今回は夜見編その6 前編となります。
時系列は御前試合前、二月頃の話となります。
それでは、どうぞ。
ー群馬県草津町 草津温泉スキー場ー
近年では暖冬だなんだと毎年のように騒がれる、各地のスキー場。ここ草津もその例外に漏れず、降雪量を心配されることは少なくないが、降るときは降るのである。
「刀使の機動力向上を兼ねた雪上訓練、とは聞こえはいいが、こうしてスキー板やスノーボードを使った移動を刀使がやるもんなのかねぇ…。」
「…そうでしょうか?紫様がやると仰られている以上、何かしらの効果があってのことだとは思いますが。」
「そうは言うがなあ、夜見。わざわざ三日間もスキー場一ヶ所借りて、かつそこは
「…私は紫様のご指示に従うまでです。それに疑問は持ち得ませんから。」
「…親衛隊としては、それは正しいんだろうけどな。鎌府の生徒や折神家警護に就いている刀使とかも、纏めて今回の訓練…というか実習に参加させられているし、一般の学校行事と思えばそうでもないんだろうけど。」
夜見の隣で並んでスキー板を持ち歩く彼。
折神家や伍箇伝主導による毎年恒例の冬季演習であるが、今回は彼の予想通り紫の休養も兼ねて、この草津の地での事実上のスキー合宿となったわけである。鎌府の大半の生徒はもとより、折神家警護に就く刀使たちも臨機応変な活動ができるように、との雪那からの強い後押しもあってか、通常よりも多い人数が参加している。
そのあおりもあってか、彼も他の同僚を引き連れて指導役兼救難要員として、ここへ派遣されたわけである。その際に紫の方から、訓練中は夜見と組むように、という指示を受けた。ちなみに他の親衛隊の面々は、交代しながら紫の警護と書類の手伝いに当たっている。…たまに紫が外へ出て他の刀使達に混じって滑走していたことは、ごく一部の人間のみが知る話である。
「そうそう。夜見は秋田の出身だったよな?―小学生の時とか、こうしたスキーとかの授業ってあったのか?」
「地域によってはあったと思います。…私の住んでいた地域ではありませんでしたが。」
「…その割には、結構滑れていたよな?スノーボードだけど。」
「たまたまなのではありませんか?私は他の方、少なくとも貴方のようには滑れませんし。」
「いや、そりゃ年一で滑っている人間と比べるのはちょっとまずいだろ。…十分すぎるくらい、綺麗な滑走だったと思うぞ。俺はだが。」
「…ありがとうございます。」
表情こそほぼ同じではあるが、声のトーンから察するにそこまで不快には思われていないようである。
他の人間からすると、彼と夜見が話している姿はかなり奇妙に見えるのだとか。確かに、彼女は元々口数が多い人間ではないのだが。
「…そういえば。ふと気になっていたのですが、その背中のリュックサックは一体何なのですか?」
「ああ、これか?…一通りの救援道具と遭難対策用の食料とか寝具とか。…札幌でやらかした*1反省からちょっとな。流石に、二度とあんな状況に陥るのだけは勘弁してもらいたいところだし。」
「…そうですか。」
未だに彼は、あの時リスクを冒してでも用いた彼女の秘密には、気が付いていなかったようである。若干の安堵と共に、これが露見した時のことをふと考える夜見。
(…彼は、どう思うのでしょうか。私のことについて。)
彼女にとってみても、他の人間と変わらず接してくる異性というのは彼くらいなものである。他は大体気味悪がられたり、近寄りがたさがあったりするのか、なかなか話かけられることがない。夜見本人はさして気にはしていないようではあるのだが。
(…今は、敢えて考えるのを止めましょうか。私が忠義を尽くすのは、紫様とあの方、だけなのですから。)
そうは思っていても、彼に対して何とも言えない感覚があったことも、また事実であった。
一日目の午後から始まった今回の雪上訓練だが、滑走できる者とできない者とである程度の振るい分けがなされた。その後に、前者が滑走しながらの荒魂対処を想定した訓練、後者が大雪の中での行進や動きにくさへの理解を深めた上での、スキー能力向上のための教習が行われていた。
彼と夜見は前者の方にあたるため、鎌府・折神家警護の刀使や生徒達の後続から指導を行いつつ、昇り降りを繰り返した。
「やっぱり、凍えるな。」
「…そうですね。」
夜見が吐息をする姿を、ついジッと見てしまう彼。
「…何かありましたか?」
「い、いや。ちょっとな。」
(見惚れてた、なんて言ったら物凄い目で見られそうだから止めておこう。うん。)
彼女の気を逸らすため、朝方淹れてきたお茶を水筒から取り出す。
滑走前に一息つこう、と考えていたのもあったが。
「ほい、夜見。ちょっと温まっていこうや。」
「―!…これは、紅茶ですか?」
色と香りから、そう察する彼女。
「ああ。朝、冷えると思って淹れてきてたんだよ。茶葉はセイロンティーだ。…マズかったか?」
「…頂戴させていただきます。」
彼がバックから取り出した紙コップへ、湯気を伴いながら注がれる紅茶。淹れてからの時間が経過していたこともあり、温度的にはほどほどの熱さになっていた。
スッ
静かに飲み進める夜見。ストレートティーだが、この水筒のお茶に極端な渋みなどはないようだ。
「……。…これは。」
「…どうだ?」
「…○○さん。貴方は、いつも紅茶を淹れられていますか?」
「たまに、だな。俺の場合は、大体が日本茶で淹れていることが多いし。今回は時間が無かったから、既製品のティーバッグから茶を出したけど。」
「…そうですか。…ごちそうさまです。」
飲み終えたコップを手渡す彼女。
「あのー、皐月さん?」
「…今度、本部へ戻った時に私のところで紅茶を飲みにいらしてください。…いい紅茶を飲ませていただいた、そのお礼は返させていただきます。」
「それは、…本当に光栄なことだ。それじゃあ、時間がある時に頂こうか。」
本部で美味しい紅茶の淹れ方において彼女の右に出る者はいないが、一般に流通している既製品で茶を淹れたとはいえ、その彼女に『いい紅茶』と言われたことが彼としては驚いた。それと同時に、嬉しさも湧きあがってくる。
(まさか、夜見にそう言われるとはなあ。…俺も今度、地元のお茶とお茶請け菓子を振る舞ってみるかねぇ。)
彼はそんなことを思いつつ、小休憩を済ませてから二人は滑降準備に取り掛かる。
スキーで雪上を駆ける彼と、その軌跡を追うように滑る夜見。
(…やはり、速いですね。スキーの経験があるとはいえ、動きに全くブレがありません。)
後方から見ると、彼の滑走する姿を追うことができる。途中、慣れないスキー板に苦戦する鎌府の生徒を追い抜いたりもしていたが、ゲレンデの両サイドに盛られた雪山へと突っ込み、明らかに人の手を借りないと動けないような生徒への救援活動は、彼は必ずと言っていいほど行っていた。
夜見はそんな彼を手伝いつつ、スノーボードによる滑走を表情には浮かべずとも楽しんでいた。
(本当に困っている人がいた時には、やはり直ぐに手を差し伸べようとする人なのですね。貴方は。)
同時に、彼女は彼への認識を再確認していた。誰にでも優しく、相手の困っていることを理解して行動を指し示すことができる人間であるということを。
(…そういえば以前、高津学長からは彼のことを籠絡してみろ、という風に言われたことがありましたね。札幌での出来事もありましたし、この際それを実行してみる機会ではあります。)
こうした事が彼女の中で思い起こされた背景には、彼が長年に渡り、任務や様々な学校制度等の不便の解消に向けた努力をしてきた姿を、刀剣類管理局の人間や伍箇伝の各校生徒達は知っており、多くの人間からの好感が高いことが、彼女の耳にも届いていることが挙げられる。
本人は知らないことと言えども、そのことは雪那などの紫派の人間からすれば、彼を抑えてしまえば多くの刀使達を此方の陣営に引き擦り込むことが容易になるという、一種の分析があったのだ。紫のために人倫から外れた行動を取ることすらある、雪那がそのように指示を出してくることは想像に難くない。
彼はそんな中であっても、情報を上手くコントロールしたことで、舞草の構成員であることを隠し通しきれたのは周知のとおりだ。
(…籠絡とは、一体どうすればよいのでしょうか?)
夜見へは抽象的な指示だけ出して、具体的な指示を行わなかったというのが、今回の雪那の考えとして弱い部分であった。この結果、様々な事態を引き起こすことになるのだが、それに彼女が気付くまでには時間を要することとなる。
一日目が早くも終わり、刀使や生徒達は宿泊施設内のあらかじめ決められた部屋ごとへと、それぞれバラけていく。
「おい、糸崎。」
「あ、どうした?◯◯(彼の苗字)。何かトラブルでもあったか?」
ロビーにいた同僚の誠司*2に、問い質す彼。
「いや、部屋割り表を見た時にお前が三原*3と同じ部屋なのはまだ分かる。俺も三原から何を言われるか分からんしな。…それはいいとして、俺の部屋はこの表の中の一体どこにあるんだ?」
「……あれ、無えな。」
彼が差し出した紙を、パラパラと捲る誠司。
「……無いな。…うん、やっぱ無い。」
「いや無いじゃねえよ!俺今日、どこで寝りゃいいんだよ!この極寒のなか、スキー場内でビバークでもしろってか!?―俺を殺す気か、お前は!」
「待てまて。落ち着けって、○○。一旦、部屋割りを決めた奴に聞いてくるから。ちょっとそこで待ってろ。」
「…わーったよ。そんじゃ、この辺で待っとくわな。」
普段の武器まで揃えた重装備、ではなく雪山に対応した装備を中心に持ってきていたこともあり、万が一遭難したとしても、それに応じた対策はできる。…ただ、彼も率先して使いたいわけではないのだが。
そんな中で、動く気配のない彼が気になったのか、真希が声を掛けてきた。
「あれ、どうかしたのかい?◯◯。」
「…ああ、真希か。いや、ちょっとトラブルがあってな。俺の部屋を確認しに行ってもらっているところだ。」
「まさか、部屋が無い、とかかい?」
「ご明察のとおりだ。…流石に、余分に部屋は取ってあると思いたいんだがなぁ…。」
「まあ、どうにかなるだろう。僕は先に、部屋の確認と紫様の方へ顔を見せてくるよ。」
「おう、行ってきな。」
去る真希の後ろ姿に手を振りつつ、同僚が戻ってくるのを待つ。
それから、二十分近くが経過した頃。誠司が今回の部屋割りなどを担当した人間を引き連れて、彼の元へと戻ってくる。
「糸崎!」
「わりぃ、遅くなった。…結論から言うと、お前の部屋はやっぱり無かった。」
「ええ…っ。マジかよ。」
「んで、救護用や控え室用にどこか空いている部屋は無いか調べていたわけだが……。」
そう言うと、何故か黙り込んだ誠司。
「…?―どうかしたのか、糸崎?」
「あー、私の方から説明しますね。」
こう言って口を開いたのは、誠司に連れて来られた少女だった。
「どうやら、私達の手違いで◯◯さんのお部屋が無いことは此方でも確認しましたが、なら◯◯さんをどこに泊めるべきなのか、という点を確認した時に問題が起きまして。」
「問題、とは?」
「…空いている部屋が全て、折神家の刀使か鎌府の生徒に囲まれたところばかりだったんです。」
「え。」
「既に多くの人間が部屋の方へ移動しているため、今から部屋割りを変えることは不可能です。…どうされますか?」
「…いよいよ、俺も年貢の納め時なのかもなあ。」
施設で寝るにしても、周囲を女子が寝泊まりしているとなれば、彼自身はともかく、折角心が休まる場所であるはずの部屋さえ安息の場ではないというのは、この行事を楽しみにしている彼女達に申し訳が立たない。
「…なら、外でかまくらでも作って寝るわな。幸い、極寒地用の寝袋はあるし。どうにかなるだろ。」
「◯◯さん、貴方、死ぬおつもりですか!?」
「でも、部屋無いだろ。」
「あっ!それなら、糸崎さんのお部屋は…」
「―ああ゙っ?」
突如、秦野の顔を物凄く睨みつける誠司。どうやら彼女は、誠司にとっての地雷を踏んだらしい。
「…秦野さん、それはマズい。三原と一緒にいる時間が、コイツにとっちゃ癒やしなんだ。それを俺がぶち壊すのはダメだ。意外と独占欲が強いんだよ、糸崎。そんな提案したら、そりゃキレるわな。」
「はっ、ひゃい。わ、分かりました。」
ほんの一瞬、誠司から向けられた殺意に怯えつつ、秦野は先ほどの提案を取り下げた。
「…しっかしまあ。どっちも愛が重過ぎんで。糸崎も、三原も。」
「は?なんで早希の名前が出てくんだよ?」
「え、お前知らねえのか?…三原がお前との婚姻届、もう書いていることを。」
「…え、ちょ、え?」
「まあ、三原が二人とも十八になった時に役所へ届けに行きたいですね~、何て話をしてたから、知っているとばかりに。」
「おっ、お前ぇ~!!」
「まあ、お、お幸せに。」
どうでもいい他者の惚気話をぶっ込まれた秦野だが、問題は何も解決していないことが、彼女の頭を悩ませることとなる。他でもなく、部屋割りの責任者は彼女であるからだ。
そんな彼女に救いの手を差し伸べたのは、夜見だった。
「あれ、夜見。どうかしたのか?わざわざロビーにまで来て。」
「…何か、騒がしい様子でしたので、何事なのかと確認しに参りました。」
「皐月さん。実は…。」
と、秦野は夜見へ今までの経緯を説明する。
少し間をおき、夜見は口を開いた。
「…秦野さん、それならば彼を私の部屋に泊まらせるのはいかがでしょう。先ほど頂いた紅茶のお礼もありますし。」
「え?」
「ちょ、ちょい待て。夜見、それは正気か?泊めさせてもらう側の俺が言うのもアレだけど。」
戸惑う秦野と彼。だが、誠司は異なる反応を見せる。
「…いいんじゃね?皐月とお前が一緒でも、何も問題はねえだろ。」
「いいや、大アリだバカ野郎!―俺が夜見を襲わない保証はどこにある!?―それに、男女が同室なのはカップルまでだ!確かに夜見は魅力的だと思うが、それとこれとは話が別だぞ、オイ!」
「……魅力的、ですか。」
彼の意外な言葉を、つい小声で復唱する彼女。表情は変わらなかったが。
「◯◯さん、どうか抑えてください。それに彼女は親衛隊ですよ?襲おうとしたところで、返り討ちにされるのは目に見えていますよ?」
「いやまあ、そうなんだけどさあ。」
「ともかく、部屋主が了解つってんだ。部屋のないお前に、この場での拒否権はないからな。」
「はあ…。わーったよ。そんじゃ、何かあったときはお前も連帯責任だからな。糸崎。それは覚えておけよ。」
「ぐっ、……了解。」
彼は納得こそしていなかったが、誠司を巻き添えにすることで夜見の提案を受け入れ、ようやく暖かな寝床にありつくことができた。
ー宿泊施設 夜見の部屋ー
夜見が泊まる予定の部屋はツインルームだった。
入室時に一礼すると、キャスター付きのスーツケースをゴロゴロと転がす。
室内を見る限り、彼女の荷物はまだ展開されていなかったようだ。
「…何で泊めてくれるのか不思議だったが、ツインだったのか。」
「親衛隊は、基本的にツインルームで泊まるように紫様からご指示を受けましたので。ただ燕さんは、救護用の部屋の隣に就寝部屋があります。やんちゃが過ぎると大変ですので、他のお二人と話し合った結果です。」
「あー、何となく想像がつく。」
夜見は結芽の病気については触れなかったが、どうやら彼に対しては上手く誤魔化せたようである。
「んで、…大丈夫なのか?本当に俺がここへ泊まらせてもらっても。」
「構いません。…最も、貴方が私と情事に及ぶというのならば、相部屋は考え直させていただかなければなりませんが。」
「じょ、情事!?―いやいや、部屋に泊めていただいた人間へ向かって、そんな真似ができるわけないだろ!?」
「……冗談です。」
真顔で返した彼女だが、それが一層、彼の恐怖心を煽る。
「…とても冗談には聞こえなかったぞ。今のは。」
彼女なりのジョークだったのかもしれないが、彼からすれば冷や汗ものの会話である。それにしても、彼女がこんなことを口に出してきたのが、彼にとってはむしろ意外ではあった。
「あ、夜見。着替える時は言ってくれ。部屋から出るなり、対策はするし。」
「……私は別に、構いませんが?」
「いや、俺が構うから!…天然なんだろうけど、これは調子が狂うな…。」
「…やはり貴方は、変わった御方ですね。」
「普通の男なら、慌てることだと思うんだがなあ…。」
首を傾げた彼女に対し、可能な限り迷惑等を掛けてはなるまいと思った彼。夜見自身も、自分が義を尽くす人間に対しての行動を起こすという点に関しては、彼に黙っていた節もあったことに変わりはないが。
ともあれ、二泊三日という短期間ながら同い年の女子と同室での宿泊に、彼自身の中で渦巻く得も言われぬ不安感が覆っていたことは事実であった。
ただしこのスキー合宿が、後に振り返ってみると彼にとって夜見との関係性の転換点になったこともまた、事実であった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
不幸事が続くなかで色々悩んだりもしつつ筆を進めていますが、まさか気分転換に別の話を執筆していたらつられて書く速度が上がった、というのも書く者あるあるなのでしょうかね。
とじともでは、夜見の生存がほぼ確定的になりそうなのは一安心つきたいところでありますが、此方の夜見編は結芽編同様の方向性で執筆の方を進めていこうと考えております。
(再度戻ってくるにはまた時間を要しますが、ご容赦ください。)
次回は中編になります。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽に投稿いただければと思っております。
それでは、また。