刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。
今年の書き納めとなる投稿になります。

今回は寿々花編その6 後編をお届けします。

それでは、どうぞ。


⑩ 攻防のプールサイド 後編

 ーサンシャインプール 流れるプール付近ー

 

 博多湾からの潮風が背中に向かって強く吹くなか、寿々花や綿花などの刀使、そして特祭隊員達は非常時のマニュアルに沿い、プールの利用客や従業員達を避難させていた。

 

「落ち着いて避難してください!荒魂が来るまではまだ時間があります!」

「公園の南側へ向かって、避難してください!」

「特祭隊員は鶴翼の陣形を整えろ!○○(彼の苗字)隊長が来るまでの間に、発砲ができる段階までに準備を整えろ!」

「「了解っ!!」」

 水着姿の刀使と、現場で即座に戦闘服を着る特祭隊員達。刀使達も既に御刀を構えて、写シも張った状態で荒魂との戦闘に備えていた。

 

 

「タイミングが悪過ぎる!くっそ!」

 その頃、少し離れた位置にいた彼は、荒魂の声を聞いて急ぎテントの方へと戻っていた。

「福岡の部隊は、マニュアル通りの対応が取れているんだろうか…。」

 一番の気掛かりなところはそこであった。刀使と特祭隊員達との連携が取れなければ、刀使はもとより特祭隊員、更には民間人への被害が出てしまう。

 

「悪い、遅くなった!」

「◯◯隊長!部隊の攻撃準備、完了しています!」

 彼の懸念は、案外杞憂で終わった。既に戦闘態勢が取れていたのである。

「刀使達は!」

「もう戦闘に入っています!」

「なら、荒魂をプール側へ引き寄せて、全方向から抑えるぞ!」

「了解!」

 刀使部隊の隊長である寿々花との連絡手段が無いことに、若干の不安はあったものの、ともかく部隊の再配置を急いだ。

 

 

 

 

「荒魂を挟み撃ちにしつつ、攻撃を継続しなさい!そこ!気を抜くとやられますわよ!!」

 一方、寿々花の方はというと、荒魂討伐に慣れた刀使とそうでない刀使とでの練度差が目立っていた。こればかりは経験がモノを言うためにどうにもならなかったのだが、刀使のみで相手をするには少々不利なものとなっていた。

 

「マズいですわね…。荒魂自体は、簡単に倒せる方のサイズであるのですが。」

 

 極端に大きなものではないため、彼女の分析も当たってはいた。問題があるとすれば、後方の特祭隊との連携が取れないところがそうだろう。

 

 

「水科さん!私と共に後ろから回りこみますわよ!」

「はっ、はい!」

 綿花と共に、寿々花は攻撃が手薄な荒魂後方へ向かった。

「!?―これでは、攻撃できませんわ!」

 だが、寿々花にとっても想定外なことが分かった。

 この荒魂、サソリのように尾部が異常に長かったのである。迂闊にそこへ攻撃をしようものなら、ハエ叩きの要領で此方がやられかねなかった。

「此花さん!どうしますか!」

「…荒魂の前に戻りますわ!早く!」

 

 幸いなことに、尾部が長過ぎたことで大半は海上に伸びていた。寿々花は、荒魂の胴体部分のみが陸上にあるうちにカタをつけようと考えた。

 水着姿の彼女達は、普段と比べかなり動きやすいものではあったのだが、実質身を守るものがない状態であるのに等しいこともあって、刀使全員が、一撃を受けたらかなりマズいということは理解していた。それを含めての実戦演習だとも、紫は考えていたのだろうか。

 

 

 

 

 その頃、部隊の再配置が完了し、前線の指揮を執り始めた彼。

「いいか!交戦中に刀使へ弾が当たるのは仕方ないにせよ、許容範囲は一発だ!目標は全員の誤射ゼロ!分かったな!!」

『『了解!!』』

 荒魂と刀使とが、特祭隊員の援護射撃による射線上で交わるのはどうしようもないにせよ、彼としては出動回数の多くない福岡の部隊であっても、これは尊守してもらいたいところであった。

 

「◯◯隊長、ドローンからの映像が届きました。」

「表示してくれないか?」

「はい。これが、今回の荒魂のようです。」

 上空から撮られた映像からは、サソリのような縦長の荒魂の全景が映し出されていた。必ずしも巨大ではないが、それでも数十mクラスというほどはあろうか。

「……デケェ…。」

「今のところは、刀使の方々が抑えてくださっていますが、荒魂の進行方向の延長線上には、博多港はじめ天神などの繁華街もあります。この僅かな陸地で抑えなければ、被害拡大は必須です。」

 予測を聞いた上で、少し考え込んだ彼。

 

 何か妙案でも浮かんだのか、今回の補佐役の特祭隊員にアイデアをぶつける。

「…サンドイッチとすり鉢、作戦名的にはどっちがいいと思う?」

「……すり鉢じゃないでしょうか。このプールをすり鉢と見立てるのなら、ですが。」

「よし。決まりだな。」

 そう言って、無線機を掴む彼。

「この通信が聞こえている現場の刀使、及び特別祭祀機動隊員へ。これより討伐任務の具体的な指示を伝える。作戦名は『すり鉢作戦』だ。」

『すり鉢、ですか?』

「ああ、特祭隊員は直ちに陣形を組み替え、荒魂を囲むように展開してくれ。刀使達は荒魂と少し距離を置きつつ、特祭隊員よりも前にいてくれ。」

『『了解!!』』

 

 切羽詰まった状態ではあったが、彼の指示を落ち着いて聞いていた人間は、指示通りの展開行動を取っていた。

 …二名を除いて。

 

 

 

 

「はあっ!」

「それえっ!」

 彼のいるテントとの通信手段を持っていなかった、寿々花と綿花。

 このため、他の刀使や特祭隊員の再展開行動に気づいていなかった。

「此花さん!これはマズいです!」

「分かっていますわ!他の刀使との連携を…っ!!」

 通信手段が無いなかで他者との連携を試みながら、紙一重で荒魂の攻撃をかわす。

「くっ…!これでは、連携が取れませんわ!」

「此花さーん!!」

 気付かないうちに、寿々花と綿花は分断されていた。

「はっ、しまっ…」

 その事実を自分の意識のうちに取り込んだ時には、既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の隙を突かれた寿々花目がけて、荒魂の脚部が高速で打ち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 ほぼ時を同じくして。

 ドオーンという衝撃音が、彼のいたテントにまで伝わる。

 

「!?―今の音は!?」

『隊長、大変です!赤髪の刀使さんが荒魂に吹っ飛ばされました!』

「なっ!?」

 今回ここに派遣された刀使で赤髪の者は、一人しかいない。間違いなく、寿々花だ。

「どこに飛ばされたか分かるか!?」

『何とか目で追えました。水柱は見えましたので、恐らく森の湖プールのあたりかと。ただ、我々は荒魂の対処で動けません!』

「…了解。寿々花の方には俺が行く。医療キットとAEDも持っていく。誰か一人、付き添いを頼む。」

「なら、私が向かいます!」

 一人の長船の生徒が手を挙げた。

「ここの指揮は、このマニュアルに沿ってやってみてくれ。上手くいかない時は、各々で考えて動くように!」

「「はい!!」」

 テントに残る人員が、一斉に返事をする。

「あとは、任せた。」

「此花隊長を、お願いします。」

 補佐役の特祭隊員に向けて相槌を打つと、彼は急ぎ寿々花が着水したであろう場所へと走る。

 

 

 

 

(身体が、もう動きませんわ…。)

 水中に没していく寿々花。

 戦闘で疲弊していた状況で、荒魂の攻撃をモロに受けたのである。当然、その時に写シも剥がされてしまった。

 幸いにも、落下地点には水深が比較的浅いプールが広がっていた。しかし、それでも立ち上がることは出来なかった。

(――意識が、遠のいて…、いきますわ…。)

 人間、僅かな水深であっても溺れ死ぬことなど普通にある。彼女もそれは例外ではない。まして、着水の衝撃で《九字兼定》が手から離れた状態では、ただの少女だ。

(……せめて、彼にお詫びの一つくらいは、言っておきたかったですわね…。)

 

 

 徐々に狭まる視界。

 水面から迫る黒い影が見えたものの、彼女の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 ザバーッ!!

「寿々花!おい、しっかりしろ!寿々花!」

 荒魂がまだ暴れているなか、決死の飛び込みで彼女を抱き上げた。水深が浅かったことも、すぐ地面へ彼女を寝かせることができた点においては、好転の兆しとしてあった。

 

 だが。

「―マズい!水を含んでいるのか!?」

 意識が戻らない上に、寿々花の心音が無いようにも思えた。

 普段の彼なら女性の身体にベタベタと触ることを恥じらうのだが、そんなことを意識している場合などではない。

 すぐに胸のあたりに耳を当てるが、音は無かった。

 最早これまでか、そう思いかけた時に同伴の長船の少女が追い付いた。

「○○さん、医療キットとAEDです!」

「助かった!急いで蘇生に移るぞ!」

 彼女が水着姿であったことが、一分一秒を争うこの場においてかなりのアドバンテージとなった。

 そして、いよいよ彼の救命処置が始まった。

 

 

 

 

 

 

 ー数日後 刀剣類管理局本部 医療施設ー

 

「………はっ!」

 急に目が覚めた寿々花。

「…気がついたようだね、此花。」

 白い壁のようなものが広がるなかで、首の向きを左に傾けると、真希の姿がそこにはあった。

「…獅童、さん?」

「僕の顔が分かるのなら、大丈夫だろう。」

 よく見れば、真希は寿々花の左手を包み込むように両手で握っていた。彼女のテーピングの感覚が、どこか安らぎを与える。

 

 

 安堵のため息が漏れた真希は、続けて話をする。

「いや、流石に驚いたよ。彼から、任務中に心肺蘇生をするという通信が入った時は。しかも、相手は君だというし。」

「…私、水の中へ沈んでいったのは覚えていますわ。ただ、そこから先の記憶はありませんの。」

「じゃあ、誰が君を助け上げたのかも分からないわけだ。」

「……そういう、ことになりますわね。」

 

 自身が意識を失っているなかでの出来事なので、もし仮に性的な乱暴がされていたとしても、それは十分あり得ることだと思っていた。

 

 

 

 

 しかしながら、真希の口から語られたのは、全く予想に反したものであった。

「…君を助け上げたのは、○○だ。」

「○○、さん。―あの方が、ですの?まさか、そんなご冗談を…」

「残念ながら本当だ。」

 突き放したような言い方をした真希。

「君を引き上げた時には、呼びかけにも応じない、心臓の鼓動は止まったまま、そんな状況だったらしい。…気道に水が入ったことが原因だったそうだ。」

「……よく私、そんな状態で息を吹き返しましたわね。」

「全くだよ。しかも、その時はまだ荒魂との戦闘は終わったわけではなかったから、迂闊に救急隊も入れなかったそうだ。」

「…それで、彼は一体何をなさったのかしら。」

「……う呼吸。」

「へ?」

「…人工呼吸だよ。」

 発言した真希の躊躇いが、より現実味を持たせる。

「……えっ、な、な、何ですってえぇぇぇーっ!!」

 一瞬思考が固まったものの、冷静な反応を返した寿々花。気まずげな真希の表情が、印象的であった。

 

 

「はあっ、はあっ…。」

 興奮のあまり、頭に血が上った寿々花。

「…い、医療行為だからといって、お、男と女が口づけを交わすなど。…まして、交際関係でもありませんのに。」

 つい、彼が起こした行動シーンを想像してしまった彼女。

「…ああ、此花。何か勘違いをしているようで済まないが、少なくとも彼は、君の唇には一切触れていないそうだ。」

 先ほどまでの寿々花の想像を打ち消した、真希。

「な、…えっ、どういうことですの?」

 一人てんてこ舞いになっていた寿々花は、冷静さを取り戻し始める。

 そこから先は、諭すように真希が寿々花の蘇生までの経緯を説明していった。

 

 

「君が息を吹き返すまでの間、彼はまず先に気道を確保した。プールに落ちた際の水を抜くためなのと、舌根が気道を支障しないようにしたそうだ。」

「…マニュアル通り、ですわね。」

「で、ここからは心臓マッサージをしたそうだ。…この長船の隊員からの報告だと、一心不乱に心臓のあたりの胸部を押し続けていたそうだ。」

「…彼がそんな風にしている姿が想像つきませんわね。」

「その後に、マウスシートを活用した人工呼吸とを交互に行っていたそうだ。」

「マウスシート?ですの?」

 聞き覚えのないワードに、首を傾げた寿々花。

「ああ、今実物はここにある。」

 真希はそう言って、足下からそれを取り出した。

 

「こんなモノが、世の中にはあるのですわね。」

「君ほどの人間がそう言うのは意外だが、僕も最近までこれの存在を知らなかったくらいだからね。」

「…彼はコレを用いて、人工呼吸を?」

「ああ。感染症対策もあったけれど、彼曰わく『訳の分からない人間の口づけなんて、寿々花からすれば死んでも嫌だろう?』というのが、コレを使った理由だそうだ。」

「……全く、カッコつけたいのか、他者を重んじているのか、もう分かりませんわね。…でも。」

 なんとなくではあったが、寿々花は彼の救命時の行動に感謝していた。本人が実際にこの場にいない以上、それを伝えることはできなかったが。

 

 

 

 

「まあ、数分間蘇生措置を続けた結果、君は息を吹き返したそうだ。最も、意識はなかったようだけどね。そのまま、福岡市内の特祭隊病院に搬送されたあと、容体の安定とともに此方へ運ばれた次第だ。」

 真希からの概略を聞き終えた寿々花は、説明途中の慌てようを色々恥ずかしく思いながらも、しっかりと事実の把握を行うことができた。

「それで、彼は今どうしていますの?」

「福岡での一件の後始末と、此花、君が死にかけた件で責任を取って教導の担当を辞したよ。当分は本来の業務に戻るそうだ。」

「―そう、ですか。」

 それを言うのであれば、刀使の隊長であったにも関わらず、荒魂に振るう手を許した自分が処されるべきであっただろうに、とは考えた寿々花。

「…ああ、君と今回組んでいた水科綿花からは、『意識が戻ったら、此花さんにありがとうございましたと伝えてください』と言われていたよ。」

「…福岡の荒魂はどうなりましたの?」

「彼が任せた特祭隊員の指揮のもと、無事討伐されたそうだ。」

「被害は。」

「民間人の負傷者が数名、此花以外の特別祭祀機動隊員は軽傷で済んでいる。……やはり、惜しいとは思うのだけれどね。練度不足の隊の損害を抑えてしまえる彼の力というのは。」

 苦い顔をしながらも、彼をそう論じる真希。

「獅童さん、私のここからの外出許可は出ますか?」

「多分どうにかなるだろう。幸い後遺症もないようだし、出ても大丈夫だとは思う。」

「―彼のところへ、向かいますわ。」

 真希の介助を伴いながら、寿々花はベッドから立ち上がる。

 

 

 

 

 彼の職場への行きがけの際、ふと寿々花は自分の唇に手を触れた。

(もし私がいいと言えば、彼は迷いなく直接人工呼吸をしたのでしょうか…。)

 正直、彼のことを深く知っているわけではないが、切羽詰まった状況下でさえも相手のことを気に掛けられる精神状態というのは、常人ができるものではない。

(…それは今から、直接伺えばよろしいことですわね。)

 

 拙い足取りではあったが、寿々花の意識は彼にも向こうとしていた。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

本年も色々ございましたが、無事に新年を迎えられそうです。

次回は新年あけまして、紫編からになります。

それでは、よいお年をお迎えください。
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