今回は結芽編 その5をお届け致します。
時系列は『守りたかったもの』の後、結芽が鎌倉へ戻る前のあたりの話になります。
なおアニメ本編では、結芽は舞草の里にて隠世の異変を感じている描写になっていますが、今話ではそれよりも前に綾小路へと赴いているため、少し改変が起きています。
今話は、終盤にてルート分岐があります。
…筆者も初めての試みですので、不安が。
前置きが長くなりました。
それでは、どうぞ。
ー綾小路武芸学舎 学長室ー
京都市内の一角にある、伍箇伝最古の刀剣類従事者専門学校。伍箇伝では唯一置かれている初等部から高等部までの、幅広い世代の少年少女達が在籍している。
親衛隊として鎌倉へ配属される前は、結芽もここの初等部に所属していた。が、実際のところは持病の循環器系疾患により、綾小路近くの病院で長期の入院を余儀なくされていた。
…残り幾ばくもなかった彼女へ、試験中のノロのアンプルによる僅かながらもの延命措置を施した紫もまた、結芽の実力を認めていたと言われれば、そうだったのかもしれないが。
その彼女の治療に深く関与した、綾小路の
その彼女に、今から面会を求める者がいた。
コンコン
「入れ。」
「失礼致します。相楽学長。」
「…お前が来るとは聞いてはいたが、まさか、結芽と一緒にここへやってくるとはな。…取り敢えず、立ち話もなんだ。掛けろ。」
「はっ。」
面会を求めたのは、舞草の里から結芽を一緒に連れ帰った彼であった。結芽の容態を知らなかった彼は、舞草の里のことを綾小路の刀使などに託し、悪化する彼女の病状に肝を冷やしつつも、大急ぎで車を飛ばした。平城に寄れない*1現状で伝手のある、綾小路の方へ向かった訳である。
「舞草の里は、どうだった。」
「…手酷くやられましたよ。あの場の刀使はほぼ、結芽によって無力化されましたから。そうした状況で朱音様が逃れられたのは、奇跡的と言ってもいいのでしょうが。」
「…そうか。」
結月も一応、舞草の方に協力はしている。とはいえ、そう極端に肩入れしているわけでもない。この際、その辺りはあまり触れるところでもないが。
「相楽学長。貴女は、いつから紫様の異変に気が付いてらしたのですか。」
「お前は、もう分かっているのだろう。」
「…ずっと前から、ですよね。でなければ、強制捜査と警察による封鎖が行われていない鎌府はともかく、綾小路がそこから外されている理由に、説明がつきませんから。」
結月は、フウと溜め息を零すと、彼の状況把握能力が高いのも考えようだと思った。
「…どこで、私も噛んでいると確信した?」
「親衛隊が使っていたアンプル。医療系の研究者である貴女なら、よく知っているはずですよね。ノロの結合能力、スペクトラム化を。」
「…続けろ。」
「ノロによる身体能力の強化と、短時間での負傷した部分の治癒というのは、本来普通の人間では起こり得ない現象です。伊豆の戦いで、夜見が薫やエレン達と対峙した時の様子での話と、本部の夜見の治療カルテの情報で結論を出せました。…まさか、結芽もノロを使った治療をしていたとは、思っていませんでしたが。」
「…お前は、この事実を公表するつもりか。」
「まさか。…結芽のためにも、これを公表する気は毛頭ありません。」
そう言った彼は、綾小路へ向かう車内での結芽の言葉を思い出していた。
『お兄さん…。相楽学長のことを、怒らないであげてね…。私の、消えそうなこの命を、ノロを入れてでも伸ばしてくれた人、だから…。』
その時の言葉を思い出す度、自分が何一つ、彼女の過去に寄り添おうとしてこなかった腹立たしさを、強い握り拳で表す。
「そんなことよりも、…なぜ黙っていたんですか。結芽の治療にノロを使っていたことを。…俺が舞草の人間だったから、明かせなかったということですか。」
「…そうだ。」
グッと、苦虫を噛み潰したような顔を向ける彼。だが、結月は中立の立場に近いため、強く言う気になれなかった。
「…分かりました。では、話を少し変えます。…結芽の病状は、どのくらい進行していますか。」
ここは、彼氏だから、あるいは舞草の人間だからなど関係なく、最も聞かねばならない重要な部分であった。
結月は彼の目を見据えて、重い口を開いた。
「……はっきり言う。結芽の命は、もう長くない。元々の病状に加えて、ノロの投与量は限界一杯、刀使としての活動で激しく動き回り過ぎたことも、残りの時間を削りに掛かっている。…医師からは、『余命は一月あれば、いい方だろう』と。」
やはりというか、結月の言葉はかなりの重みがあった。
彼が気付いたところで何かできたわけでもなかったのだろうが、覚悟をしていてもなお、彼の心が絶望の淵に立たされたのには変わりがなかった。
「……そう、ですか。……いや~、……本当に、何でなんでしょうね。何で、結芽なんでしょうね。」
吐血した時点で相当ヤバいことくらいは覚悟していたが、まさか本当の意味で死に確実に近づいているとは、彼も聞きたくなかった。
愛した人が、余命僅かだということなど。
これが一人の時なら、きっと声を上げて泣いていただろう。一学長の前でそんな醜態は晒せないので、感情を押し殺す。
「結芽を生かしたいのは、私とて同じだ。◯◯(彼の苗字)。だが、現代の医学では結芽を救うことなど、ほぼ不可能なんだ。…己の無力さが、憎い。」
「相楽、学長…。」
「…すまん。つい、感情的になってしまった。」
「いえ。……。」
(もう、遅かったのか。結芽を救う方法は本当にもう、残されていないのか。)
光明は、全く無いかに思われた。
だが。
彼はあるルートを思い出した。自身が所属し、日本国内だけに留まらない技術を持つ集団のことを。
「相楽学長、―アメリカ、あるいはヨーロッパの製薬会社はあたりましたか。」
「国外にか。…それでも、可能性は限りなく低いが…。新薬か。」
「元々、舞草の設立者の一人であるフリードマン博士はDARPA*2の出身です。DARPA自身も兵士への医療系の研究は行っていますから、その手のルートを活用することはおそらくできるとは思います。…その場合、結芽を『ノロを治療目的で投与された少女』という交渉カードとして、切り出すことになりますが。」
基本的に米国は、良くも悪くも自分の利益にならないことはやらない土壌である。そこを理解したうえでなお、その僅かな可能性に賭けてでも、彼は結芽の存命を望んだ。
結月は、先ほどの彼の言葉に眉を少し動かしなからも、言葉を紡ぐ。
「―その案は具体的にどうするつもりだ。」
「日本では厚生労働省の認可が下りていない、未認証薬、あるいは保険適用外薬ならば、少なくとも結芽に残された時間を延ばすことはできるはずです。問題は、金額もですが、ノロを入れている状態の結芽の身体が薬効に耐えきれるかどうか、でしょう。仮に新薬開発となった場合、短期での回復は絶望的だと思っています。…そうなった時は、結芽本人にインフォームド・コンセントをしてもらおうと考えています。」
「…お前は、結芽の性格を知っていて、それでもなお、こんな提案を私にするというのか。」
「俺は舞草の人間として、ではなく結芽の彼氏として、短期間ながらも彼女の良いところも悪いところも、見てきたつもりです。…彼女なら、病室から飛び出てでも、戦場に赴くとは思っています。」
そこで一度、言葉を切る彼。
「でも。それでも俺は、結芽に笑って生きていてほしいんですよ。病気を抱えているとしても、あんな素直で可愛い女の子一人を、何もせず黙って死なすなんていうのは、それこそ俺自身が許せなくなります。」
舞草が壊滅的打撃を受け、愛する人は早まる死へ進み続けている事実を打ち明けられたというのは、彼の精神を幾重ものパンチとして、その身を揺さぶるかのように潰しにかかっていた。
しかし、彼はずっと隣に寄り添ってもいいと思える少女のために、一度動きだしたその悪足掻きを止める気はなかった。
「…………はあ。どうやら、私が何を言ったところでお前は止まりそうにないな。」
彼の確固たる意思を聞いた結月は、根負けした。
「相楽学長…。」
「結芽が鎌倉へ向かうまでは、まだ時間がある。お前達二人で話し合ってこい。…分かっているとは思うが、結芽の意思が絶対だ。」
「…ありがとうございます。では、失礼致します。」
慌てたように学長室を後にする彼。
「……ようやく。結芽にも、理解を示してくれる者が現れたんだな。最後の、最後になって……。」
二十年前の特務隊メンバーからは鬼の結月と呼ばれた、彼女のその瞳からは、零れ落ちる雫がいくつもあった。
ところ変わって、綾小路の近くにある壬生綾小路病院。
後に近衛隊へ入った刀使達が、ノロ投与による反動からリハビリなどでお世話になる病院でもあるが、結芽は一度ここで診察を受けていた。京都市内にも特別祭祀機動隊の病院はあるが、医療機関同士の連携を行っているため、初診の彼女でも受診することができた。
一般向け*3の結芽のカルテを確認していた女性医師が、彼女の一通りの診察を終える。最も、医師ができることは少なく、症状を抑えるなどの薬を処方するに留まる。
「取り敢えず、数日分の鎮痛剤と諸々のお薬は出しておきますね。」
「…ありがとう、ございます。」
「でも、燕さん。凄いわね。」
「えっ?」
「幼い時からずっと病気と闘ってきて、一度は全快に向かったのよね。刀使さんのお仕事って、人々から危険を取り除くっていうところでは、私達医療従事者とも似通っているのかもしれないけれど。」
「私って、そんなに凄いの~?」
「ええ。…だから、体は大切にね。」
女性医師も、これが気休めにしかならないことは分かっていた。だが、彼女も医師としての職責を全うする。
「は~い。…先生にも、私の凄さをもっと知ってもらいたかったけれどなぁ~。」
結芽の性格上、刀使としての生き方を曲げるつもりはないため、半ば聞き流していたところはあった。ただ、それは一人でも多くの人間に彼女の存在を記憶してもらいたかったという、裏の思いがあった。
その足で綾小路へと戻った結芽。
鎮痛剤のおかげで、一時的に胸を押さえなくともいいようにはなっていた。だからといって、少しでも気を抜けば病状の更なる悪化は避けられないほどに、今の結芽の身体はボロボロであった。
今の綾小路の敷地内には、生徒の数が少ない。というのも、鎌府と本校以外の伍箇伝の機能が一時停止されている上、全国各地に刀使やその応援の生徒を派遣している関係で、荒魂対応が分散してしまっている。このため、綾小路の敷地内に残っている生徒は初等部や中等部の下の学年が多くなっている。
つまり現時点では、それだけ使われていない部屋が多いということでもある。
「相楽学長に、病院の診察が終わったこと、報告しなきゃ…。」
足取りはまだはっきりしていたが、薬の副作用による身体の気だるさが抜けない。
「お~い!結芽~!」
外の通路を歩いていた彼女の前方から、手を振ってやってくる彼の姿を捉える。
「あ、お兄さん。」
「病院から戻ったんだなー!?」
「うん!…おわっ!?」
彼と結芽は、ちょうど路上で落ち合うタイミングだった。…のだが、足元が多少おぼつかなかった彼女は、フラッと前のめりに倒れそうになった。
「結芽っ!」
危うく頭から地面と激突するところだったが、少し駆け出した彼が彼女と地面の間に入り、結芽を支える。
「…大丈夫か、結芽。」
「う、うん…。ありがとね、お兄さん。」
お礼の言葉は伝えられたものの、支えられた先の彼の胸元で、再びゴホゴホと咳が出始める。
(…結芽。こんな姿を見せたくないから、今まで黙っていたんだよな。)
二人の顔は近い距離にあるため、彼女の顔色も悪いのは分かったが、無言になりつつも彼女の顔を見つめる。
「……?お兄さん、どうかしたの?」
「いや。…結芽、今から時間はあるか。」
「え?…今から相楽学長のところに顔を見せて、綾小路の他の娘とかへ紫様から貰った書類とかを投げつけたら、暇になるけど。」
「お、おう。そうか。」
仕事を投げつけられる綾小路の生徒には気の毒だと思ったが、そんな気遣いを相手へ掛けられるほどの余裕は、今の彼にはなかった。
「結芽、相楽学長との話が終わったら、応接用の個室を一室借りているから、そこに来てくれ。場所は後で送る。」
「は~い。じゃ、相楽学長のところに行ってくるね。」
「こけないようにな~。……さて、後で話す内容は、だいぶ言いにくいものになりそうだが…。こればかりは避けられないしなぁ。」
離れゆく彼女の背中を目で押いつつも、彼は予約を取った、生徒の休憩所付近にある個室へと赴いた。
学長室に入った結芽は、結月へ舞草の里での出来事や、病院での診察内容などを話す。
「相楽学長!あの病院の先生、私のこと、スゴいって言ってくれたんだよ~!」
「そうか。…いい先生が受診してくれたのだな。」
「うん!でも、先生にも私のスゴイところ見てほしかったなぁ…。病院じゃ、《ニッカリ青江》は振るえないし、先生の前だとあまり激しく動くなって言われちゃうし。」
「無理はするな。ノロの方も、あくまで気休めにしかならない。」
「はーい。」
家族や親族から見放されてもなお、学長だった結月だけは彼女のもとへと見舞いを続けていた。そうであるからこそ、保護者の代わりのような立場であれこれと動いてきたわけである。
ただし結芽と彼との関係は、この際改めて聞いておきたいところではあった。
「結芽。今本部から来ている、○○のことなんだが。」
「ん?お兄さんのこと?どうかしたの?」
「ああいや、お前から彼氏ができたとかどうとか言っていたからな。どうなんだ。」
先に彼と話をしていたため、結芽の言っていたこと自体は本当なのだろう、とは思っていた結月。決して遊び感覚での付き合いをしている訳ではないことも、彼の雰囲気から感じてはいたが、結芽本人の言質を取る必要性はあった。結月自身、まだ彼の言葉を信じきれていない部分があるからだ。これは、彼の舞草の諜報員という立場も、影響していたのだろう。
そんな結月の内心を知る由もない結芽は、一瞬彼女の言葉の意味を理解するのに時間が掛かったものの、言葉を続けた。
「相楽学長。あのね、私、きっともうこの命は長くないんだろうな、って最近強く思うようになったんだ。」
「……。」
沈黙する結月。構わず結芽は続ける。
「でもね。私の病気のことなんて、一切知らなかったお兄さんは、真希お姉さんや寿々花お姉さん、夜見お姉さんや紫様と同じくらい…、ううん。時間を見つけては、私の我が儘にずっと付き合ってくれてたよ。」
「具体的には?」
「私の立ち合いに付き合ってもらったりとか、他の親衛隊のみんなが任務で居ない時とかは、私のスゴいところをずっと言い続けたよ。…その間、相槌を打ったりして、真剣に聞いてくれてたなぁ…。…お兄さんへは、いつも迷惑ばかり掛けて、それでもお兄さんは『結芽が無事なら、それでいい』って言ってくれてたのは、本当に嬉しかったな~。」
そんな今までの出来事を振り返る結芽。
ずっと彼が、彼女を細やかな部分で支援してきていたという事実は、決して忘れ去ることはできないものである。
いつしかそれが、自分に残されたもののなかで、掛け替えのない時間になっていったというのも。
「…そんな風に、お前が笑って言えるくらいには、きっとあの男は色々なことをしてきたのだろうな。」
「相楽学長?」
「いや、こっちの話だ。…それより、あの男のところへ行かなくていいのか?」
「あっ、そうだった。すっかり忘れてた。」
本当に彼との約束をうっかりレベルで忘れていた結芽。口のあたりに手を寄せ、しまったとでも言いたげな顔を浮かべた。
そして、学長室を去る直前、扉へ手を掛けた結芽は、結月へこう告げた。
「相楽学長。」
「なんだ。」
「今まで、ありがとうございました。…私の凄さ、もっと伝えられると良かったなぁ。」
「……。」
「じゃあ、行くね。…また会おうね、相楽学長。」
きっともう、生きて会うことはないのだろうと、彼女の言葉で悟った結月。
それでも。
「…ああ、またな。結芽。」
いつも彼女がここへ立ち寄った時の別れの挨拶を、普段通りに返すのであった。
これが生前聞いた最後の言葉になろうとも、結月は結芽を静かに送り出した。
ー綾小路武芸学舎 休憩所横 某個室ー
鎌府の学生寮内にもある休憩スペースだが、綾小路では校舎内の一角にこれが置かれている。
その脇にある小会議室風の個室。ここは基本的に、ブリーフィングや行事の実行委員が詰めて会議等を行う部屋だが、最大でも六人ほどしか入れない程度には狭い部屋なので、ちょっとした相談事をするにはうってつけの場所だったりする。
彼も部屋の利用予約を取り付けていたため、既に話し合いの場を確保していた。
結芽と彼の、この先を話し合うために。
「お兄さ~ん?入るよ~。」
「結芽、悪いな。時間をもらって。」
「それは構わないけどさぁ、…どうしたの?急に部屋を借りてまで、私を呼ぶなんて。」
「…取り敢えず、掛けてくれ。」
「えっ、うん。」
彼の声のトーンが、何もない時に向けてくる優しげなものではなく、任務時のような低めのものであることを気にしつつも、言われた通りに回転式の椅子に腰掛ける結芽。
「結芽。早速で悪いんだが、確認をいくつかさせてほしい。…君のことに対してだ。誤魔化し無しで、頼む。」
「…うん。」
「一つ目、治療目的でノロを投与してどのくらいになる?」
「…それ言わないとダメ?」
「ああ。」
キッパリ放つ彼。彼のその真剣な眼差しに、彼女もため息を吐きつつ答える。
「…もう、二年くらいになるかな。実際、病気は一度全快したもん。」
「二年か…。―取り込んだノロに、過去侵食されたりはしたか?意識が途中で切れたりとか。」
「ううん。無理やり引っ込めてるよ。」
「マジか…。とんでもない精神力だな。」
荒魂に侵食され、刀使によって斬り祓われた人間も過去には実際に存在した。そのため、その侵食が進んでいた場合、治療を行うにしても深刻な状態に陥っていたら、彼とてどうにもならないと思っていた。だが、彼女のメンタルは、そんな柔なものではなかった。まだ荒魂には乗っ取られていなかった。
「二つ目は…、どんなことがあっても俺を信じてくれるか?」
「えっ…?…それはまあ、うん。」
彼女からすると何を今更、という思いもあったが、この問いかけは彼からすれば、今からの行動をもし起こす際には絶対に聞いておくべきものであった。
「ありがとう。…それと、三つ目。結芽は、今までも、これからも、刀使としてやっていきたいか?」
「―もちろん!だって、私の強さをみんなにもっと刻み込ませてあげたいんだもん!」
この言葉には、結芽自身の忘れ去られたくないという、強い願いも込められていた。無論、それは彼に対しても例外ではない。彼女のアイデンティティたる、『強い刀使』という印象を死んでもなお残すために。
「……分かった。最後に、聞きたい。この選択は結芽のことだから、結芽自身に委ねたいと思っている。」
「?…な~に?その選択って。」
彼は深く呼吸を整えると、彼女がはっきり聞き取れるように、ゆっくりと、だが語気を強めて問い掛ける。
「このまま綾小路で仕事を終えて、そのまま鎌倉へと戻るのか、刀使としての活動から一時的に離れて、身体の治療を行うか、というものだ。」
彼自身は、個人的に後者を勧めたかった。勿論、彼女にはまだ生きていてもらいたいし、もっと人生で経験するべきことは沢山あるはずだと思っていたからだ。
だが同時に、結芽の性格を考えると、彼女は前者を選ぶ可能性が高かった。結月が言っていたとおり、結芽の症例は現代医学での治療に限界のあるものだ。加えて、未認証薬や新薬が使用できたり、開発が上手くいったりする保障などは、どこにもないからだ。
更に彼にとって致命的なのが、結芽の闘病期間のことを一切知らなかったことである。
そのため、彼は多少迂遠な言い方にはなったが、彼女自身に、その選択を委ねようと決意していた。
それがどちらに転んでもいいように、彼は覚悟を決めていた。
彼女の人生は、彼女自身が決めるべきだと。
結芽は、紫と結月が自身の病室へやってきた時のことを思い出していた。
(…まさか、また同じような言葉を聞くことになるなんて、思わなかったなぁ…。しかも、まさかお兄さんの口から、なんて。)
あの時の結芽は、刀使としてまだ何もしていないという悔しさなどもあって、紫から差し出された手を取った。
だが、その時間が徐々に短くなってきていることも、自分の身体である以上分かっていた。だからこそ、このまま命尽き果てるまで、刀使としての自分の生き方を全うしようと思っていたことも。
予想外だったのは、未来への選択の時が再度もたらされたこと、その選択肢を提示したのが彼氏であったことだろう。
彼の言葉の意味を汲み取った結芽は、しばしの逡巡の末、口を開いた。
「お兄さん、私ね。」
■・「最後の瞬間まで、皆よりも強い刀使としてずっと闘っていたいな。」
□・「…まだ、生きたいよ。私の凄さ、全然伝え切れてないもん…。」
この彼女の言葉を聞いた彼は、その場で静かに、目を閉じた。
彼女の答えを、自分の心の中で整理するために。
大荒魂・タギツヒメ復活までのタイムリミットもまた、刻一刻と迫ろうとしていた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
■と□で表示された部分が、ルート分岐の会話文になります。
…本当は三角で表示したかったのですが、やむなくこうなりました。
ルート分岐後の話は、それぞれでまた後に投稿させていただきます。
次回は夜見編になります。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽にご投稿頂けたらと思っております。
それでは、また。