こちらは後編です。
それでは、どうぞ。
ー神奈川県横須賀市 ヴェルニー公園ー
ここヴェルニー公園は、フランス式庭園様式で設計された場所で、園内には多数の薔薇が咲き誇っていた。
横須賀駅を眼前に控え、浦賀水道を望めるここはデートスポットとしても知られる。
だが、今回はカップルのデートスポットなどでは無い、全く異なる理由でここを指定した早希。
「陽菜ちゃん、周囲に人影はある?」
『無い、ですね。一応、サーモグラフィーも当てていますが、特には居なさそうです。』
横須賀駅で合流した二人は、インカムでやり取りしながら糸崎を待つ。
ベンチに座る早希を、後方の垣根から周囲をコッソリ見張る陽菜という構図だ。
波音と船舶の汽笛などが雑音を打ち消すこの場所なら、彼女の隠してきたことを話すには絶好のゾーンに成り得る。
『糸崎さん、来ますかね?』
「……来るよ。糸崎君なら、絶対に来る。」
初めて会った時から直感的なものかもしれないが、彼女には彼の動き方が何故だか分かった。
…だからこそ、彼と距離を置くという手段をずっととってきたのだが。
(糸崎君……。)
彼女は手を胸に当てて、深呼吸をする。いつ、彼と会ってもいいように呼吸を整える。
腰には御刀を携えているが、これを使うつもりはさらさら無い。最も、肩に掛けている日本刀の方はどうするか分からないが。
…物別れに終わった際には、彼の前から消えることも覚悟していた。
そして、早希達が公園に着いて二十分後。
糸崎も、ようやく横須賀駅に到着する。
…彼の表情は未だ冴えなかったが。
プシューッ
ピンポ~ン パンポ~ン
ドアエンジンとドア開閉チャイムの音が耳に入る。
「やっと横須賀か…。うげっ、もうこんな時間かよ。早希を結構待たせてしまっているよな。」
そのまま、人混みを分ける入るように進む。
自動改札機を交通系ICカードでタッチアンドスルーし、彼女の待つ公園へ走る。
陽菜が駅の方向からやってくる糸崎の姿を捉える。
『早希さん、糸崎さんが来ました!』
「いよいよ、ね。」
早希は一回目を閉じ、気持ちを切り替える。
(舞草を取るか、彼を取るか。今からがその正念場。…自分が招いたこととはいえ、いずれこんな日は来てただろうな…。)
『早希さん、もうすぐ見えると思います。』
「陽菜ちゃん、ありがとうね。…ごめんけど、こっちの受信はオフにするね。」
『…盗み聞きになるのはいいんでしょうか?』
「いいんです。それじゃあ、切るね。」
そして、陽菜からの通信を遮断する。話している間、二人の会話は陽菜には入るが、陽菜の声は早希には届かなくなる*1。言い方は悪いが、陽菜は盗聴役である。
(早希さん、どうするのかな…。)
ともかく、陽菜は監視を続けることにする。
駅から駆けてきた糸崎が、早希と合流する。
「はあっ、はあっ…。ごめん、待たせたな。」
「ううん。…急に呼び出してゴメンね。こんなところまでわざわざ足を運んでくれるなんて。」
「いや、それはいい。ただ、意外だっただけなんだ。そっちから場所を指定してくるとは思わなかったし。」
「…確かに、いつも糸崎君が誘う側だったから、こういうのは初めてかもね。」
そして、早希の手振りでベンチに座った後に本題に入る。
「糸崎君。今日、君をここに呼んだのは他でもないの。」
「…少し前に送られてきたメールのことか?」
「うん。…まず、先に言わなきゃいけないね。……今まで隠し事をしていたことと、私の事情に君を巻き込んでしまって、ゴメン。」
「…早希、どういうことなのかは説明してくれるんだろう?」
「順を追って話すね。」
そして彼女は、自身が鎌府の刀使でなおかつ反紫派組織である舞草の構成員であること、糸崎に送ったメールは本来その組織の人間に送るつもりであったことを話した。
「それでさっき連絡を入れたのは、黙って隠していたことを謝るため、そして君を今後どうするのか、ということをここで話し合うためだったの。」
「…そう、だったのか。」
あのメールを見て以降、糸崎は彼女の言葉に嘘は無いことを改めて思い知らされた。
現実から半ば逃れたくなるように、静かに目を瞑る彼。早希は言葉を続ける。
「それで、私の不手際とはいえ君を舞草の関係者にしてしまった。出来る限り内密に処理出来る程度で、情報の流出は避けたいの。……大変身勝手なのは承知の上でなんだけれど、これから先、貴方が行動するに当たって幾つか提案させて欲しいの。」
(…なんて嫌な女なんだろうな。私。)
これから提示する条件は、あまり彼女の気も進むものではなかった。だが舞草のためを思い、心を鬼にする。
「一つ目は、糸崎君が失踪人扱いとして紫様に退いてもらうまでの間、私達舞草の里で過ごしてもらうこと。その間の衣食住に関しては保証するよ。」
「ふむ。」
「二つ目は、機密を知った上で舞草に協力してもらうこと。…これは信条の問題があるから、聞き流してもらってもいいよ。」
「まあ、普通だよな。」
「…三つ目は、貴方の存在をこの世から消すこと。最もコレに関しては私も勘弁だから、これは考えていないよ。」
「……マジかよ。そこまでか。」
「四つ目は、……当該メールを削除した上で私がこの世から果てること。」
「!?…ちょっと待てよ!」
流石に嘘だろ、と一瞬固まる糸崎。
「…もうすでに糸崎君が余所にさっきのメールを転送していた場合、私はここで貴方を斬りつけた後、自分の身を斬る覚悟だよ*2。そうすれば、私が今回の全責任を背負って逝ける。」
「……良かった、まだ早希への返信以外に手を付けていなくて。」
自身のサボり性に内心感謝しつつ、想い人からはこれから先の選択を迫られる。
「それで、糸崎君はどうする?」
「ちなみに、それ以外での選択肢はあるのか?」
「…何か考えがあるの?」
「早希と違って、俺は現状には何も不満はない普通の人間だったんだ。…だが巻き込まれた以上、そこに俺の意思は介在出来ない。そうだろ?」
「…そう、だね。」
「う~ん。…どうしたもんか…。」
別に妙案があった訳ではなかったので、必然的に先の二つの選択肢へと絞られる。
だが、彼女の次の言葉に、彼は耳を疑う。
「…最も、舞草の人間とバレてしまった以上、舞草とは関係の無い君の前からは、どうであれ消え失せるしかないの。」
「………えっ?」
彼の中の時間が一瞬止まる。
「本来、こうして正体を明かすことは無いの。ただ静かに皆の前から消え去るだけ。…だってね、私の正体を知られたら君に迷惑がかかる。だから、ずっと君との関係に距離を置いてきた。……もし君が捕まったら、無関係の人間なのに何をされるか分からないし、傷つくかもしれない。そんなの、私は嫌だったの!」
思わず立ち上がる彼女。
これは舞草の人間としてではない。早希自身の、彼女の心の声だった。
「早希…。」
「…ゴメン。私のせいで君の身に何かあったら、自分が許せなくなるの。…今まで隠して置いて、身勝手、だよね。」
彼女の目元からはポロポロと涙が零れる。
糸崎は、ずっと考えていた。
舞草のことではない。彼女のことだ。
(ずっと、早希との間に何かの壁を感じてはいたが、この数時間でその理由が一気に分かった。…なら、今度はその彼女の壁をぶち壊す番か。)
歩み寄るなら今しかない、そう思った彼は口を開く。
「早希、二つ聞きたい。ただ、ごまかしや嘘は無しだ。」
「いいよ。…今更、黙っておくようなことも無いし。」
「…その確約が取れただけで十分だ。まず、早希は俺にどうしてもらいたい?…舞草という組織の人間としてではなく、俺は早希個人の言葉が聞きたい。」
少し悩んだような顔をして、彼女は向き直る。
「…できることなら、今まで通り何事もなかったように過ごしてもらいたいし、ずっと一緒に居たい。…あくまで理想論だったけれどね。」
叶うならその方が良かったな、とヘマをした自分を恨みたくなる彼女。
彼は、二個目の質問をぶつける。というか、こっちが本命である。
「二つ目。早希は、俺のことをどう思っている?」
「…えっ?どういう…。」
「そのままの意味。まあ、早希にとってどんな人間かという言い方の方がいいか。」
「……私にとっての糸崎君…。」
即答は出来なかったが、彼女の中ではもう答えは決まっていた。
大きく息を吸って、彼に微笑みかけながらもその言葉を放つ。
「私にとって、君は大切な人、大好きな人、これからもずっと一緒に居続けたい人、だよ。」
彼女の目は、彼を射抜くように真っ直ぐ向けられていた。
その目を見て、糸崎も自身の今後を決める。
「…よし、俺も腹が決まった。早希、俺も舞草に加わろう。」
「…えっ!」
彼女にとっては、まさかの答えが返ってきた。
「ただし、条件がある。」
「条件…?」
「…俺と、付き合ってもらえないだろうか。」
彼女を見据えて、今まで言いたかったことを続ける。
「……こんな時にこれを言うのはズルいかもしれないけどな、早希と初めて会った時、その、一目惚れしちまったんだよな。」
「…うん。」
「世の中、自分の好みに合う人間なんてそれこそ限られているけど、『この人なら』っていう俺の中の勘みたいなものが早希にはあったんだよな。…自分でも未だに信じられないけれど。その時には確かに感じた。」
「…ずっと隠し事をしてきたのに?」
「人間、誰でも何かを隠すことなんて普通のことじゃないか。…それに、誰かを守るための嘘なんかは時には重要だろ?俺が早希の立場なら、似たような手段を取っていただろうし。それに、」
「それに?」
「ついさっき、早希が言ってくれただろ?俺のことを『ずっと一緒に居続けたい人』だって。…なら、今早希を助けるのは、それに応えることに繋がるんじゃないのか?」
糸崎自身は、大好きな早希のために動く、これだけでも舞草に入るには十分過ぎる動機だった。
「……全く、糸崎君らしいね。…私が好きになっただけの人のことはある。」
「早希。」
「…舞草に入る以上、もう後戻りは出来なくなるよ。それでも、いいの?」
「この先に進むのが戦場だろうが地獄だろうが、早希と一緒ならどこまでも付いていくぞ。」
「…そういうところがあるから、君のことを嫌いになれないのよ。」
二人は黙って抱き合った。そして、海上保安庁の巡視艇の探照灯が重なる二人の影を掻き消した。
「…早希さん、おめでとうございます。それと、凄く甘いです……。」
一人離れたところで、二人のやり取りをインカム越しに聞いていた陽菜は、蚊帳の外ではあったがしっかりと一組のカップルの誕生を認めていた。
「…折角だから、幸せそうな写真だけでも撮っておこうかな?」
スマホのフラッシュを抑えた撮り方で、こっそり二人の姿を撮る。
なお、後日陽菜がこれを早希に送ったところ、顔を真っ赤にして一時の間フリーズしてしまったそうである。
その時の写真は、未だ大切に保存しているとのことだった。
ー現在 鎌府女学院 食堂兼レストプレースー
「…三原、糸崎。スマン!」
卓上で二人に頭を下げる彼。
「軽い気持ちで訊いた俺が馬鹿だった!」
「おいおい落ち着けって。」
「そうですよ。…今ではこうして、糸崎君と一緒に居られていますから。」
謝る彼に、諭すようにフォローを入れる二人。
「…ちなみに。糸崎、お前は
「…多分、お前と危うく撃ち合いになった時と、今さっきまでの話の時くらいだろうな。」
「いやまあ、あの時はすまなかった。…まさか、お仲間だとは露知らず…。…まあ、お前に何か危害でも加わりゃ三原の御刀で一刀両断だろうよ。」
「私そこまで野蛮じゃないよ!」
(いや早希、サバゲー中に関してはその保証はできんぞ。)
心の中で彼女に突っ込む糸崎。
「しかしまあ、イチャつき具合では局内でもトップクラスのカップルにも、とんだ受難があったもんだな…。」
「…というか、お前は逆になんで彼女の『か』の字すら挙がって来ねぇんだよ?明らかにお前の方が色々フットワーク軽いだろうが。」
やたら刀使やサポートメンバーの特祭隊員と仲の良いはずの彼に恋話が転がってこないのは、逆に不気味さも覚える糸崎。
「は?…いいんだよ俺は。三原達刀使の負担軽減と、部隊の負傷率の低減に動き回れるなら、俺はそれだけで十分なんだよ。」
「…たまには、ちゃんと個人の時間を作って下さいね。このままだと、糸崎君が心配しっぱなしで倒れちゃいます。」
早希は彼を気遣う。
「へぇへえ。…ぶっちゃけ、砂糖が要らないレベルで渋い紅茶が普通に飲める、そんな空気を醸し出す二人に言われるのも、なんだかという気はするがね。」
「「そこまでか!?(ですか!?)」」
「…ハモっとるがな。まあ、恋人繋ぎはまだ分かる。だが、なんで臨時指揮所で死亡フラグ建てまくるようなことを、いつも言い合っているんだよ!おかげでこちとら、いつもヒヤヒヤしながら指揮する羽目になっているんだからな!」
「そこまで、ですか?」
「そりゃ、いつも『帰ったら夕飯は何だろうね?』とか『この戦いが終わったら…』とか聞かされる身にもなってみろ!…今のところはフラグを全てへし折って返ってきているからまだいいが、いつまでもそれが通用するわけでは無いことを、いい加減自覚してくれ!」
「「わっ、分かったよ(分かりました)!」」
彼の必死の思いが目前のカップルに届く。
(…心臓に悪いのは勘弁だしな。)
ともかく、食い進める三人であった。
そして、この年の桜が咲く季節以降、このカップルも、彼も舞草も一気に正念場に立たされることになろうとは知る由もなかった。
無論それは、彼の恋愛面も全くの例外ではなかった。
彼にはこれから新しく逢いまみえる、まだ名の知らぬ刀使達が待っていることを。
ご拝読頂きありがとうございました。
閑話が長いのなんの…。
次話は可奈美編に再び戻ります。
それでは、また。