恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

19 / 35
間幕・かぜかおるひび -徐晃公明

 私の名前は香風(しゃんふー)、数ヶ月前から屋敷に同居人ができた。

 お金は有り余る程にあるので生活費とかの心配は必要ない。というよりも、お金の使い道がいまいち分からない。休日もまともに与えられなかったから賊退治に練兵と使う機会もなかった。そんな訳で貯金だけが積み重なり、今では一財産を築く程度にはなってしまっている。

 そんな私が財布を持っていても無用の長物になるのは火を見るよりも明らかで、そうなるくらいならと同居人である博美(李儒)に財布を握らせた。最初の頃は当面の生活費だけであったが、今ではもう屋敷の家計は全て博美(ひろみ)に任せてしまっている。

 盗まれたら盗まれたらで構わない、その時は漢王朝に居座る理由がなくなるだけの話だ。

 

 そう考えていたのだが、実のところ博美を迎え入れてから私の生活水準は随分と向上していた。

 何時も御飯は出来合いのものを購入して、屋敷で一人、少し冷たくなった食事を摂りながら書類の処理と整理に没入する。それが今では朝晩と温かい料理を用意してくれる、書類仕事も手伝ってくれているし、掃除に洗濯もしてくれるから屋敷での生活が随分と快適になった。

 なによりも独りで暮らしていた時よりも、今の方が楽しい。

 最近では調練や賊退治を終えて屋敷に戻るのが楽しみになっている。早く切り上げたくて、つい張り切ってしまうこともしばしばある程だ。遠征の時には念入りに計画を組むことも増えている、無論、手っ取り早く賊を対峙してしまうために。

 次の休日が楽しみで仕方なかった。

 

 博美(ひろみ)は意外と行動的だ。

 遊び下手な私の代わりに休日の予定を組み立ててくれる、この前なんて服屋に行って色んな衣服を買って帰ることもあった。

 その時に着せ替え人形のように扱われたりもしたが、帰りに美味しい甘味が食べられる処にも足を運んだ。演劇や歌謡に興じることだってある。今まで洛陽に住んでいたにも関わらず、洛陽にも良いところがあったんだなって今更になって思い知らされることが多い。博美と出会ってから毎日のように新しい発見がある、というよりも今では博美の方が洛陽のことが詳しいのだろう。

 新しいものを見つける度に、あちこちへと走り回る彼女の姿は見ているだけでも微笑ましくて見ていて飽きない。

 何よりも彼女と一緒にいるのは楽しかった。

 

 幸せってなにか分からない毎日を歩んできたけども、こういうのが幸せなのかなって最近になって思うようになった。

 

 そんなこんなで今日も今日とて部隊の調練に励み、ちょっと良い汗を流した程度で屋敷に戻る。

 調練場にいる兵達は皆、その場にだらしなく座り込んでしまったけども、それは私の気にするところではなかった。

 

 何時もよりも早くに調練を切り上げた私は屋敷の前で、自分の衣服の臭いを嗅いだ。

 汗臭くなってたりしないだろうか、今日はお風呂に入る日じゃないから臭かったら嫌だな、とかそんなことを考える。独り身の時は意識をしていなかったことだけど、同居人ができてから妙に気になるようになってしまった。博美はいつも良い匂いがしている。前に理由を聞いてみたこともあるが、石鹸の香りじゃないでしょうか? と軽くあしらわれた。お風呂の時に同じ石鹸を使っているのを見たことがあるので、それだけが原因じゃないことは知っている。

 確か、石鹸は御手製だったはずだ。博美の石鹸は香りも良いし、肌触りも良かったのでお気に入り。事のついでに体も博美に洗って貰って、湯船に浸かったら背中から抱き締めて貰いながら、うつらうつらと眠るまでが一連の流れになる。程よい大きさの胸が頭を置くのに丁度良かった。胸には大きい小さいに拘る人も多いけど、適度な大きさと柔らかさが大事だとシャンは考える。

 そういえば博美は何かしら作っていることが多い。石鹸であったり、料理であったり、それが彼女の良い匂いへと繋がっているのかもしれない。

 

 まあ何時までも臭いのことを気にしていてもしかたない。

 あとで濡れた手拭いで体を拭けば良いだけのこと、そう思い直して屋敷に上がり込んだ。

 

「ただいま」

 

 何時ものように控えめな声を上げてみるが、何時も屋敷の奥から早足で出迎えてくれる同居人の姿が見当たらない。

 なにか作業でもしているのだろうか、しかし料理を作っているにしては匂いもしなかった。今日は何処かに出かける予定もないと聞いている。

 不思議に思って、片っ端から部屋を確認していくと寝室で同居人の姿を見つけた。

 

「んー……すぅ……」

 

 とても気持ちよさそうに眠っている。

 床に敷かれた布団に包まって、規則正しい寝息と共に胸が僅かに上下させる。そのあまりの無防備な姿に微笑ましさよりも不安を感じた。

 今の洛陽はお世辞にも治安が良いとは言い難い。流石に私の家に侵入(はい)り込んでくる不届き者はいないと思うが、それでも絶対という訳ではない。此処に立っているのが私だから良いが、もしも無礼な輩であったならばどうするつもりだったのか。私なら力で追い払えても、氣を使えない彼女は町娘と大差ない力しか持っていない。

 まあ、それはあとで言い聞かせるとして、そんなことも許せないことがあった。

 

 博美が今使っている布団は私が知らないものだ。

 つまり新しい布団を勝手に購入したことになる――シャンに相談もなく、勝手に。屋敷にある寝台は一つ、いつも一緒に寝ていたのに不満があったのだろうか。

 これはもうお仕置きも含めて、本人に懲りて貰うためにも悪戯するしかない。

 

 息を凝らして忍び寄り、もぞりもぞりと彼女の眠る布団の中に潜り込んだ。

 まだ新しいはずなのに中はもう博美の匂いでいっぱいだった。そのまま彼女のことを起こさないように気を付けながら博美の体を抱き締める。布擦れの音に怯えながら少しずつ体を密着させて彼女の温もりを肌で感じる。彼女の体に鼻を押し付けながら目を閉じると、不思議と心が落ち着いて、そのまま少しずつ意識が遠のいていくのを感じ取る。

 悪戯心はすっかりと鳴りを潜めてしまって、少し高鳴る胸の鼓動の中、心地良い安心感に包まれながら私は眠りに落ちる。

 

 

 夢の中でも博美(ひろみ)と出会った。

 いつもと同じ柔らかな笑顔、なぜかこの時の博美は裸だった。

 一糸纏わぬ姿は見慣れたものであるはずで、しかし白い靄がかかったような視界の中、半ば朦朧とする頭では思うように思考が働いてくれなかった。

 博美が両手を拡げて私を誘ったので、私も彼女の胸に迎え入れられるように飛び込んだ。彼女の温もりを感じていたくて、もっと彼女のことを感じていたいと彼女の華奢な腕を手に取って肌と肌を強く擦り付ける。少し力を籠めると簡単に折れてしまいそうな細い腰を手に回して抱き寄せる。

 決して大きくない胸は肌を合わせるのに最適で、今一時だけ、お互いの胸が大きくないことに感謝する。それでも感じる適度な膨らみに顔を埋めて、大きく深呼吸をすると肺の中から彼女のことを強く感じることができた。

 んっ、思わず抱き締める腕に力が籠った。

 苦しそうに身動ぎする博美の脚をシャンの脚で絡め取り、私を押しのけようとした悪い腕は手首を掴んで抑え込んだ。何時の間にか押し倒す姿勢、私の体の下にあるのは幼い体の私よりもずっと大きな体、私よりもずっと成熟しているはずの博美が真っ赤な顔で歯を食い縛る姿に思わず生唾を飲み込んだ。まるで捕食をしているような気分だと思った。

 私は唾液の溜まった口を大きく開いて、ゆっくりと彼女の胸に唇を落として――――

 

 

「ああ、もうこんな時間! 香風が帰る前に食事を……って、香風ッ!?」

 

 博美の声に目が醒める。

 なんだかとても気持ちがいい夢を見ていた気がする。

 思い出そうとして、思い浮かべるのは目の前にいる博美の顔で――それで、それから、ぼふんと途端に顔が熱くなった。

 とてもいけない夢を見てしまっていた、恥ずかしくなって彼女の体を抱く寄せて顔を隠した。どうしてあんな夢を見てしまったのか分からない。屋敷に帰ってくる前よりも体は汗だくで、前髪は寝汗で額にくっついて気持ち悪い。胸の鼓動が早くなっている、強く高鳴ってうるさいくらいだ。心配そうに私を見つめる博美の気配を感じるけども、顔を上げられそうにない。顔を埋めている胸元は乱れてしまっており、少し頑張ればいけないところまで見えてしまいそうだった。

 大丈夫? と問いかけてくる彼女に、大丈夫、と私は私にとって珍しく即答する。

 ただ、今体を離されると、きっと耳まで赤くなった顔を見られてしまうので、ギュッと彼女の服を掴んで離すことができない。あんな夢を見てしまったせいか意識してしまっている。寝汗で薄っすらと濡れた肌は勿論、その熱を帯びた空気を口や鼻に感じるだけでも胸が疼いた。頭がくらくらする、体が熱い、心が熱い。頭がのぼせている。もう衣服なんて脱いでしまいたい。そして脱がせてみたい、あの後の続きが気になって、衝動的に押し倒したくなる気持ちをぐっと堪える。

 このままだと酔う、博美に酔ってしまって、酔い潰れる。彼女の匂いを嗅いでいるだけでも、頭の中が可笑しくなる。ぐじゅる、ぐじゅると脳が侵食されている。

 駄目だ、こんなんのはおかしい、必死に自分を律する。

 くしゃりと頭を撫でられた。

 

「凄い汗、うわっ折角買った布団も汗の匂いが染み込んじゃってる」

 

 私に抱き締められながら掛け布団を両手に持って、スンスンと臭いを嗅いでみせる。

 私の臭いを嗅がれている――そう思うと、理性が揺さぶられる程に体が熱くなった。

 

「……襲われる、から、昼寝はやめて」

 

 くらりとする頭で訴える。

 誤魔化すつもりの言葉、誤魔化そうと思ったのは彼女か、私か、よく分からない。

 でも口にして思ったけど、もし彼女に手を出そうという輩が居たらきっと手加減をできない。

 博美はもう私のものだ、誰にも渡すつもりはない。

 おかしいな、おかしい気がする。

 

「そうですね。つい試し寝をしている内にうつらうつらと……」

 

 いまいち危機感を感じられない様子で博美が笑ってみせる。

 やっぱり襲ってしまおうか、襲わないと彼女は分かってくれないかもしれない。

 そう思ってしまうことが、やっぱりおかしくて、ぶんぶんと強く顔を横に振った。

 

「……この布団、どうしたの?」

 

 話題を逸らす意味合いも込めて問いかける。

 いつも一緒に寝ているのに、一緒に寝ると心地よくて深く眠れるのに、私の安眠が約束されるのに、どうして急に布団なんかを仕入れたのか。

 理由は分からないでもないが、それを私に相談もせずに布団を手に入れたことが許せなかった。

 

「今までずっと同じベッド……寝台で寝ていたじゃないですか。なので迷惑かなと思って、買っちゃいました。これで窮屈な思いをする必要もなくなりますよ」

 

 それは分かっている。どうしてここまで苛立ちを感じてしまっているのか自分でも分からない。

 

「必要ない」

 

 と私は博美の体から離れて、寝台に置いてあった布団を持ち上げて、窓からポイしてやった。

 

「これで良い」

 

 ちょっとした満足感、「ああ、汚れます!」と狼狽える博美を無視して、新しい布団を寝台に敷いた。

 それから寝台の上で横になって、ポンポンと布団を叩いて彼女を誘ってみる。

 

「……一緒に、寝よ?」

「その前に体を拭きましょう、その体だと風邪をひいちゃいますよ。ちゃんと布団も片付けます、ああもう汚れが残らなきゃ良いのですけども……一緒に寝たいのであれば言ってくれるだけで良かったのに……」

 

 ぶつくさと不満を口にしながら桶に水を汲んできますと部屋を出て行った。

 部屋に取り残される。独り残されて、急に気分が冷める。そして胸が疼いて、とても寂しく感じた。

 やっぱり、おかしい。恋とか、愛とか、そういうものではなくて……でも落ち着かない、頭がおかしくなっている。

 まだ彼女の匂いが残る布団を両手に抱えて、顔を埋めて思いっきり息を吸い込んだ。

 そうすると少しだけ気分が落ち着いて、胸が満たされて、頭の中が蕩けてしまいそうで、でももっと匂いが欲しくて仕方なくなる。

 当たり前のことだが彼女自身の方が匂いが強くて、この程度では満足しきれない。

 博美からは良い匂いがする。

 

 これは……うん、手遅れ。

 絶対に誰にも博美を渡すことはできない。

 他の人のためにも、私のためにも。

 

 お腹の下が疼き、太腿をこすり合せると、にちゃりと粘着質な水音がした。

 なんだろうと思って、股下に手を伸ばすとズボン越しでも分かるほどに濡れてしまった股間部にサアッと血の気が引いた。

 その直後に水を張った桶を持った博美が部屋に入ってくる。

 

「さあ、脱いでください」

 

 それは死刑宣告に近い、公開処刑の宣言とも取れる。死神はこんなに良い顔で笑って人を殺すのかと思った。

 

「あ、いや……ちょっと……」

「何時もお風呂で見せ合ってるじゃないですか、今更恥ずかしがることなんてありませんよ!」

 

 急かされるまま何も動けずにいると、仕方ないといった様子で彼女の方から衣服を脱がしてくる。

 いつも風呂に入る時に面倒臭いからと、そして彼女に洗ってもらうのは心地よかったからと、体を洗わせてきたツケが今になって回ってきた。何時もさせていることもあって手際よく衣服を脱がされる。

 そして、ころんと布団の上に転がされた後、下半身に手を伸ばされた。

 

「あらー……これは、まあ……えっと、年頃ですし?」

 

 気の毒そうな、少し楽しそうな声が聞こえる。

 死にたい――人はきっと羞恥で死ねるのだと、この時は本気で信じることができた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。