刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は紫編その6 後編となります。
ボウリング場でのチーム分けのあたりから再開します。
…親衛隊編が長丁場となっているのは、ご容赦いただければと思っております。

それでは、どうぞ。


⑩ 不退転の覚悟

 ー東京都江東区 大規模商業施設内 某大手アミューズメント店舗ー

 

 壮絶なジャンケンの結果、先ほどまで彼と話していた女性隊員、中村が彼と紫のチームに加わった。

 

「か、勝てたぁ…!」

「おめでとう。良かったね、紫様と一緒に投げられそうで。」

 パチパチと軽い拍手を送る彼。

「は、はい!ーもう、一生分の運を使い切ったんじゃないかな、とか思ってますけど。」

「…それは言い過ぎな気がするけどねぇ…。ま、いっか。」

 悔しげな表情を浮かべる人間も何人かはいたものの、警護に選ばれるだけあり、割り切りのついた者が多かった。

 

「決まったのか。」

 奥手で待っていた紫が、声を掛けてくる。

「ええ。彼女がうちのチームで投げます。」

「よ、よろしくお願いします!紫様!」

「そう固くなるな。少しの間だが、共に楽しもうではないか。」

 紫はそう言って、中村へ握手を求めた。

「はっ、はい!」

 紫から差し出された手を、両手でしっかり握った彼女。

(いい思い出として残ってくれれば、文句無しなんだけどな。)

 それを眺め終えると、ボウリング球を探しに出る彼。一通り準備は整いだした。

 

 

 

 

 各チームで二レーン・二ゲームずつという勝負形態を取った今回。

 彼もジャンケンの時にはああ言ったものの、実際は全員が公平に投げられるよう考えていた。その際、最後の一試合分紫や彼のチームは試合が空くことになるが、その時は彼と中村が警備に回ることでどうとでもなると計算していた。また、投げ終わった人間が警備に加わることで結局カバーが効くとの打算もあり、その点でも心配はしていなかった。

 

 

 紫のチームでの投球順だが、先頭が彼、二人目が紫、最後が中村、という順番になった。彼が露払い役として前に立ったというのもあるが、いきなり最初に紫へ投げさせるというのもどうなのか、というのもあった。

 

「さて、…ボウリングやるの久し振りなんだけどなぁ…。」

 彼の一投目。レーン内と護衛中の人間が見守るなか、球は投げ出された。

 

 

 

 

 ゴロゴロゴロ

 

 

 パーン!

 ゴトン

 

 

 

 

 球はセンターピンに当たるも、そのまま左に転がっていき、四本がレーン上に残った。

「当てられないこともないが…、外しそうだな。」

「お前なら大丈夫だろう。」

 球を取りに戻った際、紫がそう声を上げる。

「回転かけられないんで、結構大変なんですけどね。」

「なに、お前らしく真っ直ぐ投げればいいではないか。」

「俺らしく、ですか。」

 一球入魂、ではないがピンを見据えてスペアを目指す彼。

「…はあっ!」

 その紫の言葉に吹っ切れたのか、思いっきりぶん投げる。

 

 

 スーッ

 

 カランコロン!

 

 

 余計な力を入れなくて済んだのもあったのだろう。

 球は見事、残りのピンを弾き飛ばす。スペアの表示が、アニメーションとともに現れる。

「よし!」

「凄いです!」

「俺も負けらんねぇ!おりゃー!」

 隣のレーンの一人目の隊員も触発されて、投球していった。

 

 

 戻ると、紫から褒めの言葉をもらう。

「なかなか、上手かったと思うぞ。」

「いえいえ、紫様のおかげですよ。投げるのが久し振りなのに、変に力を入れなくて済みましたから。」

「さて、次は私か。」

「紫様、持てますか?」

 腹部の患部に気を遣った彼だが、彼女は

「なに、心配は無い。私も、少し体を動かしたかったからな。」

 と、大丈夫そうな返事をする。

「まあ、見ていろ。リハビリの一環だと思えば、これくらいはな。」

「…◯◯さん。紫様、大丈夫なんでしょうか。」

 隣に腰掛けていた中村が、紫を気にかける。

「まっ、大丈夫だろうよ。それに。紫様さっき、にやけてたし。」

 

 硬い表情の多い彼女だが、本当に楽しそうにしている時はその片鱗を垣間見ることができる。にやけていると放った、彼の言葉もそうである。

 

「えっ?」

「さ、紫様が投げるぞ。」

 彼の視線が紫へと向けられたのを機に、中村もまたレーン上の彼女に目を移す。

 

 

 

 

 紫にとってみれば、こうしたグループで何かわいわいやるというのも、かなり久し振りになるとも言える。勿論、刀使達の様々な行事に関与はしている。が、外部でこうした自身も主体的に加わって、というのはそれこそ学生時代にまで遡ることになる。

 

(また、こうした時間が取れることになろうとはな。)

 表には出さない彼女自身の様々な思いが交錯するなか、ボウリング球は投げられた。

 球は大きく右にスピンしながらも、センターピン後方へ吸い込まれるように当たっていった。激しく当たったことで、それぞれのピンが押し出されるようにレーン上から弾き出される。

 狙い澄ましたかのような、完璧なまでのストライクであった。

 

 

 

 

 そこからのゲーム内容は白熱した。一試合目の二チームとも九投目が終わった段階では、全員のスコアが既に百点を越えていた。

 特に紫に至ってはターキーを繰り出すなどして、とてもつい先日までベッドで横になっていた人物とは思えないほどの好成績を叩きだしていた。ちなみに、紫のチームでのこの時点の順位はトップが紫、次点で中村、最下位が彼の順であった。最初こそ調子の良かった彼だが、他の二人の投球技術の前ではその優位はみるみるうちに崩れ去っていった。

 

 

「あー、これ取り返すの厳しいかもな…。」

 一ゲーム目の最終、十投目。

 彼が二位の中村を逆転するには、少なくとも最初にストライクを叩き出す必要があった。だが、ボウリング球を回転させながら投げるというのは、中級者以上のボーラーならば容易に実行できるのだが、初心者に近い彼の投球方法では非常に難しくかつ失敗する確率のほうが高かった。

(……ま、深く考えて投げるのも性に合わないか。)

 ボウリング球が最も速度を上げるところで手を離すことだけを考え、それ以外のことは一旦頭の片隅のほうへと追いやった。

 

 

 ベンチでは、紫と中村が彼の様子に対して小話を挟んでいた。この短時間ですっかり空気は解れたようである。

「◯◯さん、集中されてますね。」

「あの男は、こういう追い込まれた時には妙な運の強さを発揮するからな。中村、お前はアイツが土壇場での逆境を、幾度となく乗り越えてきたことは知っているか?」

「い、いえ。特祭隊内の噂程度の話しからしか、◯◯さんの素性とかは知りませんね。そもそも、あまり自分の事を話すような人でもなかったですし。」

(だから、舞草の諜報員だったと言われると納得してしまうところはありましたから。)

「まあ、アイツはそういう男だからな。…ただ、アイツは基本的に誰に対しても本気で接していく。邪険に扱われた時でも、な。」

「それは、紫様であっても、ですか?」

「恐らくな。ここ数年で私と面と向かって意見やらをぶつけるような男は、アイツくらいなものだろう。…まったく、自分のことくらいは考慮すればいいだろうにと何度言えば気が済むのやら。」

「あはは…。あっ、◯◯さん投げますね。」

 乾いた笑いをした中村がそう言うと、紫もまたレーン上の彼に視線を切り替える。

 

 

(真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに…。)

 力に任せるような投げ方でもなく、かといって変に回転をかけてピンを狙うという投げ方でもなかった。一直線に、センターピンを目指した投げ方だった。この時の投球速度は、この日投げた人間のなかで最も速いものとなった。

 

 

 

 

 球は、レーン上のピンの全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 その後、結局紫を上回る得点を出すことは叶わなかったが、なんとか彼は逆転し、紫のチーム内では二位となった。最終的なゲーム結果としては、紫を含めた九人の中で、総合四位という成績であった。ちなみに、紫と仲良くなっていた中村はその下の五位であった。紫が一位かと思われたが、紫のチーム以外が投げた試合でストライクを連発しまくった隊員がいたため、その人間が一位となった。

 聞くところによれば、その人物は趣味でボウリングをやっていたらしく、後日折神家()から護衛の御礼と記念に特注のマイボールが贈られたという。

 

 

 

 

 ー東京都江東区 某大型商業施設ー

 

 ボウリング大会を終えた一行は、紫のリクエストで、買い物を兼ねて観覧車が敷地内にあるこの施設へと入っていた。

 

「なかなか、こうしたところへは向かうことが叶わなかったからな。◯◯、お前には感謝している。」

「むしろ、多忙過ぎたんですよ。今までがですけど。それに、紫様の立場じゃあ、こうして護衛を伴った形でないと外には出られませんし。」

 

 紫の局長という立場が行動を制限していたのも事実であり、であるが故にタギツヒメ達の復活まで、多くの人間が気づかぬまま過ごしてきていたというのもまた事実であるのだが。

 

「…こうして回っていると、美奈都や篝のことを思い出すな。私の立場を気にして止める篝と、それを気にせず私を外へ連れ出そうとする美奈都。……今思えば、それが本当に掛け替えのない時間だったのだと、二十年経った今なら理解できる。」

「紫様…。」

「……ああ、すまない。少し感慨に耽ってしまった。」

「いえ。むしろ、楽しいという思い出はなるべく多く思い出しておくべきです。貴方はもう、タギツヒメに憑依されていた頃の『折神紫』ではない、ただの『折神紫』ですから。」

 その彼の言葉を聞いた他の護衛の特祭隊員たちは、大小あれどそれに対して頷いていた。

 

「二十年も前の記憶をより思い起こす、というのは必ずしも気が進むものではないがな。」

「…でも、美奈都さんや篝さん、今の学長達と過ごしてきた時間は、それこそ今の俺達にも通ずるものがありますから。…一個一個、どれだけ時間が掛かってでも、二人と過ごした場所を訪れるなりすることは、紫様のためにもきっとなりますから。」

「…そういう、ものだろうかな。」

「そういうものです。」

 今後、彼女の隣であれこれ動く人間は、それこそ彼自身ではないのだろう。ただ、それでも彼は彼女のために何ができるのかを、真剣に考え続けていくことはしていきたいと思っていた。

 

 

 

 

 一方その頃、紫の前後には護衛の特祭隊員達が周囲の警戒にあたっていた。不測の事態に備えるためである。

「A1、中村です。護衛対象との距離を取りつつ、周辺警戒中。どうぞ。」

『B3、須崎。後方に不審な動きをする三人グループあり。家族連れと思われるが、確認求む。』

『B1、高知。B3の報告したグループを確認。家族連れと思われる。其方への警戒は解除、引き続き周辺警戒に当たれ。』

『B3、了解。』

「…紫様と◯◯さん。遠目から見たらまるでカップルみたいだなあ…。」

 そんなことをこぼす中村。インカムを介した無線は、基本的にスイッチのオンオフで送信ができるようになっているため、この言葉が無線に漏れる心配はない。周波数や電波出力も法定基準値内で抑え、二人の動向を見守る。

『A2、宇和島です。護衛対象はアクセサリーショップへ進入中。距離を取りつつ、入口周辺で待機しても問題ありませんか?』

「A1、了解。二人の邪魔にならない程度の位置取りを心がけてください。」

『A2、了解。』

 無線機のスイッチを切り、ふと思ったことを一人呟く中村。

「そういえば、紫様がオシャレをしているようなイメージが湧かないなあ…。いや、今日はしているんだけれど。」

 思えば、紫のプライベートを必ずしも知っているのかと問われれば、そうした人間は少ないだろう。だいたいの紫のスケジュール管理が、親衛隊の方へ投げられていたことも一因だろう。

 

(…ん?宇和島さん、なんか凄い表情を浮かべているけど、どうかしたのかな?)

 先ほど無線を返した宇和島という少女が、ギリギリと歯軋りしていそうな顔をしていた。彼女はいわゆる紫ガチ勢の一人でもある。

 彼女が一点をずっと見続けていたこともあり、中村はその視線の先にあった光景を捉える。

(……あー、これは宇和島さんが歯軋りするのも分かりますね。◯◯さん、あんまり近寄り過ぎると大変ですよ。)

 

 中村は、髪留めやブレスレットといったアクセサリー類を見ながら、それらが似合うかどうかを試そうとする彼と、それに対して、こうした場にあまり慣れていないのかおどおどしたような雰囲気を見せる紫との、その対照的な感じに少し笑みがこぼれる。

 

 

 店内にいた彼と紫。アクセサリー類を吟味していた中で、彼は彼女に似合いそうな物を探していた。

(若干値が張るものもあるが…、あ、これは良さそうだな。)

 彼が目に留めたのは、指輪が通されたネックレスだった。

(折角だし、俺の提案に乗ってくださった紫様への御礼として贈ろうかな。)

 

 以前から紫へ色々と迷惑を掛けてきた負い目もあり、プレゼントの一つくらい贈ったところで何か変わるものでもないと考えていた節もあったことから、あまり深く考えずに購入を決めてしまった。…本来はこの時に、それを贈る意味をもっと深く考えるべきだったのだろうが。

 

 じっくり物見をしていた紫と少し距離が開いていた隙に、至近にいた店員へ声を掛ける。

「すみません。」

「はい。どうかなさいましたか?」

「この指輪付きのネックレスを購入したいのですが、そこの彼女の指のサイズを測っていただいてもよろしいでしょうか?」

「あちらの黒髪のお客様でよろしいですか?」

「はい。」

「かしこまりました。左手の薬指でよろしいですか?」

「?…あっ、はい。」

 彼もこの店員の誘導に気付くべきだったのだろうが、鈍感さはこの場においても健在だった。

 

 微笑ましい表情を向けた店員の態度に疑問が湧いたものの、その後の店員の対応は見事なものだった。紫の素性を知っているような感じではなかったが、それとなく展示用で置いてあった指輪を取っ替え引っ替えしながら、彼女の左手薬指のサイズを確認していく。

 

 それからしばらく。指のサイズを確認していた店員が此方のほうへ戻ってくる。

「指のサイズは分かりました。これから品物を包みますが、よろしいでしょうか。」

「会計は交通系ICカードでお願いします。」

「かしこまりました。」

 紫に気取られないようにするというのも大変ではあったが、会計が済むと彼女のもとへと戻る。

 

「紫様、ここで何か買っておくべきものとかはありますか?」

「いや、ここでは無さそうだ。お前の方は済んだのか。」

「ええまあ。」

「それにしても、この店の店員は指輪を積極的に勧めてきたが、何かセールか押し売りでもやっているのか?」

「…たまたまじゃないですかね。」

 恐らくその原因を作ったと思われる人間が、目の前にいるとは言いたくない彼。

 

 なおアクセサリーショップからの移動中、無線機を介して中村の方から、

『◯◯さん、紫様以外の人間は貴方の行動が見えてますので、それは覚えておいてください。…よりにもよって、なんでソレを選んだんですかね…。』

 と、彼女の愚痴ともとれる発言が飛び出した。その言葉の真意に気が付いたのは、全てのコトが済んだ後になったのだが。

 

 

 

 

 ー同商業施設内 大型観覧車ー

 

 お台場周辺を見渡すことができる、この大観覧車。幸いにして紫と彼は高所恐怖症ではなかったため、紫からの頼みに彼も簡単に乗っかったのである。

 しかし、彼以外の他の護衛の人間も、紫と同じゴンドラへ一緒に乗ろうとしたところ、彼女から、

 

『お前達にはすまないが、この男以外には聞かせられない話がある。他のゴンドラへ乗ってはもらえないか。』

 

 と、かなり睨み調子に護衛の隊員達へこう放った。向けられた眼光だけでガタガタと震え上がる者もいたが、彼女の発言に対して多くが即返答した。指名された彼に至っては、自分か護衛の人間が彼女を怒らせるような真似でもしでかしたのだろうか、という不安が高まろうとしていた。このため彼は、今からの彼女との二人きりの密室空間での出来事に対して、戦々恐々としていた。

 

 

 

 

 ゴンドラへ乗り込んだ当初、何を言われるのか分からなかった彼は黙り込んでいた。紫は外の景色に目を移していたが。

 そんななかで、観覧車のゴンドラが四分の一ほどまで昇ってきた時に紫が口を開く。

 

「すっかり、日も暮れたな。」

「はっ、はい。…冬至は、もう過ぎたのですがね。」

「こうした夜景に包まれるというのも、なかなかどうして。久し振りに見る分には、悪いものでもないな。」

「個人的には、明るい時の方が良いときもありますけれどね。…あ、そうだ。」

 会話を途切れさせたら、紫に何を言われるのか分かったものではないと考えていた彼は、先程店で買ったあのネックレスを入れた箱を、鞄の中へ入れていた袋から取り出す。

「紫様。これは、今日無理を言って外へ出ていただいた分と、今まで散々ご迷惑をお掛けしてきた分の、僅かながらの御礼です。」

「……貰っても、よいのだな?」

「というか、貰ってください。」

「ふむ。…中身は、見ても構わないか?」

「紫様がよろしければ、どうぞ。」

「分かった。」

 

 彼女の片手の掌よりも少し大きなサイズの箱。

 それを開くと、中に入っていたのは銀色のチェーンが通された指輪付きのネックレスだった。

 

「……っ!?―こっ、これは!?」

 流石の紫も、驚きの表情を持って彼と箱を交互に見やる。

「紫様は、ピアスやブレスレットといった類の装飾品を付けているのを、俺はあまり見たことがありませんでしたので。ネックレスとかだったら脱着も容易だし、目立たないからいいかな~、とか思った次第です。…お気に召されませんでしたか?………紫様?」

 どこかボーッとした感じになっていた彼女が、再起動する。

「あっ、ああ。すまない。…綺麗な代物だな。」

「流石に、ダイヤモンド付きのモノは手が届きませんでしたので。それでもお気に召していただけたなら、幸いです。」

「…◯◯。これを、私の首に掛けてもらえないだろうか。」

「えっ、あ、はい。分っかりました。」

 

 まさか自分が買ったネックレスを、元上司に掛けることになるとは思っていなかった彼。…無線機から怨差の声が聞こえてきたような気がしてならなかったが。

 

「前、失礼しますね。」

「うむ。」

 

 ちょっとゴンドラが揺れてしまえば、互いの顔がくっついてしまいそうな程の距離まで迫る二人。首の後ろでフックを固定するまでの間、いかに紫の身体に手や胴体が接触しないようにしなければならないか、彼はかなり足を踏ん張る。

 

「…ふう。付け終わりましたよ。」

「…やはり、普段とはまるで違うな。そういえば、この指輪は付けることが可能なのか?」

「えっ、ええ。さっき調べてもらって、指輪のサイズも紫様の指に合わせてあるはずですよ。」

「!?…いや、付けるのはいい。」

 そう言って、プイッと横に顔を向けた彼女。

(?…どうかしたのだろうか、紫様。)

 彼は、紫が再度此方に向くまで少し待った。

 

 

 

 

(……この男は私を一体どうしたいのだ!?思わず顔を直視できなくなったではないか!)

 横向けた側の紫は、彼の(無意識な)配慮に思わず表情を見られることを拒んだ。長い前髪が顔を隠すように垂れていたことで、彼に顔を覗かれることはなかったが。

 そんな混乱を乗り越え、彼に尋ねる彼女。

 

「…◯◯、これを私に贈った理由は御礼だけなのか。」

「そうですけれど。」

 即答だった。彼自身も、それ以上の他意はなかったらしい。

「…フッ、フフフッ。まさか、久し振りの男からの贈り物が御礼だというのもな。」

「紫様?」

「いや、悪い。女性に指輪を贈るということは、そういうこと(・・・・・・)ではないのかと思ってな。」

 そういうこと、と聞いて、少し前の中村の言葉と今の紫の発言が何となく繋がっているようにも感じたが、それでもやっぱり彼は気がついていなかった。

 

 

 

 

 観覧車がもうすぐ最高地点に到達しようとしていた時、紫からしっかり聞いてほしいことがあると告げられる。

 

「◯◯、お前には多方面で世話になった。そんなお前にしか、頼めないことがある。」

「何でしょうか。俺にできることならば、合法的なものなら何でもやります。」

 この時、彼は失言をしてしまっていた。『何でもやる』と。その言葉を逃す彼女では、なかった。

「…その言葉に、二言はないな?」

「?―はい。」

「よろしい。では、伝えさせてもらおう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「◯◯××(彼の名前)、私と結婚を前提とした交際をしてもらいたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、無線機からの声はピタリと止まり、彼の方も時が止まったように固まった。

 

「…ゆ、紫様。それは、本気なのですか?」

 固まった彼が、ようやく脳を働かせて言葉を捻り出す。

「勿論、本気だとも。その証拠を、今から見せよう。」

「え?」

 彼の理解が追いつく前に、紫が彼の顔の目の前まで近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ゴンドラが最高地点に到達した瞬間。彼の唇に、柔らかい感触が伝わる。

 彼が顔を見た時、彼女は静かに目を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(紫様…。―なら、俺も。)

 勇気を出した彼女に返礼するかのように、彼もまた、一度紫の唇を離したかと思えば、再び重ね合わせる。

 その際、一旦離されたことで目を開きかけた彼女と再度口付けを交わしたことで、紫の目が見開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴンドラが下りだし、二人の唇は離れていくとともに、彼も紫も元々座っていた座席へ戻る。

「…はぁっ、はぁっ。…おっ、お前…。」

「今のが、俺の答えです。紫様がこんなよく分からない素性の人間を好いてくれたことに、俺は感謝していますよ。」

「◯◯…。」

「…まあ、越えなければならない壁は多いとは、思っていますがね。」

 

 交際はともかく、結婚ともなれば紫、いや『折神家』という家柄と彼は向き合う必要が出てくる。妹の朱音はともかく、外野がどういった行動を取るのかが全く読めないからだ。それでも。

 

「ただ、紫様となら、何とかなりそうな気がします。なぜなら、あのタギツヒメと二十年も渡り合ってきた人ですよ。ほんの数年くらい、俺が他者から文句を言わせないくらい立派になれば、それで事足りる話でしょう?」

「…二人きりの時は、紫で構わない。その代わり、××(彼の名前)と呼んでも構わないか?」

「そうさせてもらいます。紫さん。」

「……不思議なものだ。呼び方一つ違うだけで、こうも気持ちが変わるのだな。」

「…ただ、一旦は名前で呼び合うのは止めておいた方が良さそうですね。」

「なに?」

「…今の会話、他の護衛の人間も聞いているみたいなので。」

 彼からの無線送信はしていなかったのだが、透覚を持つ刀使が彼と紫の会話を聞いていたらしく、泡を吹いて倒れたという護衛の悲鳴が彼の耳に届いていた。

「はっ!?」

「…紫様も、案外おっちょこちょいなところがあったんですね。」

「…むう。」

「やー、でも、今後は意識の切り替えが大変になりそうで困りましたね。自制に努めますけど。」

「それだけ軽口が叩けるのなら、大丈夫だろう。」

「さ、降りましょうか。紫さん。」

 

 短くも濃密な二人の時間は、一度終わりを迎える。だがそれは、まだ二人が結ばれていくまでの始まりの一歩に過ぎない。

 ちなみに、この観覧車には『観覧車が頂点に達した時に、カップルがキスを交わすと別れない』というジンクスがあったそうだが、それが本当かどうかは眉唾程度の噂と捉えた方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 その後鎌倉へ帰った際に、女性へ指輪を贈ることの意味を調べて、彼がその恥ずかしい失態に気づき青ざめていた時には、彼の同僚達は

 

『恋愛音痴と無知が重なるとこうなるのか。』

 

 と、自戒の念も兼ねてそう思ったという。

 

 

 なお、紫が彼との関係を公表した際に大波乱が起きたのだが、後に触れることとする。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

本日は姫和の誕生日になります。紫と縁深い娘の誕生日での投稿となりました。(狙ったわけではございません。)チョコミントが意外といけると思った衝撃は、今でも覚えております。
次いで、真庭学長役の中の人(朴さん)もご結婚なされたそうで。
世間的には、本日(執筆当時)はかなり縁起の良い日らしいとのことです。

次回から結芽編となります。
普段と少し書き方が変わりますが、作中の一つの山場として書き綴っていこうと思っております。なるべく間を置かずに投稿を進めたい次第です。

感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽に投稿いただければと思っております。

それでは、また。
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