今回のタイトル理由は、お読みいただければ分かるかと思われます。
それでは、どうぞ。
ー男性排斥運動 相模湖拠点ー
中央本線上野原駅からそう遠くない場所にある、男性排斥運動の拠点。
現在は鎌倉から逃れてきた、主導者の真奈美(組織での名前は圭)と、その参謀兼側近たる高鍋を中心に十数名の女性がこの建物に集結していた。
この拠点は湖面に直接出られるというメリットを持っており、現に湖と接する地下フロアには船が何隻か停泊している。建物が影となって航空写真では捉えることができないが、準備できれば僅か一分以内に船を出航させられる。
言い換えれば、それだけ隠密性が高いため、周囲に比べると浮いたような建物としても見ることができるのだが。こうした建物は、一般には舟屋造りとして知られている。
さて、雨模様が段々と激しさを増しているなか、真奈美は早い段階で第二の矢を撃つ計画を纏めていた。彼女は鎌倉の本部での占拠が失敗した時点で、次の手段を考えることにしていたわけだ。しかしながら、まさかたったの数時間で組織を構成していた人間の過半数を物理的に消滅ないし拘束されるとは、真奈美にとってみれば完全な誤算であった。内側に居たからこそ、刀使達の即応能力が高かった事実により恐ろしさすら感じていた。
「…高鍋、いるかしら。」
「はい、女王。私はここに。」
忍者のごとく、音を立てずに現れた高鍋。革新派とでも言うべき真奈美の派閥が急速に力を増した理由の一つが、彼女の存在である。
高鍋は元々、美濃関学院に長年通学していた。だが、美濃関は共学であったために、同年代の男子からの声掛けや何気ない彼女への接触機会が多かった。これらが彼女の中で無意識下のストレスとして溜まっていき、それが遂に許容限界を越してしまった。その後、心因性の高熱や頭痛などの悪化がもとで、長期療養と女子校への転校を余儀なくされた。医師からの診断では、彼女のストレスの原因は複数の男性との関わりによって、彼女のなかで拒否反応がされていったことが主因である、という結論が出されていた。言ってしまえば、彼女自身が男性を生理的に受け付けられなくなった、ということである。
ならば治療を施していけばいいのではないか、という話になるのだが、コトはそう単純な話では無い。たまたま一番最初に診察した医師は女性であったが、別の日に他の男性医師が診察した際には途端に体調を悪くするという、治療が好転しない状況に陥ることが間々あった。結局、男性とは短時間で最低限度の関わりであれば日常生活に支障ないことが分かったため、医学的な意味では長期的な治療が最適である、という診断結果が下されたのだ。
しかしながら、この高鍋への診断結果と治療方針は、彼女自身を更に追い詰める結果に繋がってしまった。一体、なぜなのか。
彼女の家庭は両親ともに比較的古い価値観を有する人間であったため、娘である高鍋に対して、『これでは嫁にもらう人間も出てこないのではないか』だの、『何のために貴女をここまで育ててきたの?』だのと言い放ち、彼女の将来を悲観的に捉え続けていたのだ。更には、『もう孫の顔を見ることさえできないのか』、『なんでそんな病気になってしまったの?』と、本人には何の落ち度もない誹謗中傷を浴びせてきたのだ。これでは、仮に治療を行って男性への拒否反応が無くなったとしても、それが終わる頃には彼女の精神は粉々に崩れ落ちてしまう。こうした精神性疾患の場合は特に、どれほどの治療期間が掛かるのかが全く見通せないため、そうした両親の言葉がより一層彼女の心を壊していった。
これで家庭外、つまりは学校の友人知人に頼ることができればまだ良かった。だが、現実は残酷だった。
『え、そんなの我慢すればよくない?』
『それって、貴女の心がそう思い込んでいるだけでしょ?』
『単なる好き嫌いの問題じゃん。なんで、そんなことで苦しんでいるの?』
挙句の果てには、
『だったらいっそ、男の人と関わりを持てばいいじゃん!嫌いなものなら、慣れればきっと良くなるって!』
と言い出す人間まで現れた。しかもよりによってその発言をかましてきたのが、彼女が女子校に転校してきた時にできた最初の友達であったのだから、始末に負えない。
こんな散々な人間関係のなか、周囲を頼れる状況にない高鍋自身もその友人の見当違いな意見に乗ってしまい、友人に半ば騙されるような形で純潔を散らしてしまった。当然のことだが、抱えていた病状は余計に悪化した。
(……なんで、私ばっかりこんな目に遭うんだろう……。……もういっそ、死にたい。)
あまりの過酷さゆえ自殺まで考えた彼女だったが、それが大きく変化したのは今から一年ほど前のこと。
『男によって苦しんでいる女の子、抗う力が欲しくない?』
何の気なく見た、SNS上のメッセージ。この言葉の下にあったアドレスにアクセスしたことで、彼女の死へ進むつもりだった道は、全く異なる世界へと歩むことになった。
それが、男性排斥運動との出会いであった。
そして、後に真奈美と出会ったことで、彼女の中に秘められていた参謀を務められるほどの高い頭脳、自身が苦しむ原因になった男性を排除していくための効率的で効果的なロードマップの作成など、病気で鬱々としていた日々が嘘のように消えていったのだ。
そして、真奈美(男性排斥運動の中では圭)と二人っきりで話をしたことがあった。
「ねえ、高鍋。」
「はい。」
「私達、女性の国を作りたいと思わない?」
「国、ですか?」
「ええ。確かに今、私達は幼く弱い。組織も盤石ではない。だけれど、貴女と私が組めば、私達のように男に苦しめられてきた女の子、いいえ女性ね、彼女達をより多く救えると思わない?」
「……私にそんな力なんて…、買い被り過ぎですよ。山崎さん。」
「まさか。貴女ほど優秀な女の子もそういないとは思うのだけれどね。」
「私を好んでくれる人なんて、いるわけないじゃないですか。こんな平凡な人間を…。」
「ふ~ん?じゃ、こっちを見てくれる?」
「えっ、山崎さ…」
そう言った時には、既に彼女の口は真奈美の口によって塞がれていた。そして静かな空間に、舌同士が絡み合う音が響く。
少し経つと、真奈美が彼女から離れ、こう放つ。
「いい?貴女がいくら自分を卑下しようと構わないけど、それは同時に私のことを下げているってことを自覚してもらえるかしら?―今の口付けの意味が分からない貴女じゃないわよね?」
「……つまり、契りということですか。」
「何か、不満かしら。」
「…いいえ。嬉しいです。誰かからはっきりとした意思を示してもらうのは、私自身初めてでしたから。」
「そう。なら、今後は私のために精一杯尽くしなさい。」
「はいっ!」
こうして、高鍋と真奈美の関係は単なる上下関係というわけではない、疑似的な恋愛関係とでも言うべき間柄となった。この密な関係によって、男性排斥運動内での更なる組織的不和と行動の過激化へと突き進むことになっていったのは、恐らくこの組織に決定づけられた運命だったのであろう。
話が脇に逸れたが、真奈美は高鍋と次なる作戦についての意見交換を行う。
「プランCの発動だけど、早ければ雨脚が強まる予報の出ている明日にでも実施するわ。…まさか、予備の作戦のうちの一つをここで切ることになるとはね。」
「プランC、首都圏*1各地のダムの一斉爆破作戦案、でしたよね。女王はともかく、まさか作戦案を提示する人間がここまでやるとは、私自身は考えておりませんでしたが。」
「元々、刀剣類管理局の占領が成功すれば、こんな作戦をする必要はなかったのだけどね。…つくづく、ウチの元同僚は面倒な相手ね。」
「……こんなことを申し上げることも、おこがましいとは思うのですが。女王、我々の作戦上の脅威となる人間は既に排除したのではなかったのですか?」
「……鎌倉の件に関しては、はっきり言って私の作戦ミスよ。まさか、あれほど短時間で反撃をしてくるとか思わないじゃないの。」
「…まあ、確かに誰しも予想外の事はありますから、それを責めるつもりもありませんよ。…問題は、この作戦が『大義のため』と大手を振って世間に喧伝できるような代物ではない、ということでしょうが…。」
「ま、もう既に刀剣類管理局…、折神家を制圧できなかった時点で此方は形成不利よ。ただ、政府側に私らの本気度がどれほどのものか、改めて叩きつけるには十分過ぎる作戦ではあるわ。……この国を、再び掃除する時が来たのだと思えば、そう悲観的に捉える必要もないわよ。」
真奈美が実行計画を告げたプランC。これは一体どのようなものであるのか。
ご存知の通り、日本列島は大量の雨が降り注ぐ、世界有数の降水量を誇る地域特性を抱える。その日本の治水対策の要であるのが、主に堤防とダムである*2。特にダムは、大雨が降り注いだ時にある程度の貯水を行うことで、下流域での河川の氾濫を防ぐ役割を持っている。
真奈美達、男性排斥運動での計画は、この大量に貯蔵された圧倒的な水量をダムの爆破により放出し、発生した水圧とこの落下エネルギーを利用して、首都圏に点在する各河川周辺の地域や橋々を破壊しつくそうというものだ。
特に、日本の大動脈が横断しているこの相模川がもし暴れ狂ったならば、日本への経済的損失や復旧にかかる費用は天文学的数字と言わざるを得ないほど馬鹿にならない。それを狙っていたのか、たまたま相模湖に拠点を構えていたのは、自分達でさえ今となっては分からないどちらにせよ、自分たちの要求が通らなければこれくらいのことを実行するのは全くもってやぶさかではない、ということを政府へはっきり示すワケだ。
「…それで、どこのダムから爆破を?」
「その前に首都圏の地図を持ってきなさい。順を追って説明するから。」
高鍋が首都圏の広域地図を真奈美の前へと差し出す。
「まずは、デモンストレーションとして東京にある多摩湖を縦断する都道を爆破するわ。この道、堤防も兼ねているらしいから、上手くいけば下の方の湖も巻き込んで連鎖崩壊ね。」
「お次は?」
「ここ、相模ダムよ。ここの爆破を合図にして、荒川水系の二瀬ダム、多摩川水系の小河内ダム、そして鬼怒川水系の川俣ダム、この三ダムを同時に爆破するわ。各地に散っている人間は、その工作部隊よ。」
「…実行すれば、流域は連鎖的に大洪水を引き起こしますね。しかもこの雨では、警察や自衛隊も簡単には身動きが取れないでしょうし。」
天気予報では今後、少なくとも二日間は五十年に一度の大雨が関東地方周辺に降り注ぐ、という注意喚起がなされていたので、ダムの破壊を実行するに際しては最高のコンディションであった。各河川流域に住まう約一千万人の水資源や、その生命・財産を破壊することを、真奈美自身は特に何の感傷も持ちえない。
…もちろん、全て上手くいくとは考えていないわけだが。高鍋が掴んでいたある情報が、その懸念材料として浮かんでいた。
「……問題は、刀剣類管理局はこの辺り一帯で荒魂の捜索活動を行っていることでしょうか。これでは、作戦を実行しようにも迂闊な行動は取れませんから。」
「確かにそうね。なぜこのタイミングでここ一帯を集中的に捜索しているのかは気になるところだけれど。」
(……まさか、あの男と千里を探しにきた?…ま、そうだとしてもあの二人を簡単に返すつもりはないし、ちょっとした仕掛けもしてあるから、とっとと諦めた方が楽ではあるのだけれど。)
それに、と真奈美は黒い笑みを浮かべる。
(こんなに早く刀使や刀剣類管理局に仕返しができるなんてね。……おかげで作戦が捗りそうよ。)
鎌倉では、姫乃の作戦や刀使達などの奮闘によって野望を打ち砕かれたものの、ここは此方にとって言わば庭である。ならば、相手が嫌がることを嫌な場所で仕掛けることが容易だ。もう既に、その準備は整えていた。
「まあ、高鍋が心配するようなことは起こらないわよ。彼女達が無視できないモノをそろそろ放つ予定だから。」
「はあ…。」
ピンとはこない彼女だったが、真奈美は既に刀使排除のための作戦を準備していた。それも、本来は絶対に市井に放ってはいけないものであり、舞草主流派や刀剣類管理局の面々からすれば絶対に許すことができないものを解き放とうとしていた。
(……さ、地上に出てきたら見ものね。男に毒された刀使達の落日がもう、すぐそこにあるわ。)
後は、作戦実行の期を伺う。大雨が降りしきるなか、時間はもう間もなく日没を迎えようとしていた。
真奈美の手元には、彼と千里のいる空間の映像が映り込むタブレット端末があった。自分が期待していた行動を取らない二人に対して苦々しく思いながらも、その打開策として翌朝の物資に追加であるものを発注していた。二人に、危機が迫っていた。
ー??? 某建造物地下ー
誘拐から八日目を迎えた、彼と千里。
衣食住は問題なかったものの、やはりというかちょこちょこ事故が起きた。事故といっても、ラッキースケベの類いではあったのだが。だいたいは彼が寝ぼけていた時か、入浴中に千里の返事が聞こえず慌てて彼が確認しにきた時か、というようなお互いがどうしようもない状況であったことが多かった。
「…はあ。」
「どうかなさったんですか、○○さん。」
「いやな、欲のない人間ってどうなのかねぇ、とかちょっと考えてな。」
「欲、ですか?」
「ああ。まあ、人間の三大欲求に派生するように、色んな欲、金であったり人脈だったり、収集欲であったり、様々な欲が世の中には存在するわけだ。…翻って自分自身を顧みた時に、果たして欲という欲が無いような気がしてなあ…。」
「……否定はしませんね。名声とか出世とかも興味ないと仰っていましたし。」
「以前、中島や水沢からも言われたことだが、刀使や伍箇伝の生徒とかからあれだけ好かれていてなんで惚気話の一つすら上がってこないんだ、と言われたことがあってなあ。……俺自身は、誰かの争いを生みそうな、そんな話は嫌なんだよな。それに、俺には幸せになる資格はないしな…。」
「…なんで、そう思うんですか?」
「……四条。この空間に閉じ込められる前に、お前は俺のことをどれくらい知っていた?」
「えっと、物凄く凄い人、という認識でしょうか。荒魂討伐の陣頭指揮を執ったり、それこそ私達綾小路のことに全力で取り組んでいただいたり、…同時に、なんでそこまで出来るのかな、って思ったりしたことはありましたけれど。」
「……『秩父会戦』って聞いたことがあるか。」
「それは、はい。○○さんの功績を語る上では欠かせないお話ですから。」
「……あの時に何があったのかは、知っているか。」
「?―いえ、そこまでは。」
「じゃ、ちょっと長くなるけど、話していくか。」
そう言って彼は千里に、数年前に起こった『秩父会戦』の話*3をしていく。彼の主観的な話ではあるが、という断りは入れつつも、淡々と話を進めていった。勿論、殉職した先輩の話も忘れず彼女に伝えた。
「…とまあ、こんな感じか。」
「……○○さん、その時怖くなかったんですか。逃げようと思わなかったんですか。」
「思わなかった、と言えば嘘にはなるけどな。ただ、それ以上に多くの路頭に迷う人々を生み出すわけにはいかなかった、ということが浮かんでいたのはあるな。それに、今じゃ親友と言って差し支えない人間にも出会えたわけだし、何でもかんでも不幸なことばかりじゃなかったさ。」
「…そう、なんですか。」
「先輩の遺言は、俺にとっては戒めなんだよ。あの人達のような犠牲者を出さないために、俺は頑張るんだよ。そのためには、自分の幸せなんて二の次で結構だ。」
「……なんか、それはそれで寂しいと思いますけれど。」
「いいんだ。俺は結局、荒魂討伐の最前線には立てない。だから、後方でできることは全部やっておきたい。彼女達に苦しんでほしくはないんだよ。…誰かが傷つき、倒れる光景を見るなんてのは、俺はもうたくさんだ。」
「中島さん達が無茶するなって言っていたのは、そういう事情だったってことですね。…それは心配しますよ、皆さん。」
「…俺自身、祭り上げられるのが嫌だったってのもあるが、死人が出ている以上は喜ぶようなことでもない。だからこそ、二度と同じことを繰り返さないことが大切なんだよ。…とはいえ、綾小路の件を防げなかったのは俺達の落ち度だ。……死んだ先輩のことを思えば、俺が誰かと付き合って幸せになるっていう選択は、無いんだよ。」
「……○○さんって、意外と意固地な方ですよね。」
「うっ、…まあな。」
千里の言葉がグサッと突き刺さる彼。正論であるからこそ、そのダメージは絶大だ。
「ただ同時に、○○さんが私に手を出さない理由ももっと深く分かりました。…これを聞いた女の子は、かなり凹むとは思いますが。」
「…そこは、分かってくれればなあ、とだけ。別に、俺も好いてくれる人間には全力で応えたいとは思う。……そんな特異な人間、居るとは思えないけれどな。」
(これは何と言うか、鈍感なのか、もしくは視野狭窄になっているのか…。ただ、そっちの気が無いことは安心したなあ…。…なんで安心してるんだろう、私。)
他の女子に比べれば圧倒的優位な位置にいるにも関わらず、彼のこんな独白を聞けば、思慮深い人間ならば彼の意見を聞き入れる方が多いのだろう。中には、例外もあるだろうが。
「四条、面倒な人間だと思ったか?」
「…率直には、そう思いました。」
「そうか。」
「ただ同時に、やっぱり○○さんは○○さんだなあ、と。こう言うのもアレですけれど。」
「…フフッ、そうかい。」
彼自身もそんな答えを分かっていたのか、そこから先に踏み込むようなことを言うことは無かった。
なお、この混乱が終わった後の話ではあるが、彼は刀使達や伍箇伝の生徒達などとの向き合い方をより深く考え直すこととなった。その一因には、この時の千里との会話が影響を与えている。
雨脚は酷くなるなか、二人は夕食の準備を進めていった。彼らに救助の手が及ぶまでには、まだ時間を要しそうだ。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
着々と準備を進める真奈美達と、未だ外部で何が起こっているのかを知らない主人公達。…全てを把握した時に、彼は一体どう動くのか。
それでは、また。