今回は結芽編その2 前編です。
時系列は、第一話の御前試合の前になります。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 廊下ー
季節は冬。
日本の年末年始に集中する諸行事も過ぎ、大平洋に面するここ鎌倉にも時折雪がちらつく頃になった。
管理局の官舎にある自室に戻る途中の彼。
夜明かりと隙間風が、冬の寒さをより強く感じさせる。
「こう寒いと、外に出掛けるのも億劫になるな…。茶パックで緑茶作るか。…浦賀あたりの綾小路勢は今頃、こたつに籠もっているんだろうな…。」
なんてボヤきを呟きつつ、買ってきたミカンを一つポンポンと手の中で回転させる。
あと少しで自室…と思った時だった。
「あっ!お兄さ~ん!あーそーぼー!」
御刀である《ニッカリ青江》の刀身が光ったと思うと、その持ち主である結芽が十数mの距離を一気に詰めてきた。
「結芽!ストップ!」
時折悪しく両手が塞がっていた彼は、彼女に止まるように言を飛ばした。
しかし、その声よりも速く高速で突っ込んできた彼女を避けられずに、双方衝突する。
ゴチカン
「痛ぇ…。!?」
ぶつかられた彼が体を起こすと、その目先には壁に突き刺さった御刀の姿があった。危うく御刀に串刺しにされて、あの世行きになるところであった。
「う~ん…。」
一方、衝突した側の結芽は気絶していた。
「…どうするかな…。」
このまま他の親衛隊のメンバーを呼んでも問題はなかったのだが、時間も夜遅かったうえに気絶した彼女の容態も分からないため、一度近くの自室まで運ぶことにした。
その際に、壁に突き刺さった御刀を引き抜くのに難儀したが。
ー刀剣類管理局 官舎内自室ー
御刀を彼女の鞘に戻した後、背中に結芽を乗せて自室にたどり着いた。
とはいえ、来客用の布団の上に彼女を寝かせる訳にもいかなかったため、自身のベッドに彼女を横たわらせる。
「弱ったな…。このままだと、俺が結芽を連れ込んだように取られかねないな…。」
夜見か寿々花に一言入れておくことも考えたが、彼女達をこんな時間に起こすのは、こちらとしては不本意であった。
「紫様に一言入れておくか…。」
あの人だったら大丈夫か、と思った彼は一言メッセージを送る。
『結芽がいつものように構いに来たら自爆したので、今こちらで介抱しています。夜遅いので、意識が戻ったら自室に戻すつもりです。』
「これで、良し。」
事象発生からそう時間が経っていないため、彼女を寝かせている説明はつくだろう。…後々の壁の修理の方が気にはなっているが。
「そうだ。」
ポンと手を叩き、彼はとある人物のもとへと向かう。
コンコン
『はぁ~い。』
「浜塚、起きていたか。」
「…珍しい方が来られましたね。」
「急ですまないが、診てもらいたい人間が居るんだがいいか?」
「…構いませんよ。」
「俺の部屋まで頼む。」
彼は鎌府の衛生科に所属している彼女、
自室に誘導した彼が、さくらを中に招く。
「すまないが診てもらえるか?」
「!親衛隊の燕さんじゃないですか!…どうしてここに…。」
「ちょっと衝突してな。気を失っているようだったから、寝かせた。」
「容態を確認しますね。…脈拍は正常、呼吸も異常なし…。」
淡々と結芽の現状を診察する。
「…単に気を失って眠っているだけみたいですね。」
「そうか…。良かった。」
スヤスヤと落ち着いたように眠る彼女。
「…燕さんの体とかに何か変化はありましたか?」
「いや全く。いつも通りの結芽だったぞ。」
「…なら、いいんです。」
彼は一瞬彼女の言動が気になったが、今は追及すべき時ではないと思い、敢えて口を噤んだ。
「燕さんはどうされますか?」
「とりあえず、起きるまで待つ。…まあ、起きそうになければここで寝てもらうさ。」
「…貴方はどうされますか?」
「起きるまで仕事でもしておくさ。…最悪、眠くなったら客人用の布団もあるから、それを敷いて眠るわ。紫様にもメッセージを送っているから、問題ないだろう。」
(…本当に変わった人です。)
さくらは内心そう思ったが、これは元からの彼の性格であるということも思い出し、それなら大丈夫だろうということで、後のことを彼に任せて自室に戻っていった。
「う~ん。あれっ、ここどこだろう?」
結芽が目を覚ました時、薄暗い天井が視界に飛び込む。
体には毛布が掛けられていた。
「おっ、目が覚めたか。眩しいかもしれないが、照明を点けるぞ。」
「うわっ。…って、お兄さんじゃん。ここどこ?」
「お前なあ…。まあいい。ここは俺の部屋だ。」
色々言いたいことを抑え、状況説明に回る彼。
「突然襲撃をかけたと思ったら、ぶつかった上に御刀を壁にぶっ刺したまま気絶するから、驚いたぞ。」
「あっ、思い出した。お兄さんに構ってもらおうとしたら、そのままになっちゃったんだっけ。」
「《ニッカリ青江》はそこに置いておいたぞ。後で刀身に異常が無いか確認してもらってこい。」
「うん…。ありがとう。」
大切そうに御刀を抱える結芽。
その姿を見た彼は、安堵の表情を浮かべる。
「ほれ、結芽。ミカンがあるから少し食べていくか?」
「うん。…美味しそう。」
「炬燵じゃなくてすまなかったな。体は冷やさないようにしていたから、大丈夫だと思うが。」
言われてみれば、部屋が暖かく感じた。部屋の隅をよく見ると、エアコンが稼働していた。
「…色々してもらって、ごめんなさい。」
「全く、単に気絶していただけだったから良かったものの、万が一ってことだってあるんだ。気をつけろよな…。」
「は~い…。」
しょんぼりとする彼女。元々聞き分けはいい娘なので、駄目なものであることをしっかり伝えればこちらの言っていることを聞いてくれていた。
そんな彼女の頭に、彼は優しく手を載せた。
「でも、無事で良かった。」
「お兄さんは、私のワガママを怒ってないの?」
「もちろん、駄目なことはダメだ。…だからといって、結芽のことを心配しないのは別問題だ。」
ゆっくり彼女の頭を撫でる彼。
「無邪気で笑っている結芽の姿は、俺の活力の一つだからな。」
穏やかな笑顔を彼女に向ける。
「さっ、乾燥しないうちに食べてしまおう。」
「う、うん。」
一部剥き終わったミカンを頬張る二人。
その後、結芽の目覚めがあまりにも夜遅い時間であったこともあり、やむなく彼女と彼は布団とベッドにそれぞれ分かれて一晩を過ごした。
ー翌日 折神家・特別祭祀機動隊本部 局長室ー
朝一番に局長室に呼び出された彼。
紫へ前日送ったメール内容の真偽について、彼は今、彼女の前に立たされていた。
ちなみに、彼が妙な動きを少しでもしたら、扉の外に控えている真希達親衛隊が、いつでも突入できる状況になっていた。
「単刀直入に聞こう。昨晩のメッセージ、あれは本当か?」
「はい。…責任者に一報を入れるのが筋だと思いまして。」
じーっと彼を見る紫。
(何も嘘は言っていないから大丈夫なはず…。大丈夫だよな?)
一気に彼の心が不安に包み込まれる。
「…ま、良かろう。唐突にイタズラメッセージを送るような人間でないことは、私自身も理解している。」
結果は問題なし。日頃から剣戟を挑まれる彼女にとっても、これを怒るのはお門違いだと思ったのだろう。
「…それで、昨日結芽とお前はどうした?」
「結芽の目が覚めたのが深夜近くでしたので、それぞれ別の寝具で眠りました。そんな時間に女の子を一人でほっ放り出したら、その人間の神経を疑いますよ。」
一瞬、後方の扉の方でガタッと音がしたように思えたが、たぶん気にすると首と胴が離れるような予感がしたので止めた。
「…結芽に何かしたのか?」
「いえ、自室に運んだ以外は何も…。というか彼女が気を失って以降、ずっと気が気ではなかったもので。鎌府の衛生科に居る浜塚さくらを呼んでもらえれば、そのあたりの誤解は晴れると思います。」
「…手は出さなかったのだな…。…そうか。」
紫は良かったような、悲しいような何とも言えない表情を浮かべる。
「?…紫様?」
「いや、何でも無い。…ついでに付け加えるが、本日はお前を休ませよう。」
「えっ?いいのですか?…まあ、いい加減休みは欲しいと思っていたので、有り難い限りですが。」
彼も正直、昨日のことがあって若干寝不足気味であったため、この提案を断る理由は無かった。
だが、ウマい話には必ず裏がある。
紫はそのまま続ける。
「ただし、付け加えることがある。お前に任務を与えよう。」
「ありがとうございま……。えっ?」
耳から言葉が通り抜ける前に、思考が追い付く彼。
「任務…ですか?」
「ああ。ただし、内容は簡単なものだ。結芽と共に、どこかで休日らしい休日を過ごしてこい。それだけだ。」
「俺はともかく、結芽の方は良いのですか?」
「この提案をしたら、二つ返事で了解してきたぞ。休める時に休んでこい。」
前日のこともあったのか、あまりにトントン拍子で話が進んでいった。
「…了解しました。休暇任務、謹んでお受けいたします。」
「うむ。結芽を頼んだ。」
部屋を出ると、結芽以外の親衛隊の面々が待ち構えていた。
「昨晩は…その、ありがとう。」
「まさか貴方が結芽の介抱をしていたなんて、少し意外でしたわ。」
「燕さんに構って頂き、ありがとうございます。」
「お礼を言われるような程のことはしていないんだがな…。ただ、ありがとう。」
その後、三人に休暇任務の内容を伝えて、出掛ける準備を進める。
その時の三人の表情は、彼を心配するような感じではあったが。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 車両ロータリー付近ー
訪れる乗用車などが転回するこの場所で結芽を待ち合わせる彼。
「お兄さ~ん!お・待・た・せ!」
本部の方に延びる階段から、こちらに飛び降りる彼女。
「おっ、おい!」
彼女は彼の真横にぴったりと着地した。
「待った~?」
「足挫いてないか?大丈夫か?」
「もう、心配性だなぁ~。この通り平気だよ。」
そう言うと、体をクルリと一周させる。
「なら、いいんだが。…御刀は、整備に出したのか?」
「お兄さんの言った通り、朝一番に出してきたよ!」
《ニッカリ青江》は昨日の壁刺突の影響もあり、彼の言ったように出してきたのである。
「じゃ、行くか。」
「どこに行くの~?」
「冬といえば、というところだな。」
ー東京都東大和市 某アイススケートリンクー
鎌倉からJRと私鉄を乗り継ぎ、約二時間。
関東に存在する屋内型としては比較的大きなアイススケートリンク場に、二人はやって来た。
「うわっ、中も結構寒い…。」
「張っている氷を溶かさないようにしているからな。…温かいお茶を淹れておいて正解だった。」
出発前に入れた烏龍茶のことを思い出す。
「お兄さんはスケートやったことあるの?」
「いや、全然。ただ、同じウィンター・スポーツであるスキーの経験はあるから、要領は何となく分かる。」
「…何か不安。」
「そう言わないでくれ。こっちもそれは自覚しているんだから。」
二人は利用料と貸スケート靴代を払い、ロッカーに貴重品を置いてくる。
リンク脇の座席に二人の荷物と、スケート時に邪魔になるであろう上着を置く。
「さて、スケート靴…。どうした?結芽。」
「いや、何か履きにくいなって思って。」
よく見ると、彼女の足先で引っかかるスケート靴の姿があった。
「ああ…。ちょっと待ってくれ。」
彼の方は既に靴を履き終えていたので、彼女の足の方にしゃがみ込む。
「…思いの外、固い靴だな。」
何とか左足の踵が靴に落とし込まれ、靴ひもを結びにかかる。
(お兄さん、目が真剣なんだけど…。でも、してくれて嬉しいな。)
結芽も彼の動きを見ながら、改めて好くしてくれているな、とも思った。
「よし、これでいいだろう。」
「しっかり結ばれてる。凄いや…。」
「一人でやるには大変だろうしな。もし解けたら言ってくれ。」
「うん。じゃあ、滑ろうか。」
二人は手を繋いで、リンク上に現れた。
流石に、現役刀使と最悪に備えて最前線で活躍するために体を鍛えた者とでは、初めて滑る人間の割に安定性が全然異なっていた。
「見てみて~!私、ちゃんと滑れてる!」
「ああ、本当だな。」
彼は滑りながら、持っていたデジカメで彼女のスケート姿を撮影する。
普段の快活な姿が、この氷上ではなお映える。
「気持ちいいなぁ!お兄さんも並んで滑ろう!」
「仕方ないな…。よし!俺を捕まえてみろよ!」
滑る速度を少し上げ、結芽から距離を置く。
「あっ、待って~!」
「そいやっ。」
段々靴の感覚にも慣れ、ターンやS字滑走も出来るようになってきた。
「おっと。危ない。」
他の利用者と接触しそうになったので、ブレーキをかける。
その隙に結芽が彼に近づく。
「つっかまえた~。」
「!あっちゃ、追いつかれたか。」
「私を置いていくのが悪いんだからね。」
ギューッと彼を後ろから力強く抱きしめる彼女。
「よし、一回上がるか。もうすぐ昼時だしな。」
「エーッ。まだ滑りたい~。」
「大丈夫だ。まだ滑るから。お腹が空いて動けなくなる方が困るだろ?」
「…それもそうだね。分かったよ。」
抱きついた状態から向きを変え、彼がエスコートするように結芽の手を引く。
(こんな時間がもっと続けばいいのに。)
彼女の願いとは裏腹に、少しずつ時間は減っていく。
彼はまだ、それに気づいていなかった。
ご拝読頂きありがとうございました。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告で対応させて頂きます。
とじとものメインストーリー、どうなっていきますかね…。
結芽好きな方々にとって、良い方向に行くといいですが…。
それでは、また。