刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は寿々花編 その4をお届け致します。
…前回の真希編同様、今話も一話辺りでは最長になりました。
申し訳ありません…。

それでは、どうぞ。


⑥ トラブルはつきもの

 ー刀剣類管理局本部 控室ー

 

 紫の警護任務を交代して行っている、親衛隊の面々。

 結芽はどちらかといえば、警護というよりもじゃれ合い(斬り合い)をやっているようなものだが、それでも体面上は皆職務をこなしている。

 

 控室に居た寿々花は、部屋の静かさにどこか慣れなかった。

「一人でこうして過ごす時間も珍しいですわね…。」

 誰かと話すことの方が多いこの空き時間だが、今は真希と結芽は鎌府の剣道場へ鍛練に、夜見は紫の警護にそれぞれあたっていた。

「…少し、本部を回りましょうか。」

 何もせず居るよりは、他の部署の様子などを見る方が良いかと思った彼女。

 ソファーから立ち上がると、そのまま部屋を後にする。

 

 

 

 

 ー刀剣類管理局本部 作戦指揮室ー

 

 首都圏で荒魂が出現した際に、直接指揮が執れるようになっているこの部屋。

 非常時には、オペレーターや本部の各部署から、多くの人間が慌ただしく詰めることもある。…主に陣頭指揮を執る高津雪那鎌府学長の人間性はさておき、事態を収拾しようと考えているのは皆同じであるため、時には衝突することもあるがおおよそ円満に物事を運ばせることが多い。

 そんな部屋も、平常時は数人の男性職員がパソコンのディスプレイとにらめっこをする程度には静かである。

 

「お疲れ様ですわ。」

「親衛隊の方ですか!?…一同、敬礼!」

 急な訪問だったが、詰めていた彼らは寿々花の姿を見るや、立ち上がり敬礼をする。

「そう畏まらず、楽にしてください。単に見回りでここに寄っただけですわ。」

「何を仰いますか!紫様を守る親衛隊は、それ即ち紫様の分身と同義ですぞ!これくらい、挨拶としてはヌルい程です。」

「…分かりましたわ。ともあれ、皆さん職務に戻ってください。」

 彼女の声かけに応じ、職員は席に座り直す。

「それで、何かめぼしい情報は何か入っていますの?」

「でしたら、これでしょうかね。」

 一人の男性職員が、寿々花に一枚のプリントを手渡す。

「…これは…。」

 彼女は思わず、目を見張った。その文書の事実如何によっては、重大な事態を引き起こすかもしれないと感じたのである。

 

 

 

 

 場所は打って変わって、彼の所属する部署。今、職場には彼しか来ていない。

 というのも、他の三人は昨日から、美濃関学院の荒魂対策用の諸装備の抜き打ち点検・調査に向かっていた。全校を見て回るため、帰ってくるのは早くとも今夜とのことだった。

「糸崎からは三原との惚気話、中島からは職務をキチンとやるよう言われ、水沢は向こうでの進捗状況と今どうしているかの説明…。三者三様とはこういうことか。」

 いつもなら、ここに四人揃って色々話しながら仕事を進めているのだが、独り身だとどうもパソコンのキーボードを叩く速度が遅くなる。体感的なものなのかもしれないが。

「……静かな空間もいいかと思ったんだが、なぜだか孤独感を増長させているような気がしないでもないな…。」

 舞草に入り、美濃関から本部に引き抜かれて紆余曲折あったなかで、仲間も増えた今の居場所も悪くない、とその自身の実感が正しかったようにも思えた。

 

 

 コンコン

 

 

 そんな静寂さに終止符を打つノック音が、部屋に響く。

「…来客か?は~い。」

 ドアノブに手を掛ける彼。てっきり完全に閉まっていると思っていた彼は、ノブを捻ったままドアを押し出そうとする。

 …だが実際は、捻った際に本来あるべき感覚が無く、そのまま扉が開かれる。中途半端に閉まっていたのだ。

「ウソだろ!」

 加減しようにも空を切った腕の力は、ダイレクトにドアに伝わっていった。

 

 

 予期しなかったのは相手も同じだった。

「あいたっ…。」

 扉が頭と接触する。

「大丈夫ですか…、って寿々花!大丈夫か!?」

 扉に接触したのは、先程まで作戦指揮室に居た彼女であった。

 額の辺りを左手で押さえていた。

「……。少しドアに近づき過ぎましたわ…。」

「悪い…、こっちの確認ミスだ。頭は大丈夫か?」

「ちょっと当たっただけですわ。心配に及ぶ程では…。…な、何ですの?」

 前置きなく、彼女の顔に首を近づける彼。

「おでこがちょっと赤いな。取り敢えず、部屋に入ってくれ。…わざわざ君が来たってことは、何か話もあるんだろ?」

「…まあ、その通りですわ。…お邪魔致しますわ。」

「今は俺以外誰も居ないけどな。」

 今度はきっちり扉の閉まった音を確認する彼。

 そして、寿々花を応接用の椅子に座らせる。

 

 

 

 

「救急箱は…、あった。」

 ガラス棚から救急箱を取り出し、応接用のテーブルの上に置く。

「一々大袈裟ですわ。…これくらい、数時間すれば治りますのに。」

「そうは言わず、な?適切な処置をしておけば、怪我もより早く治るだろうし。…前、失礼するぞ。」

 箱から湿布を取り出すと、当たったであろう額の赤くなった部分に合わせるように切り出し、すっと貼る。

(真希さんはともかく、こうして触ってくるのは貴方くらいですわね…。)

 治療中、そんなことをぼんやり考えていた彼女。

「一応、包帯も回しておくぞ。歩いている時に湿布が剥がれても大変だしな。」

「平気ですわ。」

「…その髪に引っかかったら、外す時にもっと大変だと思うぞ。」

「…はぁ。お好きにどうぞ。」

「前後失礼するぞ。」

 本来なら髪をたくし上げて包帯を巻いた方が良いのだが、親衛隊第二席、いやそれ以前に乙女に対しておいそれと触るのは、彼自身の心理的抵抗感が強かった。

 そのため、鉢巻のように一部の髪を押さえるような形となった。

「痛くないか?」

「いえ。…やけに手慣れてますのね。」

「まあ、衛生課や医療班の人間が来るまでの間に、自分らで出来ることはやっておきたいからな。…これでよし。」

 傍目から見ると刀傷でも負ったのかと言われそうな処置だが、やむを得なかった。

「…ありがとうございます。」

 

 

「…それで、寿々花がここに来た理由は、一体何なんだ?」

「先にまず、この資料に目を通して頂きますわ。」

「これは…、刀剣類管理局(ウチ)の施設一覧か?その割にはえらく薄いが。」

 コクリと頷く彼女。そのまま、話を続ける。

「その文書内の一ヶ所の施設で、荒魂の反応があったとの報告が有りましたの。」

 蛍光ペンで引かれたその箇所に目がいく彼。

「…寿々花、一つ聞いておきたいんだが、その施設って何らかの研究とかやってたのか?」

「……正直に申し上げますと、ここは鎌府が以前管理していた場所ですわ。ですので、そこで行われていたことに関しては、私達親衛隊でも関知していませんの。」

「ふむ。…なら、調べてくるか。」

「お待ちなさい。まだ話には続きがありますわ。」

「何か問題でもあるのか?」

「装備自体は何を持っていっても構いませんわ。但し、今回の調査には私も同行させてもらいますわ。」

「紫様から許可を貰ったのか?」

「勿論ですわ。夜見さんからは、気を付けるようにとも言われましたが。」

「…まあ単独で行くのも、どうなのかとは一瞬思ったしな。…寿々花は、俺と一緒で平気なのか?」

「…見知らぬ殿方に比べれば、まだ良いですわ。それに、貴方の仕事ぶりを目の当たりに出来るいい機会ですし。」

「分かった。車は管理局の奴でいいか?」

「ええ。山に登るかもしれませんので、それ向けの車をお願いしますわ。」

「んじゃ、後で駐車場で会おう。ちょっと準備してくる。」

 二人は一旦別れて、それぞれで書類なり装備なりを整えてくる。

 

 

 

 

 三十分後、刀剣類管理局本部の駐車場に一台のSUV*1がやってくる。

 その車から降りた彼は、後部座席に置いた装備を確認する。

「C4爆薬と起爆装置一式、自動拳銃に弾薬、それと非常食…。こんなもんでいいか。」

「…意外と重装備ですのね。」

 合流した寿々花は、積まれたモノを見ながら素直な感想を述べる。

「無人のはずだが、もし扉が開かなかったりした時の備えはしておきたいしな。」

「まるでキャンプに行くみたいですわね。」

「ここまで物騒なモノしかないキャンプも勘弁だけどな。…バッテリーも積んでおいたから、携帯の充電も気にしなくていいはずだ。」

「では、参りましょうか。」

「ああ。」

 両側の前扉からSUVに乗り込む二人。彼の運転のもと、不穏な情報のあった施設へと向かう。

 

 

 

 

 鎌倉を発って首都高を経由し、東京湾アクアラインへと進む車。運転に集中する彼は、バックミラーを通して寿々花の姿を見る。

「寿々花、ふと思ったんだが。俺がこのまま、君を連れ去るというようなことは考えなかったのか?」

「お生憎様で。…そもそも、御刀を持っている私を連れ去れると本気でお考えなら、それはそれで興味深いお話ですが。」

「…ある意味、信用されているようで良かった。」

「さあ、どうでしょうか?少なくとも、貴方が欲の赴くまま動くような人間ではないことは、確かのようですけれども。」

「…ま、確かに欲は少ない方なのかもな。名誉とか地位とか、そんなものはどうでもいいし。」

「私達の耳にも入るほどにはご活躍なさっているにも関わらず、ですのに?」

「俺は日陰者で充分だ。目立つのは刀使やそれをしっかり支える人間でいい。そこに俺は入るべきではないしな。」

「…変な人ですわ。」

「地位や力に溺れて呑まれるよりも、粛々と仕事をこなしている方がどうも性に合うみたいなんでな。…寿々花も、親衛隊だからといって胡座をかいている訳じゃないだろ?それと一緒さ。」

「真面目なのは良い傾向ですが、だからといって無茶をなさるのだけは程々にして頂かないと困りますわ。」

「…なるべく、善処しよう。難しいが。」

 ドアガラスに向かって、少し呆れ気味に溜め息を吐く彼女。

 

 そして、前方に顔を向けなおすと、再度口を開く。

「ふと、疑問に思ったのですが。…貴方にお付き合いなさっている方はいらっしゃいますの?」

「……居るように見えるか?」

「だからこそ、敢えて聞いておりますの。」

「…居るわけ無いだろう。」

「あら、意外ですわ。てっきり、居るものかと。」

 その言葉に少し苦笑する彼。

「冗談はよしてくれ。こんな男の何処に好意を抱く要素があるんだ?」

「…まあ、確かにそうですわね。」

 地味にディスりにかかる寿々花。

「真希さんも大概ですが、貴方も乙女心というものが分かっていないところが多々ありますもの。」

「…否定出来ないな。そこは。指摘されて気がつくのが多いのは確かだ。…細やかなところにまで、意識が向かないというのもあるだろうけどな。」

「貴方の場合、反応が鈍いことも相まって、刀使達を酷く落ち込ませることもありますのよ。」

「…そういう意味じゃ、彼女達に申し訳ないことをしているな。俺は。」

 

 寿々花は前髪を弄りながら、ただ、と言って話を続ける。

「貴方の場合、それを打ち消す程の動きを彼女達に示して見せますわ。気を回されるのは得意ではない癖に、貴方自身が気を回すのには躊躇なさらないですのね。」

 それに対して、うーん、と唸った彼は少し困惑気味だった。

「言う程やっているか?…せいぜい、寿々花も含め彼女達が必要そうなモノとかコトとかを渡したりする程度だぞ。」

「…しらを切るおつもりなのか、本当にお気づきになっていないのかは知りませんが、少なくとも結芽に懐かれている時点で、普通の人間ではありませんのよ?」

「そんなまさか。刀使のような力、特別な力なんて俺には無いぞ。…俺自身は普通の人間だと思っているし、何より刀使やサポートを行う娘達に気を向かれるような人間ではないだろう。」

「…それでも構わないのなら、そのままでもよろしいですわ。鈍い人ですわね…。

 こんな感じでネガティブな発言を飛び出させるような男が、まさか自身と敵対関係である舞草の人間であったとは、当時の彼女には分かるはずも無いことだった。

 

 

 

 

 ー東京湾アクアライン 海ほたるー

 

 別名、木更津人工島とも呼ばれるこの場所。川崎方向から進んできた車を一旦停め、休憩に入る。

 展望デッキ付近で潮風を浴びていた寿々花は、欄干に体をもたれかけていた。

「トンネルから出た後のこの解放感…。やはり鬱屈した空間は合いませんわ。」

 周囲が海で囲まれているのもあって、多くの貨物船やタンカーなどが往来していた。

「真希さんと一緒に来ても良さそうですわ。写真映えしそうなところですし。」

 下階には、東京湾アクアラインを建設する際に使われたシールドマシンのモニュメントが置かれていた。その辺りでは何名かが写真を撮っている様子が見える。

 遠目から、その風景を見ていた彼女。

 

 

「ひゃっ!」

 

 

 そんな彼女の首に、冷たい感触が伝わる。思わず驚き、声を上げる。

「あっ悪い、寿々花。飲み物買ってきたから渡そうと思ったんだが…。…結構、可愛い声を出すんだな…。」

 両手にラージサイズの紙コップを持つ彼が、そこにはあった。

「…お命を支払うご覚悟はありまして?」

「ちょ、ちょっと待て寿々花!確かに少し驚かしてみようという、魔が差した部分があったのは認めるが…。って、ストップストップ!柄に手をかけないで!」

 かなり実力公使に出かけた彼女。…流石にこの公共の場で抜刀する気もなかったが。

 

 

 少し時間を置いたことで、寿々花も冷静さを取り戻す。

「…全く、貴方という人は…。」

「…すまない。…ただ、無警戒だなぁとは思ったけど…、嘘ですごめんなさい。」

 一瞬の殺気を感じ取り、直ぐに謝罪する彼。

「…まあ、良いですわ。」

 そう言って、ストローを口に含む彼女。

 

 ズッ

 

「…!このジュース、美味しいですわね。」

「あっ、ああ。下の階で買ったやつだ。疲労にも効くらしい。」

「…こういうところですのに…。」

「?寿々花、何か言ったか?」

「何でもありませんわ。…飲み終わってしまいましたわ。」

 空になった紙コップを見下ろして、そう言った寿々花。

「発つ前に、一つ買っていっておくか。俺がその分は出すよ。」

「貴方の分はどうなさいますの?」

「俺はいい。スポドリも買ったし、今はこの残りを飲むだけだからな。」

「そうですの…。」

 少し残念そうな彼女。彼は、自分が出すというのに、どうしてガッカリ気味なのかが分からなかった。

 

 

 

 

 

 海ほたるを出発後、木更津を経由し南房総にある件の施設へと向かう。

「一応、カーナビには載っている場所なのか。」

「仮にも国の絡む施設ですわ。大抵のものは載っている筈ですけれども…。」

「…段々、山深くなってきたな。」

「本当にキャンプ道具でも持って来た方が、よろしかったのでは?」

「正直、何も無く帰れるなら、それに越したことはないさ。…げっ、舗装が途切れてやがる。」

「高津学長は一体、こんな場所で何の研究がしたかったのかしら?」

「さあな。…だが、だいたいこんな僻地に作る場合、安全のためか、もしくは…。」

「見られたら不味いものを扱っていたか、ですわね?」

 二人の見解はこうしたところで一致する。

「…もう少し、色々積んでおくべきだったな。」

「引き返しますの?」

「戻りたいのも山々だが、生憎車を転回できる場所も無さそうだ。…このまま、目的地まで突っ切るぞ。」

「安全運転でお願い致しますわ。」

「もとよりそのつもりだ。…この不安が、杞憂であってくれ…。」

 砂利道を、砂埃を立てながら突き進むSUV。

 今更ながら彼は、寿々花の提案はこうした状況を想定していたものだったのだろうか、とも思い返すのであった。

 

 

 

 

 ー千葉県某所 鎌府女学院 旧研究施設ー

 

 山を越え、谷を越えること一時間以上。

 目的の研究施設へと辿り着いた二人。

「よし、着いたか。…寿々花、少しここで待ってもらってもいいか?」

「構いませんが、理由をお聞かせ願えますか?」

「万が一の時に備えてだ。…十五分経って戻ってこなかったら、折神家か他の親衛隊の面々に連絡を入れてくれ。…当事者の鎌府は、今回当てにならん。」

「…分かりましてよ。」

 

 念を押すように、彼は寿々花に伝える。

「エンジンは掛けたままにしておく。衛星電話を置いておくから、不味い時は寿々花一人でも逃げろ。」

「仮にも親衛隊でしてよ?もしも荒魂が出現した時に、そんな腑抜けた行動、取れませんわ。」

「…これは本部の人間の立場ではなく、俺個人からのお願いだ。もし一対多になった場合、俺はむざむざ君を死なせるようなことなど、望んでいない。……頼む。」

 彼女に頭を下げる彼。極低確率でも可能性があるだけに、刀使としてではなく、一人の少女のことを優先したかったのである。…当の本人には、お節介なことも承知の上であるが。

 

 

 その言葉を聞いた寿々花は、ふうっと息を吸い、ゆっくり息を吐く。

「……仕方ありませんね。貴方は、言い出したら聞きませんものね。十五分と言わず、三十分でもよろしいですわ。…生きて戻ってきなさい。私からの指示はそれだけですわ。」

「ああ。…行ってくる。」

 車の荷台に積んだC4爆薬と起爆装置、自動拳銃を持ち出し、彼は施設へと向かっていった。

 

 

 

 

「入口はシャッター式か…。出入り口はどうやらここだけみたいだな。」

 一通り施設の周囲を確認する彼。

 一部は崖になっており、それに沿って建物が建てられていた。

「…何でこんな山中に、ビル状の施設なんぞ建てたのやら。」

 内心、贅沢なほどの税金の無駄遣いだな、と感じざるを得なかったが、そんなことを気にしている場合ではない。

「非常階段と非常口か…。建築基準法は守られているようだな。…階段で上がれる最上階まで行くか。」

 車から離れる際にリュックを背負ってきたので、そこまで動きにくさは無いが、流石に肩への負担は重かった。

「問題は開くのか?」

 最上階の非常口まで来て、そんな懸念もあったのだが、扉はあっさり開く。

 

 

 内部の電気は完全に落ちていた。手元に懐中電灯と自動拳銃を持ち、慎重に進む。

「天井走行クレーンか…。研究施設だよな、ここ?」

 階を下りるに従って、変わった設備がある以外は、特に危険性も無いように思えてきた彼。

「スペクトラムファインダーは今のところ異常なし、と。」

 屋内で使うことは稀だが、居るかもしれないという状況のなかでは、これが頼りになる。…筈だった。

 

 

 

 

 ギャアァァァーッ!

 

 

 

 

 反応には無かった筈の、荒魂の唸り声だった。

「…嘘だろ…。逃げ場は…。クソッ、暗くて何も見えやしねぇ!」

 音源からして、かなり近くに居ることは間違い無かった。だが、僅かな灯りだけでその居場所を掴むのは不可能に等しいものだった。

(…落ち着け。窪みか何か…、ツルツルなまでの壁かよ畜生!)

 

 

 絶対絶命。

 見えない恐怖が目前まで迫った、その時だった。

 

 

 

 

 タッタッタッ

「はあっ!」

 

 

 

 

 暗闇に光る、橙色の火花。

 ドサリという鈍い音がした後、刀を仕舞う際のカチンという鋭い音が、彼の耳に届く。

「無事ですの?」

「…その声、寿々花か?」

「嫌な予感が致しましたので、後を追わせて頂きましたわ。…待っていろと言われておきながら、情けない話ですわ。」

「いや、来てくれてありがとう。…また、刀使に命を救われたよ。」

「で、如何致しますの?」

「寿々花、出口は分かるよな?」

「ええ、まあ。」

「一度退こう。…割と集団で行かないとマズいかもしれない。」

「分かりましたわ。…ノロを回収できないのは、残念ですけれども。」

「命あってのものだ。…帰れば、また来られる。」

 

 

 結局、この日は戦術的撤退。

 後日、美濃関と鎌府の合同部隊が施設内部の洗浄(・・)作業を行い、施設の安全は確保された。

 

 

 

 

 それから数日。

 パソコンと向き合う彼の表情は冴えない。

「結局、何もかも有耶無耶になったな…。」

 寿々花との任務も新鮮味があって良かったのだが、その良い思い出も後味が苦いもので終わった。

「…あの時、寿々花が来てくれなかったら死んでいただろうな。…だが。」

 なぜ、スペクトラムファインダーは感知しなかったのか。単なる故障なのか、それとも…。

「…まっ、いい写真も撮れたし、嫌な記憶は一旦頭の片隅に追いやろう。」

 

 

 そう言った彼のスマホ画面には、海ほたるで撮った、自然体な雰囲気を出す彼女の姿があった。

*1
Sport Utility Vehicleの頭文字より:日本語訳ではスポーツ用多目的車。欧米では主流の車種の一つである。




ご拝読頂きありがとうございました。

今話では一部、アニメにも繋がる要素をちりばめさせて頂きました。
…その割に胎動編の辺りを全然書いていない気が…。
(後々ちゃんと書きますので…。)

最近になって、とじともに初めて課金をさせて頂きましたが、ガチャのすり抜けの怖さを身をもって体感した筆者でございます。

感想等ございましたら、感想欄・活動報告にて対応させて頂きます。

次回は紫編になります。
それでは、また。
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