今回は紫編その4 後編をお届け致します。
それでは、どうぞ。
ー沖縄県那覇市 コンベンション会場ー
今回議長国を務める日本を始め、北米、欧州、そして中韓露、果ては豪州と東南アジアの各国の警察組織の代表者が集まり、大々的なものへとなっていた。
今回の議題は国際会議と連動したもので、テロリズムに対処する方法、そして防止策の協議である。
「紫様、このコンベンションにわざわざ出席なさったのは、一体何故ですか?」
会場で真希は、紫に疑問を投げかける。
「…荒魂に対処する我々も、国内の治安を預かる一翼を担っている。もし、荒魂を対処している際にテロ事件が同時に発生しないとは、昨今の世界情勢としてありえないとは言えないだろう。ならば無論、それに備える必要もある。」
「なるほど…。失礼致しました。」
「まあ、真希さんがお聞きなさる理由も分かりますわ。明らかに私達は目立ちますもの。」
周囲は男性の割合が高く、スーツ姿の参加者も多い中、紫や真希、寿々花の存在はどうしても目立つ。ちなみに、夜見と結芽は別室で待機している。流石に、親衛隊全員が入るだけの席は、会場に確保されていなかった。
「事前に質問状は作成されているとはいえ、意見を求められた場合の応対は紫様のみに許可されていますもの。私達は付き添えるだけですわ。」
「…まあ、他国の治安組織との連携が必要になるような事が、起こらないとは言い切れないからね。こうした機会に場の空気を感じ取ることも、僕は必要だと思うよ。」
「真希の言う通り、寿々花もコンベンションの雰囲気を掴んでもらう。…二人共、肩の力はなるべく抜くように。」
「「はっ。」」
周囲の各国要人がちょっと変わったその光景に「?」を浮かべながらも、席に着く三人。
それからしばらくして、各国の治安組織合同の国際コンベンションが始まった。
「…意地張って休みを固辞したのはいいが、まさかここまで立ちっ放しだとはな…。」
一方、議場の外ではSPを始め多くの警備の人間が、内部の要人を守るべく配置に就いていた。少し前まで那覇空港で動き回った彼も、時々トイレに行く際に体を動かす以外はなるべく直立不動でいたのだ。
「とはいえ、これも仕事。…正直、さっきみたいなことはもう勘弁してもらいたいもんだ。」
一日で二回も事件に遭遇するなど、どこかの名探偵でもなければそう簡単に当たるものでもない。むしろ、そんな事態になった時こそ、自身の生命にとってもいよいよヤバいものである。
「…紫様達は、面倒事に巻き込まれていないだろうか…。」
閉ざされた扉の向こうに、思いをはせる彼。
その扉を一枚挟んだ議場では、彼のふとした予想が当たっていた。
対テロ行為発生時の、各国の対応の仕方がそれぞれ異なっていることに対して、それに対する国際的な枠組み策定へのコンセンサスの一致が取れず、紛糾したためだ*1。
これは会議中のやり取りの一幕である。
「相手が銃を持っているかもしれない以上、こちらも銃を向けて対処するしかあるまい。」
「貴国のやり方も理解できるが、そのやり方ではテロリスト達の行動を賛美する者も現れるぞ!」
「だからといって、生きたままの確保を前提とする貴方がたのやり方は、却ってテロリストの奪還を目的として、標的を国民全体に広げ兼ねない!」
「いっそ各国内のテロリスト達の対処を、軍に任せるのは?」
「それこそ民間人の被害が増える!我々は、奴らと戦争をしたいのではない。テロの脅威から国民を守るのが、我々警察の仕事だろう!」
…と、このようにコンベンションは泥仕合の様相を呈していた。
「…寿々花、出席者の方々が何て言っているのか分かるかい?」
「…会話を聞く限り、テロリストをどうするのかで割れているようですわ。物理的に排除するのか、犠牲を出してでも確保するべきかという方針で。」
「…それなら、これだけ言い合いになっているのも分かるよ。」
各国の歴史的背景も振り返ってみるに、銃社会であるが故に引き金一つでも容易にテロを引き起こせるアメリカや、民族・宗教対立の激化する欧州では、基本的にテロリストに対しては銃を向け合うことが多い。
一方、銃の代わりに、ゲバ棒などを中心とした学生運動での血みどろの闘争や、都心のど真ん中での爆弾テロ、更には宗教団体による世界初の化学テロなどを経験し、意外にもテロ先進国である日本は、なるべくテロリストを生かして確保する方針をとっている。
こうした例のように、地域によって扱ってきたものが様々である以上、この意見衝突は必然的なものであった。
そんな中、今回のコンベンションの議長を務める日本の警察官僚が、収拾のつかなくなりかけた場を諫める。
「皆様、一度落ち着いてください。十分ほどトイレ休憩を取りますので、その後に先程の議論に戻りましょう。」
熱くなりすぎた頭をクールダウンさせる時間は、この場には必要だった。
「…我々がここに居る必要はあるのだろうか。」
紫がこう溢したのも無理はない。今回オブザーバーとしての参加ということもあって、発言権や議決権を持たない刀剣類管理局は、現状半ば空気と化している。
「折神局長!」
そんな折、声を掛けてくる人物が居た。先程、場を沈静化させた議長だ。
「議長が何故私のところへ?」
「貴女の意見も伺おうと思いまして。…こうも意見が纏まらないと、最早当事者間で収束させるのは難しいですし、なによりオブザーバーという第三者視点の貴女の意見なら、参加者も耳を傾けてくれるかもしれません。」
「私の発言でもなお場が荒れた場合、議長は如何するつもりおつもりだ?」
「そうなった時は、合意の先送りしかないでしょうな。諦める時も必要でしょうし。」
「…まあ、何もせずに帰るのも気が引けるのでな。発言権の提案をして頂き、感謝する。」
「お願いします。」
そして、議長は席に戻っていく。
「議長も難儀だね…。」
「こうした国際的なものなら、調整が大変なものになるのも仕方ないですわ。」
真希と寿々花も、少しやつれた様子だった議長を見て、そう呟いた。
紫はスピーチ内容を考える。
十分後、議長から発言権を与えられた紫が登壇する。
「まずは、このような機会を頂き感謝します。日本の特別刀剣類管理局局長、折神紫です。本日はオブザーバーとして参加させて頂いています。失礼ながら、このまま日本語にて話を続けさせて頂きます。」
周囲をスーツの男性達が多く取り囲むなか、白を基調とした折神家の服は非常に目を引く。
「我々は日本国内にて、参加者の方々が分かる表現としては、荒魂と呼ばれる言わば化け物に対処しています。その対処の先頭に立っているのは、まだ二十歳に満たない少女達です。彼女達が御刀と呼ばれる特殊な日本刀を振るうことによって、荒魂を斬り祓うことでしか有効な対処方法は、現状ありません。刀使の存在が、世界的に見ても異質なものであることは重々承知な上ですが、我々のように手段が限られているのなら、その一点のみを研ぎ澄ますことでしか、国民の治安を維持する手段はないでしょう。」
一旦、ここで言葉を切る彼女。
「…ですが、現代のテロはSNSを使った情報戦から自爆テロなど多様化し、対処する方法も千差万別です。正解はどこにもありません。ならば、浮かぶもの全てを意見として取り入れるのは、何ら合理性を欠くものではないと私は考えます。…私からの発言は、以上です。ご清聴ありがとうございました。」
紫は一礼して、降壇する。
その際、翻訳の終了が重なったため、彼女の発言の意図を読んだ者たちは、拍手で送った。
後に那覇宣言とも呼ばれるこのコンベンションでの成果は、東京五輪や様々なイベントでのソフトターゲット対策の指針の一つになっていった。このスピーチ内容がそれに寄与したか否かまでは、後の歴史が証明するだろう。
―沖縄県那覇市 某リゾートホテル―
コンベンションが終わり、ようやく穏やかな時間が訪れた彼。
「足がここまで棒になるとは思わなかったな…。」
那覇空港の格闘から、会場警備、要人退場までの不審者・不審物が無いかの巡回。簡単に片が付いてくれるとは思っていなかったが、会場入口付近でちょっとしたイザコザがあった程度で、ほぼ安全にコンベンションの終了を目にすることとなった。
「あとは明日、鎌倉に戻るだけか。」
もう一人の同僚、糸崎は明日も残って沖縄エリアの荒魂討伐に関する情報収集と、折神家一行の警備が職務として残っており、そのまま沖縄で数日仕事をこなすことになった。なお、警備の間は休んでいたため、現時間帯は彼と入れ替わりに、ホテルの通路内で見張り人として立っている。
此方は本部に仕事を残してきているため、自身は先に鎌倉へと帰ることになったわけだが。
「さて、風呂と間食食ったら寝るか。」
汗塗れの身体を洗い流したい彼。動きにくい服装で暴漢に対処したことで、Yシャツや下着類が酷く濡れていた。
「…今日はシャワーでもいいか。」
普段だったら風呂に浸かって一息つきたいところだが、この時は不思議とその方がいいように思えたのである。
シャーッ
全身の汗を洗い流しつつ、頭や肩などを水圧で押し付けるようにシャワーを浴びる。
「ふうっ…。さっぱりするな。」
シャンプーとボディソープで身体を泡立てながら、汚れも落としていく。
ユニットバスであったこともあり、洗面所からタオルを寄越す。
「…沖縄だからなのか、普段の湯上がりより暑く感じるな。」
うちわが欲しいと思ったが、水分補給をすれば対して変わるまいと考え、備え付けの冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出す。
「…ぷはー。…段々、おっさん臭くなってきている気がしてきた…。」
老化にはまだ早いと感じたが、健康志向な部分も含めて、あながちそんなこともないのかもしれないと思った彼。
コンコン
部屋のドアをノックする音が、彼の耳に届く。
「ん?…誰だろうか?」
『○○(彼の苗字)、居るかい?』
覗いたドアスコープの向こう側では、真希が立っていた。
「ちょっと待ってくれ。今開ける。」
ドアチェーンを外し、扉を半開放する。
「紫様が君のことをお呼びみたいだ。」
「俺を?…何か不味いことでもしたっけな?」
「単に呼んできてくれと頼まれただけだから、詳しいことは紫様本人から聞いてみてくれ。」
「分かった。ちょっと準備するから待っていてくれ。」
一度部屋へ戻り、半袖のYシャツとスーツのズボンに着替える。
「お待たせ。紫様の部屋まで案内を頼む。」
「ああ。…意外と軽装だね。」
「流石に四六時中、スタンバトンやら拳銃やら、そんな物騒なもんを持っている訳にはいかないからな。…本来は持っているの自体が違法なんだし。」
「…とはいえ、そのおかげで一般人に御刀を向けなくて済むのは、正直ありがたいとも思っているよ。相手を傷つける心配も減るからね。」
過剰防衛にならずに済むという、率直な意見を述べる真希。
紫が泊まる部屋にやって来た二人。
「僕はここでお暇させてもらうよ。何か大切な話をされるのかもしれないからね。」
「ありがとな、真希。じゃ、また明日の朝に。」
「ああ。…紫様に何かあったら、直ぐに飛んでくることだけは忘れないように。」
そう釘を刺し、紫の部屋のドアから離れていく彼女。曲がり角に消えていったが、恐らくこちらからは見えない位置に立ち構えているのだろうと思った。
コンコン
「◯◯です。」
『来たか。入れ。』
「はっ!失礼致します。」
そのまま部屋に通される彼。
「そこの椅子に腰掛けてくれ。」
部屋の窓側に置かれた、半円形で円周に沿ったように背もたれが張られた椅子に誘導される。
「…よいせ。」
「今、茶を淹れよう。」
「そんな、そこまでして頂かなくとも…。」
「…ほう?私の淹れた茶が飲めないとでも言いたいのか?」
「い、いえ!断じてそのようなことはございません!」
パワハラ紛いに聞こえてくるが、彼がそう言ったのには理由があった。
「…部下である俺がしなきゃならないのに、紫様の手を煩わせるようなことになってしまったので…。つい。」
「まあ、私としては何から何までされっ放しなのもな。…それにお前は、働き過ぎだ。襲撃してきた者達を撃退したのはいいが、その後を他の者に任せても良かったのではないか。」
「…目の前で誰かが傷つく姿を見るのは、もう御免なんです。例え、自分よりも強い人であっても。…邪魔にしかならないかもしれないですけれどね。こればっかりは頭で考えるよりも、体が先に動いてしまいますから。」
「ふむ…。」
この当時、紫の中で抑え込まれているタギツヒメ*2にも、紫の目を通して彼の言葉は届いていた。
(あの程度の奴ら、我でも容易にあしらえるが…。変わった人間よのう。)
彼自身、紫の状態を探り続けていた段階であるため、それに気づくのは後のことだが、タギツヒメから見れば非力な人間がなぜそんな不可解な行動に出るのか、意味が解らなかっただろう。
「とはいえ、今日の事に関しては礼の一つくらいさせてもらおうか。」
「…それでしたら、お茶も頂いたことですし、何より紫様がご無事ですので、それで十分です。」
個人的には仕事だし当たり前だと考えている節があるため、お礼というのも…、という意識が彼の中にあった。…のだが。
「…いや、何かさせてもらえないだろうか。何でもしよう。」
なお食い下がった紫。
「ん?今何でもするって仰いました?」
「…正確には、出来る範囲のものでだ。…どうだろうか。」
ジーッと彼の目を見る紫。
彼も舞草の諜報員という立場ではあったが、流石に根掘り葉掘り訊ねるというのもどうかと思ったため、何がいいだろうかと思案する。
「……あっ、なら一つお願いしたいことが。」
ふと何かを思い立った彼。
「まさか、足の裏をほぐしてくれ、とはな。もう少し何かあっただろうに。」
「いいんですよ。あのまま堂々巡りな状況よりも、こんな感じの方がいいでしょうし。…!あ~、その辺りです。」
彼の紫への提案は、まさかの足裏マッサージだった。
幸い、先にシャワーを浴びていたことで、足の汚れも落としてしまっていたのは、都合の良いことだった。…何も知らない人間が見たら、何だコレな状況であることは事実だろうが。
「力加減もいい感じですし…、んっ、ツボも程良く押されて気持ちいいです。」
「…お前の足の裏の皮は厚いな。出向の影響か?」
「多分それもあるでしょうが、時々弓を引きますから。案外、足裏、特につま先の方に負荷が掛かるんですよね。」
「…結果を出す者は、それなりの努力を積む、か。刀使達にも聞かせてやりたいものだ。」
「あまり言い過ぎるのも、考えようですよ。仮に、死線を遊び半分で挑む奴が居るなら、ソイツのフォローなんて、俺は御免被りますよ。…無知な人間ほど、現場を知りたがらないですから。」
「…そうかもしれないな。」
非現実的な光景ではあるものの、彼の足裏を押す紫。それに対した現実的な話も飛び出すあたり、彼の真面目さが抜けていない証拠でもあるのだろうが。
「…なんか、心も落ち着いてきました。よく考えたら、紫様って干支二周りくらいの年齢差はあるんですよね…。なんか、お母さんみたいです。」
「母親、か。…私に、そんな時間はやって来るのだろうか…。」
「?…紫様?」
考え込むような雰囲気を見せた彼女は、すぐに思考を切り替える。
「何でも無い。…それと今、迂遠に私のことを年寄り扱いしたな?」
「……あっ。……それはその~、言葉の綾と言いますか……。」
途端に冷や汗が浮かんだ彼。口は禍のもととはよく言ったものだろう。
「問答無用。」
そして紫は、彼の足裏を押していた指に全力で力を込める。
…数m先でも、ギュッという音が聞こえる程度にはだが。
「いだああああーーっ!!」
この日、南国の夜に彼の絶叫が木霊した瞬間だった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
とじともの次回のコラボ先がスタリラと聞いて、ビックリした筆者でございます。
次回は結芽編です。
…筆を進めるにつれてどうしようかと悩みますが、取り敢えず上げてみます。
それでは、また。