霊帝の近衛隊隊長。
▼張遼文遠:
執金吾、洛陽を外敵から守り、治安の維持する役割。
▼李儒文優:
徐晃の補佐役。
馬元義の思惑が張遼と李儒の手によって打ち破られた頃合い、
朝廷では黄巾を頭に巻いた賊徒が、中黄太乙を合言葉に押し寄せていた。
その数は五十名。洛陽に入った太平道は五百名ということを鑑みれば、その数は激減しているが彼らも本気で朝廷に攻め入る訳ではない。むしろ今後の布石のためだった。目的の一つは馬元義と同胞が無事に洛陽から逃げ出すための囮としての役割、そして、その散り際には「大賢良師、張角様! 万歳!」と叫ぶことにある。
彼らは高々五十の兵に過ぎないが、心身共に太平道に捧げている。そして忠誠を誓う相手は馬元義と――太平道の巫女、波才。命を投げ打つことも厭わないのは、医師に不治との宣告を受ける重い病を患っていた時、未来なき暗闇の中で絶望していた時に救いの手を差し伸べてくれたのが波才であったためだ。その両手は正に神の所業、御身は神の化身。既に失った命、今まで預けられていた命を波才に返すだけに過ぎない。いや生き長らえた時間で得られた幸福や楽しい日々を思い返せば、感謝以外の言葉が出てこない。波才の力になれるのであれば仮初の命を捧げることに躊躇はない。
むしろ馬元義は、万言を以てしても表現しきれない恩義を返すための
つまるところ此度の動乱の首謀者を張角三姉妹に仕立て上げる。そして黄巾党を丸ごと乱に放り込んで、その舵取りを太平道が行う。
以上が何進、霊帝の暗殺に失敗した時のために馬元義が用意した策である。
あくまでも太平道、強いては波才を表に出さない理由は革命が失敗した時のことを考えてのことだった。
黄巾党と太平道が潰えたとしても波才だけは生き残ることができる。太平道の過半数以上は波才に命を救われた者達だ。黄巾党が張角三姉妹の信者で構成されているというのであれば、太平道の過半数は波才に対する忠誠心で成り立っている。無論、革命のために太平道に所属している者も中には居るが、彼らも波才に対して好意的な感情を持っているのだ。
太平道という組織は良くも悪くも波才が中心で回っている。であればこそ彼女は太平道の巫女と呼ばれ慕われている。
あくまでも馬元義は纏め役に過ぎなかった。
革命が失敗した時のための策に全力を費やしている時点で馬元義の革命は失敗していたとも云えるのだが――さておき、大火大乱の計が失敗した以上は次善の策に出なくてはならない。
精鋭五十の犠牲を以て、黄巾党五十万の民兵が手に入ると思えば実行しない手はない。
それに何度も繰り返すが、我が身の犠牲を以て波才の命を助けることができるのであれば、彼らにとってこれ以上の誉れはない。
故に彼らは唱える、中黄太乙。
その名を呼ぶことが許されないのであれば、
せめてものと思い込めて彼らは、中黄太乙、と何度も繰り返した。
中黄太乙、中黄太乙、中黄太乙……祈りを唱えるように、規則正しい足取りで朝廷に攻め入る。
今から向かうは死地などという生温い場所ではない、死に場所だ。
今となっては何進も霊帝も討つ意味がなかった。
ただ守るための戦い、守るためだけに彼らは勝ち目の消えた戦場に赴くのだ。
◇
私は
今は近衛兵の一人として、漢王朝の現皇帝である霊帝の近衛隊を務める者だ。
十常侍の趙忠はさておき、霊帝の寵愛を受ける何太后はなにか勘付いている様子ではあったが今のところは見逃されている。そんなこんなで今は霊帝の散歩に付き合うために中庭へと足を運んでおり、霊帝と趙忠を背中に八名の間者と対峙しているところである。
警備体制はしっかりと敷いていたつもりではあったのだが、いやはや、相手は手練れではあったようで中庭までまんまと侵入されてしまった。
これは後で頸が飛ぶかな、と思いながら支給品の槍を手に持ち直す。
体内の氣を充実させて、襲いかかってくる敵の攻撃を霊帝と趙忠の方に向かないように気を付けながら対処する。
まあ宮中の警備は近衛隊である私の役割ではない、むしろ宮中の警備は執金吾である
二人同時に攻めてくる敵の膝を斬り、そのまま喉元と眉間に槍を突き立てる。振り回す槍、穂先に付いた鮮血が飛んだ。
そもそも霞は宮中で大人しくしているような人柄ではない。野を駆けるのが彼女の領分であるが故に、むしろ執金吾から校尉辺りに降格処分を受ける方が彼女は喜ぶかもしれない。ただそうなると私の手合わせをしてくれる相手が居なくなる、というよりも霞と会う機会が減るのは単純に寂しかった。
頸を飛ばして、胸元を突いた。隙を突いて霊帝に襲いかかる者も居たが、背中から突き殺すことで事なきを得る。
「大賢良師、張角様! 万歳!」
捨て身で斬りかかってくる敵も気合だけは充分にあったが、私を倒すには鍛錬が足りていない。
そもそも気合と根性だけで相手を倒せるならば苦労はない。
防御に徹する相手の剣を力でこじ開けて、そのまま胸元、心臓を貫いてやった。
残った相手も苦労することなく、あっさりと八名の死体を築き上げる。
錆にならないように槍の穂先に付着した血を懐紙で拭い取る――この程度であれば霞一人を相手にする方が遥かに手強い。少し物足りないと感じながら、はて何かを忘れているようなと辺りを見渡した。
怯えた様子で霊帝に立つ趙忠、霊帝自身は呆然としている。
「……其奴らは朕の命を狙っていたの?」
問われて、「おそらく」と端的に答える。
「それで其奴らは何者なの?」
「大賢良師と呼んでいたので、黄巾党に所属する者ではないかと思われます」
「コウキントウ? 美味しそうな名前ね」
そう告げる帝は驚くほどに落ち着いていた。
いや驚いてはいるのだろうが、このような事態にあっても帝は穏やかだった。浮いている、俗世から隔絶した雰囲気すら感じさせる。これが天子の風格と呼ばれるものなのだろうか。なぜ、帝が天子と呼ばれるのか理解できた気がする。確かにこれは天上の存在、天の国から降りてきたと言われても不思議ではなかった。
私は自然と膝を突いて、臣下の礼を取る。帝を前にして、そうあるのが自然だと思えた。
「其方は強いのね。名前はなんというの?」
「蹇碩、真名は
「そう、紫ね。これからも期待しているわ」
御意、と端的に告げる。
「ねえ、
「賊徒をここまで侵入させた者……警備の担当者に責任を取ってもらわないといけません」
「そうね、次はこんなことがなければいいのだけど……」
やっぱりこうなるのか、と内心で溜息を零しながら口を開いた。
「恐れながら申し上げますが、今、執金吾の任に就いている張遼という者は間諜には向かぬ者……とはいえ武芸と部隊指揮の腕前は洛陽でも随一、彼女を執金吾に封じたまま誰かしらの補佐を付けるのが宜しいかと思います。此度の失態に対しては、彼女は今、洛陽で起きる大乱を未然に防ぐために動いているところです。今暫く待てば、必ずや彼女は功績を携えて朝廷に戻ってきます。その功績を以て此度の咎を許すのが宜しいかと」
張遼を外に出したくないのは私個人の我儘だ、気心の知れた相手がいなくなるのは避けたかった。
「……長い、
霊帝はまだ顔色の悪い趙忠を見つめる。
「……張遼については此度の咎を許すにしても、補佐を付けるにしても、何かしらの手を打たないとなりませんね。黄巾党には勅を出して、朝敵として討伐するのが宜しいかと。これは何進に任せましょう。大将軍なのですから、それぐらいの役には立って頂かないと」
「勅の内容は黄に任せるわ、後で玉璽の用意もしといてね」
全て黄と傾に任せる、と告げる帝の声はあまりにも穏やかだった。
◇
謁見の間にて、近衛兵として霊帝の隣に控える。
何時もは何進が立つ位置であったが「紫、今日はここにいなさい」と帝の方が言い付けたのだ。
歯噛みする何進を無視して、私は私の務めを果たすために直立する。
「それで、どうすればいいと思うの?」
霊帝の言葉に何進は腕を組み、趙忠は頰に人差し指を当てて渋い顔を見せる。
今日まで霊帝が政治に興味を持つことはほとんどなかった。そのほとんどが何進と趙忠から話を聞いて、その意見に従うばかりで自分から意見を問うこともして来なかった。それが今日、実際に襲われたせいか、霊帝の方から周りに意見を求めている。
何時もは下々のことは下々の者に任せればいい、と諌める何太后も実際に被害が出ているのだから口を開けずにいた。
今、謁見の間にいるのは、何進と趙忠、何太后、
「勅まで出すなら黄巾族を討伐するための軍を編成して、地方の刺史に協力を仰ぐしかないだろう」
皇甫嵩と近衛兵が数名、そして――――、
「………………」
「必要なのは軍を率いる将になるが……何進、当てはあるのか?」
霊帝と同じく政治に興味のない私はこの場にいる者を改めて見直してみる。
「……先ずはお前だ、皇甫嵩。他は朱儁……あと盧植も呼び戻しておけ。これで三軍を編成できる、賊相手には充分だろう」
霊帝、趙忠、何進、何太后、皇甫嵩、この五人の内の全員の胸が大きかった。
溜息を零したり、何かを発する度にプルンプルンと乳房が揺れる。思わず自分の控えめな胸を見つめた、いや人並み程度にはあるのだが彼女達を見ていると人並みが貧乳のように思えて仕方ない。
霊帝と霞を除き、漢巨乳四天王とでも名付けておこうか。帝は天子だ、天の胸の持ち主であるために他と比べてはならない。
天を試してはならず、その胸もまた然り。
「それで洛陽を誰が守る……涼州の董卓を呼び出した方が良い。遠征軍が三つ、そして洛陽の守備隊兼予備隊として一人、控えさせれば良い」
「ふむ、それで予備戦力は用意してた方が、いざという時に対処できるか……よし、そのようにしよう。
空丹というのは霊帝の真名だ。彼女は少し退屈そうにしながら、任せる、と端的に告げた。
「では、そのように。おい、そこの……えっと」
「李儒です」
「李儒。朱儁と盧植、それに董卓に招集の報せを出しておけ」
「……何進様の名前を使っても構いませんか?」
「ん? 構わん」
御意、と李儒が恭しく頭を下げる。
「黒山賊への対処には……出せるのは呂布か徐晃だが、より遊撃に慣れているのは各地で転戦している呂布だな」
皇甫嵩の言葉に「そうだな」と何進が頷き返す。
「呂布を向かわせる予定だ。人中の呂布と謳われるほどの武芸を思う存分に振るってもらおうじゃないか」
人中の呂布――官職は騎都尉。洛陽周辺を守る徐晃とは違い、洛陽の外に打って出る武官だ。
その戦績は未だ負け知らず、その常に勝利し続ける姿から巷で常勝将軍と呼ばれることもあるらしい。洛陽での知名度は徐晃よりも低いが、洛陽から離れれば離れるほどに呂布の知名度が徐晃を上回ると聞いている。
個人の武芸だけを鑑みれば、呂布の腕前は徐晃、霞を遥かに超えるという噂もある。
「それと李儒、張遼、黄巾賊の思惑を未然に防いだことと首謀者を討ち取った功績は大きい。しかし張遼は宮中に賊を侵入された罪は重い、此度の功績を以て相殺とする。もっと励め」
御意、とかすみが頭を下げたのを確認した何進は李儒の方を向いた。
「そして李儒、お前には張遼の補佐に付いてもらう」
李儒の体がピクリと動く、そして僅かに口元が緩んだのを見つける。
その後、無表情を装った彼女は再び、御意、と短く告げた。それ以後、会議はめぼしい話もしないまま恙なく進み、解散する。
廊下で声を霞に声をかけようとしたが、李儒と楽しそうに話している姿を見て、今日は控えることにした。
◇
生きている、体は縄で全身拘束されていた。
此処は何処だろうか――周囲を見渡すも闇の中、誰か他にも居るようだが呻くような声を発するだけで会話にならなかった。
どうしようもない、このまま暫く待ち続ける他に手はない。
幾ら過ぎたか、途中で寝てしまっていたかもしれない。
心が削られるような環境の中、ギィっと何かが軋む音と共に誰かが部屋にはいってきた。
手に持っているのは燭台か、小さな明かりも眩しくて半目になる。
「……よかった、目が醒めていたのですね」
部屋に入ってきたのは女性か、まだ眩しくて輪郭しかわからない。
「貴方が此度の首謀者……で違いありませんでしょうか? ……いえ、待ってください。貴方の名前を当ててみせましょう」
そう言うと彼女は人差し指を顎に口元に当てて、考え込む素振りをみせる。
「馬元義……さん、で合ってますか?」
驚きに目を見開き、いや、しかしと考え直した。私の名前は波才と違って隠してきたわけではない。
漸く目が慣れてきた。燭台の光に照らされた女は一見すると町娘のように思える。まだ闇に染まりきっていない素朴さ、それが此処にいるという歪さが気持ち悪かった。そして彼女は私に近寄る訳でもなく、先程から呻いている誰か……四肢を畳むように縛られている。膝と肘には布が巻かれており、中には綿が詰められているかんじではあるが、他に衣服は着せられておらず、頭には犬耳、お尻からは尻尾が生えていた。首には首輪が付けられている。女が彼女の頭を撫でると「きゅうん、きゅうん」と媚びるような声を出して、その手に頰を擦り寄せる。
それを女がうっとりとした顔で見つめていた。
「ちょっとやり過ぎてしまいまして……彼女を人間に戻すことができなくなったのですよ。それで可愛がっていたら、こんな有様に……お尻の尻尾は、緩くなってしまったので垂れ流さないように栓をしてるだけです。他意はありません……いえ、まあ尻尾と犬耳は趣味ですけど、似合っているでしょう?」
ハッハッハッと舌を出して涎を垂らす少女に「はしたないでしょ」と女が可愛らしく叱りつける。
その光景は、異常だった。
全身から嫌な汗が滲んだ、そして今気付いたことだが私の衣服は脱がされている。
「馬元義さん、貴方には一度、死んで貰います。そして来世は奴隷と家畜、どちらが良いでしょうか?」
女は少女を連れて歩くと、その少女の顔を私の股間に近付けさせる。彼女の荒い息が肌に触れる。
「彼女にはまともな食事の与え方をしていなかったので、口から食事を摂る喜びに目覚めちゃったんですよ。しょっぱいのとか好きで自分の汗をよく舐めたりとかしてるんですよ?」
なんだ、その……なんだか、とても悍ましい言葉が清純そうな女の口から発せられた気がする。
少女の鼻が私の股間部に触れる、待て、と女が告げると少女は、くぅん、と切なそうな声を出して落ち込んだ。
「黄巾党の悲願――とまでは言いませんが、私であれば今の漢王朝を潰すことに協力できます。少なくとも腐敗した漢王朝の内部を一掃することはできると予言しましょう。その後で構わないので貴方には私に協力して欲しいのですよ、今の私には裏の事情に詳しい人が欠けています」
彼女が何を言っているのか理解できない、いや理解はできるが――彼女が何者なのか、何故そのようなことを言うのか理解ができない。今の状況が非現実的すぎて思考もまともに定まらなかった。
「……強情ですね、まあ良いです。じっくりと調教もするつもりでしたので」
思考が纏まらずに答えあぐねていると女は残念そうに溜息を吐いた。
「本業の方からすれば生温いかもしれませんが、そこはご容赦して頂けると嬉しいです」
言いながら女は少女の頭を撫でると「ぽんちゃん、良し」と送り出すように背中を軽く叩き、その言葉にピチャリと太腿に冷たいものが這った。
「私は家主のために料理の仕込みを始めなくてはいけませんので申し訳ありませんが……貴方の相手は彼女と云うことで。彼女、甘えん坊さんだから仲良くしてあげてください」
女はなんとなしに嬉しそうな顔で背中を向けると「ああ、そうそう」と世間話をするような軽さで歩きながら語り出した。
「これから全土を捲き込むことになる黄巾の乱、つまり貴方達の反乱は一年も経たずに終息しますよ。漢王朝も無能ではありませんし各地の英傑もいます。動乱の先駆けにはなりますが世の中を変えるまでには至りませんね、貴方達のしたことは地方軍閥の助長を促しただけだったんですよ」
ギィッと軋む音と共に扉が開かれて、半歩、部屋から出たところで私を見やり、彼女はにんまりとした笑みを浮かべる。
「所謂、咬ませ犬という奴です。まるで今の貴方のようにですね」
彼女は甘えん坊なんですよ、と最後に繰り返して、パタンと部屋の扉が閉じられる。
何一つ見えない暗闇の中、私の股下に顔を寄せる女性の息が荒く、肌に涎が垂らされる
延々と粘着質な水音が立てられる。
時折、甘く咬まれる刺激に出したくもない嬌声が部屋に響き渡る。