今回は紫編 その5を投稿させていただきます。
時系列は御前試合前、十一月頃を念頭に執筆しております。
今話は、主人公編『死線を越えて』の紫の回想が主になります。
それでは、どうぞ。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 局長室ー
紫が日頃詰めるこの部屋。
主に親衛隊のメンバーも、誰かしらが警護のため控えていることがしばしばである。…まあ、結芽に関しては警護をしているか、と聞かれれば悩ましいところはあるが。
最も、警護される側の当人が最強の刀使である以上、警護など本当に要るのか、という野暮なツッコミは無しである。
今廊下を歩きながら、報告書をホイホイと届けに向かう彼も、親衛隊の面々と会って最初の頃は、癖のある彼女達との打ち解けまでには時間が掛かったものの、紫の提案もあって、思った以上に早く会話を交わすようにはなった。
「それにしても。紫様、たまにノリのよい提案とかぶち上げてくるから、見た目のお堅そうな印象とは全然異なるのよなぁ…。」
手の中にあるのはここ数ヶ月以内の報告書と、もう一つは伍箇伝各校の生徒を交えた、体育祭や文化祭などの行事予定表・行程表である。
「折神家としては刀使のイメージアップも至上命題になっているとはいえ、ブラックな部分はブラックだしなあ…。」
彼個人も、出来ることなら刀使の業務量をどうにかしたい気持ちはやまやまであった。とはいえ、荒魂の出現頻度というのは地域ごとにバラバラである以上、いかに負担を減らしつつもサクッと討伐を終わらせられるのかは、難しいところではあった。そのためのS装備開発であり、数多の戦術行動プランの検討会を実施中であるのだが。
「…ま、生徒が学校生活さえ楽しくなければ、士気もがた落ち、ひいては戦力が漸減しかねないから、絶対にやっておかなければならない部分だな。」
何かしらの娯楽がなければ、いつかは人間は壊れてしまう。機械的な人間であれば、尚更のことだろう。
「さて、紫様に報告済ませたら、俺も鍛えにいくか。」
陸上自衛隊などに出向していた時に比べれば、そこまでハードな身体の鍛え方はしていない。そうでなければ、太くなりすぎた筋肉によって骨の成長が阻害され、身体の成長に悪影響を与えかねないからだ。なので、同年代のスポーツ選手を参考にしつつ、身体を鍛えている。そのため、下手に腹筋などが割れないようにするのが大変ではあるが。
最近ではランニングや水泳のほか、荒魂討伐時には射撃も行っていることから、近隣の弓道場でちょくちょく射かけていることもある。
コンコン
「紫様~。◯◯(彼の苗字)です。報告書等々を届けに参りましたー。……紫様?」
局長室からの返事が聞こえない。
一応在室かどうかのプラ板表示も確認するが、表示は赤字で『在室』のほうになっていた。
カンカンカンッ
万が一の緊急事態である可能性も考えられたため、扉を叩く彼。
「紫様!開けますよ!」
ノブを回して力いっぱいに扉を開く彼。
その室内には…、
紫色のジャージを羽織り、体操服を着た紫が立っていた。
ジャージの背中側には、折神家のロゴマークも入っている。
「…………失礼致しました…。」
まるで何も見なかったかのように、ゆっくりと扉を閉めようとした彼。
「待て、◯◯。」
「…はい。」
そうはさせぬという、強い意志の籠もった紫の声が、彼の方へと届く。
彼は諦めて、周囲に人影がいないことを確認して入室する。
「…お前という男は、なぜ私から逃げようとするのか。」
「いや、…そりゃ組織のトップの人間が体操服を着ているなんて、普通に考えたら自分の目がおかしくなったか、自身の疲労を疑いますよ。」
「…まあ、それはそうだろうな。」
「とはいえ、体操服姿も似合っているのもまた…。正直、コメントはしづらいです。」
「ふむ。真希や寿々花達にも、体育祭の時にはこれを着てもらう予定なのだが、何か問題点等はあるか?」
「…ちなみに、下のジャージで隠れていますが、体操服のズボンは短パンですか?」
「いや、ブルマだ。」
かなり明瞭な声で彼に告げる紫。
「……う、う~ん。…某団体とかから抗議とかきませんかね?ブルマが駄目とは言いませんが、最近の傾向として短パンは多いですから。」
「なに、心配はいらん。そのような団体に対しては、もう既に手は打った。」
「は、はあ…。」
この話の後日談として、青少年の制服・服装等に物申す全国的な団体の主要メンバー達の、未成年者へ向けて過去に行っていた様々な犯罪や悪事が明るみに出た。
新聞の社会面などを賑わせたものの、それらの記事を読んだ彼は、何となく紫、いや折神家の怖さを感じるのであった。
「それはそうと、親衛隊の人間が見当たりませんが…。」
「少し席を外してもらっている。お前の言う、気でも触れたのかというのは異なる、と示したかったのだがな。―まさか、押しかけるように扉を開けてくるような男がいるとは思わなかったのでな。」
「一応入室の断りはしたのですが、申し訳ありません。…っと、局長室に寄った用件はこちらです。ちょうどいいタイミングだったとも言えますが。」
紫の前に、持参していた書類を置く彼。それらは、彼女が見やすいようにファイリングされていた。
「ふむ…。一度私が預かろう。後で意見等も挟んで、お前の部署のほうに人を送る。」
「助かります。」
ファイルを受け取った紫は、彼の部署のことを気に掛けた。
「◯◯、お前の部署の人手は足りているか?」
「…率直に言えば足らない、とは言えますね。ただ、どこも人は足らないですし、無い物ねだりほど虚しくなるものはないですよ。ウチのところへわざわざ人を寄越すよりは、現状維持が好ましいですね。」
「そうか。」
「せめて、書類の電子化なり、二足歩行兵器的なものが導入されれば、またちょっと変わるのかもしれませんが。」
「…最初はともかく、お前は一体、どこを目指そうとしている。」
彼の考え自体はそう突飛なものではないが、前者はともかく後者は刀剣類管理局以外にも考えていそうな省庁があるだろう、とは思った彼女。
「究極的に言えば、刀使や後方の人間の負担をできる限り下げたい、ただそれだけですから。そこに他意などありませんよ。合法的な手段でそれを実現したいだけですし。」
「例えそれが、犠牲を払うようなものになってでもか?」
「その犠牲を可能な限り排除するのもまた、俺の役割だと思っています。その時の泥を被るのは、俺だけで十分です。」
「…そうか。」
「まあ、だからといって、俺を贔屓にするのは無しです。ちゃんと他の管理局職員と同じような扱いをしていただけたら、とは思います。それで不満が溜まるのは、俺も紫様も望まないことでしょうし。」
「お前自身の実績は、申し分ないと思うのだがな。」
「あの大災厄で必死に戦った紫様たち刀使や特祭隊員、自衛官などの人々に比べれば、私など…。…話が逸れましたね。私はこれにて失礼させていただきます。」
一度頭を下げると、彼は局長室を後にした。
「…◯◯。なぜお前は、そこまで刀使のために動くのだろうな。」
一時的に一人きりになった紫は、その間タギツヒメとしての意識に切り替わっていた。
タギツヒメは紫と同化しているなかでも、彼女と同じような疑問を抱いた。
いくら龍眼による未来視ができるとはいえ、彼が舞草の構成員であることを終ぞ見破ることはできなかった。そうであるにせよ、自身を終わらせられる存在である刀使のみならず、ちょっとした荒魂の攻撃でも死ぬことのある特祭隊員まで守る理由が、彼女には解らなかった。
意識が紫のものに切り替わると、彼女はタギツヒメの先程までの思考をそのまま引き継ぎ、ある記憶を頭から引き出す。
ちょうどそのタイミングで、真希や寿々花が室内に戻ってくる。
「紫様…!?そのような恰好をされるとは、何があったのですか。」
「真希、これは私が着たいからこうしただけだ。実際に私が着て分かることもあると思ったのでな。体育祭の時には、お前たちにも着てもらうつもりだ。」
「私は構いませんが…、真希さんは?」
「…紫様のご指示とあらば、僕に拒否権などないよ。」
などと話が盛り上がったところで、そういえば、と真希が口を開く。
「先ほど廊下で、◯◯とすれ違いましたが、彼は紫様に何か御用でもおありだったのですか?」
「ああ。この資料を届けにな。少し、話しもしたが。」
「話し、ですか。」
「あの男の部署の人員を増やす提案をしたのだがな、下手に人員配置を変えない方がよいと言われて断られた。…実績はあるが、あの男は本当に頑固な者だ。」
「紫様。以前から気になっていたのですが、彼の実績として挙げられている『秩父会戦』ですが、私達はその詳細を聞いたことがございません。彼本人も口を開くことが無いため、あの者の実績が如何様なものなのか、お聞かせいただければと思いますが。」
こう切り出した寿々花だが、彼女自身は彼の実力そのものは認めている。方便ではあったが、彼の実力を裏打ちしているとされる、その最初の実績のことを紫から聞こうと考えた。
「…紫様。僕からも、あの男が紫様と関わるのに相応しいのか、改めて考えさせる機会として、お聞かせいただけたらと思っています。」
「…いいだろう。ただ、私はその当時の経過しか知らないぞ。それでも構わないか。」
「はい。」
「お願い致します。」
二人から了承が得られると、紫は真希達が入室する前に引っ張り上げていた記憶をなぞり始める。
「あれは数年前のことになるな…。あの当時、荒魂の出現情報を基に秩父に派遣されていたのは、鎌府を中心とした十数名の刀使、及び四十名程度の特祭隊員だった。◯◯は他の特祭隊員と入れ替わりで、彼の地へと派遣されることになった。志願理由は、まだ本部にやってきて日も浅かったことから、刀使達の戦う現場をよく知りたい、という理由だったそうだ。」
「向かった理由そのものに、おかしな点はありませんわね。」
「むしろ、今の彼も、その原則に立っているとも言えるけれどね。」
「続けるぞ。状況が大きく変化したのは、◯◯が派遣された、その二日後のことだ。大まかな概要は、お前たち二人も知っているだろう。」
「秩父市中心部で三体の大型荒魂が出現し、一帯を焼き尽くほどに暴れ回った、でしたかしら。」
「そして、秩父市役所で展開中だった、特祭隊の部隊もそれに巻き込まれた…、とこのような記録だったと思いますが。」
「隣接していた秩父市役所が荒魂による攻撃により倒壊、それに呑まれる形で特祭隊の臨時指揮所の一部のテントが巻き込まれた。加えて、荒魂がその一帯を踏みつけるように通過した結果が、あの
「…確かに相模湾岸大災厄以降では、近年稀に見る人的被害でしたわ。」
事実、荒魂の被害としても激しいものであり、民間人を合わせた死傷者数は三桁にも上った。死者の多くは秩父市役所周辺に集中していたことから、荒魂の発生地点もこのあたりではないかと、現在では推測されている。
「そしてここからだが、刀使のおよそ半数、一般の特祭隊員に至っては、負傷者を合わせておよそ四分の三の人数を喪ったなかで、その現場指揮権を引き継いだのが◯◯だ。」
「…紫様は、その時いかがされたのですか。」
「◯◯から連絡を受けて、現地の状況を把握したくらいだ。私も応援の部隊をすぐに編成するよう指示を出した。だが、ここ鎌倉から秩父までは距離もあるうえに、周囲は山に囲まれている地形だ。ヘリによる人員輸送が最適であることは分かっていた。…最短でも、三十分は時間が掛かるとあの男には伝えた。」
「三十分…。ですが、それでは。」
「寿々花の言うとおり、その間にも荒魂による被害は拡大していく。本来、民間人の避難が完了次第、我々が荒魂の討伐に向かわねばならない。だが、その初動対応は知ってのとおりだ。」
「…彼は、その時何と紫様へ申したのですか。」
「『時間がないため、この場にいる人間のみで対処する。責任は全部自分が負う。』…要約するとこうだった。私も、その判断を止めることは出来なかった。応援を送ることは言付けたがな。」
「普通に考えれば非常識な行動ですが…。彼は、それでも行動を起こしたのですか。」
真希がこう言ったのも無理はない。通常は刀使や特祭隊に損害が発生した場合、人員を補充するなど一度部隊を再編してから、荒魂に対処する必要があるためだ。荒魂の討伐には、刀使のみならず特祭隊員との連携も肝要であるからだ。
だが、この『秩父会戦』の時ではその時間すら限られていた。時間が経過するにつれ、大型荒魂が被害を拡大していったためだ。
「幸いだったのは、秩父市中心部には臨時指揮所とは別に特祭隊の支部があったことだろう。ここに置いてあった僅かな装備を使い、現地の特祭隊員達は刀使を支えたらしい。…当時の段階で、本人たちの実戦経験は少ないのにも関わらずにな。それは、指揮を行う◯◯も例外ではなかった。」
「――お待ちください、紫様!!…まさか彼は、一発勝負で指揮を行ったのですか!?」
思わず大声を出した真希。普通ならば、最低でも数回は指揮訓練を行った上で荒魂討伐への指揮を行う。しかし、紫自身もまた、そのことに関しては少し俯き気味になっていた。
「その指摘はこの戦闘において、私が非難されるべき最たる部分だろう。だが、あの場で動ける者のうち指揮権を有していたのは、◯◯だったというだけだ。」
「法的な部分に関しては、紫様からの指揮権代行という形でしたはずです。…後にも先にも、現場指揮権の緊急委譲というのは、あまり例がありませんもの。」
「では、彼はそれを分かった上で指揮を執ったのですか。」
「真希、お前が驚くのも無理はない。…だが、あの男はその圧倒的不利な状況下でもなお、作戦を成功させた。」
「…未だにあの作戦による戦闘での殉職者ゼロ、負傷者数も一桁に留まったというのが信じられませんが、そうした情報は初耳です。」
「そうだろうな。私がこれらの情報の公表を止めるように指示を出したのだからな。」
「紫様が…ですか?」
「寿々花、考えてもみてくれ。もし練度の低い人間でも戦えると分かったら、同じような行動を取る人間が出てきかねないだろう?―まして、例外的な戦闘であるにも関わらず、それを普通に思うような人間が出てきかねない。僕達は決して弱いわけではないが、この話は噂話程度にしておいた方が、組織の体制としては好都合なところが多いんだろう。」
真希の言うように、もしこの事実が公表されれば、無思慮な者が『秩父会戦』を真似して要らぬ損害を増やす可能性も考えられる。
「…だからこそ、◯◯の昇進を行おうとしたのだがな。本人が断った以上、私からは何もできない。最も、あの男はあまりそうしたことは興味が無いようだったようだがな。」
「彼に出世欲はありませんもの。とはいえ、疑問が解けましたわ。あの戦闘を知っていても、その中身までの情報は統制されてましたのね。」
「…僕は、あの男の見方が少し変わったよ。―しかし、彼はそれを自慢している様子を見かけたことはないな…。それも紫様が口止めを?」
「いや、私からあの男へ何か圧力を掛けたことは一度もないぞ。ただ、この『秩父会戦』では死傷者の中に、○○の知り合いもいたという話は聞いたことがある。それがどう影響を及ぼしているかまでは、私にも分からないが。」
「彼も彼なりに、私達とは別に背負っているものがあるのでしょうね…。」
寿々花のその言葉を聞くと、静かに目を閉じた紫。
そんな彼の存在が、どのようにこの先へ影響を及ぼしてくるのかは、正直未知数だろう。
タギツヒメの完全復活が先か、それとも…。紫とタギツヒメの龍眼をもってしても、その未来を見通すことは未だ遠い。
職場に戻った彼は、自分の席に座ると大きく息を吐いた。
「あ~、心臓が止まるかと思った…。」
局長室に入った途端に、体操服姿の紫が居れば、それは驚くほかないだろう。
「…紫様にも、ああした時期があったんだろうけどなぁ。」
舞草としては紫の老けなさに疑念を抱く者も多く、それが大荒魂・タギツヒメである裏付けではないのか、という指摘もある。
それはそれとして。
「孤高の刀使、とは言っても、結局のところ人間であることには変わりないんだよな…。羽島学長からの学生時代の話も伺うことはあるとはいえ、個人的には複雑なところだな…。」
舞草のためのみならず、刀使全体への実益を考えるようにはしている。無論それは、紫も例外ではない。
「…ともかく、今は情報収集を怠らないようにしつつも色々考えるしかないな…。」
昇進を断った際に贈られた、折神家のロゴマークが入ったマグカップを手に持ち、緑茶を淹れる。
また再び、彼は日常へと戻っていく。
ほぼ時を同じくして紫本人からも評価されていることは、全くもって露知らずの彼であった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽にご投稿頂けたらと思っております。
次回は結芽編になります。
…胎動編での流れをどうするのか苦心しているところはございますが、書き綴って参ります。
それでは、また。