こちら単福、こちら単福。
他人の金で食う飯は美味いと幽州啄郡を目指して北上中、悠々自適な旅路を鼻唄混じりで謳歌中。
あまりにも気分が良いので声を大にして訴えたい。
陶謙のところになんて絶対に行ってやるものか!
あそこは武官不足という情報は掴んである、そして私に求めている能力も武官としてだ。
つまり、この私に現場に出ろと、あっはっはっ……面白い奴だな、仕官するのは最後にしてやる。代わりに武官候補を送っておいたので義理は果たした、ということにしておいた。紹介状には「陶謙殿に仕えるのは私には役不足なのでお断りします」と書き記しておいてやった。役不足を正しい意味で使える数少ない機会、一度くらいは使っておきたかった。これだけで私にとって陶謙に価値はあったね、それ以上の価値は感じられないけど。
北郷一刀の人柄は悪くないが、あんな根無し草の義勇軍未満の集団について行ってたまるものか。踏み台にすらなりゃしない!
袁紹は人材が豊富で出世するには下働きをしないといけないので却下、袁術は張勲の独裁になっているので却下、孫堅は軍師も戦場を駆け回らなくてはならないので却下、曹操は容赦なく仕事を押し付けてきそうだから却下――私が仕えてやっても構わないと思えるのは公孫瓚と馬騰くらいなものだ、あの二人ならばきっと私も楽させて貰えると思っている。個人的に仕官したいのは馬騰の方だ。なんせ彼女の娘である馬超は自分で指揮すると聞いているし、馬騰と馬岱が補佐に回ると聞いている。つまり私は頭を働かせれば良いだけだ、この森羅万象を司る頭脳を以てすれば、考えることは苦にならない。勝利の方程式は、この頭の中にある。助言するだけで充分な金銭が貰える就職先こそが私の望むところである。
そして存分に功績を立ててからであれば、他勢力に移る時も好待遇を用意してくれるに違いない。
例えば八門金鎖の陣という弩級難易度の初見殺しを打ち破れば、曹操からだって思いのままの待遇を引き出すことができるだろうッ! 何故だろうな、絶対に曹操のところには行きたくないな!
そんな訳で義勇兵募集と並行して、軍師を募集している公孫賛が治める幽州へと足を運んでいる。
理由は単純に近かったからで、公孫賛に見込みがなさそうであれば馬騰のところに赴くつもりである。董卓は賈駆という軍師がいるので仕えたくない、その理由は噂で聞く限り賈駆は頑張り屋でサボりを許してもらえそうにないためだ。
あと余談になるが恩師が卒業祝いに書いてくれた袁紹と劉表への紹介状は、受け取った翌日に破り捨ててある。
「とはいえ女の一人旅、蒼天を黄天が食らう世の中だね。流石の私の智謀とて数の暴力には敵わぬというもの、智謀とは活かすための環境と設備がなければ宝の持ち腐れ。何処ぞに都合よく私を公孫賛のところまで連れて行ってくれるお人好しはいないものかなあ?」
この時代には義侠という生き様が民草の間で流行りつつある。
簡潔に言ってしまえば「既存の儒教や社会、権力に囚われない強きを挫いて弱きを助ける」という正義感に酔った人達のことである。権力者から見れば厄介極まりない性質を持つ者達であるが、その性質を正しく読み解けば案外利用しやすい奴らなのだ。言ってしまえば、理想の体現という一面においては几帳面な輩なのだから。
かといって不逞な輩もいるのだから油断ならない。ある意味、無法を我が物顔で歩く輩であるから、その為人もピンからキリまでだ。
「とりあえず私の優れた後輩に手紙を書くとしようかな。北郷一刀……というよりも関羽と張飛、あの二人は徐元直の手札に揃えておいても不足はない。あの世間知らずが相手であれば、その手綱を握るのも難しくない。そこに関張に臥龍鳳雛が加われば、太守程度はあっさりとなれるだろうしね」
なんとなしに手綱を握るどころか逆に手篭めにされる未来が見えた気がしたのは何故だろうか。
いやいや、きっと気のせいだろう。仮に手篭めにされたとしても、それはそれで利用価値があるというものだ。ただ今更になって思うのは、奴に私の可愛い後輩を二人も預ける必要があるのだろうか、ということである。関羽と張飛は後輩一人を生贄に捧げるだけの価値はあるが、流石に二人も送り込むのは勿体ない。二人で一緒に同じ主君に仕えたいとか言っていた気がするけども私には関係ない。
となれば送り込むのは片方だけで良い、彼らの現状を鑑みるに送り込むべきは――――
云々と唸り続けること数分、手頃な大きさの紙を広げたところで「よう姉ちゃん!」と顔を真っ赤にした酒臭い男が絡んできた。
ここは酒場、旅路での苦労や不便による精神的な疲労を酒で胃に流し込む場所である。この相手が格好良い男であれば、私の心も癒されるので多少は相手をしてやるのも吝かではないが、いやはや、この男の顔は落第点というものだ。なによりも黄巾を頭に巻いているのが最悪だ。精神的苦痛を負ってまで、相手にする価値はないと判断する。
私は手紙を書くために取り出していた筆を小壺に入れた墨に浸して、その男の顔に大きくバッテンを書き刻んでやった。
「顔が悪い。今すぐ崖から飛び降りて、美少年に生まれ変わってから出直して来い、馬鹿者。ちなみに私は歳上よりも歳下の方が好きだから、今から死ねばまだ間に合うかもしれんぞ?」
クスクスと周囲から笑い声が漏れる。より一層に顔を真っ赤に、目まで赤く充血させて私を睨みつけてきた。
「……なんだと、てめぇ! この黄巾が目に入らないのかぁ!?」
「見える、見えるとも、黄巾を振りかざさなければ何もできぬ不細工な顔がよく見えるねぇ」
果物を切る時に使っている小刀を袖口から取り出して、サクリと頰の皮に突き刺した。
「見るに堪えないね、皮を削ぎ落としてやろうかい? そうすれば今よりも見れる顔になるだろうねえ?」
絶句する男を見やり、小刀を少し動かしたところで「ま、待ってください!」という威勢の良い声と共に二人の少女が酒場に飛び込んできた。片や剣を両手に持っており、もう一人は剣を持った少女の後ろに隠れている。
「ま、待って、
「でも
「悪いのは男の方だから、ちょっと強めのお灸を据えられたって思えば良いんだよ。きっと本気で顔を削ぐなんてしないって……たぶん、うん、えっと……やばい、あの人から罪悪感を全く感じないよ……」
「助けなきゃっ!」
どうやら待ち望んでいた義侠の精神の持ち主が来たようだ。
些か青臭さを感じるが――なに、その方が利用しやすいというものである。
私は自称黄巾族に小刀を突き入れたまま、剣を持った少女に問う。
「君、剣を誰に習ったのかな?」
「私? えっと、慮植先生に護身用として……」
「ほう、あの慮植か! 私塾を開いたという噂は聞いていたよ!」
今は漢王朝に召集を受けて、黄巾族討伐の将軍に抜擢されたのを覚えている。
腐敗した漢王朝の中でも評価の高い御方である。その彼女が剣を教えたというからには人並み以上の腕前は持っていると考えても良い。少なくとも護衛程度、最悪でも囮には使えると考えても大丈夫だろう。
それに公孫賛は盧植が開いていた私塾の塾生だったはずだ。
「この男を助けたければ、私の話を聞いて貰おうか」
言いながら、ザクリと男の頰を深く切り込んだ。