刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

間が空きましたが、今回は閑話編をお届けいたします。
今話は、相模湖擾乱編にて登場したキャラが主に登場する回となります。
当該編を読まれていなくとも大丈夫なようには執筆しておりますが、先にそれらの編を読まれていますと、より今回の内容は入ってきやすいものになるかと考えております。

それでは、どうぞ。


道照らす見舞い

 可奈美と姫和がタギツヒメを隠世に送り込んでから、現世に戻ってくるまでの行方不明になっていた期間、所謂『隠世の神隠し』と呼ばれた出来事からしばらく経過した頃のこと。

 

 極々一部の伍箇伝の生徒や管理局職員、更には現状の世間情勢に反感を抱いていた女性のみで構成された、女性優位主義団体『男性排斥運動(ブルー・パージ)』が特別刀剣類管理局を標的に、突如武装蜂起した。

 彼女らは、鎌倉にあった刀剣類管理局本部施設等を襲撃・制圧した、大規模な武力クーデター未遂事件である『鎌倉事変』や、首都圏の複数ダムや貯水池などへの一連の無差別破壊テロを引き起こした。これら一連の出来事は首謀者が逮捕された場所などから、現在ではまとめて『相模湖擾乱』と呼ばれている。

 

 これらの卑劣な行動により、特別刀剣類管理局は多数の人的被害や施設への少なくないダメージを負わされる結果となった。また、多摩湖や相模湖などのインフラ周辺にも多大な人的・物的被害をもたらしただけでなく、多数の荒魂を用いた建造物破壊や撹乱作戦を展開し、前線の特祭隊部隊や刀使達を大いに苦しめることとなった。

 あまりにも連鎖的で突発的な事態が襲い掛かり続けたのだが、最終的に首謀者が逮捕されただけでなく、偽装貨物船による東京湾内の多数の港湾施設・産業設備への大規模な攻撃計画を阻止することにも成功した。

 多くの『男性排斥運動(ブルー・パージ)』関係者は、事件終結までに死亡あるいは拘束を受けており、現在においてもなお取り調べが続けられている。

 

 その中で、この集団の首魁に最も近く、参謀長として多くの作戦を提案・実行を試みた一人の少女が、鎌倉の刀剣類管理局本部の敷地内でその身を拘束・収容されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー刀剣類管理局本部 医療施設ー

 

 あの惨劇から一月以上経ったこの日。梅雨空の景色が広がるなか、病室から窓の外をじっと眺める者がいた。

 高鍋(たかなべ)美恵(みえ)

 先述した『男性排斥運動(ブルー・パージ)』の参謀長にして、首謀者のパートナーでもあった少女だ。事実上あの組織のナンバー2を務めていたわけだが、今ではあの頃の狂気に塗れていた表情とは打って変わり、憑き物が取れたように随分と落ち着き払った様子だった。

 

「今日も、雨かぁ……。」

 

 長い雨は、段々と鬱々とした気持ちにさせる。

 あの時実行した一部の作戦は自身が立案したものの、結果的にあれほどの大惨事を引き起こしたがために、今となっては後悔してもしきれないほどの後ろめたい気持ちが彼女の心の中で増幅されていく。

 そんな感情に苛まれながら窓外を見ている最中、病室の戸をノックする音が響く。

 

「……どうぞ。」

「失礼しま-す。高鍋さん、お元気になさってましたか?」

 

 入室してきたのは、かつて自身の仕えた首領の友人であった、千里*1であった。

 

「最近のこの雨のせいか、気分的には沈んだままですけどね。」

「そうですか。あ、これ鎌倉駅前のお店で買ったものです。良ければどうぞ。」

「……なら、折角用意して下さった手前、断るわけにはいきませんね。」

 

 美恵は手渡された紙袋から、洋菓子の入った箱を取り出す。

 中身を覗くと、ケーキが四つとシュークリームが二つ入っている。それぞれ、かなり綺麗な形で並べられていた。

 

「一人二個ずつの予定で買ったつもりなんですが、どうですか?」

「えっと、それだと三人居ないと数が合わないはずなんですが。ここには私と四条さんしかいませんよね?」

「もうお一方はそのうち来られますから大丈夫ですよ。さ、食べながら少し話でもしましょうよ。」

 

 千里は美恵に促しながら、ティーブレイクタイムに移る。 

 

 

 

 

 以前は、互いに銃口を向けた敵対関係であったのにも関わらず、千里はなぜ美恵のもとを訪れていたのか。その理由は主に二つあった。

 一つは、美恵が瀕死の重傷を負った際に、現場の刀剣類管理局職員側の判断で彼女の体内へノロアンプルを投与した事に対する、その後の経過観察のためである。

 もう一つは、千里個人が美恵のことを気に掛けていたためである。つい先日まで美恵が想っていた人間は、千里からするとかつて親友であった人間でもあり、千里の知らない彼女の一面を知ろうと考えていたからだ。

 なぜ、彼女や美恵達があれほどの凶行に走ったのか、それら背景を含めて理解するためにも。

 千里と同時期に彼の部署へ配属となった面々からは、彼女の身を案じる声や、話し合いを通じて思想的に感化されないのだろうかという、精神面の不安を寄せられることがあった。

 最も、部署の責任者である彼は、千里のことを信じて彼女がやりたいように任せていたが。

 

 

 

 

 何度目かにもなる二人きりの談笑の時。

 千里のことは、最初出会った時こそ警戒していたものの、会話を重ねるにつれて、美恵自身の置かれていた境遇が霞みそうになるほどの数々の修羅場を潜り抜けてきたことを知った。美恵は、彼女もまた別ベクトルで自身と同じような身であったのだと、そう気付かされた。

 それと同時に、彼女が道を踏み外さなかったことと対照的に、自らが犯した罪の重さをより一層突きつけられたように感じていた。

 

「高鍋さんって、以前は美濃関に居たこともあったんですよね。過去の経歴を色々漁っていたら、在籍していた記録が残っていましたから。」

「かつては、ですけどね。その当時から、色々ありまして。……道を間違え続けて、人の道から大きく外れるような真似を散々繰り返してきた私が、今更どこかの学校に属していたなどの話を漏らしたところで、今もその学校に通い続けている人たちからすれば迷惑でしかありませんよ。何より、世間から好奇な目を向けられて彼ら彼女らが生活するのは、四条さんも嫌ではありませんか?」

「それもそう、なんですけど……。」

「まあ、今更ながら美濃関の頃は比較的穏当な日々だったと思いますよ。そこを抜け出してきたのは、結局自分自身の意思なわけですし。……こんなことで後悔するくらいなら、辞めなきゃ良かったのかなぁ……。」

「……でも、今の高鍋さんは、自分で道を誤って、罪を償いたいって気持ちを自覚しているじゃないですか。人間は間違える生き物です。勿論、高鍋さんが犯してきた罪が消えることは一生ありません。ですけど、その過ちを認めて更正したいって思っているなら、まだ一人の人間としてやり直すには間に合います。」

「四条さん。でも、それは……」

 

 美恵には分かっていた。

 無関係の人々を自分達の理想のために犠牲に追い込んだだけでなく、この国を機能不全一歩手前にするほどの破壊活動を引き起こした当事者であるからこそ、極刑は免れないと。

 その上で更正など、あまりに加害者側に利したものであり、頭がお花畑な人間が描いた絵空事ではないかとも。

 それでも千里は続ける。

 

「たとえ、裁判で死刑判決を受けたとしても、その執行される時までは生き続けなければいけません。――それに、身勝手に死ぬことなど、尚更赦されるはずがありません。ご遺族の方々は、死に逃げなど望みませんから。だったら、生きてその日まで悔いて、無駄でもいいから自分の所業と向き合って、これ以上の悪行には絶対に手を出さない。そう誓って、違えることなく行動することで示し続けるしかないんですよ。それが、生かされた高鍋さんがやるべきことだと、私は考えてます。」

「……そんな資格、私には無いよ……………。」

 

 美恵の長い沈黙が、今まで積み重ねてきた悪逆非道の事柄を羅列していくように、静かに部屋の空気を冷やしていく。

 そこへ、再びドアをノックする音が届く。

 

「?――誰だろう?」

「開けていいよ。不審者だったらすぐに戸を閉めてもらえればいいから。」

「うん。はーい!」

 

 扉から現れたのは、千里や美恵と同じくらいの青年だった。無論、開けた千里にはそれが誰なのかはすぐに分かったが。

 

「あれっ、○○(彼の苗字)さん!?今日のお仕事って結構な量ありませんでしたか?」

「なに、戻ってきた糸崎に全部ぶん投げてきた。四条がここに寄ったあとで、向こうにケーキ類を届けに戻ってくるって、こっちに送ったメッセージへも書いていただろ?俺もちょうどそこの彼女に話があるから、四条にはついでに立会人としていてもらおうと思ってな。」

「立会人、ですか?」

「ああ。」

「あの、貴方は……。」

「ああ、すまない。四条、椅子ってまだあるか?あ、無ければ立ったまま彼女と話すが。」

「そこにありますから、すぐ持ってきますね。」

 

 そう言って、千里は部屋の隅に立て掛けられた折り畳み式の椅子を、美恵のベッド脇に置く。

 彼は礼を言うと、その椅子に腰掛けて美恵の方に目線を合わせた。

 

 

 

 

 過去に患った精神疾患や人間関係での出来事により、男性嫌悪の感情が著しかった美恵だが、それもこの医療施設に収容された現在では、症状も含めてだいぶ落ち着いていた。

 その影響なのか、千里のような同性がいる場であれば、こうして彼と向かい合いながら話すことができるようになっていた。

 

「初めまして、と言えばいいのかな。高鍋美恵さん。俺はそこの四条の一応の上司にあたる、○○××だ。」

「○○××……。まさか、貴方があの人が警戒していた管理局の方ですか?面と向かっては確かに初めてではありますが。」

「ま、まあそういうことにもなるな。その節(・・・)は、かなりお世話になったもんだが。」

「あっ、あはは……。ご、ご無事で何よりでした。」

 

 表情こそ笑顔なのだが、念押しの言葉を例にしても、明らかに目の笑っていない彼の顔を見た美恵は、引きつりながら乾いた笑いで応対した。

 彼女は彼と千里を拉致監禁した件に関して、自身は全く噛んでいなかったこともあり、組織の一員として恨まれても仕方ない気持ちと、預かり知らぬところで仕組まれたことに対しての責任の片棒を、この身に負わされることへの不条理さが混ざり合う心境となった。

 なお隣にいる千里は、滲み出る彼の威圧感に少し引き気味であったが。その彼女は、若干の恐怖心を振り払って、忘れかけていたことを彼に伝える。

 

「あ、◯◯さん。よろしければ、ケーキとかを食べながら話を進めていただいて構いませんよ。どのみちそれは、○○さんにお渡しするつもりのものでしたから。」

「ん、それは助かる。折角だし、頂きながら話をしようか。」

 

 紙皿に移されたケーキとシュークリームを携えて、彼は美恵に向けて口を開いた。

 

「まず、高鍋さん。改めて君には、俺の方から謝っておかなければならないことがある。」

「はあ。貴方がたを攻撃した私に対して、一体何をですか?」

「……ノロの投与についてだ。」

「ああ、それならもう、特務警備隊?の此花さんからお話しは伺っていますが。それが何か?」

「いや、そもそも君にノロの投与を行うように要請を出したのは、他でもない俺なんだ。あの日あの時にそれを頼んだのは。」

「……えっ?」

 

 美恵の時が、一瞬静止する。

 慌てたのは隣にいた千里だった。驚愕した様子で彼を見つめる。

 

「ええっ!?○○さん、それ言っちゃってもいいんですか!?あれって、あらゆる手段を講じて高鍋さんを救ってほしいって頼んだ結果が、ノロアンプル投与だったはずですけど?」

「どのみち、高鍋さんには真実を知る権利ぐらいある。もう君は、ただの人間として死ぬことはできないのだから。」

「……ノロの投与による、副作用の話ですね。」

「ああ。普通に考えれば、君の犯した罪の数から言って極刑は免れ得ないだろう。ただそれは、ごく普通の人間であればの話だ。君のところのリーダーや、投降せず最後まで抗った者達は、有力な弁護士が付いたとしても間違いなく死刑判決を受けることになる。だが。」

 

 と、ここで一度彼は言葉を区切った。

 

「高鍋さん。貴女は、そこの四条が撃たれそうになった時、身を挺して複数の銃弾を浴びましたよね。映像でも、それははっきり残されてます。もっと言えば、貴女は四条を庇う理由は無かった。その結果として、瀕死の重傷を負ったわけですし、恐らくノロを打たなければ相模湖で貴女の命の火は潰えていたでしょう。」

「……たまたま、結果論としてそうなっただけですよ。じょ…、あの人が丸腰の人間に向かって発砲しようとしたのを止めようとしただけで、結局弾を受けたのはただの自業自得なんですから。」

(……もっと言えば、私はあの場で死んでいた方が良かったのかもしれない。あの間際に、四条さんを守ることができたって事実を持ったまま、地獄にでも誘われていた方が、この世の人達にはきっと良かったんじゃないかって。そう思ったことはある。……それでも、私はこの世に生かされた。)

 

 自分達の身勝手な行動が数多の人々を傷つけ、生活を壊した。それでも、間違え続けた人生でも、最期は誰かの命を護りたかった、護ろうと身が動いてしまっていた。それを理解して動いたものなのかまでは、今でも本人ですら分からないことだろう。

 

 凶弾に倒れる瞬間を目撃していた彼からすれば、高鍋美恵という少女の本質は、ただの犯罪者と断じて括ってしまうには、あまりに乱雑なものだろうと考えていた。前歴はともかく、あの時は自身のパートナーを裏切ってまでも、最期は他人の差し伸べる良心を信じようとしていたのではないか、と。そんな風に分析していた。

 

「ただ、その自業自得の結果として、四条は怪我を負わず、結果的に主犯を生きて確保することができました。それは他でもなく、貴女の行動のおかげなんですよ。高鍋さん。」

「……それでも、沢山の人達の命や家族を奪った罪は、私が償うべきものです。生かされたからといって、その問題から逃げていいはずがありません。」

「……どうやら、貴女自身には贖罪の意思があるようですね。最後まで抵抗していた人間の中では、まだ話が通じるほうです。」

「――組織の、他の人間はどうなんですか。」

 

 美恵のもとには、長らくの入院で外部の情報があまり入ってこない(というか管理局側で意図的に遮断していた)こともあり、他の『男性排斥運動(ブルー・パージ)』構成員、特に彼女のパートナーだった者などのその後の動向は全く分からなかったのだ。

 彼と千里が、一瞬俯きがちに美恵から目線を外した後、彼がこう切り出した。

 

「……はっきり言って、地獄です。暴れ出すだけならまだいい方で、とても口頭では話す気になれないほどに、罪の押し付け合いや破壊活動への正当性、ひいてはこの国の在り方そのものを否定する者まで居るほどです。それほどにまで、彼女達は精神的にも追い詰められていたのかもしれませんが。貴女のリーダーもまた、この国の変革を果たせなかったことを悔やんでいる様子ではありましたけれど。亡くなられた方々に対しての反省の言葉は、まだ聞けていません。」

「……そう、ですか。」

 

 

 

 

 ちなみに、最高幹部の一人であった美恵が生きていることは、一部の人間を除いて内外に公表していない。

 相模湖で負った致命的な重傷やその後のノロ投与を巡る問題も絡まり、外部的な説明としては、懸命な治療の甲斐なく被弾の数日後に死亡したとしている。最も彼女が未成年である以上、書類上死してからの美恵の素性が明かされることもあまり無いのだが。

 懸念点はマスコミの追跡取材、特に週刊誌系のメディアだが、此方には既に対策を打っていた。具体的には美恵の家族や元友人達への過熱取材の誘導と、精巧に作られた美恵似の肉人形を、戦闘により損傷した風な形で家族に引き渡したことだ。そのため、周辺の誰もその違和感に気付くことなく、『高鍋美恵』という人間は既にこの世にはいないことになっているのだ。

 文字通り、彼女は死んだことになっている。

 

 

 

 

 その事実を彼女へ伝えたのは、『男性排斥運動(ブルー・パージ)』構成員の諸々の話が終わって、すぐのことだった。

 当然、美恵は驚いた。虚を突かれたように、ポカンとした様子でそれを聞き入っていた。

 

「…………ってことは、アレですか?私は今、幽霊のように死んだ人間ってことになっているってことですか?」

「ああ。『高鍋美恵』という人間は、既に戸籍上では死亡、抹消扱いになっている。まあ、ノロの投与が無ければ死んでいたって点では、確かに死人も同然ではあるんだがな。まあそこは些末な点だろ。」

「でも、それだと高鍋さんは今後どうなるんですか?書類上とはいえ死んだ人間を裁くことなんて、今の法律ではできませんよね?法的責任も追及できませんし。」

「ああ。言わずもがな、管理局内部でもこの処理の仕方でだいぶ揉めるに揉めたからなあ……。本来なら裁判を受けて死刑判決を受けるのがほぼ確実な人間から、裁判権そのものを奪うことに繋がるわけだし。本当なら、まずアウトな案件だ。」

「その場合、私はどうなるの?無罪放免、ってわけではないでしょう?何より、『高鍋美恵』という被疑者死亡のまま、これから先の裁判は行われ続けるわけですけれど?」

「勿論そうなる。ただ、かなりの無理を押し通すが、死ぬ直前まで裁判等で必要になる調書の内容は、ある程度話していたってことにしておけば、まあどうにかなるだろう。本人の口から語られている以上は、証言が偽物であるということはないわけだし。細工は色々する必要はあるけどな。……高鍋さんの今後のことだが、見かけ上は証人保護プログラムとほぼ一緒の流れにはなる。がこれからは今までの戸籍や経歴は全て存在しない人間に、君は変わっていくことになる。」

 

 繰り返しになるが、結論から言えば『高鍋美恵』という戸籍上の人間はもう死んだ扱いになっているのだ。生ける屍、とでも言い換えればいいのだろうか。

 なればこそ、言い方を変えれば第二の生、ともとれるわけだが。そんな都合よく生かされるわけではない。

 

「……○○さん、それってつまりは高鍋さんに新しい人生を生きろと言いたいんですか?」

「――まあ、雑だが端的に言えばそうなる。が、それでも君は前科持ち、しかも大量殺戮と破壊活動に関与した人間だ。当たり前だが、死ぬのがマシなほどの生き道を強いることになる。」

「……私にその拒否権は、ありませんよね。」

「俺は別に、君の身が今後どうなろうが知ったことじゃない。ただ、あっさり死刑に処すのではなく、生きて償わせることもできるって話だ。……もう一つの選択があるとすれば、米軍と各種共同研究中のノロの実験、あれの実験用生物、口を悪くすれば人体実験、いや戸籍がないからモルモットにも等しいな。そこに放り込んでもいい。ま、十中八九、人として扱われることは二度とないだろうな。」

 

 しれっと恐ろしい事を口走る彼。

 ただ、戸籍がないということは、それほどにまで『人』としての扱いを受けないということである。こうなると、美恵にとっての選択肢は事実上一つに絞られる。

 

「……私、まだ人として生きられるのなら、たとえ地獄のような道でもそっちに進みたいです。私がしでかした罪を思えば、その程度、償いのうちにも入りませんから。」

「――決まりだな。じゃ、彼女の新しい苗字と名前、名付けは四条に任せる。」

「……え、私がですか!?」

「さ、早めに決めろよ。今持ってきている書類関係の諸々、後は名前を決めれば全て終わりだし。あ、あと俺に頼るのはナシだ。最後まで責任を持って考えろよ。別に芸名を決めるノリで考えてもいいし。」

「えええ~っ!?人ひとりの人生が掛かっているのにそんな雑なことは考えられませんよ!!」

 

 そんな千里の絶叫をよそに、美恵は彼の方を見た。

 

(……○○××さん。今更ながら、貴方が私の命を救ってくれたんですね。……『男性』にはまだ信用も心を開くこともできないけれど、『この人』個人になら、私は……。)

「……?どうかしたのか、高鍋さん?」

「い、いえ。何でもありませんよ。」

 

 僅かな時間ではあるが、美恵には彼が今まで会ってきた男達とは少し違う人間に映った。

 良い人間と悪い人間、裏社会に一部首を突っ込んでいた自分だからこそ、彼が良い人間に属すると解るに至った時間は短かった。

 美恵は、そう遠くない将来に男性への拒否反応が薄れるなり消えていくなりした時には、生きる価値の無い自分を生き延びさせてくれたことに対する、払いきれないほどのお礼を彼にはしていこうと思った。

 

 

 

 

 その後、千里が悩み抜いた末に考え出した美恵の新たな名前は、『日向(ひゅうが)更良(さら)』だった。

 苗字には、比較的姓としては多い名前である旧国名と、今後は明るい未来を生きてほしいという願いを込めて、『日向』を当てた。名前は、過去の罪を忘れず一からやり直して生きてほしい、という想いを込めた『更良』になった。

 

 新たな名前を得た彼女はその後、刀剣類管理局の暗部とも影部隊とも言われる部署へと移され、闇と悪意が入り交じる世界と隣り合わせで生きていくこととなった。

 アンダーグラウンドな環境に身を預けていたことのある人間であったが故に、裏社会の情報収集が主任務となっていたが、それでも彼女は逃げ出すことなく、その職務を全うしていくことになる。

 

 以後、自らが犯してきた罪の数々と向き合いながら、刀剣類管理局のもとで贖い続けていった。

 それには、彼や彼の部署の人間をはじめとした多くの職員らが、更良との接触機会を増やしていくことで、再び魔の路へと堕ちていくことを防いでいた。要は、再犯への道を進まぬように断ち切らせていたのだ。

 非常に長きに渡る彼女の更生と再生の日々は、ようやくここから始まった。一瞬で死ぬのが生温いほどの、一生の償いを続けていくために。

 

 

 

 

 

 

 その後、二人は更良に別れの挨拶を告げ、急ぎ職場へ戻った後、荷物類を置きにやってきた。何事かと思った同僚達だったが、公私問わず彼の異端ぶりを知っている者達からすれば、これくらいの行動は誤差の範疇かと考えてしまい、その後の行動に驚く者はあまりいなかった。

 十分ほどで支度を済ませた彼と千里は、一路とある場所を目指した。

 

 

 

 

 

 全ては、千里や彼女の弟の身に降りかかり続けた、悪夢のような不運や不幸を振り払うために。

 そして、今までの平穏な日常を少しでも取り戻すために、彼女は前を向いていた。

 

 彼は、そんな部下を応援するべく、車を北進させた。

 あれほどの惨禍の、本当の意味での後始末はこれから始まるのだから。

 それが、あの『相模湖擾乱』の出来事全般を見通したうえで抱いた、この時の彼の率直な認識であった。

 

 

 

 

 そんな彼らの心情を余所に、梅雨時の雨を撥ね除けながら、二人の乗る車は復興著しく、雑踏が入り乱れる都心へと紛れていった。

*1
四条千里のこと。彼女の人物詳細は、相模湖擾乱編及び『設定集・時系列まとめ』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。
あと一話だけ今話の続きを執筆した後、沙耶香編に戻ります。書き始めると予定より長くなりがちなのは、執筆あるあるなところではありますね。(オイオイ)

とじよみの配信からしばらく経ちますが、とじともがサ終する前よりもグッズ購入に突っ込む額が増えたような気がしている筆者でございます。

短めですがとじよみの感想として、終劇の際にはパソコンの前で思わず拍手をしてしまうほど感動していました。(……突然の行動で家族からは気持ち悪がられましたが。)
間接的に、劇場内からの刀使ノ巫女への熱を再び感じることができた一時でした。
またああしたイベント(に限らずではありますが)を実施してもらえないだろうか、などなど思うことはしばしありますね。

未確認情報だったパチンコ筐体での登場(西陣より)が確定的になったのは驚きではありましたが、楽しまれる際は程々の金額に留めた方がいいのかもしれませんね。
刀使ノ巫女の本放送開始から間もなく四年が経ちますが、多くの人の火は未だ消えずに燃え続けていることを実感いたします。

それでは、また。
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