恋姫†無双 七天の御使い   作:にゃあたいぷ。

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天の御使い      -北郷組

 ここは幽州啄郡五台山、

 彼の有名な霊山の麓近くを私達は走っていた。

 

「ほらっ、愛紗(あいしゃ)! 早く行くのだ!」

 

 大きく手を振って私のことを急かすのは背丈の小さな少女、身の丈以上の蛇矛を片手に持ってまた軽快に走り出した。

 よくもまあ、それだけ元気が出せるものだと私も追いかける。彼女は見た目こそ幼いが、その体に秘めた武勇は一騎当千に値する。放っておいても問題はないが、しかし彼女の性格だ。見失うと厄介なことになるのは間違いなかった。何故、彼女がこんなにも元気よく走っているかというと、この真昼間の青空にも関わらず「流れ星を見つけたのだ!」と言って私の制止も聞かずに駆け出してしまったためである。

 妖の類でなければ良いのだが……と躊躇する思いはあるが、彼女一人を放っておくわけにもいかないと溜息交じりに追いかけた。

 

 私は関羽雲長、真名は愛紗(あいしゃ)

 黄巾を頭に巻いた賊徒が世に蔓延る中で、私は一介の侠者として弱き民草を賊徒の魔の手から守ることで生きてきた。その道中で出会ったのが私の目の前を走る少女であり、今は二人で世直しの旅を続けている。世直しといっても近場に現れたという賊徒を倒して回っているだけであり、手応えらしい手応えを感じているわけではなかった。むしろ賊徒から街を守ってくれる傭兵という扱いをされることが多く、日銭を稼ぐために賊徒を狩り続けるような日々であり、このまま賊徒の討伐を続けているだけで本当に世の中が良くなるのか分からなくなってきた。

 志は間違っていないはずだ、悪い奴を退治し続けるのは大切なことだと思っている。

 だがしかし、こうして賊徒を退治する旅を続けているだけでは世の中は何も変わらないのではないか、とも思うのだ。世の中をもっと良くしたい、もっと平和な世の中にしたい。それなのにどうして、この想いが形になる気がしないのだろうか。どうしようもない無力感、まるで雲を掴むように手応えがない。その原因は分かっている、私にはどのような世界にしたいのか、という明確な指標がないのだ。良いことはわかる、悪いことはわかる。倫理、道徳、善悪は分かっているが、世界をどのようにしたいのか、というのが分かっていなかった。ただ良くしたい、と漠然に願っているだけだった。

 だから、きっと私は理想が欲しかったのだと思っている。

 明確な理想の形、それを体現したような人物に従うことができれば最高だ。目を閉じれば、邪気を祓う桃のように可憐な笑顔を見せる少女が瞼に浮かんだ。何時しか毎晩のように夢に見るようになって、彼女は強い意思で、何処までも強く、果てしない遺志で私のことを引っ張ってくれて――駄目だな、と首を横に振る。ただ私はそういう人物を欲していて、もしかしたら夢に見る。あの少女と出会えるかもしれないと思って、天の御使いという与太話に耳を傾けてしまった――いけないな、心が弱くなっている証拠だ。

 あの占い師の名前は確か管輅と言ったか。天の御使いが現れるという方角に足を運んで、その道中で嘘だったら斬り捨ててやると何度も思って、何日か過ぎた今日、空を流れ星が駆け抜けた。

 それが近場に落ちた、と相方が言うのだ。

 妖の類でなければ良いのだが――というのは言い訳だ。仮に天の御使いが居るとして、少し怖いと思う自分がいる。それは警戒ではなくて、純粋な怖れだ。

 何故だろうか、まるで合わせる顔がないような、そんな感じがする。

 

「愛紗、こっちに来るのだ!」

 

 相方の威勢の良い声に顔を上げる、何時の間にか俯いてしまっていたようだ。

 彼女に導かれるままに駆け寄れば二人の男女が居た、女は人を食ったような笑みを浮かべながら私達二人を見比べて、そして彼女の足元には妙な恰好をした男が倒れている。どちらも私が期待した相手とは違っている、どちらかが天の御使いなのだろうか、それともどちらも天の御使いなのだろうか。

 相方が武装を解いているのを見て、とりあえず相手に戦意はないことを知る。

 

「賢明だな、関雲長。そして張翼徳」

「私の名を知っているのか?」

「その偃月刀と蛇矛は目立ちすぎるんでね、なぁに幽州の英傑の名前くらいは抑えてるさ」

 

 女はケッケッケッと肩を揺らしてみせる。

 その口振りから天の御使いではなさそうだ、となると倒れている男の方が天の御使いか。

 見れば、身なりが私達とはまるで違っている。

 

「先ずは名乗って頂こうか」

 

 その態度が癪に障り、黙らせるつもりで偃月刀の切っ先を向けると「気が早いなあ、関雲長。その名が泣くぞ」と全く怯んだ様子も見せずに睨み返してきた。

 

「脅すだけなら止めておくこった、その勇名を地に落とすことになりかねない。しかしまあ確かに名乗らないのは私の礼儀がなっていなかったね、その点は謝るよ」

 

 云うと女は偃月刀を突き付けられながら服の汚れを払って、じっくりと髪まで整えてから私達の方を向き直る。

 

「我が名は単福(たんふく)、字はない。世の森羅万象の全てを解読できる頭脳を持つ天才様だ、斬れば天下の損失になるよ。さあ名乗ったぞ、刃を下ろせ。無防備の相手の血で偃月刀を汚すのが関雲長の武なのかね?」

 

 語る言葉、取る仕草、その全てに苛立ちを感じずにはいられない。だから刃を下ろすかわりに言葉を投げつけてやる。

 

「単福? 聞いたことがない名前だな、神羅万象を理解するだけの頭脳があるならば少しは有名になっていても可笑しくないはずだが……」

「当然だよ、なんせ偽名だからね」

 

 女はあっけらかんと答えてみせた。

 やっぱりこいつは此処で殺しておこうか、偃月刀を握り締めると「待つのだ! 気に入らないと斬り捨ててたら鈴々(りんりん)達も悪者と変わらなくなるのだ!」と相方が私の後ろから少女らしかぬ力で抱き締める。

 大丈夫、本当に殺すつもりはない。手元が狂わなければ。

 

「いやあ、猪突猛進なのは張飛だけだと聞いていたのだけどねえ! これじゃあどっちがどっちだか分かりゃしない! えっと、関……ん、んん……? ん~……? いや、張飛さん?」

「その煽りは流石に鈴々も怒るのだ」

「それはそれはまじ勘弁! ご勘弁を! 流石に英傑二人を相手にできるほど腕っ節に自信がない、というよりも私の剣は護身用でね。その偃月刀と蛇矛を軽々と振り回せる馬鹿力を相手になんかできやしない! なんでって? だって私はか弱い女の子だもんッ!!」

「鈴々、私は右から行く」

「分かったのだ、鈴々は左からぶちかますのだ」

 

 このふざけた女に天誅を下すべく、相方と二人で武器を握り締めて、じりじりと左右から詰め寄ってやる。

 しかし、女は余裕の笑みを浮かべたまま、私達を制止するように片手を前に突き出した。

 

「警告をしてあげよう、君達は今すぐに武器を下ろすべきだよ」

「大丈夫だ、殺しはしない。少しお灸を据えてやるだけだ」

「そうなのだ! 反省させてやるのだ!」

「自己紹介がもう一度必要かね? ならば、もう一度、言ってあげよう」

 

 未だ、臆する様子のない女は私達二人に武器を突き付けられながら堂々とした態度で告げる。

 

「私は世の森羅万象の全てを解読できる頭脳を持つ天才様だ。つまり、分かるかな?」

 

 女は彼女の足元で寝転がる男の頭を私達に見せつけるように踏みつけると、

 

「どんな難題でも簡単に解けちまうんだよね」

 

 その側頭部を蹴飛ばした。

 

 

 あいたっ!

 側頭部を小突かれたような強い衝撃に目が醒める。

 何が起きているのかよく分からないまま、頭を撫でながら覚醒したばかりの体をゆったりと起こす。

 すると目の前には美少女と呼べる女性と少女が立っており、そして、その手には薙刀と槍のようなものの切っ先を俺に突き付けられている。これは何かの冗談だろうか、呆然とした顔を浮かべる二人組、よく見ればコスプレなのだろうか? 珍妙な格好をしていた。ならば今、目の前で突き付けられている武器も偽物だろうか――しかし、その顔が映る程に磨き上げられた冷たい重厚感は博物館などで見てきたものとよく似ている。そうだ、刀とか槍の穂先とかにあるのと同じ物だ。

 だから、その材質が鉄であることは直ぐに理解できたし、その刃は潰れておらず、家に置いてある包丁なんかよりも余程切れ味が良さそうなのも理解できた。

 極め付けは俺の背中に回り、肩に手をかける少女。

 

「ああ、助けてくだしいましっ!」

 

 と如何にも悲痛な声を上げて俺に縋ってくる。よく分からないが、目の前の乱暴そうな二人組に追われているのか?

 

「な、何を馬鹿なことを言っている! 早く、その男から離れろ!」

「愛紗、駄目なのだ。今は大人しく武器を下ろした方が良いと思うのだ。どうやっても鈴々達の方が悪者に見えちゃうのだ」

「ぐぬぬ……くそッ!」

 

 少女に嗜められて、背と髪の長い女が歯を食い縛って薙刀を下ろした。

 まあ良かった、とりあえず穏便にことが済みそうか――と思ったところで俺に縋りついていた女が立ち上がり、そして勝利を確信したような悪どい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ったく、これだから頭まで筋肉でできてしまっている輩は嫌いなんだよ。口で言い負かされたのであれば口で言い返すべき、腕っ節に自信のある奴はすぐ暴力に頼ろうとするから駄目だね。もっと頭を使いたまえ、知的向上心のない奴は馬鹿にしかなれんよ。考えることを止めるのは楽だが、考えることをやめた奴は人間とも呼べない猿以下の存在だということだ」

「貴様……ッ!」

「貴様の次を言ってみろ、怒気をぶつけて脅すだけが関雲長のやり口かね。そもそも関羽殿は貴様という言葉の由来を知っているのか? 漢字が示す通り、貴き相手を様付けで呼ぶ時に使う言葉だ。つまり、其方は私を敬ってくれているのかな? ありがとう、お礼にこういう時に相手を罵倒せしめる最適な言葉を教えてあげよう。この関雲長め、だ。猪突な脳筋馬鹿の低俗野郎という言葉をたった六文字で表現し得る最高の言葉だとは思わないかね?」

 

 顔を真っ赤にして今にも爆発しそうな挑発の女性、「今、暴力を振るえばまさしく今言った通りになるねぇ」と未だ俺の背中に隠れる女が相手を挑発しながら諌めるという綱渡りのようなことをやっている。いや、今、そんなことよりも関雲長とか口にしていなかったか?

 

「あいつは相手にするだけ無駄なのだ。一を言えば十以上の言葉で返してくるから疲れるだけなのだ」

「張飛、私は聡い奴は嫌いじゃないよ。やはり猪の文字は張飛ではなくて関羽にこそ与えられる称号だね」

「どーもなのだ、でも愛紗が暴れても助けてやらないのだ」

 

 あっはっはっ、と背後の女が楽しそうに高笑いをあげる。

 張飛と関羽、やはり三国志で聞いたことのある名前だ。ということは三国志に関連のある漫画かゲームのコスプレをしているのだろうか、いや、しかし彼女達の持っている武器はコスプレという領域を超えているような――銃刀法違反で捕まるだろ、常識的に考えて。というよりも此処は何処なのだろうか、周囲を見渡してみると遠くに山が見えて……山!? なんで山が見えるんだ、辺り一面に広がる荒地はなんだ。此処は街のど真ん中、所狭しと家屋が建ち並ぶ場所ではなかったのか。こんな地平の先まで荒地が続く場所は、日本では北海道くらいしかあり得ない。

 そうなると此処は本当に日本ではないのだろうか……だが、そうなると此処は一体……

 俺の背後にいる知的な顔をしている女性、彼女も三国志に関連しているとするならば恐らく――、

 

「なあ君は、禰衡(でいこう)で良いのかな?」

「禰衡? 知らない子ですね……いやしかし、私を見てそう思ったということはきっと名高い智慧者に違いない。天の世界では有名な知識人かな? 是非ともあとで教えて欲しいねぇ、根掘り葉掘りじっくりこってりと……」

「あ、いや、違うなら良いんだ……あはは」

 

 息するように悪態を吐き捨てるから禰衡がモチーフになっていると思ったが違うのか。いや、だが、コスプレする程の三国志好きならば禰衡の名前くらいは知っていても可笑しくないんじゃないだろうか?

 

「ちなみに私の名前は単福。今後ともよろしく、天の御使いよ」

 

 単福? はて、何処かで聞いた覚えがあるような……

 

「お前、それは偽名だと言っていただろう!」

「関羽殿、お前という言葉の由来を――」

「それはもう良いのだ、話を混ぜっ返さないで欲しいのだ」

 

 ああ、そうだ。思い出した。

 確か、その名前は、劉備が初めて手に入れた軍師が名乗っていた偽名だ。

 その軍師の名は――

 

「徐庶元直」

 

 シン、と場が静まり返った。

 背中にいた女は無言のまま、俺の前まで回り込むと面白い玩具を見つけたような笑顔で俺を見つめる。

 その豹変に関羽と張飛は身動きが取れず、女は歓喜に満ちた声で告げた。

 

「天は、私を知っているのか!」

 

 爛々と輝かせた瞳は、まるで子供のように無邪気だった。

 その嘘偽りを感じられない反応を見て、俺は此処が日本ではない何処かであることを悟る。

 拝啓、母上様。どうやら北郷一刀は異世界に飛ばされたようです。

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