恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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▼張曼成:平和(ぴんふ)
 太平道創設メンバーの一人、黄巾党幹部。
▼馬元義:起家(ちーちゃ)
 太平道創設メンバーの一人、実質的に太平道を纏めている人物。
▼張遼文遠:(しあ)
 執金吾、洛陽を外敵から守り、治安の維持する役割。
▼李儒文優:博美(ひろみ)
 徐晃の補佐役。


洛陽動乱・下     -漢王朝・太平道

 私は幼い頃、ずっとお腹が空いていた記憶だけがある。

 もう顔も思い出せない産みの親、食べさせてやるものがないと家から追い出された。

 道を宛てなく歩き続ける。その足取りは思っていたよりも軽い、たぶん当時はまだ実感がなかったんだと思っている。歩き続けている内に体が重たくなっていって、でもお腹が空いていたから食べ物が欲しくて彷徨い歩いた。次第に太陽が落ちて、眠り、また昇り、そしてもう一度、太陽が落ちる頃合いで私は力尽きてしまった。

 このまま眠ってしまえば、もう二度と目を開けられない気がした。でも、眠っている時はお腹が空かないから、お腹が空くのはとても辛いことだから、もう眠ってしまっても良いかなって、ゆっくりと瞼を閉じた。

 あとは眠るだけだったのに、つんつん、と誰かが私の頰を指でつついて邪魔をする。

 

「……てる? おーい、おねえちゃん。おきてるの?」

 

 薄っすらと目を開けると、そこには巫女装束を着た幼子が私の顔を覗き込んできていた。

 

「おー、おきてた! ちーちゃ、おきてたよ!」

 

 嬉しそうな声を上げながら、幼子はトタトタと何処かへ走って行った。

 騒がしいのが離れて、静かになって、もう一度、眠ろうとしたら、あの騒がしい幼子が誰かの手を引いて戻ってくる。

 親子だろうか、いや、なんとなしに血が繋がっていないように思えた。

 

「……この子を助けると、立直(りーち)の食べるご飯が減るが構わないのか?」

 

 幼子が連れてきた大人の女が、私のことを見下ろしながら幼子に問いかける。

 お腹が減るのはとても辛いことだ。だから仕方ない。私はもう空腹は嫌だったから、このまま眠らせて欲しかった。

 幼子は腕を組んで、うーん、と渋い顔で悩むと「わっかんない!」と笑顔で答えた。

 

「ごはんは一人だとおいしくないけど、二人だとおいしかった! それが三人だったら、きっともっとおいしいよ!」

 

 向日葵のように明るく咲き誇った笑顔に、大人の女はクスっと失笑する。

 首を傾げる幼子に、分かった、負けたよ、と女は私を担ぎ上げた。

 

 生きている、と私が実感をするようになったのはそれからだったと思っている。

 正直なところ太平道の考えなんて、ほとんど理解していない。起家(ちーちゃ)は私のことを覚えが悪い生徒だと思っているようだが、そうではない。道教とは究極的に宇宙の真理を追求する思想であると理解しているが、そんなところで手に入れられる真理に私は興味はなかったんだ。

 私はもう既に真理を得ている。必要なのは温かい御飯、それを仲良く分けて食べられる家族。それが全て、それこそが私の得た真理だ。起家(馬元義)立直(波才)(程遠志)――そして私、平和(張曼成)の四人家族。私達に血の繋がりはないけども、私達は紛れもない家族であり、四人で食卓を囲むとそれだけで幸せになれる。

 革命に興味もない、ただ私は家族を守れれば良かった。

 

 高望みはしない、今でも充分に幸せだ。

 人間一人、できることなんて高が知れている。特に私のような凡愚には世直しなんて過ぎた話だ。私の幸せは一握りで良い、一握りの幸せを守るために私は全身全霊を投じる。それでも手が届かずに失われるかも知れない、少なくとも個人の幸せというのは凡人にとっては守りきるだけでも大変なことだ。

 だからこそ人一人を守ることは偉大なことだ。いや、偉大でなくてはならないと思っている。

 

 私は弱い、氣の扱いも苦手だった。

 取り柄らしい取り柄もなく、英雄、英傑と呼ばれる人種と比べれば全てにおいて劣っている。

 きっと両手で届く距離が私が守れるかもしれない範囲だ。

 

 だから私は守るべき相手を決めている。

 

 それ以上はもう祈るだけだ、無事を願って天に祈りを捧げる。

 そんなことに意味がないと分かっているが、それでも無事を願わずにはいられない。

 幸せを包み込むように両手を合わせて、願いを込める。

 

「どうか、無事でありますように……」

 

 私達を置いて勝手に洛陽に向かった馬鹿親に向けて――こんなことだから私は何時まで経っても太平道の教えを理解することができない。

 流れ星が落ちる、ふと天の御使いの噂を思い出した。

 神は願いを叶えてくれない、たとえ願いを聞いてくれたとしても神は見守るだけだ。神頼みは幼い頃から腐る程やっていて、神は何もしてくれないことを嫌という程に思い知られている。それでも懲りず、祈ることをやめることはできなかった。

 しかし、もしかすると天の御使いであれば、願いを聞き届けてくれることもあるだろうか。

 

 意味がないと分かっていながら、今日も今日とて祈りを捧げる。

 また再び四人で出会えることを願って――――

 

 

 池田屋の二階にある一室、ここは既に死地だと認識する。

 

「……大賢良師、張角様! 万歳ッ!!」

 

 その上で私、起家(ちーちゃ)は姿勢を低くして駆け出した。

 相手は張遼、一目見るだけでも分かる格上に臆する気持ちを飲み込んで特攻を仕掛ける。勝機を見出すには攻めるしかない、守って勝てるのは格下が相手の時だけだ。片手剣を両手に握り締める――ゆっくりと偃月刀を振り上げる張遼の姿を見て、咄嗟に片手剣を盾にしながら真横に飛んだ。

 刃と刃がかち合って火花が散る。

 軌道を逸らすことには成功し、何処でも良いから当たってくれと片手剣を突き出した――ガッと切っ先が弾かれる。偃月刀の柄に小さな窪み、振り抜いた偃月刀の刀身を戻さず、そのまま柄の角度を変えることで防がれたようだ。

 化け物め、と胸中で悪態を吐き捨てながら、片手剣の取り回しの良さを活かした連撃を繰り出した。四方八方から襲いかかる斬撃にも張遼は偃月刀を小刻みに動かしながら、その全てを叩き落とす。器用なことをしてくれるものだ――ならば、と張遼との間合いを詰めた。

 偃月刀という大物使いが相手であれば、接近した方が分があると見込んでの行動だった。

 

「しゃらくさいわッ!」

 

 柄の先、石突で額を小突かれる。

 突撃の勢いを削がれて、浮いた上半身に偃月刀の刃が襲い掛かった。一歩、後ろに退いたことで前髪だけが――ドロッと赤い液体が右目を覆い尽くした。痛みは薄い、が、しかし致命的な傷を負ってしまった。薄皮一枚分、避けきれずに額を斬られてしまったようである。

 二歩、三歩と距離を取る。服の袖で血を拭い取るも右目は暫く使い物になりそうにない、これでは接近戦も難しそうだ。

 

「行くで、行くでぇッ!!」

 

 考える時間も与えてくれない。

 踏み込みながら放たれる偃月刀の連撃を、片手剣を盾代わりに勘と経験で軌道を読んで防いだ。しかし重い、一撃が体の芯にまで響いてくる。三度、防いだ頃には握力が残っておらず、四度目は左腕に片手剣を添えて受け止めた。そのせいで左腕が一時的に使い物にならなくなって、五度目を防ぐ時に右腕一本で防ごうとして、片手剣が弾かれて手元から離れる。

 六度目は胴を狙った横薙ぎ、痺れた両腕をだらりと下げた姿勢から――偃月刀の刃の根元を目掛けて蹴りを入れる。

 足先からジンと骨まで伝わる衝撃、合わせられるかどうかは賭けだった。しかし受け止めることができた。ほうっ、と張遼が感心するように吐息を零したのを見て、痺れる足で無理矢理に偃月刀の刀身を踏み躙るように床へと叩きつけた。刃が床に食い込む、そのまま偃月刀を踏み締めながら、もう片方の足で張遼の横っ面を目掛けて蹴りを入れる。

 改心の一撃、手応えはあった――が、畜生ッ! 間に合わなかった!

 

「やるやないか!」

 

 顔の横に添えるように置かれた片腕、蹴りを受け止められてしまっている。

 張遼は封じられた偃月刀を手放すと一歩、踏み込んで、鼻先に拳で殴られる衝撃が入った。鮮血が飛ぶ、顔が浮いた。足先が当たりそうになる程の至近距離まで張遼が更に踏み込み、同時に振り被った右拳が私の顔に陥没する。体が飛んだ、意識が真っ白になった。気付いたら倒れていた、全身が痛い。頭は残っているのか、まだ痺れの抜けない右手で顔に触れると、確かに頭は胴体に付いていた。

 鼻は完全に砕けている。呼吸がしづらい、口内に血が逆流してくる。

 

 ――生きている、まだ私は生きているッ!

 

 動け、動くんだ。動かなくちゃ死ぬ、殺される。

 勝てるのか、立ってどうする。立ったところで何もできない。そんなのはどうでも良い、今、立たなかったら死ぬのだ。動け、動くんだ。死ぬ、駄目だ。死んでしまう、諦めてどうする!? あの場所に帰るんだろッ!! 立て、立てッ! 立て、立つんだ! 立つんだ、起家(馬元義)ッ! 立つしかないんだッ!!

 立直(波才)! (程遠志)! 平和(張曼成)ッ!! 私は、帰るぞ。三人の元に帰るんだッ!!

 

「……根性あるやん」

 

 立った、どうやら立てたようだ。

 だが、これからどうする。もう意識が朦朧としている、全身に軋むような痛みが走る。頭がズキズキと痛んでいる。

 もう思うように力が入らない。こんな時、どうすれば良い。

 

「一思いにやったる」

 

 張遼が床に刺さった偃月刀を抜き取る。

 その間、私は一歩も動けなかった。

 立っているだけで精一杯、立っているだけでも体が揺れている。

 気を抜くと、また倒れてしまいそうだった。

 こんな時、何をすれば良い。

 

「安心し、うちに痛めつける趣味はない」

 

 相手は格上で、私は格下だから。

 ああ、そうか。

 攻めるしかないのか。

 

 張遼が偃月刀を頭上に振り被った時、私は一歩、前に倒れ込むように大きく踏み込んだ。

 眼前には張遼の顔がある。額を擦り付けるギリギリの距離、ここからどうすれば良い? なにかしようと張遼の顔に向けて、手を翳すと彼女はビクリと身を強張らせて、肩で私の体を押しのけてきた。踏ん張りの利かない体では耐えられず、後ろに数歩下がってから横に体が逸れた――瞬間、私の顔のすぐ横を鋭い一撃が振り落とされる。

 右腕を何かが擦り抜ける感覚、そのまま床に叩きつけられた偃月刀の一撃は――私諸共、階下まで床をぶち破った。落ちる体、瓦礫と一緒に地面に叩きつけられる。

 もう起きられるだけの力がない、体から力が抜けている。意識が朦朧としているせいか、右腕の肘から先の感覚が失われている。

 

「……ッ! ――ぅっぷ!」

 

 そして見知らぬ黒髪の少女が両手で口元を抑えるのを最期の光景として、意識が途絶える。

 

 

 力加減を誤った。

 動けないと決めつけていた、限界だと勝手に思い込んでしまった。

 もう立っているだけでも精一杯だったはずだ。そんな相手に不意を突かれた挙句、鼻先まで触れ合う距離まで詰め寄られて、視界を覆い隠すように翳された手に怯えた。そのせいで力加減を誤り、全力で振り落とした偃月刀の一撃は二階の床ごとぶち抜いてしまった。

 そのまま瓦礫と一緒に落ちた私はまともに受け身も取れずに背中から落っこちる。

 

「いたたた……格好付かへんなぁ」

 

 敵意や殺意を感じられないので敵は倒し切ったはずだ、久々の実戦に小さく息を零す。

 結局のところ池田屋にいた連中は私の敵ではなかった。最後の一人だけは根性を持っていたが、それ以上に特別な何かを持っていた印象はない。これならば宦官の(蹇碩)の方がずっと強い、というよりも彼女の場合は柔軟な動きができないだけで腕前自体は私や徐晃の足元程度には匹敵する。

 崩れ落ちる中でも決して手放さなかった偃月刀を杖代わりに立ち上がり、そして先程まで戦っていた女が倒れる横で少女が蹲っているのが目に入った。

 

「李儒ッ!?」

 

 池田屋に突入した後、流石に危ないからと外で待機して貰っていたはずの李儒が池田屋の中にいた。そして崩れた瓦礫で怪我を負ったとか、先ほど倒した敵の側にいるのは危険だとか、諸々の不安や心配を吹っ飛ばして、李儒の様子が異様だったことに意識が向かった。

 

「……吐いとるんか?」

 

 彼女が吐いているのは池田屋に突入する前にも見ていた。

 しかし死体を前に胃液を吐く彼女の姿はあまりにも異様過ぎる。いやだって考えてみろ、屋敷であれだけの拷問をする女が高々死体を見ただけで吐くとか、どう理解しろというのだ。いや彼女の前で倒れている敵はまだ息絶えていないようだ。まだ生きている奴を見て、李儒は吐いているのか。

 いや、そうじゃない。李儒は戦えない、まだ生きている敵の側に置くのは危険だ。

 

「危ないで、李儒」

「ああ、これはこれは張文遠様ではありませんか。お目苦しいところを見せしました、もう大丈夫です」

 

 そう言うと彼女はまだ青褪めた顔で口元を拭い、無理をしていると分かる笑顔で平静を装った。

 

「……どき、嫌なものを見ることになるで」

「ええ、大丈夫です。この程度のことは慣れなくてはいけません」

 

 李儒はとりあえず女の側から離れると、近くにあった肉片を見つけて身を強張らせる。

 

「ひぅっ! い、いえ、違います。私は、慣れなくては……うっ、ぷ、ぅぅっ……ぅぇぇ…………」

 

 そしてまた吐いた。もう胃液も出し尽くしてしまったのか半分程度が唾液になっている。

 本当ならば直ぐにでも、この場から離れさせるべきなのだろうが、どうしても気になることがあった。

 

「……死体、初めて見たんか?」

「猫なら一応、車……馬車に轢かれているのを、あとは葬式。村が壊滅した時も、確認しに行って逃げ出して……殺された死体を、直視するのは初めてで……昔から苦手なんです、死体を見るのは……恥ずかしながら…………」

 

 今時、死体の一つや二つ、その辺りに転がっているご時世だ。

 それを今まで見たことがないとか、どれだけ箱入り娘として育てられてきたのだろうか。

 彼女から感じられる異物感、今まで感じていた違和感の正体がこれか。

 

「なんで、そこまで無理をするんや」

 

 問いかけると彼女は力なく笑って答える。

 

「私は守りたいんです。私の居場所と私の愛する人を……その為ならば私は手段を選びません、何もしないでいると奪われる。ここはあまりにも残酷な世界ですから……」

 

 今にも消えてしまいそうな儚い笑顔、その姿は悍ましい程に美しかった。

 そして、その想いを向けられる相手が徐晃であることに、嫉妬してしまっている私がいる。絶世の美女と呼ばれる存在は知っている、それは霊帝の寵愛を受ける何太后のことだ。振る舞う仕草一つが絵になり、息を吸うだけで魅惑的で挑発的、周囲の視線を釘付けにする。

 しかし傾国の美女というのであれば、きっと彼女のような存在なのだろうと思った。

 

「……(しあ)や」

 

 気付けば、口にしていた。

 

「今、なんと?」

「霞と言ったんや。うちの真名を預けたる」

 

 一方的に真名を押しつける。

 それは李儒のことを信頼したというよりも、もっと李儒のことを知りたいという気持ちの方が強い。

 驚きに染まった顔が、にへらと締まりのない笑顔に変わった瞬間、胸の鼓動が高鳴った。

 

 徐晃は何処まで李儒のことを知っているのだろうか。

 私が知らない李儒を知る彼女のことが、今は途方もなく羨ましく感じる。

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