恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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・劉備玄徳:桃香(とうか)
 盧植塾の卒業生。実家が豪農

・簡雍憲和:桜花(おうか)
 盧植塾の卒業生。実家が商家。


花芽吹く季節・転   -劉備組・徐庶元直

 私、桜花(簡雍)は、桃香(劉備)と一緒に彼女が持ち込んだ骨董品を売り払うために啄州を離れて、南に進んだ。

 言っちゃ悪いが幽州はお世辞にも豊かとは云えず、桃香が持ってきたような実用的ではない骨董品は好まれない。それならば韓馥、袁紹が治める冀州の方がまだ豊かで買い手も見つけやすいというものだ。

 実家から馬を一頭、持ち出して荷馬車を引かせる。

 その道中で野盗に襲われることもあったが、十にも満たない程度の賊であれば桃香が簡単に追い払ってくれた。

 

 流石に趙雲とまではいかないが桃香も随分、武芸が上達したものである。

 少なからず氣の扱いまで身につけてしまっているようであり、いよいよもって私は桃香を相手に手も足も出なくなってしまったようだ。これはもう身を委ねるしかありません、ついでに云えば心も委ねてしまいましょうか。私の身の安全は桃香の手に委ねられているも同然、正に今の私は御嬢様、なれば桃香は私の騎士様と言えるかもしれない。

 道中、朝昼晩と二人きり、夜になると暖を取るために身を寄せ合うこともある。

 

 駆け落ちしたい気分に浸りながらも、伝手を使って名士を渡り歩いて当初の目的である桃香が持ち込んだ骨董品を売り捌く。

 ついでに少し行商にも手を付けている内に台車の荷物はみるみる内に減っていった。後でじっくりと鑑定したが、あの時の業物はやはり宝剣で間違いない。売るにはあまりにも勿体なかったので、宝剣は売ったと偽り、私が今回の旅先で稼いだ行商の利益全てを桃香に手渡した。

 そんな訳で今は私が持っているのだが、正直、この手の業物は私には荷が重すぎる。宝の持ち腐れとは正にこのこと、当の桃香はといえば適当な鍛冶屋に作ってもらったという雌雄一対の剣を腰に差している。ちなみに二振りの剣を同時に扱っているところを見たことがないので、大人しく宝剣を持ってりゃ良いのにと思わなくもない。尤も彼女に渡したら資金難に陥る度に売ってしまいそうだったので今は私が預かることにする、少なくとも今はまだ売っても良い時ではない。

 そして台車に載せた骨董品のほとんどを売り終えたところで旅を切り上げて、とうとう幽州まで引き返すことになった。

 

 まだ二人きりの旅を続けていたかったが仕方ない。

 それでも折り返しなのだ、すぐに旅が終わる訳ではない。今日取る予定の宿では風呂があり、適度な広さもあると噂で聞いている。

 桃香は力仕事担当、私は頭仕事担当。つまり宿の手配とかは私の役割なのだ。

 世の中には善意による悪行があるように、悪意による善行がある。そして良い宿を取り、力仕事で疲れている桃香を労うことは紛れもない善行なのだ。その意図が悪意に満ちたものであったとしても、結果的に彼女のためになるのであれば善行に換算される。さりげなく二人用の大きい寝台がある宿を選んでいたとしても、尤もらしい理由と正当性があれば問題にはならない。犯罪とは犯した時点で罪になるが、やましい事を頭で考えるだけでは罪にはならないのだ。

 故に私は何一つ間違ったことはしていない、証明完了。

 

 そんな訳で私は少しでも早くに彼女の温もりを身近に感じるために手を引いて宿に向かうのだ。

「ちょっと待ってよ〜」と困ったように告げる桃香もお構いなし、事は一刻を争うのである。何故ならば彼女との旅路で分かったことなのだが――ガシャンと皿が割れる音、急に立ち止まった桃香に私は転びそうになる。その表情は真剣そのもので――ああ、またか。と私は心の内側だけで頭を抱えてみせる。

 このお人好しは面倒事や厄介事を放っておくことができないのだ。

 

「あっちから音がしたよ、怒鳴り声を聞こえる……行こう、桜花(おうか)ちゃん!」

 

 これだから早く宿まで行きたかった。

 まあ今では慣れたことだし、そこがまた好きなところでもあるので咎めはしないが、しかし少なからず気落ちしてしまうのは許して欲しい。私を置いて音する方へと突っ走る彼女の背中を今度は私の方が「待ってよ〜!」と言いながら追いかけることになる。

 桜花が向かった先は酒場であり、その騒動の中心にいるのは墨で顔に大きく×と書かれた黄巾の男と筆を片手に悪どい笑みを浮かべて睨み返す女性。

 くつくつと女は相手を小馬鹿にするように肩を揺らしながら口を開いた。

 

「顔が悪い。今すぐ崖から飛び降りて、美少年に生まれ変わってから出直して来い、馬鹿者。ちなみに私は歳上よりも歳下の方が好きだから、今から死ねばまだ間に合うかもしれんぞ?」

 

 これはどっちが悪いのだろうか、クスクスと周囲から笑い声が漏れる。

 桃香が困惑した様子で私を見つめてくるが、いや、そんな顔で見つめられても困ります。

 お世辞にも格好いいとは言えない黄巾の男は、激情に顔を歪めて女を睨み返した。

 

「……なんだと、てめぇ! この黄巾が目に入らないのかぁ!?」

「見える、見えるとも、黄巾を振りかざさなければ何もできぬ不細工な顔がよく見えるねぇ」

 

 その言葉を聞いた男が怒鳴り声を上げようとした瞬間、女は袖口から何かを取り出してサクリと刃物を彼の頰に突き刺した。

 

「見るに堪えないね、皮を削ぎ落としてやろうかい? そうすれば今よりも見れる顔になるだろうねえ?」

 

 周囲がしんと静まり返る。

 黄巾の男は絶句したまま身動き取れず、「おやおや」と女は笑みを浮かべたまま眉を顰めてみせる。

 こいつはアレだ、関わってはいけない類の人間だ。桃香の服の袖を引っ張り、逃げるように促してみたが――「ま、待ってください!」という威勢の良い声と共に桃香は酒場に飛び込んでしまった。まあ、ここで止まるようなら私の知っている桃香ではない。彼女だけ置いていくという選択はなく、おずおずと私も彼女の背中に隠れながら酒場に足を踏み入れる。桃香は剣を抜いているのだが――果たして、その切っ先を向けているのは女か男か、どっちなのか。

 いや、どちらにしても絶対にあいつはやばい。関わるべきじゃないのは確かだ。

 

「ま、待って、桃香……あの人やばいって、絶対にやばいって……」

 

 チラリと二人を見る。

 頭に巻いた黄巾で脅そうとしていたから先に絡んだのは男の方のはずだ。それとも女が我慢できないほどに素行が悪かったのか、女の癪に障るようなことを男がしてしまったのか。

 何にせよ、女は無事で男は返り討ちにあっている。

 

「勝手に自分で助かったんだから、もう良いじゃない……」

「でも桜花ちゃん、あの人はいくらなんでもやりすぎだよ」

 

 それは分かっている、躊躇なく人の顔に刃物を突き立てるという彼女の異常さは理解できている。

 だから早く、この場から離れよう。

 

「悪いのは男の方だから、ちょっと強めのお灸を据えられたって思えば良いんだよ。きっと本気で顔を削ぐなんてしないって……たぶん……」

 

 再び女の顔を見る。彼女は私達のことを興味深そうに観察しており、男を刺していることなんて意にも介していない。

 

「やばい、あの人から罪悪感を全く感じないよ……」

「助けなきゃっ!」

 

 ああ、しまった。間違えた、つい本音を零してしまった。

 どうしよう、と頭を悩ませていると――女が男の頰を刺したまま口を開いた。

 

「君、剣を誰に習ったのかな?」

「私? えっと、慮植先生に護身用として……」

 

 女の問いに桃香は几帳面にも答えてのける。できるだけ関わりたくないのに身元がわかるようなことを言わないで。

 

「ほう、あの慮植か! 私塾を開いたという噂は聞いていたよ!」

 

 ほら食いついたじゃないか。

 ああ、もう、と両手で頭を抱えていると、にんまりと女は笑みを深めてみせた。

 

「この男を助けたければ、私の話を聞いて貰おうか」

 

 言いながら、男の頰を深く抉る女の姿に身震いする。

 こいつ、絶対に頭がイカれてる。

 

 

「くっくっくっ、貴様らの黄巾を漢王朝の火徳の色で染めてやろうではないか」

 

 激痛のためか、恐怖故か、

 気絶してしまった男が床に倒れており、その横で女が奪い取った黄巾で血を拭っている。

 その正面に座っているのは私と桃香(劉備)の二人だ。

 

桜花(簡雍)ちゃん、私が絶対に守ってあげるからね」

 

 桃香(とうか)は真っ直ぐな瞳で私のことを見つめながら、机の下で私の手を取り握り締める。

 あらやだ逞しい、惚れちゃいそうだ。

 

「こんな奴なんて放っておいて良いと思うのだけどね。度が過ぎたお人好しと言えないこともないが――まあ大人しくて何よりだよ」

 

 先程までよりも、いくらか柔らかい声色で女は呆れるような笑みを浮かべた。

 

「まずは自己紹介から始めよう。私の姓は徐、名は庶。字は元直だ」

 

 名乗られて私が戸惑っていると「私は劉備玄徳。姓が劉、名が備。字が玄徳です」と横に座る桃香が名乗り返す。

 まあそうだよね、名乗られたら名乗り返すよね。こんな奴と縁を紡ぎたくなかったが桃香だけに名乗らせる訳にもいかず、渋々と私も名前だけを端的に伝えた。盧植塾の三羽烏。地元では知られた名ではあるが、流石に他州にまでは知れ渡っていない。

 とはいえ私達が盧植塾の関係者だと知られたのは、少し前に桃香が口を滑らせてしまった通りである。

 

「盧植塾といえば公孫賛。お前達、公孫賛との伝手を持っていないか?」

 

 そう問われて、なるほど。彼女のまた公孫賛に仕官を望む者だったのかと見当を付ける。

 

「伯圭に何の用なの?」

 

 流石の桃香も徐庶と名乗る女に警戒はしているようだったが――その質問の仕方は悪い。

 

「ほう! 字で呼ぶとは随分と仲が良いようだねぇ」

 

 くつくつと喉を鳴らす徐庶、その彼女の指摘で気づいたのか「あっ」と桃香は小さく声を上げた。

 目の前に座る性悪な女は厄介なことに頭が切れるようだ。交渉の経験も少ない桃香では分が悪いと思い、ギュッと彼女の手を握り締めて、桃香の緑色の瞳を見つめる。二人で小さく頷き合って、桃香は小さく息を吐いて口を綴んだ。

 さて、ここからは私の役目だ。彼女とは関わり合いになりたくなかったが、事ここに至っては仕方ない。

 

「それで白蓮(公孫賛)に何の用事なのかな? 用件を聞かずに会わせる訳にはいかないよ」

「なるほど、そこまでの仲か」

 

 これは好都合、と徐庶はより一層に笑みを深めてみせる。

 

「そうだな、真名を預けるほどの仲となれば仕方ない。少し長くなるが……私も今の世の中を憂いていてね……少しでも世の為、人の為になろうと思って、今や時の人となりつつある公孫賛殿の元に……」

「絶対に嘘だ」

「ああ、嘘だとも、よく分かったね」

 

 言っちゃ悪いが公孫賛にそこまでの声望はない。

 今の御時世で一躍時の人と言えば、袁紹か曹操、もしくは孫堅のことを云う。そして名声頼りであれば、わざわざ辺境の公孫賛まで足を運ばないのが道理だ。行商での情報収集は真面目に行なっていたのだ、このくらいのことは分かっている。

 そんな公孫賛に仕官するのは地元の者か、何かしらの事情の持ち主、もしくは相当な物好きであると相場が決まっている

 

「まあ言うなれば人材不足なところが気に入っている。実績のない私でも簡単に軍師として取り立てて貰えそうだからね」

「素性の知れない、能力も未知数なのに軍師として紹介しろと? それは少し無茶じゃないかな」

「これでも水鏡女学院の卒業生なのだがね」

 

 そう言いながら徐庶は宝石を取り出したが、それが何を意味するのか私には分からない。水鏡女学院も名前だけは聞いたことはあるが、有名な私塾だということ以上は何も知らなかった。

 名士の間ではそれなりに知られた名ではあるのだけどな、と彼女は溜息交じりに呟いてみせる。

 

「まあいい、先ずは君達に私の実力を見せつけてやろうではないか。どうせ幽州までの道すがらの暇潰しだよ」

 

 そう言うと徐庶は桃香の方を向き直り、そして悪魔のように優しく微笑みかける。

 

「劉備と言ったね? 君は一軍の長になるつもりはないかな?」

 

 急に問いかけられて、きょとんとした顔をする桃香。

 うん、可愛い――ではなくて、こいつは一体何を言っているんだ。

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