恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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北郷義勇隊・中    -北郷組

 天の御使い。

 それを私が欲したのは私が弱かったからに他ならない。

 ただ武勇だけを誇るならば、如何なる相手でも引けを取らないと自負しているが――それはただの力自慢にしか過ぎない。賊退治を続けることで民衆に讃えられることがあろうとも私に付いてきてくれたのは鈴々(りんりん)だけで、他には誰もいなかった。

 その鈴々でさえも私の志に共感をしてくれた訳ではなかったりする。

 彼女が家族を失った悲しみで無差別に暴れていたところを叩き伏せたのが、鈴々との出会いになる。それでなんとなく放っておけなかったから旅の道連れとして連れて歩き、気づいた時にはお互いに心を許せる間柄まで親しくなっていた。戦いの最中、背中を任せられる相手がいるというのは戦力以上に心強かった。

 今ではもう鈴々は手放せない仲間だ、手放したくない。

 

 もっと世の中を良くしたい、と鈴々に話したことがある。

 首を傾げる彼女に良い世界とはどういうものか、倫理や道徳、善悪を含めて語り聞かせたが「お腹いっぱいに食べられて、みんなが笑って暮らせれば、それで良いのだ」と陽気に笑ってみせるのだった。

 そのことが間違っていると言うつもりはない、むしろ民草のひとりとして考えればこれ以上とない幸福に違いない。ただ私が言いたいのはそういうことではなくて、民草が賊徒に成り下がる環境や宮中で起きる汚職の数々、世の中に蔓延する不穏な気配を誰もが肌で感じているはずなのだ。どうにかしたいと思っている者は世の中にはたくさんいるはずだ。

 それも伝えると鈴々は少し困ったようにはにかんで「愛紗(あいしゃ)は考えすぎなのだ。好きな人と一緒にいられて、お腹いっぱいに食べて寝られたら、皆も不満なんて言わなくなるのだ」と答えてみせる。それはあまりにも単純すぎるのではないか、と言えば「単純なのだ。単純なことを皆、難しく考えすぎなのだ」と彼女は言い返すので深く語り合うことはできなかった

 鈴々の言っていることは間違いではない、むしろ正解に近いのだと思う。それでも、今のままでは駄目だと思ってしまうのだ。

 世の中をもっと良くしたかった、どうにかしなければいけないと思っている。胸に渦巻く不安は世の中を憂いてか、それとも私自身が焦っているだけなのか。漠然とした不安は、きちんとした形になってくれなかった。

 どうすれば良いのかなんてわからない。

 

 夢に出る桃色の髪をした少女のことが頭から離れない、あの姿こそが理想だと感じている私がいる。

 その想いは言語化不可能で、そもそも自分自身がきちんと理解できているわけではなかった。偶像信仰しているつもりはないのだが、しかし、どうして理想が人の形をしているのだろうか。

 分からない、自分で分からないものを他人に理解してもらおうと云うのが間違えている。

 

 そんな時だった。

 天の御使いの噂を聞いたのは、そして空を流れ星が駆け抜けたのも。

 鈴々に引き摺られるように辿り着いた場所には男が倒れていた。名は北郷一刀、おそらく天の御使いと思われる彼に、その自覚はない。どことなく浮世離れしている印象があるが、見た目だけを言えば、危機感の薄い抜けてそうな少年といった感じだ。

 成り行きで彼と旅を共にすることになり、今は徐州陶謙の領地に向けて歩みを進めている。

 天の御使い、つまり一刀は遠慮しているのか私に話しかけることは少なく、代わりに鈴々とよく遊んでいる姿を見かける。武芸の心得があるのか木刀――鈴々と一緒に木を削って作った物――を振っている姿を見ることもあるが、その腕前は人並み程度といったところだ。鈴々を相手に打ち負かされているところを見ることも少なくない。また彼は木刀を刀としてではなくて、鈍器として扱っているように思える。まあ木刀に刃は付いていないので鈍器として扱うことは間違いではないのだが――しかし木刀を扱うことを前提にした武術なんて聞いたことがない。天の国では木刀が主流武器だったりするのだろうか、想像できない。

 彼から聞く、天の国は私では想像できないような平和で安全な場所とのことだ。そのせいなのか危機感のない彼の生き方は危なっかしくて目が離せない。妙に人懐っこい性格をしており、他人の悪意には鈍感、放っておけば翌日までに身包みを剥がされてあっさりと死んでしまいそうだ。

 そんなことはない、と彼は云うが果たしてどうだろうか。

 試すわけにもいかないので、私と――主に鈴々が彼の側に付いている。

 

 さて、そんな彼も今では私の主君ということになっている。

 ほとんど建前のようなものだが、それでも彼を主君に立てることを認めたのは――彼が悪党には見えなかったというのが一つ、そして、きっと私は疲れてしまったのだと思っている。世を憂うことに、正義を貫くことに、きっと疲れていたのだ。鈴々を連れて歩く手前、弱音を吐くことができなかったが、先の見えない現状で足掻き続けることに私は疲れてしまっていた。

 私は誰かを求めていたのかもしれない、ただ信じるだけで良い。信じることができる何かのために力を振るう、そうして私は私の存在を確かめたかった、認めたかった。それが私の求めていたことだったのかもしれない。

 だが、天の御使いとして現れた彼は、私が武を預けるには危なっかし過ぎた。

 天の御使いというものに期待し過ぎただろうか――いや、私は逃げたかっただけかもしれない。そこに正義や信念はない、ただ誰かに責任を押しつけたかった、そしてもう考えることを止めてしまいたかった。

 しかし一刀では駄目だ、彼はあまりにも世の中のことを知らなさすぎる。

 今暫く、苦悩する日々を甘受しなくてはいけないか。

 

「おーい、愛紗! 目的地が見えてきたぞ!」

 

 先を進む一刀、彼の隣に立つ鈴々、二人を追いかけるために歩みを早める。

 不誠実なことに、その足取りは確実に軽くなっていた。

 

 

 拝啓、母上様。

 本郷一刀は今、異世界の中国にいます。

 幽州から陶謙が支配する徐州まで移動すること幾数日、道中で賊徒に襲われることもありましたが――ひょんなことから旅路を共にすることになった関羽と張飛という二人の英傑に守って貰うことで無事に下邳まで辿り着くことができました。男として守られるだけの立場はあまりにも情けなかったので、道中の料理を担当したり、ほつれた衣服の修繕をすることで釣り合いを取っている所存でございます。一刀は建前上、彼女達の主君という立場となっていますが、このままでは主夫一直線でございますね。

 閑話休題、

 旅の道中でも確認したことですが、徐庶こと珠里(じゅり)の言っていた通りに陶謙軍では義勇兵の募集が行われている最中で、その門戸を叩かせていただきました。出てきた門番には珠里が書き留めてくれた紹介状を手渡し、少し待った後で客室に案内されることになりました。

 それから更に待つこと数十分、遂に私達は陶謙との謁見を許されます。

 えっ、本人が直接ですか?

 

 陶謙恭祖、

 正史においては徐州刺史を務める男であり、客将の劉備に実権を譲り渡したことで知られている。

 元は幽州刺史であり、黄巾の乱の直後に涼州で起きた韓遂の反乱の討伐に参加。その後、徐州で蜂起した黄巾党残党の討伐と治安維持のために徐州刺史に任命されることになった意外と武闘派な御方である。

 まだ黄巾の乱に一先ずの決着が付いていない現状、陶謙が徐州にいることはありえないはずなのだが、この世界の陶謙は既に徐州刺史としての立場を得ている。

 現時点で孫堅が揚州を治めていたり、袁術が豫州を治めていたりとかするのだろうか。

 

「待たせたな」

 

 謁見の間にて、その彼が……いや、彼女が今、俺の目の前に立っている。

 先述したように文官というよりも武官としての活躍が目立つ彼女は、武闘派と呼ぶに相応しい恵まれた体格をしており、そして胸の破壊力には凄まじいものがあった――違うんです、よく男性は胸ばかりを見ると言われるが、別に胸を見たくて見ているつもりはなくて、顔のすぐ下に丸くてでかいものがあったら嫌でも気になってしまうものなのだ。むしろ女性同士なら気にならないというのか、いや、見るだろ絶対、見慣れたものでなければ絶対に胸へと目が行ってしまうはずなのだ。

 だからといって女体に興味がないわけでもないが――女だって格好いい男の裸体に興味があるものではないか、違うといっても男同士の薄い本が世に蔓延っている時点で説得力がないと言わざる得ない。つまり人並み程度には興味があるという程度で、決して俺が特別にそういうものに興味があるとかではないのだ。だから隣で「へえ、お兄ちゃんは胸が大きい方が好きなのか」とか楽しそうに小声で言わないでほしい、愛紗から睨まれるのは胃に悪いのだ。こうグッと心臓を掴まれたような感じで呼吸がし辛くなる。

 そんな私達の様子を見てのことか、陶謙は勝気な顔で妖艶な笑みを浮かべてみせた。

 

「関雲長、張翼徳……そして天の御使いだったか? 諸君らの名はよく耳にしているよ」

 

 天の御使い、その名を当の本人が詳しく知らないことに関しては今、この場で口にする必要はない。

 黙って聞き役に徹すると陶謙は愛紗、鈴々と見つめて――そして俺を見たところで首を傾げた。それから幾らかの質問に答えると「其方達には義勇兵千人を預ける」とあっさり採用されてしまった。なんとなしに肩透かしを受けた気分だ。まるでアルバイトの面接に行った時に、散髪をして、スーツを着込んで、気合いを入れて望んだのに五分で採用が決まった時のような心持ちである。

 軽い調子で「明日から来られるの? そう、なら明日からお願いね」という類の話の早さを感じる。

 

「徐庶の奴が渡してくれた書簡には、自分の代わりに武官としてこき使ってやって欲しい、と書いてあったからな。水鏡女学院で鬼才と呼ばれた女からの推薦だ、期待しているぞ」

 

 そう言われて陶謙に肩を叩かれたが――その時、彼女の貼り付けた笑顔の裏側に怒りのようなものを感じ取った。

 奴は何を書いたのだろうか。

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