少し間が空きました。
今回は可奈美編その9 中編となります。
事前の説明どおり、可奈美の父兄も登場いたします。…執筆のハードルが上がっていそうで不安ですが、頑張ります。
それでは、どうぞ。
ー神奈川県某所 衛藤家ー
午後2時半を過ぎた頃、彼は持ち込んでいた仕事の一部を終わらせ、タブレット端末に内容を保存する。一時間程度で終わらせると言っていたが、実際に彼もそれくらいの時間で仕事を片付けた。
既に行きがけに昼食は済ませているので、食事の厄介になるとすれば夕食からである。
「終わった~。可奈美は、…まだ上なのか?」
リビングにいた彼は、軽く伸びをすると少しクラクラする感覚を得た。同じ姿勢で作業をこなしていたので、血の巡りが悪くなっていたようである。
「…勝手に上へ上がるのもアレだが、行ってみるか。」
可奈美を呼んでも来なかったので、上がってこられても文句は無いよな、という若干の悪知恵はあった。だがそれ以上に、個人的に彼女の部屋が気になったのもある。
「…部屋に入る時にノックすればいいか。」
そう思って彼は、可奈美がいるであろう部屋へと向かっていった。
二階に上がると、可奈美の部屋はすぐに分かった。
隣の部屋には兄の名前であろうか、ネームプレートが飾られたドアが目に入る。リビングを出るときに決めていたように、彼女の部屋のドアをノックした。
コンコンコン
「可奈美~、…部屋入るぞ~。」
『えっ、ちょ、××さんっ!?―ま、待ってくださいっ!!』
不意を突かれた可奈美の驚くような声が聞こえた気がしたが、彼はそれに気付くことなく扉を開けた。
「持ち込んだ仕事が終わったんだが、一緒に一息つかな……」
彼は、扉を半開放したところで口も身体も動きを止めた。
彼の視線の先には、着替えのため服を脱いでいた可奈美が、無防備な下着姿を晒していた。
局部を隠すそれは、彼女の肌色の肢体に白く色差していた。ちょうど外からの光が、成長期である可奈美の身体のラインを、強調するように反射する。
「「…………。」」
彼は可奈美の姿を凝視し、彼女のほうは彼を見て口をパクパクさせていた。
「―すまん可奈美っ!!」
つい我に帰った彼は、大慌てで部屋のドアを閉める。
部屋の中の可奈美からは、まだ言葉が聞こえてこない。二、三十秒ほどして、彼女の声が彼に届く。
『……見ました?××さん。』
「……ゴメン、がっつり見た。」
彼女の水着姿は以前見たことがあるとはいえ、着替えている乙女の柔肌を無断で見るようなほど、彼も図太い神経はしていない。
この場合、彼に悪意が無かろうが謝るのが筋であろう。
「ノックしたつもりだったんだが、開ける前に確認を取るべきだった!人の部屋に勝手に入るものじゃないって分かってたのに!」
『……お、驚いただけだから、私はそのっ、大丈夫だよ。』
「そう言われてもなあ…。」
ガチャッ
彼の乱入に慌てていたものの、無事に着替え終わった可奈美が、部屋のドアを開く。その傍にいた、やらかしたと思って感情がダダ沈みである彼を見て、彼女は励ます。
「ほらっ、もう着替え終わったから。…そんなに落ち込まなくても…」
「…いやな、俺ちょっと、可奈美の実家に来てから気が抜けてたのかもしれなくてさ。現にこうして事故っているわけだし…。」
「…××さん、私は貴方が優しくてよく考えている人だって分かっていますから。他の男の子とかと比べても、こういうところですぐに謝ってくれるから安心できるんです。」
「…可奈美。」
「それに、もう付き合っているんですよ?確かに見られて驚いちゃったけど、別にさっきの姿を××さん見られるのが嫌だとは、一言も言ってないですよね?」
「まあ、それはそうなんだが…。」
「なら、この事はこれでおしまいにしましょうよ。…これから先、さっきみたいなことがないとも限りませんから、ね?」
「…分かった。でも、その言葉に甘えすぎないように自分を律さないとな。可奈美に愛想を尽かされたんじゃ、結局意味はないからな。」
「うん。…よかった、やっぱり××さんはそう言いますよね。」
(…でも、ある程度は寄って来てもいいと思うんだけどなぁ…。なんだかこう、まだ距離を置かれた感じで嫌だしね…。)
可奈美も可奈美で、彼に思うところはあった。帰還して以降、半ば断ち切られた状態であった彼との関係はより親密になったものの、彼の理性の固さは相も変わらずであった。幸か不幸か、年頃の男女が誘惑や雰囲気に流されるような性的な衝動は、その断固たる理性によって安易に揺れ動かないようになっていた。
ただこの彼の方向性は、可奈美自身に女子としての魅力がないのでは、という誤解を現状では与えているようなものとも取れる。最も、彼女の場合は剣術が最優先な部分が往々にしてあるので、今のところはそこまで大きな不満には至っていない。至ってはいないが、僅かながらの感情の燻ぶりはある。
(…今度、何かのイベントとかで××さんをときめかせてみたいなあ。)
なお、可奈美はこの翌月の六月に刀使の広報目的でウェディングドレスを着飾ることになるのだが、それはまた後日の話である。
しょげていた彼も若干気分が戻り、また再びちょっとだけ仕事を進めていた。といっても、それは可奈美に関するものであり、主に彼の同僚の姫乃*1が纏めた可奈美の戦闘データと彼女の身体的データを組み合わせた戦闘分析を行っていた。現在では、比喩なく一騎当千レベルにまでその実力を磨き上げてきた彼女だが、問題として、ほぼほぼ最強と言われるほどにまで剣術も剣技も強くなってしまったことで、対等な相手の不在による孤独感を抱えるようになっていたことが挙げられる。
現在は姫和がほぼ互角に打ち合える仲ではあるにしても、もし可奈美の力を伸ばそうとするのならば、姫和以上の刀使かあるいは荒魂のような斬っても問題のない相手で、彼女の実力を高めていく必要性が生じてくる。前者に関しては、以前の紫がそうであったのだが負傷のため事実上不在、後者に至っては安全が担保されないので論外、ということで落ち着いた。
では、この八方塞がりの状況で一体どうするのか。
何のことはない。彼が考えた一手としては、
彼女のためなら可能な限り何でもする、これを地で行くスタイルを取れるなら、ここまで彼女想いの男もそう多くはいないだろう。ましてそれが、仕事面であるなら尚更の話である。
仕事を熱心に進めていると、気が付けば既に夕方の六時を回っていた。
普段の帰省時と変わらぬくつろぎようである可奈美が、リビングにあるソファーで寝転んでいた。そんな彼女は、スマホの画面と睨めっこしていたが。
ここ最近、可奈美とは圧倒的に制服で会う機会が多かったため、若干隙というか無防備な姿を晒す私服姿の彼女に、彼も遠目から見ていると好きな異性に向ける感情の波動があった。それでも、彼自身はその意識を無理やりへし折りにかかる。
「…むぅ~、お父さんたち全然帰ってこないなあ~。」
「仕事と勉強で忙しいんだろ。特に可奈美のお兄さん、来年は大学入試を控えているんだろうし。…しかしちょっと意外だとは思うよな。可奈美が美濃関に行ったのに、兄は一般の高校を選択したってのは。」
「お兄ちゃんも剣術が好きだったんだけどね。…お兄ちゃんに刀使はできないから。」
「まあ、そうだよな…。というかぶっちゃけ、途中で道を変更した俺がおかしいだけだし。」
「…否定はしない、かな。」
彼の歩んだ道が、刀使や他の後方支援の人間に大きな波風を及ぼしてきたことは事実ではある。のだが、荒魂討伐時などにおいて、前線付近まで一般隊員が出張ってくる時点で、彼の行動は狂気の沙汰である。加えて、これで刀使の救援活動まで行おうとするので、可奈美が苦言を呈するのも無理はない。
「でもなんか、俺自身は久し振りに“普通”の人と話ができるな。弓道場で知り合いと射合うことはあるが、それも同世代の人間だし。一般の人との話し合いができる場はやっぱ貴重だわな。」
「私の家が普通かまでは、正直分かんないけれどね…。…そういえば、××さんから麻美さんを指導するように言われて、実際に麻美さんへ教えるなかで思ったことがあるんですけど、麻美さんは何かスポーツでもやられていました?麻美さん、なんだか剣術をやっているようには思えない動きを取られてましたので。」
「ん?ああ、麻美は中学の時はずっと陸上をやっていたな。特に走りに関しては、埼玉の陸上中体連で上位に食い込むくらいには実力持ちだぞ。長中距離が主に得意だったな。スタミナに関しては恐らく、同年代の刀使よりもずば抜けてある方だと思うぞ。あと走力も。」
「麻美さん、常に間合いを取りながら打ち込んできますもんね。多分、走りのリズムをそのまま剣と身体の動きに使い回しているんじゃないかな…?」
「可奈美、麻美の流派は結局のところどこのモノになるんだ?」
「うーん…、麻美さん本人は剣道から自分なりにやってみたって言っていたけど、近いものだと舞衣ちゃんの流派である北辰一刀流かな…。剣道と共通の技も多いしね。…それでもあれは、麻美さん自身の剣術だと思うなあ。」
「そうか。…まあ、可奈美と舞衣に鍛えてもらってんだ。大丈夫だろうよ。」
麻美が美濃関に行ったことで、心配していた刀使としてのちゃんとした鍛練、特に対人戦に関しては、彼がそれを頼める人間である可奈美や舞衣などの刀使、あるいは江麻のサポートもあって、上手くやれているようであるのは、彼としても安心できるものであった。
可奈美には麻美に遠慮はいらないと事前に言ってあったため、取り敢えず今年の夏までに、去年の『鎌倉特別危険廃棄物漏出問題』発生時くらいの時の可奈美達の実力まで、麻美の刀使の力を高めてもらう方針だ。
聞くところによれば、麻美は可奈美や舞衣も教え甲斐のある刀使であるという。非公認とはいえ、実戦を経験していたことがやはり強みとして表れているのだろう。
「…××さん、近いうちにまた打ち合いませんか?今の××さんが、色んな人の剣術を見聞きしてどんな風に変わっているのか、ちょっと気になっちゃいまして…。」
「そうだな。…つっても、そんなに上手くはなってないだろうよ。色んな人から教えてもらったり、勉強させてもらっていることのほうが遥かに多いさ。」
「またまた~。」
と、その時であった。
ピーンポーン ピンポーン
玄関から呼び出しベルが鳴る。
「ん?誰か来たのか?」
「あっ、多分お父さんかも。ちょっと行ってくるね。」
ソファーから起き上がり、そのまま玄関へと直行した可奈美。
来客であった時に備えて市販のジャージを羽織ると、彼女は戸口へとへ向かった。
「さて、ならちょっと構えておくかな。」
先程までなりを潜めていた緊張感が、急激に高まり始める。
(初対面で失敗したくはないが…、ガチガチな緊張感が溶けねぇ…。)
そんなこんなで立って待っていると、玄関から段々とリビングに向かって複数人の声が聞こえてくる。
「もー、お父さんもお兄ちゃんも、心配し過ぎだよ~。」
「そうは言ってもなあ、可奈美。」
「もう待ってくださっているんだからね?」
そして、廊下とリビングを繋ぐドアが開かれた。
ドアから出てきたのは、可奈美と、30代位の男性、そして彼より少し上くらいの青年であった。
彼は確信した。間違いない、可奈美のご家族だと。
「は、初めましてっ!刀剣類管理局の◯◯と申します!衛藤さんとは、親しくさせていただいている者です!」
「えっ、××さんっ!?私、説明しようと思ってたんだけどぉ~。」
「えあっ、そうなのか!?」
後ろの男性陣より先に口を開いた可奈美。まさか彼も、可奈美が自分のことを紹介しようとしていたとは、全然思わなかったようだ。
「…まあ、取り敢えずそこに座りましょうか。◯◯さん。」
「はっ、はい。」
「可奈美、父さん達の分もお茶を頼む。コップはいつものでいいから。」
「うん、分かったよ。…お兄ちゃんは、紅茶でいい?」
「ああ、可奈美が淹れてくれるなら何でも。」
「じゃあ、何か適当に淹れるね。」
そう言って可奈美は、キッチンの方へと向かう。残りの男性陣はリビング内に入っていく。
彼は可奈美の父に誘導される形で、リビング内の座布団と短脚テーブルへと回った。そして、可奈美の父が座ると、彼は遅れて座った。
彼からみて、正面に可奈美の父、左側に兄、右側には可奈美が座るものとして座布団が空いている。
「…それで、君が可奈美の言っていた人かな。彼氏だと聞いたんだけれども。」
「えっ、はい。そうです。」
彼も想定していたとはいえ、いざ彼氏という言葉を口に出されてみると、小恥ずかしいものではあった。
「ふうむ…、誠実そうな子だね。以前、電話で可奈美の消息が分からなくなった時に伝えてくれたのは、君だね。」
「―はい、そうです。お父様はお気付きだったのですね。」
「まあね。可奈美が言っていた相手の名前と、電話で聞いた苗字と同じだったからものだからね。もしやとは思っていたんだが、どうやらその通りだったようだね。」
「美濃関学院の人間であることは嘘ではないんですよね。ただ、今は鎌倉の本部で仕事をしているものですから。可奈美さんとは、仕事上の付き合いで出会った次第です。」
可奈美が舞草と接触する以前、彼個人は全くその気がなく彼女に一目置いてあれこれお節介を焼いていたのだが、それはまた別の機会に記すとする。
先程まで一人静かであった、可奈美の兄も口を開き始めた。
「…可奈美と付き合い始めたのは、何時頃からですか?」
「えーっと、…ちょうど彼女が消息を絶つ一月ほど前のことです。友人関係から発展して、という表現が一番しっくりくるかと思います。」
「なるほど。…可奈美が好きなこととかは把握しているのですか?」
「勿論、剣術ですよ。刀使の友達や仲間と打ち合うこともザラですし、何より俺自身も彼女から他の人の剣術も含めて勉強させていただいてます。納豆ご飯が好物であることもそうですし、最近は食欲も旺盛ですよ。育ち盛りなだけはあります。」
「え、××さんも歳は私とそんなに変わらないじゃないですか。はい、お茶だよ。」
「ん。ありがとう、可奈美。」
「お兄ちゃんも、はい。」
「…ありがとな。」
そして、彼の前にも静かにコップが置かれる。彼は可奈美に軽く会釈して、言葉を続ける。
「…訪問を快諾してくださったお父様はともかく、可奈美のお兄さんが俺の存在に不安を抱かれるのは当然です。もし妹が見ず知らずの男を連れ込んだら、俺も同じ感覚を抱くでしょうし。そこは、俺のことをある程度知ってもらうことでしか、判断を付けられる部分ではないかと俺も考えていますから。」
「あ、いえ、◯◯さんのことが嫌いであるとか、そういう意味ではないんです。ただ、確かに可奈美を貴方に任せて大丈夫なのか、という不安はありますから。…もしも可奈美に何かあれば、先立った母に顔向けできませんし。」
「…私は、可奈美が幸せでいるなら、それで十分かなとは思っているんだがね。□□(可奈美の兄の名前)は、彼が怖いのかい?」
「そう、なんだろうね。…酷く穿った見方をすれば、失踪した後、見つかってすぐに可奈美を籠絡した、という可能性も無くはないから。◯◯さんがそうした人間である、とは全くもって思いたくありませんが。」
「もー、お兄ちゃんは心配し過ぎだよ~。…だいたい、私みたいな剣術ばっかりの女を好きになる人って、そうそういないと思うんだけどなぁ。」
((いや可奈美、世間一般では美少女の部類に入るぞ!?))
内心では同意見を思う彼と可奈美の兄。特に彼はそれをより肌で感じ取ってきていたので、その意見はなおのことの話である。
「というかお兄ちゃん、今お兄ちゃんのことが刀使のみんなの間で話題になってるよ?話とか聞いてると、お兄ちゃんは結構モテモテだな~って。」
「……え、いや待って、そんな話聞いてないんだけど?」
「だって今話したんだもん。お兄ちゃん、今度私の友達に会ってみてよ。」
「……気が向いたら、な。」
兄妹の話を聞いていて、可奈美の兄がなぜだか困惑しているように見えたのは、彼も気のせいだろうと思って流すことにした。案外、可奈美の親族になりたい人間はちらほら思い当たる節があるので、言わない方が面白い展開になりそうだという打算も込めてではあるが。
先述の話は一度忘れるとして、取り敢えず、可奈美の兄の意見も一理ある。そこで、彼は可奈美から聞いていた、兄の情報をもとにあることを提案した。
「あー、可奈美のお兄さん。俺から一つ、お兄さんの懸念に対して提案があるのですが、よろしいですか?」
「あっ、はい。一体どんな?」
「単純なことですよ。――立ち合い、しませんか?」
賽は、投げられた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
難産な回になりましたが、可奈美の兄の名前の部分は、将来的に判明した時に備えて記号で代用しております。
(既に公開されていれば、それに準じて変更する予定です。)
恐らく次話が、今年できる最後の投稿になるかと思われます。
混迷極まる本年となりましたが、来年こそは良いことの多い年であることを祈りたいものです。
それでは、また。