今回は相模湖上の戦闘終了後の動きとなります。
それでは、どうぞ。
ー神奈川県相模原市 県立相模湖公園付近ー
緊迫した湖上での激闘に終止符が打たれた。周辺での刀使達の奮闘はまだ続いていたが、それに終わりが訪れることも臨時指揮所の面々は理解できていた。
相模湖から帰還する彼などの決死隊二十一名は、大なり小なりの負傷こそすれど一人も欠けることなく生還した。
「おい!戻ってきたぞ!」
「おおーっ!」
「動けそうな刀使は、抜刀して写シを張って!警戒は怠らないように!」
臨時指揮所周辺では、歓喜と緊迫感が入り混じるような状況が続いた。取り敢えず、現時点の不安要素の半分が取り除けたことにより、相模湖大橋に展開していた部隊を全て、藤野駅~相模湖IC間の荒魂討伐の最前線に投入できたことで、討伐速度は飛躍的なものになると予測された。その辺の余談はともかく、現況に戻ろう。
旗艦であるメダカより、彼が臨時指揮所の方へと通信を行う。受け取ったオペレーターは梢であった。彼女の近くには、和歌子や奈緒も集まっていた。
『こちらメダカ、遭遇した武装集団と一時交戦状態になったが、此方の人的被害は比較的軽微。殉職、トリアージタグが赤の人間はいない。』
「そうですか。…良かったです、◯◯さん達がご無事で。…良かったぁ~。」
『……ただし、武装集団側で一名、同士討ちによるトリアージタグ赤の人間が一名出ている。至急、外科的処置が必要だ。止血キットで患部の出血を抑えてはいるが、体温低下と脈がかなり下がっている。重傷者は今、サケに乗せている。血液はA型、Rh+だ。』
「◯◯さん、聞こえますか?苗場です。」
『苗場、そっちは?』
「荒魂討伐だけに専念できますので、今はそちらに戦力の大半をシフトさせていますわ。幸い、ここには陸上自衛隊の野戦病院設備が展開してあるので、着き次第重傷者をストレッチャーで搬送します!」
『助かる!…輸血は足りるか?』
「恐らくは。ともかく、私が担当している時に死人が出るようなことがあっては、非常に寝覚めが悪いですので。急いでくださいね。」
和歌子なりの気遣いとでも言うのか、ともかく着いてからの手順は示された。
和歌子に代わり、今度は奈緒が応対する。
「◯◯君、聞こえる?浦賀よ。」
『どうした?』
「確か報告では、武装集団は十人くらい居たって聞いているんだけど、どうなのかしら?」
『事実だ。重傷者含めて、拘束したのは十名だ。ほぼ全員がゴム弾などの直撃を受けて、抵抗の意思は示していない。出来れば、警察車両か護送車があると助かるんだが。銃器を扱っていた様子だったから、人質などを取られる前に直ぐにでも移送させたい。』
「ちょっと待ってね。……神奈川県警の車が、これから何台か到着するそうだから、それに押し込んでもいいかしら?」
『構わない。ともかく、急いで連れて行ってくれることが重要なんだ。』
「分かった。こっちも準備するね。」
奈緒は、普段の指揮官モードの彼の喋りに安堵し、言付けを守るべく動き始める。
「◯◯さん、西です。今代わりました。」
『西、本部に通信を頼みたい。』
「内容はどのようなものですか?」
『「悪夢閉じて、旭日は昇る」と。多分これで、端的な意味は伝わるだろ。』
要は暗号電文だ。居ないとは考えたいが、もし『男性排斥運動』の人間が本部にいた場合に、平文で報告した時では面倒なことが起きかねない、そう彼は思ったのだ。
「内容は以上でよろしいのですか?」
『ああ、朱音様や紫様、真庭本部長あたりが意味を理解してくれればそれでいい。』
「了解です。……送信終わりました。」
『ありがとう、西。こちらももうすぐ到着する。通信を終わるぞ。』
「はい!」
通信が切れると、指揮所に居た一部の人間は彼らを出迎えに飛び出した。
それを見て、和歌子はやれやれと手を挙げた。
「まったく。行くのは構いませんが、各々の仕事は忘れないでもらいたいものですね。」
「あら、彼のことを口では散々言っていたわりに、特にお咎めなしとは変な話ね?」
「…あんな男ですが、寿々花様がお認めになられた人物ですもの。それに、確かに苦手ではありますが、嫌いとは今まで一言も言った覚えはありませんよ。現に周囲への影響だけでも見れば、ご覧の有様ですし。」
「ふ~ん?…まあ、そういうことにしておいてあげる。」
奈緒の含みのある言い方に、和歌子もはあ~、という息を吐く様を見せた。
(ただ、あとは寿々花様達が無事に帰ってきてくだされば、万事解決、…ですよね?)
未だ上野原市周辺での荒魂討伐に向かっている寿々花達を気に掛けつつ、和歌子は再び指揮へと戻る。
臨時指揮所のある相模湖公園へ戻っていると、彼は湖畔に集まりつつある多くの仲間達の姿を捉えた。
「戻ってこれたんだな、俺らは。」
「はい。…真奈美、確保してからはずっと黙ったままですね。」
「ともかく、今は彼女が逃げ出さないことに注意すればよしとしよう。問題は…」
「真奈美に撃たれた人、ですよね。」
真奈美に撃たれた高鍋は、負傷しなかった医学的知識を有する特祭隊員によって、辛うじて命を繋ぎ止めていた。しかし、雨に長時間打たれ続けたことや腹部からの大量出血により、体温低下やショック状態を引き起こしかねない、危険な状況にあった。
「祇園を捕らえた時に雨が止んだから良かったものの、危険であることには変わりない。…色々と後始末が大変だな。」
「それでも、何もできないよりずっといいです。あの空間に閉じこめられていた時よりも、遥かにいいです。」
「…そうだな。」
彼は千里の言葉の意味を理解し、自分たちの為すべきことが成し遂げられたことで、それを誇らしく思った。
船着き場に到着すると、和歌子が先に手配した医療班とストレッチャーが待機していた。
「重傷者を預かります!」
「お願いします!あの船に乗せています!」
医療班は手際の良い作業で高鍋を引き上げ、彼女は陸上自衛隊が展開中だった野外手術システムのコンテナへと搬送されていった。
「確保した人間は、あそこのバスに乗せていけ!すぐにここから引き離す!」
臨時指揮所の方からやってきた応援とともに、湖上で暴れ回った九名を続々と神奈川県警の車両へと移送していく。途中暴れる者もいたが、警察官が警棒で殴るなどして否が応でも車両に引き連れていった。
最後に連れ出された真奈美は、かなり憔悴しきった様子であった。あと少しのところで全てを台無しにされたのだから、その結末を受け入れることは簡単ではないだろう。
「…真奈美。」
「……もう、とっくに私とアンタは他人同士よ。私は、アンタのことなんて知らない。それでいいでしょ?」
「えっ。真奈美、一体何を言い出すの?」
「…さあ、とっとと連れて行きなさい。ここに長居は無用でしょ?」
「……連れて行ってくれ。」
真奈美は、つい先ほどまで激しく暴れ回ったとは思えないほどの感情の変化を見せ、神奈川県警の車両によって護送されていった。二人は、それを静かに見送った。
千里は、真奈美がなぜあんなことを言ったのかが分からないでいた。その思いも一度、彼の声で霧消する。
「さて、皆の待つところまで戻るとするか。」
「……はい。行きましょう!」
彼女達の護送によって、この現場での不確定要素は消え去った。あとは、多数の荒魂を祓うのみである。
千里ら決死隊二十人を引き連れて、彼は臨時指揮所へと凱旋した。負傷した隊員達は、直ちに応急手当を行うべく白い医療テントへと連れていかれた。
まだ、麻美や舞衣達刀使、更には彩矢などの多くの一般の特祭隊員たちは戻って来れていないため、全員無事に帰ってきたという喜びを分かち合う、とまではいかなかったが、それでも奈緒や絹香、和歌子たちからは労いの言葉や行動を受け取った。
「良かった。…本当に良かったぁ~。」
「おいおい浦賀、そんな涙ぐまんでもなあ。」
「本当に心配したんだからぁ~!」
「……浦賀でこれなら、彩矢達だとどうなることやら…。」
何時ぞやの時とは全く逆の構図*1となったわけだが、余計な心労を掛けさせた以上は彼も奈緒を無理に引き離すようなことはしたくなかった。
後のことが少し気になったが、あまり考えたくもないことなので、一旦その辺の思考は投げ捨てた。
「良かった~、四条さん。貴女も無事に帰ってこられて。」
「足手まといになるかと思ってましたけど、最後の最後でキチンとついて来た役目は果たせましたから。…そう言えば、綿花さんは?」
「まだ向こうなのよ。…戻ってきたら、真っ先に抱きしめてあげなきゃ!」
(水科さんはやっぱりブレないなぁー。)
千里は、卒業しても平常運転であった絹香の姿に、なぜだか安心感を抱くのだった。
指揮所に戻ってからは奈緒に思いっきり抱きつかれているなか、彼は和歌子に今後の不安要素のことを聞いてみた。
「あ、そういや苗場。まだ『男性排斥運動』の構成員が潜伏している可能性があるってのは、把握しているのか?」
「いいえ、まだですね。鎌倉を襲った連中のその後の足取りは、どうも掴めていませんから。」
「…ならきっと、この情報は役立つな。」
そう言って彼は、湖上での戦闘後に拘束した『男性排斥運動』の戦闘員同士の会話を聞かせる。
『…なあ、アタシらが失敗したとして、その時の備えを女王は策を練っていたよな?』
『確か、このダムの作戦がダメな時は各個で動けって指示を出してなかったっけ?』
『沼津に逃げる奴と、各地のダムに散った奴らとか。…あのダムを襲うのに失敗したんじゃなぁ…。』
『小河内は難しいかもしれないが、二瀬や川俣は大丈夫だろ。山奥だし。いざとなったら、ロケット弾で吹き飛ばすまでよ。』
『…ま、あとはやってくれることを信じてみるか。』
録音データを入れたタブレット画面をタップし、再生を止めた彼。
「いつ、この情報を?」
「さっき。船の音でうるさいから、移動中なら聞かれないと思ってたんだろ。こっちの武装に盗聴器を仕掛けておけば、まさか盗聴されているとは思わんだろうしな。」
「…それにしては、情報の取捨選択が早い気もしますけどね。」
「なに、水無月と水沢それぞれにデータを送ったんだ。彼女たちならこれくらいのこと、造作もないことさ。」
「はあ…。味方で良かったと思う人材が多くて、助かった気もしますわ。」
「それで苗場、この情報はどう生かす?」
「……水沢さんにお願いして、会話内容から場所の特定を依頼します。あとは…朱音様や紫様が御判断されることでしょう。私はそこから先には関知しませんわ。」
「同感だ。さて、急ぐとするか。」
今後予測される『男性排斥運動』側の動きを潰すべく、彼や和歌子は本部へ追加でこの情報を送った。
相模湖周辺地域での荒魂討伐の完了が報告されたのは、それから二時間ほど後のことである。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 作戦指揮室ー
彼からの暗号電文が届けられた本部では、彼の予想通り、事態収拾の目処が立ったことを把握していた。
「『悪夢閉じて、旭日は昇る』か。また洒落た電文をアイツは寄越したな。」
「本部長、彼は何を伝えようとしていたのですか?」
「朱音様、一言で言えばケリがついたということです。私達にただならぬ損害を与えた者達への。」
「…そうでしたか。ならばあとは、周辺の荒魂討伐でしょうか。」
「不安か、朱音。」
「大丈夫だとは思っていますが…。やはり、安心しきれていない部分はあります。続報を待ちましょう。」
慢心は、ただならぬ結果をもたらす。慎重な姿勢を崩さないなかで、朱音は現地からの詳報が揃うまで緊張を解こうとはしなかった。
確かに、この時点では全てに幕引きがなされたわけでもなかったので、彼女の姿勢は間違っていなかったのである。
そして相模湖の現場から追加で寄せられた情報をもとに、朱音達は次の手を打った。
特祭隊全体での警戒態勢を解いたのは、これより数日後のことであった。
各地での終結の時は、目前に迫っていた。
ー栃木県日光市 川俣ダムー
真奈美達が連動起爆を画策したダムのうちの一つ、この川俣ダムは関東平野を流れる一級河川の鬼怒川上流部にある。
真奈美から次の指示があるまで、ダム管理事務所、もしくはダムの堤体に近づくことを禁じられたため、『男性排斥運動』のゲリラ部隊は付近で野営しながら時を待っていた。
雨を凌ぐため森林に紛れたため、一見すると人がいるようには見えない。テントを複数立てているため、まるでキャンプのようだ。
「なあ、女王からの連絡はまだ来ねえのかよ?」
「今問い合わせているところだ。……しっかし、定時連絡も来なかったのがどうも気になるな。」
「まさか、あっちは失敗したのか?」
「さあな。ま、あそこは周囲が山で囲まれているんだ。もしかしたら、こっちまで電波が届きにくいのかもな。」
よもやその首謀者の一団がとっくの昔に確保されていることなど、彼女達は知る由もない。
ゴオォーッ
「おい、何か聞こえなかったか?」
「ん?…確かにうるさいな。飛行機か?」
そんな会話をした直後であった。
ドドドドーーン!!
野営していた一帯に大量のLJDAM*2が降り注ぎ、森は火を噴いたように赤く燃え上がった。
「着弾確認。周辺に生命反応は確認できず。これより消火作業に入る。」
『了解。こちらは引き続き任務を続行する。貴隊の協力に感謝する。』
「…願わくば、痛みなく息を引き取っていてくれたらな…。」
航空自衛隊の爆撃を赤外線レーザー誘導した、川俣ダム付近を飛行する陸上自衛隊のヘリ。ダムからの許可を得て、ダムの水を使用した消火作業を行う。
爆弾は全て起爆しており不発弾は残っていなかったため、消火作業後に爆撃地点へと隊員たちは降り立った。
そこには、人の姿もなく、あるのは金属製のテントの骨組みらしきものと、焼け残った複数の銃火器であった。
「…誤爆ではなかったというのか。」
陸自隊員は、現実感の無い中で証拠品の回収を進めた。
刀剣類管理局からの情報を得た政府は、国民への更なる被害を防ぐために『男性排斥運動』の構成員の拘束ないし壊滅を、秘密裏に行われた
航空自衛隊と陸上自衛隊の共同作戦も、この一環によるものであった。川俣ダム同様、真奈美が爆破を計画していた荒瀬、小河内両ダム付近についても、『男性排斥運動』のゲリラコマンドは全滅させられた。
なお、なぜ『鎌倉事変』の時に動かなかったのかや、突然の武力行使に対してあれこれはあったものの、最終的には事後承認という形で衆参両院の賛成多数で可決となった。国内ではありえないとされてきたグレーゾーン事態が、目に見える形で起こったことに多くの国民は衝撃を受け、自衛隊の動きや刀剣類管理局のあり方など、主に軍事や警察の面での議論が活発になる契機となった。
そして最後の戦いの場は陸上から、海へと移ろうとしていた。
ー静岡県沼津市 沼津港ー
夜もすっかり更け、日付変更の時刻も徐々に迫る頃。あれほど心配されていた大雨も、この時間帯になればすっかり雲が消え去り、月や星空が綺麗に見えるようになっていた。
岸壁が短く、貨物船など本来停泊しないこの港に、一隻の大型貨物船、いや、それは正確な表現ではない、総トン数3万9550トン、『
「来たか。」
「恐らくな。…予定時刻を一時間半も越えて到着か。荒魂による渋滞に巻き込まれたか?」
船上から望遠双眼鏡を通して港周辺を確認していた、二人の女性。彼女達こそ、この『男性排斥運動』が擁する偽装貨物船の乗組員だった。
この船は、某半島で建造されていたRO-RO船を改造したもので、外部から見える部分には大量の対空火器とミサイルランチャーを、積載する海上コンテナで覆い隠し、外部から見えない部分は各地のコマンドや協力者への指示を出せる簡易的なCIC*3を備えた、言わば国家の手から離れた私的な暴力装置の全てが詰め込まれていた。本来トレーラーなどでぎっしり埋まっているはずの大部分の車両デッキは、小型浴場やトレーニングルーム、食堂や簡易的な射撃場など、『男性排斥運動』の構成員が長期間詰められるようにのびのびとした空間へと変貌を遂げていた。
最も、彼女達のやっていること自体は、何も知らない他人からすればただの悪意そのものであることに変わりないが。
「あの車の人間がラッタルを駆け上がってきたら、すぐに出航だな。もやいも外してあるし、いつでも出られる。」
「ま、海に出ちゃえば、探すことなんて容易なわけないしね。GPS信号も切ってあるし。」
乗組員は、この出航前の段階で既にタカを括っていた。無理もない。民間の一般船員であった彼女達が、海上保安庁や海上自衛隊が普段、どのようにして活動をしているのか、深く知っているはずもないのだから。
まして、こんな夜中に出港してしまえば、闇夜に乗じて遠洋に逃れられると踏んでいたのだろう。沼津港を出航して南西方向に下ると、あっという間に太平洋だ。黒潮に乗れば、房総沖まですぐの距離である。
そうして、先ほどまで岸にいた女性達が武装したままラッタルへと駆け上がっている、まさにその時であった。
ガシャン ガシャン ガシャン
突如、大型投光器の明かりが一斉に『アフロディーテ号』を囲うように向けられる。非常に眩しい灯りを当てられたことで、一部の人間は瞬時に目が眩む。
「な、何よ一体!?」
「まさかもう夜明け!?」
『そこに停泊中の船舶に告げる!こちらは静岡県警だ!直ちに出港を取り止め、乗っている乗組員や関係者は速やかに岸壁に降りなさい!』
静岡県警は相模湖での出来事を受けて、沼津港から逃亡しようとする犯罪者が多数いる、との情報を特祭隊経由で掴んでいた。このため、一斉検挙を目的として機動隊を投入し、暗闇の中でも『男性排斥運動』の構成員に悟られないように船を取り囲んでいた。
「艦長、指示を!」
『艦内にいる全員へ。ラッタル収容後、出港を強行する!総員、対空、対地戦闘用意!』
ハリネズミのごとく武装が施されたこの船は、ただの警察で対応するには非常に重荷であるほどの火器が、船内外に大量に取り付けられていた。
出港を強行した『アフロディーテ号』は、沼津港にいた静岡県警機動隊へ向け、足止め目的の銃撃を敢行した。ただし、狙いのつけにくい夜間であったことと、戦闘のプロではなかったことで照準がてんでバラバラなものとなり、機動隊側への出血を強いる攻撃は見事失敗に終わった。ただし、沼津港の港湾施設には岸壁を中心に多大な被害をもたらしたが。
偽装貨物船は静岡県警の制止を振り切り、駿河湾へと繰り出した。
沼津港に残された静岡県警機動隊は、『男性排斥運動』の構成員確保に失敗したことで、作戦に参加したほぼ全員が悔しそうな表情を浮かべていた。ただ一名、指揮官であった班長を除いて。
「班長!あのまま逃がしていいのですか!折角、我々が捕らえられそうなホシだったっていうのに!」
「…心配するな。お前たちの働きは、決して無駄ではなかったよ。その証拠が、あれだ。」
そう言って、頭上を通過しようとするの数機の航空機を見送る。キーンという、ターボファンエンジンの鳴らす音が彼らの耳に届く。
「あれは…」
「恐らく、海自の哨戒機だろう。彼らに居場所が割れているんじゃ、どの道あの船に逃げ道はない。…さ、俺達は証拠を押さえて撤収するぞ!!」
陥没痕ができるほどの銃撃下でも無傷で残っていた、逃亡に使われ乗り捨てられた車を確保し、静岡県警は用事の無くなった沼津港から撤退していった。
駿河湾から太平洋を目指した『アフロディーテ号』であったが、先述のとおり海上自衛隊のP-1哨戒機によって既に特定されていた。乗船していた彼女達は、本来予定にしていた伊豆・石廊崎を回って東京湾内へ突入する計画を諦め、駿河湾から遠州灘を経由し、太平洋を経て南西諸島方面への逃走を画策した。
貨物船を改造している船とはいえ、その船速は海上自衛隊の護衛艦の公表速度に匹敵する速さを出していた。そのため、この船の追跡を行った海上保安庁の巡視船や、途中から加わった海上自衛隊の護衛艦も、哨戒機からの情報をもとに日本列島近海でいかにして逮捕・制圧するかという作戦を練り続けていた。そこに、撃沈という選択はなかった。
途中、追尾する巡視船や哨戒機に対して、機銃などによる銃撃戦も発生したが、いずれも人的・物的被害は発生しなかった。この理由は、後述する荒天も関係していた。
追跡開始から三日目の夜、『アフロディーテ号』は高知県室戸岬沖を航行していた際に、マリアナ付近で発生していた大型台風の暴風雨に曝された。この時に乗組員が操船を誤ったことと三角波の直撃を受け、元々改造でアンバランスだった船体が、更にバランスを崩して右に大きく傾斜した。その際、上部に積んでいたカモフラージュ用の海上コンテナ内にあった、大量のミサイルや弾薬が衝撃と振動で破損、爆発を起こした。改造船であったため、船全体の強度が落ちていたこともあり、爆発の直撃を受けた右舷側から船体を一周するように亀裂が入り、船体は分断した。
そして『アフロディーテ号』は煙突部分を境に、船首側が四分の三、艦橋側が四分の一ほどに分かれ、あっけなく海底へと引きずりこまれていった。大時化であったことや、爆発から沈没までがたった十分ほどだったために、追跡中だった巡視船と護衛艦は彼の船の断末魔を見届けることしかできなかった。
生存者は、ただ一人もいなかった。
こうして、『アフロディーテ号』の爆沈により、『男性排斥運動』の表立った活動は事実上機能停止に追い込まれた。
ここに、真奈美が目指そうとした女性のみの輝かしい社会と未来、という野望は潰えることとなった。刀使たちをはじめ、特祭隊や刀剣類管理局は、理不尽に振るわれた数々の暴虐たる行為から、己が居場所を実力をもって守り切った。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
Twitterで知ったのですが、投稿当日(執筆当時)は歩(内里歩)の誕生日となります。美弥(田辺美弥)とまた、二人揃っての活躍の機会があるといいのですがね。
(アニメ本編を観ていれば尚更に)
あと三話ほどで『相模湖擾乱編』は完結いたします。
今月中には終わりそうですので、事前に書いていたとおり一~二話クッションを挟んで可奈美編から再開いたします。
それでは、また。