少しずつ投稿間隔が延びてきているところに焦りを覚えつつ、書けるときに集中投下できればなあ、などと思うことがあります。(執筆に詰まる時もあるのが悩ましいところ…。)
先日、Shift版のとじともが終了し、スマホで扱う度にPC版の使いやすさを恋しく思うところであります。
前書きが長くなりましたが、今回は可奈美編その9 後編となります。
激動の日々であった本年も、今話が最後の分の投稿となります。
それでは、どうぞ。
ー神奈川県某所 衛藤家ー
若干ぎこちないなかで摂られた夕食が終わり、彼は客間のほうに敷かれた布団で横になっていた。予想していたとはいえど、可奈美の兄から面と向かって彼女との現在の関係を歓迎されていなかったことは、彼個人には少し堪えた。
すんなり事が運ぶわけがないことくらい、事前に分かってはいた。
可奈美の兄からすれば、自分より年下の男が更に年下である自分の妹と交際していると聞かされて、訝しく思わないほうがおかしいのである。端的に言ってしまえば、年長者からすれば彼自身はガキも同然である。
(…可奈美のお父様が容認する方向だったのは、ちょっと意外ではあったけどな。流石というか、羽島学長から少し話を伺った人なだけはある。)
美奈都の親友であった江麻も、可奈美の父とは面識があった。美奈都が刀使を引退して以降も、彼女が亡くなるまでその揺るぎない親交は続いていたことが、彼のことを知っていた大きな要因であった。可奈美が美濃関に入学できたのは、もしかしたらこの伝手があったことも影響しているのかもしれないが。
それはそれとして。彼個人の悩みは尽きない。
「…はあー、いや困った。交際に対して消極的賛成だと、後々禍根を残しかねないからあんな提案をしたんだが、全くもって勝てる自信が無いな。」
つい後先考えずに可奈美の兄に提案した条件、それは一対一での立ち合いであった。可奈美から以前聞いていたのは、可奈美の父と兄は疋田新陰流の使い手であること、それも大会上位に進むほどには強いということである。可奈美の流派である柳生新陰流とは少し異なる剣術流派であるが、実力は可奈美並みと考えたほうがいいだろう。
彼も可奈美などから鍛えてもらっていたとはいえ、現在の彼の剣のあり方は、よく言えば臨機応変、悪く言えばあべこべなものである。学ぶ流派を統一していなかったため、浅く広くという感じで鍛錬を積んでいたことが、吉と出るか凶と出るか分からないのだ。
「……御前試合前の刀使の緊張感が、何となく分かったような気がする。」
やるからには負けるつもりもない。が、かと言って明確に勝てるという自信もないのは、まさに試合前に抱くものと同じと言えよう。
そんな時、廊下と部屋を隔てる障子から、彼女の声が入る。
『××さ~ん、入ってもいいですか?』
「ん?可奈美か。ああ、いいぞ。」
「どうですか、布団の寝心地は。」
「悪くないな。最近はベッドも多かったし、たまの畳敷きの布団もいいんもんだ。」
「私も横になりますね。」
そう言って可奈美は、彼の隣にでーんとうつ伏せに寝転ぶ。風呂から上がりたてなのか、濡れた髪からの水気と蒸れる身体からほんのりとした暖気が、彼の肌に伝わってくる。
「このまま、一緒に寝ますか?」
「流石にそれをするには、布団が狭いな。翌朝、可奈美が風邪をひいてしまうのは俺の本意ではないし。」
「抱き合えば、一緒に寝られると思うんだけどなぁ…。」
「…可奈美を離さないように眠り続けるのは、多分無理だな。それをやるのは、また別の機会でいいんじゃないか?…ご家族の目もあることだし。」
「あー、確かに、そうだね…。…お兄ちゃん、てっきり××さんのこと、認めてくれてたのかと思っていたんだけどな。」
「まあ、可奈美のお兄さんの言っていたことは、俺にもよく解る。まして、その相手は一度も会ったことが無い人間ならな。」
「…それにしても、前に私が××さんと付き合い始めたって電話を入れた時は、なんだか嬉しそうにしていたけどね。」
「……地道に納得してもらうしかないな。」
頭を抱えたくはなっても、彼が可奈美を愛しく、物理的に二度と会えないと思うほどに離れていてもなお、好きでい続けたこの気持ちに嘘偽りはない。
ふと、隣にいる可奈美が、明日の立ち合いに関しての話を口に出した。
「…××さん、お兄ちゃんに勝ちたいですか。」
「少なくとも、負けるつもりはない。…ただ同時に、負けたらどうするか、というのもある。自分で啖呵を切って言い出した以上、逃げは許されないからな。」
「…お父さんとお兄ちゃんの流派のこと、参考になるか分かりませんが、私が知っていることを伝えてもいいですか?」
「…頼む。情報があるのと無いのとでは、雲泥の差があるから。」
そこからは、可奈美のマシンガントークに彼が何度か突っ込みを入れながら、疋田新陰流の細かな情報を可奈美の実演を交えて、頭に叩き込んでいく。
彼が可奈美の父から入浴するように言われるまで、その勉強会は続いた。
可奈美と彼が客間で対策を練るなか、リビングでは可奈美の父と兄とで話し合いの場がもたれていた。
「□□(可奈美の兄の名前)、やっぱり納得はしていないのか。可奈美と彼の交際に関して。」
「いいや、納得…というか、頭ではもう可奈美もそういう年頃になったんだ、って理解はしているんだよ。でも、感情的にはどうしてもね。…そこで、さっきの○○君からの立ち合いの話だ。たぶん彼は、俺を倒してでも可奈美にふさわしい人間であることを、その場で証明したいと考えているんだと思う。彼は剣が不慣れなのにも関わらず、敢えて此方の土俵に上がろうとしてきている。それを分かっているのに、その提案を止めずに彼の実力を知りたいと思っている自分自身にも、少しばかり嫌な男だなとは思ったよ。」
「……父さんは、可奈美に好きな人ができたって聞いた時に、美奈都、母さんのことを思い出してな。」
「お母さんのこと?」
「ああ。美奈都自身は、高校時代まで私との関係を腐れ縁と言っていたがね。そんな私だったが、彼女の剣技や剣術の極意を極めようとする姿勢や、誰よりも剣術を愛し、打ち込む姿勢に父さんはずっと見惚れていたんだろうな。母さんと父さんは、事あるごとに時間があれば立ち合うようにしていたんだ。勿論、美奈都には全然敵わなかったけれどね。」
「へー、そんなことが。」
「色々あったが、あの大災厄*1の後に美奈都が刀使を続けられなくなったって聞いた時に、何でもなさそうに振る舞う彼女の姿を見て、一生敵わないなと思ったのと同時に、今度は私が美奈都を守る番だ、って思ったんだよ。それからしばらくして母さんと結婚して、お前と可奈美が産まれたってわけだ。…一緒に過ごせた時間は、長くなかったけれどな。」
後に美奈都の葬儀後、今は亡き篝からあの大災厄で何があったのか、そこで美奈都が篝を助けるために命を削ったことを話され、知ることになる。可奈美の父はそれを聞いてもなお、彼女なら絶対にそうしただろうという、信頼にも近い確信を持った。友人を大事にする彼女なら、間違いなくそうだと。
「……可奈美が刀使になって、美奈都と同じ御刀に認められたって聞いた時は勿論驚いたが、美奈都が使っていたものが娘に渡るってことに、私は運命のようなものを感じたよ。その後、剣術に興味を持った男の子が現れたって可奈美から聞かされた時には、多分その子は昔の私のような感じなんだろうな、って思ったものだよ。」
「父さんは○○君がウチに来るまで、彼と可奈美が交際することに反対しようと思ったことは無かったの?」
「最初は父さんも不安だったさ。何せ、可奈美はまだ幼い。恋愛なんてまだまだ先だろう、ってね。…でも、可奈美は会ったら判るって、電話でも譲らなかったんだよ。結局、可奈美の行方が分からなくなっていた時に、彼からの連絡の方が先に来てしまったけれどね。…表面的には隠していたんだろうけれど、その時の声が微妙に震えていたんだよ。自分の学校の生徒がいなくなった、と口に出して言うにしても、それにしては酷く悲しそうな声音だったからね。…彼は強い人間だと思ったよ。あの時の人間が彼だったと確信したのは、それこそ今日だったけれどもね。」
「父さん…。」
「少なくとも、彼方から戻ってきた可奈美が、彼の状態を一番分かっていたんじゃないかな。彼は東京都心で荒魂が大暴れしている時に、逃げるよう言われてもなお、可奈美や他の刀使の娘たちを救うべく、危険地帯へ真っ先に戻ったらしいから。」
「えっ、そうなの?」
「…江麻ちゃんからは聞かされたんだが、彼は可奈美を助けることができなくて、見つかるまでの間ずっと悔やんでいたそうだ。時には心身を崩すほどにはね。それでも、彼は可奈美が帰ってくることを信じて、諦めずに捜索を続けたそうだよ。…父さんはそれを聞いて、彼なら可奈美を任せたいと思えたんだ。断片的にも分かるほどに、普通の人には耐えられない精神面の強さがあることをね。□□、彼をどう思うかは任せたいが、父さんは彼を歓迎したいと思っている。」
「……父さんの言っていることは分かったよ。どっちにしても、明日の立ち合いで自分の心を決めたい。だから、すぐには答えは出さないでおくよ。」
「…分かった。お前の思いを、彼への剣に乗せてみせるといい。」
「うん。」
彼に関する親父の対話は、夜遅くにまで及んだ。
なお、同じ時間帯の彼のほうは、入浴中に可奈美から二度目の入浴、つまりは混浴の誘惑を持ち掛けられたものの、のらりくらりとそれを上手く回避した。そうした邪な気持ちはあっても、彼の社会的立場が死にかねないので鋼の理性に従った。
一線を越えてからというもの、可奈美からのアプローチの押しが若干強くなってきていることに対して、彼も素直に喜んでいいやら、と感じるところがあった。とはいえ、それに対して悪い気もしていないのも確かなので、それが互いに上手くコントロールできていればいいか、と考えていた。
その甘い考えがそう遠くない将来に粉砕されることになるのを、この時の彼はまだ知らない。
ー翌日 神奈川県某所 某道場ー
時系列は翌朝へと進む。二人の立ち合いの場として用意されたのは、可奈美の父兄が主に鍛練を積む道場であった。幼い頃の可奈美もここで経験を積んでいたが、刀使になって以降は、周知のとおり美濃関で主に実践を経ている。
今、可奈美の兄と彼は、それぞれ道着姿でこの場に立っていた。元々、可奈美から立ち合いを求められた時に備え、事前に道着を持参してきていたことが、この時の彼にとっては大いに役立った。おかげで、剣を振るう時の普段通りの動きができそうである。
制服姿で道場に踏み込んでいた可奈美が、スタンバイモードの彼の方に寄ってくる。
「××さん、調子はどうですか?」
「…めっちゃ緊張してる。」
「あははー、…竹刀が震えてますもんね。」
床面から上がってくる道場内の底冷えする寒さもあるのだろうが、その震えには紛れもなく緊張が勝っていた。弓道場で弓を射掛ける時も冬場は冷えるのだが、それでもなお体感的な震えは、こちらの方が遥かに上であった。
「そんな調子で大丈夫なんですか?貴方は、僕に勝つつもりではないんですか?」
「ん?…それはそうですよ。―勝って、お兄さんには可奈美とのことを認めてもらうつもりですから。」
挑発のつもりなのか、可奈美の兄は彼の状態に少し難癖を付ける。
無論彼も、既に試合は始まっているものとみなして、上手く返す。
(お兄ちゃん、完全に試合モードだ…。…でも、××さんも負けてない。この立ち合い、どっちが先に動くかで決まるかも。)
可奈美には、二人からオーラのようなものがビンビンと伝わってくる。先程の挑発行動で、彼の方も試合モードに切り替わったようだ。…普段は開始の合図の直前に切り替わるので、彼の方は既に集中力を使い始めている。超感覚を持つ彼女ならではの、二人の覇気のぶつかる様を感じ取り続けている。
「はい、二人とも。まずは入場から。ピリピリしても仕方ないから、はい、切り替えて。」
一触即発のなかで、可奈美の父が二人をそう諭す。
立ち合いの主審は、可奈美の父が行うことになった。今日は土曜日であり、仕事の方が休みであったため、そのまま立ち合いができる流れになったわけである。可奈美は副審代わりとして、二人の立ち合いを見守る。兄と彼氏の、意地のぶつかり合いを見届けるために。
「これより試合を執り行います。勝負は一本勝負、どちらかが複数の有効打、もしくは一本を取ったと認められる場合に勝利と見なします。時間制限は無し。…双方、礼!」
かくして、可奈美をめぐった見識の異なる二者の立ち合いが始まった。
互いに礼をし、それぞれ異なる構えをとる。
(お兄ちゃんは高波の構え、××さんは正眼の構え。…振り下ろすのが早いのはお兄ちゃん、動きやすさは××さん。先に仕掛けるとすれば、お兄ちゃんかな。)
疋田新陰流の構え方の特徴の一つである、高波(あるいは高浪)の構え。八相の構えよりも高く、剣が少し相手側に前傾している持ち方である。これによって八相の構えの時よりも攻撃に集中できるのみならず、相手の動きによっては、いざという時に守りにも入れるように備えられるのだ。
二人の持っている竹刀の重さと構え方を勘案すると、現在の可奈美の兄は攻勢、彼は守勢、という見方もできる。最も、新陰流自体は後の先という戦術を取ることが多いため、兄がそれを分かっていてなお先手を取ることは、可奈美からすると少し意外であった。
ここで簡単にだが、可奈美の父兄の流派に触れる。
西日本を中心とした地域で主に用いられた疋田新陰流は、槍や薙刀などの長物を扱う流派でもある。上記でも挙げた高波の構えや、霞の構えの派生型である花車など、特徴的な構えが存在する。勿論、可奈美も父兄の流派を知っており、やろうと思えばその流派そのものでの戦闘も可能ではある。この点は他の流派においても同じことが言えるのだが。
戦闘狂と揶揄される可奈美のことを、奇才ではあっても努力の人であることを無視して語るのは、彼女の実力そのものを見誤ることと同義である。それを理解できた人間、それが親しい人間であればあるほど、彼女の真の恐ろしさに気付くのだが。
話を戻して、対峙する彼は相手の不意を突く戦術を取った。
一度動きを封じてからの、逆袈裟斬りである。袈裟斬りの方が楽なのは当たり前なのだが、あの隙のない正眼の構えからして防がれる可能性が高い事を考えると、順でない方法、つまりは奇策を取ったうえで勝つことを敢えて目指した。実力が分からない以上、いかに早く相手の身体に竹刀を当てられるかが、この勝敗を分けると踏んでいた。
「やあっ!」
「でぇい!」
かくして、二人の男は互いに激突した。踏み込みも、相対速度もほぼ同等である。どちらも、勝つ可能性は十二分にあった。
それからしばらくは、時間制限が無かったことで、数度の打ち合いを経て長期戦へと変貌していった。
「はあっ!!」
「ぐっ、だあっ!!」
・
・
・
「いやっ!」
「せいっ!!」
文字通りの乱打戦に加え、双方ぶつかっては引きを繰り返した。
この試合途中で可奈美の兄は、彼からの無刀取りを試みるも失敗。攻撃を防がれてしまった。可奈美が同じ技術を会得しているのだから、彼がその防御方法を知っていても不思議ではない。その点で可奈美の兄は、攻撃の選択肢を間違えたとも言える。
むしろその時に、彼に腹部への有効打突を一本受けてしまった。しかし、それでも試合は決まらず、双方の間合いが一度広がり、精神戦にもつれこんだ。
(……お兄ちゃん、少し息が上がってきているのかな?僅かだけど肩が上下に動いてる。××さんは…、腕の方を気にしてる。あの赤くなっているところって、さっきお兄ちゃんが打ち込んだところかな?)
試合条件上、手や腕への打突は有効にはならない。しかし、これが真剣での実戦ならば、彼の左腕はとうに使い物になっていないだろう。
可奈美には、彼の様子からして、事実上使えなくなった左腕は竹刀に添えるだけにしているように見えた。そして、遂に試合は動いた。
「…はあっ!」
「らあぁぁぁ~っ!!」
まだスタミナの残る彼が、左切り上げ、つまりは逆袈裟斬りを繰り出す。これでダメなら、振り上げてすぐに首を通る右薙ぎに変えるしかない。そう思って、下段の構えをとった。
(全力でやるなら、これがラストチャンス!お兄さんにも分かってもらいたい、俺の意思を!)
(打たせないっ!こっちも素人相手に負けるわけにはいかないんだよ!…可奈美のことを抜きにしても、自分の気持ちは負けられない!)
(だって俺は)
(僕は)
((剣術が好きだから!))
知らず知らずのうちに、思いが重なり合う男二人。
可奈美の兄はといえば、彼の竹刀を打ち払い、胸部への刺突で決着を付けようと図る。幾度の打ち合いで判ったが、動作のクイックさでは此方が上回る。可奈美同様に後の先を見て、これが最善手であることを選んだ。
彼の接近に対し、可奈美の兄は正眼の構えで応じた。この勝負は、構えからして攻守両面で対応できる、可奈美の兄が勝ったかに思われた。可奈美は息を呑んだ。この動きでどちらが勝つのか決まるのだと。
しかし、互いの竹刀が打ち合う直前、彼は体を右方に反らした。その向きに回転し始めながら、可奈美の兄を力いっぱい押し出した。その威力は、竹刀同士が接触した時にガンと鈍い音がするほどであった。
「―っ!?ぐわっ!?」
「であぁっ!」
可奈美の兄は、竹刀へと想像以上に掛けられた負荷によって押し出されたことで、後ろに飛ばされて鉄壁の正眼の構えと足元が崩された。相手に接近されているなかで、決して作ってはならない隙が生まれたのだ。それも、至近距離で。
それを見逃すほど、彼は甘い男でもなかった。
「胴っ!!」
押し出した後にその場で一回転した彼は、遠心力と押し出した威力そのままに可奈美の兄の腹部へ、右薙ぎの有効打突を加えた。そしてこれは、試合の勝敗を決定的なものとした。
「一本!それまで!!」
可奈美の父が、試合の決着がついたことを示す手旗を揚げた。
立ち合いは、彼の勝利に終わった。彼も実力の限界ギリギリのところで打ち合うなか、この勝負はどちらが勝ってもおかしくないほどに拮抗していたのだ。運が味方しただけでなく、すんでのところで打ち込む技を変えたことが、彼の勝敗を分ける結果となった。
礼まで済ませて試合を終えると、可奈美が彼のもとへと駆け寄ってきた。
「××さん、勝ちましたね!」
「ああ。…お兄さん、やっぱり強かったよ。俺が勝てたのは、本当に紙一重のところだった。」
「でも、お兄ちゃんから一本を取るなんて凄いですよ。大会で上位入賞することだってあるのに。」
「これもひとえに、可奈美が懇切丁寧に教えてくれたおかげだよ。ありがとうな。」
「××さん…。…私、ちょっと嬉しいです。姫和ちゃんや薫ちゃんとかから剣術馬鹿って言われることもあったけど、こうして私の知識や楽しみが大切な人の役に立てましたから。」
「気にしてたんだな、それ…。…きっと、可奈美はいい剣術の先生になれると思うぞ。こんなへなちょこの腕しかなかった俺の技術を上げてくれたんだ。舞衣達のおかげもあるが、一番力を添えてくれたのは可奈美だよ。」
「―褒めてくれてありがとう!」
彼からの言葉で、可奈美はうっすらと嬉し涙を浮かべた。純粋な感謝、しかも自分の好きなことに対して彼が全力の肯定を示したことは、彼女にとって非常に喜ばしいものであった。
少し遅れて、可奈美の兄もやってくる。
「…僕の負けだよ。○○君。少なくとも、君は僕よりも強い。実力を測りたくなったのもそうだが、君なりの剣術を見届けさせてもらったよ。―いい太刀筋だった。色々吹っ切れたよ。」
「そう言っていただけるだけでも、光栄に思います。ただ、自分の剣術は色々な人に見てもらいながらその道を固めていっているところです。可奈美が一番、この術を作り上げるのに力を貸してくれましたから。……刀使として活躍している時以外の可奈美のことは、絶対に守ります。こんな口約束で安心はできないと思いますが、これは自分自身への契りでもあります。どうかお兄さん、可奈美との交際を認めていただけませんか?」
勝負に勝ってもなお、可奈美の兄に交際の許可を求める彼。彼自身が勝負で驕りを持ちたくなかったことも、頭を下げてまで筋を通そうとする理由であるからだ。
可奈美の兄も、優しい声で彼に答える。
「……もうとっくに、認めていますよ。○○君。だから、頭を上げてください。」
「……えっ?」
「言ったでしょう、色々と吹っ切れたって。―可奈美のこと、お願いしますね。」
「っ、はいっ!!」
同年代の男同士の約束がなされるなか、可奈美は父の近くに寄り添っていた。
「お父さん、何かお兄ちゃんに言ったの?」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、昨日はお兄ちゃん、ずっと反対モードだったから。」
「ちょっと○○君のことをな。…あの子にも、たまにはこうしてぶつかってみることも大切だろう、そう思ってね。それは間違いじゃなかったことが分かったよ。」
「うん。―そうだね。」
「可奈美、彼を大事にするんだよ。…美奈都も、きっとそれを望むだろうから。可奈美が笑って過ごせる未来を。剣術を楽しむ未来をね。」
「…分かってるよ、お父さん。」
親子の約束もまた、この場で為されていった。
立ち合いで使った道場の清掃を終え、可奈美と彼が鎌倉の本部へと帰る時がやってきた。
「お父さん、お兄ちゃん。今度は友達も連れてくるからね。お兄ちゃんの勉強の邪魔にならないように、紹介するから。」
「ああ、気を付けて行ってきなさい。可奈美。あと、○○君も。体と精神を大切にね。」
「はははーっ、き、気を付けますね…。」
「○○君、今度来た時には君の身の上話、聞かせてくださいね。」
「あまり面白くないかもしれませんが、よろしければその時に。」
「それじゃあ、行ってきま~す!!」
可奈美は彼の車に乗り込むと、窓を開けて父と兄に出発の挨拶をする。
「昨日今日はありがとうございました!それでは、娘さんをまたお預かりいたします。失礼させていただきます、可奈美のお義父様、お義兄さん。」
彼も可奈美の父兄に別れを告げ、一路鎌倉へと車を走らせた。
帰りの車中、可奈美が彼に話しかけてきた。
「××さん。今度立ち合いとかするついでに、一緒にどこか行きませんか?」
「他の人間も連れてか?」
「ううん、二人きりで。…ダメ、かな?」
「…荒魂討伐が一段落ついてから、だな。そしたら、行こう。剣術の大会でもいいからさ、二人っきりで。」
「…ようやく私達も、恋人みたいな会話になってきたね。」
「何言ってんだよ可奈美。もう恋人じゃないか。…あんまり大っぴらに口に出すものでもないけどな。二人だけの時なら別にいいんじゃないか。」
「―うん。…もっと××さんに、甘えられるようにしたいな。」
「こっちは甘えすぎないようにしないといけないけどな。」
「も~、そこはもっと甘えるって言ってくださいよ~。…ふふふふっ。やっぱり、真面目な人ですね。」
「そうかぁ?…まあ、キチンと可奈美の家族にご挨拶はできて良かった。人柄のいい人達だったな。」
車を運転しながら、あとは自分の家族に可奈美をどう紹介しようかと悩む彼であった。
彼女の実家訪問でのドタバタ劇は、こうして三方よしでの決着をみた。
なお、可奈美は隠世にいた期間の分の補習がかさんでいくことになるのだが、彼もそのフォローに回っていくことになる。
平穏無事な日々は、まだまだ遠そうだ。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
疋田新陰流の説明についてはまた変わるかもしれませんが、暫定的に上記のような書き方をさせていただいております。
数日前のクリスマスイブは夜見の誕生日でしたが、とじのとも(公式四コマ漫画)での彼女のキョトンと驚いた表情に、エモさを感じ取った筆者でございます。
年明けからはもう一話だけ可奈美編を進めた後、姫和編を再スタートさせます。
皆様、よいお年をお過ごしください。
それでは、また。