「ふふふ……あのもりくぼは森久保の中でも最弱なんですけど……」 作:べれしーと
俺の担当アイドルは、昔とは大分変わった。
「梅ちゃん、そこ違うよ。そこはね……」
「え?……あ、ほんとだね。ありがとう乃々ちゃん。」
知り合って五年経ち、彼女は19歳、大学生になった。
「さっちー、大学はどんな感じ?」
「楽しいですよ。乃々さんは?」
「とっても楽しいですね。」
人見知りやどもりはいつの間にか無くなって、とても明るい少女に彼女はなっていた。
「凛さーん!」ギュッー
「わっ!?の、乃々……しょうがないなもう……」ギュー
「んふー♪」
「甘えん坊さんが~」ワシワシワシ
「わひゃー!」
(…………いやもう誰だよあんた。)
(おかしい。おかしいぞ。人はこんなに変わるものなのか。無茶苦茶明るくなってまるで未央さんみたいになってますよ。困る。非常に困る。何故かって?未央さんみたいって言ってんだから察しろやアホ。)
「プロデューサーさん、顔真っ赤ですよー?」ギュー
「……森久保、スキャンダルだから離れて。」
「ノーノー、なんちゃってー。」ギュー
「お前自分の人気分かってんの?昔で言う高垣さんレベルなんだぞ?」
「何言いたいのか分かんないです。」ギュー
「ファンに殺されるから退いてって言ってんの。」グイーッ
「無理久保なんですけど……」ギュー
「君のそれ都合良すぎない?」
「何とでも言うがいい!」ギュー
「お前ほんと頭良いのか悪いのか分かんねえな。」
「んー?」ギュー
(これでこいつが事務所でも屈指の頭脳派アイドルとか信じたくないです。)
「離れるつもりはないの森久保さん?」
「まだダメです……♪」ギュー
(五年前の慎ましやかな可愛さを返して神様。切望。)
×
いつからこんな事になった……?
×
真面目な話を一つ、しておきましょう。え?どんな話か、ですか。……まあまあそう急がず。ちゃんと話しますから。
……私は、この事務所でアイドルを始めて五年経ちます。この事務所に来たばかりの14歳の頃、私は酷く世間に対して臆病でした。信用出来ないとか、恐怖しているとか、そういうことではなくて、ただただ臆していました。
(も、ももも、もりくぼには無理なんですけど。他に適任な人がいますから。ほ、ほっといて下さい……)
ずっと、狭くて暗い、もりくぼにお似合いのみすぼらしい場所で縮こまっていました。
『前と同じ様に』感じた人の気配に顔を上げます。
「……見つけたよ。乃々。」
そういえば貴方は、いつもいつも、執拗に私を追いかけ回していましたね。諦めず、本当にいつも。今ではそれも良い思い出です。
___
「何でもりくぼなんですか。他にもりくぼ以上にやれる人がいるじゃないですか。か。」
(そう私が言った後、貴方は少しの間黙ってしまった。失望させてしまっただろうか。でも、もりくぼは今日じゃなくてもいつか必ず貴方を失望させてしまう。なら、早く私なんて見限った方が貴方にとってはいいんです。そう考えていました。)
でも、口を開いた貴方は、
「違うよ。乃々じゃなきゃ、駄目なんだ。乃々が、必要なんだ。」
なんて、言ってくれました。
___
『……そうか。君がそう思うならそうするよ。君もやりたくない仕事をやるのは苦痛だろうからね。』
___
『またそれか。お前はいつもそれだな森久保。もういい。期待外れだ。失望したよお前には。』
___
『確かにそうだな。乃々じゃなくても良いか。やる気のある奴に仕事は回すべきだもんな乃々。君とは違ってさ。』
(……嘘だと思った。そんな甘い言葉を信じてはいけないと思った。けど。)
___
「期待してくれてるんですか?……って、当たり前だろ。滅茶苦茶期待してる。失望しない?しねえよ。もりくぼでいいの?そうだ。いや、そうじゃなきゃ駄目だ。それ以外は有り得ない。」
__
「まさか、アイドル『楽しんでる』ヤツの手助けをしない訳ないだろ。」
『アイドル、楽しくなかった?』
「プロデューサーってのは、いつだって担当を『見ている』もんだ。」
『そもそもお前の姿は見えない事ばかりだったしな。サボってたんだろ?』
「『やる気満々』で、隠れて『努力』してんの知ってるんだぜ?」
『やる気ねえ奴がアイドルすんのはさ、頑張ってる人に失礼だろ?』
「何処に隠れていたって、執拗に追いかけ回して見つけだすよ。だって、俺には君が必要なんだからな。」
……心の奥底が、じんわりと暖かくなって、その暖かさが体中に広がって。
_
「失敗して失望されるのに臆してる私でも、本当に良いんですか……いいぞ。乃々が何度失敗しても、俺はずっと側にいる。魔法使いは何があってもシンデレラを見捨てない。」
「…………少し。少しだけ頑張ってみようと思います、プロデューサーさん。失敗し続けても、アイドルを。」
この日、私は少しだけ、臆病な性格から一歩前へ進みました。
×
(今考えるとこの頃から既にもりくぼはプロデューサーさんの事が、まあ、その、す、す、す……好き、だったんでしょう。)
さて。真面目なお話の後は箸休めが必要ですよね。その箸休めとしてこんなお話も一つ。
もりくぼが本格的に変わりだしたのは、17歳。プロデューサーのある一言がきっかけでした。
いつも通りの仕事終わり、事務所の扉に手をかけた時聞こえた会話。
「恋バナって、ちひろさん今仕事中ですよ。」
なんだと、恋バナ?
そう思った私は扉をミリ開けて盗み聞きしました。
「私は終わってるのでセーフ。」
「貴様俺は終わってないぞ。」
「そんな事知らないです。」
「は?きれそう。」
「いいですから。はやく。」
「嫌ですよ。」
「なんでっ!」
「いや、理由なんて無いですけど……」
「理由もねえのに断るとは先輩に対していい度胸だなぁ?」
「ええ……はあ。しょうがありませんね。周りには誰もいませんか?」キョロキョロ
「(やった。)いま…………!」キョロキョロ
ちひろさんにバレました。が、あの人なら恐らくは。
(ちひろさん、もりくぼが隠れて聞いている事、プロデューサーさんには内密にお願いします。)
(……面白そうだしのります、乃々ちゃん。了解。)
「……せんね!ほら!いないんだから早く!」
やりました。
「わ、分かりましたよ。テンション高いなあ。」
「フンスフンス」
「恋バナっすかー……んー……」
「フンスフンス」
「……」
「フンスフンス」
「……すんません。思いあたんねえっす。」
「は?」
「い、いや、その、実はまだ恋をした事がなくて……」
「23歳にもなって経験ゼロとか終わってんな。」ボソッ
「別に俺は難聴系主人公じゃないんで全部聞こえてます死刑。」
「弁護士によって無効化。」
「ぐあーっ!!」
「本当ですかプロデューサーさん。」
「はい。」
「えー……つまんねー……」チラー
(もりくぼ個人的にはちょっと嬉しかったりなんて。)
「じゃー、好きなタイプは?教えてくれませんか?」
なんですと!?
「え?まあ、いいっすけど。」
なんですと!?
(全神経を右耳に集中させて……!)
森久保乃々って言って……いえ、言わなくてもいいんですけどね!べ、別にこれはそういうのでもないんですし!
「えっと……その……」
「未央さん……みたいな人が、好きです……」
「(うっわ、乃々ちゃんが聞いてる中でそれを言うなんて。)」チラッ
(シロメ)
「(これやべ。)」
「乃、乃々ちゃんとかは!?どう思ってるんです!?」
「(タイプって言え×∞)」
(ドキドキ)
「いややっぱ未央さんですよ。」キッパリ
「(あ、こいつアホだわ。)」
この日、私こと森久保乃々は決心したのです。怒りに燃え、嫉妬に燃え、臆病を消しました。恋する少女は強い。14歳の頃中々湧かなかった一歩前進する勇気がいとも簡単に湧いてきたのです。(急な決意表明)
(……未央さんを越えなければならないようです。)
今日から貴方は天敵。
(振り向かせてみせる……プロデューサーさん……!)
……恋する少女は盲目でもある事に、彼女は勿論気付いていない。
×
彼女は努力した。沢山努力した。その努力は彼女をアイドルとしても女性としても人間としてもステップアップさせた。しかし。
プロデューサーはとことんアホである。
(中学生の頃のいじらしくもある可愛さを返して。)
恋心が分からない彼は、これからも彼女に振り回され続ける。
そして、気付かない。
(好意に気付いてーっ!好き好き大好きなんですっ!貴方の為にこんなに変わったんですよ!)ギュー
恋に盲目な彼女と。
(ねえ、甘い香りがする~。や~め~て~。好きになっちゃう~。勘違いしちゃう~。未央さんみたいな事しないで~。)グイーッ
好意に盲目な彼は。
((この人昔と比べて変わりすぎだよ……!))
『「ここにいたのか森久保ォ!」ガシッ
「あうっ。」
「さあレッスン行くぞォ!」グイーッ
「ひぃー……」ギュッ
「ちまっと服の袖を掴むな可愛いだろ森久保ォ!」』
案外、彼らの関係が変わっていないことに。
森久保愛しい……好き……未央が好きなんて一言も言ってないのに勘違いして頑張っちゃう茶目っ気も好き……