今回は結芽編その2 後編です。
それでは、どうぞ。
ー東京都東大和市 某アイススケートリンクー
昼食を食べ終えた二人は、再びスケートリンク上に戻っていた。
「結芽、調子のほうは大丈夫か?」
「うん。ここまで体が軽いのも久し振りかな。」
彼女の身体を気遣う彼。幸い、スケートリンク場の冷え込みから体調を崩すようなことは無さそうであった。
「少し、ウォームアップに一周滑るか。」
「そーだね。というか、お兄さん何か嬉しそうな感じがするけど?」
「まあ、な。」
端から見ると二人の状況はカップルというよりも兄妹に近いが、それでも普段多忙である彼からすれば、こうした時間があるだけ幸せなのだ、そう思えたのである。
「…ウォームアップと言っておきながら気付けばもう、一周回り終わってたんだな。」
彼はそんなボヤキを言っていたが、隣を併走していた結芽が口を開く。
「じゃあさ、お兄さん。今度は一緒に滑ろうよ。」
「ん?もう滑って…」
「そういう意味じゃなくって…。」
何故だかもじもじし出す彼女。
「私の手を繋いで、一緒に滑って欲しいってこと!」
「何だそういうことか…。」
何をそこまで恥ずかしがるのだろうと思った彼だったが、そこは気にせず彼女の望み通りにしようと動く。
「タイミングがズレたらどっちも転倒だから、気をつけて滑るぞ。」
「分かってるよ。それ~!」
「おい、ちょっ、結芽!急に引っ張るなよ!」
「待ってって言っても、待たないからね~!」
エスコートする筈が逆に引っ張られる羽目になった彼。
だが、彼女のことを考えたら、案外こっちの方が性に合うのかもしれないと思い、そのまま身を任せる。
…その後、双方がヘトヘトになるまで滑走し続けたのであった。なお、二人の手はリンクから上がるまでほぼずっと繋ぎっ放しだった。
ー横浜高速鉄道 元町・中華街駅ー
東大和市駅から約二時間。旧東急東横線の横浜~桜木町間が事実上移設・延伸した形で、開業してしばらくになるこの駅。開業当初から乗降客数も増えており、今では三大副都心や埼玉方面からの電車も乗り入れるようになった。
二人はもう間もなく日没になる頃に到着した。
「電車乗っている時間、長かったな~。」
「帰る時は横浜で乗り換えて一本だから、そこまで苦痛にならないはずだぞ。」
「それで、どこに行くの~?」
「先に中華街を食べ歩き…もとい、ぶらつこうかと思ったんだがそれでもいいか?」
「夕飯だって食べるんだから、あんまり食べ過ぎたら駄目だよ。」
「そんなに食べるつもりは無えよ…。」
結芽に諭されながらも、久しぶりの休暇を思う存分過ごしていた。
その頃、刀剣類管理局では他の親衛隊の面々が休憩をとっていた。
「彼は結芽と上手くやれているだろうか?」
「あら。でしたら、真希さんも一緒についていけば良かったではありませんの?」
「…心配性なだけかもしれないけれどね。」
「…燕さんなら大丈夫ですよ。彼女は、彼に懐いているようでしたから。」
「夜見がそう言うのなら、そうなのか…。」
「今頃、二人は一体何をしているのでしょう?…土産話が楽しみですわ。」
夜見の出した紅茶を嗜みながら、三人はこの場に居ない者達のことを想う。
一方、件の二人は中華街を散策しながら小籠包の名店に寄って、購入した物を啄みながら冷えた体を温めていた。
「温けぇな…。中の汁は熱々だが。」
「そんなにがっついたら、舌火傷しちゃうよ。」
「…ちょっと忠告が遅かったみたいだ。…めっちゃヒリヒリする。」
「仕方ないなあ…。お兄さん、ちょっとそれ渡して。」
「?構わないが。」
何をするのだろうと思ったら、結芽が俺の食べていた小籠包に息を吹き掛けていた。どうやら、中の汁の温度を下げるつもりらしい。
「たぶん、これだけ吹き掛けたら食べやすいはずだよ。」
「ああ、ありがとう。」
改めてその小籠包を口に入れると、確かに食べやすい温度まで下がっていた。
「…やっぱり美味しい。」
「お兄さんも、案外おっちょこちょいなところがあるんだね。」
「早く食べたかったのもあるのだろうけどな。」
そして、二人はそくさかと食べ終えると、紫や親衛隊向けに買った中華街土産を保冷バックに入れる。
「お兄さん、あそこにパンダまんを売ってる場所があるよ~!」
「いくつか買って帰るか。」
様々な味がある中、ブタ角煮まんやパンダまんを土産物として買っていく。
結芽は通常のパンダまん、彼は抹茶味のパンダまんを購入した。
「中は抹茶カスタードか…。うん、甘い。」
「お兄さん、一口私にも食べさせて~!」
「ああ、構わないが「いっただきます~!」ちょっ、結芽!」
言い終わらないうちに、彼女は抹茶味のパンダまんにかぶりつく。…付け加えておくが、彼が既に口をつけたものである。
「これはこれで美味しいね。」
「あっ、ああ。そうだな。」
(結芽、それ間接キスなんじゃ…。)
彼女がそれに気づいている様子は無かった。というか、口をホクホクさせながらも嬉しそうに食べる彼女の姿に、自身の頬も少し緩む。
この様子を見て、知らないほうがいいこともあるか、と思って敢えて黙った。
「ん?どうしたの?」
「いや、結芽の食べている姿についな。」
「?何か付いてた?」
「福を呼び込みそうなものはな。」
「え~っ、それな~に~。教えてよ~。」
「秘密だ。」
「ズル~い。」
頬をプクッと膨らませる結芽。
こんな時に、意地悪を仕返すのも悪くないと思った彼だった。
ー神奈川県横浜市 山下公園ー
それからしばらくして、二人は山下公園内を訪れた。
園内にある横浜マリンタワーから、横浜港周辺を望む。
「すっかり暗くなったな…。」
「ねえお兄さん、あの橋とってもキレイな色をしてる~!」
「あれは…ベイブリッジか。相変わらず様になるよなぁ…。」
「あっちの方の夜景もキレイだよ!スゴ~イ!」
「あんまりはしゃぎ過ぎるなよ…。」
(でも、やっぱり年相応の反応だよな。これくらい喜んでいるなら、ここまで連れてきた甲斐があった。)
結芽の喜びようを見て、思わず笑顔になる彼。
「お兄さ~ん!こっちこっち!」
「分かってる。今そっちに行く!」
先走る彼女を追う彼。その姿も、しっかりと写真に記録していた。
マリンタワーを降りた二人は、同じ公園内に係留されている日本郵船の氷川丸を横目に、遊歩道を並んで歩く。
「やっぱり外は寒いな。」
「でも、お兄さんと一緒に居ると暖かく感じるよ。」
「それはありがたい言葉だな。でも、俺も結芽と一緒に居ると楽しく思う。」
「その割には、いっつも私に剣術で負けてるよね?」
「…面目ない。」
「…別に怒ってないけどね。真希お姉さん達が居ない時に、いつも構ってくれるんだから。」
「簡単には腕は上がらないか…。結芽の相手が俺では、完全に力不足なんだろうな…。」
「…そこまでは言ってないけど。」
「でも、本来は同じフィールドで打ち合える同年代の刀使の方がいいだろう?」
「…うん。」
「きっと見つかるさ。…それでも、その時までに手を抜いた鍛錬をしたら駄目だからな。」
「分かってるよ~。……。」
突然、結芽が無言になる。そして、彼女はそのまま立ち止まってしまった。
数歩先に進んでいた彼が、それに気が付いて振り向いた。
「どうした、結芽?」
「…ねえ、お兄さん。」
彼女は口を開くまで下を向いていたが、彼の方を見た時に普段の無邪気そうな顔とは打って変わって、真剣な眼差しを向けてきた。
「もし、私が死んじゃっても悲しんでくれる?」
それはあまりに唐突で、彼の思考を止めるには充分過ぎる言葉だった。
彼は、結芽が何を言っているのか直ぐには分からなかった。
「結芽、急に何を言って「私、元々そんなに長生きできないんだ。」…。」
彼は黙って彼女の言葉を聞く。
「紫様のおかげで、私は今ここに立ってるよ。…でも、怖いんだ。誰も私のことを覚えていてくれないかもしれない。いつ、また倒れても不思議じゃないんだよ。死んじゃった後に、忘れ去られるかもしれない。」
彼女は海に面した欄干に体を預け、言葉を続ける。
「私の凄い姿を、色んな人にもっと目に焼き付いてもらいたい。…もう、一人ぼっちは嫌なんだ…。」
「結芽。誰かが死んで悲しまない人間なんて、ほぼ居ないぞ。」
彼はようやく状況と思考が追いつき、彼女に言葉を返す。
「俺だけじゃない。紫様や真希、寿々花や夜見だってそんなことを聞いたら悲しむだけだ。」
「そんなの口先だけじゃん!その保証なんて誰が出来るっていうの!?」
彼は知らないが、現に彼女は親族郎党から過去に見放された身であった。そう考えるのは自然だろう。
だが、
「俺が保証する!」
「…お兄さん。」
「寿命なんて知ったことか。今この場に、燕結芽という女の子が生きて立っているんだろ!
彼の言葉は、半ば無責任なものも往々に含まれるだろう。
だが、今このタイミングで言わねば、永遠にその機会を失いかねない。
この必死の言葉は、後に結芽の手記に記されていたという。
「……お兄さんって、偶に無茶苦茶なことを言い出すよね。」
「それは……、そうだな。」
冷静になって、自身の言葉を振り返る彼。正直、冷や汗モノであった。
「…でも。お兄さん、ありがとう。」
「えっ。」
「結芽のこと、絶対に忘れないでね。」
そう言って、彼女が駅の方向に歩きだそうとした時だった。
「待ってくれ結芽!」
彼は、急に彼女を後ろから抱き締めた。
端から見れば、ただの事案にもとられかねない。…幸いにも、近くに人は居なかった。
「お兄…さん?」
「…黙って聞いてくれ。結芽、俺は君のことが好きだ。」
「……えっ。」
彼女にとってみれば、あまりに意外な言葉が飛び出した。
彼は結芽の体から離れて、彼女の前に立つ。
「最初に会った時は、いきなり斬りつけられそうになって正直怖かった。だが、結芽と立ち合ったり、一緒に過ごしていて思ったんだ。君の居ない生活があり得ないほど、俺は惹かれていたんだって。」
「…うん。」
静かに聞き耳を立てる彼女。
「でも、さっきの結芽の言葉で思ったんだ。『死んでほしくない、もっと一緒に居たい』って。俺の行動が、君にとって迷惑だということも重々承知の上だ。それでも、今伝えなければ一生後悔するって何故か思ったんだ。」
「…お兄さん…。」
「付き合うなんていう、おこがましいことは一切考えていない。でも、知って欲しかった。結芽を大切に想っている奴がいるっていう、その事実を。」
彼は、頭を下げて彼女の次の言葉を待つ。
この行動に答えなんてものは無い。ロジカルなやり方だとも思っていない。
一つ言えるのは、彼女のもとに踏み込もうとした勇気が、彼にあったことだ。
「…なんでかな。私、覚えてもらえればそれでいいと思っていたのに、お兄さんがそう言うんじゃ、まだ死ねないじゃん…。」
彼が顔を上げると、結芽の顔は笑っていた。だが、同時に目尻から涙も流していた。
「…このまま黙って想いを閉じ込めていよう、ってそう思ってた。…でも、そんなこと言われたら、好きになるしか無いよね…。…ううん、違う。ずっと好きだったよ。お兄さんのこと。」
「…結芽。」
彼も、彼女のその言葉に驚きを隠せなかった。
「改めて言うね。お兄さん、大好きだよ。」
今度は、彼女が彼の方に抱きついてきた。
そんな二人に、白雪が降り始める。
「うわぁ、キレイ…。」
「ああ。」
二人は手を繋いで、雪空を見上げる。
「お兄さん、ちょっとかがんで目を閉じてもらっていい?」
「ん?いいが…。」
(何をする気だろう、結芽?)
そして、横浜港に入港してきた大型客船の汽笛と共に、二人の唇は重なり合った。
数秒ほど後、結芽が彼から離れる。
「これは私なりのおまじない。…お仕事から無事に帰ってこられますように、っていう。」
彼女は、呆然とする彼に悪戯な笑みを向ける。
(あれ、今何が起きた…!?)
状況が掴めない彼。はっきりと意識できたのは、それからしばらくしてからだった。
「お兄さん、そろそろ帰ろう。」
「…あっ、ああ。分かってる。」
結芽の言葉に、反射的に返す彼。そのまま、二人は元町・中華街駅へと歩き始めた。
その後、二人は鎌倉に帰り着くまでの間、気まずい雰囲気のまま会話をすることとなった。
普段のように接するようになったのは、これから数日後のことだった。
想い合う二人がようやく結ばれる…。
だが否応なく、二人が共に居られるタイムリミットは徐々に迫ろうとしていた。
御前試合前の、まだ平和な一時のことだった。
ご拝読頂きありがとうございました。
こんな感じの落着になりましたが、如何だったでしょうか?
…結芽好きな方から怒られないだろうか…。少し不安です。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告にて対応させて頂きます。
それでは、また。
追記
本日は呼吹(とじとも)の誕生日ですね。
呼吹ファンの方、おめでとうございます。