恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

25 / 35
北郷義勇隊・下    -北郷隊(←北郷組)

 陶謙との謁見を済ませた翌日、

 此度の募兵で集まった義勇隊千名を相手に私、愛紗(あいしゃ)は調練をつけているところだ。

 とはいえ武芸を教え込んでいる訳ではない。まずは全体で行動できるようにするための訓練であり、行軍時に陣形を崩さずに前進、方向転換といった基礎的なことを何度も繰り返して叩き込んでいる。とはいえ、これを丁寧に教え込むのは難しいもので、怠けている者を一人や二人、見せしめに痛めつけることで気を引き締めるのがコツと言われている。調練が上手いということは、どれだけ効率的に人を殺せるかということでもあった。

 その調練の様子を見たことはあるが施す側に回るのは初めてだった。体罰がコツと言われるが、わかりました、と素直に言えるほど私は虐め慣れていない。そのため代わりに大声を張り上げているのだが軍勢を思った通りに動かすことができなかった。やはり見せしめに痛めつける必要があるのか、そう考え始めた頃合いで「まるで小学校の体育祭だな」と天の御使いである一刀(かずと)が呑気な顔で呟くと「愛紗、一度に千人を鍛えるのは無理じゃないか? 先ずは少人数で感覚を掴ませた方が早いんじゃないかな」と彼が提案をしてきた。

 私達は三人いるのだから三等分にしようって言っているのだろうか。

 

「お兄ちゃん、もうちょっと丁寧に教えてくれないと分からないのだ」

 

 鈴々(りんりん)が言うと「ああ、そうだね」と一刀は自らの考えを語り出すのだった。

 

「こんな大人数を相手に一人で号令を行き届かせるのは無理だ。この時代にも部隊の最小単位に伍っていうのがあるんだろ? 先ずは五人できっちりと動けるところから始めるんだ、五人組で上手く動けるようになれば次は二十五人組くらいで組ませてみるのが良いかな。その次は百人組でやらせて、最後には千人同時に行軍をさせられるようになれたら良い。最初は時間がかかると思うけども要領を掴む奴が増えれば、自然と兵同士でフォロー……助け合ってくれると思うよ、急がば回れってね。そうだ、どうせ班で分けるなら班長が必要になるよな……従軍経験者が居るか? 流石に二百人は難しいか?」

 

 彼は考え込むように、ぶつくさと呟き始めた。

 

「ふあぁ……とりあえず経験者を集めれば良いのか?」

 

 考えが纏まるまで退屈だったのか、大きく欠伸をした鈴々が提案する。

 

「でも、どうやって経験者かどうか見分けるんだ? 見れば大体わかるが、この数となると骨が折れる」

「そこは自己申告で構わない。俺達を前に嘘を吐く度胸があるなら五人組程度は纏められるはずだよ、もし駄目でも頭を挿げ替えればいい」

「それじゃあ鈴々が集めてくるから考えを纏めておいて欲しいのだ」

 

 鈴々は呑気な様子で並べた義勇兵の中に潜り込んでいった。ああ見えて要領の良いところがあるので任せても大丈夫だろう、それにしても経験者を集めて兵を纏めさせるのか。まだ考え込んでいる一刀に話しかけても良いものか様子を窺いながら疑問を口にする。

 

「一刀は将でも鍛えるつもりなのか?」

 

 伍を個人に管理させるというのであれば、その次は二十五人を管理できる者を置き、その更に次は百人を管理できる者を用意するということに他ならない。

 

「そうなれば理想的だね」と彼は屈託ない笑顔で答えて「この動乱期に義勇兵として志願してくるような奴らだ。彼らの中には野心に満ちた奴だって必ずいる。教養のない者は出世するのも限界があるだろうけども――最終的に百人を指揮できる奴が十人現れてくれたら嬉しいかな。そう上手くいくとは思ってないけどさ」

 

 まだまだ机上の空論だよ、と彼は苦笑を浮かべてみせた。

 

「それだと鈴々は教養がないから将になれないのだ!」

 

 随分と早く戻ってきた鈴々が悲痛の声を上げると「後で俺と一緒に勉強しような」と一刀が鈴々の頭を撫でる。

 

「言葉が通じるのに文字は読めないって不思議な感覚だなぁ」

「喋れるのに書けない、言葉って不思議なのだ」

 

 二人が分かりあうように頷きあってみせる。

 下邳までの旅路で、すっかりと二人は打ち解けてしまった。そのことは喜びこそしても妬むべきものではないのだが――なんだろうか、この懐いた猫が他人に取られてしまったような感覚は。そんな二人を眺めていると、ぞろぞろと従軍経験者と思しき連中が私達の前に集まってきた。

 集めて、それからどうするのだろうか。様子を窺っていると一刀が彼らの前に一歩、歩み出る。

 

「……鈴々、丁度、五分の一程度か?」

「二百人……よりもちょっと少ない気がするかな、でも百五十人を超えてるのは間違いないのだ」

「まあ充分に許容できる範囲かな」

 

 一刀は頷き、そして彼らを見据えて――口を開いた。

 

「おめでとう、これから君達は隊伍の将だ。後で目印になるものを用意するよ」

 

 言いながら一刀がパチパチと手を叩いてみせる。

 

「将になったからには君達は兵に鍛える義務がある。権力じゃない義務だ、あくまでも君達は俺の配下で割り振られる兵も俺の配下だ。配下は君達のものじゃない、ということを最初に言っておくよ」

 

 兵達の中で首を傾げている者がちらほらと出ているのを見て、少し難しかったかな、と彼は困ったようにはにかんだ。

 

「とりあえず、そうだな――配下の面倒をきちんと見る、理由なく暴力を振るわない。自分勝手な命令を配下に出さない。先ずは、この三つを厳守して貰おうか」

 

 この言葉には頷くものが半数以上、うん、と彼は頷くと言葉を続ける。

 

「俺達が出す課題をこなしてくれれば、君達を隊什(十人組)の将に昇進させる。だからしっかりと聞いて欲しい」

 

 一刀の言葉を聞いた者達の中で察しの良い者が騒めき出した、まだ要領の掴めていない者もいる。

 騒々しくなったのを見て、一刀が黙り込んだ。怒声を張り上げた方が良いのではないか、と一刀に目配せすると彼は黙って首を横に振る。そして数分待って落ち着き始めた頃合い、コホンと一刀が咳払いをするとシンと辺りが静まり返る。

 にっこりとした笑みを浮かべて、再び語り始める。

 

「もう察しが付いている者もいると思うけど次は五十人の将だ、そして百人の将まで選別するつもりでいるよ。そこから先は陶謙軍に武官として推薦するつもりでいる、つまり――」

 

 彼は鈴々と私を見て、再び前を向き直る。

 

「――此処に立てるということだよ」

 

 その言葉の意味を理解したのか、再び騒めき出そうとした兵達を一刀は頭上高くに拳を突き上げることで制する。

 

「君達には厳守してもらうことがある。一つ、配下の面倒をきちんと見る。一つ、理由なく暴力を振るわない。一つ、自分勝手な命令を配下に出さない。一つ、他者の足を引っ張らない。この四つを犯した者は降格処分にするし、此処に立つことを諦めて貰うことになる」

 

 少し前に言ったことを刷り込ませるように繰り返しながら、さりげなく軍規を一つ増やしている。

 

「君達には此処に立てる好機にある」

 

 繰り返す、何度でも。

 

「厳守すべきは四つだ。一つ、配下の面倒をきちんと見る。一つ、理由なく暴力を振るわない。一つ、自分勝手な命令を配下に出さない。一つ、他者の足を引っ張らない。犯したものは厳罰に処分する」

 

 彼は何度でも、繰り返した。

 

「鈴々、何か言ってやれることはあるか?」

 

 不意に振られた言葉に鈴々は黙したまま一歩、二歩と前に出ると、不意に持っていた蛇矛を大きく振り被った。

 小さな体を目一杯に使って、地面に叩きつける勢いで振り落とし、ブワッと地面に触れる寸前で止める。砂煙が舞った、規格外の力、嫌でも意識させられる小さな巨人、その両手に握られる蛇矛。磨き上げられた矛の切っ先が向けられるのは兵達に向けられており、不敵な笑みを浮かべる鈴々のまっすぐな視線は兵達を捉えている。

 誰もが息を飲んだ。前に出ていた経験者達はもちろん、その背後にいる新兵も彼女の存在感に魅せられている。

 

「戦場で一緒に戦えるのを楽しみにしてるのだ」

 

 その言葉は誰に向けられた言葉だったのだろうか。

 従軍経験者も、新兵も、共に身を震わせた。鈴々が有する圧倒的な武威、それは敵対する者の魂に恐怖を刻み込むが、味方にすると彼女ほど頼りになる存在はいない。悪意を持たない無邪気な武に明確な殺意は込められていない、鈴々の武勇は何処までも奔放に広がっている。敵は勿論、味方までもを強大な存在感で覆い尽くすのだ。隣に立つ一刀まで、鈴々の武威に当てられて、頰を赤く高揚させていた。

 ただ一人、その場に立つだけで一騎当千、彼女の武威は味方を奮い立たせる。彼女と共に戦う者は魂を揺さぶられる、その本質は武者震い。太陽のように熱く、熱く、何処までも熱く、膨大な熱量が心に注がれる。溶岩のように煮え滾るような想いが胸に刻まれる。

 名は張飛、字は翼徳。真名は鈴々。その武威だけで彼女の存在が証明される。

 

「……これは応えなきゃ、男じゃないな」

 

 一刀のポツリと呟かれた言葉、

 兵達には届いていないはずの声にドッと歓声が沸いた。

 

 

 気を付け、右向け右、左向け左、まわれ右、全体進め、全体止まれ、休め。

 最初に一刀が教えた号令の一覧だ。見本のために一刀の号令で私と鈴々が動いた。練習もなしにぶっつけ本番は流石に緊張したが、その甲斐はあったようで、ぎこちないながらも半分以上が号令と動きを覚えてくれたようだ。

 覚えの悪い者は途中から鈴々が指導を始めて、もう覚えた者達に一刀が課題を与える。

 

「君達には今から隊伍を編成して貰う。後ろにいる新兵の中から五人組を作り、さっき教えた号令の動きを教えるんだ。二時間……えっと一刻後に試験をするからしっかりと鍛えて欲しい。勿論、先ほど言った四ヶ条を破ったらいけないよ」

 

 そう言いつけるも、鈴々とは違って見た目が優しい一刀に向けられる目には侮りがある。それを彼も感じていたようで私に視線を投げる。

 

「監視役は彼女だ。愛紗、自己紹介をしてやってくれ」

 

 兵士の手前、彼は命令口調で指示を出す彼の目には、申し訳ないという気持ちが込められていた。

 私だって状況は読めているつもりだ、このくらいのことで機嫌を悪くはしない――が今、笑顔で応えるのも私のやり方ではない。憮然とした態度を取りながら青龍刀を空高くに掲げて、

 

 ――ズンッと柄の底、石突で地面を叩きつけた。

 

 鈍く腹の底にまで響く音にビクリと目の前の兵達が身を強張らせる。

 どうにも私の武は敵味方問わず、相手を萎縮させてしまうが――今この場においては都合が良かった。一刀と鈴々で緩んだ空気は私が引き締めるとしよう、嫌われ役で結構だ。それでより部隊が精強になるのであれば望むところである。しかし一刀、お前まで萎縮してしまっては兵に示しが付かないではないか。

 溜息は胸の内だけに収めて、私の前に並んだ全員を見据える。

 

「私の名は関羽、字は雲長だ。精々、私の手元が狂わないように精進して欲しい」

 

 憮然とした態度を心掛けて、不機嫌に彼らから背を向ける。

 

「こんなもんで良いのか?」

 

 隣に立つ一刀に耳打ちすると「やりすぎなくらいかな」と引きつった笑みを浮かべた。

 加減とは難しいものだ。

 

 

 陶謙に義勇兵の調練を任せられてから、暫しの時が過ぎる。

 

 北郷一刀、天の御使い。

 英傑と呼ぶには程遠く、知恵者と呼ぶには抜けている。

 そんな彼が思いつく調練の内容は、私の考えの外にあるものばかりだった。

 

 調練を始める時に、先ず最初に行うのは準備体操と呼ばれるものだ。

「初めは適当でも構わないよ、これをしておけば怪我を抑えることができるんだ」と説明をした上で、全員の前に立った将の動きに合わせて全員が同じ動きをするというものだった。最初こそ動きはバラバラであったが、一週間も過ぎれば要領を掴めてきたようで纏まりが生まれてくる。三週間が過ぎた頃には、ほぼ全員が一刀と同じ動きができるようになった。

 この準備体操によって最も効果があったのは、兵達には号令に合わせて体を動かすという意識が根付いたことだ。また見様見真似でも誰かの真似をすることを覚えた彼らは、私が号令と共に槍を振るだけで私の動きを真似しながら槍を振ってくれるので武芸の調練が随分と楽になった。

 これも狙ってのことかと一刀に問いかけると、

 

「そこまでは考えていなかったよ」と彼は気恥ずかしそうに頰を掻いて「そりゃGHQも禁止にするわけだね」と私の知らない単語を口にした。

 

 全体の準備体操が一定の効果を見せると、二人一組で行う柔軟体操と呼ばれるものが導入された。

 これによって準備体操に費やされる時間が更に増えることになり、流石に調練の時間を削ってまですることかと思って一刀に問うと「これで仲間意識が少しでも強くなってくれるかなって思ったんだ」と軽い調子で答えるだけだ。こんな調子で本当に戦えるのかと思ったが――私も調練の経験があるわけでもない、上手くいっている間は彼に従おうと思った。

 また個人差はあるようだが体操を始めてから体が軽くなったという話が兵達の間で評判となり、訓練以外の場でも早朝に体操をする者がちらほらと現れてきている。

 かくいう私も近頃は体の調子が良いように感じている。

 

 元から体の柔らかかった鈴々は両足を真横に広げたまま地面に座ったり、大きく足を開いた状態からペタンと上半身を地面につけられる程になっていて、少し気味が悪い。

 

 兎にも角にも、彼の調練は今のところは上手くいっている、と評価しても良い。

 彼が定めた昇進制度は程良い競争状態を生み出しており、調練が遅れている者には部隊長が面倒を見てくれている。また部隊長の指示に従うということを擦り込まれた彼らは私達の指示にも驚くほど忠実に従い、部隊単位で細かく指示を出すことも可能となっていた。

 近頃、最初に定めた四ヶ条を守らず、配下となった兵を小間使いのように扱っている者がちらほらと出始めている。見かけ次第、私が叩き伏せて降格処分にしているが根本的な解決には至らない。まだ大きな問題にはなっていないが、軍規を改めるべきか、もしくはどう対処するのか、というのが今後の課題として取り組んでいく必要があるだろう。

 

 そうして更に一週間、調練を始めてから一ヶ月が過ぎた。

 

 号令を出せば、全部隊での行軍が行えるようになった頃合いで、また一刀が奇妙なことを始めている。

 そんな私達の様子を見に来た陶謙が苦笑いを浮かべて問いかけた。

 

「誰がここまで仕上げろといった?」

 

 私達の目の前には修羅の如し形相で怒声を張り上げて、正に死に物狂いといった形相で模擬戦に挑む義勇兵の姿があった。

 これは一刀が新たに考案した「棒倒し」という訓練であり、「一週間に一度の頻度で組対抗試合を行う」という宣言がなされている。これだけならば、きっとここまで白熱しなかっただろう。

 その後に一刀が付け加えた余計な一言が彼らを修羅へと駆り立てたのだ。

 

「優勝した組は翌日、愛紗と鈴々と一緒に柔軟体操ができるというのでどうだ?」

 

 この宣言を聞いた時には馬鹿なことをと思ったが――その直後、徐州全域に響き渡るほどに歓声が沸き上がった。

 あまりの熱狂に私が困惑する横で「鈴々も愛紗も人気者なのだ」と照れ臭そうに笑ってみせる。

 そして現在、私達を巡って争っている彼らを前に、私は受け入れがたい現実から逃れるように考えることをやめている。

 

「ナンデデショウネ?」

 

 隣で呆然とする陶謙に、そう告げるだけで精一杯だった。

 

「本当はサッカーとかやりたかったんだけどな……」

 

 そう呟く彼の顔を見る気にはなれず、何処か遠くを眺める。

 本日は快晴なり、熱中症に注意しましょう(一刀談)。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。