「ふふふ……あのもりくぼは森久保の中でも最弱なんですけど……」 作:べれしーと
「乃々。ちょっといいか。」
「はい。」
「あのな……その……言いにくいんだが……」
「……どうしたんですか?」
「いや、なんていうのかな。あれなんだよ。」
「あれ?何がです?」
「……すまん。頑張れ、乃々。」
「え?」
「え???」
×
炎天下といっても過言ではない夏模様が深まり、はてさて人のアウトドアなる欲求が高まっていく八月の某日。誰しもが思う事として、長い間暑い場所に佇み汗をかくなんて事はまっぴら御免だ、というものがあります。これに性差はありません。しかしながら、なんと文明の発達したことか。クーラーがあればそんなものは気になりません。そう。炎天下の中の移動も、バスのクーラーがあれば気にならないんですけど…………ははっ。
「いくぞ!アイドル!」
専属のマイクを口元に近づけて発声するプロデューサーさんが今だけは親愛たりうる友人でなく、恨むべき敵に見えました。
(ああ……惨禍の渦なんですけど……)
「
「「「「「「「海だーー!!!」」」」」」」
これは世間一般で云う、慰安旅行というものでしょうかね?太っ腹にも会社が気を遣って、総勢四十何人かに、同日に!
まさかこんなふざけたプレゼントが施行されるなんて!!
(心が休まらないんですけど!?!?)
バスは道すがらに揺れ、ああ、その拍子にプロデューサーさんがこけたりしないかなーみたいな小さな呪いを込め続け、私は思索します。
クーラーは涼しくて快適ですが、同時に自分の心も冷えてきて堪りません。むーりー。
右後ろの席で、端に縮こまりながらビクビクと怯える森久保乃々。
男だとバレて訴えられたら確実に負けます。ヤです。まだ前科者にはなりたくありません。社会と仲良くしていきたいです。
(だからここは穏便に、荒波を立てず……でも。)
本当なら後部座席を左から幸子ちゃん、美玲ちゃん、輝子ちゃん、まゆさん、もりくぼの順に座している筈なんですが……
「乃々ちゃーん?おーい?」
「聞いてます、聞いてますけど……」
「良かった~。お仕事に疲れて眠ってるのかなって思ったよ~。」
「わ、分かりましたから、身体をあと数センチほど離してくれませんか唯さん……っ」
何故にどうしてなのか、隣には花柄をあしらった夏らしいワンピースに身を包んでいる大槻唯さんがいるのです。まゆさんがいません。あれ~?(現実逃避)
兎に角距離が近い。クーラーが意味を為さなくなってきてます。
悲しいかな、ここは女子の独壇場。姦しい雰囲気に圧倒されて女装男子は沈黙せざるを得ません。
そんな男の純情も露知らず、弄ぶ小悪魔は頬を膨らませます。
「もー、目線ゆいの方に向けてよ!」
そう言って彼女はもりくぼの頬に手をかけ、顔を間近に持って来させます。
(目と鼻の先に唇がぁぁぁああぁぁあ!えっ……げふんげふん!)
雰囲気を彩る薄化粧が妙に艶っぽくて、直に響く呼吸の音がもりくぼの回路を狂わしていく。
はっきり言って密着している。だからとても凄い。はい。なんていうか、弾力ですよね(IQ400)
「……顔真っ赤だけど、暑いの?ゆいの紅茶飲む?」
差し出してきたのは飲みかけのペットボトル。はぁー????
(この人は魔性すぎると思うんですけど、有識者の皆さんはどうなんですかね?同じ気持ちですよね??)
いやはや、飲む訳ない。本当は飲みたいけど。嘘。飲みたくないです。違いますけど。煩悩に負けてなんかないんですから。
だからこそ、私が掲げる∀nswerは……っ!
「ありがとうございます。いただきます。」
(煩悩ォォォォォォォォオオオオオオ!!!!)
やっぱりむり……勝てない……男子中学生は女子高校生の甘い誘惑に敗北するしかありません……
唯さんの柔らかい肌の感触に再度ドギマギしながら飲料を受け取って、口に運ぶ。
か、間接キス……
(無心……無心を貫け森久保乃々……己は女、己は女、己は女……)
「あれっ?これって間接キスだね!あはは!」
「ぶほっっ!!げほっ!ごふっ!」
「ぅえ!?だ、大丈夫!?」
(大丈夫じゃありませんが!?間接キスの指摘がヤバルカン半島からのヨーロッパの火薬庫なんですけどぉ!?)
無意識の誘惑によって噎せた森久保乃々は紅茶を噴き出してしまいました。彼女の翻弄具合と自分のピエロ様相が凄まじくて恥辱に頭はオーバーヒート。
(頼む……もう、終わって……っ。帰って……っ。)
「ああ、スカート濡れちゃってる。」
「はえ?」
彼女はそう言って、手にタオルを取り、私の鼠径部近くを、念入りに、念入りに拭こうとしたのです……
(ヤ、ヤメロォォォォォォォォオオオオオオ!!!!)
唯さんの手首を掴んで、触れるギリギリの所で諸動を食い止めます。危ない危ない。危うく森久保のビーチパラソルが盛況して開花するところでした(下品)
「自分で拭けるのでそろそろ席にお戻り下さい。」
「え、でも、」
「パラソルを開くにはまだ早いんで日焼け止めはお仕舞い下さい(意味不明)」
「ど、どうしたの乃々ちゃ」
「何も言わず、ね?」
「え……え?」
こういうのはマジで勘弁してくれ……じゃなくて、心の底から勘弁してほしいんですけど……はい…………
×
「海が見えてきましたよー!」
「うおッ!めっちゃキレイ!」
「すげー!」
疲労困憊のままに、エンジンとエアコンの微かなハーモニーに傾倒してから一時間弱。窓を覗くとそこには文字通りの大海原が広がっていました。真っ青に透き通っているそれは、水面に照り返す線状の光で漏れなく、私達を沸き立たせたのです。
(圧巻ですね……言葉が出ません。)
はしゃぐ皆さんの様子は年齢相応。子供はこどもらしく、大人は…………大半が大人らしく……はい……
で、でもこれは誰でも目がしいたけになっちゃいますよ!仕方がないです!許してあげましょう!
(飲酒からのバス酔い、嘔吐寸前の友紀さんだけはさすがに断罪ですがね。ああ、プロデューサーさんが呆れ返ってる。)
「海、キレイ……うふふ……」
それはさておき、ふと隣を見やると、シンプルなカットソーに身を包んだまゆさんが幸せそうに微笑んでいます。何やら企んでそうに見えます。
あ!
因みに唯さんはもう戻られましたよ。ええ。勿論。手は出してませんから。それ以外も出してません。はい。それ以外って何……いやいや、それは訊かないお約束ですよ?分かってます?もう頭を突っ込まないで下さいよ?いいですね?ね?
「プロデューサーさんと二人きり……海で開放的になってそして……うぇへへ……」
(うわ、アイドルのしてはいけない顔をそんなに易々と。)
どうやら思想に耽っているみたいですね。
(それにしても、妄想に囚われた繭玉の恍惚とした表情は普通に怖い。ハイライトが消失マジックを受けてます。どうやってるんだろう。)
「あの、まゆさん……頬を……」
親切心で、伝えてみる。
「はい~?」
まゆさんの声は嬉々としていて、指摘が憚られます。嘘です。そんなもの知ったことではありません(謀叛)
「弛みきった顔を、どうか戻して下さい……とんでもない表情してます……」
「…………」
「ブルドッグ並みに筋肉垂れ下がってますよ。」
すーっと彼女の両手は移動します。どうやら顔にそれを充てたいらしいですね(すっとぼけ)
「……恥ずかしいんですけど。」
彼女が言う。
「真似されてしまいました……むーりぃー……」
いくら辱しめに耐えきれなかったとはいえ、もりくぼのネタをとるのはダメです。全くもう……語録で対抗してあげますかね(中学生の発想)
「むぅーりぃー。」
「共鳴もむーりぃー。」
「むぅーりぃー。」
「むーりぃー。」
「……ふふっ。」
「あはは。」
「真似しないでほしいんですけど、乃々ちゃん?」
「そっくりそのまま返しますけど、まゆさん?」
「くふっ。」
「んふふ。」
「むぅーりぃーのわるつー。」
「むーりっりー、むーりっりー、むーりっりー……」
「……なんですかこれ……ふふっ。」
「よくわかんないです。あはっ。」
いつの間にか、まゆさんは顔を覆っていた手を彼女自身の膝の上に置いていました。ちょっとだけ赤いままですが。
「えっと……もしかして、口に出しちゃってました?まゆの……アレ、とか。」
今の変な流れが照れ隠しから来る模倣行為だったという、まあまあ可愛い末路にちょっとだけグッときてしまいます。まあ本音は……
「ダムで喩えるなら決壊してましたね。」
「ぐふっ。」
まゆさんは日焼け止めの塗り忘れが著しいですね。海に着いてすらいないのに既に顔が真っ赤じゃないですか。
と、急に手を掴まれます。まゆさんに。
(えっ!?どうして!?)
「黙ってて下さい……プロデューサーさんにはバラさないで……」
暖かい手で包み込まれて心臓が揺れる。や、柔らか、
「は、はしたない女だって思われたら、まゆは!」
(ち、近い!息が!息があたってますから!他にもあたって!ちょ!)
なんで女の子ってこんなにむにむにしてるんですか?(解脱)
「承知しました!はな、離れてござる!」
口調が乱れた気もしますがそんな些末事はどうでもいいでしょう。もりくぼにとってはパラソルが文明開化してしまうかもしれないのですから(意味不明)
(散切り頭を叩くよりもまゆさんを離した方が良い音がしますよ。ええ。もう何言ってるのか自分でもわかんないです。)
そんな時、唐突に、
「曲がりまーす!」
運転手さんの声がしました。
(え?)
キィーッという音と共に、上昇気味の体温を孕んだ齢十六の豊満な肉体が森久保乃々の上へ。
「わっ……ごめんなさい!」
「ふごっ、ふごっ!」
女性にだけ備わる自然のエアバッグがもりくぼの衝撃を受け止めてくれました。はい。
はい。
「さようなら……」
「えっ!?乃々ちゃん!?乃々ちゃーん!?」
×
「すまない乃々……慰安という名の誘惑地獄で。」
「……まあ、あいつはあれでも男子中学生な訳だし、そんなに心配する事ないのかなあ。だって、ハーレムだろぉ?」
「最初の時にあそこまで勿体ぶらなくて良かったかもしれないと、今になって思い始めた所存なんだが……」
「それに、一応を考えて愛海連れてきたし大丈夫だよな!うん!」
「…………」
(ぜってぇこの旅行やべぇー!!!)
この時点で男だと知っているのは愛海とPだけです。