恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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・簡雍憲和:桜花(おうか)
 盧植塾の卒業生。


花芽吹く季節・起   -劉備組

 私、桜花(簡雍)は盧植塾を卒業してからすぐ行商の旅に出た。

 目的は情報収集、主に物流と情勢の把握に勤めている。このまま実家を継ぐにしても、何か行動を起こすことになったとしても、必要になると思ってのことだ。

 とはいえ最近は行商を続けるのも難しくなってきた。

 近頃、世の中を騒がせている黄巾賊が活発化し始めてきており、各地で行商人が襲撃される事件が増えてきている。彼らは漢王朝を打ち倒すことで世の中を良くするつもりでいるようだが、そのために民衆に被害を出して何がしたいのだろうか。そもそも黄巾賊が商隊を襲うせいで物流が滞り、より一層に民衆が貧困に喘ぐ結果になっているのが分かっていないのか。

 善意からの行動であれば、何をしても構わないと? ははっ、ありえない。

 

 そんなこんなで私は黄巾賊というのが大嫌いだった。

 どうせ襲うのであれば、商売をする度に法外な税金や賄賂を要求してくる官僚に狙いを定めて欲しいものである。

 ……駄目だ、行商に出てから私も心が荒んできている。こういう時、無性に桃香(劉備)に会いたくなる。彼女と一緒に居る時は、自己嫌悪に浸るような思考に陥らずに済んだ。酒場で飲んだくれながら、会いたいな、会いたいなぁ、と飲んだくれていると「酒は自棄になって飲むものではない」と誰かが私の隣に腰を下ろした。

 見上げると短髪の女性が御猪口に注いだ酒をとても美味しそうに煽ってみせるところだった。

 

「想い人に恋焦がれるのは良い、辛い気持ちを酒で紛らわせるのも良いだろう。しかし味も分からぬ、自分を潰すように酒を飲むのは推奨しない。特に今の御時世ではな……」

 

 彼女が酒を口にしながら顎で隣の机を示すと、その先にいた屈強な見た目の男がチッと舌打ちを零した。

 

「貴殿は自分の姿を見たことはないのかな? 常に狙われていることを意識することだ」

「そういうお姉さんも美人じゃない?」

「私の場合は狙われてたところで返り討ちにしてやれるからな」

 

 そう言う彼女は横に立て掛けていた槍を軽く持ち上げる。

 パッと見ただけでも使い込んでいるのがわかる。手入れも行き届いているようで、彼女が一角の武人であることも察する。

 しかし残念ながら武芸に疎い私では、それだけで腕前までは分からない。

 

「見たところ貴殿は行商を生業としているようだが?」

 

 言いながら彼女は私の体になった杯に透明の液体を注いだ。

 

「私も今は独り身でな、つい先日に旅の仲間と別れたところなんだよ。こう見えても腕には自信がある、どうだ? 私を雇う気はないかな?」

「先ずは名乗ったらどう?」

 

 注がれた液体を口に含む……これ、ただの水だ。女を睨んでやると彼女は楽しそうに笑ってみせた。

 

「申し遅れた。姓は趙、名は雲。字は子龍。仕事はきちんと熟すことには定評のあるつもりだ」

「……常山の趙子龍」

 

 おや、と趙雲と名乗った女が口を開いた。

 その名に聞き覚えがある、武名だけならば巷を騒がす関羽と張飛に引けを取らない。

 趙子龍の槍捌きは袁家の顔文にも劣らないと言われている程だ。

 

「その腕に見合う報酬は出せないけど?」

「簡憲和殿と行く先が一緒なんだ。美味しい酒と食事、そしてメンマがあれば構わんよ」

 

 教えてもいない名を――つまり彼女は最初から私のことを知って、接触してきたようだ。再び水を口に含んで思考する。

 

「……目的は白蓮(ぱいれん)、公孫賛かな?」

「ふむ、酔っていても頭の回転が早いな。そうだな――真名を許されるほどの関係であれば報酬に一つ追加を頼みたい」

「白蓮に紹介して欲しいんだよね、大丈夫。むしろ常山の趙子龍なら願ったり叶ったりだよ」

 

 でも、と付け加える。

 

「どうして白蓮なの? 貴方ほどの腕前を持っていれば袁家でも曹操でも選り取り見取りだと思うけど?」

「曹操のところはな……なんというか、空気が合わなかった。袁紹と陶謙とも会ったがいまいちピンと来なくてな、それで次は北に進んでみたというだけのことよ」

 

 既に他は回った後ということか。白蓮が後回しにされるのは――まあ彼女は他と比べると地味だから仕方ないといえば仕方ない。

 

「ところで貴殿から見た公孫賛殿は如何なる人物かな?」

 

 その質問に「堅実なのが取り柄かな、突出した能力はないけども人が良いのは間違いない」と私は答えておいた。

 ふぅむ、と趙雲が微妙な顔をしてみせる。

 彼女が如何なる人物を求めているのか知ったことではないが、しかし一つだけ否定しておかなくてはならない。

 

「あと私は誰かに振られてしまった訳ではない」

 

 そう言うと趙雲は楽しそうな笑顔を浮かべて「なんだ酔っているではないか」と肩を揺らしてみせる。

 いや本当に想い人とかいないです。桃香は友達として好きであって、恋愛とは別なんです。

 

 

 道中で見せた趙子龍の槍は凄まじいの一言だった。

 数十人の黄巾賊に囲まれた時も彼女は食前の運動といった気楽さで一蹴し、それから汗一つ流さない爽やかな笑顔で夕食に何が食べたい等と注文を付けるような人物であった。正に万夫不当の豪傑、このような存在が世に天下無双として呼び讃えられることになるのだろうと思った。

 また扱いも楽なもので、上等な酒と美味しいメンマを与えておけば機嫌を取ることができる。難点を上げるとすれば、彼女は舌が肥えているようで、少しでも味の質を落とせば看破されてしまうことか。その時は酒を仕入れた時に私自身が見抜けなかったこともあって許して貰えたが、彼女に対しては絶対に安物の酒を差し出すような真似はしないと心に誓った。元より彼女の腕前を考えれば、今でさえも破格の給金で働かせているのだ。

 彼女一人で護衛何人分の戦力になるのかを考えると酒の一つや二つ、ケチる気もなくなる。

 

 そんなこんなで私は無事に故郷の啄郡まで帰ってくることができた。

 

「趙子龍殿に会えて良かったよ、私は運が良い」

「私とて貴殿と会えたのは僥倖よ。良い酒に良い料理、存分に振る舞って頂いた」

 

 そう言いながら彼女はメンマを齧る。

 

「公孫賛殿には近日、紹介をしてくれるということで宜しいな?」

「白蓮の都合次第かな。今はまだ賊退治に出ているみたいだからね、城に戻ってきたら直ぐにでも紹介させて貰うよ」

 

 それはそれとして、と私は趙雲に向けて手を差し出した。

 まだ別れる訳ではないが感謝を込めて――趙雲は私の意を汲んでくれたのか手を握り返してくれた。

 こうやって手を重ねると明確な力の差を感じる。

 私は武芸に秀でている訳ではないが、格の違いというものを思い知らされる。

 

「あーっ! 桜花ちゃん!」

 

 不意に想い焦がれた人物の声が耳に入った。

 振り返ると桃色の髪をした少女が駆け寄ってくるところで、彼女は飛びつく様に私を抱き締めてきた。

 やめて、嬉しいけどやめて、帰ってきたばかりでまだ体も洗っていない。汗まみれで垢まみれ、臭うと思うから顔を近付けないで欲しい。しかし暫く会わない内に鍛えたのか、強い力で抱き締められて逃れることができなかった。そういえば盧植塾で鍛錬と勉学に励むと言っていたか――やばい、今の私だと抵抗できない。押し倒されると為すがままだ。

「ふむ、なるほど。彼女が貴殿の想い人ということだな」と趙雲に蔑むような目で見つめられる。

 

「想い人?」と首を傾げる桃香に「気にしないで」と語気を強めて趙雲を睨み返した。

 

 そこで漸く桃香は趙雲の存在に気付いてくれたのか、私のことを解放すると誤魔化すように笑ってみせる。

 

「ごめんなさい。久しぶりの再会で浮かれちゃいました」

「いやいや構わんよ。仲睦まじいことは良いことだ――度が過ぎなければ、という前置きが必要になるがね」

「度が過ぎる?」

 

 そのままの君で居て欲しい。

 

「彼女は趙雲子龍、私の旅路の護衛を勤めてくれたんだよ」

 

 このまま趙雲を放っておくと好き放題に言われそうだと思って、多少強引に彼女を紹介する。

 

「そうやって必死になるところがまた怪しい、まるで浮気の現場を見られた夫のようだな」

 

 趙雲が胡乱な目で私のことを見つめる。

 どうしてこうも急に信用を失ってしまったのだろうか。

 

「まあ二人でにゃんにゃんする分には何も言わんよ」

 

 どうしてこうも急に信用を失ってしまったのだろうか、大切なことなので二度言った。

 桃香は引き攣った笑みを浮かべながら「個性的な人だね」と私に小声で耳打ちする。

 それから趙雲に向き直ると、劉備は礼儀正しい所作で頭を下げた。

 

「私は劉備、字は玄徳。桜花ちゃんを守ってくれてありがとうございます」

 

 その姿をじっと見つめて、趙雲は私を見て一言告げる。

 

「貴殿はこういう清楚なのが好きなのか」

 

 どうしてこうも急に信用を失ってしまったのだろうか。

 私は今、彼女を白蓮に紹介すべきか迷っている。

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