今回は若干ドメスティックな描写が出てきますが、流血沙汰なものではございませんのでその点はご安心ください。(どこに安心要素が…?とは思っていただいて構いません。)
なお、今話の投稿前から番外編の冠称は外させていただいております。今後は各編ごとの名称で進んでいきます。
それでは、どうぞ。
ー鎌府女学院 学生寮某室ー
時期としては梅雨入りした頃となるこの日、千里は綾小路に一旦帰る前に、書類の整理やパソコン上でメールの送受信作業を行っていた。
「ん~。終わったかな…。」
彼女は、送らなければならない情報やファイルは送り終えたことを一通り確認した。
「…あ、そういえば。忘れてたけど、◯◯さん宛てにあの事を送らなきゃ…。」
後方支援や業務をしつつも真奈美の監視ですっかり抜け落ちていたが、真奈美の攻撃性に関する情報を彼に知らせなければ、そう思って彼女はメール作成画面を開く。送り先は、常駐している四人の共用フォルダ宛であった。
「えーっと、…この文書でだいたい良いはず。…まあ、気休めにしかならないけれどね。」
実名こそ避けたものの、彼に身の危険が迫っていることはメール上で伝えた。後は彼や他の人間がこの情報をどう受け取るか、というところだろうか。
ピーンポーン
「…ん?誰だろう、こんな時間に。…そういえば、今日は山城さんが来るって、話をしてたんだっけ。」
綾小路どころか一部の人間からは変態という目線で見られる由依が、千里が一旦帰るから、ということで彼女が土産話でもしようと持ち掛けていたのである。
「荒魂討伐、もう少し掛かると思っていたんだけどなあ。まあ、思ったよりも早く片付いて帰ってきたのかもね。」
そう考えた彼女は、ドアスコープを覗くことなく、そのまま部屋の鍵を解除してしまった。…後から振り返ればだが、この無警戒な出迎え姿勢が彼女のその後の運命を大きく決定付けてしまうことになったのだが、虚しくも時が戻ることは無かった。
「は~い。今開けるからね~。」
ドアノブを押し開けた時、彼女の想像では由依がいるはずだった。
「ごめんねぇ、千里。さよなら。」
そこに立っていたのは、上下に白いレインコートを着た、真奈美だった。
「えっ…?……ヴッ、ガアァァァーーッ!?」
千里が言葉を返す前に、突然、右の腹部から息も出来ないほどの衝撃が伝わる。
(……スタン、…ガン。…どうして、真奈美。…どう、して………。)
消えゆく意識のなかで、不気味に笑顔で居続けた真奈美の表情と、ゴム手袋で守られた左手に握られていた黒色のスタンガンが、彼女の視界が捉えた最後の光景となった。そのまま、膝を折るように崩れ落ち、仰向けに倒れていった。
そんな彼女の姿を、真奈美はどうでも良さそうな目線で追い、完全に抵抗してこないことを確認すると部屋へ侵入していく。
「…千里ぉ、折角仲良くしてきたのにねえ…。…私の邪魔ばかり企てようとするからだよ。大人しく眠りについてなよ。」
バチバチと、再度スタンガンの電撃を彼女が起き上がらないよう、首筋に当てる。そうして、千里は身体をブルブルと震わせて泡を吹くと、完全に気絶したようだった。
「…さて、人が来る前にとっとと運び出そっか。携帯と財布と鍵は最低限持って行くとして、…後は書き置き…、いや止めておこうか。筆跡でバレるし。」
ならばと、ちょうどパソコンの画面に立ち上がっていたメール作成画面へ向かって、失踪工作を行う。
「えーっと、『本部での業務が多すぎて嫌になりました。家族にもここを辞めることに関して連絡を入れてあります。ご迷惑をお掛けしましたが、探さないでください。』…こんな内容でいいかな。」
下書き画面のまま敢えて保存はせず、続いて千里の運び出し作業に移る。
「…あー、もしかして死んじゃったかなあ。千里ちゃん。もう息してないもんねえ。…呆気ないの。」
例え死んでいようが、利用価値はある。そう思い、作業を続行した。……もはやそれは、狂気の行動だろう。友人をまるで何とも思っていない。若干、漏らしたようなし尿の臭いもしたが、気にはしなかった。
「取り敢えず、生きてた時に備えて空気穴も作っておいたし、ま、どうにかなるでしょ。」
千里は大型のスーツケースに詰め込まれる。その開閉部のファスナーの隙間から、中の空気の入れ替えができるようになっていた。とはいえ、その肢体を入れ込むことを想定していないそれは、やはり扱いにくかった。
「…あー、糞面倒くさいなあ…。千里、私よりも胸大きいから畳むの大変なんだけど。…迂闊にここで切断もできないし、押し込むしかないか。」
幸いにも千里の身体は柔らかく、スーツケースにも充分収まった。真奈美は、元友人の魅力的な身体に嫌悪感を抱きつつ、ファスナーを一部を開いたまま閉じた。
その後、濡れていた床面を少し拭くとともに、若干の隠蔽工作も行う。具体的には携帯の電源を落としたり、学生証を室内の机上に置いていくなどだ。これで多少は時間稼ぎができるだろう。…先程鳴っていた、千里の携帯の連絡先が気になるところではあったが。
あっさり千里を無力化した真奈美だが、実は最終手段として隠し持っていた包丁を彼女へ使用しようと考えていた。その際に想定された、彼女の抵抗に伴う返り血を浴びた時に備えて、この白いレインコートを着ていたのだ。このこともあり、事前の計画より学生寮から出る際には、最も運び出す姿や出入りを気付かれにくい非常階段を用いた。
案の定、外に出るときには誰にも気付かれることなく、千里の入ったスーツケースを搬出することに成功した。そして、千里のスーツケースの上に、事前に容易していた他の荷物を更に載せた。その際、同じ寮内にある自室から持ち出した、もう一つの同じくらいのサイズのスーツケースを引き擦り、運び屋として雇った男の車に乗せた。車はバンタイプだったため、こうした荷物の積み込みの時には特に怪しまれもしなかった。
「終わったわ。車を出してちょうだい。」
「意外と早かったな。―で、この荷物をここへ運べばいいのかよ?」
「ええ。ただし私と、途中で私のバイクも載せて行くことが条件よ。」
「…?別にそれは構わないけどよお、肝心の報酬はいつ出してくれるんだ?」
「運び終えた後の帰りで渡すわよ。…じゃ、とっとと出して。あれを出すのを忘れないでよ。」
「分かっている。俺も不法侵入とは思われたくないしな。」
そして、真奈美と男は鎌倉を離れ、北を目指した。
荒魂討伐に手こずり、学生寮へは帰還予定よりも一時間ほど遅れて到着した由依。なかなか減ることの無い荒魂討伐の件数だが、少しずつ現場が踏ん張ってくれていることあり、年始当初に比べればだいぶ改善した方ではある。これに加えて学業も疎かにしてはならない、ともなると、如何に彼女達が大変な状況であるかが窺い知れるというものだ。
「さ~て、千里さんのあのフカフカな胸をいただきに…、違う違う、温かい一時を過ごすために今日を頑張ってきたんですし、それくらいなら千里さんも認めて褒めてくれますよねぇ。」
そんな感じで千里に癒しを求めようと、約束をしていた彼女の滞在する部屋に着いた由依。備え付けのドアチャイムをすぐに鳴らし、その場で待つ。……が、全然出てくる気配がない。
「あれ~?おかしいなあ、千里さ~ん?」
何度かチャイムを鳴らしたり、数回に分けてノックをしてみたりするも、応答が無い。
「……変だなあ、千里さんからは今日一日は学生寮にいるって聞いていたはずなのに…。」
不穏に思った彼女は、千里の携帯に連絡を入れる。…だが、聞こえてきたのは無機質な機械音声だけだった。
「…もしかしたら、千里さん、◯◯さんのところの部署に居るのかなあ?仕事がまだあったとかで。」
そんな期待を持って、彼女は刀剣類管理局本部の建物へと赴くことにした。
だが、その期待は見事に粉砕されることになった。千里のことだけでは無い。
彼の失踪が、発覚したのだった。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
千里が襲われる、およそ二時間ほど前。
彼の部署の方では、隠世から帰還した可奈美と姫和の定期診断結果を、それぞれの学長宛てに電子データとして送信しているところであった。色々と前例のない二人の帰還は、時差をおいて身体的異常がいきなり現れてこないとも限らないことから、二人が鎌府に来ている時はなるべく検査を受けてもらっている。今のところは健康そのものなので、安心している人間の方が多いのだが。
「なあ、◯◯。」
「ああ、どうした?糸崎。」
「最近、しょっちゅうウチにやってくる二人組の綾小路の娘がいるだろ?」
「あー、祇園さんと四条さんのことか。あの二人がどうかしたのか?」
「いやな、気のせいならいいんだが、二人ともお前に対しての目線がすげぇ怖いんだよ。…お前、あの二人に何かしたのか?」
「…面識のある葉菜*1や彩矢*2に何かやらかした、とかならともかく、あの二人に関しては四月になってから初めて知り合ったんだぞ?それでどうやって関係を持てっていうんだよ。…だいたい、お前も知っているだろうが。俺の東奔西走の日々を。長々関われるなら、そりゃその方がいいに決まってるだろ?」
「……それもそうだな。」
「だいたいな、糸崎。俺がお前のように彼女がいるなら話は別だが、いないぞ。そんな人間は。出会いの機会損失、どれだけあると思っているんだ。」
「そうそう。糸崎、それは勝者の僻みってやつよ。……ただ、◯◯。アンタ、確かに気を付けた方がいいかもよ。」
会話に横から入ってきた里奈。彩矢の卒業以降も、彼の日頃の情報を彩矢へと定期的に送っている。このため、人の雰囲気を観察する目や力を養っている彼女から見ても、あの二人からは穏やかではない空気を感じるほどの、圧力に近い何かが漂っていた。
「あの二人…、というか祇園さんの方か。何かアンタのことを、血走ったような目で追うことが多いのよ。四条さんは、どっちかと言えば祇園さんの方を追っている感じだったけれど。子どもの暴走を止めようとする、親みたいな感じかしら。」
この里奈の推測は、あの二人が向ける彼への目線に対しての正解に等しいものだった。しかし彼は、
「まあ、なに。もしかしたら俺に対して不満でもあるんじゃないのか?過去のやらかしとかを考えれば、俺を目の敵にする人間がいてもおかしくはねぇよ。ただでさえ、一時刀使からは反感を買ってたんだ。あり得る話だろ。」
という風に捉えていた。彼個人としては多くの人間から恨みを買われることが多分に考えられると踏んでいたので、そうした認識になっていたとしてもおかしくはなかった。
(…いや、◯◯さん。大多数の方は感謝や恩義があるにせよ、そこまで恨まれるようなことはまず無いと思うのですが。それに、その刀使の方の件も、今では納得されている方が多いじゃありませんか。)
他の同僚と異なり、一人パソコンと向き合っていた姫乃は、彼の思っていることと実際に彼女が感じた感覚との違いに首を傾げるしか無かった。彼女も記憶に関しては良い方なので、彼が応対してきた事の報告書くらいは普通に目を通してきているのだ。…無論、対刀使用の制圧装備の一件もそうだ。
(念のため、◯◯さんの携帯のGPSを起動しておきましょうか。…あと、スペクトラムファインダーも。)
さすがに私用携帯の方は登録していなかったのだが、彼の方から山岳部などでの遭難に備えて、自身の端末情報を姫乃の構築したデータベースに登録していたのだ。万一の時に備えて、情報を彼女に預けていたわけである。
(…何もなければ、いいのですけれどね。)
姫乃は、自身の中で妙な胸騒ぎがした。
「んじゃ、羽田まで頼まれ事を果たしにちょっくら行ってくる。」
「気をつけてなぁ~。」
「空港土産、何か買っていきなさいよ。上司なんだから、部下の士気を高めるのも忘れずにね。」
「お気を付けて、行ってきてくださいね。◯◯さん。」
「ああ、じゃあ三人とも、お疲れさん。」
そう言って、彼は自身の職場を後にした。………それがこの場の三人の同僚達が見た、彼の最後の姿だった。
これが後に『相模湖擾乱』と管理局内で記録に残される、一連の混乱の序章であった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
…滅茶苦茶ホラーテイストに仕上がった、今話でございます。
真奈美と千里、彼がどうなっていくのかは少し後に綴る予定ですが、オリキャラなのにどうしてこうやべー雰囲気の娘を書いてしまったんだろうか。
次回も続きます。それでは、また。