今話は結芽編その4 前編です。
時系列はアニメ8・9話、舞草の里急襲の辺りになります。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 廊下ー
沙耶香の、高津鎌府学長からの逃走と離叛から少し経った頃。
鎌府の追跡から、舞衣と沙耶香の逃走にある意味貢献した結芽。しかしながら、親衛隊配属以前から抱えている自身の病状は、治療目的で投与しているノロでさえ抑えることが出来なくなってきており、確実に彼女の時間を削ろうとしていた。
「まずいなぁ…。あんまり、気分が良くないかも…。」
このところ、沙耶香や舞衣との斬り合い以降、胸部を手で掴むことが多くなっていた。持病からくる胸の痛みを抑えたかったのだ。
「こんなところ、誰かに見せられないよ…。」
彼女の性格上、弱い自分を見せるのは嫌だったこともあり、病状の悪化は他の親衛隊の面々にも伝えていなかった。勿論、仲間としても信頼しているのだが、その辺りは、彼女のプライドが許さなかったのだろう。
「お~い。結芽。」
「あっ、お兄さん。」
そうこうしているうち、後ろから彼がやってくる。
「どうしたの?」
「いや実は、ちょっと用事が出来て数日くらい
「わざわざ私に?なんで?」
「なんでって、そりゃ~…。不味かったか?」
「…ううん。分かった。お兄さんも気をつけて行って来てね。」
「大丈夫だ。…結芽も、あんまり無茶するんじゃないぞ。」
そう言って、手袋を付けた左手で彼女の頭を撫でる。
「…うん。帰ってくるの、待ってるよ。」
「じゃ、行って来るな。」
「いってらっしゃい。」
お互いに手を振り合って、距離を離していく。
…思えばこの時、彼は気付くべきだった。彼女の身体の異変について。
だが、それを分かるには時間があまりにも無かった。
姫和の御前試合での行動を切っ掛けに、舞草の動きも活発になっていた。当然ながら、彼もその例外ではない。
東海道新幹線に揺られるのは、彼とその同僚の計四名であった。男性陣はまだしも、女性陣の二人はなぜこのような事態が進行しているのか、理解に苦しむ部分もあった。
二人席で隣に座る糸崎と、今回の派遣に対して話す。
「それにしても、テロを計画しているなどの不審な動きが無いかという
「衛藤と十条のことで、美濃関と平城は今かなり警戒されているからな。無理もない。」
「だがまあ、こうして大手を振って里の方まで向かうことが出来そうだしな。祭りも近かったから、いい機会だ。…とはいえ、な。」
現状、舞草の里の匿っている面々のことを思い出しながら、そうなる経緯になった先日の出来事も思い出す。
…真希達、親衛隊の三人が派遣された伊豆・石廊崎付近での戦闘事案だ。
「…まさか、親衛隊が黒という確証が出てくるとは思わなかったが。今までお前が慎重に調べていたのは、吉と出たな。」
「エレンと薫はよくやってくれたよ。…ただ。」
「何か引っかかるのか?」
「結芽はこの件を知っているのか、とかな。…同時に俺は、彼女に深入りし過ぎているんじゃないかとも。」
「…あんまり、考え過ぎるのもどうかと思うぞ。」
そう言った糸崎の意見は最もであった。
だが、自身が好意を抱いた少女と、場合によっては武力衝突する可能性が出てくる。その懸念は、簡単に拭えるものではなかった。彼女が親衛隊だから、という事実もそうである。
「……糸崎、これは仮定の話なんだが。組織内でお前と三原が相対する事になった時、お前はどちらを取る?」
「……かなり難しい質問だな。立場的には上の判断、個人としては早希、か。……とはいえな…。」
「……いや、すまない。俺のちょっとした気の迷いだ。忘れてくれ。」
舞草に入った理由自体が、相模湾岸大災厄への疑問と隠蔽された真実を知るため、という側面もあった彼にとって、今では紫派であれ舞草であれ、その対立に関係のない者であれ、守りたい人々でいっぱいになっていた。
だが、組織の論理というのはそれが通用しないことも多い。故に、
隣の同僚は、そんな彼にこう言い放つ。
「…でもまあ、最後はお前が決めればいい。お前にとっての信条は、何も舞草に限ったものでもないだろ?」
「『刀使を、彼女達を支える人間を守りたい。』…そのことに何ら疑問はない、無いのにな…。」
結局、彼は平城に着くまで陰鬱な気分だった。…答えのない問いにぶち当たった時、人は極限までその思考力を試される。彼にとっては、そのタイミングが正にこの時だった。
平城学館に到着後、平城の生徒に案内されながら学長室を目指す。
「しかし、まさか平城のオシャレ番長に案内してもらえるとはな。」
「流石に今の状況じゃあ、オシャレもヘったくれも無いですけれどね。仕方ありませんよ。」
糸崎がオシャレ番長と言った少女。彼女の名は、鴨ちなみ。中等部所属だが、そのファッションセンスと自身の持つ剣技の美しさが同年代の少女達にうけ、刀使の中でもメディア媒体への露出が多い。
彼もまた、ちなみに率直な声を掛ける。
「正直、今の状況は申し訳ないと思っている。だが、念のためここに監視要員を置かせてもらうよ。」
「構いませんよ。…その代わり疑いが晴れたら、管理局主催のファッションショーでも催してくださいね?私も可愛く魅せたいんですから!」
「…検討はしてみる。」
ちなみの提案を即却下にはしないあたり、彼がお人好したる所以なのかもしれないが。
「五條学長、鴨です。管理局本部からの方をお連れしました!」
『部屋にお入りくださいな。』
「五條学長、失礼致します。」
彼を先頭に、本部からの派遣要員四人が学長室へと入ってくる。
「今回の派遣されてきたメンバーです。これとは別に、監視要員が後ほどやってきますが。」
「遠路はるばる、ご苦労様やね。取り敢えず座っていきなはれ。」
「失礼致します。」
座っていく四人。
監視時期の説明や、立ち入り調査、聞き取り調査など、今回の事象に関する多岐にわたる項目を、五條学長に説明していく彼。
「…取り敢えず説明はここまでです。…平城の生徒は、今回のことで不安がっていませんか?」
「どうやろね…。その辺りは私より、生徒達一人ひとりに聞いて回った方がええんとちゃうやろうか。」
自身の学校代表として送り出された人間が、組織のトップの首を狙うという、言わば暴挙をやってしまった以上、平城の名に泥を付けたと姫和に対して恨みを持つ者がいるかもしれなかった。
「ヒアリングは此方もするつもりです。一度失礼させていただきます。」
「ほな、またね。」
お辞儀をし、学長の前から去る一行。
パタン
元平城生だった里奈が、学長の印象に少し疑問を持つ。
「学長、あまり慌てた感じでもなかったな…。何か知っているのかしら?」
「里奈さん、折角なんですから、こうした機会に話していけば良かったでしょうに。」
隣を歩く姫乃が、そう彼女に提案する。
「まあ、後で話しに行くわよ。…まさか、こんな形でまた戻ることになるとはね…。彩矢、元気にしてるかしら。」
「お友達ですか?」
「親友よ。…まあ、どっかの誰かさんが鈍いおかげで、気苦労を重ねている先輩だけど*1。」
「ほえ~。会ってみたいです。里奈さんの平城の時が、どんな感じだったのかとか。」
「ちょっ、それは恥ずかしいわよ!」
とまあ、こんな感じの話が彼らの後ろでは続いていた。
一方で、彼女らの前を歩いていた彼は、糸崎に耳打ちをする。
「…糸崎、五條学長に里までのルートの往来許可をもらってくる。」
「…了解。大丈夫だとは思うけどな。」
そのまま、来た道を戻る彼。
「あれ、アイツどうしたの?」
「学長室に忘れ物をしたんだと。先に行っててくれってさ。」
「そうですか。里奈さん、学食まで案内お願いします。」
「任せといて!ここの学食、ホントに美味しいのよ。」
先に進む女性陣。糸崎は学長室に戻る彼に、小さく聞こえる程度にこう呟いた。
「…つぶれるなよ、◯◯(彼の苗字)。例え、どんなにキツいことであろうと。」
まさか、こう言った数日以内に彼、惹いては舞草そのものへ過酷な試練が訪れようとは思いもしなかったが。
翌日、彼と糸崎の二人は、数人の平城の舞草の構成員と共に、紀伊半島沿岸部にある舞草の里へと向かっていた。
「適当に理由付けて抜けてきたとはいえ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ*2。何かあった時の為に、中島と水沢を置いてきたんだし。」
「…まあ、後ろに積んでる荷物だけ見れば、ただの差し入れにしか見えないからな。」
彼は、運転するミニバンの後方に積まれた食料などを一瞥し、再度前方確認に努める。
「年二回の祭りなんだ。こんな時に限って、行かない選択肢はねえだろ?…それに、あの祭りは舞草の精神的支柱を為すものの一つだ。不穏な情勢だが、来れる時には向かうのが筋だろう。」
「…そう、だな。」
こう話す彼らの後ろでは、平城の構成員がアイマスクやらタオルやらで、仮眠を取る各々の姿を晒していた。
「後ろの彼女らも、大変な筈なんだがな。…俺達は、残念ながら本部上層部の決定に介入することができない以上、精神的圧力を減らす努力しかできん。」
「…後は、長船の真庭学長から、アンプルの解析結果を待つだけか。」
「もうこれ以上、戦端が拡大しないことを祈るしか無いな。…俺個人は、親衛隊と舞草の刀使が衝突するのは避けたいが、姫和の目的を考えると難しいな。」
「…いっそクーデターでもやるか?」
「バカ言うな!関係ない人間も含めた内ゲバなんぞ、誰が喜ぶ!…第一、朱音様はそんな手段は望まない。糸崎、お前が紫派の人間をどう思っているのか知らないが、もし将来の可能性をゼロにするような真似を起こすなら、お前であっても阻止させてもらうぞ。」
普段では考えられないような剣幕で、彼は糸崎のふとした考えを一喝する。
「…いや、すまない。迂闊な発言だったな。」
「…悪い。俺も言い過ぎた。…結芽のことも、念頭にあったからかもな。」
全てを守るなんて、幻想もいいところだと分かっていたが、それでも超えてはならない一線は自身の中で引いていた。
ここで話は、結芽のことに移る。
「柳瀬達は、彼女のおかげで逃げられたんだろ?気まぐれもあるのかもしれないが。」
「…結芽の本質は確かに
「待て◯◯。俺が燕と会った時は、だいたいつまらなさそうな態度を取られるのが多かったぞ。」
「?…だって、お前
「…斬られなかっただけ、まだ良かったか。外見と中身が不一致っていうのは、まあ確かにそうだろうけどな。」
「それ言い出したら、お前の彼女はどうなるんだよ。銃持たせたら人格変わるって、一体どうなってんだよ。」
「俺に聞かれても困る。そのことを知ったのは、付き合いだして以降のことなんだからな。」
「…よく考えたら、結芽の過去を俺は知らないんだよな。親衛隊に配属されて以降のことしか。」
「聞かなかったのか?」
「正確に言えば、訊けなかったんだよ。…何故か、パンドラの箱を開けてしまいそうな気がしてな。」
親しき仲にあっても、お互いの過去を真っ向から言い出したことは無かった。
そうであったがために、彼は彼女がどうしてあれ程強さに、勝負に拘ってきていたのか、その本当の理由に気が付いていなかったのである。過去に一度、その事を言っていたのだが。
「お互いの為に、纏まった時間が取れたら聞いてみればいいじゃねえか。」
「…そうだな。このいざこざが終わったら、結芽とゆっくり話してみるか。」
そんな、この先も未来が続くと考えていた彼。
だが、そんな時間すら彼女には残されていなかったことなど、この時の彼は知る由も無かった。
舞草の里に着き、祭りの準備に入った彼。
途中、可奈美や姫和、舞衣などが舞草の構成員である長船の生徒達の案内のもと、屋台などで祭りを楽しんでいる姿を見かける。たまに彼女達のツーショット写真だったり、ワンショット写真だったりを撮影したり、依頼されたりした。…六人揃っての写真を撮ってくれと頼まれた際には、手に汗握る瞬間もあったりしたのだが。
ノロを祀るお祭りも佳境に入り、里の巡回警備に回ることにした彼。隣には糸崎も一緒である。
「あー。早希も連れて来れれば良かったのになぁ。」
「仕方ねえよ。今、鎌府の刀使がこっちに来れば、何かあるに違いないと言われて、追跡される可能性があるんだからな。…まして、今の高津学長のことだ。校内はかなりピリピリしているだろうよ。またの機会だ。」
「そうだな。」
「まあ、俺的にはこんなところまでイチャイチャされた暁には、仕事量を二倍にしてお返しするつもりだがな。」
「いや、恨みの矛先そっち!?」
「たまにはイチャつけない他の奴の気持ちも考えろよ。」
と、他愛のない会話が繰り広げられていた時だった。
ピリリリリッ
彼の業務用携帯が鳴る。
「こんな時に何だ…、水沢から?」
平城に残してきた同僚から連絡が入る。
「悪い糸崎、水沢からだ。」
「ああ。……あれ、おかしいな。この里に携帯電話の電波は、本来届かないはずだが…。」
糸崎がそう言ったのには訳があり、リアルタイムで人工衛星からもこの里の場所を悟られないようにデリートし続けているのだ。民間通信企業の電波など尚更リスクとして高いので、有線電話回線を里の離れに再変換設備を建設して整備する程度には、情報セキュリティ対策を万全にしていた筈だった。
「水沢か?どうした?」
『◯◯さん、やっと繋がりました!』
「どうした、息がえらく荒いぞ。」
『時間が無いので端的な報告からします。今から三時間程前に、大阪、奈良、和歌山、三重の特祭隊部隊が、二個大隊規模で紀伊半島方面に向けて出動しました!電波が届かなかったようですので、報告が遅れました!』
「!?何だと!」
同僚から、衝撃の報告を聞かされる彼。
『今、どちらに居られますか?』
「平城の生徒が詰めていた場所を、少し前に発って海岸線を走行中だったところだ。」
無論嘘を言っているが、罪悪感など感じている場合ではない。
「で、その大隊は?」
『なんでも、荒魂の出現予測が出たらしいので、ある地域を半径十数㎞に渡って封鎖するらしいです。』
「了解。そしたら、その集団とは後で合流する。」
『私も里奈さんも心配してますから、早めに戻ってきてくださいね。』
「ああ。すまない、切るぞ。」
通話が終わると、糸崎が詰め寄ってくる。
「話は何だったんだ?」
「…二個大隊規模の特祭隊が、紀伊半島に進行中。狙いは恐らく…。」
「この里か‼…どおりで、携帯の電波が入ったと思ったら…。」
「ともかく、この事を朱音様達に一刻も早く伝えなければ…。」
そう思った時だった。
静かな里に響く複数の車両の音と、拡声機を扱う声が聞こえ始める。
舞草の里が壊滅的打撃を被る、その鏑矢は唐突に鳴らされるのだった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告にて対応させていただきます。
次回は後編になります。…次回が平成最後の投稿になりそうな予感が。
それでは、また。