恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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名門袁家の懐刀・上  -袁術軍

 生まれで権威や財産が手に入るのであれば、生まれには然るべき責務が発生する。

 民草には身一つで立身出世を目指さなくてはならない代わりに世間に対する責務はない。逆に領土の統治などを任される者達には世間から税を搾取する代わりに民を守り、領土を繁栄させる責務があると私は思うのだ。それが世襲制であれば尚更の話、与えられた椅子に胡座をかいて自分勝手に振る舞うことは許されることではない。

 それは幼いからといっても例外ではなくて――

 

「七乃ーっ! 蜂蜜水が持ってくるのじゃー!」

「はいはーい」

 

 つまり我が主君である袁術こと美羽の振る舞いは、とてもじゃないが許されるべきものではない。

 別に贅沢をしてはいけないと思っているわけではないのだ。むしろ我が領土の代表者とも呼べる人物に貧相な生活をさせる訳にはいかないし、世間体だってある。政務で人生の大半を縛られることを考えれば、人並み以上の贅沢くらいは認めるべきだと思っている。

 しかし、それは責務を果たしている時に限る。名家の当主としての最低限の責務を果たせていない彼女に贅沢をする資格はない。

 

 だが、とはいえだ。

 それもこれも七乃が甘やかしているせいであり、目一杯に可愛がられて育てられた美羽は驚くほど我儘に育ってしまった。私がただ苦言を口にしたところでは耳を貸すことはない、そして七乃が居る時は声をかけることもできなかった。

 しかし七乃は今、蜂蜜水を取りに部屋を離れている。この瞬間こそが好機だと私は美羽に歩み寄る。

 

「美羽様、美羽様。今日は如何お過ごしでしょうか?」

「おおっ、楊タイショーではないか! 苦しゅうないぞっ!」

「いや、うん、はい……私の真名は四ツ葉(よつば)と言いますので、できれば、そのそちらで……」

「ところでタイショー、今日は何を持ってきたのじゃ!?」

「あ、はい、そうですね。はい……」

 

 話を聞いてくれない主君に、私はがっくしと項垂れる。

 私の名は楊弘、字を大将。真名は四ツ葉と云う。字が大将であるために主君からタイショーと揶揄われていた。いや、そのことに関しては構わない、別に不敬という訳ではないのだ。 むしろ目上の者が相手のことを字で呼ぶのは丁寧であると云える。

 哀しみを笑顔で塗り潰して、私は秘密兵器を懐から取り出した。

 

「今日は蜂蜜を固めて作った蜂蜜飴になります」

 

 黄金色に輝く飴を見せつけると「おおーっ!」と美羽は歓喜の声を上げて目を輝かせる。

 

「それで今日は妾を何処へ連れ出すつもりなのじゃ?」

「とりあえず外へ出ましょうか。七乃が戻ってくる前に、ええ、ええ、彼女に見つかる前に出て行かないと面倒になります」

「そうじゃな、七乃はちょーっと妾に対して過保護すぎる。よし、早速、外出の準備をしようではないか」

「お忍びなので適当な衣服で済ませましょう、ええ、お忍びですからね」

 

 お忍びの部分を強調すると「お忍びじゃからの」と美羽は自慢げに鼻を鳴らした。

 これは少しでも世のことを知ってもらうための社会見学。勝手な行動に七乃から苦言を零されることも多いが、肝心の美羽がお忍びという言葉の響きを気に入っており、また彼女が満足げな笑顔を見せるので見逃してもらえていることだった。

 それから美羽を馬に乗せて、ふと護衛の一人に肩を叩かれる。

 

「四ツ葉、本当にいいのだな? やるんだな?」

 

 問われて私は頷き返した。

 高貴な血には責任が宿る。生まれた時から課せられる責務に対して、それを不幸だと思う者もいるかもしれないが――彼女達は不自由を享受して、余りあるだけの贅沢を受けてみた身だ。ならば、それに見合うだけの責任を背負って貰わなくては、七乃は認めても他の者達は認めない。

 私は美羽を前に抱きかかえるように馬に跨り、「荒療治になるのも仕方ないよ」と告げる。

 

六花(りっか)、最優先は美羽様の安全だ。その上で私達は愚行に出る、七乃……いや、これは張勲との全面戦争だ」

 

 六花と呼んだ武人然とした女性、袁術配下一の武将である紀霊は「御意」と短く呟いて頭を下げる。

 そんなやり取りをみて、美羽は「苦しくない」と何処か抜けたようなことを言った。

 

 

 主君、美羽の評判は決して良いとは呼べない。

 彼女の姉である袁紹は優秀とは呼べない人物であるが、それを補って余りある人材に恵まれている。そのため袁紹が治める領土は、繁栄とまでは呼べずとも安定はしており、治安も悪くない。顔良文醜の両将軍による異民族討伐の戦功もあってか袁紹の評判は益々上がっていくばかりだ、つい先日も「王佐の才」として名高い荀彧が袁紹麾下に加わったとの風聞を耳にした。

 羨ましい限りだ。我が主君の美羽の方が血の正統性はあるのだが、それを考慮しても我が主君よりも袁紹の方が魅力的に見えてしまうのだろう。

 

 このままではいけない、と思うようになったのは何時からか。

 さっさと袁紹に鞍替えできれば良いのだと思うが、腕の中に収まる小さな主君を放り捨てることができるほど、私は器用に生きることができなかった。別に恩はない、義理もない。しかし美羽を見捨てることは人間として、してはいけないことだと思った。

 高貴な血には生まれた時から責任が生じる、そのことを不幸に思う者も居るかもしれないが私は違うと思っている。

 本当に彼女が不幸なのは、そのことを教えてくれる者が居なかったことだ。無知は罪ではないかもしれないが、無知によって生じた結果には責任が生じる。つまり一挙動で大衆を左右できてしまう権力を持つ人間の無知は結果的に罪となる。

 だから私は美羽を連れ出した。

 

「んー、怖い目をしてますねー?」

 

 決意を固めた時、気の抜けた声がすぐ横から聞こえてきた。振り返れば、何時の間に近付いていたのか――棒付きの大きな飴を舐めた幼い女が歩いている。何よりも奇妙なのは頭の上に乗せられた珍妙な人形だった。

 

「おい、じっと見てるんじゃねぇぞ。見物料取るぞ、コラァッ」

「こらこら宝譿、そんな喧嘩腰ではいけないのです。私達は……んー? お姉さんに道を尋ねに来たのですよ」

 

 腹話術なのだろうか、一人芝居を始める少女を見つめて――どうやって護衛の隙間を抜けてきたのか、六花を見つめると彼女も今しがた少女の存在に気づいたようで驚いている。ここはさっさと追い払うべきか、と思った時、「おい、そこのお前!」と懐に収まる美羽が少女に声をかけた。

 

「その手に持っておるものはなんじゃ! 美味しそうではないか、どこで買った!?」

「おお、お目が高いですねー。これは崑崙に伝わる長寿の仙薬で、舐めると永遠の若さが手に入るかもしれないんですよ?」

「なんと! お、おい、四ツ葉! 早く財布を出すのじゃ、お前、そいつを妾にくれぬか!?」

 

 じたばたと身を乗り出す主君を「あ、危ないですって美羽様ッ!」と叫びながら必死で抑え込んだ。

 その姿を目の前の少女は飴で口元を隠して、くすくすと楽しげに肩を揺らす。

 

「では、これをお近づきの印にどうぞ。お姉さんにも、公正にですねー」

 

 そういうと何処からか新しく取り出した飴を美羽に、そして少女が先程まで舐めていた飴を私に差し出した。

 

「舐めかけを渡さないで」

「あれー、お姉さんってそういう趣味じゃありませんか? こんな幼い子を連れ回すような悪い大人なんでしょう」

「そうじゃ、妾達はお忍び中なのじゃ。……悪じゃろう?」

 

 ふっふーん、と鼻を鳴らして飴を舐める主君の姿に私は思わず頭を抱える。会話に入り損ねた六花が視界の端で気の毒そうに私を見つめていた。

 

「こ、これは……普通の飴ではないか!」

「そうですよ、普通の飴です。縁日とかでよく使われる売り文句なのです、私もいっぱい食わされましたー」

 

 よよよ、と泣き真似をする少女に「そうか、お前も大変だったんじゃな」と飴を舐めながら同情の視線を送る。

 

「それでどこの道が聞きたいんだ?」

 

 彼女の茶番に付き合ってられないと、さっさと追い返すつもりで話を戻すと「おおっ!」と少女は今しがた思い出したように目を見開いた。

 

「実は道を尋ねるのは口実でしてー、本当はお姉さんに話しかけるのが目的だったのです」

「もう飴の代金を支払うからどっか行ってよ」

「せっかちは女に嫌われるぜぇ?」

 

 頭の人形が私のことをジロリと見つめる。声は腹話術だとわかるが、どうやって手を使わずに動いているのだろうか。

 

「おいおい、俺は男だぜ? 惚れるなら俺じゃなくて、もっと他にいるだろう?」

「もうやだですねぇ、宝譿。そんな素敵な美少女だなんて……口が上手くなりましたね?」

 

 頬に手を添えながら身を捩る少女の姿を前に、なんというか酷い茶番を見せられた気がした。

 

「ふむ、珍妙な生き物もいたものじゃな。なあ四ツ葉、妾もあれが欲しいぞ」

「たぶん人形だけでは意味がないと思いますよ?」

 

 懐に収まる主君がぐいっと私の服を引っ張る横で――

 

「それで話なのですがー」

 

 と彼女は彼女で話を切り出した。さっきから随分と自由だな、おい。

 

「むー、せっかちな女は嫌いですかねー?」

 

 ふくれっ面を見せる少女、さりげなく口元を飴で隠した彼女の頭上で「相手の呼吸に合わせてやるのが、できる男の器っていうもんだぜ?」と妙に良い声で付け加えられる。もう相手にするのが疲れてきた。

 

「それで話なのですがー」

「次は話の腰を折るんじゃないぜ?」

「そうじゃぞ、四ツ葉」

 

 ……私のことを気の毒そうに見つめてくる六花が癒しだった。

 

「そこのお姫様と逃避行でもするつもりなのでしょうかー?」

 

 いえ、と彼女は自らの言葉に首を横に振る。

 

「彼女を連れ去って反乱でも起こすつもりですか?」

 

 にんまりと笑ってみせる少女に、私と六花は同時に唾を飲み込む。

 

「でも理解できないことがあります。反乱と呼ぶには兵力が少なすぎるのではないでしょうかねー?」

「……何が目的?」

 

 面白そうだったので、と少女は目を細めて笑みを深めた。

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