今回は可奈美編その7 後編となります。
時系列はアニメ22~23話『年の瀬の大災厄』の頃の話となります。少しですが東京周辺で彼が何をやっていたのかという部分にも触れております。
投稿当日(執筆当時)には、OVAから新多さんが新プレイアブルキャラとして入ってくる予定です。薫のような省エネ型なのか、はたまた純然な脱力系キャラなのかは気になりますが…。
それでは、どうぞ。
※2022年10月8日、部分加筆修正を行っております。
ー数日前 鎌府女学院 学生寮内休憩スペースー
姫和がイチキシマヒメと同化し、一時はタギツヒメをも上回り一矢報いる力を発揮したものの、タキリヒメや以前から収集していたノロの集積したタギツヒメには叶わず、現世から姫和は消失してしまった。
失意のなか、舞衣や沙耶香、エレンや薫達の励ましもあって、可奈美は一つの覚悟を決めた。
それは、タギツヒメによって姫和諸とも取り込まれた御刀《小烏丸》の奪還、回収であった。姫和の生存は絶望的であるとの見方が強かったため、第二の優先順位に彼女の遺体回収も挙げられていた。勿論、それには二柱を取り込んだ、増長し続けるタギツヒメを倒し封じなければならないという、半ば無理ゲーもいいところの高難易度の任務の戦いになることも、彼女、いや彼女達には織り込み済みの話であった。
基本的に後方支援が主体である彼は、姫和の出奔、タギツヒメによる吸収の際には、それより前に起きた近衛隊による暗殺未遂事案*1によって本部に半ば軟禁状態にされていたことから、捜索に加わることができなかった。
そうした負い目もあるなかで、彼女の決断を快く承諾、とは彼の心情としてもそうはいかなかった。当然、そのことについてもこっそり二人で話し合っていた。双方とも意見衝突は避けたかった。だが、時にはお互いにぶつかり合うことも必要ではあった。まして、それが生命に直結する話では尚のことであった。
彼は、刀剣類管理局本部の建物内にあった自販機で購入した、ジュースとお茶をそれぞれ座る位置のテーブル上へ置く。向かい合わせに座る構図になった二人だが、可奈美に比べると彼の方の表情は険しいものであった。若干の静寂ののち、可奈美が口火を切った。
「……○○さん、聞かれたんですね。真庭本部長から。」
「まあ、な。……正直に言うと、俺はまだ反対だ。大災厄の再来まで時間がもうないことだって、分かっているつもりだ。―それでも、俺は君には行って欲しくなかった。今のタギツヒメは、もはや神にも近い領域に達しようとしている。通常兵器もほぼ効かないうえ、本来連携を取りたい綾小路の刀使は現状、ごく一部の人間を除いて京都か近衛隊のいずれかの状態だ。…これに加えて、荒魂も増え続けている。この状況下で、可奈美、いや可奈美達が行って無事に帰ってこれる保証は誰にもできない。分の悪過ぎる賭けだ。……だからといって、何も手を打たなければ、東京だけでなくこの世界の未来すら危ういものになってしまう。俺には、可奈美達を向かわせずに全てを解決できる方法を持ち合わせていないことも、その通りだ。分かっていても、俺個人の感情としては、やっぱり行かせたくないんだよ。これは、本音だ。」
「……私、姫和ちゃんがいなくなって思ったんです。『重そうだから半分持つ』ってあれだけ約束したのに、それを守れなかったことを。…○○さんのことだって、私はもちろん大事です。大好きな人ですから。―でも、これは私がやらなきゃいけないことなんです。姫和ちゃんとの約束を、ちゃんと果たすために。タギツヒメを倒してでも、やり遂げなきゃいけないんです。例え、○○さんに止められようとも、です。」
そこにあったのは、時たま目にする女の子としてではなく、一人の『刀使』としての可奈美であった。強い覚悟を持って眼差しを向ける彼女の、その芯の強さを改めて理解し、彼はこう口に出した。
「……分かった。どの道俺がうだうだ言ったところで、相楽学長が作戦を認めている以上、口を挟む権利はないしな。それに、可奈美はやると決めたら、絶対に貫き通す覚悟を持っている。君のその姿勢に比べたら、とてもじゃないが、俺の言葉はあまりにも浅い。俺の根負けだよ。」
「ごめんなさい、○○さん。」
「そうシュンとしなくても大丈夫だ、可奈美。…俺がもっと強かったら、刀使が飛び込まなくて済むような技術があれば、可奈美達を死地へ赴かせるようなことをしなくて済むのにな…。そこは悔しいさ。でも、俺も腹を括ろう。彼女が決めたことをサポートするのが、彼氏であり、後方の俺の仕事だからな。」
「…絶対、帰ってきますから。約束させてください。」
「…俺も現地で最善を尽くす。攻め行くのに後ろが不安じゃ、安心してタギツヒメをぶっ倒しに行けないだろ?」
「――はいっ!」
少し前まで若干ギスギスしていた二人は、互いに仲直りの握手を交わし、そしてその後に抱き合った。…これが、タギツヒメとの戦闘前に交わした最後の二人きりの時であった。
二人が別れた後、可奈美は鍛練と訓練を繰り返し、舞衣の指揮下でどのように動くかのトレーニングを重ねていった。彼の方は、来るべき日に備え、様々な装備の準備と作戦参謀本部との折衷を重ねながら作戦案の最終確認を行った。隙間時間には、使用予定の装備の動作確認や手順確認を進める。
そして、後に『年の瀬の大災厄』と呼ばれる東京都心での大荒魂討伐戦の作戦決行の期が、目前に迫っていた。
ー刀剣類管理局本部 駐車場ー
遂に訪れた、運命の時。
タギツヒメの行動により、隠世と現世の境界が接近し始めたことで荒魂の数が増加し、いよいよ管理局側としても看過できない事態となった。万が一に備えて戒厳令さながらに展開していた自衛隊は、都内での、特に地上部隊への被害が表れ始めていたからだ。
事前の打ち合わせどおり、都内各地に分散展開して各方面から荒魂を叩きつつ、最終目標であるタギツヒメ討伐を、本部では作戦成功基準と見なして、各班に分かれて行動を開始した。
出発前、可奈美が彼の姿を見つけた声を掛けてきた。
「○○さ~ん!」
「可奈美!もう出発するんじゃないのか?」
「はい。舞衣ちゃんたちは先に乗り込んでますけど、私、ちょっと忘れ物をしちゃって取りに戻ってたところなんです。」
「おいおい、大丈夫なのかよ…。不安になってきたぞ。」
「あっははー。…○○さん。私は、大丈夫ですから。」
「可奈美?」
その時の彼女の雰囲気は、普段の朗らかなものとは明らかに異なる、それこそ武人が戦に出る前の覚悟に近いものを、彼は感じ取った。これが、彼女の本気の状態なのだと理解するのに、そう時間は掛らなかった。
「あっ、舞衣ちゃんから頼まれていたんですけど、舞衣ちゃんからのクッキー、今渡しておきますね。」
「…確かに、受け取った。詰めている時間にでも食べるよ。」
「じゃあ、行ってきますね。」
「ああ。可奈美も気を付けてな。」
この挨拶を交わした時、これが最後のやり取りになるかもしれない、そう思った彼は離れようとする彼女の手を掴みたかった。せめて、この日一度も触れていなかった彼女の温もりを、一瞬だけでも感じておきたかった。ふとした不安からなのか、そう思ったのかもしれない。
だが、結局それは叶わなかった。
『近衛隊迎撃部隊隊長、応答せよ。』
「……こちら、部隊長。どうぞ。」
『一部装備の積載漏れがあったとの報告アリ。至急確認されたし。』
「了解。……可奈美は、行っちまったか。」
突然入った通信に彼は反射的に答えたことで、可奈美との最後になるかもしれない時間を自ら消し飛ばしてしまった。思えば、彼の後悔が始まったのは、この日、この瞬間からなのかもしれない。
応答が終わった時に周囲を見渡したが、既に彼女の乗った車両は、先行して都心へ向けて出発した後だった。
装備の積み直しが完了すると、彼やその同僚達を載せた車両群は東京・埼玉の都県境方向から、田端・上野方面に向けて進行を開始した。
彼女の声、姿を直接見聞きしたのは、彼にとってはこれが戦闘前最後の瞬間となった。
ー東京駅八重洲口 改札付近ー
時間は下り、タギツヒメが隠世の境界をどんどんと現世に近づけていた頃。
神田・秋葉原方面から下ってきた彼らの部隊は、近衛隊との死闘を制し、東京駅周辺の解放と民間人や自衛官らの退避作業を進めていた。ともかく、時間がない。一時的な小康状態の隙に、武器を持たない人々を逃がす必要があったのだ。
「状況は!」
「荒魂の再発生によって、退路が断たれつつあります!周辺の橋はまだ生きていますが、荒魂に破壊されるのも時間の問題です!」
「くっ…、折角ここまで来たってのに!!」
生存率を最大にする目標を立てた決死の作戦によって、死傷者でみた部隊損耗率は約20%で済んでいた。特に死者の数はこの大災厄のなかで未だ一桁に留まっているのは、ほとんど奇跡と言っていいほどであった。だが、それもここまでの話。撤退に失敗すれば、民間人諸とも道を血の海で染めかねない。
一般隊員からの報告を順次聞いていく彼。
「東京駅構内の状況は!?」
「現在、カテゴリー2~3クラスの荒魂が多数跋扈していて、一般隊員では進入できません!元親衛隊の刀使が中に入っているとの情報もありますが…。」
(……真希と寿々花なら大丈夫だろう。あの二人、伊達に修羅場は潜っていないからな。―なら)
「現地本部に通信を。これより、民間人と負傷した自衛官ら、それと無力化した近衛隊の刀使達を連れて事前に指定されたポイントへ向けて脱出する、と。」
「はっ!」
「俺は、最後にここを離れる。――他の奴はすぐにトラックや軽装甲車に乗り込め!残された時間は僅かだ!もたもたせずに急げっ!!」
既に、陸上自衛隊の16式機動戦闘車が車列の前後について、避難する多くの民間人などを守っていた。数人の刀使も展開しつつ、ギリギリの攻防が続いていた。
「○○!お前、最後に出るって…。」
「糸崎、お前はこの車列に乗って脱出しろ。俺は逃げ遅れの民間人がいないか、最後の最後まで待つ。」
「……いいや、俺も残らせてもらうぞ。直属の上司が残っているのに、部下がおいそれと撤退できるかっての。」
「これは命令だ、糸崎。……お前には、鎌府でその帰りを待っている人がいるだろうが。」
「なら、お前は?」
「……全面撤退まで幾ばくか時間は残っている。俺もここで死ぬつもりはない。」
「糸崎!アンタは先に乗っていきなさい!この馬鹿は、アタシが引き連れて帰るから!」
「――悪い中島、後は頼んだぞ!!」
刀使として展開している里奈が、誠司の位置を代わって、彼の付き合いに残った。
それからすぐ、誠司達を乗せた車列は一路北に向けて撤退していった。
「……中島、お前も一緒に撤退してよかったんだぞ。」
「お生憎様ね。彩矢からの頼み事は、まだ有効期間なのよ。それに、ただ単に残りたかったから、って理由なだけじゃないでしょ。」
「……まあな。――残った奴は、なるべく広いスペースに密集しつつ、地下鉄の入口付近や残りの車両にすぐ逃げ込めるように距離を取れ!残っている民間人がいたら、迷わずバスに収容しろ!全車両、エンジンを絶対に止めるな!」
戦闘の続く丸の内側に対し、ある程度の面制圧を終えていた八重洲側。それでも、線路を飛び越えてくる荒魂がいないとも限らないため、偵察・哨戒用ドローンを展開していた。
そして、非情な選択の時を迎えた。
鎌倉の本部より、指名された刀使以外の戦力の、東京駅周辺、いや東京23区全域からの撤退命令が下された。つまり、指名された彼女達を置いて、とっとと逃げろという話であったのだ。
「民間人は!?」
「現時刻をもって、収容停止!道中に居た場合はすぐに引き上げろ!それ以外は諦めて撤退!」
「「……了解!」」
ギリギリまで待ったが、収容できた民間人の生存者は数名から十数名ほど。残りは彼と共に残った、一般の特祭隊員や指名から漏れた刀使達であった。
撤退時には先頭と最後尾に刀使を多く配し、なるべく高速で離れることを決めてあった。
乗り込む前、丸の内側を見やった彼。黒い雪のように振り落ちるノロと、底冷えする冬風が彼の頬を掠める。結月から直前に指名された刀使の名前のなかに、可奈美の名もあった。まだ、彼女は戦っているというのに。彼は、固く拳を握りしめた。
「……可奈美、無事に帰ってきてくれよ。…それ以外は、何にもいらねえから。」
「○○…。」
「…行くぞ、中島。これは逃げじゃない、次の作戦への備えだ。…そう思わなけりゃ、俺もやってられん。」
「…ええ。」
(可奈美、突入できそうならすぐにでも戻ってくる。…だから、待っていてくれ!!)
彼や里奈を乗せた、最後まで残っていた八重洲側の特祭隊及び陸上自衛隊の一部の車列は、民間人や警察官らを乗せたバスを除き、撤退地点の境界ギリギリで切り返しの準備を行うこととした。
せめてそれが、彼らができる可奈美達タギツヒメ討伐部隊へ報いることだろうと。
ー東京都北区・埼玉県川口市 新荒川大橋ー
荒川と隅田川の上を跨り、東京都と埼玉県の都県境上にも架かるこの橋の上には、多くの特祭隊や陸自の部隊が待機していた。神奈川・千葉方面に撤退した部隊に比べると、その数は多いものになっていた。
これは、タギツヒメ討伐の報がもたらされた時に、すぐにでも都心に再び突入ができるようにするためであった。特に大河川の少ない北側なら、比較的早く動けるという計算結果を受けてでもあった。
近隣の荒川河川敷には、簡易的なヘリパッドが構築され、立川や入間などの陸空自衛隊基地から送られてきた物資の集積所が出来上がっていた。刀剣類管理局のヘリも一機、既に此方に回してあった。
テント内では、リアルタイムでの都内の情報が続々届いていた。刀剣類管理局の飛ばしたドローンや
「…これが、世界の終わりとでもいうのか。」
「まさか、現場の刀使さん達…」
「止せ、まだそうと決まったわけじゃないだろ!」
ざわざわと声の上がるなかで、彼は静かに時を待っていた。
(可奈美は帰ってくると言った。……なら、俺はその言葉を信じるまでだ。)
周囲の暗い空気に触れられても、彼は彼女のことを信じ、瞑想していた。
そして、その時はやってきた。
『本部より、撤退中・待機中の全特祭隊員へ。隠世の門は閉じた、作戦は成功!繰り返す、作戦は成功!』
一時、ブラックホールのように東京上空に隠世の門が開きかけたのだが、最後の刀使の力を振り絞るように振るわれた、紫の神力によってその門を強制的に閉じたのだ。その事が分かるのは少ししてからであったのだが、待機中の現場は色めき立った。
「やったぞ!!刀使さん達がやってくれたんだ!!」
「おっしゃあ!」
「これで、ウチに帰れるぞぉ!!」
歓喜に湧く特祭隊員や自衛官ら。しかし、彼は妙な胸騒ぎがしてならなかった。
(…おかしい、作戦が成功したなら刀使の生存報告だって同時に行うだろ?…続報がないのが気になる。)
その彼の嫌な予感は、次の無線によって現実のものとなった。
『…緊急連絡!折神紫局長、現在重傷との通信アリ!向かえる部隊は、直ちに局長の救助に向かえ!!』
「「!?」」
歓喜に湧いていたはずのテント内は、一気に騒然となった。
だが、そうなるよりも前に、彼は待機中のヘリに向けて駆け出していた。
「糸崎、中島、聞こえるか!?」
『こちら糸崎。』
『はい、中島よ。』
「二人とも今の通信は聞いたな!ウチの班が直ちに向かう。各種輸液・医療キットをもって、河川敷の管理局のヘリに乗り込め!俺は酸素ボンベとストレッチャーを持っていく!」
『『りょ、了解!!』』
部下に同乗するよう指示を出したが、これ以上悪い話は重ならないでほしいと願う彼。どちらにせよ、紫の状態が分からない以上、一刻を争う状況だ。全部隊撤退がここにきて大きなデメリットとして叩きつけられたのは、彼にとっても痛い話であった。
ストレッチャーと酸素ボンベを抱えた彼は、ヘリに急ぎ飛び込むとパイロットにヘリの現在の状態をすぐに聞く。
「操縦士さん、ヘリはいつでも出せますか!?」
「あっ、ああ。でも、どこへ飛ばすつもりだい?」
「東京駅方面です!!紫様の命が危ないんです!ウチの部下があと何人か乗ってきたら、すぐに飛んでください!事態は一刻を争います!!」
「わ、分かった!管制ともすぐに連絡を取るよ!」
ヘリのパイロットは事の重大さをすぐに理解し、すぐさま所沢の東京ACC*2へと急患の連絡を行っていた。
飛行タイプの荒魂がいなければ、東京駅周辺に達するにはここから十分も掛からない。機動力がその後の明暗を分けると言っても過言ではなかった。
彼が乗って概ね一、二分以内に、誠司と里奈も乗り込んだ。二人とも彼の指示通り、輸液や輸血パック、医療キットなどを持ってきていた。
「揃いました!お願いします!」
「了解!離陸します!」
ヘリの機動力を活かし、急ぎ東京駅周辺へと向かう。
(…可奈美は、無事なんだろうか。)
状況が飲み込めない以上は、ともかく現地に向かうことが最善であると判断した彼。その後、東京駅周辺を飛行中の
幸運にも、飛行タイプの荒魂と遭遇しなかったことで、離陸から十分以内には紫の倒れているビルのヘリポートに降りることができた。ヘリが起こすダウンウォッシュに、ヘリポート上の舞衣達を巻き込まないように注意しながら、着陸は行われた。
着陸後、直ちにストレッチャーと酸素ボンベを持った彼が、負傷した紫のもとへと向かった。続けて、誠司と里奈も降り立つ。ヘリは、再び飛び立てるようローターの回転を続けたままだ。
「紫様!大丈夫ですか!」
「…○○…、お前か…。」
「意識はまだありますね。…これか、重傷の傷は。」
タギツヒメとの戦闘時に腹部を貫かれた刀傷から、血が漏れ出ていた。これは確かに危険な状態だ。
「○○、紫様の傷は?」
「腹部に貫通の裂傷、止血パッドと輸血パックは要る。ストレッチャーに載せ替えるぞ。」
「了解。」
「エレン、すまないが紫様を横から支えてくれ。」
「…ハイ。」
彼は、エレン達が悲しんでいる様子に気付いてはいたが、先に紫の方を優先した。
エレンが横を支え、彼と誠司とで紫をストレッチャーに載せていく。
「操縦士さん、飛ばせそうなら鎌倉の本部まで、今の時間帯の条件でダメそうなら、都内の特祭隊病院へ紫様をお願いします!糸崎、中島、二人は紫様を頼む!俺はエレン達から話を聞いておく!」
「「了解!」」
彼が紫に酸素吸入器をあてがい、少しでも彼女の容体を楽にさせようとした。そんな時だった。紫から、こんなことをこぼれ聞いたのは。
「…すまない、○○…。…衛藤と、十条を…、私は……」
「今は、喋らなくていいですから。すぐに手術を受けましょう。」
着陸から五分以内に、紫はヘリによって搬送されていった。
後に聞いた話では、この時の彼の判断によって紫の命が繋ぎ止められただけでなく、後遺症も比較的浅いもので済んだという。
まさに、間一髪のところであった。
ヘリが行ったことを確認し、ヘリポート上を見回すと舞衣やエレン、少し離れて沙耶香と薫の姿を捉えた。
だが、可奈美の姿は、そこにはなかった。
「なあ、舞衣。可奈美は、どこにいるんだ?」
「…○○さん。…ごめんなさいっ!!」
舞衣の目には、涙があふれていた。そのまま、彼女は彼に飛び込んでくる。
「ま、舞衣!?…え、エレン、可奈美は、可奈美はどこにいるんだ?」
「……カナミンは、……行ってしまいマシタ。タギツヒメと一緒に。」
明るい普段のエレンとはほど遠い、かなりトーンダウンした声で彼にそう答えた彼女。悲しげに空を見上げるその姿から、それが冗談などではないことを、嫌が応でも感じ取ってしまった。
「…クソッ!!これじゃ、ただの人身御供じゃねえか!!…可奈美、姫和ぃーー!!」
「…薫…。」
悔し涙を流す薫と、どうしていいのか分からなさそうにしている沙耶香。
(……これが、人の業の成してきた結末だって言うのか?…そんな、馬鹿な話があってたまるか。…あって…)
胸元でボロボロと泣く舞衣を抱き締めながら、彼は、空へ向けて愛しき人の名を叫んだ。
「可奈美ぃーーーーーー!!」
彼の両頬に流れる、二筋の線。
彼は、信じて送り出した彼女を、その最後すら見ることなく喪った。
人の居ない駅周辺で流れるクリスマスソングが、贈り物を奪われた彼らの心を深く抉り取るように、無機質に響き渡った。
年末を目前に控えた時に起きた『年の瀬の大災厄』は、こうした悲しみの中で静かに幕を閉じた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
終盤付近で『喪った』という表現が出てきますが、あくまでもこれは彼の当時の感情であって、事実とは異なることをご理解いただければと思っております。
(可奈美を死なせた、などと言われたら敵いませんので。)
今話はこのような終わりとなりましたが、次回は可奈美達が戻ってきた頃の話となります。
次話投稿に若干の間は空きますがご容赦ください。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告にお寄せいただければ幸いです。
それでは、また。