新型コロナが世界を覆った今年も、早いもので師走を迎えましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回は可奈美編その8 中編です。
時系列は『年の瀬の大災厄』後、三月末頃となります。共通ルートよりも病み具合が増しておりますが、この編ではそうした流れであることをご理解ください。
今話は、彼と関わりを持つサポートメンバーが何名か登場いたします。
それでは、どうぞ。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部ー
世界が滅ぶ一歩手前であった、昨年末の『年の瀬の大災厄』から、現世では早くも三ヶ月が経っていた。
二月に近年では稀にみる量の大雪が関東に降り積もり、討伐時にはスキー板を活用した刀使の展開までなされたなかで、彼は表面的には平静な姿を続けていた。
ただ、普段から彼と共に仕事をしていた誠司達同僚からすると、彼のその姿勢はあまりに辛そうに見えた。
クリスマスイブのあの日、彼は紫の緊急搬送に迅速に対応した。戦闘中や戦闘後の動きそのものは、決して悪いものではなかった。その時には、若干の命令無視を行った部分もあったが。
この行動によって、重傷であった紫の一命は取り留められた。彼は同僚たちに紫を託し、タギツヒメ討伐にあたった少女たちから事情を聞くため、現地に残った。
しかし、無事であった彼女達から、彼にとっては驚愕であり、過酷な事実を叩きつけられた。可奈美が姫和とともに、タギツヒメを討つべく現世と隠世の狭間に突入したまま、未だ帰ってきていないのだと。
紫が開きかけていた隠世の門を塞いだことで、これ以上の荒魂による惨禍は防がれたのだが、結果として可奈美と、直前になって救出できた姫和は、そのまま隠世(実際には微妙に異なったが)へ行ったままとなったのだ。
あの場で、舞衣や薫達は涙し、彼は届くことのない声で、彼女の名前を彼方の空へ叫んだ。
あれからの日々は、彼に悲しむ間すら与えぬほど忙しかった。
在籍する刀使の過半が近衛隊にあった綾小路は、ノロアンプルの投与による後遺症や戦闘時の負傷などにより、従来のような刀使の現場派遣が上手く機能しなくなっていた。また、代わりとして後方支援担当の生徒が多数派遣される事態となり、他の伍箇伝各校と異なりサポート役の人間が多く疲弊することに繋がったのだ。
目下、喫緊の課題として本部が急いだのは、半崩壊状態である綾小路の再建であった。その再建案を任されたのは、結月の腹心であり調査隊隊長であったミルヤ*1と、彼の部署であった。ミルヤの方は首都圏での刀使部隊指揮と、綾小路の刀使復帰プログラムとが重なり、半ば板挟みな状態となった。このため、彼の部署が主にこの再建案をそれなりに活用した。時には綾小路の生徒と意見を交わしながら、必要な予算・設備などを手配する労力を惜しまず、積極的に頭を、身体を動かした。
綾小路は共学の学び舎でもあるため、女子生徒のみならず男子の意見も聞きながら、刀使をはじめ女子たちが大変な状況下で、綾小路の男子生徒は彼らへ積極的に手を貸してくれたのである。
そのおかげもあって、三月末までには以前の八割程度にまで機能を回復することに繋がった。これにより、四月からは新しい生徒を多く迎えるため、後輩たちへの指導など、生徒間での引き継ぎが間に合った。
それをもって、彼の部署も間隔を置いた支援へと任務の切り替えがなされ、週数回から月数回程度の京都~鎌倉間の往来頻度に戻っていった。綾小路の刀使達の復帰など完全な機能回復までは、この試みは続けられるという。
綾小路の再建もだいぶ軌道に乗り、日々の慌ただしさも落ち着きを取り戻した頃。
彼の姿は普段の職場にあった。だが、『年の瀬の大災厄』の際に部隊を率い、ほとんどの隊員を生還に導いたあの姿はそこには無かった。数ヶ月前と同じ人物にしては、元々細かった体形が更にやせ細り、顔は疲れたようにやつれていた。
書類仕事やパソコンへの入力作業を進めているなか、トイレ休憩も無しにぶっ続けで作業中であったことが、周囲の同僚に不安を与えていた。その空気を読んで、誠司が彼に声を掛ける。
「…○○、一回休めばどうだ?」
「ん?…そうだな、これを終わらせたら休憩に入らせてもらおうか。」
彼自身、仕事とそれ以外の切り替えが下手くそなのは相変わらずなのだが、可奈美がいなくなって以降、その切り替えはより一層下手になっていた。過労と疲労が慢性的になり、体調を崩すことが恒常化していたのだ。睡眠時間も削り続けて仕事をした結果、流石の本部長も彼の身を案じて、彼女の権限のもとで強制的に仕事を止めさせることもあった。
そして紗南や同僚達からの言葉を受けて、仕事を止めさせたうえで実家で休もうとしたところ、今度は彼の妹*2が非公認刀使として活動していたことが判明し、その分で更に仕事が増えるなど、完全に過労と疲労のループから抜け出ない悪循環に陥っていたのである。休ませるどころか、心労も業務も負担が余計に増す結果となってしまったのだ。
妹の件は美濃関学院への入学を決めていることと、継続的な調査協力によってある程度解決の目途が立っていた。しかし、ただでさえメンタルが回復していないなかでの高負荷な業務量が、彼を苦しめた。
「…終わったな。…さて、次の書類は…」
「おっ、おい◯◯!休憩するって、さっき言ったばかりだったろ!?」
「えっ、……ああ、悪いわるい。そうだったな。…なら、気分転換にちょっと外へ出てくる。」
「気をつけて行ってきなさいよー。」
「ああ。ちょっとの間、留守を頼む。」
そう言って、彼は職場を一旦離れた。
残された里奈達三人は、彼の見ていられない姿からどうしたものか、と頭を抱えた。
「…ありゃ相当きてるな。」
「ええ。…大丈夫って言ってる奴の行動じゃないわよ、今のも。ただ、困ったことにアイツ自身にはその自覚は無さそうなのがね。…一応、手は打っておいたけれど。」
「ん?何かいい案でも思いついたのか?」
「いいえ。ただ、アイツには話を聞いてもらえる相手が要ると思ってね。私の言葉じゃ、きっとアイツは変わらないだろうから。ある人に頼んだのよ。私とアイツの共通の友人にね。―ちょうど今日、こっちに来るって言ってたから、運が良ければ休憩に出たアイツに遭遇するかもね。」
「ほーん。」
「…里奈さん、○○さんは立ち直れると思いますか。」
「それこそ、アイツ次第よ。最も、彼女を失ってもなお仕事はずっと続けている点では、まだ根っこじゃ完全に死んではないわよ。精神的に立ち直れるかどうかは、これからの話ね。ま、妹さんも入るって決まったみたいだし、何とかなるわよ。」
「そういや、○○の妹って結局どこに入学すんだ?」
「えーっと…、美濃関ですね。…えっ、美濃関?」
「…なあ、下手するとコレ、一生立ち直らねえんじゃねえの?」
「…ノーコメントでお願い。」
もし、可奈美が長期の捜索の末見つからないとなったら、彼は妹の制服を見てはずっと彼女のことを引き擦るのではないか、という、三人は考えたくもない可能性に思い至ってしまった。とはいえ、既に入学の諸手続きは終わってしまっている。可奈美が見つかるのが先か、彼が再起不能に至るのが先か、その中間なのかは、この時の彼女達からすると予想もつかない話であった。
ともかく、今は彼が休憩から帰ってきた時にどう変化が起きているのか、そこを注視しようと思ったのである。
小一時間ほど休むかと考えた彼は、駐車場に停めてある自分の車へと向かっていた。
「休めって言われてもなあ…。取り敢えず、一息吐けそうな場所にでも行くか。」
「あっ、お~い!」
「ん?」
後ろから、彼にとっては聞き覚えのある声がしたので振り返ってみた。その声の主は、彼にとっての恩人であり、親友の彩矢*3であった。
「あれ、彩矢!?―なんで、ココに?」
「里奈にちょっと呼ばれてね。それに、こっちに来るついでだから、麻美ちゃんとか清香ちゃんにも会おうと思って。私、平城を無事に卒業できたしその報告も兼ねてね。」
「ああ、なるほどそういう…。」
「まあ、来たのは私だけじゃないんだけどね。」
「ん?それって―」
「はーい、私も居るわよ~。折角の二人きりのところ、悪いわねぇ。」
「って、浦賀もかい!?」
彩矢から遅れて奈緒*4も此方にやって来る。
「何というかこう、珍しい組み合わせだな。」
「とは言うけど、私と浦賀さん、学校は違うけど同じ学年だしね。私が刀使だった頃には、何度か打ち合ったこともある仲だよ。」
「いや~、当時の彩矢ちゃんの剣の腕、本当に凄かったのよ~。彩矢ちゃんが刀使を引いてからも、ちょくちょく話をしたりしてたからね。」
「そういうことか…。」
「それで、君は今からどこか行く予定でもあったの?」
「ああ、実はさっき同僚から休憩に入れ、って言われてな。一度職場から離れたところなんだよ。」
「…ねえ、◯◯君。それに私達もついて行っちゃだめかしら?」
「俺は別に構わないが…、折角こっちまで来たんだったら彩矢達の予定とか、寄りたいところを優先した方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。…それに、君には色々聞きたいこともあったから、ね?」
彩矢のウィンクから、彼は彼女達のお願いを素直に聞き入れ、車に乗るよう告げる。
三人を乗せた車は本部を離れ、鎌倉市街へと向かった。
ー神奈川県鎌倉市 某ファミリーレストランー
車を走らせること、およそ十分足らずでこの目的地にたどり着いた。
何かあった時にすぐ車を出せる位置にあること、仮に発言を聞かれたとしても店内のBGMや他の席の利用客の声でかき消されるということもあり、敢えてこの場所を選んだのだ。
彼と彩矢、奈緒がそれぞれ注文を終えると、飲み物を取りに向かった。三人が揃ったところで、彩矢がまず声を上げた。
「えーと、まずね。…君は今、話を聞いてもらいたいと思っているかな?」
「…彩矢の質問の意図が、ちょっと読めないんだが。」
「うーんとね。まず、二月くらいに麻美ちゃんから、君の様子がおかしいって相談を受けたの。話を聞いていくうちに、君の精神的なものだろうから立ち直るまでそっとしておこうって、最初はそう考えてたんだ。…でも、つい最近になって里奈からも電話をもらったの。『アイツが壊れそうだ』って。…それでいてもたってもいられなくなってね。浦賀さんもちょうどこっちに来る用があるって聞いたから、一緒に来てもらったんだよ。多分、私一人だと話してくれないかもしれない、って思って。」
「あれこれと手解きした後輩が精神的に参っているんじゃ、何もしない先輩はいないわよ。…彩矢ちゃんから聞いた感じだと、貴方の状態がかなり深刻な気がしてね。」
彩矢と奈緒の不安気な顔に、彼は渋い顔を浮かべた。
「…俺は先輩二人にまで、心配や迷惑を掛けてしまっているんだな。しかも、新生活が目前のこの時期に……。」
「な、何を言ってるの!?君のことが迷惑だなんて、考えたことないよ!」
「へ?」
「むしろ私は貴方の心の方が心配よ。…現に今、ズレた話をしていたし。」
「…そ、それは…。」
そう言われて、何も言い返せなくなる彼。普段なら余裕のある返しができるのだが、精神的な限界が目前のなかで、その余裕さえない姿を露呈することになった。
ここまできて、彼も触れたくない話題を避けることはできないと判断し、二人に向き直って口を開いた。
「……悪い、彩矢、浦賀。はぐらかすような真似をして悪かった。…言っても、ただ精神面が弱い人間の戯れ言かもしれなくてな。とてもじゃないが、話せるような中身じゃなかったんだ。」
「◯◯君…。」
「でも、二人が本気で心配してくれているってのは分かったから、愚痴になるかもしれないが話すよ。…本当なら、中島達に打ち明けるべき話だったんだろうけどな…。」
職場の同僚にまで要らぬ負担を押し付けることになるのでは、そう思って彼らには話せなかった彼。
どちらかと言えば外の人間にあたる二人にならまだ口を明かせると考え、彼はここ数ヶ月間のダメージを話す。
「話はかなり遡るんだが、『年の瀬の大災厄』の時に近衛隊との戦闘後に撤退命令を出されてな。タギツヒメを討つべく残った、紫様ら七人を置いて俺達一般の隊員らは、逃げるように東京駅周辺からも離れてしまった。…その後の顛末は二人も恐らくは知っているだろう。タギツヒメの封印は成功、紫様の尽力で隠世の門は閉じた。…だが、平城の十条姫和、美濃関の衛藤可奈美、この二人は封印を行った後も帰ってこなかった。…そのうちの衛藤…、いや、可奈美はこの少し前から、俺と本格的に交際を始めたばかりだったんだ。」
「それって…。」
「彼女、というには確かに関係としては浅いものだったのかもしれない。でも、可奈美は俺が管理局で働くことを志す理由を間接的に作った娘なんだ。…だからなんだろうな、ここ最近になって、仕事に身が入りにくくなってきているのは。もちろん、それだけじゃない。作戦前に約束したんだよ、『後ろは任せろ』って。…なのに、俺は間に合わなかった。紫様こそ救えたが、肝心の彼女には何もしてやれなかった。……何か特別な力があるだなんて自惚れたくない、でも後悔はずっと続いているんだよ。…それからだ。心にぽっかり穴が空いたように、感情の虚無が湧き出るようになったのは。」
「……思ったよりも、深刻ね。」
奈緒は、彼としばらく長話をしないうちに、彼がここまで精神的な大打撃を負い続けていたことに、ただ現状を述べるしかできなかった。
彼の言葉を受けて、彩矢は再び口を開く。
「…君にとって、可奈美さんと居られた時間は幸せなものだったの?」
「ああ、そこは断言できる。…同時に、時間は巻き戻らないってこともな。」
「ならきっと、可奈美さんも同じ気持ちだったんじゃないかな。君は基本、人の気持ちに寄り添える人だから。」
「彩矢…。」
「…そう言えば○○君、作戦本部に行った時に小耳に挟んだんだけど、君はまだ諦めてないんじゃないの?」
「何の話かな?浦賀さん。」
「さっき言ってた衛藤さんと十条さんのこと。まだ捜索を続けているって話よ。」
「ああ。紫様からも頼まれてな。…ただ、現状は手掛かりなしだ。とっくに諦めている奴もいるくらいだからな、とっとと打ち切れという人間も出てきている。」
「君は、本当に打ち切りでいいと思っているの?私には分かるけど、君はそんな簡単に女の子を乗り換えるような男の子じゃないと思ってるよ。」
「そうそう。貴方は知らないかもしれないけれど、彼女ができたっていう噂が流れた時の女子同士の軋みは凄かったんだからね。ただ、○○君は一途だってことを知っているからこそ、協力してくれる娘も多いのよ。まして、綾小路の娘たちは貴方に恩もある。だから、私も含めて助けになりたいのよ。」
「彩矢、浦賀…。」
二人の顔を見て、彼は、彼女達はそれほどまでに自分を助けようとしてくれているのだ、と理解した。
「…まだ、終われないな。それこそ諦めたら、戻ってきた時の可奈美に怒られちまう。それにここで投げ出したら、今まで何のために色々やってきたのか分からなくなる。」
「…良かった。いつもの君の調子に戻って。これでダメなら、ちょっと荒っぽいことを考えてたけど。」
「おいおい。彩矢が言うと本気に聞こえてきて怖いんだが…。」
「それでも、ちょっと顔の疲れは取れたようね。…これも、優しいお姉さん達が親身になって聞いたおかげかしら?」
「まあ、な。…まだ頑張ってみるわな。彩矢達にも、中島達にも迷惑をかけない程度にはな。」
「きっと、君の努力と頑張りは報われるわよ。私が言うには気休めかもしれないけれどね。」
「いんや、彩矢の言葉だからこそ、大丈夫だって思えるから。浦賀も、また困った時に頼るかもしれないが、その時はよろしく頼む。」
「…はあ~、しょうがないなあ。貴方の頼みだったら、幾らでも聞いてあげる。その代わり、身体は労わるように、ね?」
「善処するさ。」
「お待たせいたしました~。ご注文の品で~す。」
タイミングよく、三人の注文した料理が出始める。
「さて、食べるか。」
「そうだね。」
「ああ~、この料理、どこでも同じ匂いだから好きね。早速食べちゃおっと。」
重かった空気を払拭したかったのか、早々に奈緒が箸を皿へと運んでいく。
「私達も食べよっか。」
「ああ。―いただきます。」
彩矢と彼も少し遅れて食事を始める。
里奈が打った手は、少なくとも彼の心の疲労を和らげる方向には転ぶ結果となったようだ。
彼はこれ以降も、可奈美や姫和が帰ってくるまでの間に、様々な任務や業務を進めた。友人達がもしもの時には彼を助けるという、目に見えようが見えまいがはっきり示された強い関係性があってこそ、彼は日々の職責に向き合うことができたのだ。
可奈美を喪った悲しさはあれど、人は一度は立ち止まっても前に進まねばならない。その背中を彩矢と奈緒が押す形となった。諦めるのではなく、事実を再度受け入れて、彼女達を不安にさせない人間としてより自身を磨くために。仕事への熱量は、少しずつだが回復を見せ始めた。
そして、彩矢の言葉通り、彼の密やかな努力は結果として報われることになった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
とじともOVA後編、無事視聴し終えました。
未視聴の方もいらっしゃるかもしれませんので、内容は触れません。ですが、とじとものメインストーリーを見てきたからこそ分かる言葉の重み、という描写部分もありますので、よく見聞きしていただければと思っております。
次回は後編、再会した頃の話となります。
それでは、また。