恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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・劉備玄徳:桃香(とうか)
 盧植塾の卒業生。実家が豪農

・簡雍憲和:桜花(おうか)
 盧植塾の卒業生。実家が商家。

・徐庶元直:珠里(じゅり)
 水鏡女学院の問題児。


花芽吹く季節・結   -劉備組・徐庶元直

「君は一軍の長になるつもりはないかな?」

 

 そう話を切り出された時、私の中で漠然としていた目的が急に具体性を帯びた気がした。

 こんな世の中は間違っていると考えて、とりあえず行動を起こしてみたが、どのように間違いを正すのかは考えていない。ましてや今回の動乱、黄巾党の蜂起に関しては何も情報を得られていなかった。意外と桜花(簡雍)は悪いことは悪いと断じるところがあり、黄巾党に対しても賊徒と吐き捨てるだけだ。

 軍を持つ、という意味はまだ分かっていない。よく考え直すと蜃気楼のように朧げだ。

 

「馬鹿らしい。行こう、桃香(劉備)

 

 桜花(おうか)が呆れるように溜息を零し、私の手を引いた。しかし私は椅子から立ち上がることができない。

 

「ん、興味はないのか? 今の御時世、腕に覚えがある者であれば、大志の一つや二つ抱いてもおかしくあるまい」

 

 そんな私のことを見越してか、徐庶と名乗る女性が挑発的に問いかける。

 もう少しだけ彼女の話を聞いてみたいと思った。彼女は私達の知らないことを知っている、それは直感に近い。

 

「ごめん、桜花ちゃん。もうちょっとだけ話を聞いても良いかな?」

 

 こんな奴の話なんて聞かなくてもいいのに、そう言いたいのがありありと分かる顔をする幼馴染に苦笑する。

 

「さあ何を話そうか。軍勢を集める方法、成り上がるための手順、なんならいっそ旗揚げでもしてみるかな?」

 

 そのあまりにも自信たっぷりな姿にまた苦笑いを零す。

 先に出会った趙雲もそうであるが、こういう自分の実力を信じて疑わない笑顔を見るのは嫌いじゃない。

 その自信が実力に裏打ちされたものかどうかは、よく観察しているとなんとなしに分かる。

 

「私が聞きたいのは、本当に悪いのは誰なのかってことです」

 

 その問いに徐庶は呆れたように溜息を零して、口を開いた。

 

「そんなものは立場によって幾らでも変わる。人間というのは基本的に何を守りたいのか、で立ち振る舞いと戦う相手が変わってくる。何も守るものがなくなった時に人間は畜生へと成り下がるのだよ」

 

 例えば、こいつみたいにな。と徐庶は地面に倒れる黄巾の男の頭を蹴ってみせる。

「そういう君は何を守ってるの?」と桜花が突っかかるように問いかけると「私は私の価値を守っている」と徐庶は自信満々に答えた。曰く、私の才が埋もれてしまうのは世界の損失である、それこそが世界最大の悪である、と。

 じろりと睨みつける桜花を宥めつつ、再度、徐庶に問いかけてみる。

 

「質問を変えるよ、今回の動乱では何が起きているの?」

 

 きっと彼女なら私達では気付けなかったことを教えてくれると思うのだ。

 

「憶測の範疇を超えなくてね、まだ不確定なことを教えることはできない」

 

 それ見たことか、と鼻で笑う桜花を抑えながら徐庶に言葉に耳を傾ける。

 

「……ただはっきりと言えることはあるよ、黄巾党と黄巾賊は別物だ」

「黄巾党と黄巾賊が別物だって? どちらも同じ賊で間違いない」

 

 遂に我慢しきれなくなったのか桜花が喧嘩腰で突っかかると、徐庶は相手を馬鹿にするように一笑する。

 

「いやいや明確な違いはある。黄巾党には漢王朝に対する明確な敵意を持っているが、黄巾賊は今回の動乱に乗じて略奪や横暴を働いているだけに過ぎない」

 

 こいつのようにね、と彼女はまた黄巾の男の頭を蹴飛ばした。

 

「今の漢王朝は御世辞にも国の繁栄と安寧を守っているとは言い難いからね、民衆が怒りに任せて暴れるのも分かる。とはいえ名士にとっては漢王朝があってこそ国が成り立つと考える者も多くてねえ。漢王朝に矛先を向ける全ての民衆を逆賊と見做す者がいて、そういった者達が黄巾を付けた者達を一括して敵と見なしているんだよ」

「……結局、党も賊も同じ敵じゃない」

 

 桜花の言葉に、チッチッチッと徐庶は舌を打ち鳴らしながら指を振る。

 

「これらは違う敵だよ、君の言っていることは異民族全てを五胡と一括りにしてしまう程に愚かなことだね」

「つまり何が言いたいのよ」

「黄巾党には少なからず信念を持っている、漢王朝憎しっていうね。それが何なのか、扇動しているのは誰なのか、誰が今の絵を描いて、誰が書き直したのか。そして黄巾党は単一の組織なのか。それはまだ調べている途中だが……少なくとも言えることは、この動乱に便乗して動きを見せる者が多く居るということだよ」

 

 そして、と徐庶は私を見据える。

 

「劉玄徳、この動乱で漢王朝の築いてきた秩序は失われつつある。戦乱時は何時の時代も荒れているものだが――今や黄巾党に乗じた賊徒が大手を振って暴れることができる世の中だ。漢王朝の秩序が回復するか、次の秩序が生まれるか、それまで民衆の生活は常に脅かされ続けることになる。そのことを仕方ない、と君は片付けることができるのかな?」

 

 問われて、私は首を横に振る。

 今でも漢王朝の汚職は酷いと思っているし、官僚の横領も許せないと思っている。だからといって動乱で民衆の生活が脅かされて良いとも思わない。それは今の世の中を直すために必要なことかもしれない、次の世代のために今、しなくてはならないことかもしれない。

 しかし、今生きる者達を私は見捨てて良いとは思えないのだ。

 

「どうすれば良いの?」

 

 問うと徐庶はにんまりと笑みを浮かべて「先ずは力を付けることだ」と告げる。

 

「何かを守るためには力が必要になる、そして力を得るための知恵を私は持っている」

 

 どうする? と徐庶が確信を持った笑みを浮かべて問いかける。

 私の隣に座る桜花は何かを諦めたように溜息を零すのだった。

 

 

 今の御時世、骨董品を売り払って回る理由なんてのは限られている。

 良くも悪くも徐庶元直の名は名士の間では知られており、その変わり者の顔を一目見ようと家に招待されることは少なくない。そして冀州に入ってからは簡雍という名の商人が名士を渡り歩いて骨董品を売って回っている話も耳にしていた。中でも驚いたのは靖王に纏わる品を幾つか扱っていたことだ。

 しかし偶然とはいえ実際に出会った簡雍という娘は意外に若く、彼女の商人としての格と商品の格が釣り合っていない印象が見て取れる。

 それもまあ彼女が仕える少女の名を聞いて得心がいった。

 

 劉備、現皇帝に連なる姓の持ち主である。

 おそらく靖王劉勝の末裔である可能性が高いが、あの系図は途中で途切れているので確証を得ることは難しいはずだ。まあ、だからといって、どうこう言うつもりはない。今の御時世、下手に皇帝の末裔だと言い張れば、僭称だのなんだのとケチを付けられて討伐されるのが関の山、それに私にとって劉備が誰彼の末裔だという話は興味が唆られる程度でどうでも良かった。

 私、珠里(徐庶)にとって大切なのは、二人は公孫賛の親友であるという一手に尽きる。

 そして簡雍からは旗を上げるだけの気概や器量は見受けられず、あるとすれば劉備の方だと当たりをつけて、鎌をかけるつもりで問いかけたのだ。案の定、劉備は私の話に乗っかってきた。隣にいる簡雍は劉備の手綱を握っているつもりなのだろうが実際には反対で、劉備が簡雍の首輪を握っている。だから落とすのは劉備だけ良い、簡雍は後から転がってくる。

 実際、劉備が決定すれば、簡雍は何も言えなくなってしまった。

 

「先ずは君達が金を稼いだ後にどうするつもりだったのか教えて貰えないかな?」

 

 問いかけると劉備は誤魔化すように笑ってみせて、簡雍が金で兵を雇う以上のことは考えていないと告げる。

 

「馬鹿かね、君は?」

 

 思わず溢れた言葉に簡雍の眉間に皺が寄るが、まあまあと隣に座る劉備が宥めてみせる。

 その二人の姿を見て、まるで飼い犬だな、と心の中で零した。それもよく吠える小型犬のようなものだ。

 劉備も飼い主としての素質はまだまだのようで上手く躾ができていない様子である。

 

「何をするにしても金が必要になるのは確かだね。でも、その金の使い道を致命的に間違えているよ。君は本当に世の中は金だと声高らかに謳う商人の末席に居座る者かね?」

 

 あまりの馬鹿さ加減につい親切心から指摘してやると、簡雍はぷるぷると身を震わせて顔を真っ赤にする。隣で宥める劉備が咎めるように私のことを見つめてきたので、大人しく身を引いて話を進めることにした。

 

「……まあ仮に兵を金で雇ったとして、その後にどうやって兵を維持し続けるつもりだったのかな? 一時の賃金で生涯を尽くしてくれる人間がどれだけいる、奴隷でも買うつもりか? 奴隷は高いし、即戦力と云うには程遠い。それならば聞こえの良い言葉で兵を募って、衣食住の保障をしてやるだけに留めるのが上等だ。尤も君達にそれができるだけの勇名があればの話だけどね」

 

 では、どうするべきか。二人を見やり、暫く間を置いてから床に這いつくばっている男の首根っこを掴んで持ち上げる。

 

「こいつらを仲間に加えようじゃないか、こいつ自身を加えるかはさておきね」

 

 劉備と簡雍、二人が理解できないといった様子で私のことを見つめてくる。

 

「少し前に賊に落ちるような奴は守るべきものがない奴と言ったが……逆に言えば、守るものを失って生きるためだけに賊へと成り果てるしかなかった奴らが大陸には五万といるわけだ。天災続きの近頃、飢饉と横領で土地を捨てざるをえなかった者が数多くいる。そういった者達に衣食住を与えて改心させてやるのもまた世直しの一環だとは思わないかな?」

 

 物は言いよう、と簡雍が不機嫌そうに零した。

 しかし劉備は難しい顔で思い悩んでおり、なにやら葛藤しているのが窺える。

 どうにも彼女は損得だけで物事を判断できないような人間のようだ。

 それで良い、その方が良い。

 利益だけを求める人間は善悪の判断が付かなくなる、損得とは判断基準の一つに過ぎない。

 私の言葉に利があると認めながら悩める彼女は、存外に好ましかった。

 

「劉玄徳、世の中には完全に潔癖な者など存在しないよ。罪を犯した者を裁くしかないのであれば、大陸の半数以上が首を刎ねられなくてはならない。それでは世の中は回らない、だからこう考えるといい――罪を贖わせてやるのだと」

「……詭弁じゃないの?」

 

 口を挟んできた簡雍に、詭弁だよ、と答えてやる。

 

「詭弁で結構じゃないか、それで前に進めるのであれば安いものだね。悪行を悦楽とする自制心のない者に与える慈悲はないが、仕方なく悪行に手を染めた者達の首まで刎ねている余裕が世の中にはない。かといって赦しを与えてやる義理もない、であれば精々善行を稼いで貰って今まで積み重ねてきた悪行を償わせてやるのがせめてもの慈悲というものじゃないかな?」

 

 そう言うと簡雍が悔しそうに押し黙った。

 彼女とて私の言っていることを理解できないような間抜けではない、私と比べるから知性で劣っているように見えるだけなのだ。

 劉備は一人頷くと、穢れを知らないような綺麗な緑色の瞳で私を見つめる。

 なるほど、簡雍が守りたいのは、この目か。

 

「力を蓄えるだけなら、それで良いかもしれない。でも、その案を今すぐに受け入れることはできないかな……少なくとも賊を組み込むやり方は()()()()()()()()()()かな」

 

 強い意志を私に向ける。

 なるほど、ここで集めた兵を公孫賛に押し付けるつもりはないようだ。可愛い顔しておっかない。何処まで考えているのか知らないが、彼女もまた強い野心を持つ一人の人間のようだ。

 決して悪行を許容する訳ではない。自分の心の中にある天秤で善悪を推し量り、その上で目先の利益だけでなく、将来の損得すらも見定める。穢れを嫌っているのではない。世の中には必要となる謀略を彼女は認めているはずだ。

 だから考える、何が良くて何が悪いのか。真っ直ぐに生きようとする意思は、ただ真っ直ぐに生きることよりも尊くて難しい。穢れは恐れるものではない、かといって仕方ないと妥協して被るものではない。毒を食らわば皿まで、という言葉があるように明確な意志と覚悟を持って飲み干すべきものである。

 故に悪行とは損得だけで行うべきものではない。

 

「確かに……ではそうだね、少し手間がかかるが力の有り余っている暇な若者達を集めるくらいか。人間、悪行を重ねるよりも善行を積んでいる方が気分が良いものだ。衣食住の保障をしてやり、義侠のためと聞こえの良い言葉をかけてやれば――今の御時世だ、コロッと転ぶ者が大勢いるよ」

 

 ある一つの価値観に沿って生きるのは、最も楽な生き方なのだ。

 世の中は常に変化している、それに合わせて人間一人の立場も変化する。そして状況に合わせた立ち振る舞いというものが人間に要求されるものだ。変化とは即ち進化するという意味であり、進化の反対は衰退ではなく停滞になる。進化をするということは常に思考することと同義だ、進化を止めた時、人間は生き物としての価値を失いかねない。ただ一つの理念に殉じるのであれば、それ相応のやり方がある。

 少なくとも熟成させずに腐らせるなんてことは馬鹿のする行いだと思わないのか、そうなる者が世の中には意外と多い。

 過去に縋って今時の若い者、と口にする大半がそうである。

 

「その言葉が嘘にならないように頑張らないとね」

 

 私の考えはさておき、彼女のご立派な理念がどこまで持つのか見ものだった。

 そして彼女が折れなかった時、この動乱の世の中に如何なる花を咲かせるのか興味がある。

 今はまだ蒼天と黄天の入り混じる土地に植えられていた種が、芽吹いたに過ぎない。




目標、三日以内。

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