刀使の幕間   作:くろしお

15 / 235
どうも、くろしおです。

今回は可奈美編その9 前編となります。
時系列はドラマCD『名残花蝶』もしくはとじともOVA、5月末頃を想定した話となります。

それでは、どうぞ。


⑮ 高まる緊張感

 ー神奈川県某所 衛藤家ー

 

 現在は岐阜県関市にある美濃関学院にて、刀使として在籍する可奈美。

 意外な話ではあるが、その彼女の実家は神奈川県内にある。関東以北の男子学生が刀剣類従事者、あるいは公務員などを目指す際に、その最寄の伍箇伝の校舎が美濃関であることを考えるなら、それ自体はそこまで不思議な話ではない。

 だが、女子生徒である可奈美は同じ県内の鎌府ではなく、美濃関を選び、そしてそこで自身と母を繋いだ御刀《千鳥》と出会ったわけである。それはある種、運命力に導かれたという見方も出来なくはない。最も、首都圏その他地域の荒魂の高い出現数によって、結局派遣によって鎌倉の本部に居ることが多くなりつつあるのだから、結果として美濃関であって良かったのかもしれない。

 

 その実家に、可奈美は彼の運転する車で帰ってきた。戻ってきたとき直ぐに掛けた連絡で、先んじて家族に安否を報告していたとはいえ、いざ帰ってくるとなれば、また違った緊張感が生まれていた。それは初めて彼女の実家に招かれた、彼も同様であった。

 今回、可奈美と彼女の父親に許可をもらって、一泊二日の行程で滞在させてもらう予定だ。今二人は、彼の方は仕事時の服装、可奈美は美濃関の制服である。可奈美は、実家に帰った時に着替えるのかもしれないので、服をあまり持ってきていないのだそうだ。

 

 

 

 

「××(彼の名前)さん、私が降りて車を誘導しますから。」

「それは助かる。誘導があるか無いかでだいぶ違うから。」

「それじゃ、準備ができたら手で合図しますね。」

「ああ。…さて、シフトレバーをバックに入れてと。」

 

 可奈美が降りてから、彼女の実家の駐車場に車を入れる準備を始める彼。彼女が帰ってきて以降、可奈美も彼のことを名前で呼ぶようになっていた。それもあって、少なくとも互いの関係は間違いなく前に進んでいる、と彼は思っている。

 

 ただ、彼としては可奈美との交際に至ってもなお、懸念材料が幾つかまだ残っていたのだ。一つ目は周囲の反応、二つ目は舞草への応対、そして三つ目が可奈美の家族への交際に関しての了解であった。

 このうち、前二つは来る前に既に解決されていた。姫和はじめ刀使達や、同僚たちも可奈美との交際を歓迎していた。舞草の方からも、反対どころか朱音からはむしろ交際を後押しされたのだから、彼の懸念は取り越し苦労に終わったわけである。

 

 となれば、あとは可奈美の家族の了解である。たかだか学生同士の恋愛事情に家族を巻き込むまでの話なのか、と問われると、そこまでする必要性は確かに無いだろう。しかし、今後も彼女との交際を続いていくのならば、家族関係は良好であればあるほど、後々問題が起きたときには対応で差異が表れる。それは、彼なりに長期的視点を見据えたうえでの考えであるのだ。

 

 ちなみに彼の家族のほうだが、此方は半信半疑の様子であった。こればかりは仕方ない面もあった。元々女気の無かった彼に、いきなり彼女ができたと言われたところで、両親からすれば怪しむ要素しか無かったのだ。一応妹の麻美が、後から入学したとはいえ可奈美の先輩にあたるため、そのあたりからのフォローは入っていた。どちらにせよ、近いうちに可奈美本人と麻美を伴って、彼の実家へと帰る必要があることは間違いなかったが。

 

 そうした視点は一度まっさらにするとして、彼は可奈美の誘導に従いながら、運転するミニバンを慎重に車庫へ入庫させていく。

 

「ふう。取り敢えず、無事に着いたな。…さて、可奈美のご家族は一体どんな方達なんだろうか。」

 

 不安と期待が混じり合うなかで、彼は車を降りた。初めて踏み込む彼女の実家に、彼もまた緊張感をもって乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 可奈美の実家は、二階建ての戸建て住宅であった。可奈美からも多少は聞かされていた、母親の美奈都が存命の頃によく立ち合っていた庭は、今でもよく手入れされている様子であった。

 

「雰囲気はウチの実家に近いな。高地か平地にあるかの違いはあるが。…ここに、可奈美の親父さんとお兄さんが暮らしているんだな。」

「私も、帰れる時にはウチに帰ってはいるんだけどね。…お母さんと一緒にいれた時間は短かったけれど、この家はお母さんのこともきっと覚えていてくれているだろうから。…ただいま~。」

「おっ、お邪魔しま~す。」

 

 鍵を開けていつものように家へ上がる可奈美に対し、おどおどしながらも靴を揃えて玄関を上がった彼。こうした時には、彼も緊張しい部分があるのだろう。

 

「お父さ~ん、お兄ちゃ~ん。…もしかして留守なのかな?」

「今はいらっしゃらない感じか。」

「そうみたい。…帰るって電話はしたんだけどなぁ…。」

「…意識したくはないが、彼女の家にいざ上がってみると妙な緊張感があるな。鎌府や美濃関では、何度か寮の部屋に上げてもらったことがあるとはいえ。」

「そういえば麻美さんから聞いたんですけど、××さんのお家って、結構人を泊めたりすることが今でも多いんですね。」

「ん、まあな。…そうなるようになったきっかけが自分自身のケガともなると、何とも言えない気分にはなるけどな。」

「ああー、なるほど…。」

 

 可奈美も彼の過去を多少は知っている。数年前、相模湾岸大災厄以降では近年稀に見る被害となった荒魂災害こと、『秩父会戦』と呼ばれた出来事に、彼は臨時の指揮官としてその鎮圧にあたった*1。この時に、約一ヶ月間にわたって昏睡状態に陥る重傷を負った。

 その際、作戦に参加し、彼のお見舞いに来ていた刀使と麻美が知り合ったのが、彼の実家に同世代の人間が泊まりに来るようになったきっかけである。当時、彼は秩父市の病院に居たため、もし彼の見舞いへ向かうのならば、本部のある鎌倉からでは距離や時間的に往復しづらいという難点があった。そこで、麻美と彼の家族の快諾もあって、彼の実家を宿代わりに使わさせてもらうことになったのだ。以降、任務以外で主に首都圏や甲信越方面へ行き来する際に、彼の知り合いの刀使や伍箇伝の生徒が泊まりにくることが増えていったという。

 

「ま、ウチの実家に帰ることは年数回くらいだろうし、可奈美の紹介はその時でもいいか。」

「後回しでいいんですか!?」

「家族揃っての休みが取れるのは、おそらく夏のお盆前後だろうしな。その時には麻美も連れて、改めて紹介ができるだろうし。」

「…そう、なんですね。」

「そうそう、可奈美。俺はどこにいればいいんだ?」

「あっと、確かお客さん用の部屋が…。ちょっと見てきますね。」

 

 一度リビングから出て、客間へと向かった可奈美。

 その間、彼はリビングを少し歩き回った。

 

「ああ、これが可奈美のご家族か…。…まだ美奈都さんがご存命だった頃の写真だな。」

 

 親子四人、幼き日の可奈美の姿もそこにはあった。その隣には、恐らく可奈美の兄であろう男の子も写っていた。

 

「ウチよりも、より温かな家庭だったんだろうな。」

 

 彼と彼の両親の仲は決して悪いものではない。が、ここ数年、少なくとも直近の二年くらいは顔を合わせてのまともな会話をあまりしていない。

 あまりの忙しさに、実家へ帰ることを躊躇ったことも原因ではあった。結果としてそれが、麻美の件で自分の首を絞めることに繋がったわけだが。多少は彼にも責任の落ち度があるため、麻美を強く責めるようなことはなかった。

 

「…あの~。××さん?」

「あ、悪い可奈美。ちょっと家族写真を眺めてた。」

「あー、懐かしいな~。これ、お母さんがまだ元気だった頃に箱根で撮った写真だー。」

 

 おもむろに写真立てを持つ可奈美。

 

「…お父さん、お母さんがいなくなってから時々、寂しそうにしている姿を見かけるんですよね。お兄ちゃんは、…最近はどうしてたのかな。私がいなかった間は…。」

「可奈美…。」

 

 そう言われて彼はふと、衛藤家へ残酷な報告を行った時のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 可奈美の失踪時、両親が既に他界して兄弟姉妹もいない姫和に関しては、他部署のほうから彼女の親族へと行方不明の連絡を入れた。

 しかしながら、可奈美の方に関してはそうではなかった。なまじ家族がいるだけに、どこの部署もその連絡を行うことを忌避したのだ。そんななかで、彼の部署、もっと言えば彼だが、可奈美が作戦成功後に行方不明になったことを伝える決心を固めた。いつまでも隠し続けることは不可能であることに加え、彼女がいない現実を受け止めて前に進むためにも、一つの通過儀礼として彼は連絡を行った。

 

 彼もまだ、実態とは異なるが一応は美濃関学院に学籍を置いている。このため、管理局本部の人間と告げるよりは美濃関の関係者と言った方が、家族の受け止め方が異なってくるだろうと考え、敢えて美濃関の関係者であることから話し始めた。

 

『はい、衛藤です。』

「お世話になっております。私、美濃関学院の○○と申します。」

『ああ、いつも娘がご迷惑をおかけしております。』

 

 応対したのは、恐らく可奈美の父親なのだろう、今のところはかなり平静だ。迂遠な言い方ではぐらかすことはやめ、すぐに用件に入る。

 

「…実は、その娘さん、可奈美さんのことでお伝えさせていただけなければならないことがございまして、本日ご連絡させていただいた次第です。」

『…可奈美が、また何かご迷惑を?』

「いえ。…見方が変わるとそうなのかもしれませんが、此方に迷惑なんて、むしろ可奈美さんには言い尽くせないほどの感謝を伝えなければなりません。…単刀直入に申し上げます。可奈美さんは、東京での荒魂討伐の戦闘中に消息不明となりました。」

『…………消息不明、ですか。』

 

 電話口からも伝わる、父親の沈黙の意味。無理もないだろう。妻の美奈都のみならず、娘の可奈美までも荒魂によって死に至らしめられたようなものであろうから。その衝撃を受け止めるには、時間があまりに無さすぎる。それはまた、こうして電話をしている彼も変わらない話ではあるのだが。

 

『…娘は、荒魂に襲われたのですか。』

「いいえ。大荒魂との戦闘時、隠世に潜っていった際にその消息が分からなくなりました。少なくとも、荒魂の攻撃によってではありません。可奈美さんのおかげで、東京は、日本は救われました。…それでも、娘さんを守れなかったのはこちらの落ち度です。―大変申し訳ございませんでした!!」

 

 こうした電話は、彼もしたくない。それが愛しい人の家族へのものならば、尚更の話である。

 数秒ほど時間を置いて、父親の息を吸うノイズが入る。

 

『…ウチは、妻も刀使でしたが早患いで既にこの世を去っています。可奈美が刀使に、しかも妻が使っていた御刀に選ばれたことを知った時には、こんな時がいずれくるのではないかと思ったことがあります。…ですが、それは実現してほしくなかった未来でした…。』

「お父様…。」

 

 もし何事もなければ、遠くない未来で直接言葉を交わしていたかもしれない人。その人が見せる感情の吐露に、彼も涙を流しそうになった。だが、堪える。少なくとも今は、お互い見ず知らずの人間であるのだから。まして、此方は糾弾されて然るべき立場の人間だ。感情を押し殺し、次の言葉を待つ。

 

『…これもまた、運命だったのかもしれません。親子二代で、刀使として活躍できていたのですから。刀使になることを喜んでいた可奈美の顔が、今は浮かんできます。……すみません、まだ気持ちの整理がついていないようでして。』

「いいえ。…心中察するに余りあることは想像できても、その辛さを私如きが理解することは、到底思い及ばないものであると考えます。…可奈美さんの捜索は継続的に行う方針でありますので、何が分かりましたらまたご連絡させていただくことがあるかと思います。…本日はこれにて失礼させていただきます。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。」

『…連絡していただき、ありがとう、ございました。』

 

 切り際の声は、明らかに今からでも泣き出しそうなほどの震えようであった。彼は、お礼を聞き終えた後すぐに電話を切った。

 このやり取りを見ていた誠司が、机上で頭を抱えているように見えた彼へ話しかける。

 

「衛藤の家の人、どうだったんだ?」

「親父さんだったんだが、やっぱりショックだったようだ。…美奈都さんのこともあるだろうから、余計にしんどいんじゃないだろうか。」

「お前は?○○。」

「……正直、かなりキツい。あくまでこっちは他人を装わなきゃならないんだから、それが何よりも心にくる。」

 

 彼はだいたい全部知っているからこそ、苦悩した。美奈都が逝去して以降、男手一つで二人の子どもを育ててきたのだから、特に娘がいなくなった事実を受け止めるには時間が掛かることが、容易に想像がつく。他の女性と再婚をしていない点から考えても、子ども思いであることが垣間見えてくる。

 

「……もしAIが開発されていたら、こんなにも頭を抱えるようなことはなかったんだろうか。」

「諦めろ。俺もお前も、衛藤の親父さんも人間だ。感情を忘れないことこそ、生きているって実感できるんじゃないか。」

「…そうかもな。」

 

 それが好意を抱いた人間のことでなければな、と言いたくなる口を噤み、また業務へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 時系列は現在に戻る。

 あれから数ヶ月経って、可奈美が無事に戻ったこと、彼女が失踪する前に交際を始めていたことを伝えるハードルは既に上がったままだが、取り敢えず帰ってこられたら経緯を話すことが先決だろう、と思考を最適化する。

 

「あ、××さんの部屋なんですけど、一階のお客さん用の部屋を使ってください。」

「ありがとな、可奈美。」

 

 取り敢えず、寝る場所は大丈夫なようである。荷物を置きに行ったあと、彼は彼女に一つ尋ねた。

 

「…さて、可奈美。美奈都さんの方を参らせてもらいたいんだが、いいか?」

「お母さんの?私はいいんですけれど、どうしてまた?」

「…俺が舞草や可奈美達を守りたいと思うようになった理由であり、人だったからだ。」

「?…は、はあ。」

 

 ピンとこない表情をしていた可奈美だが、こればかりは仕方ない。彼の中での話であり、可奈美には分からなくて当然のことであったからだ。

 

 

 

 

 彼は可奈美に案内された、美奈都の写真が置かれた仏壇の前に正座で腰掛け、線香をあげ、リンを鳴らす。

 音が鳴り終わると、静かにその場で立ち上がり、仏壇へ礼をする。

 

「…お母さん、嬉しいだろうな。見ず知らずの人から、こうして感謝されているなんて。」

「出来れば、生きてお会いしたかったな。美奈都さん。…可奈美は、隠世で美奈都さんに会えたんだよな?」

「まだ刀使だった頃のだけどね。…でも、あんまり変わらなかったなあ。お母さんはお母さんだったよ。これからも、お母さんから教わった剣術、もっと磨き上げたいな。」

「きっと、可奈美ならできるさ。好きを極めることは、いつか自分に返ってくるだろうし。」

 

 残念ながら、彼には彼女の剣の相手は務まらない。

 だが、彼女や彼女達刀使から技を学びながら、少しでも剣術を理解する姿勢を示し、最大限の努力と誠意を見せることが、彼なりの彼女への応え方だと考えている。

 

「…そう言ってもらえると、少し嬉しいかな。それと××さん、リビングでお父さんとお兄ちゃん達が帰ってくるのを待ちませんか?」

「…そうだな。可奈美の家でもできる範囲の仕事は、タブレットに入れてきておいたし、お言葉に甘えさせてもらうか。」

「…こういう時くらい、せめてお仕事は休んだほうがいいんじゃ…。」

「ああ、これ?一時間くらいあれば終わるやつだから、それが終わったら可奈美と幾らでも時間を過ごせるぞ。」

「なら、その間に私、部屋の整理とかしてきますね。お茶くらいは淹れますよ。」

「ありがとう、可奈美。」

 

 彼女の実家に来たのだから、もう少しゆっくりすればいいものを、とは他の人間からしてみれば言いたくもなる。しかし、ただでさえ忙しいなかでの休みなので、日頃の可奈美といる時間を増やすためにも、敢えて仕事を片付ける必然性に駆られたわけだ。…オーバーワーク気味な感じが拭えないのは、どうしようもない部分ではあるが。

 

「ちなみにネット環境って、整ってる?」

「ルーターはあると思うから、大丈夫だと思うよ。」

「…まあ、無ければオフラインでできる仕事をするから、いっか。ちょっと作業の準備をしてくる。」

「うん。何かあったら呼んでね。」

 

 こうして、可奈美の実家で過ごす二日間の休暇が始まった。

 

 

 

 

 だが、この時点の彼はまだ知らない。この休暇で、彼の懸念材料の一つが一悶着生むことに繋がるなど。

*1
この時の話は、主人公編『死線を越えて』前後編参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

次回に可奈美の兄も登場する予定です。
…存在がはっきり分かっている刀使関係者のなかで、個人的には恐らく最も将来が明るそうな(主に縁談面で)道筋のある男子だと思います。本人は預かり知らないところで話題になっていそうですが。

それでは、また。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。