今は学校の帰り、普通の学生なら放課後に入ることは無い大きなビルの中に俺はいる。エレベーターに乗った後に目的地である部屋へと向かう。
その途中に当然廊下を通るのだが、いたるところにポスターが貼ってあり、名の知れた俳優やミュージシャンが堂々と描かれている。
そんな華やかな廊下をスタスタと歩き、部屋の前に到着した。扉に付いている札を確認した後にドアを開けて中に入ろうとしたのだが・・・・・・。
「よう、優斗。お前も今来たのか!そんじゃ俺、先に入るから」
「はい、どうぞ」
先程話しかけてきたのは、俺の一つ上の先輩である“神代 紅葉”。名前の読み方は“こうよう”じゃなくて“もみじ”だ。
ちなみに紅葉さんは高校2年だから、俺は1年である。
紅葉さんの後に続いて部屋に入ると、そこには既に4人の男子がいた。一人はさっき会った紅葉さん。2人目は俺と同じ1年の“四谷 海人”、3人目は2年の“海瀬 誠”、4人目は3年の“相川 智”。
俺も含めて全員高校生だ。
「なあなあ優斗~、昨日の約束覚えてるよな~?」
「なんだよ海人、いきなり」
「おいおい、忘れたのかよ!? 昨日言っただろ~? 一番最後に来た奴はジュースおごりだってよ~」
そう言えばそんなことを約束していた気がする。最近皆の集合時間が遅くなってきたことを3年の相川さんが気にしていたので、その対策をとったのだ。だが、まさか言い出しっぺの俺が一番最後とは・・・・・・。
「あーあ、紅葉さんをドアで潰せば最後じゃなかったのになー」
「まあまあ、決まっちゃったことはしょうがないよ。申し訳ないけど優斗くん、ジュースよろしく」
「うっす。あと相川さん、海瀬さんを起こさなくていいんですか?」
「時間までには起こしとくよ」
俺が来た時から既に寝ているのが2年の海瀬さん。この人は基本いつも寝ているのだ。ま、寝過ぎで怒られることも少々。
取り敢えず罰ゲームをさっさと終わらせたいため、パパッとジュースを買いに廊下へと出る。集合時間には余裕があるが、時間帯的にあまり廊下で会いたくない人物と鉢合わせする可能性があるので、出来る限り素早く終わらせたい。
大抵こういうことを考えると絶対に良くないことが起こる気がするのだ・・・・・・。
いかんいかん、すぐに買って部屋に戻ろう。
部屋に一番近い自動販売機に着いたが、飲み物を買おうとしたところであることに気付く。そう言えば何を買ってくればいいか聞いてないぞ。
ま、俺と相川さん以外は缶コーヒーでいいか。これは別に嫌がらせでも何でもない。絶対に。てか、買ったのはいいが袋を持って来てないのは失敗だったな。鞄に入れるという手もあるが、冷たい飲み物を買ったために中に入れるとノートやプリントが濡れてしまう。よって手で持つことになるのだが、持ちにくい・・・・・。
落とさないように歩く速度を落として集中してたのが原因なのか、背後から駆け足で近づいてくる何かに気付かなかった。
「優斗はっけーん!!」
「どわっ!」
突如後ろから何者かが飛びついてきた。腕を首に回され、ちゃっかりと逃げられなくされてしまう。手に持っていた飲み物は何とか落とさずに済んだのだが、それよりも急に襲い掛かってきた犯人にうんざりした感じで話しかける。
「今すぐ投げ飛ばしていいですか・・・・・・?」
「ひどっ! ふふーん、でも両手が塞がってちゃ何もできないでしょ~?」
犯人の言う通り、両手が塞がっていては本当にどうしようもない。ここで何かしらの体術を学んでいた奴なら、そのまま前に放り投げたり何なり出来るかもしれないが、俺にそんな技術は無い。ということは、おとなしく犯人の束縛を受け入れる他無いのだ。まあ、このやり取りも初めての事ではない。よって冷静に対処をすればいいだけだ。
「てか、もうそろそろ集合時間なので真面目に放してほしいんですけど」
「やだ」
「え~・・・・・・」
これは流石に予想外だ。こうなっては犯人が満足するまで好きにさせるしかない。まあ、後ろに人を装着したまま部屋に戻りたくなんて無いのだが。とにかくこのままだと犯人が満足しなさそうなので、何か話題を振らなければ。ほら、この状態でお互い無言って何かシュールじゃん?
「というか日菜さん、パスパレの方に行かなくてもいいんですか?」
この犯人の名は“氷川 日菜”で、Pastel*Palettsというバンドグループのギターを担当しており、実は俺も同じ事務所に所属している。年は俺より一つ上で、一応先輩である。
「うーん、多分大丈夫! 今日はいつもよりちょっと早く来たからね!」
「なら早く行って先に準備や自主練とかしたほうがいいと思いますよ。というか早く離れてください。迅速に」
先程から柔らかい感触やらいい匂いやらで落ち着けない。手に持っているペットボトルや缶がカタカタと揺れているのが証拠だ。
「準備はいつも皆でやるし、あたし自主練とか必要ないし、飽きるまで放さないよ?」
なんてことだ、どうやってもこの人を止めることは出来ないらしい。これはもう観念するしかないか・・・・・・。
そう諦めかけていたのだが、そこに天使が現れた。
「こら日菜ちゃん。優斗が困っているでしょう?」
「あ、千聖ちゃんだ、やっほー!」
「千聖さん、いいところに来ました。早くこの天然バカを連れていってください」
「ほら日菜ちゃん、行くわよ。いつも時間ぎりぎりなんだから、早く来るように言っているでしょう?」
そう言いながら日菜さんを俺から引き剥がしてくれる千聖さん。
この“白鷺 千聖”と言う人は、日菜さんと同じ2年生。小さいころから子役として活躍している有名人である。彼女が外を歩いて正体がバレれば、たちまち囲まれてしまう程の有名人だ。ま、今の段階で昔ほどの知名度を持っているかは分からないけどね。
「優斗、あなたも早く戻った方がいいんじゃないの? 聞いた話だと、レッスンはもう始まるんでしょう?」
「そうなんですよね。しかも最近はメンバー全員に仕事が来るようになっちゃいまして、打ち合わせとかも多くて結構大変なんですよ。ほら、千聖さんもそういう時期ったじゃないですか~」
千聖さんとは年齢以前に芸能界の先輩後輩という立場である。そうはいっても芸能歴は1年しか変わらないので、多少の競争心はお互いに持ってしまう。しかも、それが元子役同士と言うのならなおさらだ。
なので、自分の仕事の話についての説明に多少は含みのある言い方になってしまってもしょうがないだろう。
現に千聖さんが拳を握りしめて俯きながらふるふると震えているが、それもしょうがない。多分。
「そうね、最近はあなた達は忙しいのは彩ちゃんからも聞いてるわ。その中でも特に仕事が来てますアピールが激しいあなたには、少しご褒美が必要ね」
あれ? いつもなら折檻の一つでもあるんだけど・・・・・・。そんなことよりもご褒美だよね!でもあの千聖さんが何かくれるのってちょっと気味悪いけど、まぁいっか。
「それで、何くれるんですか?」
「はい、日菜ちゃん」
「え?」
そう言いながら、先程引き剥がした日菜さんを俺に授けてきた。ご褒美ってこれのこと? まって、これ軽く拷問なんだけど。絶対俺を労おうとか思ってないよね? てか折角この水色の悪魔から解放されたのに、何この仕打ち。俺が何したの!?
「いえーい、優斗~」
「離れてくださいよ! 俺早く戻らないとリーダーに怒られちゃうんですけど!?」
「このまま行けばいいじゃん?」
もういいや。この人の事は諦めよう。戻ったときに皆に何言われるか分かんないけど、それは千聖さんのせいにすればいいや。
「優斗、忙しいからってあまり彩ちゃんに家事を任せっぱなしは駄目よ? あの子バイトだってしてるんだし」
「分かってますよ。姉さんに倒れられたら、パスパレの皆さんにボコボコにされてしまいそうなので」
「分かってるのならいいわ。それじゃあ、レッスン頑張ってね」
「はい、千聖さんこそ、お仕事増えるといいですね」
日菜さんを押し付けた腹いせにストレートに返すが、もちろんそんなことを言えば千聖さんは怒るわけで・・・・・・。
あ、やばい、これかなり頭にきてる。あの人が自分の理性と戦っているうちに早く逃げないと!
はぁ、これは後で姉さんに怒られるかなぁ。