主君探しの旅、その道中で様々な人物に出会い、そして別れた。
中でも印象に残るのは名のある権力者ではなくて、旅の道連れに同行した二人の少女、内一人は程立と名乗る幼い見た目の少女だ。彼女が持つ真名と同じく風のように掴み所のない人物ではあったが、話してみると実に面白くて頭が鋭く切れる印象がある。中でも人心掌握に長けているところがあり、相手の知らぬ内、気付かぬ内に自分の望む結果へと相手の思考を誘導するのが得意な人物であった。もう一人は戯志才を名乗る眼鏡をかけた女であり、彼女は頭の回転がとにかく早い。予知能力染みた読みの深さで相手の行動を常に先回りして、備えることに特化している。そのせいか頭を働かせ過ぎて、鼻血を噴き出すのが難点か。
二人とも型の違う思考回路の持ち主であったが、共に軍師志望であり、私自身も軍師に向いていると思っている。そして一言で軍師と云っても様々な型があり、そのどれもが正解であるということを教えてもらった。
最善の型というのは、時期と状況によっても変わるが、それを操る人によっても変わる。
私が槍を扱った鋭い一撃を得意とするように、顔良や文醜のように持ち前の膂力と活かした力任せの一撃が得意とする者もいる。
故に私は私の道を歩む、その道を歩むことに躊躇をしない。
あの二人の才覚は群を抜いており、恐らく彼女達以上の知恵者と出会うことは今後ないと思えるほどだった。それ故に二人も自分こそが正しいと信じて、自分だけの道を歩み続けるに違いない。自分にしかできないことがある、自分にしか歩めない道がある。旅は道連れとよく云うが、故に別れもまた唐突に起きる。二人は二人の道を歩むため、そして私は私の道を歩むため、己の道を歩むために道を違えることは当たり前に起きることだ。
その道の先で出会った者がきっと、私が仕えるべき相手だと思っている。
そうして辿り着いたのは幽州啄郡、
先ずは洛陽に赴き、曹操、王朗、孫堅、袁術、袁紹、陶謙と渡り歩いて、地元に最も近い領主の場所に辿り着くとは思わなかった。
どうせ、こうなるのであれば、最初に公孫賛の下に赴くのが良かったか。しかし世の中を知るとなれば、先ずは洛陽を目標に歩くのは当然と呼べるのではないだろうか。それで途中、旅の路銀が底を尽きて駆け足気味の旅路、こうして地元の幽州まで戻ってくることになったのもまた運命だろうか。
その幽州を実質的に治める啄郡太守、公孫賛。金稼ぎも兼ねて、旅の最後の道連れである簡雍に頼んで紹介して貰ったのだが――私は今、五百の軍勢を率いている。
何故、どうして私は軍勢を率いているのだろうか。
思い出すのは昨日のことだ。
簡雍の紹介で公孫賛との御目通りが叶った、謁見の間で出会った彼女は如何にも地味で華がない。
そのことを口には出さず恭しく頭を下げると彼女は困ったように笑って「頭を上げてくれ」と私に願い出た。噂を聞くに百の賊徒を槍で突き殺す武芸の達人、正に万夫を超える豪傑なり、彼女の口から次から次に出る称賛の嵐、その類の言葉は聞き飽きたものだが、良い待遇を得る為に上げた名であると私は適当に笑顔で聞き流す。
「聞けば秘伝のメンマの作り方を知っているとか? あとはそうだな。酒については五月蝿いようではないか、幽州の酒が舌に合えば良いが……まあ常山とはさほど離れていないから心配はいらないか?」
称賛に次ぐ称賛、その最後に冗談を交えながら楽しげに笑ってみせる。その表情が権力者がするような余裕や威厳に満ちているものではなくて、心を許した友達にするような気さくなものであったので暫し呆気に取られた。
「
謁見中にも関わらず、礼儀もなにもなしにバンと登場するのは公孫賛によくには地味な顔付き娘だった。物語の登場人物と考えれば如何にも脇役っぽい容姿をしている。
「ああもう、
「えー? 謁見の間でふんぞり返って威厳を見せつけても直ぐにバレちゃうじゃない。どうせ私達が田舎者だってことは直ぐにバレちゃうって、それなら後でがっかりされるよりも先にがっかりして貰おう!」
「自分から田舎者という馬鹿がいるかッ!」
怒鳴りつける公孫賛に、妹と思わしき少女がつい先程に見せた姉と同じように楽しげな笑みを浮かべてみせる。
「そこの誰彼も曹操や袁紹のような素質や素養を白蓮姉さんに求めちゃ駄目だよ。あとでがっかりすることになるからね」
「黄蓮! 余計なことを言うな!」
「いやだって、教育する片っ端から辞められる私の身にもなってよ。理由は決まって地味だからだよ!? 白蓮姉さんに異民族討伐の武功はあっても上に立つ者としての威厳とか丸っきりないんだもん! まあ、そういう訳だから仕官するにしても数週間で辞めるとか本当に止めてよ?」
それじゃあね、と妹君は手を振って場を後にした。残された公孫賛は頭を抱えて、大きく溜息を零してみせる。
「まあ妹の言っていることも間違いではない……曹操や袁紹のような真似は私にはできないからな。望むのなら客将という立場でも良いぞ?」
「では、そのようにお願い致しましょう。じっくりと公孫伯珪殿の為人を見極めさせて頂く」
「容赦ないな……まあいいさ、逃げられるのには慣れている」
彼女は苦笑し、そして気を取り直して口を開いた。
「先ずは趙子龍の力を見せて欲しい。丁度、明日には賊退治のための出陣を控えているから丁度良い、詳しい話もまた明日にする」
何処でもそうだが先ずは力試しをしたいというのは何処でも変わらない。どれだけ武名を上げたとしても初対面の相手の実力を疑ってかかるのは権力者として当然の資質というものだ。
「必要ならば部屋を用意するが、どうする?」
「では、公孫伯珪殿の御厚意に甘えるとしますかな」
何処でもこれだけは変わらないな、と思いながら、その日の会談は終える。
翌日、
趙子龍の槍を思う存分に御披露目してみせよう、と早朝、部屋で槍を磨いていると侍女に呼び出されて鍛錬場まで足を運ぶ流れとなった。そこには完全武装した軍勢が並べられており、その数は優に百を超えている。五百にも届いているのかもしれない。これから出陣するのだろうか、だとすれば自分は何処に配置されるのだろうか。
そんなことを考えていると「よく来てくれたよ」と公孫賛が権力者とは思えぬ気さくさで話しかけてくる。
「これは公孫伯珪殿、今日は風が気持ちいいですな」
「伯珪で良い、長いし呼びにくいだろ?」
まるで友人に語りかけるような声色は今まで見てきた権力者とは違っている。
「では私のことは子龍とお呼びくだされ、伯珪殿」
「ああ、分かった。よろしく頼む、子龍殿」
そう笑い返す姿は庶民的なもので、私が認める主君像とは程遠い。だが彼女のような権力者も世の中にはいるものだと見識が広がるのを感じた。
「そして、趙子龍殿には五百の軍勢を率いて貰うつもりだ」
「……ほう、私には軍勢を率いた経験はないのだが?」
「槍の腕前は桜花からの話で充分に伝わっている、ならば次に見たいのは指揮能力だ。無論、補佐は付けるし……最悪、戦時の指揮では鼓舞をしてくれるだけでも構わない」
それでまあ押し切られるように私は五百の軍隊を率いる長となり、
そして今現在、黄巾を額に巻きつけた賊徒と対峙している。
「ふむ、どうしたものか……」
優秀な副官を付けられていたこともあり、また兵達が遠征慣れをしているおかげか道中で苦労することはなかった。
とはいえ戦場では部隊長に忠実であることを叩き込まれた精鋭達、今か今かと私の指示を待ちわびており、私のことを困らせていた。兵法は聞き齧った程度にしか分からない。こんなことになるのであれば、
とりあえず今、私が置かれている状況を整理する。
公孫賛が事前に話していた内容では、味方は公孫賛が率いる歩兵千名、あとは公孫越――謁見の間で会った妹は公孫範で別人――が率いる騎兵が五百。そして私が率いる歩兵が五百で合計二千の兵力だ。対する敵は事前情報では千という話を聞いている。見た感じも千……程度だろうか、これから先、将を続けるつもりであれば、遠目でも敵兵が幾らなのか正確に分かるようにしなくてはならないか。
それにしても賊徒というには随分と数が多い。尤も陣形はないに等しい状態であり、兵を纏める将の無能さが窺い知れる。
まあ将の無能さであれば、私も似たようなものであるが。
「さて、どのように攻めるのが正解かな?」
与えられた役目は先鋒で、相手を食い止めるだけで良いと言われている。
しかし、と思考を巡らせてみて、考えてみて、途中で思考することをやめる。兵法の分からない私にできることなんて限られている、そして初めて指揮官として戦場に出る私が柔軟に部隊を動かすなんて不可能に近かった。機を窺いながら相手の攻撃を受け止めるなんていう洒落た真似なんてできるはずもない。
ならば進もう、前に。先頭に立って槍を突き出し、悠然と敵陣を目指して部隊を動かした。
公孫賛は印象こそ地味だが、異民族を相手に戦功を立て続ける戦功者として名が知られている。ならば戦局に合わせて――なんかこう、上手い感じに合わせてくれるはずだ! 出会って翌日の未経験者に部隊を率いさせるという無茶振りをされているのだ。ならば、この程度の意趣返しは許されて然るべきである。
大丈夫、死にはしない。私は常山の趙子龍、その槍は天をも穿つと言われている。
「趙子龍の槍の錆になりたい者から、かかってくると良いッ!」
◇
我が陣営の人材不足は深刻だった。
私、
まあ読み書き算盤さえできれば、何かしらの仕事を当てることはできるし、腕自慢は幾ら居ても足りないことはない。
その辺りの人材であれば何処かしらから引っ張ってこれる。致命的に足りていないのは軍隊を率いることができる将、謀略に頭を働かせることができる軍師、そして各所との調整をして管理することができる政務官であった。現状、その全てを私が担っている。私の専門は軍事なのだが、この際、私の代わりができるのであれば選り好みするつもりはない。多少、人格に問題があっても気にしない、積極的に法を犯す人物でなければ誰でも良かった。
そんな時に現れたのが親友の
仮にも戦場で幾度と死線を越えてきた身、武芸の程は立ち振る舞いを見るだけで大体が分かる。
その上で
彼女に将としての素質がなければ、近衛兵にするか、武芸の師範として扱えばいいとも考えている。
さあ、常山の趙子龍はどう動く?
「んっ? おいおい、まさか、おいっ……」
最初は相手の出方を窺うものと思っていたが、趙雲隊が前進を始める。
先陣を切るのは馬に跨る趙子龍、槍の穂先を敵に向けたまま悠然を歩を進めている。その趙雲に引き摺られるように五百の部隊が追従する、そりゃそうだろう、将が前に進めば兵達は付いていくしかない。先頭を歩いている彼女が笑っている気がした。恐怖を一切感じさせない自信に満ち溢れた態度、遠目から見てもわかる風格は近場で見れば如何程か。
趙雲はただ前に進み続ける。策もなく、愚直にただ敵に向けて、歩みを進める。千の敵を前にしても臆さず、ひたすらに前を目指して進んでいる。
「あのまま突っ込むつもりかッ!」
騎兵五百を率いる妹の公孫越――
敵の意識を先鋒から逸らすように相手の後ろへと回り込ませる、その間にも趙雲隊は前進を続けている。部隊は伸びて、自然と錐行の陣のようになっている。いや、あれは陣形が崩れているだけだろう――大丈夫なんだろうな、本当に大丈夫なんだろうな? 未だ先頭で槍を構える趙雲は微動だにしない。相手が最初に狙ったのは、無論、先陣を切る趙雲であった。ただ敵の動きが鈍いのは、敵に将器を持った者が居ないためか。公孫越の騎兵隊に陣形を崩しながら前進する黄巾賊、無論、趙雲も足を止めずに前に進んでいる。
そして黄巾賊が凡そ千と趙雲隊の五百が衝突する直前まで接近した。
戦力比が倍だというのに御構いなしだ。
互いに長く伸びた隊列、その先端同士が触れ合った瞬間――黄巾の賊徒が数名、弾け飛んだ。
◇
兵法というものは知らないが、共に真正面からぶつかるだけならば単なる力比べだ。
ならば前に進むだけで良い。足を止めずに一歩一歩、じっくりと前に進んでいけば、いずれ押し勝つこともできるだろう。槍を突いては一人が絶命し、横に払えば二人の首が飛んだ。先陣切って、敵陣に斬り込むことは今までもやってきたことだ。その敵の規模が今までに比べて一桁増えただけで、私のやることには変わりがない。
削ぐように、薙ぎ払うように、薄皮一枚を取り払うように、敵陣を切り刻み続けること数十分程度、あれだけ押し寄せてきた人波が急に開けた。
「まさか突き抜けてきたの?」
馬に乗った将らしき娘が驚きに目を見開いている。
はて、と後ろを振り返ってみると綺麗に左右へと分断されてしまった敵陣の姿が見える。
その敵陣の先からは後詰として押し寄せてくるのは公孫賛の本隊、どうやら敵陣を押し返すつもりで前に進んでいたつもりが敵陣を貫いてしまったようだ。
そして今、私に話しかけてきている将らしき娘は公孫越のようであり、敵陣の後ろを掻き乱してくれていたようだった。
慌てて馬首を切り返そうとした彼女に「待たれよ」と呼び止める
「貴殿は、私はこれからどうすれば良いと思うかな?」
「はあっ!? 本当に前に突き進んでいただけってわけ!? えっと、ああもう! 私は右、あんたは左よ!」
「任された」
真っ二つに分かれた敵陣の右側に向けて槍を構えると「ああ、待って待って、今度は貫かないでよ!」と公孫越が声を荒げた。
「今度こそ受け止めるだけで良いから! どっしりと構えて受け止めるのよ……そうね、想像するのは槌と鉄床! あんたの役割は鉄床ね、わかった!? 敵が逃げられないように押さえつけるのが役割、そうしたら白蓮姉様が大型の槌で敵を打ち付けてくれるわ!」
「鉄床だな、任されよ」
要は、前に進まずに受け皿になれば良いという話だ。敵陣に接触したところで私が足を止めれば、自然と部隊も横に広がるだろうと楽観的に馬を進めた。
「私は挟撃を邪魔されないように掻き乱さないと……ああもう騎兵は忙しいなぁッ! 考えるのは苦手なのに!」
悲鳴のような声を上げながら戦場を駆ける友軍を見送り、私はさらに戦果を上げるために黄巾賊の背後を攻める。
確か私が左で鉄床だ。前に出過ぎず、退かず、受け止める。言葉にすれば退屈な役割だ、それでも与えられた任務を遂行するために、敵陣を受け止める立ち位置で進軍をやめる。先頭は私、自然と兵達は横に広がって陣形を組んだ。
そして公孫賛の本隊に押し出されるように寄ってきた敵陣は、あまりにも手応えがなかった。
大勢が決まったところで残りは割愛し、此度の討伐戦における戦果をわかる範囲で報告する。
黄巾賊は総戦力が千程度、凡そ五百の死傷者を出して、三百弱が捕虜として捕らえられる。対して公孫賛軍の被害は百未満だ、先陣を切って切り込んだ私の部隊は死傷者が四十三名という結果に終わった。これがどれだけの成果なのかわからないが「よくやってくれた!」と公孫賛が興奮気味に私の肩を抱いてきたので良かったのだろう、まあ与えられた兵も良かった。
「将としての初陣はどうだった?」と問われて「初めて指揮というのを経験したが悪いものではない」と率直な感想を伝える。
「次は騎馬隊を指揮してみたいものだな」
それとなしに催促すると彼女は上機嫌で「なんだ動き回る方が好きなのか? 良いだろう、良いだろう、次は騎馬隊を任せてやる!」と私の背中をバンバンと叩いた。
思っていたよりも太っ腹な主君だ。
理想とは程遠いが案外、こういう主君の下の方が居心地がいいのかもしれない、と少し思った。