今回は夜見編その6 中編となります。
それでは、どうぞ。
ー群馬県草津町 某宿泊施設ー
部屋割りの件で一悶着あったものの、夜見の厚意に感謝しつつ、持参していたノートパソコンへと簡易レポートを打ち込む彼。
「…どうも慣れないな。極たま、こうした相部屋になることがあるといっても。」
彼自身、刀使や本部などで勤める女子と相部屋になる機会そのものは、過去にも存在する。この理由の多くが諸経費削減や、彼の極端なまでの性欲抑制に伴う実害の無さという、ある種正当な実績からきているものだった。
とはいえ、彼もそんな状況を看過している訳ではなかった。毎度のことながら財務課へは、男女同室の相部屋は彼女達の精神衛生上良くない、と散々言っているにも関わらず、どこ吹く風といった態度なので、責任問題が生じた時には全責任を財務課の方へと投げつける下準備は整えてあった。…不幸が起きてからでは遅いということを彼らが理解した時には、恐らく軒並みクビが飛んでいるのだろうが。
「…俺だって、別に女子と相部屋なことが嫌だというわけじゃない。ただ、それを上回るメリットがほぼ無いからこそ、殆どの奴は拒否するんだろうし。…はあ。
そんなボヤきを残しつつ、彼はタイピングを進める。
夜見が入浴のために不在であるうちに、一人で居られる僅かな時間を使って、冷静に作業を進めていこうと思った。
その頃、夜見を含めた親衛隊の四人は紫からの指示のもと、一足先に湯船へ浸かっていた。親衛隊の代わりとして、紫の警護には折神家の刀使が就いていたため、討ち入りに遭う心配もない。
「はあ~。極楽♪極楽ぅ♪」
「あまり無茶してはいけませんわよ、結芽。」
「はあ~い。」
寿々花の忠告に、リラックス気味の返事を返す結芽。
それを見て、真希も呟く。
「こうした時に、結芽が年相応の態度でいてくれるのは、なんと言うか安心するね。」
「真希さん、背中を流しますわね。」
「ん、ああ。ありがとう、寿々花。…しかし、最近肩凝りを酷く感じるように思うんだが、寿々花はどうなんだい?」
「そうですわね…、やはり胸部が発達してきている証拠なのでしょう。私も家の方でお世話になっているマッサージ技師に、肩凝りの改善を依頼することがありますが、なかなか簡単には解消してはくれませんわ。夜見さんはどうですの?」
結芽同様、先にお湯に浸かっていた夜見はこう返した。
「…私、ですか?…あまり感じたことはありませんね。」
「え、夜見お姉さんって、真希お姉さんや寿々花お姉さん達と胸のサイズ同じくらいじゃなかったっけ?」
個人情報の範疇に入るので正確な大きさまでは分からないにせよ、夜見もあの二人と同等くらいだと結芽は見ていた。まだまだ年齢的や身体的にも大人の女性からは程遠いにせよ、魅力ある女子であるとは彼女も思っていたからだ。
「…なんか、ズルくな~い?」
「…そうでしょうか?」
「ちょっと触ってみてもいい?…ホントにちょっとだけだからぁ!」
「…別に構いませんが…。」
「やったぁ!―それぇっ!」
バシャア、という大きな水飛沫とともに、瞬時に夜見の背後に回り込む結芽。
「…すっごーい。夜見お姉さん、ふかふかじゃん。」
「つ、燕さん…。あまり強く揉んだりしないでください…。んっ…。」
「えー、女の子同士なのにぃ?」
強くこそなかったものの、どこで学んだのか分からないが、念入りに夜見の胸部を弄る結芽。
普段絶対に出すことのない、夜見の艶のある声が浴場内に反響していた。
流石にこのまま放置しては不味いと思ったのか、髪や身体を洗っていた二人も急いで大風呂へと向かう。
「そこまでだ、結芽。」
「あまりお痛はいけませんことよ。夜見さんも、だいぶ真っ赤になっていらっしゃいますわ。」
真希と寿々花の指摘で結芽が夜見の方を見ると、いつもの雪のように白い頬が赤く染まっていた。
「…はぁっ、…はあっ…。」
「ご、ごめんなさい、夜見お姉さん。」
「…はあっ…。…いいんです。…止めなかった、私にも責任が、ありますから。」
「大丈夫?夜見お姉さん。」
「はい…。落ち着いたようです。」
「難儀だったな、夜見。…幸いなのは、そんな顔をしていても部屋には誰もいないことか。」
「そうですわね。…って、夜見さん?どうかなさいましたの?」
「……実は、皆さんには伝えておかなければならないことがあります。」
「…どうしたの、急に。」
さすがの結芽も、突然の夜見の言葉に心配そうな顔を浮かべる。
「…今、私の部屋には、○○さんがいらっしゃいます。」
「「「!?」」」
さしもの三人も、目を見開いて驚いた。
突然の爆弾発言に、耳を疑ったのだ。
「よ、夜見っ!―そっ、それはどういうことなんだい!?」
「ま、まさか夜見さん、彼に脅されたのですか!?」
「…何やってんの、○○お兄さん。」
慌てる二人と、どこか冷静なところを見せる結芽。
夜見も年長二人がここまであたふたするとは思っておらず、彼女もビックリしていた。
「…?何か、不都合なことでも話しましたでしょうか?」
「い、いや。夜見、どうして彼が夜見の部屋にいるのか説明してくれないか?」
もし夜見に手を出すつもりで彼女の部屋に転がり込んでいるなら、すぐにでも彼を斬り捨てる必要がある。そう思って、真希は彼女に問い質した。
「私も気になりますわ。―いざという時は、死体処理の業者を依頼しなければなりませんし。」
「…はっ、はあ。」
「……あのお兄さんの性格で、そんなことを考えているとは思えないんだけどなぁ…。」
実のところ、結芽のこの直感の方が正解なのだが、真希と寿々花は夜見の言葉を待つことにした。
「では、経緯を説明致します。彼が私の部屋に居る理由ですが…、」
そうして、夜見はこの場の三人に対して、彼の泊まる部屋が無かったことなどを話していった。
夜見の説明が終わると、真希と寿々花は、夜見の部屋の利用に悩んでいた彼へ申し訳ないという気持ちと、それでも拭いきれないごく僅かな疑念を抱いてしまっていた。結芽に関しては、やっぱりか、と彼のことを少し憐れに思っていたようだ。
「…僕達が先走って考え過ぎていたようだね。」
「とはいっても、夜見さん。本当に大丈夫ですの?彼が幾らそう言っていたとしても、彼も男ですし、…その、夜になると獣のごとく豹変するという可能性も…。」
「も~、寿々花お姉さんは心配性だなぁ~。…だいたい、夜見お姉さんもそれくらいのことは考えているってば。本当にお兄さんが手を出した時に、それはまた考えればいいじゃん。」
「燕さん…。」
結芽が彼を庇ってのことだったのか、夜見のことをよく分かったうえでの発言なのかは、夜見自身も分からないところではあったが。
「真希さんは、どうお考えですの?」
「……悩ましいな。今回彼には何ら瑕疵がない以上、こうなった責任は部屋割り担当者にあるわけだからね。それで彼を責めるというのも、お門違いというわけだ。」
「ですが、万が一夜見さんに何かあれば…。」
「…ならば、私の荒魂を一体使って、彼を見張らせておけばよいのではないですか?」
「…あの男、鈍いように見えて鋭い時がたまにあるから、侮れないのがね…。」
夜見のその提案に対し、慎重論をとった真希。それはバレたらマズい類のものだ。こんなことで発覚した時を考えると、わざわざ自分たちからリスクを背負いこむ理由がない。荒魂使用へのリスクに対するリターンが、あまりになかった。
「いっそ、この話を聞かなかったことにすればいいんじゃないの?」
「……後はもう、夜見さんと真希さんに任せますわ。」
結芽の意見を聞いて、ついにこの件から匙を投げた寿々花。
「お、おいっ。寿々花、それはズルいぞ!」
「ズルい女で結構ですわ。」
「…分かった。僕も夜見の一存でいいと思う。…あの男は、どうしてこうもいない所で僕の胃をキリキリさせるんだ。」
「…同感ですわね。」
真希と寿々花は、こんな状況でも通常運転の夜見と結芽に驚きつつ、浴場から上がった時に何か胃に優しい物を飲もうと思った。
(…彼は、なぜああも私に気遣いをなさっていたのか、その理由が少し分かったような気はします。ですが…。)
夜見は、彼がこうなることを見越して念押ししていたのかと思うと、ああした言動に納得すると同時に、自身にとって彼の存在は同い年の話しやすい異性、というのも思い直していた。
確かに、この時は夜見自身もまだそう思っていたのである。これは、彼も似たようなものではあったのだが。
ー宿泊施設 夜見の部屋ー
彼女が施設の浴衣に着替えて大浴場から戻ると、室内の小テーブル上に置かれたノートパソコンの前で、船を漕ぐように頭を上下に揺らす彼の姿が目に入った。
「…◯◯さん、今戻りました。」
「…んあ…。夜見ぃ…。」
寝ぼけているのか、言葉が覚束ない彼。どうやらまだ上の空のようだった。
「…珍しいですね。こんな姿を見られるのは。」
しかしまあ、何とも間抜けな面構えだろか。夜見が戻ったというのに、頭はほぼ垂直に真上を向き、その目は未だ閉じたままだ。
「…なぜでしょう、彼の顔を弄りたくなってしまうのは。」
無論、彼が夜見の入浴中に仕事をこなしていたのはパソコンのディスプレイを見れば分かるが、それにしたってもう少しどうにかならなかったのだろうか。
「…ブランケットでもお掛けしたほうがよろしかったでしょうか。」
そうは思っても、すぐに起き上がりそうな気がしていた。
「…試しに狸寝入りでもしていましょうか。」
この様子では下手に体を動かすのも憚られたため、夜見は先にベッドに入って彼の反応を見ることにした。
「…ふぁああああ~っ。やべっ、寝落ちしてたのか。」
(パソコンによだれは…、付いてないな。よし。)
再起動して気にするところがそこか、という気もしなくはないが、電子機器の取り扱いは結構慎重にやっている方ではあるため、真っ先に確認することが無意識のうちに刷り込まれているのだろう。
酷い向きで首を固定したまま寝落ちしていたこともあり、首を一回転、逆方向にもう一回転させることで平衡感覚を元に戻していく。
「…夜見は…、もう寝ているのか。あれだけ動き回っていたら、疲れもするか。」
ベッドの一つで横になっている彼女。正確にはまだ起きているのだが、彼はまだ気が付いていない。
(まるで、疲れてそのままベッドへ突っ伏した女性社員みたいだな…。)
そんなことを思いつつ、彼は夜見へ近づく。
(…彼は、一体何をするつもりなのでしょうか。)
彼の足音を聞きつつ、静かに身構える夜見。彼女の体は、掛け布団の上で仰向けにバタンキューと倒れたような状態なので、布団が掛かっていない状況なのだ。…もし彼が乱暴なことを行おうとするならば、それは容易に行える状況ではあった。
(…どうするおつもりなのでしょう。あまり触られるのも、私は得意ではありませんし。起きた方が良かったのでしょうか。)
とはいえ、起き上がると今度は彼を驚かせてしまうかもしれないと考えた彼女は、その身を動かすことはしなかった。有り体に言えば、自分の身を時の運に任せたのである。
そして遂に、彼が夜見の隣にやってくる。
しかし、彼は特にこれといったことを仕掛けてくるわけでもなく、フワッとした無重力感が背中を吹き抜ける。
「まったく、夜見もこんな無防備な姿を晒してから…。…ホント、男からしたらこんな綺麗な娘を襲いもしない俺に呆れかえるんだろうし、俺自身もつくづくバカなんだろうけどさ。」
そんな風にぼやく彼。
仰向けで横になっていた、夜見の浴衣の隙間から見える下着をなるべく見ないようにしつつ、彼女の体を揺らさないよう慎重に隣のベッドへと寝かせる。
「乱れかけてる浴衣を前だけでも元に戻して、と。」
寝転んでいたり、今動かしたりして歪みや膨らみができた彼女の浴衣を、正面から下着が見えないよう覆い直す。
「…これで良し。またずれるかもしれないが、取り敢えず今はこれでいいか。」
そう言って静かに夜見から離れると、彼は先ほどまで彼女が上で寝転んでいた掛け布団を捲る。
「いくら室内が暖房を効かせているとはいえ、身体は冷えたままになっちまうからな。…夜見には申し訳ないけれど、明日倒れたりでもしたらもっと大変だし、俺が怒られるだけで済むならそれでいいや。」
彼が一度彼女を動かしたのは、どうやら布団の中へ入れ直すためだったらしい。
その後ろ姿を、ほんのわずかだけ目を開いて見ていた彼女。
(…貴方という人は…、本当に根っこからの優しい人なのでしょうね。)
そういう意味では、結芽が彼に一定の信頼を寄せていることに理解がいった。刀使だから、というよりも一人の人間として夜見を大切に見ていることを感じさせられる。
(……ズルい御方ですね、貴方は。口ではなく、行動で示すというのも。)
そしてまた、静かに目を閉じ直した。
夜見を丁寧に布団の中へと入れ直し、掛け布団を彼女の首あたりまで覆い掛けた彼。
「さて、…カードキータイプか。なら、あのやり方が使えるな。」
この部屋はカードキーを所定の位置に挿すことで、照明や空調が一括管理されるタイプのものだ。ただ、必ずしもカードキーを挿さなければならないというわけではない。カードキーと同じ位のサイズ、厚みのものがあれば、カードキーを持ったまま退室しても、その代替物を挿すことで照明や空調はそのまま維持することができる。ただし、本来の使い方とは異なるので、推奨できるやり方でもないことは確かだ。
「これで、いいな。…風呂行ってくるか。」
カードキーの代わりにテレフォンカードサイズのモノを挟み、夜見を起こさないよう静かに荷物を纏めて大浴場へと向かう彼。
こうして、室内には夜見一人が残されることとなった。
彼が行ったことを確認すると、目をパッチリ開く彼女。
「……気付かれなかったことが良かったのか悪かったのか、もはや分かりません。」
ただ、彼が覆い被せた布団から伝わる温もりは、自分にとって悪いものとは思えなかった。
「…どうして彼は、私にこうまでしてくれるのでしょうか。」
(分からない。…彼はどうして、私に優しいのでしょうか。…高津学長とは違う、熱のある感情を向けてくるのは。)
正直、彼を籠絡しろと言われた時には、一体どうしろと、という感情が雪那に対してあったことは否定しない。しかし自慢ではないにしても、一般的な男子なら先ほどみたく自分のあのような姿であれば、襲った時の出来事を口実に彼を此方の言いなりにできる絶好の機会ができる可能性が高い、と考えていた。事実、インターネットでの記事の幾つかでもそのようなやり方で上手くいくケースが多い、という裏付けもあった。それだけに、失敗の反動も大きかった。
そう、彼に色仕掛けの類は通用しないということを。
(…高津学長、彼を籠絡するというのは、私では無理です。)
もし彼がこの場で夜見の魅力云々の話をしていたならば、彼女に魅力を感じないというのはありえないと否定しただろう。しかしそれとともに、意図的な誘導に対しては勘が鋭く、非常に後が怖いことになるのもまた、彼女にとっては全くもって好ましいことでなかった。
この瞬間をもって、夜見は彼を籠絡するなどということを考えるのは止めた。
彼が徹底して彼女が嫌なことを避けていたことも、こう判断するに至った理由でもあった。…結局、思考をスッキリさせるべく、翌朝起きるまではぐっすりそのまま眠ったという。
ちなみに、理性を限界ギリギリまで抑えきった彼は、浴場で汚れも邪な感情も洗いざらい流し去ったそうだ。いわゆる賢者モードと言われる、感情のキャストオフを行ったことで、眠っている時の彼の精神状態は普段通り…とまではいかないにせよ、冷静さを欠くことなく眠りに就くことができた。
ー翌日 草津温泉スキー場 青葉山ゲレンデー
そんなこんなで特に何か間違いなどが起こったわけでもなく、彼と夜見は前日同様に鎌府や折神家の刀使・生徒へスキーを教えたり、雪中で遭難あるいは嵌まった時の脱出方法などを一通り指導したりしていた。
午後に入って二本目の訓練前にリフトから降り、一時休憩のため、彼と糸崎は雪塊に腰掛けていた。夜見と早希も、この近くで立ち話をしているようだった。
「やっぱ、刀使は鍛えていることもあって、覚えが速くて助かるな。」
「何言ってんだよ。雪上展開の速度、あと一分は短縮できるはずだろうし。…そう言うお前は、彼女の方に付いてやったらどうなんだ?糸崎。」
「んなもん、お前に言われなくともそうするつもりだ。」
「そーですか。」
つい、ジト目で誠司を見る彼。
「おいなんだ、その目は。」
「いや、昨晩は『お楽しみ』ではなかったようですし。」
「…!?…いや、俺も流石に、時間と場所を考えて節度ある付き合いはしているつもりだぞ!」
「ホントかねぇ…。…そういや昨日、お前アレ買ってなかったか?」
「アレ、って…まさか。」
「強滋養のエナジードリンク。…まあ、それ以上俺は何も言うまい。というか、言わせるな。」
「アッ、ハイ。」
何か気が立っていたのか、この時はそれ以上誠司と早希のことへ触れることはなかった。
「…ま、彼女を寝取られなきゃいいな、お前。」
「突然、不穏なことをぶっ込むな!―それを一番怖れているのは俺なんだからさあ!」
前言撤回。
この上司、普段以上に口がよく回る。
休憩を終えた彼や夜見達は、急速に悪化してきた天候に不安を感じつつ、二度目、三度目の展開訓練を終える。
そして、四回目の訓練を実施しようとリフトに乗っていた時、ゲレンデ頂上付近の急速な天候悪化に伴い、これ以上の訓練は遭難の可能性が高まるということで、中止が決まった。
…のだが、既に彼や夜見といった一部の人間は、前述の通り高速リフトで頂上付近に上ってしまっていた。終点に近づくにつれて天候は吹雪いていく一方であったため、彼はそのままリフトに座ったまま引き返そうと思った。
しかし、この吹雪では正常な判断が出来ず、リフトから降りてしまう刀使や生徒が出る可能性も否定できなかった。
「夜見、悪い。俺は後続の刀使達が間違っても降りないようにするため、リフトを降りる。」
「…でしたら、私も降ります。」
「夜見、それは危険だ。もし、君に何かあれば…。」
「◯◯さんのみでしたら、指示に従わない者が出るかもしれません。…それならば、私も残った方がスムーズに事が運ぶとは思いますが。」
「……分かった。夜見、絶対に俺から離れるなよ。」
「はい。」
ここで押し問答をしている場合ではないと理解していた彼は、誘導を終えた後に遭難した時は、夜見だけでも生かすことを考えた。
数十m先の視界が利かないなかでの誘導というのは、そう容易なものではなかったが。
刀使や生徒達が乗るリフトへ、そのまま座ったままでいるよう指示する彼。夜見も隣に立ち、《水神切兼光》を抜いて無言の圧力をかける。
「安全バーは下ろさないでそのままー、そうそう、そのまま下っていってくれー。」
「安全バーを絶対上げるな!コラ!そのまま下れ!よし、それでいい!」
素直に従った者には優しく、無視しようとした者へは注意を投げかける。夜見も隣に立っていたことで、その指示に従う者が多かった。
「俺と一緒に上がってきた人間は、君たちで最後か!?」
「「はい!」」
遂に、彼と共に上ってきていた最後のリフト利用者達が回ってくる。
「無事、下に降りれるといいな。」
「◯◯さんと皐月さん達は、降りられますか?」
「もう少しだけ確認したら、下ろう。」
「私も、そのつもりです。」
「…お二方、ご無事でありますように。」
「また後で~。」
乗っていた者が手を振り、リフトが再び下りに転じたのを見送った彼と夜見。
彼女達が来ていたスキーウェアがどんどんと遠ざかり、そして吹雪で見えなくなった。
吹雪く中、ゲレンデの最上部に残った二人。
既に、日も傾きだしていたため、長距離の移動は困難になりつつあった。
「さて、夜見。」
「はい。」
「…はっきり言うが、俺達がリフトを使って降りるのは、もう無理だ。…視界が10mもない。これでは、リフトに乗れなかった時に転落する恐れがある。」
「…はい。」
「地元の山岳地図でスキー場を確認した時に、比較的近くに噴火と遭難対策用の山小屋があるらしいから、今晩はそこで夜を明かすが、それでもいいか?」
「構いません。…それしか、生きて戻る道が無いのならばですが。」
「すまない。」
「…思うのですが、貴方はトラブルに愛されているようですね。」
「…笑えねえよ、夜見…。」
ともかく、二人分の折り畳み式のヘルメットを被り、ヘッドライトを灯して進む。
滑走した方が速いのでは、と聞かれるだろうが、ホワイトアウト寸前の状況下で滑走などしたら、方向感覚が掴めずそれこそ遭難してしまう。
幸い、近くのレストランの建物の陰から衛星電話を発信できたことで、遭難を避けるために今晩は山小屋へ退避することと、翌朝天候が落ち着いたら宿泊施設の方へ戻ることを、本部の人間に伝えた。
軍用の方位磁針と衛星電話のGPS情報、風に飛ばされないように持った山岳地図とを照らし合わせながら移動すること、およそ一時間半。
「…あれか?夜見、まだ大丈夫か?」
「…はい。…ただ、私もそろそろ限界が近いようです。」
「もう少しだけ頑張ってくれ。山小屋は目前だ。」
雪が二人に叩きつけるなか、ようやく到着する。
離れ離れにならないように、ロープで互いを固定していたことは、遭難対策では有効な手立てであった。
「失礼します。…誰もいないな。」
「失礼、致します。」
こうして吹雪を逃れた二人は、無事山小屋へと辿り着くことができた。
雪が深まる中、二人きりの夜は続く。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
次回は後編になります。
親衛隊編も次で一段落しそうです。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽に投稿いただければと思っております。
それでは、また。