刀使の幕間   作:くろしお

161 / 233
どうも、くろしおです。
いよいよ今年も残すところあと三ヶ月という事実に驚きつつも、粛々と執筆を続けて参ります。

今回は前回に引き続き、番外編の閑話編『特殊装備開発』、その後編をお届け致します。
今話は前編で出てきた装備群の説明回にもなっております。

それでは、どうぞ。


特殊装備開発 後編

 ー折神家・特別祭祀機動隊本部 局長室ー

 

 大型トラックが鎌府の研究所まで誘導された後、彼や里奈のほか恭一と綾奈、呼び出された誠司や姫乃は局長室に向かった。

 室内では、彼から連絡を受けた朱音と紗南が既に待機していた。

 

 入室前に、ホワイトボードとプロジェクター、パソコンの準備を整える。

 局長室内では朱音が執務机の椅子に座り、その脇に紗南が立つ。局長室の長椅子には廊下側から、朱音の左側に恭一、彼、里奈が、右側に綾奈、誠司、姫乃の順に腰掛ける。

 

 紗南以外が一回座ったあと、彼と恭一、綾奈は準備していたホワイトボードの隣に立つ。

「先に朱音様と真庭本部長、他の同僚にも紹介しておきます。この白衣の男子が春日井(かすがい)恭一(きょういち)、本部や鎌府などで荒魂や刀使の研究をやっていた人間です。舞草の人間ではありませんが、個人的に信頼が置ける人間ですので、今回の装備開発を一任しました。」

「◯◯(彼の苗字)さんからご紹介いただいた、春日井です。今回の対刀使用制圧装備の依頼を受け入れた者です。」

「そして、その隣の長船女学園の生徒は宮古(みやこ)綾奈(あやな)。春日井のパートナーでもありますが、素材研究等を行っていたその道の専門家です。」

「宮古です。お久しぶりです、真庭学長。いえ、今は本部長でしたね。失礼いたしました。」

 その後、彼の同僚たちも恭一や綾奈に対してそれぞれ自己紹介をしていく。

「…それで、お前がわざわざ依頼したものの責任者がここに居るということは、出来た、ということなのか?」

 一通りの挨拶が終わった後に、紗南の疑問が彼に向けられる。

「はい…。最も、装備の詳細な説明は春日井がするとは思いますが。」

「◯◯さん、顔色がよろしくありませんが、大丈夫ですか?」

「朱音様、大丈夫です。…これを依頼した時点で、全ての責任を負う覚悟でいますから。」

 とはいえ、その表情は固いものであった。

 

 そんなやり取りの後、状況が掴めない誠司が口を挟む。

「んで、◯◯。お前が依頼した対刀使用制圧装備って、以前紫様が開発していた、あのボウガンのことじゃないのか?」

「いや。…そんなレベルじゃない。下手をすれば死人が出る可能性が高いものも含まれている。春日井、宮古さん。後の説明は任せる。」

「◯◯さんから説明を預からせていただきましたとおり、早速ですが開発完了した装備群の詳細を話させていただきます。」

 彼からバトンを託された恭一と綾奈から、局長室内に居る面々に今回の装備群の説明がなされる。

 

 

 

 

 プロジェクターから、今回彼が依頼した物が映し出される。

「今回◯◯さんから依頼されたもののうち、製造の目処が立ったものを鎌倉にお持ちしました。最も、トラックに積めるものだけですが。」

「…三種類?多くないかしら?」

「それだけ、アイツが依頼したものは多かった、ってことだろ。」

 里奈の言葉に誠司はそう呟いたが、彼は黙ったままである。恭一の説明は続く。

 

「まず、ボウガンからの発展改良型として開発した弓矢型についてですが、これに関しては普通の弓と同じように扱うことができます。正直に申し上げますと、同年代の少年少女が引いても最大50mほどまでは飛ばすことができます。この装備自体は、奇襲において有効性を発揮するだとは思いますが。」

「…まあ、これは弓道が趣味な人間とかには、代わりに持たすにはちょうどいいんじゃないのか?…というか、これの開発依頼って○○がやったんだよな?お前、確か弓道もやってなかったか?」

「…はて、何の事やら。」

 しらを切る彼。説明は続く。

「これはボウガン同様、刀使の神力を吸収して、最終的には刀使の戦闘継続を困難にする代物です。」

「なるほど~。…でもこれって、制圧装備としては弱い気もしますが…。」

 そう言った姫乃だが、無論そんなことは彼も分かって依頼している。紹介していく制圧装備のサイズ等も徐々に大きくなっていく。

 

「次に、可搬が容易な、多連装ワイヤーユニットですね。先端の形状を御刀型にするのか、槍型にするのかは比較検討中ですが、遠距離からの刀使の制圧ができます。発射時は多連装ロケットランチャー同様の速度で撃ち出されますので、迅移の第二段階に移られない限りは初見での回避は困難です。ただし、無誘導ですので面制圧方式になります。仮に刀使に命中しても、深く刺さり過ぎないように返しを備える方針です。あくまでも、刀使達の殲滅ではなく、無力化が○○さんからの絶対条件でしたので。…協力していただいた刀使の皆さんには、だいぶ苦労をおかけしましたが。」

「このユニットは、トラックさえ確保できれば、日本中の片側一車線道路ならばどこに仕掛けても使うことができます。機動性という点からでは、非常に優れたものです。更に、この発射台は回転しますので、360度全方向に向かって撃つことができます。…ただし、刀使の負傷を避けるため、発射後8秒以内に高速電動ウインチで巻き取るようにしていますので、刀使制圧の決定打にはなり得ないことは留意してください。」

 先に恭一が概要を、綾奈がこの装備の特徴を説明する。

 次に手を上げたのは、朱音であった。

「春日井さん。この装備によって、刀使が負傷、あるいは死亡するリスクはありますか?」

「朱音様、その辺りについてもかなり詰めた実証実験を行っています。発射速度、最大投射距離、こちらはいずれも簡単に変更できるようにしています。…ただ、この装備の弱点としては、射線上の半径10m圏内に、人の姿と人間の体温に近い赤外線熱量を感知した場合、フェイルセーフの観点から発射できないようになっていますので、誤射や発射台と近すぎることによる刀使達への過大なダメージが及ばないように、設計は施しています。」

 いかに怪我を負わさないようにしつつも抑えるか、という難しい問題をどうにかクリアしようと模索する恭一達。この説明を聞いて、朱音も納得した。

 

 

 

 

「最後ですが、…○○さん。これも皆さんに説明してもよろしいのですね。」

 途中言い淀んだ恭一だが、彼はその様子の恭一に対して首を縦に振った。

「…今から説明するものは、先ほどの二つとははっきり言ってモノがだいぶ異なります。先日、実射試験が成功したものですし、使用状況として想定されうるケースはすべて計算して設計しました。…○○さんは、『出来ることなら、これだけは使いたくない』と仰っていた種類のものになります。」

「それって、一体何なのよ?」

「…通常兵器では地雷と並んで悪魔の兵器とも呼ばれている、クラスター弾方式の装備です。」

 里奈が何気なく呟いたものに対し、深刻な表情でそれに応えた恭一。

「…○○さん、まさかそんなものを刀使達に使用するつもりですか!?」

「水沢さん、落ち着いてください。確かに、私は今クラスター弾方式と言いましたが、発射母機のミサイルにも、ばら撒かれる種類のものにも、爆弾なんて積まれていませんから。」

「…じゃあ、なんでそんな浮かない顔なんだ?」

 誠司が、説明役の二人の固い表情を見逃すことはなかった。

 

 語る口は重かったものの、再度朱音らに向き直る恭一。

「…これは文字通り、中の物が無差別に降り注ぎます。今回、短期開発や費用の観点から海上自衛隊の装備である、90式艦対艦誘導弾(SSM)を此方の要求能力を満たすような形に部分流用しています。このミサイルに積まれるのは、数十本の写シ剥ぎカーボンを取り付けた、大量のカーボンと鉄の混合棒です。クーデターなどで集まった状態の刀使達を制圧できるように、上空で音速の矢が炸裂するという、広域かつ無作為の攻撃装備になります。」

「……ちょっと待て。じゃあ、ミサイルが刀使達の上空で炸裂したあとは、その速度のままカーボンの矢が頭上に降りかかるってことか?敵味方の区別なくか?」

「…撃ち出されるのは棒ですので、制圧側・被制圧側の区別は流石につきません。その時には、制圧対象以外の人々は退避してもらうしかないでしょうね。」

「安全性の担保はどうなんだ?」

「便宜上、この棒の纏まりをクラスターバーユニットと我々は呼んでいますが、それらを打ち出す際には、ある程度運動エネルギーを殺した状態で撃ち出します。発射母機のミサイルに、逆噴射装置を積ませていますので、炸裂する数秒前にホップアップ軌道を描いたあと、減速が掛かります。なので、音速に近い速度で地面目掛けて突き刺さるということは、まずありません。」

「…もう、これも製造はされたのですか?」

 姫乃の質問に、綾奈が答える。

「実射試験で使われたものも併せて、五発のみ製造されました。…ですが、これ以上の製造は○○さんの意向もあって止めています。これを使う時というのは、本当にどうしようもできなくなった時でしょうね。…そうなった時の刀使達の生命の保証は、正直私たちも担保はできません。――写シを確実に剥がすことは可能ですが。」

「………本当に刀使達への『抑止力』、なんだな。」

 そうした点でこの装備は、刀使達へのカウンター・ウェポンになり得るとも言える。

 さらに言えば、これらを海上自衛隊の護衛艦へ搭載してしまえば、刀使達は圧倒的アウトレンジから捕捉不可能な攻撃に晒されるのである。

 

 今更ながら誠司は、彼が行った依頼の代物が、本当の意味で刀使達の命を奪いかねないという、非常に重い意味を持つことに気付かされた。

 

 

 

 

 

 

 説明が終わると、特に刀使である里奈は、身体中から力の抜ける感覚がした。

「…◯◯。なんで、こんなものを今の今まで黙っていたのよ。」

「恨んでくれて構わない。…むしろ中島、俺を恨んでくれ。」

 里奈からの言葉に、俯きながらもそう答える彼。

「◯◯さん、私達にも伝えずに依頼したのは…。」

 姫乃が、彼が相談なく依頼した理由を聞こうとする。

 最も、彼女も予想はしていたが。

 

「こんなことを言うと絶対に止めるだろ、お前らは。優しいからな。……だが、どのタイミングであっても、いつか誰かがこの業を背負う必要がある。刀使の誰かが死ぬくらいなら、その前に策が講じられることが分かっているならば、俺は幾らでもその業を背負う。」

 室内に居る人間へ向けたその目は、誰が何と言おうと揺るがないものであった。特に朱音や誠司は、里から脱出しようとしたあの時のやり取りを、つい思い出していた。

 それを見た誠司は、彼になお言葉を掛ける。

「…そこまでして、お前は。」

「俺は刀使を、彼女達の未来も守りたいから。もちろん、近衛隊に向かった綾小路の刀使達も。…こんなものを依頼してなお大言壮語を吐いている、そう思われるかもしれないがな。」

 

 会話に割って入りづらかった紗南も、ようやく彼に訊く。

「◯◯。この件は。」

「これらの使用時は、必ず朱音様にその許可を仰ぎます。…ただし使用時の責任者は、全て俺の名前でお願いします。朱音様への批判は、俺に向けさせてください。この責任は案を出した俺が負います。」

「現状、貴方の命が狙われているこの状況でも、ですか。」

 その使用可否の判断を委ねられる朱音が、彼に訊ねる。

「今はいいかもしれませんが、平時での濫用を防ぐためです。全てに片が付いた時、また改めてこれは議論させてください。…これは、俺が生きていようが死んでいようが、必ずお願いします。」

「…分かりました。」

 

 彼自身、これらの装備を依頼した時点で、以前の旧紫派体制のような事態も想定していたため、それを防ぐための実効的な対策も考えてはいた。だが、今の伍箇伝の現状では、特にクラスターバーユニット搭載ミサイルの情報を漏らすわけにもいかず、この装備の情報に関しては特定機密に指定されることになった。

 こうして、この場の説明は終わった。

 

 

 

 

 その後、トラックを受け入れた鎌府の研究所に御礼をしに向かうべく、一足先に去った彼以外の人間は局長室に残っていた。

 

 彼の姿がなくなったあと、里奈は激しく怒っていた。

「アイツ、一体何を考えているのよ!私らにあれだけ『刀使やそれを支える人間を守る』って言っておいて、何で私達刀使の制圧装備なんかの開発依頼を出したのよ!」

「お、落ち着いてください!里奈さん。」

 荒れ狂う里奈を宥めようとする姫乃だが、怒り心頭の彼女は止まらない。

「あんな装備なんか向けられたら、こっちはたまったもんじゃないわよ!それに!刀使が一般人相手に暴れ回ることなんか、ありえないでしょ!今までのあの言葉は、嘘だったの!?」

「……そうとも言い切れないぞ。」

 長い沈黙の後、静かに里奈の言葉を拾う誠司。

「なんでよ!」

「現に舞草の刀使達には、対刀使用のボウガンが既に使われた後だ。…まして、今の近衛隊の状況じゃ、お前のありえないと言っていることすら、現実になり兼ねないだろうよ。」

 

 そう。現状、近衛隊はまだ一般人相手には手を出していないだけで、もしタギツヒメが一言命令を飛ばせば、その御刀の向く先は無抵抗な市民にもなり兼ねない。加えて、投与されたノロによる強い洗脳状態の近衛隊の刀使達への生殺与奪の権利も、タギツヒメが握っているに等しいのである。今の彼女達には、正常な思考が奪われている状況なので、事態はより一層深刻である。

 

「…でも。」

「中島さん、でしたか。」

 怒りの矛先に困っていた里奈へ、恭一が声を掛ける。

「……◯◯さんは、何も刀使を傷つけたくてあんな依頼を出した訳ではないのです。」

「…どういう、…ことなの。」

「最初、中島さんと同じく僕もあの人の信条を知っていましたから、この依頼に対して正気を疑ったんです。気でも狂ったのかと思いましたよ。……ですが、あの人は僕にこう言ったんです。」

「一体、何て言ったのよ。」

 少し深呼吸をすると、その内容を口にする。

 

「『俺は、二度と舞草の刀使のような、あんな目に遭う人間を出したくはない。それを防ぐ手段が、俺の信条に矛盾しているっていうのも。それも理解している。……だが、だからこそ、もし彼女達が暴走した時に、止められる手段は増やすべきだと思っている。刀使が刀使を止めるのが不可能な時でも、一般人であっても使える、一つの抑止力として効果を発揮できるようなものを』、と。そして、『抑えられなくなった彼女達の命を、自衛隊や米軍に奪われるくらいなら、この装備の使用によって、俺が刀使達全ての恨みを引き受けることで、その命を守りたい。それで彼女達の未来を繋げられるなら、それで構わない。』とも言っておられました。…どこまでもあの人は、刀使のことをずっと考えてらっしゃってますよ。……装備の依頼時の図式から伝わってきましたが、いかに刀使を傷つけないようにするか、きっと悩まれていたのだと、僕はそう思っています。」

 

 少し恭一が補足の文言を入れてはいるものの、彼が理由もなく、刀使達を傷つけるようなものを依頼する訳がないとは思っていたが、その理由が改めて刀使達想いであることを知った同僚達。

 

 

 それを聞いた里奈は、先ほどまでの怒りの感情を哀しみの感情へ切り替える。

「…なんで、アイツは本当に…。……バッカじゃないのっ、……グスッ。…うあぁぁぁん!!」

 表現としてはあまりに不器用すぎる。それでも彼の刀使達に対する気持ちに気が付いた里奈は、彼への先ほどの酷い罵倒を謝りたくなった。

 両手で顔を抑える里奈に、姫乃は寄り添い、彼女の肩を抑える。そして、静かに抱き寄せた。

「里奈さん…。」

 同じ舞草の構成員である誠司は、それに物言わず、ただ立ち尽くした。

 

 

 その周りから外れた位置にいる、朱音と紗南。

「◯◯さんは、全て分かったうえで彼女達を説明に呼んだのでしょう。…なぜ、彼は自分一人だけで背負われようとするのでしょうか。」

「朱音様、それは私らが言ったところで、あの男の考えは変わりはしないでしょうよ。…できるだけ、これを使わせないようにするしか、方法は無いと思います。あの子は、決して舞草のために動いているわけじゃなく、『刀使』のために動こうとしているのでしょう。」

「責任は大人が背負うべきなのでしょうに、なぜ彼は…。」

「…アイツは、どこか江麻先輩に似ているところがあるのかもしれません。…離れていても、あの人の生徒ですよ。」

 この二人もまた、彼の決意を無碍には出来ないと思った。

 

 

 

 

 これからしばらくの間、鎌府女学院の学生寮に一時滞在を許された、恭一と綾奈。

「恭一さん。◯◯さんの同僚の方々への説明は、あれで良かったのですか?」

「…あの人と一緒に仕事をしてきた人達ですから、恐らく分かったのではないかとは思います。…ただ、あの刀使の方が怒った理由も、僕には解ります。」

「…大丈夫ですよ。恭一さん。万が一の時は私も責任を負いますから。」

「綾奈…。」

 改めて、自身のパートナーが彼女で良かったと思えた彼。

「そういえば恭一さん。この部屋のベッド、一つしか無いみたいですけれど…。」

「…あっ、真庭本部長。あの人が裁可した書類上じゃ、一部屋になってます。」

「…どうしますか?」

「…綾奈は、どうしたいですか?」

「うーん、長船だと別々の場所で寝ていますから、こういうのもたまにはいいかな、って。」

「僕もですよ。…なんだか、同棲している感じですかね。」

「同棲、ですか。…あの、恭一さん。もし良かったら今晩…」

 

 

 ピーンポーン

 

 

 綾奈が恭一に勇気を出して、夜床の誘いを行おうとするも、ドアチャイムでその言葉は遮られる。

「…誰でしょうか?ちょっと見に行ってきますね。」

「あっ、はい。」

(また、ダメでした…。ガックリ。)

 そんな肩を落とす彼女の様子を見ることなく、入口のドアスコープを覗きに行った恭一。

「…!◯◯さんですね。」

 すぐにシリンダー錠を開ける。

 

 ドア前に立っていた彼は、恭一の姿を見ると深々と頭を下げて手を合わせてきた。

「すまん、春日井!今晩だけ、お前の力を借りたい!今から時間はあるか?」

「…はっ、はい。」

「あの装備の点検方法が分からないから、一般の特祭隊員に教えてやってくれないか?」

「あっ、分かりました。」

 一旦部屋に戻ると、手短に出る準備を済ませる恭一。

「どうかなさったのですか?」

「◯◯さんからの急な仕事依頼です。あっ、綾奈はもう先に寝ていてください。遅くなりそうですから。」

「……分かりました。」

 少しむくれる彼女。

「綾奈?」

「…気をつけて行ってらしてください。」

 そう言うと、彼女は彼に軽い口づけを交わす。

「このおまじないなら、無事に帰ってこれそうです。」

「では、お休みなさい。恭一さん。」

「お休みなさい。綾奈。」

 そうして、恭一は部屋を後にするのであった。

 

 

 地味に今晩の二人のフラグをへし折った彼だが、共に歩いている際に、少し上機嫌な恭一を見て何かあったことは察した。

「春日井、本当に大丈夫だったのか?」

「ええ。…帰った時に、愛しい誰かが居るのって、案外幸せなものですよ。」

「そうか?…何というか、理系らしからぬ返しだな。」

「なら、◯◯さんは計算しながら恋愛してみますか?」

「いや、俺は独り身で充分だ。…今からのことを考えると、尚更な。」

「…本当に、不器用な方ですね。」

「強情な奴だと思うか?」

「頑固者の間違いでは?」

 上手く言い返してくるため、一度会話を切って、今日のことに触れた彼。

「……春日井、俺はこの依頼を出したことに後悔はしていない。…むしろ、他の人がこんなことを背負う前で良かったと思っている。…ありがとうよ。」

「…無理は、なさらないでくださいね。」

 そんなことを思いつつ、二人は鎌府の研究所へと足を速めていった。

 

 

 

 

 恭一はいつの日か、今にも潰れかねないような彼を支えられる、良きパートナーが現れることを願うのであった。同時に、それだけの彼の精神(こころ)の強靭さが、限界を迎えないようにするにはどうしたらよいのか、悩ましい課題を突き付けられた。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

私事ではございますが、予約していたねねやイチゴ大福ネコのぬいぐるみが無事届きました。
とじらじのDVDアーカイブスも届き、ゆっくり内容を聴いていきたいと思っています。

あと数話ほど番外編が続きます。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。