新型コロナウイルスの影響が拡大しておりますが、なるべく普段通りのリズムを崩さないようにしつつ投稿を進めて参ります。
今回は夜見編その6 後編となります。
それでは、どうぞ。
ー群馬県草津町 某山小屋ー
急速な天候悪化により、早々の宿泊施設への帰還を諦めた二人は、噴火と遭難対策用に整備されていたこの山小屋へと身を寄せた。
幸いなことに怪我もなく、万一の時に備えて遭難対策用の食品や寝具なども持参していたため、夜見と二人でも一夜を明かせそうだった。
「それにしても、災難だったな。」
「…そうですね。私もまさか、ここまで酷い吹雪になるとは思っていませんでした。」
「外部との換気口は…、あるな。これで取り敢えず暖と食事が摂れる。」
暖炉のように確保された一角を見つけ、アウトドア用のガス缶とミニコンロを展開する。この上に小型鍋を乗せるつもりでいる。
「あとは…、雪でいいか。」
山小屋でストックされていた薪をくべ、火を点けて暖炉の奥側に纏めた後、一度外に出て小型鍋に雪をこんもり入れ込む。
「これで、水分は確保できる。」
「…何を、なさっておられるのですか?」
彼の行動を不思議に思った夜見が、声を掛ける。
「ああこれ?どのみち、今ある水は今晩中に切れるだろうから、それ用にな。あと、洗顔や手洗いにも使えるし。風呂には入れないから、そこは我慢するしかないけどな。」
「はあ。」
「…《水神切兼光》に水気はあるか?」
「最悪、タオルで拭き取れば大丈夫ですので、そこは気にしなくてよいと思います。」
「そっか。…夜見、寒くないか?」
「…ご配慮、感謝いたします。ですが、私にそのようなお気遣いは不要ですので。」
「…取り敢えず、スキーウェアは脱ぐか。そのまま着ていたら、冷えるだろ?」
「…分かりました。」
ウェアを脱ぐ二人。中に着こんでいたのは耐寒用の服ではあったが、それでも体が冷えることに変わりはない。まして、吹雪の中を二時間近く動いていたのなら、体温の低下は必至だった。
「夜見、手袋も脱いでいた方がいい。もし濡れていたら、凍傷の危険性が高まる。」
「構いませんが…、どうしてそこまで私に。」
「俺は別にどうなっても構わんが、夜見は親衛隊の面々や紫様が待っているだろ?何があっても、生きて帰すさ。」
(…私の方こそ、どうなっても構わないと言っているのですが…。…頑固な方です。)
口には出さなかったが、夜見は外の吹雪の様子を見て、幼き日々のことを思い返していた。
あれは、こんな風に酷い大雪の日のこと。
家族と共に、車で出掛けていた時の出来事だ。
途中で大雪による渋滞に捕まり、車があまり動かなくなった。
そんな時だった。
突如、なまはげにも似た大型の荒魂が夜見達のいた車列を襲った。
目の前で上がる爆炎、逃げ惑う人々。
唸る荒魂、橙色に染まる雪粒。
夜見は、家族と共に車内で荒魂が去ることをずっと祈り続けていた。
そんな時だった。
(高津学長…。私が貴女に助けられたのは、何度あったことでしょう。)
当時、学長になりたてだった雪那が率いた、鎌府の刀使達が襲ってきた荒魂を討伐していった。東北の日本海側は本来、美濃関が担当管轄地域なのだが、当時はまだ厳密に分かれていたわけでもなかったため、今となっては珍しいことが起きたわけである。
それ以降、なまはげが絡む行事には体がつい怯えてしまうようにはなったが、それは刀使になった今でも変わらない。ただ、もしそうした荒魂と対峙することになったとしても、彼女がノロを受け入れたことでそれを打ち倒せる刀使になれたことを思えば、幾ら人間性に問題のある雪那といえど、彼女に底知れぬ恩義を感じるのは無理もない話ではあった。
最も、夜見のみしかその心境が分からないことは確かであった。無論、目前にいる彼がそれを知っているはずもなかった。
そして、今度は目の前にいる彼が、自身が生き延びるための手助けをしている。
(…やはり、分かりません。貴方には、家族も、同僚や多くの知人がいるでしょうに。…きっと、『
暖炉にくべた最初の薪もすっかり炭と化し、小屋の中もだいぶ温まってきた。
外は山小屋へ着いた時に比べて、更に激しさを増しているようだった。
「…クシュン!…ハッ、クシュン!」
「夜見、大丈夫か?」
「お気遣いはご無用です。…少し寒気を感じただけですので。」
「…ちょっと失礼。」
暖炉近くにいた彼は、木製の簡易的なベッドにいた彼女へ近づく。
「…何でしょうか。」
彼は無言で、彼女の肩に触れる。
「…!?―おっ、おい夜見!服が湿っているじゃないか!?」
「…これくらい、問題ありません。」
「バカ言うな!それで低体温症にでもなったら、夜見の命に関わるわ!」
彼女の服へ改めて触るが、碌な暖房すらない状況で、かつ氷点下の状況ではどんな人間でも体力や体温を奪われる。幾ら刀使と言えど、人間なのだ。まして、短期とはいえ自衛隊などでの出向経験のある者から言わせれば、こんな極寒の中でかつ屋内であれば、まだ濡れた服を脱いだ方がマシという事態なのだ。
「夜見、取り敢えず濡れている服はすぐ脱いでくれ。」
「…構いませんが、濡れている服は下着も含めてですか?」
「ちょっと待て!?―全身が濡れているのか!?」
「…はい。」
「待てよ…、リュックに何かあったか?」
彼も彼で対策はしていたのだが、彼女がまさかそこまで深刻な状態だったとは、露ほどにも思っていなかったのだ。
リュックの中身を漁り、緊急時くらいにしか役立たない物を見つける。
「あった!夜見、服を脱ぎ終えて一通り体を拭き終えたら、俺のジャージとこれを纏ってくれ。…すまないが、流石に下着は着たままで頼む。」
そう言って乾いたタオルや黒いジャージと共に差し出したのは、折り畳んであったアルミシートだった。確かにこれならば、体温の低下を抑えられる。屋内ならば尚更だ。…流石に女性ものの下着は持っていないので、やむなしではあったが。
「…しかし、貴方はどうされるのですか?」
「どの道、俺は救援が来るまで火の番だ。二人とも寝たら、それこそ死亡フラグになる。それに夜見は、体力の消耗が激しいだろ?…ただでさえ慣れない雪中行軍だったんだ。これ以上、体力を失う必要性もない。」
「……取り敢えず、先に脱ぎます。」
「分かった、後ろに向いとく。シートは近くに置いておくから、そのままラップのように体へ巻きつけてくれ。」
「…承知しました。」
その後、彼女が服を脱ぐ時に生じた布擦り音が聞こえてきたが、彼の方は宣言通り後ろへ振り返ることは無かった。…それ以前にまだやるべきことがあったのも、彼の邪な気持ちを湧かせすらしない一因でもあった。
夜見へは魅力を感じない、ということは無かったのだが、言動と行動の不一致がこうした時に顕在化するというのも、さもありなんと言ったところだろうか。
「…巻き終わりました。」
「向いても大丈夫か?」
「…はい、恐らくは。」
この期に及んで彼女に限ってハニートラップなどを仕掛けてくるはずもなし、と考えた彼は言葉どおりの意味を信じ、夜見に顔を向ける。
無論、彼も彼女を信頼してこんな提案をしたわけだが。
「…男性の方のジャージですと、やはり胸は圧迫されますね。」
「そこは我慢してくれ。俺が女性物のジャージを持っている方が、よっぽど不自然だろ。」
こればかりはどうしようもないこととはいえ、夜見へ負担を強いさせることに関しては、彼もお詫びの気持ちでいっぱいだったのだが。
「夜見はそのまま横になっていてくれ。最低限の水と携帯食が準備できたら、そっち側に行くから。」
「はあ。…では、お言葉に甘えさせていただきます。」
「《水神切兼光》は近くに置いておいて構わないから。…俺が不審な行動を取るとも限らんだろうし。」
(……少なくとも、そうした言動がでる貴方ならば、心配などしておりませんが。)
もし彼が夜見を襲うというのならば、彼女自身はそれに身を任せるという選択さえ取るだろう。後々の雪那などへもたらすリターンを考えれば、むしろ都合のいい話だ。…こうした状況ですら冷静に状況へ対処できる人間が、彼女を性的に懐柔するようにも思えなかったというのは、彼が今までもたらしてきた信頼感の醸成があったとも取れるのだろうが。
彼は暖炉に薪をくべつつも、お湯の沸騰や山小屋の内部にある程度の暖が伝わるまでの間は、言葉どおり決して夜見の方へ向かおうとはしなかった。
ゆらめく炎を見つめながら、色々と考えにふける。
勿論、彼だって男だ。前日のこともあって、彼女を意識するなと言われるのも無理がある。
ただでさえ外は猛吹雪。簡単に人がやってこれる状況ではないし、夜見と彼が黙っていれば事足りる話なのだろう。それでも、彼は理性ある判断を続けていた。
(……まあ、自虐に走るのなら、ヘタレだしなあ…。)
彼自身、他人から見ても奥手なところがあることは本人も認めている。むしろ、環境として圧倒的に同世代の女子に囲まれているのならば、同僚の誠司のように彼女とまではいかないにせよ、好意のある女子の一人や二人がいてもそれは何ら不思議な話でもない。というか、わりかし生死が目前にある職種でもあるため、若年結婚やら性的欲求が増しやすい傾向にあるのは普通であろう。
こんなことを言うのも難ではあるが、このような環境に放り込まれても鈍感の一言で済ませられるのならば、何かしらの精神的疾患か、そもそも異性愛以外の性的嗜好を抱えているか、というのを疑うべきなのだろう*1。
(…それになあ。俺に好意を持つ要素など何処にあるのやら…。夜見がどう考えているかまでは分からんにせよ。)
加えて、自分に対しての過小評価と彼女達との釣り合いの取れなさを過剰に意識しているところがあった。…色々とあれこれ手を打って、刀使どころか他の伍箇伝生徒へも利益還元を行っているのに、それに対しても謙虚な姿勢でいるのに好感を持たないという人間がいないのか、という視点が見事に抜け落ちているのも彼らしいところではあるのだが。
(…ともかく、連絡は入れるか。)
嫌な雑念を吹き飛ばし、衛星電話へと手を伸ばす。
連絡先は、宿泊施設にいる真希だ。
彼が通話を行った頃、真希は寿々花や結芽、紫と共にいた。少し離れた位置には、雪那と数名の訓練企画者達もいたが。(当然ながら二人の遭難寸前の出来事は、企画者からすれば顔面蒼白案件である。)
見知らぬ番号からの連絡が掛かってきたこともあり、真希はおろか周りにいた寿々花と結芽も一瞬身構えた。
「もしもし。」
『…お、繋がったか。俺だ。○○だ。』
「―!?…○○、無事だったんだね。」
彼の名前が飛び出すと、近くの二人も安堵の表情を浮かべる。
『宣言通り、山小屋にたどり着いてなあ。夜見も無事だ。』
「良かったですわ。」
「夜見お姉さん、案外おっちょこちょいなところがあるけど、…そっか。無事で良かったぁ。」
寿々花と結芽の声も聞こえたことで状況が少し掴めてきたこともあってか、彼も真希へ連絡を入れるまでの経緯を簡単に説明する。
『まあその~、…取り敢えず企画した人間を責めるのは酷な話だから、そっとしておいてやってくれ。今回はどうやっても不可抗力な自然の猛威だし。』
「そうは言うが、もし訓練中の刀使達に何かあったらどうするつもりだったんだい。」
『少なくとも、夜見のおかげで今回は怪我人や遭難者が出てないんだから、あまりあれこれ言ってやらないでやってくれ。事実そうなんだし。…俺も俺で、吹雪に遭遇した時のトライアルエラーが分かったくらいだ。戻ったら、すぐに対応しにあたるつもりだぞ。』
「……分かったよ。彼らにはあまり強く言わないようにするさ。それで、夜見は今どうしている?」
『服が濡れたらしくてな。低体温症を避けるために一度着ていた服を脱いでもらったうえで、俺のジャージを渡して着替えてもらった。今は体温の低下を避けるために、アルミシートを体に巻いて横になってもらっている。…先に言っておくが、夜見の体を見たりいかがわしいことは何もしていないからな。俺が言っても説得力ゼロかもしれないが。』
「…まあ、夜見本人が嫌がっていないのならば、ある程度のことは目を瞑るとしよう。正直、君も夜見もそれどころではないだろうし。」
最も彼が何かしでかしたところで、彼女達はこの荒天の中では向かうことすらできないわけだが。
『吹雪は予報だとどれくらいで止みそうだ?』
「早くとも、翌朝日の出以降だろうね。それまでは山小屋で待機していてくれ。救援はどのみち吹雪が止み次第だろうし。」
『了解。今のところ、水と食料と暖房は問題ない。なるべく早く、夜見の服は乾かす。…焚き火が派手に出来ればなあ…。』
「君の感覚は、山一つ焼くのが焚き火と同じ効果だと思っているのかい。まったく…。」
そう返しつつ、夜見と彼の身に何も起きないことを願う真希ではあった。
パチパチと、暖炉にくべられた木材が弾けるなか、彼と夜見の間には静かな時間が流れていた。
彼の方は非常用保存食を食べられる状態にし、横になっていた彼女の方へと声を掛ける。
「保存食とはいえ、まさか湯煎すれば楽だろうなとか思っていたやつが、こんな時に役立つとはなあ…。夜見、動けるか?」
「…いえ、動いたら恐らくこのシートがずれるとは思います。…それでもよろしければ其方のほうへ向かいますが。」
「いや、俺が持っていこう。…缶詰、こういう時ほど心強いとはなあ。」
万一複数人で遭難した時に備えて、ある程度の食糧は確保していたとはいえ、実際に使用することは稀であろう。今回は、そのまさかによって救われた部分もあるのだが。
「アルファ米はあんまり美味しいもんでもないが、我慢してもらえるか。」
「お米に罪はありません。…確かに、味としては微妙なものなのかもしれませんが。」
寒い中で、隣に寄り添いつつ食べ進める二人。離れて食べるよりも互いの体温をなるべく下げないように、傍で食事する方が冬季の災害や遭難時ではいいことは知っていたが、それを身をもって体験することになろうとは人生何があるか分かったものではない。
「しかしまあ、不思議なもんだ。てっきり最初に会った頃は、結芽のように斬り捨てられるかと思ったんだが。今となっちゃ、普通に話すことができるとはなあ。」
「…貴方くらいだと思いますよ。私に積極的に声を掛けてくるような男性は。」
「そうか?俺が変わっていると言われるのは確かだが、ぶっちゃけ夜見を放っておくような人間でいたいとは思わんし。―というか、何で他の人間は夜見をほったらかしにできるのかねぇ…。」
(…親衛隊の人体実験を知っている人間であれば、普通は近づきたがらないとは思いますが…。)
彼も彼で舞草の諜報員であるため親衛隊の人体実験疑惑を追っているのだが、それがハッキリ黒だと分かるまでにはまだ時間を要する。…どちらにせよ、鎌府が女子校である以上は同世代の男子が関わることのほうが稀というものであろう。
非常食を一通り食べ終えると、彼は立ち上がって暖炉の方へと戻る。
「さて、夜見はそのまま寝てくれ。」
「貴方はどうするおつもりですか。」
「一晩中、少なくとも夜明けまでは火の番を続けるさ。…折角助かったのに凍死とか、笑えない話だし。夜見は体力の消耗も激しいから、尚更寝るべきだ。」
「……忘れていました。私以上に、貴方は融通の利かなさがありましたね。」
正確には、理詰めで徹底的に反証された場合には簡単に折れるのだが。
「融通が利かないって、それはまあ…。…思い当たる節しかないな、うん。」
「それはそれとしても、無理をされても困りますので、私も一緒に起きています。」
「しかしなあ…。」
「それとも何ですか。獅童さん達が来た時に死体を抱えて、私に待てと仰りたいのですか。」
「…言っていることはだいぶ辛辣だと思うが、まあそうだな…。」
彼も返す言葉に困る。とはいえ、彼女が意見した部分もおおよそ正しい。
「…はあ~。分かった。程ほどの時間が経過したら、俺も一眠りする。コンクリの上で物言わぬ姿になっても、夜見が戸惑うだろうし。だから、安心して眠ってくれ。」
「…私のことを考慮していただき、ありがとうございます。…それでは、私は先に眠ります。」
「ああ。夜見、おやすみ。」
「…おやすみなさい。◯◯さん。」
そう言って、夜見はアルミシートを寝袋状にして丸まったように眠る。少し経過して、彼女の穏やかな寝息が彼の耳に聞こえてくる。
「…さて、サーモグラフィーは…あった。これでどうにか凌げそうだな。」
最近の製品の中には、スマホの接続端子に直接繋ぐことで温度計測が可能になったものも登場している。それらを用いて、山小屋の内部をスキャニングする。そのスキャンの最中には、寝ている夜見の姿も当然ながら映りこむ。ただし、その姿は赤くなっている。赤外線を可視化するものなので当たり前ではあるのだが。
「室内はだいたい20℃くらいか…。デカい薪でもあれば良かったんだがなぁ…。致し方なしか。」
彼もまあ、彼女の言っていたことにそのまま従いたかった。ただ、山小屋に備蓄されていた薪のサイズは、長くともせいぜい一時間程度で燃え尽きてしまうほど。四~五人もいればある程度交代しながら休みも取れたのだろうが、そんな泣言を吐けるような状況でもなし。
「…夜明けまで六時間か…。どうにか起き続けなければ…。」
彼の頭の中には夜見を頼るという選択はなかった。極低確率とはいえ、もし荒魂がこの場所にやってきたらまともな対応が取れるのは彼女しかいない。なるべく万全な状態でいてもらった方が、生存確率はより高まるという計算のうえだった。…自分の体調等を度外視したものでなければ、だが。
「……まあ、夜見が無事に帰れるなら、それが一番いいや。」
どうせ彼女はとっくの昔に眠っているだろうと思った彼は、そんな本音を呟く。此方から夜見の方を見ても薄暗いところで横になっているので、どのように寝ているのかすら分からなかった。
幸いなことに、この山小屋にはいわゆる汲み上げ式の下水設備が整えられていたこともあり、衛生面での不都合はなかった。流石に水道はなかったがゆえの、先の融雪行動だったのだが。
体温の低下と血行の悪化を避けるためにトイレと暖炉の間を行き来してはいたが、本部での日頃の労働量と意図せず起きた状況へのストレス状態が、知らず知らずのうちに彼の酷使されていた身体へ異常を伝えていた。
そして、夜見が横になって眠ったことを確認した四時間後、彼の視界は突然暗くなった。
疲労に伴う重度の睡魔が、無情にも襲い掛かった。それになす術はなく、彼の意識も限界を迎え、遠のいていった。
「………はっ!?」
意識が飛んで、一体どれくらいの時間が経過したのだろうか。彼は目を見開いたが、自分が仰向けになっていることに驚いていた。
「…お目覚めですか。○○さん。」
左側から声が聞こえるので其方に首を傾けると、夜見の顔が間近にあった。
「おっ!?―よ、夜見っ!?」
「…何をそこまで驚いておられるのですか。」
普段と変わりない声音で返す彼女の姿に、一周回って冷静さを取り戻す彼。
「いや、だって…。俺、確か暖炉の前にいたよな…。まさか、俺、夜見に手を出したんじゃ……。」
たちまち青ざめていく彼だが、隣の彼女はいつものポーカーフェイスのまま、言葉を続けた。
「いえ。というか、どっぷり眠られていましたよ。…このまま冷たくなられても困りましたので、私が此方まで運びました。…何か不都合でも、ございましたか?」
「いいや、…ありがとう。夜見。」
彼女の気付きが無ければ、物理的に冷たくなっていた可能性もあるので、お礼こそすれど文句を言う筋合いはない。…文字通りの肌を触れ合う距離でなけれは、すぐにでもお礼を言うべきなのだろうが、どうしても極低確率の可能性が頭から離れなかった。
真面目過ぎるのも、考えようなのかもしれないが。
(…◯◯さんは、無茶をし過ぎです。……私は拾われた身ではあります。紫様が止めない限り、あの方が戦って果ててこいと言うのならば、それに殉ずる覚悟などあの日あの時にできています。…でも、彼はどうなのでしょう。)
夜見も夜見で、慌てふためく彼を眺めながら、そんなことを思う。
(決して悲鳴を上げず、自分一人の力でどうにかしようと足掻く。…同じ歳だというのに私のことを最優先で生かそうと考える姿勢は、利用価値があるだけではない、もっと大事なものを教えてくださっているようにも思います。)
夜見は深くまで知らないが、彼は『刀使』だろうが『ただの一般人』だろうが、どっちも救おうと動くタイプの人間だ。ただ単に、刀使は『絶対に替え難い存在』であると考えているだけで、それ以外に何の優位の差は無いのだ。
(『夜見だけでも無事に帰す』ですか。……あの言葉は、嘘偽りの無いものだったと改めて思わされます。)
と同時に、夜見は信頼とは別の感情の萌芽に気付きそうになっていた。
(『分隔てなく見る存在』…。もし、私が刀使になっていなくとも、貴方は私のことを見ていてくれたのでしょうか。……考えるだけ、野暮というものですか。)
自分が刀使になった出来事を話したら、彼はどんな言葉を、表情をぶつけるのだろうか。それは分からない。
ともあれ、彼女は暖炉近くに干しておいたことで乾いたであろう耐寒服へと手を伸ばし、彼の胃を再びキリキリさせるのであった。
こうして、恵みにも悪夢にも変わる一晩の猛吹雪から、二人は無事に仲間達のもとへ生還した。
彼の性格的にロマンスなどを感じることすら無かった今回の一連の出来事だが、夜見にとっては彼との関係に対して一つの転機にもなった。
具体的には、彼と話している時に地元の秋田弁がこぼれやすくなった、といったところだろうか。彼はむしろ彼女の秋田弁を理解しようとして、慌てて携帯を扱うことが増えたが。それでも彼は笑って彼女に返すのだから、単なる印象としても悪く映るものではなかった。
互いに秘密を抱えつつも、立場的な違いなどで本格的な衝突へと至るまでには、少なくとも穏やかな時間がそこには流れていた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
本日は結芽の誕生日になります。
気が付けば、もう二度目の春を迎えるという。
調べていた時に気がついたのですが、今回舞台となった草津温泉スキー場は草津白根山の噴火の被害を受けていたとは…。
自然の脅威を間近に控えている日本列島の宿命とも言えますが、その恵みを得ていることもまた、私達は忘れてはならないのですよね…。
夜見編は次に戻ってきた時に、結芽編同様の方向で執筆を行う予定です。
しばらくは番外編が続きますが、此方もアニメ本編ととじともでの大筋の流れに沿う話となっていきます。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽に投稿いただければと思っております。
それでは、また。