今回は結芽編その6-2 後編になります。
…書き上げるまで、長かった。
今話は刀使ノ巫女関係の小ネタをちょこちょこ挟んでいます。
(場所とか会社名とか)
それでは、どうぞ。
ー沖縄県宜野湾市 米海兵隊普天間基地ー
戦後の沖縄県と米軍の関係において密接に絡んでくる、普天間飛行場を巡る問題。米空軍の嘉手納基地と並んで一大軍事拠点を形成する、沖縄本島中部の環境だが、近年では西側に位置する大国への警戒感などから、ここを含めて訓練を行う海兵隊員の数も多い。
そんな基地内の一角に、折神家が米軍(DARPA)との共同研究拠点が置かれている。もとはS装備開発のための設備が置かれているため、一種のクリーンなラボ、といった感じだろうか。
以前、このS装備開発の際の電力供給源を巡り、結芽を含めた刀使達を巻き込んでドンパチがあったのだが、今ではそんな物騒な空気を感じさせることはない。
その施設の中にある会議室の一つで、医療系の舞草の関係者と循環器系疾患に対する世界的権威の医師達、更には日米欧印からなる製薬会社連合の各幹部が集結していた*1。
「まさか、彼の行動の対価が医薬品開発というのも、なかなかな要求ではありますね…。」
「仕方ないだろ。お前が折神家親衛隊の一人を無力化しろと言われて、できるものなのか?」
「……不可能ですね。しかも、その一人が最も厄介な刀使であるなら、尚更に。」
舞草の関係者も、それほどには結芽を脅威として捉えていたのだが、まさか個人的な理由でその脅威を排除することに成功するなど、彼らとて思ってもみなかった話である。…その見返りもえげつないものになりそうなのは、頭の痛い話ではあるが。
「しかしまあ、極東の島国で面白い治験者がいるとは、生きていると何があるか分かりませんな。」
「まったくもって、そのとおりですね。」
「ノロの存在もそうだが、それを取り込んでなお生き長らえる少女の存在も、稀少なものでしょうしなあ。」
フリードマンの知り合いでもある医師達も、結芽の症例にかなり興味を持っていた。
「まあ、これでこの疾病に対する独占的な利益が得られるわけですから、そこまでリスクを気にするような話でもないのでは?」
「そこは御社の言うとおりだな。しかも、まさか新興のインド企業も加わるとは。」
「我々の国のこれから先の市場拡大を見れば、一定の安定した利益確保を求めるのは当然のことでしょう?」
「アメリカにもこうした新薬開発の企業はありますが、まさか日本でも立ち上げるとは。まだまだ、侮ってはいけないところのようだ。」
製薬会社連合の関係者も、それぞれ口を挟む。結芽の循環器系疾患のみならず、血液系の病への治療薬も同時並行で開発できれば、トータルでの研究開発コストを抑えることが可能であるため、此方も手を挙げたわけである。
ちなみに今回参加した日本の製薬会社は、折神家や結月、雪那達も関与したサユリ製薬、ではなく全く別の大手製薬会社である。このため、サユリ製薬が持っていたノロ使用による治療促進作用のデータ的な優位は、この段階で崩されることになったため、舞草と旧紫派とでこの分野での対立が後々引き起こされることとなった。これ自体は、彼も全然予想していなかった副産物であったわけだが。
ー数日後 沖縄県那覇市 凌蔵の家ー
京都で処方してもらっていた鎮痛剤や、以前から服用していた治療薬を水とともに飲みつつ、精神統一を兼ねて黙想する結芽。
年齢を考えればもっと活発に行動してもよいのだが、生憎それを病が邪魔してくれているため、激しい運動はできない。その代わり、止まった時間で何ができるのかを考えた時に、ふと読書や精神の集中といった、どちらかといえば理論的な分野の方に意識が向いたのである。日頃の彼女の性格を知る者からすれば、なんて落ち着きのある行動なのだ、とこぼしそうではあるが。
病が蝕む中で精神的な余裕の無かった彼女は、死の迫るなかでも剣術の技こそかなり磨いてきたものの、そうした部分にはまだまだ成長の余地があった。もちろん、彼女の刀使としてのレベルは疑いようのないほど高いものであるが、経験や忍耐という点においては、幼いがゆえにまだまだ伸ばしようがある。
幸いにして、一時的に刀使として戻るために刀使の職責から解放されていたことが、逆に彼女のモチベーションを高めることへ繋がったのは、この場にいない彼からしても嬉しい誤算であったわけだ。
(……私が剣を振るう理由…。皆に凄いところを見せつけてやりたいから?…本当に、それだけ?)
改めて、自分が刀使として何を軸に据えているのかを捉え直す結芽。恐らく、これを明確にできたのならば、彼女の中の壁を一つ壊すことになる。
それこそ、剣士『燕結芽』の新境地とも言えるだろう。幼い彼女がそこまで考えているかは、また別の話ではあるが。
(もちろん、この剣は私自身のために振ってる。…でも、それだけじゃ足りない。もっとこう、別の何か…。……う~~ん、難しいよ!)
そんな時に凌蔵の妻、
その時に生じた音で、彼女の瞑想は一度途切れる。
「はい、結芽ちゃん。」
「…ん。おばちゃん、これってもしかして、サーターアンダギー、ってやつ?」
「そうそう。揚げたてだから、ちょっと冷めてから食べた方がいいわよ。」
丸みがあるサーターアンダギーだが、一個あたりの大きさは意外と大きい。そのため箸などで少しずつ割ったり、直接頬張ったりなど、人により食べ方は様々だ。
「でも驚いたわ。結芽ちゃん、もうちょっとヤンチャな娘なのかと思ったら、素直で聞き分けのいい娘だったから。」
「…私を送り出してくれたお兄さんのために、私が迷惑をかけちゃいけないなあ、っていうのはあったのかもしれないけれどね。正直、おばちゃんや保証人になってくれたおじさんも、最初はちょっと警戒していたけれど、優しく接してくれたから『あっ、いい人たちなんだ』って分かったんだ。」
「私らには子供がいないからねえ。もし居たのなら、結芽ちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったとも思っているよ。」
蓮はそう言って、外の景色に視点を移す。
「私みたいな娘、かぁ…。そんなにいい娘じゃないとは、思うんだけどなぁ。」
一瞬、過去の出来事を振り返る結芽。
もちろん彼女主観の話ではあるので、彼女の家族や親族にも事情はまたあるのだろうが。
ここで蓮は、彼と結芽との関係について聞こうとする。凌蔵と彼女は彼と面識こそあれ、その彼が託した少女のことは、病気のことを除き深く知らないのだ。
「私と凌蔵さんは結芽ちゃんの過去のことを詳しくは知らないけれど、彼になら幾らでも、色んなことを打ち明けられるんじゃないかしら?」
「……私、今までお兄さんには自分のことを話したことがなかったんだよね。いなくなったパパやママ達と、どうせ同じなんだろうって。そう思い込んでた。」
いなくなった、という言葉の意味をすぐに悟った蓮。
でもね、と結芽は続ける。
「お兄さんは、病気の治療のことすら何も知らないのに、私に色々としてくれたよ。刀使としての活動がしやすいようなことをしてくれたり、仕事で忙しいなかでも暇を作ってまで私に構ってくれて…。…病気で長生きできないことも、ずっと一緒にいられないことも話したのに、それでもお兄さんは私にありがとうって言ってくれた。―嬉しかった。だって、私のことに必死だったんだもん。真剣だったんだもん。特に、男の人からこんな風にされたのって、私初めてだったよ。」
「…じゃあ、結芽ちゃんにとって彼はどんな人?」
「…う~ん。相楽学長や紫様、親衛隊の他のみんなに抱いているものとは、ちょっと違うかな。彼氏彼女、って言い合いこそしているけど、やっぱり大好きな人、なんだろうね。」
「離れたくない、ってくらい?」
「今は、離ればなれだけどね。…私は信じてるんだ。お兄さんは誰のためであっても全力を尽くすし、それが私のことなら尚更に、ってことを。」
二人が付き合いだした期間こそ、まだ短いものではある。しかし、彼女は確信していた。
彼が彼女のために出来ることは、何が何でも諦めたり投げ出したりすることがないということを。
蓮に向けた目には、親衛隊の仲間達へも同様に抱いている、彼への強く揺らがない信頼感があった。
ー同時期 折神家・特別祭祀機動隊本部 某室ー
綾小路からついに帰ってくることの無かった、結芽。
短期間で練られた突入作戦により、結芽という戦力の欠けた状態で可奈美達との戦闘を強いられることになった真希達。雪那が鎌府の刀使の大部分を率いて横須賀へ飛んだ結果が、紫の討ち取り*2とノロの大放出である。むしろ、戦力があまりに削がれた状態でも互角に迎撃したのは善戦とも言えるだろう。
「…結芽との連絡は、やはり繋がらないのか。」
「どうも、電源が入っていないというアナウンスの繰り返しですわ。…一体、貴女はどこへ行ってしまったのかしら。結芽…。」
戦闘終結後、雪那と共に行方不明となった夜見に関しては、防犯カメラなどの情報から一応の生存確認が取れている。だが、結芽に関しては綾小路はじめ京都市内には既にいないことが、綾小路の寿々花の後輩から確認が取れている。……手掛かりがないのだ。
「相楽学長は何と言っていた。」
「『病院側の都合で転院先が教えてもらえなかった。』だそうですわ。…結芽がノロを取り込んでいることを考えれば、あの人が何も知らないということはあり得ないとは思いますが。…これ以上聞くのは、無駄足でしょうね。」
「彼の方は、どうだった。」
「驚いた様子でしたわ。…彼もてっきり、京都の病院にまだ結芽がいると思っていたみたいでしたわ。」
無論、それは演技である。本当は、結芽の今の居場所を知っている数少ない人間の一人なのだが、精神的に余裕のなかった寿々花にそれを看破するのは無理があった。
結局のところ、結芽が戻ってくるまでの間、二人は彼女の生死に対して悶々とした気持ちを抱かずにはいられなかった。真希が本部から出奔するのは、それからすぐのことであった。
ー数週間後 沖縄県那覇市ー
休暇を装い、結芽の様子を見に沖縄へと向かった彼。
(…結芽、身体は大丈夫だろうか…。)
凌蔵の方にいる医療従事者が彼女の容体をチェックしていることもあり、容体が急変したということは聞いていないため、少なくとも彼女が生きているということは分かっていた。それでも、直接顔を合わせていない期間が既に一月近く経過していたため、非常に彼女のことが気になっていたのだ。
車を走らせること、一時間弱。
待ち合わせ場所の大手ファミリーレストランへと入店する。
「お客様、何名様でしょうか?」
「連れが先に入っていると思うので、進んでも大丈夫でしょうか?」
「あっ、分かりました。どうぞ。」
店員に促され、テーブルの列へと足を踏み入れる。
「あっ!お兄さん!!」
一月ぶりに聞く、愛しい彼女の声が彼の耳に届く。
「結芽!」
久しぶりの彼女の姿を見ると、南国の太陽に焼けたのか、顔の皮膚が褐色に変化していた。彼女の別の魅力を彼の中に呼び起こしながらも、隣の男性の声で我に返る。
「俺も居るぞ。」
「あ、古波蔵さん。ご迷惑をおかけしています。」
「ちょっと、お兄さん?私、迷惑なんか掛けてないけど?」
「そうだぞ、○○(彼の苗字)君。結芽ちゃんはむしろ、色々手伝ってくれるいい娘だぞ。」
「ああ、すみません。結芽もゴメン。」
「むぅー。…でも、いつものお兄さんだ。」
少し膨れっ面だった彼女の顔が、すぐに笑顔に変わった。彼も、その顔を見て頬が緩んだ。
早速、結芽が沖縄に留まっている理由でもある事柄に突っ込む彼。
「それで、結芽の治療薬の進捗はどうですか?」
「ミス・ソウラクのデータが思いのほか役に立ってね。結芽ちゃんに協力してもらいながら、あと一~二週間ほどで最初の治験薬が出来そうだ。」
「そうですか。…良かったぁ~。」
「ただね。」
と、どうもネガティブな情報が凌蔵から告げられる。
「製薬会社連合からは、先にアメリカとインドの被験者から投薬を開始したいと言われているんだ。何せ、日本に比べると被験者の数も多いらしくてね。」
「…つまり、結芽の治験は後回しになるということですね。」
「ああ。」
「…結芽の今の病状は。」
「幸い、激しい運動を避けていることもあって極端な悪化はしていない。それでも、このままではあと数ヶ月が関の山だ。」
「…マズいですね。」
ただでさえ、結芽の身体はノロを投与している関係で何が起こるのか予想がつかない*3。せめて彼女の循環器系疾患さえどうにかできれば、この先の展望も開けてくるというのに。
「…お兄さん、それは仕方ないよ。」
「結芽。」
「まだ最初のお薬なんでしょ?それからもっといいお薬ができるかもしれないじゃん。なら、私はそっちの方がいいかな。」
「結芽ちゃん…。」
「それに、この病気で苦しんでいるのは私だけじゃないんでしょ?私は後でもいいから、先にその子達にお薬を渡してあげて。」
「…なるべく、早く結芽への投薬治療ができるように頼んではみる。」
(博士、すみませんがお願いします。)
何とも人遣いが荒い話ではあるが、人の生き死にが掛かっているため、なり振りなど構ってはいられない。
「さて、暗い話は一旦止めて何か食べるか。」
「そう、ですね。」
「もう私、お腹ペコペコだよ~。」
「結芽がいつも通りで、安心したよ。」
彼女の声音が普段のテンポに戻りつつあったため、彼も少し調子を戻した。医薬品が一朝一夕でできるものではないと分かってはいても、やはり当事者からすれば早く治したいと思うのは当たり前のことであろう。
凌蔵に頼み、久し振りに結芽と二人きりの時間を過ごす彼。彼女の傍らには、竹刀袋に入れられた《ニッカリ青江》もある。
日焼けと紫外線対策に日傘をそれぞれ差しつつ、海沿いの公園を並んで歩く。
「しかしまあ、結芽もすっかり南国少女に様変わりしたなあ。」
「そりゃ、私だって外で鍛錬くらいはするし。激しく動いたりはできないけどさ。…刀使として戻った時に、弱い私とかそんなの私じゃないもん。」
「まあ、それもそうだよな。」
個人的には静養してもらいたいところだが、そこは彼女の意思を尊重する。
「でもまさか、もう私の命はこれよりも長くないと思っていたのに、今じゃ、まだ生きられるっていうその可能性に、私は賭けてみたくなってきたよ。」
「結芽…。」
「それに、お兄さんの人の繋がりの広さが、私に生きる希望を持たせてくれたことに変わりはないから。…何でだろうね。ちょっと前まで覚えてもらえるだけでいいと思っていたのに、もっと他の人に覚えていてもらいたいと強く感じてる。」
「だから、結芽は早く治さないとな。真希達も待ってるだろうし。」
結芽の行方を元親衛隊の面々に敢えて伏せていたのは、最悪の可能性を考慮したうえでの彼の判断からだった。一か八かの大博打に打って出た以上、結芽の疾患がある程度治るまでは、他者へ変に希望を持たせるわけにはいかないという事情もあった。
「…でも、こうして結芽が今まだ生きていられるのは、相楽学長の必死の研究と、紫様が差し出した手、そして結芽自身の生きたいっていう気持ちが繋がった結果だと、俺は思っている。……俺は結局、つい最近まで結芽の病気のことを把握してなかったんだから、彼氏としては失格だな。」
「…そんなことない。だって、この一年近くの間にお兄さんが居てくれたから、病気を治すところまでもうちょっとのところまで来てる。死ぬしかなかった私に、また刀使として生きて戻そうとしているのは、他でもないお兄さんじゃん。」
「そう、なのかね…。」
彼自身は全く気づいていないが、通常の新薬開発には年単位の時間を要する。だが、結月の結芽に関する長年の治療データや、彼の舞草の研究者達との横の繋がりが無ければ、恐らくここまで短期間での研究開発、しかも臨床試験段階までこぎ着けるというのは例がない。彼の起こした行動は、結芽にとってはプラスに働いていることは紛れもない事実なのだ。
むしろ、この事実をどう過小評価しろという話でもある。
「お兄さん、覚えてる?―冬の日に私に告白した時のこと。」
「ああ、勿論。…あの時の言葉に反して、結芽には色々と迷惑を掛けっぱなしだがねぇ、ホント。」
「もう、そういうんじゃなくて。……ありがと。まだ、お礼をちゃんと言えていなかったから。」
「…その言葉は結芽の病気が治ってから、改めて聞かせてくれよ。治って、結芽の願いである刀使として戻れた時に、また聞かせてくれ。」
ニッと笑いかける彼に、
「それもそうだね。」
と、笑いかけながら彼女も返した。
そして、二人は軽く唇を重ねた後、普天間基地内の研究施設へと赴いた。
その後、結芽の持病である循環器系疾患に対する治療薬は、数々の紆余曲折や試行錯誤を経て、心臓をはじめとした循環器の病のほか、血液に持病のある患者にも効果のあるマルチな薬として完成しようとしていた。超突貫での研究開発であったこともあり、米印での慎重なかつ母数の多い臨床試験を経て、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題から三ヶ月後にようやく結芽の治験が行われることになった。
そこに至る三ヶ月間、結芽自身が気を抜けば、再び死に直結し兼ねないような生活を強いられた。そんな困難を乗り越えたなかでも、投薬当初は副作用として発熱や発汗、倦怠感といった症状が彼女の身体に襲いかかり、以前のような病床での生活に戻らざるを得なくなった。
だが、投薬開始から二~三週間が経過した頃だった。結芽に、医師も驚くほどの治療効果が表れてきたのである。確かに元々は彼女の治療データを基にした薬であるとはいえ、健常者並みの循環器機能を取り戻すなどというのは、本当に奇跡的なものであると言えた。ただ、その奇跡を生み出すに様々な偶然や経過があっての出来事であるということは、忘れてはならない。
結芽にずっと付き添ってきた結月の長年の苦労と研究は、少なくとも彼女を救うという点においては報われた、と断言できる。
結月のもとへ結芽の疾患の完治が告げられたのは、再発のリスクがないと判断された十一月も中頃を過ぎたあたりであった。だが、この時彼女は維新派や近衛隊の一件のその渦中にあったため、本当の意味でそれを実感できたのは年明けのこととなった。
ちなみに、今回開発された新薬は『スワロー・ドリーム』と名付けられた。この理由は、やはり結芽の治療データがこの新薬の基になっていることと、燕自体が縁起のよい渡り鳥であるから、だという。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 控室ー
真希が防衛省から本部に連れ戻され、寿々花と紫との再会、イチキシマヒメとの邂逅を経てしばらくした、十一月も終わりに近づきつつあった頃。
鎌府の校舎から一度こちらに戻ってくるように、と朱音の方から連絡を受けて戻ってきていた。
「一体、朱音様の用件は何なんだろうか。」
「私にも、皆目見当がつきませんわ。…戦闘の矢面に立て、と言われればそれに従うだけではありますが。」
先に部屋のソファーへ腰掛けていた真希と寿々花も、呼び出された理由に心当たりがないため、警戒感を強めていた。
そんな二人の様子は露知らず、朱音と彼が控室に入室してくる。
朱音を見た時に、先に部屋にいた二人は瞬時に立ち上がり、彼女へ声を掛ける。
「「朱音様。」」
「獅童さん、此花さん、座っていただいて大丈夫です。今回は、お二人にお話ししておきたいことがありますので。○○さん、ご説明をお願いできますか?」
「はい。」
そう言って、朱音が座ったのを確認して彼も着席する。
「まあ、二人ともそう険しい顔はしないでくれ。…俺も説明しにくいから。」
「それで、一体何を話すんだい?」
「……結芽のことについてだ。」
「「―!?」」
互いに顔を見合わせる真希と寿々花。
「確かに、京都から行方不明になったとは聞いていたけれど。」
「もしかして、見つかったのですか!結芽が!」
「お二人とも、落ち着いてください。」
「「と、取り乱しました。」」
「…続けるぞ。」
と、彼は結芽が綾小路に寄って以降のざっくりとした経過を、資料を交えつつ二人へ説明していく。
「…つまり、結芽の治療が終わるまでは結芽の所在を明かしたくなかった、という訳かい?」
「成功しなかった時の可能性まで考慮したら、自ずとそうなった訳だ。…心中穏やかじゃなかっただろうことは、先に謝っておく。」
「…まったく、そう言ってくださいましたら、もう少しこちらも心の持ちようが違いましたのに。」
「すまない。…実際に頑張っていたのは結芽本人だったわけだから、俺があれこれ言うのも違うな、と思ってしまったわけだ。」
「私達舞草としても、燕結芽さんの体調等はできる限りのサポートはさせていただきました。…それもこれも、○○さんのおかげとも言えるわけですけれどね。」
朱音にとってみれば、信頼できる人間が突入作戦時のリスクを減らしたその功績に対して、何らかの見返りはするべきだろうと思っていたら、それが彼女への治療薬開発というのは意外ではあった。そうであっても、結芽を刀使として復帰させたいという彼の考えに、彼女が反対する理由は無かったのだ。
「…それで、結芽はどうなったんだい?」
「それは、今から自分の目で確かめてくれ。」
「?―それは、どういう」
ことなのですの、と寿々花が続けようとした時、不意に控室のドアが開かれる。
「ただいま!お姉さんたち!」
桃色の髪に、元親衛隊の制服。
そして、《ニッカリ青江》を脇に携えた少女が飛び込む。
「「結芽!!」」
真希と寿々花は、思わず立ち上がった。
そして、二人は彼女を抱き締めた。
「結芽!本当に結芽ですの!」
「今まで心配してたんだぞ!結芽!」
「ちょ、真希お姉さん!寿々花お姉さん!く、苦しいよ。……えへへ~っ。ただいま~。」
久しぶりに抱きついてきたほどの二人の姿を見て安心したのか、自然な笑顔が結芽からこぼれていた。
「○○さん。良かったのですか、燕さんに話しかけなくて。」
「この場は、あの三人の笑顔を見るために朱音様にも時間を作っていただきましたから。…朱音様?」
「…ちょっと、私も感動してしまいました。本当に、良かったですね。燕さん。」
どうやら、朱音は嬉し涙が込み上げてきたようである。静かに、ハンカチを差し出す彼。
「…俺の行動は、今日このためにあったのかも、しれないですね。」
「間違いなく、貴方の行動が一人の刀使、いえ少女を救ったことに変わりはありません。」
「それに付け加えるなら、愛すべき彼女、ですね。」
「そうですね。…貴方はきっと、他者の人生をも左右できる人なのでしょう。改めて、そう思いました。」
朱音と彼は三人が嬉しそうに喜んでいる姿を見つつ、今後の決戦に備える方向へ思考を切り替えていく。
彼が彼女とゆっくり過ごすことができるようになるには、まだしばらく先のことになりそうだ。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
最近(執筆当時)投稿した結芽編四話は、話として纏めるのは大変でしたがどうにか書き綴ることができました。
次回は夜見編となります。
親衛隊の話も、あと少しで一段落つきますかね。…各ヒロイン達の思考分析が難しく感じる筆者でございます。
2月7日は智恵の誕生日でしたが、来たるバレンタインデー(2月14日)は舞衣の誕生日です。お姉さん属性二人の誕生日が近接していることは、何かの縁でもあるのでしょうかねぇ…。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽に投稿いただければと思っております。
それでは、また。