今回は結芽編その6-1、その5での■ルートになります。
今話は前編で、アニメ本編同様に歴史の修正力と経過がそのまま影響する話となります。
それでは、どうぞ。
ー折神家 祭殿連絡通路ー
「はあっ…、はあっ…。」
薫とエレンとの戦闘で、体力をかなり消耗した結芽。ただでさえ綾小路から戻ってきた段階で、刀使はおろか人間としての命の限界が近づいていた。
それでも鎌倉へと戻ってきたのは、自身の親衛隊としての役割を果たすこと、折神家へ襲来する刀使達に自分の圧倒的な強さを示すためだった。
(…ごめんね、…お兄さん。約束、果たせそうにないや。)
身体の限界が迫っているにも関わらず、彼のことを思い浮かべた際に一瞬だけ笑みをこぼした。だが、再び苦悶の表情に戻ってしまった。普段なら絶対に雑な扱いをすることがない、彼女の御刀である《ニッカリ青江》を杖代わりにしなければならないほどに、余裕などあるはずもなかった。
祭殿への入口手前の石階段の袂にある、大きな木。
遂に、彼女が身体を動かすことにも限界がやってきた。
「ゲホッ!ゴホッ!」
(もう、お終いかあ…。もっといっぱい、私の凄いところ見せたかったのになあ…。)
その命の灯火が消える前に、様々なことが思い返される。
真希や寿々花、夜見といった親衛隊の面々、綾小路時代にお世話になった結月、自分が刀使としての生きる希望を見いだしてくれた紫、最後に剣を交えた可奈美のことなどである。
その中で、一番最後に思い起こされたのは、少し前に綾小路で別れた彼のことだった。
ー数日前 綾小路武芸学舎 休憩所横 某個室ー
「最後の瞬間まで、皆よりも強い刀使としてずっと闘っていたいな。」
はっきりと、好意を抱いていた彼の前でそう告げた結芽。
「……そっか。…そうだよな。」
彼も、彼女の意思を尊重するつもりであった。たとえ、結芽のことを幾ら大切に想っているとしても、それは彼女の考えを潰してまで自分の意見を押し付けられるほど、彼も図太い人間ではなかった。
それに、恋愛とは本来両者を想いやってこそ成り立つものである。ならば、彼は彼女の決断に向き合い、その覚悟と先に待つ結末を受け止めるしか、この場でできることはなかった。
結月からも結芽の意思を尊重しろとの話であったため、彼が引き留めることは叶わなかった。
加えて厄介なのが、もう大災厄が引き起こされるまでのカウントダウンは、既に始まっているのだ。舞草の大部分が壊滅状態に陥っているなか、まだ構成員だとバレていない彼は、何が何でも鎌倉へと戻り、動ける舞草あるいは特祭隊の指揮を行う必要がある。
彼にもまた、時間が残されていなかったのである。
「結芽、多分俺の方が先に鎌倉へ戻ることになると思う。さっき届いた急な命令で、必要な書類仕事を終わらせたら、急いで本部の方へ戻らなければならなくなった。」
「えっ。」
「だから。しばらく、鎌倉の方でも会うのが後になるかもしれない。…もっと、長く一緒にいたいのにな。」
彼女の決断により、過ごす時間は一層短くなることを頭で理解できていた彼は、悔しげな表情を見せた。
「……お兄さん。」
「結芽、ごめん。ちょっと立ち上がってもらってもいいか?」
「えっ、…うん。分かったよ。」
そう言って、椅子から立ち上がった彼女。長机を挟んで反対側にいた彼は、結芽の方へ向かった。
(…俺も、とことん酷い男だよな。)
今からは、もしかしたら結芽と話す最後の時間かもしれない。そう思って、彼女の目を見る。
「結芽、鎌倉に帰って色々なゴタゴタが済んだ時には、病気の治療を受けてもらいたいと思っている。でも、それまではしばらく、結芽自身の考えでずっと動いてくれていい。」
「…うん。」
「それまでは恋人としての付き合いはなくなる。…だから、俺の我が儘をこの場では通させてほしい。」
「我が儘?どんなの?」
「結芽のことをずっと忘れないくらいの、長い口付けを交わしたい。」
我ながら、酷い言葉だと思う。だが、彼も何となくだが嫌な予感をしていた。…もしかしたら、二度と彼女の生きた姿を見ることが叶わなくなる、ということを。
結芽をこのまま送りだせば、大災厄の発生を抑えようとする可奈美達の障害になることは理解できていた。しかし、彼女の刀使としての生き方を彼は曲げさせるわけにもいかなかった。『刀使達のために自分はどう動くべきなのか』を突き詰めていた、彼自身の在り方としても、である。
結芽もまた、彼の言葉の裏に隠された想いに気が付いていた。
(…やっぱり、こういうところではお兄さんにはお見通しなんだなぁ。)
自身の剣士としての死に場所を求めるのならば、それは病室ではなく、戦場なのだろう。だからこそ、彼女には分かってしまった。多分、次に他者と刃を交えた時がその時なのだろうと。
(ただ、お兄さんには色々お世話になったのにな。…全然、御礼も恩返しもできてないのに。)
その一方、彼から元気を貰ったりしてきたのに、自分はまだそこまで返せていないことも、心残りとしてあった。
(…私だって、忘れたくない。)
「いいよ、お兄さん。…来ても。」
「……ありがとう、結芽。」
狭い部屋の中で、彼は結芽の身体へ腕を回して抱き寄せるように、互いの唇同士を重ね合わせる。二人とも目を閉じ、限られた濃密な時間を共有しようとする。
「「はあっ、はあっ…。」」
舌を絡ませ合うほどの、一分以上にも及ぶ非常に長いディープキスから一旦解放される二人。
「…お兄さん、舌は反則だよぉ…。」
「悪い、わるい。結芽が愛しかったから余計に、な。」
「もう…。……もう一回、してくれない?お兄さん。」
スイッチの入りかける彼女。
「…ああ。」
彼も時間の許す限り、一度で済まそうなどとは思っていなかった。
そして、それからしばらく経ち、部屋を予約していた時間の終了が迫っていた。
部屋から退出し、鍵を掛ける。
「…もう、終わりかぁ。全然、足らなかったなあ。」
「これでも、俺はどうにか抑えたほうなんだぞ。…状況的に一線を越えていた可能性すら、ないとは言えなかったし。」
鋼のように硬い彼の理性でも、流石に今回のような場合では歯止めが効かなくなりそうで怖かったらしい。…ただ彼も、状況に流されないだけの判断力はあった。
「…それじゃあ、今からまた、離ればなれだね。」
「そう、だな。」
「そっかぁ。…ねえ、××(彼の名前)お兄さん。」
「ん?」
彼は少し、いやかなり驚いた。普段ファーストネームで呼ぶことのない彼女が、彼のことをそう呼んだのである。
そして、これらが彼と交わす最後の会話になろうとしていた。
「あと一回だけ、キス、してくれないかな。……これが、最後。」
「結芽…。」
自分でも分からなかったが、この時、そうしなければ彼は一生後悔しそうな気がしてならなかった。
「分かった。あと一回だけ、な。」
部屋でやっていたようなものではなく、本当に数秒程度の口付けであった。……後になって振り返ってみれば、これが彼と結芽が最後に交わすキスともなったわけである。
「ぷはっ、…ありがとね。お兄さん。…これで、もっと頑張れそうだよ。」
「いいんだよ、これくらいなら。……そろそろ、俺も行かないとな。」
腕時計に目を落とし、鎌倉への帰還時間を考えると、ここまでが彼女と居られる限界であった。
「お兄さん。」
「なんだ、結芽?」
「いってらっしゃい。向こうで、また会おうね。」
その時の彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいるようにも思えた。
「…ああ、約束だ。」
安心させるかのように微笑みかけ、手を振って彼女の前を離れていく彼。
正直に言えば、あの目元の涙を見て自分が今にも泣き出しそうだった。それだけ、彼女がこんな男でも好くしてくれていたということを、いくら鈍い彼でもよく解ってしまった。
(泣くな俺!まだ、すぐに死ぬと決まったわけじゃないだろ!本当に悲しい時まで、堪えろ!)
結芽に背中を見せながら、廊下の曲がり角を曲がりきるまで、終ぞ彼は後ろを振り返ることはなかった。結芽への事前の悪い予感は、残念ながら最悪の形で的中してしまうこととなってしまった。
そしてこれが、彼と彼女の生前最後の会話となった。
ー現在 折神家 祭殿正門入口付近ー
真希や寿々花が結芽のもとへ駆けつけた時には、既に彼女は息絶えていた。
彼女の最後を看取った者は、戦闘中だったこともあり、全くいなかった。
「結芽…。」
木にもたれるようにその動きを止めた彼女の亡骸に、真希は近づき、そっと結芽の瞼を閉じる。
「お行きなさい、真希さん。私が、結芽の
「…そうか、なら結芽はもう一度生き返って―」
「真希さん!しっかりなさい!」
姫和に負けたショックと、結芽の死を直視できず動揺する真希を奮い立たせようとする、寿々花。
「結芽をもう一度、殺させるような真似をするおつもりですか!」
「寿々花…。」
「私が結芽のことを送ります。貴女は貴女のできることをおやりなさい!貴女は親衛隊第一席、獅童真希なのでしょう!」
「……分かった。」
心理的ショックが計り知れず、今にも倒れそうになりながらも、真希はノロを貯蔵していた地下施設へと急ぐ。
一人残された寿々花は、真希を見送ると結芽の亡骸に向き合う。
「まったく、私も損な役回りを引き受けたものですわね。……ですが。」
今から行うことは、真希にはあまりにも荷が重すぎる。寿々花とて、精神的に大丈夫なわけがなかった。
「…結芽、私を許してくれなどとは言いませんわ。…ただ、黄泉の旅路へ安らかに旅立って…ください。」
一人、静かに涙を流す寿々花。短くも、共に闘い、一緒に過ごしてきた仲間である。辛くないはずがなかった。
泣きはらし、踏ん切りをつけて気持ちを切り替えた彼女は、結芽の遺体の
その夜。流星のごとく関東一円に撒き散らされたノロが、美しさすら感じさせる輝きを放つなかで、一人の少女の人生の幕が、静かに下ろされた。
ー後日 折神家・特別祭祀機動隊本部 作戦指揮室ー
紫の失踪により、一時的に大混乱に陥った刀剣類管理局。舞草としては、最大の障害であった彼女を封じられたことであっという間に刀剣類管理局を掌握できたため、朱音を中心としたメンバーが核となり、新体制が整うまでの間は続発する荒魂事件への対応の迅速化が行われようとしていた。
「……以上で、報告を終わります。」
「ありがとうございます。◯◯(彼の苗字)さん。」
朱音に鎌倉の折神家、刀剣類管理局施設の被害状況を記したレポートを渡す彼。
「ざっと目を通した限り、本部施設の被害はそこまででは無さそうです。…この程度の被害規模で済んだのは、間違いなく可奈美達のおかげでしょう。」
「そうでしたか。ご足労をお掛けしました。これで復旧手順の計画を立てられます。」
「それは良かったです。…それでは、俺は自分の部署の方へと戻ります。」
「はい。……◯◯さん、無理はなさらないでくださいね。」
「…大丈夫ですよ!それに、莫大な量の仕事は俺を待ってはくれませんから!」
そう言って、彼女へ彼はわざとらしい笑顔を向ける。…明らかに無理をしていることが分かるものだったが、誰もそれを追及しようとはしなかった。
「…やはり、彼女の死からはまだ向き合い切れていないようですね。」
『それはそうでしょうね。彼が彼女の殉職を聞いたのは、既に何もかもが終わったあとのことでしたから。無理は、ないでしょう。』
長船にいる紗南と、テレビ電話で話す朱音。
高津鎌府学長が失踪したということを受け、急遽紗南を鎌倉の方へと呼び寄せることにしたのである。だが、長期的に長船を居留守にするため、色々と引き継ぎなどの準備を並行して行いながら、朱音と対応していた。
『…休みを取らせますか?』
「そうしたいのは、私も同じです。…ですが、今は時間がそれを許してくれそうにありません。カウンセリングは受けてもらうように頼んでありますから、それで彼の心の傷を僅かながらでも癒していくしかないでしょう。」
『…燕の死からアイツが立ち直るまでには、まだ時間が要りますかね…。』
「…今は、◯◯さんを信じましょう。」
朱音もまた、精神的ショックの激しい彼の動向に注意を払いつつ、現段階で出来うる手を打つ。
この日の担当分の仕事が終わり、業務の引き継ぎ作業を終わらせた彼。そのまま、官舎内の自室へと帰ろうとしていた時であった。
「…◯◯さん。少しお時間、よろしいかしら。」
「…!ー寿々花か。」
聞き覚えのある声がして振り向くと、そこには寿々花の姿があった。
親衛隊の人間のなかで、高津学長共ども行方不明となった夜見を除き、残りの二人は舞草側の指示に従って、行動を監視されることとなった。この状況下で彼に声を掛けてきたということは、逃走の幇助か、また別の理由があるということでもある。
「…そんな顔をなさらないでいただきたいものですわ。別に、貴方に恨みがあったとかそういう理由で声をお掛けした訳ではありませんの。」
「なら、一体…」
「結芽の、遺していった物について、ですわ。」
その言葉に、彼もピクリと体を反応させる。
「近いうちに、結芽の部屋のほうを明け渡すように、施設課の方から要請がありましたの。」
「…それで、一体なぜ俺にその話を?」
「――貴方が、結芽のお付き合いしていた方、だからですわ。」
「―!?…寿々花は知っていたんだな。」
「というか、親衛隊は元より紫様ですらご存知でしたわ。結芽の口は、案外軽いものでしたから。」
「…あー、何となく想像はつく。」
彼女が居なくなって以降に、そんな話をぶち開けられるとは思っていなかった彼。ただ、結芽ならば容易に想像がついてしまうのは、彼女らしいとでも言うべきなのだろうか。
「…話を戻しますが、早ければ一週間以内に空けるように言われていますの。それまでには、結芽の使っていた道具や荷物を引き払わなければなりませんわ。」
「まあ、…そうなるよな。」
管理者側の立場からすれば、もう二度と帰って来ることのない者のために部屋を空けておくということは、流石にできないという判断だったのだろう。それにしたって、性急過ぎるとは思うのだが。
「ですので、貴方にも結芽の荷物整理を手伝ってもらいたい次第ですわ。」
「…分かった。行こう。」
何か思うところがあったのか、寿々花の頼みを引き受けた彼。二人はそのまま、結芽の部屋があった建物へと赴く。
このことが、彼や寿々花の精神に大きな影響を及ぼすことになるとは、当人達はまだ知らなかった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
後編へ続きます。
…かなり精神が削られそうになりましたが、どうにか投稿できそうです。
本日は『とじらし生!』の放送がございます。
…来月のガチャ情報、どうなるんでしょうかね?
それでは、また。