少し間が空きました。
今回は可奈美編その8 後編です。
二人が帰還した時からの話となります。
前置きはありません。
それでは、どうぞ。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部ー
桜舞い上がる、春の鎌倉。
数ヶ月に渡る行方不明の時を経て、可奈美と姫和は現世と隠世の狭間から、現世へと帰還した。二人が見つかったのはとある神社。美炎が導かれるように、彼女達を見つけたのだという。
「なにっ、それは本当なのか!?」
「はい!衛藤可奈美、十条姫和、両名であることが確認されました!!」
「「よっしゃー!!」」
「「やったー!!」」
二人の発見が報告された時、作戦指揮室にはまずどよめきが、次いで歓声が上がった。
この報は、直ちに全特別祭祀機動隊員、並びに伍箇伝の関係者らに伝えられた。
「衛藤さん見つかったって!」
「か、可奈美が!?」
「ぶ、無事でよかった~。本当にどうなるかと思ったよ~!」
美濃関では可奈美の帰還に涙がこぼれ、
「十条さんが見つかったそうです。」
「岩倉さん、十条さんが!」
「え、本当に!?―すぐ行かなきゃ!」
「ちょ、ちょっと岩倉さん!だ、誰か岩倉さんを止めろ!ちょ、つ、強いんだけど!誰か来て~っ!!」
平城では、姫和の安否を気遣っていた早苗が、知らせを聞いていきなり鎌倉へ向かおうとするのをクラスメイトが宥めようとするなど、各地で悲喜こもごもな話が降って湧いて出た。
中でも最後まで一緒にいた舞衣などの四人は、発見の報が伝わると真っ先に彼女達のもとへと向かったという。
二人の無事な姿を見るや否や、二人の方へ一番最初に駆け寄ったのは舞衣であった。
「可奈美ちゃ~ん!!姫和ちゃ~ん!!」
「まっ、舞衣ちゃん!?」
「良かった、本当に良かった!―二人が無事に帰って来てくれて、本当に嬉しいよっ。」
舞衣は年相応の嬉し涙を流し、可奈美を抱き締める。それを受けて可奈美は、
「…ごめんね、舞衣ちゃん。また、迷惑かけちゃったね。」
と、優しく彼女を抱き返した。
「舞衣、良かった。可奈美も、無事でいて。」
「カナミンもヒヨヨンも無事で、本当に何よりデース。ホント、皆心配したんデスからネ?」
沙耶香とエレンは、少し離れたところからそう言葉を漏らす。勿論、二人も帰還を喜んでいる。
「まったく人に散々心配をかけさせやがって、このエターナル胸ぺったん女。」
「誰がエターナルだ!―んんっ、まあ、戻ったぞ薫。」
「ったく、今日くらいはお前の好きなチョコミント味のもん、何か一緒に食ってやるよ。帰ってきた祝いだ。」
薫は若干の煽りを入れつつも、姫和の頭をわしわししながら彼女が帰ってきたことを喜び、歓待した。
「「ただいま、みんな。」」
可奈美と姫和は揃って、舞衣達に改めて帰還したことを伝えた。
こうして、二人は御刀で結ばれた縁のもと、常人には理解しえないような不思議な体験の末、多くの仲間達のもとへと戻ってきたのだ。
ー刀剣類管理局 医療施設ー
現世へ帰還した二人だが、舞衣達との再会後真っ先に搬送されたのは医療施設であった。というのも、彼女達が現世の時間にして数ヶ月もの間、それこそタギツヒメとの戦闘後から何も飲まず食わずの状態であったことや、隠世から帰還した際の身体・精神的影響が無いか、といった部分から、医学的な精密検査を受けることになったわけである
もちろんこれを二人は快諾し、互いの制服から病衣に一旦着替えたあと、検査衣に再び着替え直した。
「姫和ちゃん、着替え終わった~?」
『ああ、すぐに出る。』
姫和が、個室の病室から桃に近い赤色の検査衣を纏って出てくる。
見た目自体はお互い元気そのものなのだが、何分今まで隠世から帰還してきた人間の例が無い為、どのような影響があるのか全く未知の領域であるため、検査そのものは慎重に慎重を要した。
「…姫和ちゃん、それ着やすかった?」
「ん?ああ。まあな。着替え自体はすぐに終わったぞ。」
「そっかあ。私、ちょっとサイズが合わなくて着るの大変だったんだよね~。太ったわけでもないのになんでかなぁ?」
「…可奈美、それは私に対しての嫌味か?」
「ええっ!?な、何でぇ!?」
どうやら他意なく発言したようであった可奈美。間の抜けたような表情を浮かべた彼女を見て、姫和はちょっと噴き出す。そして、検査室へと揃って歩き始める。
「悪いな、可奈美。…でも、久しぶりに私も自然な笑いができるようになったみたいだ。」
「…良かった、姫和ちゃんも前に進めているようで。」
「そう言うお前はどうなんだ?可奈美。」
「私?…う~ん、どうなんだろう。お母さんのことは一通り整理がついたんだけどね。でも……」
「アイツのことか?」
「う、うん。…どんな顔して会えばいいのかな、って。舞衣ちゃん達から聞いた限りだと、○○さんは私が居なくなった時に、かなりショックを受けていたみたいだったし。そのせいで過労を繰り返して、体調まで崩していたって聞いたから…。…そういう意味じゃ、申し訳なくてね。」
可奈美は気まずかった。
隠世の美奈都にも吐露していたが、彼には何も言わず、タギツヒメの封印のために姫和とともに隠世まで行ってしまったことを。せめて事前に一言、そうした行動を起こすと言っておけばまた違ったのかもしれないが、彼女の場合は聞かれるまでは言わないタイプの娘であるため、そこまで意識が回らなかったと言われればそれまでである。
最も、あの混乱のなかでは仮に伝えようとしたところで、彼のもとまでその意志を載せた通信が届いていたかまでは、正直怪しいだろう。
「そういえば、薫から『アイツなら、姫和達との面会をしたがる人間との連絡とそのアポイントを取るために奔走中だ』って聞いたな。まあ、私はともかく、お前は会いたがる人間の数が多いんだろう。最も、岩倉さんは明日にでも私に会いたいと連絡を寄越してきてくれたがな。」
姫和としては、可奈美に次いで恩を返していきたいと考えているのが早苗である。美濃関で舞衣が可奈美とともに居たように、平城では早苗が彼女の帰りを待っているわけである。少しこそばゆい気にもなるが。
「わー、確かに私に会いたいって人は多かったような…。羽島学長も、私のことが気になって検査後に会ってくれるって言ってくださってたけどね。…嬉しい反面、迷惑を掛けすぎちゃったなって。」
「可奈美、本当にすぐにでもアイツと会わなくていいのか?」
「……多分、○○さんのことだから、何か考えがあって私と会うのを後回しにしている気がするんだ。それに、きっと仕事も忙しいんだろうし。仕方ないよ。」
「…そうか。」
実は姫和、可奈美に悟られないうちに薫から彼の近況を尋ねてみたが、概ね可奈美の予想通りであった。近衛隊へ実際に使用した対刀使制圧装備の一件や、綾小路の再建案、更には身内の件での労務など、彼(とその部署)が抱えているものには思った以上に立て込んだ問題が複数あったのだ。
これに加えて日々の荒魂討伐という、彼は休む気がないのかと言わんばかりの状況に、流石の姫和もため息を漏らしたほどであった。
(…まあ、打算で動くように見えて案外考えている奴だ。可奈美と会わないというよりも、おそらく意図して会えないようにしているんだろう。)
可奈美は基本的に人付き合いがいいうえ、人に好かれる要素も多く持っている。分かりやすい例えなら、今の状況は転校したての生徒のようなものだ。彼は周囲が落ち着きを見せたら可奈美と再会するのだろう、と姫和は踏んでいた。
「あ、姫和ちゃん。私達を皆のところまで連れて来てくれた、あのノロはどうなったの?」
「ああ、今は朱音様とつぐみ*1に頼んで、鎌府の荒魂研究施設で保護してもらっている。今のところ、荒魂化するような状況ではないそうだ。」
「そっか。…薫ちゃんとねねちゃんみたいに、姫和ちゃんへ懐くといいね。」
「…去年はそんなことを考える暇さえなかったがな。あのノロは柊の、いや母さんの形見の一つだからこそ、大事にしようとは思っているぞ。」
後に姫和によってのろろと名付けられるノロは、つぐみの手によって無事に飼育(?)されているという。つぐみからは、飛び跳ねるので検査するときに捕まえるのが大変、とは言われたのだが。
「そうこう話しているうちに、検査室だな。」
「いい結果だといいんだけれどな~。」
「まあ、期待はせずにいるとしよう。」
「えー、それは不安だよ~。」
とまあこんな感じで、二人は全身と精神状態の精密検査を受けることとなった。なお、これ以降も継続的に二人の検査は行われている。長期的な観点からも、彼女達は慎重に調べられるというわけだ。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
ところ変わって、二人の話題に上がっていた彼は今、二人の面会希望者のリストや時間調整を纏め終えて、緑茶を啜っていた。一段落ついたことで、休憩モードに入っていたのだ。同室にいた姫乃から声を掛けられる。
「○○さん、リストアップ終わったんですか?」
「ああ。…と言っても、それが終わったら今度は新人研修で顔を出せ、って言われてな。ウチのところの実働部隊も連れて、都内の荒魂討伐現場へのサポート、後処理を教えていけと本部の方から言われてなあ…。」
「それはまあ、…お疲れ様です。」
「途中で今討伐に行ってる中島とも合流するんだが、誰か新人の刀使を一人くらい連れて行っちゃダメかねえ…。」
「それこそ、麻美さんを連れていった方がいいのではないですか?」
「麻美は今、美濃関で入学時の諸々の手続きや御刀の登録、それと勝手に荒魂を討伐していた分の未払い給与を支払うための、申請書類を書いている真っ最中だ。…それよか鎌府の新人を同伴させたほうがいいまであるぞ。」
「そういうことなら仕方ないですね。…あれ、糸崎さんはどちらに?」
「……あれ、知らない間に居なくなってやがるな。…あ、書き置きがある。」
『今日分の仕事は終わったから、早希の討伐現場の手伝い行ってくる 後はよろしく 糸崎』
ちゃっかり職場を抜けていた誠司。まあ、業務はキチンとこなしたうえで向かっているので、彼としても怒るに怒れなかったりする。
「はあ、全くアイツは…。三原のことばっかり考えてんなあ。」
「そう言いますが、○○さん。私的には人のことは言えないと思いますよ?」
「そうかねぇ…。少なくとも特定の誰かを贔屓した覚えは無いんだが。」
「衛藤さん達のこと、というかここ数ヶ月間は刀使さん達の方に注力しまくってたじゃないですか。主に業務面ではですが。」
「……臨機応変な対応を取った結果がああなっただけだ。こっちも意図したわけじゃない。」
「…まあ、そういうことにしておきます。」
姫乃も彼には若干甘くなったな、と最近は思うようになってきた。可奈美の帰還の報を受けた時には、静かに涙を流して一人で『よかった、本当によかった』と呟いていたのだから、如何にこの数ヶ月間が彼にとって精神的に地獄であったのかを、まざまざと見せつけられることになったわけである。それにしたって、彼のオーバーワークがまだ収まる気配がないのは問題だと感じてはいるが。
「そうそう○○さん、戻られた衛藤さんとはまだ会ってなかったんじゃありませんでしたっけ?」
「まあな。ただ、可奈美達は精密検査もあるし、そうすんなりと会えるような状況じゃないだろ。特に今は戻ってきたばっかりだし。」
「…彼女さんなのにですか?」
「痛いところを突いてくるなよ、水沢。…まあ、言いたいことは分かる。なんでお前は会わないんだ、ってのはな。」
「…まさか、他に交際している女性ができたから、とかですか?」
「いやいや、そんな不義理なことをするわけないだろ。何時ぞやのやらかした先輩*2じゃあるまいし。」
「冗談ですよ。…ただ、意外ではありましたから。だいたいの彼氏さんって、真っ先に彼女さんのもとに向かうイメージがありましたし。」
「そういう点じゃ、俺は変わり者だろうよ。…あれだけ一般業務で散々迷惑を掛けた癖に、折角戻ってきた娘のところへは行かないんだからな。」
彼自身もはやる気持ちがあるのを分かってはいたが、会いたい衝動を抑えてまで仕事を優先したのは、やはり職場へ掛けた迷惑からの後ろめたさであった。
一通りやることを終わらせたうえで会うならまだ良いが、業務放棄をしてまで会いに行こうという発想は、既に彼の中には無かった。
「じゃ、ちょっと出てくる。誰か来たら、今は不在って言っておいてくれ。急ぎの用だったら、メールか連絡を寄越すように。」
「はい。それじゃ、お気をつけて。」
そのまま隣の部屋へと向かい、彼の姿は見えなくなった。
「…今はただ、静かに見守りましょうか。」
姫乃は、目前の作業に向き合いつつも、彼と可奈美の仲が以前のように戻ることを願った。
ー鎌府女学院 某室ー
彼が二人と再会したのは、帰還から二週間以上が経過した頃であった。
この頃になると、御前試合が時期的に迫っていたこともあって、双方が忙しいなかでの面会となったわけだ。ちょっとした会議室風の部屋で待ち合わせる。
「それにしても、今年も御前試合をやることになるとはな。」
「あははー。なんでも、朱音様が今年も継続して行うことを決めたそうだよ。確かに、今までずっと続いてきた伝統でもあるからね。」
「美濃関の出場者、今年はお前と美炎なんだな。舞衣は三位だったそうだが。」
「美炎ちゃん、強くなってたからね。舞衣ちゃんも頑張ってたんだけど…。」
「まあ、どうやら私も御前試合に出ることになりそうだがな。」
「…去年の勝敗の持ち越し、今年はちゃんと決着をつけようね。」
「そうだな、考えておこう。」
「えー。姫和ちゃん、そこは『分かった』とかじゃないの~?」
「お前はところ構わず、どこでも誰とでも立ち合おうとするだろうが。それでそういう風に言われたところで、説得力はないぞ。…全く、アイツとの今後が尚のこと思いやられるな。」
「うっ、そっ、それは…」
そうは言っても、可奈美の本質は剣術が大好きな女の子である以上、それを理解して彼女の意に添える人間が付くのが、双方にとって最も幸せな選択になるのだろう。ただし、現役刀使では比類なき実力を有する彼女に、心身共に折れずについていける人間がいるなら、人はそれを化け物と呼ぶか、変態と呼ぶか、少なくとも変わった目線で見られるだろう。まして、それが刀使ではなく一般の男子であるならば。
「…それでも、必死で私達のことを理解しようとしてくれている人を、私は大切にしたいな。…本気で心配してくれていたからこそ、ね?」
「…その決意、アイツにしかと聞かせてやりたいものだな。」
「いいんだよ、姫和ちゃん。これは私の考えなんだから。○○さんは、きっとこれから先も私以外の人を助けようとするんだろうから。だから、それは私の中の一線なんだよ。」
「…つくづく、考えの読めない奴だな。お前は。―だが、柔らかくとも常に真っ直ぐ物事を捉えることを、私は評価したいな。」
「姫和ちゃん。」
「っと、どうやらお出ましだな。」
姫和がドアの方に目線をやると、扉が開かれるとともに彼が入室してきた。
「悪いわるい、少し作業に手間取ってな。遅くなった。」
「全く、人を待たせるとはいい度胸だな。」
「ま、まあまあ。姫和ちゃん。」
「……話をする前に一言言わせてくれ。――お帰り、可奈美、姫和。」
「…ふっ、ああ、ただいま。」
「ただいまっ!○○さん!」
彼の言葉を、笑みをもって二人は返事を返した。
それからは、二人の精密検査の結果や、今後の学生生活への支援、特に学業面での支援を一定期間継続して実施することを伝えた。最も、可奈美も姫和も、元々の学力は悪くないためにそこまでの心配はしていなかった。可奈美に至っては、裏技もあるのでどうにかなるだろうという打算もあった。
「―とまあ、こっちから話すことは以上なんだが、質問とかはあるか?」
「いいや、私からは無いぞ。むしろ、ものの二週間ほどでそこまで道筋を立てるとはな。五條学長にも感謝しなければな。」
「私も、無いっかな。」
「了解した。今日分の面談はこれで終わりだ。…とまあ、建前はこんなところだな。」
「ほーう?では本音は何なんだ?」
「…単純に、可奈美と話がしたかった。もちろん、姫和ともだけど。」
「……なら、私とはまた近いうちに話すといい。―可奈美、後はお前の時間だ。では私は、一度本部の方へ顔を出してから寮の方に戻るとする。」
「えっ、あっ、姫和ちゃんっ!?」
「…こういう時くらい、そいつに甘えてみたらどうだ?では可奈美、また明日会おう。」
その言葉を置いて、姫和は部屋を後にした。扉を閉じられた部屋には、彼と可奈美、二人だけが残された。
姫和が去ったあと、室内には若干沈黙した時が流れた。それを破ったのは、彼の行動であった。席から立ち上がると、可奈美の方へと静かに近寄る。
「へっ、あっ、あの。○○さん?」
「姫和から、言質はもらったからな。……おいで、可奈美。」
彼女の近くで止まると、彼は中腰の姿勢で左手を差し出した。
「…うん。」
彼の手を掴むと、彼に引き上げられるように、二人の距離はゼロになった。
彼は、可奈美の身体を両腕で優しく抱き込んだ。
「……可奈美、よく帰ってきてくれた。一時は周りの空気に圧されて、可奈美のことを諦めるように言われ続けることだってあった。手掛かりも見つからないなかで、もうダメかもと思う時が何度もあった。―でも、諦めたくなかった。だって君は、…俺にとって掛け替えのない、大切な彼女だったんだから。」
「○○さん…。」
「あの時の自分自身の判断を恨んだこともあったし、どうして残らなかったんだろうって、自己嫌悪に陥ることだってあった。それでも、今可奈美がここにいることで、全部意味があったんだって改めて気付かされたんだ。……本当に、本当に、無事で良かった。諦める空気に流されかけた自分が馬鹿だった。こんなダメな男でごめんな。」
心身を何度も壊し、同僚たちにも多分な迷惑を掛けたなかで、揺らぎそうな信念を崩すことなく彼女の戻りを待ち続けたことが、こうして再び幸せな時間を享受できるようになったことを、感涙のなか実感する彼。
それに対して可奈美もまた、彼の体を抱きしめていく。
「…○○さん、私あの出撃の時、○○さんに嘘を吐きました。『絶対に帰ってくる』と言って。でも、姫和ちゃんがタギツヒメと一緒に隠世の彼方まで行こうとしていることが分かって、私は姫和ちゃんと一緒に行くことを選んだんです。…だから、私には、◯◯さんと一緒にいる資格なんて本当は無いんです。…謝らなきゃいけないのは、私なんです。」
「可奈美。」
「はい。」
「こっちを見て。」
彼女は、クイッと頭を彼の方へ上向かせた。
「◯◯さ…、んふっ!?」
直後、彼は可奈美の口を自身の口で塞いだ。
これは、二人にとって初めて互いに交わした口づけであった。
「……ふ~っ、……んふっ…、……んんっ。」
最初は驚いた表情を浮かべた可奈美であったが、それが長くなるにつれて、段々と彼との口づけに慣れ、目を閉じて身を彼に委ねていった。
時間にして三十秒ほどだろうか。しばらく経過してから二人の唇が離れると、一本の銀色の線が二人の間に引かれていた。やがてそれは下に落ち、消えていく。
「はあっ…、はあっ…。…今のって…」
「俺は、可奈美が嘘つきだなんてこれっぽっちも思ってないさ。現に可奈美は皆のところへ帰ってきた。姫和を連れてな。単に、ちょっと帰ってくる期間が長くなっていただけさ。」
むしろ、いよいよ本格的に病みそうな時に二人が帰ってきたのだから、彼としては可奈美のことを愛しく思いこそすれ、彼女の罪悪感に追い討ちをかけるようなことは思考の外にあったのだ。
「明るい君がネガティブなことを引き摺るのは、俺は嫌なんだよ。…可奈美が悲しく辛そうな顔をしているのを見るのは、もうあの頃だけでいい。可奈美が笑ってくれている姿を、俺は長く見ていたいんだ。」
「…なんか、これって◯◯さんからの告白みたいですよね。……さっき、キスもしちゃいましたし。」
「やり方が強引だったのはすまなかった。でも、本当だったらもう少し早くこうしたかった、ってのは分かってくれ。……やっぱり、嫌だったか?」
「ううん。」
可奈美は少し強く、彼の体をギュッと抱きしめ直す。
「私、嬉しかった。折角◯◯さんに想いを伝えられたのに、恋人らしいことを何にもできずにいて、ギクシャクして勝手に居なくなって。……それでも、◯◯さんはずっと待ってくれてて。私のことを未だに好きでいてくれて。こうして、恋人らしいことをしてくれたんです。私、貴方のことを好きになって、本当に良かった。そう、思えたんです。」
少し涙目ではあったが、可奈美は優しく彼を見つめた。それを見て、彼は腕のなかの彼女が夢ではなく、現実に在ることを再度実感した。
「可奈美、俺は君がどんな風に考え行動するか、そこは何の疑いもなく君の思うように動いてくれればいい。…ただ、この二人だけの時間は、ほんの少しでいい、俺の考えや想いに添ってくれたら、俺もなお嬉しい。…だから、これからはもっと、一緒にいる時間を増やしていこう。他の奴も、たまには巻き込んでな?」
「…うんっ!」
改まって誓いを立てる二人。
こうして、クリスマスイブのあの日から止まっていた時は再び動き出すのだった。
「…◯◯さん、もう一回だけキス、してくれませんか?」
「ああ。もちろん。」
再度、口づけを交わす二人。今度は可奈美の頭を手で添えつつ短めのものであったが、一回心理的な壁を越えれば憶することはない。彼としても、可奈美からいいと言われた時にしかしないつもりではいるが。
「……っ。…何回もすると、誰も見てなくても恥ずかしいものなんだね///」
「個人的には誰も見てないからやりやすい、ってのはあるかもな。…元々、可奈美とのこともそんなオープンにしてなかったし。」
「ふぇ?なんでですか?」
「あー、反感を買うのが怖い事情もあって、敢えて公表してなかったからな。可奈美を気になっていた男は、特に美濃関はそこそこいたし、変に角が立つのを避けたかったんだよ。」
「そういうものなのかな…?」
「ま、そこは気にするな。……それと言うのが遅くなったな。御前試合、美濃関代表の獲得おめでとう。試合本番は中継を見ながらになるが、頑張ってこいよ。」
「うんっ、ありがとう。」
「それが終わったら、鎌府にいる間は可奈美に稽古をつけてもらうか。可奈美のいない間、舞衣達から剣術を色々教えてもらったし。多少は楽しませられるかも。」
「じゃあ、その時まで楽しみに待っておくね。…ああ~、こんなこと言っていたら剣に触りたくなってきた~!」
「んじゃ、道場まで送るさ。」
「うん。…あっ、ならあの繋ぎ方、してもいいですか?」
「あの繋ぎ方?」
ピンとこない彼に対し、可奈美はすぐさま彼の腕に手を回し、恋人繋ぎの一形態をとった。
「人のいないところでこうすることくらいは、構いませんよね?」
「…そうだな、俺もそうしてもらえるのは嬉しいし。じゃ、行くとするか。」
「はいっ!!」
そのまま、鎌府内の剣道場へと向かった二人。
本格的に関係を前進させた彼女達に、今後待ち受ける未来は果たして如何なるものか。それが分かる者は、少なくとも今この場にはいない。
しかし、愛する人が長期間にわたって失踪していたなかでも、類稀な精神的忍耐力を保ち続けた彼ならば、例えどんな困難に直面しようと切り抜けていけるだろう。
なぜなら、もう彼は一人ではないのだから。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
アニメ本編内の流れはなるべく崩さないように配慮しつつ、可奈美編では24話付近までの時系列を追って書かせていただきました。
可奈美編の次話以降は、それよりも先の話をちょっとだけ書こうかと考えております。関係が進んだとなれば、それを明かしておく人間は仲間達だけではありませんからね。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告などにお寄せ頂けましたら幸いです。
それでは、また。