今回で本編は200話目、可奈美編その7 前編になります。
キリのいい話数だと可奈美編が多くなりがちな傾向が…。筆者の気のせいでしょうか?
時系列はアニメ18~19話付近、タギツヒメと近衛隊による防衛省本庁舎の襲撃後の話となります。
それでは、どうぞ。
ー鎌府女学院 食堂兼レストプレースー
タギツヒメと近衛隊による防衛省本庁舎の襲撃から、日を置かぬ頃。
刀剣類管理局維新派を名乗る高津雪那鎌府学長*1や、現人神として祀り上げられた(フリをしている)タギツヒメが日本政府を巻き込んで、荒魂が人々を支配する世界を実現させようと動き始めた。
そんななか、未だ失意のうちにあった可奈美達。
タキリヒメの警護任務を近衛隊によって妨害されただけでなく、警護対象であった彼女をタギツヒメに取り込ませてしまうという、言葉は悪いが重大な失態を起こしてしまった。これにより、三女神の均衡は崩れ、タギツヒメ優位な状況へと大きく傾く結果となってしまった。
その中でも特に、タキリヒメと直前まで打ち合い、“彼女”の本質を剣で理解しようとしていた可奈美は、目前で倒された彼女の最後の姿が今でも浮かんでくる。
『ああ、そんな顔をしていたのか。千鳥の娘よ。…どこまでも、飛ぶ姿が見えた。その刀のもう一つの名のように、雷すらも斬り裂いて、飛べ、人よ。速く、高く、遠く……』
(タキリヒメは、最後の最後に私の顔を見てくれた。…もっと、知りたかったのに…。…もっと、分かり合えたはずなのに…。)
悔しさも悲しみもあるなか、荒魂はそれでも現れる。今の彼女には、荒魂を斬り祓うことでその感情を濁していた。
都内に派遣された討伐部隊と、近衛隊との衝突も報告されるなか、彼女、いやあの場にいた彼女達は各々の感情を内に押し留めたまま、任務に向き合っていた。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
当然、この流れが連鎖的に良くない空気を産んでいると気づいていた人間もいた。
彼もまた、その一人であった。市ヶ谷での二度目の襲撃時、彼はたまたま別任務に就いていたことで難を逃れていた。
ただ、その偶然が彼女達の現状の苦悩を把握する障害になったのは、全くもって好ましい話ではなかった。
(…どういう状況だったのかは、書面で見れば分かるが…。…そこに『人の感情』は介在し得ない。事実が述べられているだけだ。)
市ヶ谷強襲の簡易報告を読みつつ、タキリヒメの項目の部分での可奈美の話に目が向いた。
(…可奈美…。)
少し前、彼女から好意をはっきり明かされた彼。断る理由など無かったうえ、変わり種な人間である自分自身を好いてくれる娘に、少しでも報いたいという想いは日々強まっていた。
そんななかでの、あの出来事だ。直ぐにでも話を聞いて、方針を定めてメンタルケアに当たるのが筋だろう。
それでも今、彼は動けなかった。
(……近衛隊、いや、実態はタギツヒメの体のいい駒なんだろう。ミルヤの話じゃ、葉菜もそれに巻き込まれたらしいし。……彼女達がどのような行動を起こすのか分からない以上、こちらは予測立てて動くしかできない。…もどかしい。このまま刀使同士の戦闘にでも発展したら、恐らく収拾はつかなくなる。それを防ぐためにも、動ける人間がスタンバイしておかないといけない…。)
近衛隊がどのように行動を移すのか判然としない以上、タギツヒメや近衛隊によって負傷した分の減少した戦力を補った状態のほうが、万一の不測の事態にも備えられる。…建前ではこう言えるが、彼の本音と身の入りようはどうも違うところにあるようだ。先日、綾小路の一部生徒を保護した*2こともあって、彼のメンタルの方もダメージを負ったままであった。
「◯◯さん、ちょっといいですか?」
「あっ、ああ。何だ、水沢。」
不意に姫乃から声を掛けられる彼。彼女が手招きするので、在席する机まで歩み寄る。
「この資料とこの封筒、衛藤さんに渡してきて欲しいのですが、今大丈夫ですか?」
「えっ、俺が?」
「アンタが少しくらい抜けてもヘーキよ。むしろ、少し空気を入れ換えたいしねぇ。」
「事務作業はちょっとばかし進めておくから、◯◯、席は外しても大丈夫だぞ。」
残りの同僚二人からも離席の許可を貰ったので、断る理由も無くなった。彼が姫乃の頼みを拒否しないのであれば。
「…はあ。分かった。少し席を離れる。何かあればすぐに携帯に電話を寄越してくれ。行ってくる。」
姫乃から依頼の品を受け取ると、彼は駆け足で可奈美を探しに部屋を後にする。
彼の去った部屋では、里奈が廊下の様子を確認していた。彼の姿は、もう見当たらない。
「行ったか?」
「みたいね。…姫乃、ちょっと助かったわ。」
「はて、何のことですか?」
「さっきまでの重い空気を変えてくれたことよ。…まあアイツ、若干浮ついている感じもあったしね。少し気分を入れ替えるのには、いいタイミングだったんじゃないかしら。」
「…というか◯◯、なんで衛藤と付き合っていることを未だに黙っているんだ?多少何かあった、ってのが分かるくらいの雰囲気の変わりようだったが。」
「…………え、ちょっと待って。糸崎、今アンタ何て言ったのよ?」
「いやだから、なんで衛藤と付き合っていることをアイツは黙ったままなんだって。……って、オイオイ中島!何で俺に詰め寄るのさ!ねぇ!顔怖いんだけど、ちょっと!」
般若の形相で誠司の胸ぐらを掴み上げながら、なお里奈は誠司を問い詰める。
「…何、また私、重要なことを告げられずにハブられたってことかしら?えっ?どうなのよ?」
「里奈さん、それくらいにしておいてあげてください。糸崎さん、失神しかけてますから。」
姫乃からそう言われて誠司へ顔を正面に戻すと、泡を吹いてクラクラした雰囲気の彼が目に飛び込んだ。慌てて、胸ぐらを掴んだ両手を離す。誠司の身体は、人形のごとくその場に崩れ落ちる。
「あっ!ゴメン糸崎、やり過ぎた!」
「…………後でアイツに、何か奢らせるかな…。」
普段の被害担当になりがちな誠司。ただ、彼も里奈に対して反論する武器はあった。
「と言うかな、中島。アイツ、俺や水沢にも衛藤とのことはまだ話してないぞ。勘違いしているようだから今言っておくが。」
「…………は?」
その言葉に、気の抜けた声を発した里奈。
「俺は何となくだが、早希と一緒にいる時のような空気の変化を、あの二人から感じ取っただけだぞ。どちらからもまだ、何も言われてないし。」
「私はさっきの◯◯さんの表情で、それを確信しましたけれどね。半信半疑の時は確実な証拠が上がってくるまで、私は基本沈黙で中立ですし。……というか、里奈さん、ちょっと鈍過ぎませんか?」
「……フフッ、フフフフッ。アハハハハハッ!……あーちきしょう!私、穴が有ったら飛び込みたい気分よ!」
他の二人は気付けていたのに、これでは自分一人だけが間抜けではないか、と絶望したくなった里奈。
姫乃は、寿々花から以前漏れ聞いた、平城生は直情径行な性格が多いのか、という意見に何となく一定の理解が及んだ。里奈の戦闘時と平常時のギャップが凄いことは、確かに認めるが。
彼のいない職場は、そんな風なちょっとした騒動となった。
可奈美の姿は、仮想訓練施設のシミュレーター内にあった。つぐみ*3に頼んで、鎌府の設備を借りていたのだ。
『衛藤さん、お疲れ様でした。一旦これで終了です。』
「…はあっ、…はあっ。…播さん、もう一度お願いできますか?」
『流石に、一度休まれた方がいいですよ?既にぶっ続けで四戦されていますから、このままでは身体の方が保ちませんよ。』
「…っ、でも、まだ動けます!もう一回――」
『可奈美、一旦休め。』
「…その声、◯◯さんですか?」
『ああ。可奈美、今はちょっと熱が入りすぎているみたいだな。あまり熱くなりすぎても、伸びるものも伸びなくなる。少し、冷ましたらどうだ?』
「……分かり、ました。」
写シを解き、《千鳥》を鞘に納刀する彼女。設備の出口へと足を向けた。
襲撃後初めて可奈美と会った彼だが、彼女の顔は暗く曇ったままだった。
つぐみの厚意により、コントロール室内にあったテーブルへと可奈美を案内し、座らせる。そのまま彼とつぐみも一度腰かける。
「…大丈夫か、可奈美。」
「……さっきは、ごめんなさい。ちょっと冷静さを失くしてたみたいで…。」
「いいや、気にすることはないさ。つぐみ、ちょっとお湯と紙コップ借りるぞ。」
「いいですよ。私は席を外した方がいいですか?」
「いや、大丈夫だ。お茶を淹れるつもりだし、何だったら居てくれ。二人きりはちょっと荷が重くてな…。」
電気ケトルに水を入れ、沸騰を待つ。
「…私、悔しかったんです。目の前でタキリヒメが斬られて、何もできなくて。歩ちゃんも、どうしてタギツヒメの方に付いているのか分からなくて。それで守るのも邪魔されて。……私、こんなに何もできなかったっけ、って。」
「可奈美…。」
「…○○さん、私は何かお菓子を取ってきますね。」
「あっ、ああ…。」
つぐみは一度、二人から離れた。それにより、二人きりの時間が流れ始める。
彼はそっと、彼女の言葉の否定から入った。
「……何もできなかった、って可奈美は言うけどな。俺はそれ、違うと思うぞ。」
「…えっ?」
「可奈美は、少なくともあの時、あれ以上の被害を出さないように立ち向かった。聞けば、舞衣達はS装備を着て近衛隊と対峙したのに、可奈美はそのまま近衛隊と打ち合って迎撃にあたったんだろう?それでなお、押し返した。……それだけでも、可奈美が凄い刀使だってことが客観的に分かる。…それに、タキリヒメに、可奈美自身の思いの丈をぶつけたんだろ?」
「……あれが正しかったのかは、今では分かんないけれどね。…もっと打てば、分かったのかな。タキリヒメのこと。」
「そうかもしれない。…でも、起こってしまったことを言っても、結果は変えられない。残された俺たちに今できるのは、タキリヒメが捨てなかった『人間の可能性』ってヤツを、タギツヒメにぶつけることだろうよ。…例え、その過程で俺が死に目に遭うことになろうとな。」
「!?―そ、それはダメだよ!」
「……冗談にしては少しキツかったな。…でも、溜め込んでいる可奈美の感情を、全部でなくていい、ほんの一部でもいいから俺にぶちまけてもらえたら、俺は嬉しく思う。それで可奈美が立ち上がれるなら、幾らでもサンドバッグになってやる。」
「…むしろ、◯◯さんこそ、もっと私に言ってくださいね。時々、辛そうな顔をされていることがありますから。」
テーブル上で組んでいた彼の両手に、可奈美も両手を上に重ねる。
「…これじゃ、どっちが励ましているか、分かったもんじゃないな。」
「ふふっ、そうだね。」
その時、ちょうどお湯の沸く音が流れる。
「さて、それなら俺も身体を温めたら少し動くとするか。」
「◯◯さんもバーチャルの訓練をやられるつもりですか?…何か、持ってきていらしてるんてすか?」
「それならコレと、コレか。」
腰に差している高硬度のスタンバトンと、ゴム弾入りの拳銃を、おもむろに取り出した。
「あ、すっかり忘れていたんだが、この二つの資料を可奈美に渡しておくわな。」
「いつも、ありがとね。後で目を通しておきます。」
可奈美はそれを受け取ると、立ち上がった彼の動きを目で追う。色々な動きに対して敏感になってきていることは間違いなく、彼女の感覚がより鋭敏になってきていることの一端が表れていた。彼はまだ、それに気付いていないようではあったが。
彼は沸騰し終わったケトルからお湯を注ぎ、彼、可奈美、今は離れているつぐみの分のお茶を淹れていく。
可奈美の前へ、ティーバッグの紅茶を差し出すと、彼は先に飲み出した。そのまま、会話を続ける。
「つぐみが戻ったら、俺を例にして一般の特祭隊員がどこまで荒魂とやり合えるのか、っていうのを試してみるのも悪くなさそうだ。これなら、安全に戦闘評価ができるしな。」
「…◯◯さんは、…その、怖くないんですか?綾小路の人とその…、撃ち合いとかになったりしたら。」
「怖いさ、勿論。」
着飾ることなく、率直なことを言う彼。
「でもな、俺が今もっと怖いと思っていることがある。…可奈美、君がもし死に直面するようなことが起きたときだ。特に、可奈美達が話してくれた近衛隊の状況を鑑みれば、単なる斬り合い…、いや綺麗事だな。それでは済まない、死人を伴う武力衝突に発展する可能性が極めて高い。」
「えっ、でも、なんでそんなことに」
「なるのかって話だろ?…映像でも確認したが、今近衛隊に所属している綾小路の刀使達は皆、正気とは思えない行動を起こしている。同じ刀使である可奈美や姫和達に、何の躊躇いもなく斬りかかってきている。…君達の覚悟が柔なものじゃないことは、あの鎌倉の夜にはっきり示してくれた。だが、今回はそれとはまた違う。刀使同士が死にかねない危機的状況なんだ。……それでもし、可奈美が命を落とすようなことが起きたらと思うと、俺は……。」
次の言葉は、続かなかった。いや、続けたくなかったが正しいのだろう。
刀使の殉職率、負傷率ともに下げるべく動いてきた彼にとって、今回のような事態はあまり考えたくもない話であった。しかし、もし何も手を打とうとしなければ、はっきりと異性としての好意を示してくれた彼女を、突然失いかねない事態に発展することが容易に想像できた。これは別に彼に限った話ではない。誠司のように、刀使を恋人に持つ人間であれば、近衛隊の今後の行動いかんによっては、彼女といきなり今生の別れになる可能性を否定できないのである。
だからこそ、最悪の最悪に備えることが求められるのだ。目の前の
「…◯◯さんって、やっぱり真面目な人ですね。」
「……そんなことは、ないさ。ただ、当たり前のように可奈美が笑顔で『ただいま』って帰ってくる、俺はそんなやり取りをずっと続けたいんだよ。……って、これだとただの口説き文句だな。」
「…私、◯◯さんを好きになって良かったって、今のやり取りで改めて思いました。…正直、まだ歩ちゃんのこととか、タキリヒメのこととかで感情がグチャグチャでもやもやしてますけど、◯◯さんのブレなさに少し救われました。」
「……好きな娘に、ただカッコつけたいだけかもしれないぞ?」
「それならそれでもいいですよ。でも、◯◯さんは不器用ですから、そんなことを自分からするのは難しいんじゃないですか?」
「…何かディスられている気が…。」
「気のせいですよ。…◯◯さんの淹れたお茶、やっぱり美味しいです。」
「市販品だけどな。」
「それでも、ですよ。」
可奈美は、少しだけだが、彼と話したことで感覚的な重荷が減ったように感じた。彼女に押し込められた暗い感情が、完全に戻っていくのはまだしばらく先の話になるが、その流れを生む掴みとしてはいい結果となった。
しばらくして、研究室からお菓子を取りに行っていたつぐみが戻ってきた。
「おや、衛藤さん。何かいいことでもありましたか?」
「ううん、何にもなかったよ?ねえ?」
「あっ、そうだな。」
「むむむぅ~、その意味深な発言は気になりますが、ひとまずこの辺のお菓子、お二人とも如何ですか?」
つぐみが差し出してきたのは、一風変わった見た目をした袋。お菓子というには、栄養補助食品に近いカラーである。
「……それ、珍味とかだったりしない?大丈夫か?」
「まま、そこはお気になさらず。ささ、どうぞ。」
「じゃあ、いただきますね。」
可奈美が一つ、個包装されたそれを開き、食べる。
「…あ~、◯◯さん、これ美味しいですよ。すっごく疲れが吹き飛ぶような感じがしま……」
突然、糸が切れたようにバタリと机に突っ伏す可奈美。
「か、可奈美っ!?」
「……す~っ、す~っ…。Zzz……。」
慌てて彼女の状態を確認すると、寝息をたて始めていた。
「衛藤さん、お疲れだったようですね。…このお菓子、強力な睡眠効果のあるものだったので試してみましたけれど、この効果は本当だったみたいですね。」
「…心臓に悪いから止めてくれよ…。…でも、つぐみには感謝するわな。」
「と、言いますと?」
「可奈美の自然な寝顔。…せめて、こういう時くらいは緊張もない顔で眠っていてほしいんだよ。」
「…襲ったりしないんですか?」
「し・ま・せ・ん!!―可奈美が泣くようなことは、俺もなるべく避けたいからな。だから、やらない。」
断言にも等しい拒否。
同時に、つぐみは理解した。自分の考えているよりも、彼は可奈美のことを大切に想っているのだと。
だが、運命のクリスマスイブまでに残された、二人が共に居る時間は刻一刻と減り続けていた。彼が物理的に動けなくなる時も同時にである。
別れの時は、二人の知らぬ間に迫る。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
次回はこの流れで後編となります。
…書く勘が鈍っていますね、やっぱり…。(執筆中に思ったこと)
それでは、また。