと見つめ返す。

 私から彼女に語ることは何もない、彼女から語って欲しいと耳を傾ける。

 

「……歴史は私達を破滅に向かわせる。だけど貴方が此処に居るから、私も少しだけ足掻いてみようと思うんです」

 

 私が期待した言葉とは別の言葉だった。

 まるで話をはぐらかすような言い方であったが、その言葉からは嘘を感じられなかったから私は大人しく身を引くことにした。

 私と彼女との間には壁がある、でも少しずつ距離は縮まりつつある。

 

「遅れました。おかえりなさい、香風」

 

 その言葉で今は納得することにした。

 

 私は騎都尉として、漢王朝に仕え続けている。

 あの流れ星を見てから随分と月日が経っているが、あれから一度も漢王朝から離れようとは思わなかった。家に帰ると博美が私のことを出迎えてくれる。温かいご飯にふかふかのお布団、気付いた時には「おかえりなさい」と言ってくれる彼女がいる家が私の帰るべき場所になっていた。

 洛陽での扱いは相変わらず、決して良いものとは言えないが、端から出世を期待しているわけでもない。博美に手を出そうとした不届き者を再起不能になるまで打ちのめした事もあるが、執金吾の張遼に獄へと突っ込まれたが三日で釈放、どのような事が裏で行われたのか分からないが、以後私達に手出しをしようとする者はいなくなった。

 翌月から給金が増えてたりもして――そうなってくるともう洛陽から出て行く理由が見つからなくなっていた。

 

 ――香風は洛陽から出て行くつもりはないのでしょうか?

 

 何時しか聞いた博美の問いに、その時の私は「面倒だから」と思ったことをそのまま答えた。

 その言葉を聞いた博美はなにか決心したような目をしたが、当時、私は気に留めようとは思わなかった。

 今だから気になる。

 

「博美は洛陽から出て行きたい?」

 

 あの時の質問を井戸で血で汚れた手を洗っている彼女に問いかけると

 

「此処が私の帰るべき場所ですから」

 

 と彼女は気恥ずかしそうに答える。

 なんとなしに私は空を見上げる、ぼんやりと小鳥が空を羽ばたいているのを見た。私は鳥になりたいと思ったことがある、それならばきっと博美は私にとっての止まり木だ。

 私の心が唯一休まる場所、それを奪われる訳にはいかない、と密かに決意を固める。

 

 その日、肉料理は出て来なかった。

 

 

 私、(張遼)は頭でモノを考えることは苦手だった。

 常に前のめりで馬鹿をやってる方が楽しくて性に合っていたが、それだけを考えることができないのも私という人間であった。

 中途半端に性根が良いのか、変なところで頭が回るのか、余計なことにまで気を回る癖が付いている。放っておけばいいと思いながらも気付いてしまったからには夢見が悪く、結局、首を突っ込んでしまうことになるのが多い。

 徐晃が獄に放り込まれた時もそうだ。私には直接的な実害もなかったが、何進達に徐晃の有能さを説いて回り、関係者を全員ひっ捕らえてやった。その手間暇にかけた時間は私の想定以上に膨大で、安請負をしてしまったと悪態を吐かずにはいられない。そうして助けた徐晃からは特に見返りも求めなかったのだからお人好しにも程がある。そもそも、どうして私なんかが執金吾なんていう大役を担っているのか……可笑しいとは誰も思わなかったのか。

 まあ今更言ったところで仕方ない、与えられた職務の中で給金分の働きをするだけの話だ。

 

「彼女の名前は唐周、商人として化けて洛陽に入るところを捕縛しました」

 

 李儒に屋敷まで呼び出された私は、奥の部屋で檻の中から女性が引っ張り出されて地面に叩きつけられるのを見た。

 手足を折り畳むようなような形で拘束されており、衣服は纏っておらず、全身の肌には鞭で幾度と叩かれた痕が見える。目隠しをされているので表情はわからない。太股から滴り落ちる血は鞭によるものか、それともなにか、爪は全て剥ぎ取られている。知らない、知らされていない、と悲痛な声で何度も繰り返しており、見ているだけでも精神的にきつい。

 私が顔を顰めると少女は虫も殺せぬような綺麗な顔で「彼女はただの運び屋のようでして残念ながら詳しいことは知らされていないようです」と残念そうに笑みを浮かべてみせる。

 

「穴という穴の全ても探してみたのですけどね。彼女、両方とも初めてだったようで隠せる場所はありませんでした。慣れぬことを頑張ってみたのですけども、分かったのは何処に運び入れるのかということだけでして――本当に末端だったようで残念です」

 

 まあ末端でもなければビビってチクったりしませんか、と李儒は茶目っ気たっぷりに舌先を出してみせる。

 

「それで話なのですが執金吾の張文遠様に商家を一つ、ガサ入れをして欲しいのですよ。勿論、秘密裏に」

「……なんで、うちがそんなことをせなあかんのや?」

 

 彼女の印象は正直にいえば最悪だ。それ故、本能的に彼女から命令を受けることに拒絶する。

 

「無論、洛陽の平和を守るためですよ?」

 

 一人の女性の尊厳を地の底まで貶めた少女の口から出たのは殊勝な言葉だった。

 

「私は私の居場所を守るために洛陽を燃やさせる訳には行かないんですよ。歴史は変わっている――ならば私は全身全霊で漢王朝と洛陽を守ります、万全を尽くします。そのために手段を選んでいる余裕が私にはありません」

 

 その言葉は意外な程に真摯に私の心に響いた。仮に李儒の精神に何かしらの疾患があったのだとしても、嘘ではないと感じ入る。

 

「……その女はどうするんや?」

 

 問うと彼女はやはり困ったように顔を顰めると、

 

「せっかくなので生かしておきます、暫くは人間的な扱いはさせてあげられませんけどね。そして、この有様を口の固い商家の旦那に見せつけてやりましょう。きっと口を割ってくれると思います……まあ口が軽ければ、その必要もないんですけどね」

 

 あっさりとそんなことを言ってのける彼女を見て、やはり自分には謀略の類はできないと再認識する。

 こういうことを平然と思いつくような人間が世の中を裏で動かしているのだと実感せざるを得ず、できることならば触れずにいたいと願わずにはいられない。

 張文遠様は知っていますでしょうか? と問いかける少女に聞きたくないと思いながら耳を傾ける。

 

「人間ってお尻からでも食事を摂ることができるんですよ」

 

 彼女の敵にはなりたくない。

 

 後日、とある商家の旦那を捕縛する。

 信仰心が強いのか彼は尋問を受けても口を割らず、李儒の手に委ねられることになった。そして李儒が彼を屋敷の中へと連れて行くと、ものの数分で彼は拍子抜けするほどにあっさりと口を割ったのである。その時の私は屋敷の外で待機をしていたが、後に安全のためと同行した兵が庭で胃液を吐いているのを見かけている。

 犠牲になった兵には申し訳ないが、同行しなくて良かった、と心から思った。

 

 

 私、(蹇碩)は近頃、不穏な気配は感じていた。

 洛陽の外では黄巾を頭に巻いた者が膨れ上がり、賊が多発するようになってしまった。

 そのせいか物流が滞ることが多くなり、嗜好品は勿論、近衛隊の備品を修繕するのに時間を取られることが増えた。他の隊では目上の者が部下に装備の修繕をさせることもあるようだが、私が率いる近衛隊では私自身が自分の装備を手入れしているので、自分の装備を自ら修繕することに誰も文句を言ったりしない。むしろ鍛錬を休みたくて部下の方から修繕に時間をかけようと言ってくる程だ。

 外が叛乱の花で咲き乱れてようとも、内が権謀術数で雪合戦が行われようとも、近衛隊は特に何かをする訳でもなく、粛々と職務を全うしている。そもそも近衛隊とは霊帝を守る矛と盾であって、それ以上でも以下でもないのだ。それに宮中において権謀術数は標準語のようなものであり、ただ戯れあっているだけに過ぎない。猛獣同士の戯れあいに触れて、一般人が生き残れるかという疑問が残るが――その場合は猛獣が潜む密林に裸で飛び込む方が悪いという理屈が成り立つ。

 そういった謀略を取り締まるのは執金吾の役割だが、その執金吾である(張遼)は半ば職務を放棄してしまっていた。

 

 理由を問うてみれば、「裁判所が被告人だけになるけどええんか?」とのことである。

 なるほど、これには職務放棄も納得せざるを得ない。

 権謀術数の支給品の押し付けや、赤字覚悟の権謀術数の大放出特価、今なら更に権謀術数をもう一個となる宮中に果たして明日はあるのだろうか。閉店前に行われる売り尽くし特価の雰囲気まである。

 

 今日も今日とて元気よく権謀術数が飛び交う中で、我関せずと日常を謳歌している時のことだ。

 比較的、穏やかな門前の警備に当たっていると(しあ)が歩み寄ってくる。私が門番をしている時を狙ってくることの多い彼女、何時ものように鬱憤晴らしの手合わせを願いに来たのかと思えば、どうにも雰囲気が違っている。僅かに顔色が悪いように見え、苛立っているようにも感じられた。

 なにか起きたのかと思えば、やはり彼女は手合わせを願いたいと言い、しかし何時もと違うことを付け加える。

 

「今日は本気を出したいから稽古場を二人にして欲しいんや」

 

 なるほど、これは厄介事の予感がする。

 

 人払いを済ませた稽古場、

 霞と私の二人で本番さながらの意気込みで鍛錬用の木槍をバチバチと打ち鳴らした。

 腕前は霞の方が上だ、実戦仕込みの体捌きは予測困難、縦横無尽に振り回される木槍に翻弄されるばかりで付いていくので精一杯だった。霞が言うには私の武は素直過ぎるとのこと、稽古相手を見つけられずに型稽古ばかりをしていれば、そう言われるのも致し方ない。基本的に私の方が手も足も出せず、一方的に打ち負かされることが多い。

 かといって、やるからには負けるつもりは毛頭なく、実践形式の手合わせで五本に一本取れるかどうかの戦績になっている。

 

「相変わらず、頑丈なやっちゃなあ」

 

 尤も気を充実させた私の肉体は木槍よりも硬いので怪我をする前に木槍の方が悲鳴をあげる。

 そのこともあって、霞は容赦なく私に木槍を打ち付けられるということだ。特に今日の霞は何時もよりも槍捌きが荒々しくて、攻撃を仕掛ける余裕もないほどの猛襲に受けるので精一杯だった。

 形式だけの手合わせとはいえ、本番以上の鬼気迫る猛攻に霞は軽く息を切らした。

 

「本当に丈夫やなぁ、宦官にしとくのが勿体ないで」

 

 軽く流した汗を拭き取る私に、肩で息をする霞が少し気が晴れた様子で口にした。

 基本的に攻め続ける彼女と受け止める側になる私との差が出ているだけではないだろうか。まあ、そんなことよりも、まだ用件を聞いていない。

 人払いをして、偽装までして、それで伝えたい用事となにか。

 

「近頃、黄巾党と呼ばれてる奴らが増えて来とるのを知っとるか?」

「それなりには」

 

 時折、宮中でも噂を耳にすることがある。

 大賢良師と呼ばれる者が中心で纏まっている組織だとか、とある歌い手を心酔する集団だとか、黄巾を被った賊が徒党を組んでいるとか、その内容は様々で宮中でも実態を知るまでには至っていない。

 もう一度、霞は周囲を見やると小声で口を開いた。

 

「徐晃の配下なんやけどな……李儒っちゅう奴が、黄巾党を取っ捕まえよったんよ」

 

 ピクリと体が揺れた、できるだけ平静を装って続く言葉に耳を傾ける。

 

「んで、どうにも洛陽で反乱を起こそうとしとるんじゃないかっちゅー話になってなぁ。その後で商家の査察を行ったんやけど――キナ臭い情報が出るわ出るわ、屋根裏に大量の武器が隠されてたのも発見したわ。なんでも洛陽各地に火を点けて騒動を起こし、その隙に宮中に攻めるっつーことやったらしいで?」

 

 霞の言葉に自然と木槍を握る手に力が篭るのを感じた。

 

「標的は霊帝と何進、妹二人も誘拐対象に入ってたみたいでな……まあそれは事前に食い止める形になったんや、そこは安心してもええで」

 

 あえて余裕を演出しているのか、張り詰めた空気を緩めようとしたのか、彼女は小さく微笑んだ。

 

「うちはこれから洛陽市中を見張る、何進にはもう伝えた。んで秘密裏に一網打尽にしてやる計画も立てとる――でもまあ事が事やから紫にだけは伝えておこうと思ったんよ」

 

 私は静かに深呼吸をし、頭の中の情報を整理する。

 とりあえず大それたことを行おうとしている輩が居ることはわかった。

 それなら警備の数は増やすべきか。

 しかし秘密裏に動くとなれば、派手に動くのは避けた方が無難か。

 結局のところ、心構えしかできないのだろう、と結論付ける。

 

「なるべく出番がないようにするけど、もしもの時は頼んだで?」

 

 言いながら霞に肩を叩かれる。

 

「職務を全うします」

 

 彼女の期待に私は短く返した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。