恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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魔窟の清廉悪鬼    -徐晃隊

 近頃、汚職がひどくなってきたのを感じる。

 官僚が露骨に賄賂を要求するようになり、ともすれば肉体関係を求めてくる輩も少なくない。

 特に出世をしたいとも思えなかった私はそういった要求を退けていると遂には実力行使に出られてしまったので持ち前の大斧で全員を叩き伏せた。それが原因となったかどうか分からないが、私は都の中心地から外されて、壁外での賊退治が主な任務となった。洛陽を覆い尽くす陰気を払うように大斧を振り回して、討ち取った首級は仲間内で分配する。

 壁内では相変わらず汚職が横行しており、権謀術数が渦巻いている。

 毎日、何かしらの形で人が死んでいる。見せしめのように裸にひん剥かれた女が大通りに晒されていたこともある、川の底には石が詰められた死体が積み重なっていると聞いたことがある。何時、何処で人が死ぬのかわからない。何時、何処で人が死んでも可笑しくない。

 ここは洛陽、天下の権威と人間の醜悪が集束する魔窟である。

 

 昨日よりも強大になる賊、今日よりも明日は更に強大になっていくに違いない。

 与えられる兵力は最初の頃から変わらず、連戦連勝、勝利を積み重ねる度、更に過酷な戦場へと投げ出される。これが洛陽の平穏を守るために必要なことだと分かっているが、本当に正さなくてはならないのは洛陽そのものではないか、と壁外から都を眺めて思う時がある。

 私も官僚の身であるので、あまりこういうことを言いたくはないが――売官制度のせいで官僚の質は地の底まで落ちている。理解できない命令を下されることも少なくない、むしろ理解できる方が少なかった。ただ単に死地に赴けと命令される時は楽な方で、功を求めた上官があれやこれやと注文を付ける時が苦労する。それでもまあ俸禄を貰っている身なので命令には従っている。この給与が民の税から支払われていると考えれば、その民を守るために働いていると実感できる今の仕事は宮中にいた時よりもやりがいはある。

 淡々と賊を狩り続ける日々、こんなことで世の中が良くなるとは思えない。

 

 何時しか、民草の間では天の御使いの噂が流れるようになっていた。

 世が乱れる時に、世を正すために、天から御使いが遣わされる――という胡散臭い話である。しかし、それに縋りたくなる気持ちも分からなくはない。世の中は更なる混沌の様相を見せ始めている。

 過ぎ去る日々、ただ惰性的に賊を狩り続ける。未来が見えない、体は疲れていないのに溜息が増えた。

 嫌気が差す、とはこういうことを言うのだろうか。

 

 ふと屋敷の窓から空を見上げた時、鳥が飛んでいた。

 何処までも広がる青空を小鳥達が自由に羽ばたいている、それがとても羨ましく感じられた。

 私が洛陽を離れようと思った理由をあげるとすれば、そんなものだ。

 ただきっかけがなかっただけだと思っている。

 私は基本的に無気力で面倒臭がりだから、きっかけができるまで動けなかっただけである。

 

 だから、ふらりと外に出ようとして――コツッと爪先になにかを蹴った感触があった。

 空ばかり見ていたから足元を疎かにしてしまったのかもしれない、それでゆっくりと視線を下げると薄汚れた衣服を着た女性が倒れているのが目に入った。

 

「んー? んー……?」

 

 どうしようかな、と少し考え込んでから彼女の体を抱えて屋敷に持ち込んだ。

 助けたことに意味なんてない、ただ今日は日が悪いと思った。洛陽を離れることに強い意志もなかった私は軽い気持ちでそれを取り止める。

 勝手気まま風吹くままに――私の名前は徐晃、字は公明。真名は香風(しゃんふー)

 今は騎都尉で賊退治に勤しんでいる。

 

 

「助けて頂いてありがとうございます」

「うん」

 

 彼女が起きたのは昼過ぎだった。

 屋敷の寝室で看病がてらに溜まりに溜まった書類処理に精を出す私の右手には筆が握られている。

 宮中からの嫌われ者である私にまともな副官を付けられるはずもなく、かといって兵の中に書類仕事ができるほどの教養を持った者もいなかったので、私の部隊で処理しなくてはならない書類の作成から決済までの全てを私一人で担っている。週に二、三回は賊退治に駆り出されているので処理しなくてはならない書類は膨大な量になっている、最近はまともに寝ていない気がする。

 頭の中がぼんやりとしているのもそのせいだろうか、今は意識がはっきりしている方が珍しくて眠たいのが普通になっている。

 だから口調がふんわりとしてしまうのも仕方ないことだった、とりあえず眠気覚ましにと茶を淹れる。

 そのついでに彼女の分も淹れといた。

 

「ありがとうございます……んっ、苦っ! えっ、なにこれ!?」

 

 彼女の茶を一口啜った時の反応を見て――ああしまった、と私は茶を口に含みながら思った。

 味なんて考慮せずに、ただ眠気覚ましだけに特化した香風特製。えげつないほどに濃い緑色をしているのが特徴で、あまりの苦さに舌がバカになる一品である。要約すると、滅茶苦茶に濃い茶だ。

 ごめん、と彼女の湯飲みに白湯を足した。それでも普通の茶と比べると何倍も濃いが、もう縁の限界ぎりぎりだ。彼女は改めて茶を啜ってみるも、やはり苦かったのか目尻に涙を溜めている。まあ眠気覚ましには丁度良かったのかもしれない、と私も自らの茶を啜る。苦い、確かに苦かったけども飲めない苦さではなかった。

 悍ましい何かを見るような目で私を見つめてくる彼女に、やっぱり私の舌はバカになってしまったのかなと思いながら一息に茶を飲み干した。

 

「名前は?」

 

 差し出された茶に悪戦苦闘する彼女に問うと「李儒文優と申します」という言葉が返ってきた。

 なんとなしに綺麗な声だなと思った。彼女の名前には聞き覚えがなく、親の名前も聞いて見たが、やはり私の記憶にはなかった。ただ彼女の立ち振る舞いや言葉遣いを見聞きする限り、彼女がただの民草にも思えない。それで何処か良家の出身ではないかと当たりを付けて問うてみたところ、彼女の実家が豪農だったことが分かった。

 今は賊に襲われて、村も跡形もなくなってしまったようだ。チラリと散乱した書類の一つを見れば、丁度、今日になって賊の目撃情報が上がった場所であった。

 

「……行く宛がないなら此処に居ても良いよ」

 

 端的に伝えた私は三日後の出兵の方針を考え直した。

 今の御時世、賊に困ることはない。近年の災害で野盗化した民衆は数知れず、何処ぞ彼処で賊が暴れまわっているのだ。だから少しくらい予定が前後したところで問題はない、軍勢を抱える皇甫嵩や朱儁とは違って使い勝手の良い規模の部隊が私である。だから私のところには賊退治の仕事がよく舞い込んでくる。

 巡回する進路を変更して、それに合わせて日程を組み直し、装備や兵糧の数も調整する。とりあえず頭の中で弾き出した数を、今は近場にある木片に書き留めておいた。そうしていると李儒と名乗った彼女が横から木片を覗き込んできた。

 軍事機密だけど、まあ賄賂で簡単に漏洩する機密だ。見られたからといって痛くはない。

 それよりも気になるのは――

 

「文字、読めるの?」

 

 問いかけると「少しなら」と彼女は控えめに頷き返した。

 

 翌日、私が部隊の調練から戻ると山積みになった書類の半分以上が失われていた。

 乱雑に置かれていた書類は全て区別分けされており、どの分野の書類か一目で分かるようになっていた。また掃除する暇もなかった部屋は綺麗に片付けられており、数ヶ月以上も放置されていた布団が外に干されている。なによりも私の感性を刺激したのは美味しそうな料理の香りだった、その匂いに誘われるように台所へと赴けば、李儒が鼻歌交じりで料理に勤しんでるところだった。

 

「すみません、お世話になっているだけってのも申し訳なかったので家事を少し……」

 

 言いながら李儒が頰を赤らめる。

 少しって感じでもないのだが――まるで自分の家が自分のものではなくなってしまったような違和感を覚えながらも、久方ぶりに綺麗なった部屋に気持ちよさを感じている。そして李儒に促されるまま私が居間の椅子に座ると次から次へと運ばれてくる料理の数々に、ついキュウッとお腹が鳴ってしまった。

 あらあら、と微笑む李儒の横顔を見て、私は軽い気持ちで思いつきを口にする。

 

「明日から私の副官に任命するから、そのつもりで居てね。あと私の真名は香風、だよ」

 

 え、と呆気に取られた顔をする李儒を無視して、私は用意された料理に手をつける。

 見た目は勿論、味も最高だった。久しぶりに美味しいと感じられる料理に次々に手が進み、お腹いっぱいになるまで食べると酷い眠気が身を襲った。私が真名を預けた後で、博美(ひろみ)と名乗ったことだけはしっかりと覚えている。

 だから安心、大丈夫。お日様の匂いのする布団でぐっすりと眠ることができた。

 

 更に三日後、出兵時、

 真昼間の晴天を翔け抜ける流れ星が見た。

 それを見上げて、私は致命的な何かを手から零れ落としたような、そんな気になったのだ。

 たぶん、気のせいなんだと、今はそう思うことにする。

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