恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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動乱編
北郷義勇隊・上    -北郷組


 拝啓、母上様。

 聖フランチェスカ学園に通学していはずの北郷(ほくごう)一刀(かずと)は今、古き中華の地にある飯屋で食事を摂っているところでございます。

 そして目の前には幾つもの皿を平らげる二人の女性、いっぱい食べる君が好き、という言葉がありますが目の前で皿を積み重ねられる姿を見るのはなかなかに凄まじいものです。というよりも今食べた食事が、その体の何処に蓄えられているのが切に気になるところ、そんな二人は話を聞く限りでは三国志の大英傑である関羽と張飛だと云うのだから驚きです。今もまだ半信半疑、張飛の字が益徳ではなくて翼徳なので史実の三国志とは別の世界ということかもしれません。

 それとも三国志の英雄が女性に変わっている世界では、日本の常識は通用しないということでしょうか。何処かの巫女さんも言っていました、常識は投げ捨てるもの、と。

 細かいことは全て、諸説有り、と投げ捨てるのが正解かもしれませんね。

 

 現実逃避は此処までにしておき、いい加減に現状把握に努めるべきだろうか。

 やけ食いをするように料理を次から次に口へと運んでいるのは関羽、背が高くて艶のある美しい黒髪のポニーテールが特徴的な女性である。その隣では気持ち良い食いっぷりで幸せそうに料理を平らげる少女の名は張飛、子供のように背が小さくて見た目通りの快活な性格、そして見た目の幼さとは裏腹にパワプルな力の持ち主でもある。

 最後に私の隣で不機嫌そうに茶を啜っているのは徐庶、俺が知る彼女の経歴を聞いてからというもの彼女はずっと機嫌を損ねたままだった。

 

「朱里と雛里は確かに一郡を治める程度の器はあると認めているが、よりにもよってこの私が一郡を治めるどころか……いや、面倒だったのは分かっている。しかし、それでもだ。私ほどの天才であれば、一国の筆頭軍師ぐらいの立場は手に入れて然るべきではないかな。なんせ私の智謀は控えめに言っても張良、呂尚と同等くらいはあるのだよ? 軍を率いてみせれば白起と同等以上の活躍をしてみせるに違いないさ! ……いや、これは私を扱えるだけの器を持った主君に出会えなかったと受け取るべきかな、もしくは私が知略を尽くしたいと思える相手に出会えなかったのか。ということは、今の世の中には私が認めるだけの主君が居なかったということになるじゃないか! まったく天下は人材不足も良いところだね、世も荒れて然るべきだよ!」

 

 そんな感じで嘯き続けている。

 徐庶(認めたくないが)を見ていて思うのは、史実で関羽が初めて諸葛亮と出会った時に彼をみとめようとしなかったのは新参者がどうこうというよりも、軍師という存在そのものに嫌気が差していたせいではないだろうか。実際、俺の目の前で憮然とした態度を取り続ける関羽を見ていると、今の説に信憑性のある気がして仕方ない。どうにも関羽と徐庶は相性が悪い、まだ張飛の方が徐庶との相性が良い気がする。それにしても曹操も史実でよくこいつを重用しようとしたものだ。いや、重用しようとしてできなかったから徐庶の経歴は閑職で終わってるのか――曹操ですらも持て余す存在なのか、こいつ。

 それはさておき彼女達の話を聞いていて、気になっていることがある。

 

「ところで、その先程から関羽が張飛のことを鈴々(りんりん)と言ったりしているのは――」

 

 ダンと机が机を叩く音がしたかと思えば、身を乗り出した関羽が手に持っていた焼き鳥の串を俺の喉仏に突き立てた。

 

「訂正しろ、今すぐに!」

 

 殺意をむき出しにして睨みつけてくる関羽に、俺はどうしたら良いのかわからずに両手を上げる。

 

「関羽、彼の反応から見るにおそらく天の国には真名という風習がなさそうだよ。そして一刀、分からないなら訂正するんだ。郷に入っては郷に従え、という言葉があるだろう? 天の国に同じ諺があるのかは分からないけど、此処は関羽の言う通りに訂正しておくのが最も穏便に事が済む。真名とは各個人が持つ絶対不可侵の聖域だと認識しろ、真名とはそういうものだ。許しもないのに真名を呼ぶのは不可侵の聖域を土足で踏み躙るようなものだよ」

 

 諱に似ているのかもしれない――相変わらず言葉は多いが、素面がふざけている徐庶が真面目な顔で言っているのだから事の重大さを理解できる。

 

「わ、わかった。訂正する、どうか許して欲しい」

「私に謝ってどうする、鈴々に謝れ」

「ああ、うん、わかった」

 

 呆然としている張飛に向き直り、俺は深く頭を下げた。

 

「張飛、ごめん。悪かった」

「……あ、うん、構わないのだ。ちょっと驚いただけなのだ」

 

 まだ少し惚けた感じで張飛が云うと「どうせ、これからは一緒に旅をする仲間なのだ。だからもう真名を預けちゃうのだ」と軽い調子で付け加えた。

 

「一緒に旅を?」

 

 関羽が思わずといった様子で問い返すと屈託ない笑顔で関羽を見返す。

 

「お兄ちゃんが天の御使いならそうなるのだ、どうせ鈴々と愛紗(あいしゃ)では世直しも手詰まりだったのだ」

「いや、しかしまだ……一刀が天の御使いだと認めたわけでは……」

 

 俺の知らないところで勝手に話を進められている横で、徐庶もまた考え込んでいるようだった。

 

「あーうん、ついでだから私も一刀君に真名を預けておくよ、でないと後世の恥になりかねない」

 

 悩みに悩んだ末に徐庶は顔を上げると「私は珠里(じゅり)だよ、よろしく」と握手を求めてきた。

 

「なっ、お前までどうしたというんだ!?」

「いやいや関雲長殿、よく考えてみるべきだと忠告するよ。脳とは考えるものであって筋肉を付ける場所ではない。彼には真名の風習がないんだよ――つまり彼が何食わぬ顔で名乗った名前が如何なるものであるのか。そして君が先程から口にしている彼の名前はなんであるのか、しっかりと考えてみるべきだね」

 

 俺が徐庶――珠里と握手を交わす傍らで、あっ、と口を開いた関羽の顔色がサッと青褪めた。

 

「真名とは各個人が持つ絶対不可侵の聖域だ、許しもなくその名を呼ぶことは不可侵の聖域を土足で踏み躙るのと同じだよ。それこそ喉仏に串を突きつけられても文句を言えない。つい先程、関雲長殿がやってみせたようにね。それをずっと彼は笑って許してくれていたんだよ?」

 

 珠里は勝ち誇った笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 

「土下座して詫びたまえ、関雲長殿」

「いやいやいやいや! しなくても良い、良いって! されたら逆に困るからさ!」

「首を差し出すように……んー? その長髪が邪魔だなあ、切っちゃう? きっと良い値で売れるよ?」

「やめて、徐庶さん! やめてください、お願いします!」

「雲長さんのちょっと良いとこ見てみたいっ! へいっ! へいっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら目に涙を溜めて、ぷるぷると震える関羽。食い縛った口は今にも唇を噛み切ってしまいそうで、握りしめた拳は爪が皮膚に食い込み、そのまま破ってしまいそうだった。この時代の人間はこうやって憤死するのかと納得できそうな形相である。

 

「そのあたりで勘弁して欲しいのだ、愛紗は繊細だからあんまり虐めないで欲しいのだ」

 

 呆れた様子の張飛が溜息混じりに口を挟んだ。

 

「愛紗もお兄ちゃんに真名を預けるのだ、そうすれば徐庶に意地悪されることもなくなるのだ」

「おっ、そうだな?」

「徐庶、ややこしいから黙るのだ」

 

 張飛が睨み付けると、珠里がやれやれといった様子で肩を竦めてみせる。

 

「……そうだな、私も真名を預けよう。私の真名は愛紗(あいしゃ)だ」

「鈴々は鈴々なのだ。これから仲良くして欲しいのだ」

 

 観念した様子で真名を預ける関羽――愛紗と、満面の笑顔で手を差し出してくる鈴々。

 

「やっぱ関羽と張飛の風評、逆じゃない?」

 

 と呟いたのは珠里、頼むから思っても口に出さないで欲しいと思いながら鈴々と握手を交わした。

 

 

 それから真名の交換というのを終えた俺達は今後についての話し合うことになった。

 先ず愛紗と鈴々の二人は今、世直しの旅をしているとのことだ。しかしやっていることは賊退治であることが多く、名を売れば自分達についてくる者も増えるだろうと単純に考えていたようであるが、結果はまあ今の二人を見ての通りだ。賊から奪った装備や金目の物を売ることで生計を立てる日々を送っているとのことである。そうして黄巾賊が世に蔓延るようになった今も史実のように義勇軍の発足すらできずに手を拱いているのが現状となっている。

 珠里曰く、馬鹿じゃねーの。それから一悶着があって、今度は珠里が自らの境遇を語る。

 彼女は水鏡女学院から追い出されたことを良いことに好き勝手に旅を続けていたのだが、手持ちの金銭が心許なくなってきたので何処かで腰を落ち着けて金稼ぎをしなくてはならないと考えていたところだったと云う――試しに彼女を旅の仲間として誘ってみると彼女は鼻で笑って、こんな答えを返した。

 馬鹿じゃねーの、更に一悶着があった。

 

「ああ、やだやだ、関雲長殿は気に入らないとすぐ暴力に頼るから嫌いだよ」

 

 彼女が乱れた襟元を直しており、その向かい側では「こいつは相手にすればするほど調子に乗るだけなのだ」と鈴々が息を荒くした愛紗を宥めている光景が目に入る。愛紗がポニーテールであることを含めて、気性の荒い馬を少女が抑えている風にも見えるとか言ってはいけない、思ってもいけない。

 

「要するに君達は戦力が集まらずに困っているんだろう? 黄巾賊と戦いたいだけならば貸して貰えば良いじゃないか、一騎当千と名高い関羽と張飛の武名があれば、ぞんざいに扱われることもそうないさ。それとも自分が認めた主君でなければ、戦うこともできないのかい?」

「そ、そんなことは……」

「なんならば、そこにいる一刀君を主君に仰ぐという手もある。何処ぞ誰かに使えるのが嫌ならば、彼の陪臣として仕えるのも悪くはないだろうさ」

 

 珠里は面倒臭そうに鞄から地図を取り出すと「紙は持ってるのかい?」と愛紗と鈴々を見やるが、二人が互いを見つめ合ったのを確認して彼女は深い溜息を零す。

 

「これは貸しにしておくよ、親しき仲にも礼儀ありだ。紙だって安くないし、地図は結構高値で売れるからね」

 

 彼女はまっさらな紙を新たに取り出し、俺に筆と墨の入った小壺を手渡してきた。

 

「はい、さっさと模写してね。これは街道を書き記した地図だよ、細かい地形までは書き写さないでね。これだって立派な商売道具、ある意味では企業秘密を晒しているようなものなんだよ? ほら、早くする」

 

 珠里に急かされるまま、俺は街道と目印になる地形や村を書き込んでいった。

「ふぅん、なかなか絵心はあるようだね」と横から覗き込んできた珠里が感心するように頷き、大方、書き写せたところで彼女は筆を奪い取ると、新しい紙にサラサラっと達筆な文字で何かを書いて、最後にポンと判子を押すと筒に入れて手渡してきた。

 筒には紹介状と書かれているのが辛うじて読めた。

 

「さて、一刀。君と私は真名を交換した仲だ。そのことを祝して、この天才である私が特別に策を授けてやる。特別だよ、特別」

 

 恩着せがましく彼女は俺が書き記した地図を広げると、とある場所を指で差して俺と鈴々を交互に見つめる。

 

「今、陶謙軍では義勇兵の募集が行われている。まずはそこに足を運んでみると良い」

 

 公孫瓚ではなく陶謙か。

 どうした、と珠里に問われて、なんでもない、と首を横に振る。

 この変化は俺に公孫賛との繋がりがないせいかもしれない。

 

「……義勇兵が一人も集まっていない現状では募兵に応じても一兵卒として使い潰されるのではないか?」

「関雲長殿、その脳は筋肉を鍛える場所じゃないよ」

 

 呆れるように珠里は溜息を零した。

 

「今、陶謙軍では武官が致命的に不足している。陶謙本人以外では糜姉妹くらいしか名前を聞かないからね、素質がありそうな奴は武官で試したいと思うはずだよ。特に一騎当千の将を二人も抱える人材なら尚更のことだね」

 

 まあ、と付け加えて「君達が一刀の下に着いても良いならだけどね」と彼女は肩を竦めてみせた。

 

「愛……関羽と張飛なら武官として取り立てて貰えるんじゃないのか?」

「関雲長殿、そう睨み付けるな。仮にも真名を預けた相手を邪険に扱うものじゃないよ」

 

 愛紗は不貞腐れるように店員へ新たに料理を注文する。俺、お金を持ってないんだけども誰かちゃんと持っているんだよな?

 

「まあ関羽と張飛なら武官として取り立ててくれるだろうが、その場合は完全に陶謙の勢力下に入るってことになると思うけど良いのかね?」

 

 珠里の確認に「どうしてそうなるんだ?」と愛紗が問い返す。

 

「二人が一刀君の陪臣という形を取れば、陶謙は暫く三人を引き離すことはしないと思うよ。そうでないなら三人は分けて用いられるだろうね。そうなったら、きっと君達はなし崩し的に――というよりも関羽、まだどうしたいのか決めていないのだろう? あくまで義勇軍、陶謙を主君に仰ぐつもりがないのであれば、時間を稼ぐ意味も込めて一刀君に形だけでも仕えるのが良いと思うけどね」

 

 そう告げる珠里は比較的、揶揄う様子を見せなかった。考え込む愛紗に新たに届いた料理に手をつける鈴々、そんな対照的な二人を見て珠里に問いかける。

 

「二人を俺の陪臣にする、それが徐元直が俺に授けてくれる策かな?」

「……三人仲良くという形を取るなら、これが最善だよ。二人だけなら関羽を主君に仰ぐ形で構わないけどね」

 

 言いながら珠里は困ったように笑みを浮かべてみせる。

 

「あくまでも対等の関係が良いのであれば、義兄妹の契りを結ぶという手もあるけど?」

「それは流石に……」

 

 義兄妹という単語に言葉を詰まらせるのは愛紗、それは俺も快諾されても困る。

 

「鈴々は愛紗とお兄ちゃんのどっちが主人でも構わないのだ。でも今まで二人でやってもダメだったから、お兄ちゃんも一緒の方が嬉しいのだ」

 

 口の周りを汚しながら軽い調子で答える鈴々、その口元を持っていたハンカチで拭ってやる。

 愛紗は悩む素振りを見せながら「とりあえず一刀が主君で構わない。駄目だったら、その時にまた考える」と重苦しい感じで口を開いた。

 

「二人が良いと言っているんだ、存分にやりたまえ」

 

 と珠里は俺の肩を叩くと「それでは厄介者は早々に退散するよ」と言いながら席から立った。呼び止めても彼女は足を止めず、「俺達の軍師になって欲しい」と伝えたところで彼女は足を止めて振り返った。くつくつと肩を揺らして、心の底から人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて俺を見下すのだ。

 

「私だって理想を持って生きているんだよ。その理想を実現するためには君のところでは絶対に不可能だと断言できるね」

「その理想っていうのはなんだ?」

 

 問い返したのは愛紗だ。珠里は少し意外そうな顔に目を見開いて、そして余裕たっぷりの笑顔を浮かべる。

 

「私が実務に手をつけるのは御免被る。私は天才だからね、知恵を出すのに苦労はしないが実務は面倒だからしたくない、つまり働きたくないってことなのさ。無論、事務仕事なんて以ての外だよ! これを関雲長殿が許してくれるとはどうしても思えないのでねぇ」

「当然だ!」

 

 愛紗の怒鳴り声に「ほらね」と珠里はペロリと舌先を出してみせる。

 

「まあ軍師が欲しいなら紹介だけはしてあげるさ、面白い奴が居るってね。留めておけるかは君達次第だよ」

 

 と言い残して、今度こそ珠里は飯屋から足早に立ち去った。

 

「あんな奴、居ない方が清々するな!」

「……でも少し勿体ない気もするのだ」

「そんなことはない! あんな奴が居てみろ、規律が乱れるぞ!」

「んー……まあ、いっか」

 

 どうにも愛紗と珠里の相性は悪い、引き止めたところで結局は仲違いをするだけだったのかもしれない。

 それにしても――と目の前にいる二人を見つめる。関羽と張飛、三国志を代表する英傑二人を俺が率いる立場になるのか。彼女達が女性ということもあって、いまいちピンと来なかった。それにしても、この世界の劉備は何をしているのだろうか、それともこの世界には劉備が居ないのだろうか。

 色々と考えていると、ポンポンと不意に背後から肩を叩かれる。

 振り返ると店主が作った笑顔で立っており、その手に持っているのは算盤だった。俺はゆっくりと目の前に座る二人を見れば、彼女達は気まずそうに目を逸らした。

 畜生、あいつめ。逃げやがったな。

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