あの日からもう九年が経ったのか、という実感なき実感を思いつつ、未だ故郷への帰還が叶わない人達に思いを馳せます。
今回は主人公編その6 後編です。
前回に引き続き、綾小路のとじともサポートメンバーや彼の同僚達とのやり取りが主体の話となります。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 彼の職場ー
時系列は前に進み、東京・市ヶ谷にある防衛省本庁舎へ、タギツヒメが二度目のカチコミを掛けたあとのこと。
他の同僚たちは比較的普段と変わらない姿で職務に当たっていたのだが、一応の責任者である彼はというと、普段の仕事一辺倒な状況からは考えられないほどに珍しく仕事が手につかず、その表情は悲壮感に溢れるものだった。彼の瞳の中に、ハイライトは無かった。
地蔵のように固まって動かない彼の体を、里奈が強く揺さぶる。
「…っ。…○○(彼の苗字)、○○!ちょっと、起きてるの?」
「…あっ、…ああ悪い。中島。…ボーっとしてたみたいだな、俺。」
「もう少し寝てくる?今のままじゃ、作業効率が落ちまくりの役立たずに成り下がっていくわよ。」
「…いや、すまない。俺が見なきゃならない書類をくれ。済ませるから。」
「えっ、ああ。コレとコレ、それとコレよ。」
「ありがとう。……。」
そして再び、彼は黙り込んでしまった。
「○○さん、朝からずっとこの調子ですね。…いつもは、私達を励ます側なのに。」
「…まあ、無理もない。自分に色々と慕ってくれていた後輩が、ああも人が変わっちまったようになっていたんだからな。……葉菜ちゃん、まさか近衛隊に行っていたとは。」
彼がショックを受けていた理由。それは舞草の諜報員としても、自分にとっても大切な後輩であった葉菜が、自身の危惧していた最悪の想定として、敵に回ってしまっていたことだった。
しかも、ただ敵になっただけというのならば、まだ救いがあった。葉菜は、調査隊の他の綾小路生とバラバラに散って逃げたのだが、鎌倉の本部に辿り着くことができたのは隊長のミルヤ、ただ一人だけだった。
つまり、彼女が敵に回ったのは、本意ではなかったことになる。
「…調査隊の山城さんも、どうやら近衛隊へとその身が渡っていたそうね。木寅さんから聞いたわ。…多分、彼女が一番辛いんじゃないかしら。一緒に逃げるべきだった、って。二人と会ってから、ずっと思い詰めているわよ。今は瀬戸内さん*1が付いているけれど。」
「調査隊を率いる人間として、同じ学び舎の人間としても、そりゃキツイだろうさ。自分の提案がもとで、綾小路へと引き戻されることになったんだからな。」
「―糸崎さん!言い方を考えてください!」
「……悪い。」
「…まさか、皐月さんが脱走しようとした刀使を追いかけて、各個撃破しつつ連れ戻しているなんて、普通は思わないわよ。…そういう意味では、私らが助けた三人が京都から逃げられたのは奇跡ね。」
「…そう、だな。」
推測の域ではあるが、ミルヤの指示でバラバラに逃げた由依と葉菜は、夜見の持つ荒魂の索敵能力により探知された結果、力及ばず彼女に斬り捨てられた上でノロを投与されたのだろう。彼が以前調べていた夜見のノロのアンプルよりも、遥かに強力な洗脳効果が付与されているものならば、美炎やミルヤが証言していたように支離滅裂な、それでいて極端な思考に走っている理由も頷けたという。
…現状、投与されたノロを完全除去できる方法は、ない。
「…中島、確認できた。見直しをお願いしたい。」
「あっ、ええ。もらうわ。」
「…ふ~っ。……なんで、葉菜だったんだろうな。……なんで、また刀使同士で戦い合わにゃきゃならないんだ。」
「○○さん…。」
彼は、五ヶ月前の舞草の里での戦闘のことを思いだしていた。
あの時は紫の側が加減していたからこそ、刀使達に死者は出なかった。だが今後の戦闘では、本当に刀使から死人が出かねない。半ば強制的に加えられた近衛隊の刀使達には、何の罪も無いのに。その手を血で汚す前に、どうにかしなけらばならない。…だが、出来ることは多くない。
「…俺が出来ることなんて、精々タカが知れている。…そんなこと分かってたんだよ!―なのに、なのに俺は、近衛隊の情報が確実な物かの判断ができずに、少なくとも顔見知りの綾小路の人間への退避勧告を先延ばしにしてしまった!……せめて、葉菜だけでも、先にコトが起こる前に逃がすべきだったのに…。クソッ!!」
思わず、感情を露わにする彼。普段自身の感情を溜め込んでしまいがちではあるが、夜見への怒りよりもむしろ不甲斐ない自分の行動の遅さや悔しさの方がはるかに勝っていた。
舞草としては綾小路の優秀な諜報員を敵側に奪われただけでなく、管理局側からは実力ある刀使の一人が、実質人質に取られたようなものである。
近衛隊の刀使達を、一刻も早くタギツヒメの洗脳下から解放しなければマズいということが、管理局側の幹部陣営に理解されるまでの時間はそこからそう掛からなかった。
「……悪い、三人とも。暴れちまって。」
「……まあでも、昨日のうちに木寅さんから鈴本さんのことを聞いて卒倒しかけてた様子に比べたら、今の方がマトモな反応ね。」
「その時は助かった、中島。」
「ほんとよ。…私が支えてなかったら、どうなっていことか。」
魂が抜けるとは、ああした状況を指すのかと逆に感心させられたのもまた、里奈のモノの考え方とも言えるだろう。
そんな折、着信音の鳴る固定電話を取った姫乃。
「もしもし、水沢です。…はい、…はい。分かりました。そう伝えます。」
受話器を置いた彼女。そのまま、さっきの電話内容を彼に伝える。
「……◯◯さん、先日平城から本部に来られた綾小路の方からです。都合がつくならば、今会いたいそうです。」
「俺に、か?」
「はい。その際には、私達も一緒に来てくれとのことでした。」
「…………怒られることを、覚悟して行こう。」
己の心がボコボコに砕かれているなか、それでも彼は赴こうと思った。葉菜や由依を含めた他の綾小路の生徒を助けられなかった責任の一端は、自分にあると考えていたためだ。彼女達からどんな怒りや憎しみの言葉を向けられても、それは当たり前のことだと思っていた。
こんな時にまで自分に責任があると考えている彼の鬱々とした後ろ姿を、他の同僚達は心配そうな目で追うことしかできなかった。
四人は職務を一段落させ、綾小路の生徒から教えられた鎌府女学院の場所へと向かう。
ー鎌府女学院 食堂兼レストプレースー
鎌府の一般の生徒の多くはタギツヒメや近衛隊のニュースで持ちきりななか、隅のほうに纏まって座っている、白を基調とした綾小路の制服を着た少女達を見つける。
「◯◯さ~ん!中島さん達~!」
「お仕事中にすみません。呼び出してしまって。」
「絹香、蓮井。それに、浦賀や綿花まで。」
そこに集っていたのは、あの日同僚と共に洛外への脱出を支援した刀使達と、そのうちの一人の姉であった。
「蓮井さんからね。一度、貴方やその同僚の方達にお礼を言いたくてね。」
「お礼?」
「はい。…以前も助けられた*2のに、◯◯さんにはまた助けていただきましたから。」
奈緒の言葉に、綿花も同調する。
「…俺は、結局何もできなかったさ。むしろ、それは後ろの三人に言ってやってくれ。本当の意味で蓮井や浦賀、綿花を救ったのはこの三人なんだから。」
後ろに控えていた三人に体を向け、左手で彼女達の視線を誘導する。
きっと彼がいなくとも、今までの経験による連携プレーで彼女達を救うことはできただろうと、彼自身はそう思っていた。
「何を言っているんですか?◯◯さんは、妹を救ってくれた恩人ですよ?」
「…それは違うよ、絹香。俺は、大多数の綾小路の刀使、いや人間達を助け出すことができなかった。そいつらからすれば、俺は、勝手に脱出させる人間を選択した卑怯者なんだから。」
これは紛れもない彼の本心だった。目の前の三人は、確かに救い出すことができたかもしれない。だが、大切な後輩や多くの知人達を結果的に危険地帯に残してきたことは、変えようのない事実だからだ。
「…そんなこと、ありませんっ!」
「蓮井…。」
静かに彼の言葉を聞いていた麻由美が、それを打ち消すように大声を発する。
「大して話を多くしたことがあるわけでもない、刀使としてもまだまだ未熟な私を、◯◯さんは躊躇わず逃げろと言ってくださいました。それがあったから、ここにおられるお姉様達と共に脱出できたんです!」
「…でも、俺は…。」
「…鈴本先輩のことは、私も聞きました。」
それを聞いて、俯きがちになっていた彼の頭が、瞬時に彼女の顔へと向けられる。
「鈴本先輩は、私にとって憧れの刀使でした。文武両道で気軽に話しかけてくれて、鍛錬にも真面目にかつ実直に取り組んでおられる方でした。…私だって悔しいです!そんな憧れの先輩を差し置いて、後輩の私は今ここにいるのですから。」
「蓮井…。」
「でも、貴方が助けてくれなかったら、きっと鈴本先輩と同じようなことになっていたのかもしれません。だから、私はこれを鈴本先輩を助けるために神様がそう差し向けた、そう今は思っています。天啓、というものなのかもしれませんが。」
最初に助けを求めた少女は、尊敬していた先輩を助け出すことを既に考えていた。
「◯◯君、貴方のおかげで助かったのは蓮井さんだけじゃないわよ。」
「…浦賀。」
「おおかた、私の力が要りそうだと思って助けようという風にでも思ったんじゃないの?◯◯君。」
「…それも、あるな。」
歯切れの悪い彼の返しに、ふうとため息を吐く奈緒。
「『秩父会戦』、きっとあの時の記憶が頭を過ぎったんじゃないかしら?」
「…っ、…それもあるかもな。」
「まったく、素直じゃないんだからぁ。…葉菜と貴方の関係も知っているし、◯◯君は彼女を信用していたんでしょ?まさか、捕らえられるとは思わずに。」
「…!?…どうして、そんなことを。」
「忘れてないかしら?私も、小池さん*3と同い年のお姉さんよ?年下の君の考えくらい、すぐ分かっちゃうんだから。」
若干のハッタリはあるにせよ、なぜ彼が奈緒達と葉菜を一緒に伴わさせなかったのか、というところでは想像がついていた。余程の信頼を彼女に寄せていた、その一点に尽きる。
(葉菜。貴女、余程彼に好かれているのね。ちょっと妬けそうよ。)
そんな感情を表には出さず、彼と向き合い直す。
「…だから、今は思いっきり泣いてもいい時だから。…辛そうに堪えている貴方は、◯◯君じゃないから。」
彼に近づき、ポンポンと優しく頭を叩く奈緒。
それにつられて、彼の心の中で押さえられていた悲しみが、一挙に噴き上がる。
「…うっ、…浦賀ぁーっ!…グッ、…ウアアァァーーッ!!…ク、ハアッ…。」
「…大丈夫よ。貴方が助けたいって思っているのは、みんな同じように思っているから。ねっ?」
奈緒の胸元でボロボロと涙をこぼす彼。彼女の制服に、彼の涙の雫が次々と染み込んでいく。文字通り、彼女は静かに胸を貸していた。泣き止むまで、奈緒は彼の頭を優しく撫で続けた。
他の同僚達ではできなかった、『感情を吐き出すこと』を彼女にできたことは、それほどにまで彼の精神が追い込まれていたということでもあろう。
同僚達は、彼に感情に関しては遠慮せずにいてほしいと思っていても、彼の頭が固いままではその切り替えがしにくいことを、改めて見せつけられることになった。
ある程度感情の高ぶりが落ち着いてくると、彼は奈緒の両肩をトントンと叩く。
「…もう、大丈夫だ。…ありがとう、浦賀。見苦しい姿を晒して、悪かった。」
「大丈夫よ~。何なら、もうちょっと借りていく?」
「いや、高く付きそうだから遠慮しておくよ。…ありがとな。」
「うん。」
「◯◯さん。」
奈緒とのやり取りが終わると、絹香から声を掛けられる。
「妹を救っていただき、ありがとうございました!本当に、何とお礼をしたらいいか。」
「やめてくれ、絹香。それは俺ではなく蓮井やそこの同僚達に言ってやってくれ。」
「いいえ、止めません!それに、私の身の安全も確保してくださったそうじゃありませんか。そんな方に、どうしてお礼の一つもしないという無礼ができますか!」
「お、お姉ちゃんっ!?―◯◯さん戸惑ってるよ!」
綿花も思わず、姉の暴走手前のところでストップをかける。
「た、確かに◯◯さんへのお礼はし尽くせないけれどさ、それでその恩人を困らせたらダメじゃん!」
「綿花ちゃ~ん。でもお姉ちゃんからしたら、◯◯さんがいなかったら、綿花ちゃんが酷い目に遭ってたかもしれないのに、それを阻止してくれたのよ!」
「お姉ちゃん…。」
「このご恩は、私が卒業するまでに必ず返しますから!それでどうでしょうか!?」
「おっ、おう。分かった。」
絹香のシスコンぶりは今に始まった話ではないが、これだけ妹のことを本気で心配してくれる姉が、果たしてどれほどいるのだろうか。勢いにかなり押された彼は、そんなことを思った。
綾小路生や彼と少し距離を取っていた、誠司達が彼のもとへ寄ってくる。
「落ち着きましたか?隊長殿。」
「…そんなからかい方をしてくるのは、久し振りだな。糸崎。」
「この人達が怒るわけないじゃないの、まったく。人騒がせなんだから。」
「…そう言う割には、里奈さん、ずっと気が気でない感じでしたけど?」
「な、何のことかしら?姫乃。」
「…ホント、ツンデレなんですから。」
「はははっ…。」
ともかく、同僚達が心配してくれていたことが伝わった彼は、気持ちを新たに、そしてこの場にいる綾小路生へも向けて、こう口を開いた。
「蓮井、浦賀、水科姉妹。そして、この場にはいないがミルヤ。今の状況では、絶対に綾小路には帰還させない。これはもう、真庭本部長と朱音様に了解を貰っている。そして…。」
と、言葉を選んでいるのか、話を一度区切る彼。
「近衛隊へと巻き込まれた刀使達、事実上の軟禁状態に置かれつつある綾小路生。彼ら彼女らを救うために、力を貸してもらいたい。…残念ながら、俺にはタギツヒメを倒せるような刀使の力は持っていない。―だから、お願いだ。これ以上の被害拡大を阻止するために、皆の知恵と縁を借りさせてはくれないか?」
今、彼がここで言えるのはこれだけだ。本部での立場としても、お世辞にも高いとは言えない。それは自らが拒んできた結果でもあったからだ。
だが、彼は知っている。人の持つ力は、決して微力なものではないということを。
「もとより、そのつもりだ。◯◯。」
「私も協力するわよ。」
「◯◯さんに拾っていただいたからには、この力、発揮させてもらいます!」
力強く放つ、同僚三人の声が届く。
「鈴本先輩を助けるためだったら、幾らでも協力させていただきます!」
「お姉さんも、君に力を貸してあげるっ!だから、みんなのことをお願いね。」
「同い年の◯◯さんに、無茶ばっかりさせませんから!」
「綿花ちゃんの恩人に手を貸さない理由なんて、ありません!」
綾小路の面々も、こう彼に返した。
「ありがとう、皆。…俄然、やる気が湧いてきたよ。」
この時この瞬間をもって、彼は自身の中にある負の感情に打ち勝った。
そして、葉菜や由依を含めた近衛隊や刀使達、綾小路生の孤立化を防ぐべく、彼は動くのであった。その途中で近衛隊の刀使達から刃を向けられ命を狙われようとも、対刀使用制圧装備の開発を行っていたことを仲間から非難されようとも、自分の利益にはならないことさえ一切の責任を持って実行し続けた。
だが、彼が踏み出すその最初の一歩さえ、僅かな光さえも無い、暗闇に満ちたものだったことを忘れてはならなかった。
刀使達に、彼女達を支えるために何をするべきなのか、彼の心の中でのこの問答は未だに続く。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
ここまでが、主人公編や閑話編でも少し触れられている話の、その前日談となります。
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それでは、また。