刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

此方で刀使ノ巫女のSSを投稿し始めてから、早いもので二年が経過いたしました。筆者の執筆しているものは拙い内容ではございますが、日々お付き合いして頂いてくださる読者様一同には、誠に感謝の念が絶えません。
改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。

今回と次回は主に、薫達と主人公側の視点の混ざる回となります。
果たして、彼らは戻ることができるのか。

それでは、どうぞ。


⑪ 帰還 前編

 ー県立相模湖公園 臨時指揮所ー

 

 作戦参謀本部の人間は真希達の出撃と前後して、捜索隊として編成された八つの班のうち、最も現場から離れた位置に展開していた薫ら第四班を呼び戻そうとしていた。真希達がここを離れるため、荒魂などの襲撃に備えて、薫達に警備を代行してもらおうとしたのである。僅か数人で多数の荒魂から非戦闘員を守るには、この公園の広さと展開状況ではあまりにも荷の重すぎる話であったからだ。

 

「第四班、聞こえていたら応答してください!」

『えー、此方第四班。特祭隊部隊長です。』

「益子隊長は近くにいらっしゃいますか?」

『そ、それが…、不審なトラックを追ったまま、まだ合流できておりません。』

「え?―ちょ、ちょっとだけお待ちください。」

 

 梢は無線越しからの内容に、変な汗が湧いてくるような感覚を得た。

 

(ま、益子さん、まさか攫われたんですか!?―お、落ち着かないと。オペレーターが動揺しちゃだめ。相手を不安にさせちゃうから。)

 

 音信途絶というのが本当かどうか調べるべく、一度特祭隊部隊長に通信を折り返す。

 

「益子隊長の行方は分かっていますか?」

『あ、今通信がありました。先ほど述べたトラックを停めて、調査しているとのことです。』

「益子隊長を含めて無事であるということですね?」

『はい。―ああ、確認できました。合流の後、益子隊長の方から臨時指揮所に通信を入れるように伝えますね。』

「おっ、お願いします。」

 

 梢は薫からの声を待っている間、事実上行動不能状態に陥っている第六、第八班の人間に対して迂回路の案内を継続する。なお、この時の第六班に関しては相模湖南岸側での救助活動を行っていた。葵からその通信を受けた梢は奈緒達の方にその報告を伝えた。そして、臨時指揮所はある判断を下した。第六班は救助活動の終了後に、一度此方へと戻る指示を出したのだ。このことが、後の事態において思いがけない功名をもたらすことになる。

 その後に寄せられた薫からの通信内容は、梢にとっては驚愕の一言であった。

 

 

 

 

 

 

 ー神奈川県相模原市 某建造物付近ー

 

 梢が薫からの連絡をやきもきしながら待っている中、当の薫達は停車させたトラックの確認を行っている最中であった。

 

「桐生副隊長、どうだー?」

「積荷は全て生活物資、あるいは食料品ですね。特にこれといった不審な物は見当たりませんが…。」

「さっきからそう言っているだろうが!」

「では、この積荷を一体どこへ持ち込もうとしているのですか?」

「そ、それはぁ…。」

 

 薫達は、トラックの運転手が特にやましい積荷で無いにも関わらず、その配達先を告げないことに対し、不審な目を向ける。

 

「益子さ~ん!桐生さん達~!ちょっと来てくださーい!」

「美弥が呼んでるな?…おい、このオッサンが逃げ出さないように見張っていてくれ。」

「了解!」

 

 2tトラックと運転手の監視を他の刀使二人と数人の特祭隊員に任せ、三人は美弥の声がした方角へと向かう。

 

 

 

 

 美弥が呼んでいたのは、つい先程見つけた白い建物の入口付近であった。

 

「あっ、益子さん。」

「どうした~、美弥よ。何か変なもんでも見つけたのか?」

「変と言えば、この建物そのものですかね。ほら、あれとかそうですよ。」

「…?なんだ、コレ?」

 

 薫が美弥の視線を追うと、配管に用いられるような灰色の塩化ビニルの管が、建物に沿うように竹のように地面から生え出ている。先端は蛇口のように下を向き、まるで中が濡れないようにしているかのように設置されていた。

 しかもそれは一本ではなく、視界に入るだけでも四~五本は林立していた。

 

「何かここ、ガスでも抜いてんのか?」

「それだけじゃないんです。この箱みたいなのを開けてみたんですけど、なんかゴミ処理場みたいに深くて、全然底が見えないんですよ。ライトでもあれば、どれくらいの深さなのか分かると思うんですけど。」

 

 トラックのリアドア風である観音開きの扉を開けると、手前側に少し荷物置き場のような空間が広がり、奥にはブラックホールのように底なしの穴があった。穴の横幅は、薫の肩がギリギリ入るかどうかくらいのサイズである。

 

「……なんかこう、秘密基地っぽさはあるよな。」

「穴に入れそうですか?」

「いやー、これは人が通るには厳しいな。何せ、登ってこれるようなものが何も無いからな。」

「せめて紐でもあれば、調べられるのでしょうけれど…。」

「あとは、この建物を調べるくらいだろうがな…。」

 

 不審な建物を見つけても、すぐに刀使達が侵入することはできない。外から赤外線と超音波検査を行うことによって、中の人間の反応の有無を調べる必要性があるからだ。

 加えて、一般的にはこの建造物の持ち主に許可を得たうえで初めて、建物内の調査を行うことができるのである。

 

「益子隊長~!!」

「おっ、後続の奴も追いついたのか。で、なんでそんな慌てているんだ?」

「あっ、荒魂が、100体以上現れたそうです!しかも、この近くでだそうです!」

「なっ…!?」

「荒魂がそんなに…。」

「えっ、えっ!?」

 

 動揺する薫以外の三人。ただ、隊長の薫だけは反応が少し違った。

 

「近くってどれくらい離れているんだ?」

「相模湖の最西端付近です。それも、二ヶ所に。」

「……なら、オレ達が今行っても間に合わないな。」

「隊長!他の刀使達を助けないんですか!?」

 

 葉月は、まさか薫は救援に駆けつける気など無いのではないかと、彼女を疑った。だが、薫は即座にそれを否定した。

 

「いやいや、そんなワケないだろ?…先に、この建物を調べる。それで何も出なければ、急いで応援に向かうぞ。」

「な、何を悠長なことを!?」

「桐生副隊長、言いたいことは分かる。だが、麻美がどうしてあのトラックを止めたのかが、あの運転手の発言も含めて引っ掛かっているところがあるんでな。だから、そのモヤモヤを先に払う。」

「薫さん…。」

「まー、それにだ。ここを見つけた美弥の目が狂っていたかどうかを調べるには、ちょうどいい機会になると思わないか?」

「えっ、何かいきなり責任重大にされたような気がするんですけれど。益子さん、私に何か恨みでもあるんですか?」

「気のせいだろー。…さて、ちょっと調べてもらおうかねえ。」

 

 薫は特祭隊員に、捜索用機材を用いてこの建物を調べるように、指示を出した。どちらにしても早く進める必要があったため、隊員達も協力的であった。

 

 

 

 

 測定が終わるまでは少し時間が掛かることから、再度トラック運転手の男性に質問をぶつける。なお、ねねは隠世の浅瀬に潜ませ、一応は一般人であるトラック運転手に、薫達への警戒感を抱かせないようにしている。

 

「おい、オッサン。」

「な、何だ?」

「その荷物、一体誰から頼まれたものなんだ?」

「し、知らないっ!ネットで頼まれたものを、お、俺は運んでいただけだ!」

(…嘘は言ってなさそうだが…。)

「じゃあ、あの荷物の中身、全部見られても問題はないんだよな?」

「うっ、そっ、それは困る!」

「どうしてだ?」

「お前達にそれを教える理由なんてな「いいから、答えてもらえませんか?」」

 

 薫や葉月、美弥も気がつかなかったほど、無音で御刀を抜いていた麻美。その剣先は、男性の喉に向けられていた。

 

「ひっ、ひいっ!?」

「やめろ、麻美。そんなことをしても口を余計に開かなくなるだけだぞ。」

「……ねえ、おじさん。あの荷物、私達に見られたら困る物が入っているってことでいいの?」

「あっ、ああ。そうだ。」

「例えばその…、エッチなものとか?」

「ぶふっ!?」

 

 思わずむせる運転手。それを見た薫は、少し恨めしげな表情を向けた。

 

「…図星ってワケだな?」

「おっ、俺が好きで載せたわけじゃねえ!クライアントからそれを載せろって、強く念押しされたんだよ!」

「つまり、届け先で使う可能性があるってことですよね?」

「じゃあな、その届け先は一体どこなんだよ?」

「そっ、それは…。」

「……ここなんですよね?違いますか?」

 

 麻美の方は決定的な発言を聞いていただけあり、静かに問い詰める。しかし、運転手は黙秘を続ける。麻美以外はこの運転手の発言を耳にしていないので、シラを切られれば追及が困難になると考えたからだ。

 

 と、そうこうしているうちに、測定中だった特祭隊員の一人が薫のもとへ駆けつける。

 

「益子隊長!!来てください!」

「悪い、三人とも少しソイツを見張っていてくれ。」

 

 薫は三人から少し離れた位置で、建物周辺の測定結果を知らされる。

 

「で、ここの結果はどうだったんだ?」

「地上は特に何も出ませんでしたが、問題は地下です。このあたりを見てください。」

「……コレって。」

 

 薫は、サーモグラフィーによる温度表示が高い部分を見つける。しかも、それは二人の人間が横たわっている形にも見える。

 

「おい、この建物の所有者に連絡は?」

「それが、登記上の所有者にいくら連絡を入れても繋がらなくて…。どうしますか?」

「しゃーねえな。奥の手を使うか。…ねね!」

「ねー!」

 

 現世に現れるねね。薫がねねを、胸元あたりに置いた手の中へ誘導する。

 

「ねね、ちょっと大きくなってもらってもいいか?」

「ね?…ねー!」

「え、益子隊長?」

 

 薫の意図が読めない隊員。すると彼女は、悪巧みを思いついたかのように口角を上げ、驚くべきことを口に出した。

 

「確か、荒魂被害が私有地で発生した場合、討伐時に起きた刀使による建造物損壊は、罪には問われないんだったよな?」

「えっ、ええまあ、確かに法的にはそうなってますけれど…。」

「なら、ねねが建物に突っ込んだとしても、オレ達の責任にはならないよな?」

「…!?ま、まさか!?」

「ああ、あれでも一応『荒魂』扱いになっているからな。」

 

 ねねが建物に偶発的(・・・)に突っ込んだとしても、荒魂被害と見なされれば刀使に過失はない。この法律上の穴を利用し、意図的に建物へねねを突っ込ませ、侵入する作戦を思いついたのである。

 

「つーことで、他の特祭隊員を早く建物の周りから避難させろよ~。」

「…や、やることがえげつないですね…。」

 

 ともかく、特祭隊員の退避が完了後、ねねがこの建造物目掛けて突進していった。無機物同士の衝突は、周囲に大きな振動をもたらすことに繋がった。

 わずか一度の衝突で、古くなっていたコンクリート壁が崩れ、建物への侵入口が出来上がった。

 

「…益子隊長、これは一体…。」

「とんちだよ、とんち。まあ、桐生副隊長からすれば面白い話じゃないかもな。」

「薫さん、ここに兄が?」

「まだ分からん。が、取り敢えず中には進むぞ。そうでないと、白黒の判断すらできないからな。」

 

 薫達は、一般の特祭隊員たちに建物を先に捜索してもらった上で、地下への進入口を発見してもらおうと考えた。

 

 

 

 

 だがそんなものは、十分経っても二十分経っても見つからなかった。薫達は、焦りを覚え始めた。

 

「おい、確かに居るんだよな?」

「柳瀬さんほどの透覚の能力はありませんが、間違いなくこの建物には我々以外に二人の反応があります。私が冷やかしで物事を言っているように見えますか?」

「いや、疑っているわけじゃねえんだがよ…。」

「……!!―薫さん!これ!」

 

 麻美は、自身の携帯にインストールしてあった、彼の携帯の電波とGPS信号をキャッチしているのを確認した。しかも、極めて強い反応である。

 

「おいおい、マジかよ!当たりかよ!」

 

 つまり、そういうことである。

 少なくとも、彼の携帯はこの付近にあるのだ。

 

「おい美弥!○○は間違いなくここに居るぞ!今回の大金星は、この建物を見つけたお前だ!」

「そ、それ本当ですか!?」

「ああ。少なくとも、アイツがいるのはこの辺りであることは間違いない。」

「お、お兄ちゃんが、ここに…。」

 

 ふるふると涙をこぼしそうになる、麻美。

 

「麻美、まだ泣くには早えぞ。その涙は、アイツを見つけた時まで取っておけ。」

「―はいっ!!」

 

 肉親である麻美が涙腺を緩ませるのも無理はない。もし周囲の目が無ければ、薫も麻美と似たような感情の波動があっただろうと彼女自身も思っている。

 

(…さて、問題はまだある。一体、アイツはどこに居るんだ?)

 

 その謎が解けるまでには、幾ばくかの時間を置くことになった。

 

 

 

 

 

 

 ー神奈川県相模原市 某建造物地下ー

 

 外がそんな大変な状況になっていることなど知る由も無い、彼と千里。時刻としては午前六時頃にあたる。

 生活リズムを崩さないよう、スマホの内蔵機能であるデジタル時計を用いながら、監禁生活下の活動を続けていた。

 

「Zzz…。Zzz…。」

「Zzz…。Zzz…。」

 

 この時間帯はまだ二人とも寝ている頃にあたり、外が数十年に一度の大雨が降りしきるなかでも、この空間は全く雨漏りする気配が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界に広がるのは、一面の霧。

 彼が立っていたのは、まるで雪原のように真っ白な空間であった。

 

「ありゃ、俺はもしかして、死んだのか?」

「そんなわけあるかよ。これはお前自身の夢の中だ。安心しろ、お前はまだ生きている。」

「…!?―せ、先輩ぃ!?」

 

 後ろからの足音と声に驚き、その振り返った先にいたのは、数年前に秩父で殉職したはずの先輩*1であった。

 

「なんで俺がここにいるって顔だな?…まあ、無理も無ぇ話だ。お前の知っているとおり、俺は確かにあの秩父の戦いで死んでいる。」

「え、あ、そのー」

「じゃあここに居る俺は?ってなるよな。…ここに居る俺は、お前の心層意識下で形成された俺の姿って話だ。…ま、本物とは半分くらい合ってるんじゃねえのか?」

「……おかしいな、俺の知っている先輩って、もうちょっとイケメンだったような気が…。」

「おい、遠回しに俺をディスるんじゃねえよ。…本当に生きていたら、今頃お前の頬には鉄拳が飛んでただろうがな。」

「…まあ、もし化けてでも出てきてくれたんだったら、俺はあの時に先輩方の助けすら出来なかったことを、一言詫びたいですよ。」

 

 夢であっても、彼は心の奥底でずっと抱えてきた深い悩みがあった。あの時、先輩を含めて見殺しにするような真似をしたのではないか、ということを。

 

「とは言うがなあ、お前も大概無茶苦茶な人間だよなあ。たった六人の刀使だけで、バカデカい荒魂3体を相手にさせるなんてな。しかも、その囮には自分自身を使うっていう。…生きてたら、おいバカ止めろ、って言ってただろうけどよ。」

「そもそも、生きてたら先輩が指揮を執っていたはずなんですけどね。それなら、俺は前線で陣頭指揮なんて真似を取ることも無かったとは思いますけど。死んでなお、嫌味な言い方で悪いのですが。」

「…それはまあ、そうだな。すまなかった。」

 

 もしあの時、臨時指揮所が狙われなければ――

 もしあの時、彩矢の手を引かず、臨時指揮所に戻っていたら――

 

 そんな、もしを考え出すとキリは無い。しかし彼はあの時、彩矢と共に逃げる選択を取った。その事実が消えることは無い。

 

「俺は彩矢を安全な場所に逃がしたこと、それ自体を後悔したことは今まで一度もありません。そのおかげなのかは分かりませんが、彼女は今でも元気に過ごしていますから。ですが同時に、あの時の選択が正解であったのかは、未だずっと気になっています。自分の作り出した先輩であるなら、恐らく肯定的な答えしか返さないのかもしれませんが、それでももっと良い……いえ、誰も死ぬことがない未来だってあったかもしれないんです。それが理想であるなんてのは分かってますよ。―それでも、先輩達を差し置いて逃げたことが、自分にとってはずっと心残りではあります。」

「…お前は本当に、他人(ひと)思いな奴だな。なら一つ、アドバイスをくれてやる。」

 

 夢の中の先輩は、彼にこんな事を告げた。それは彼からすると、少し意外なものであった。

 

「お前はあの秩父の戦いから、今後は誰も死なせたくないと不動の決意を表したんだろ?…現に小池だけでなく、数多くの刀使や特別祭祀機動隊員の連中、伍箇伝の生徒、果ては折神家の人間まで助けてきたじゃねえか。恐らくだが、俺らの死が無ければここまで死ぬ気でやってこれはしなかったと、俺はそう思うぞ。」

「それはただの結果論ですよ。…俺が誰かを救えたかなんて、そんなのは俺の功績ではありませんよ。それこそ、ウチの同僚達のお蔭です。俺が何かを成すなんてこと、できたとはとても思っていません。」

「…本当に変わらず謙虚だよなぁ…。まあいいさ。だが、お前が次に起きた時には、自分のやってきたことの意味を深々と理解すると思うぞ。」

「?―それって、どういう…」

 

 彼が先輩に尋ねようとした時に、視界を覆う霧のような靄が更に濃くなっていく。それと同時に、白い地面が大きく裂け始めた。

 

「おっ、おわっ!?」

「どうやら、お前が目覚める時みたいだな。」

「えっ、まだまだ全然話せてないんですけど!ちょっと!」

「大丈夫だ。またいつか会えるさ。……兄弟達の成長は、俺の代わりにしっかり見守ってやってくれ。今のお前は、もっと幸せになっていいんだぞ。」

「―!?…せっ、先輩ーーっ!!」

 

 最後の二言、彼にはそれが間違いなく先輩自身の声であったように思えた。だが、先輩の姿は霧に紛れるかのようにあっという間に見えなくなり、一度暗闇に変化した彼の視界は、再び光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が虚ろな目を少しずつ開いていくと、ぼんやりとした黒い影が目に入ってきた。

 

「…さん!…◯さん!」

「……んあ?」

「…あー、良かったぁ。◯◯さん、揺らしても全然目を覚まさなかったんで心配しましたよぉ~。」

 

 起きたての視界の中にあったのは、隣で寝ていたはずの千里であった。彼女は、ホッとしたような表情でこちらを見下ろしていた。

 

「時間は?」

「午前6時55分ですね。…何だか、音が凄く響くのが気になって起こしたわけなんですけど。」

「音?」

 

 彼もふと耳を澄ませてみると、上の方からだろうか、ゴンゴンと何かを叩くような音が聞こえる。

 

「一体、何の音だこれ?」

「分かりません。一つ分かるのは、誰かがいる可能性が高いってことでしょうか。」

「…まさか、祇園か?」

「だとしたら、不用意に動くのも危険ですね。今日の物資は送り込まれていますか?」

「いいや、まだみたいだな。数日間の傾向としちゃ、もう山積みになっていてもおかしくはないはずなんだが。」

「冷蔵庫にストックしておいたもので朝は凌ぎましょうか?」

「そうだな。…しかしまあ、ここに放り込まれて今日でもう八日目か。何かこう、慣れたな。」

「できれば、早く脱出したいところですけれどね。」

 

 比較的長期間のうちにそこそこの関係性になったとは言っても、彼が意図的に恋愛面や異性へと向ける感情をシャットアウトしていたことで、何の間違いも犯すことなく生活してこれた。これも一重に、彼が彼なりに千里のことを重んじてきたうえでの日々であったからだ。

 色々なニアミスも起きかけはしたが、彼と千里の間柄が単なる上司部下という関係から信頼できる個人の関係に変化したというのは、皮肉ではあるものの真奈美がもたらした一つの良点であった。

 作り置きしておいたシチューを口に運びつつ、彼は千里に今後のことを話す。

 

「…四条。もし脱出できたら、弟さんに面会しても構わないか?」

「弟って…、裕介にですか?」

「ああ。言い方は悪いかもしれないが、長い期間男と女、二人っきりな状況に置かれたわけだから、その辺りの説明とお詫びをしておきたくてな。…まして、たった一人の家族がどんな目に遭っていたのかを知らせないわけにもいかないだろ?」

「でも、それだと○○さんが…」

「俺はもとより盾で壁役だ。恨みつらみをぶつけられることは厭わないしな。…それに生存を知らせないと、弟さんはたった一人残された、天涯孤独だと思い込んでしまって、折角の回復基調が全て台無しになってしまうかもしれないだろう?」

「…私達姉弟のためにそこまで考えてくださって、ありがとうございます。」

「まあなんにせよ、ここから出ないことには何も始まらないんだけれどな。」

 

 自分の家族は未だに元気で過ごしているからいいものの、千里に関してはそうではない。彼が後方支援の人間であってもフォローを欠かさないのは、個人の人間力を最大限に高めることで初めて組織全体がより良い環境改善に繋がる、と考えている節があるからだ。その力を阻害したり邪魔になりかねない要素をなるべく排することで、遠回しながら管理局の体制改善に寄与しているのだ。

 しかしながら、それを信条とする本人が一番その恩恵を受ける位置から遠ざかっているというのは、なんとも相反するような話ではある。

 

 

 

 

 レトルト米やシチューを食べ終えた二人は、一時の休息の後、戦術論の話をしようと考えていた。というのも、千里自身が今後、彼の部署に所属し続けるからには指揮が執れるような人間になっておきたいと、彼に教えを請うたのだ。

 彼も専門家ではない、と前置きしたうえで、基本的な集団の動きや、刀使と荒魂との戦闘時における対処方針などを教えるつもりであった。

 しかし、事態は思わぬところから風雲急を告げることになった。

 

「ねね!!」

「え、あっ!?―ねね!?」

「ね!」

「ね、ねねちゃん、ねねちゃんですよ!」

 

 突如、ねねが物資搬入口から飛び出し、彼のもとに飛び込んできたのである。

 驚く二人だが、それだけではない。ねねの身体に巻かれていたスマホに、通話画面の表示が出ていた。

 

『おい、聞こえるか?』

「その声…、薫か!!」

『どうやら、ねねは無事にたどり着いたみたいだな。』

『お、お兄ちゃん無事っ!?』

「麻美!?お前も居たのか!」

『よ、良かったよぉ…、お兄ちゃん無事で良かったよ~。…うあぁぁぁん!』

 

 薫と麻美の声が本物であることを確認すると、彼はどっと肩の力が抜けるような感覚を覚えた。

 

「は、はははっ。―四条、出られる準備を始めるぞ。久しぶりの外の風景だ。」

「――はいっ!!」

 

 誘拐後初めて、二人は薫達と繋がった。

 

 

 

 

 だが、薫達は居場所が分からなかったはずの彼らのもとに、一体どうやって辿り着いたのか。

 それは後に彼女達自身の口から、話されることになる。

*1
このあたりの話は主人公編『死線を越えて』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

取り敢えず前編は、二人が見つかったところまでを綴らせていただきました。
具体的な救出作業は、後編で綴らせていただきます。

なお、編全体の予定内容はあと残り四分の一ほどになります。
本編が終わり次第、また各ヒロインごとの話に戻ろうかと考えております。

それでは、また。
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