刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

実質は分割22話目ですが、先の二話は主に真奈美の話になりますので、ナンバリング的にはこうなりました。
今話はいよいよ、『相模湖擾乱編』の最終話となります。
時系列は『復讐の残滓』より数日後となります。

公開初日にとじともOVA(前編)を視終えて、Yahoo!のリアルタイムでの盛り上がりを見て、これを待っていて良かったと思える内容だった、と筆者個人は思っております。コヒメがかわいかった。
(新多さんの登場シーンの時は、音声がイかれたのかとちょっと焦りましたが。)
後編も楽しみですね。その前になのはコラボのようですが。

話が脱線しました。
それでは、どうぞ。


⑳ 前を向く者達

 ー刀剣類管理局 医療施設ー

 

 黒い雲が覆う梅雨空が広がるなか、一人の少女がベッドからその空模様を見上げていた。紫陽花の挿された花瓶を見て、物憂げな顔を浮かべていた。

 少女の名は高鍋(たかなべ)美恵(みえ)。『男性排斥運動(ブルー・パージ)』の元参謀長にして、首謀者の真奈美とはパートナー関係であった。

 

「……。」

(あの日も、こんな風に雨の酷い時でしたね。…山崎さんに撃たれ、気付けばここに居る。)

 

 撃たれて以降の記憶は殆どない。彼女の場合、救援に当たった時には生きている方が奇跡とまで言われた。

 真奈美に開けられた二ヶ所の銃創は、いずれも腹部の動脈や付近の臓器をズタズタに割いていた。野外手術システムで応急手当はしたものの、それでも損傷した血管すべてを縫合することはできなかった。

 

 

 

 

 コン コン

 

 

 

 

 病室のスライドドアから、ワインレッドの髪を靡かせた刀使が入室する。その姿からは、隙を見せないオーラが漂っていた。

 

「起きておられまして?」

「…貴女は?」

「申し遅れました。私は、刀剣類管理局特務警備隊第二席、此花寿々花と申します。治療中の貴女の様子を見に、訪問させていただいた次第です。」

「そう…。…どうぞ。」

「……私はてっきり、追い出されるのかと思いましたわ。」

「私個人は、別に刀使さんに恨みはありませんよ。…女王…いえ、山崎さんは、そうではなかったようでしたけれど。」

 

 女王、と聞いて真奈美のことか、と合点のいった寿々花。高鍋の近くにあった椅子に腰掛け、話を続けた。

 

「貴女方の首謀者の身柄は先般、神奈川県警に引き渡されましたわ。貴女もいずれは、お引き取り願うことにはなるでしょうけれども。」

「…行動を起こした以上、こうなることは予想できていましたから。」

「そのケガもお考えだったのかしら?」

「…いいえ、全く。」

 

 高鍋は、寿々花は人の傷口を抉るような会話をしてくるなと思った。その傷に対して、寿々花は少々深刻な顔を浮かべて口を開く。

 

「貴女の腹部の傷口は、もう既に塞がっているのはご存知かしら。」

「…はい。何でも、最新技術を駆使して止血したとか。」

「……その治療法、貴女には知る権利がありますわ。」

 

 途端に寿々花の話のトーンが下がる。

 その不気味な姿勢に疑念を持った高鍋は、問うた。

 

「一体、何の話ですか。」

「不思議だと思いませんの?二発の弾丸によって、腹部の臓器や動脈をズタズタにされてもなお、貴女が未だ生きているのが。それも、一週間ほども経たずにほぼ全快するなんて。」

「……何が、言いたいのですか。」

「簡潔に申し上げますわ。―貴女の体には、ノロが打ち込まれています。」

「ノロって…、あのノロのことですか?」

「ええ。」

 

 高鍋は固まった。あれほど人々を傷つけ、自分達の計画が頓挫する間接的な原因となった、あの荒魂の基になる物質が自身の体内にあることを。

 

「…な、なぜそのようなことを?」

「…貴女を生かすためですわ。高鍋さん、貴女の傷は、はっきり言って手遅れに等しいものでしたわ。体温の低下も著しく、ショック死しないことが奇跡なほどに。」

 

 これは事実であった。流出する血液の量も馬鹿にならず、真奈美が暫く抵抗を続けたことで、彼女の血液の三分の一はあの船の中にこぼれ落ちたのだ。搬送後、治療に当たった医療班の一部の人間が、その傷の惨状に目を見開いたほどには、である。

 

「……血管の縫合と取り替えも行いましたが、最早手の施しようのないほどの有り様でしたわ。そして、最終手段として残っていたのが、ノロの投与でしたの。」

「……。」

 

 寿々花の話を、静かに聞き続ける高鍋。寿々花もまた、普通なら発狂してもおかしくないような話を聞かされているのに、それを黙して耳を立てる高鍋の精神力の高さを感じた。

 

「ノロには体内の傷を癒やす効果がありますの。もちろん、それには重い副作用もありますわ。ただ、既に手遅れだといわれた貴女を、意地でも此方の方まで運んだ殿方がおりましたわ。」

「殿方って…男性ですか。」

「ええ、勿論。彼は、私達にこう言いましたわ。『撃たれた娘を助けてやってくれ、そこに犯罪者であるかどうかは関係ない。一人の人間として、まだ死なせるわけにはいかない』と。…まったくもって、無茶にも程がありましてよ。」

 

 無論これは、その場に居合わせた和歌子から伝え聞いた話だ。医療班からの絶望的な状況を、和歌子経由で高鍋の治療を諦めるように言っても、彼はずっと頭を下げて止めないように口上し続けたのだ。

 その最終手段こそ、ノロの投与だった。

 

「はっきり言って、賭けでしたわ。持ってきたノロに貴女の体が適合するか分からないうえに、ノロを投与しても貴女が死亡した場合、此方は貴女の身体を切り刻む必要がありましたから。…結局、それが上手くいったのは幸いでしたわ。」

 

 背筋に走った悪寒。下手をすれば、生きたまま微塵切りにされていた可能性も否定できなかった。

 だが、その悩ましい決断の結果として、高鍋は生き延びた。

 

「…その方、お名前は何と言うのですか。」

「その方、とは?」

「私の治療を取り止めないよう、手を尽くしてくださった方です。」

「…本人からは『大したことはしていないし、何もお礼を言われるようなこともしていない。むしろ、嫌いな男に助けられたなんて聞いたら、自殺するかもしれないだろ?それはお互いにとって、不幸だ。』と仰られておられるので、私のほうから、その方の名前をお教えすることはできかねますわ。」

「そう、ですか……。……一言、その人にお礼は言いたかったです。『ありがとう。こんな人間の命を救ってくれて』、って。……ううっ、…いい人って、本当に居たんだ。…嘘じゃっ、無かったんだ…。」

 

 ボロボロと泣きながらも、言葉を続けた高鍋。

 寿々花は、後日ノロの副作用等について話すと約束を言付け、病室から退いた。

 

 なお、高鍋の投与ケースは、治験としてもかなり例外的なものとなったため、一時は此方で拘束し続けるべきとの意見も噴出した。この議論は、平行線に止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高鍋の病室から出ると、廊下には一人の男子が壁に寄り掛かり、腕を組みながら立っていた。寿々花はそれを見て、大きくため息を吐いた。

 

「…はあ~、貴方ってお人は、聞き耳を立てるなんて随分と性の悪い性格をなさりますのね。」

「仕方ないだろ。男の俺が行ったら、何が起こるか分かったもんじゃねぇんだしさ。目の前で死なれでもしたら、こっちは寝覚めも悪いし。」

「…どこから、会話をお聞きでしたの?」

「『貴女の腹部の傷口は~』の下りから全部。」

「殆ど全部ではありませんの。…ということは、彼女の言葉も聞いておいででしたのね。」

「まあな。……俺と会わない方が幸せだろ。彼女にとっては尚更。…一応、彼女の罪に関しては司法取引が上手くいくように頼みはした。四条に当たるはずだった弾を、彼女が全て庇ったんだからな。それだけでも、彼女の減刑を嘆願する理由にはなるだろ?」

「……◯◯さん。貴方、もし私が同じような状況に遭ったとしても、同じように動いてくださるのかしらね。」

「え、そりゃ動くだろ?何を言っているんだ、寿々花?」

「……愚問でしたわ。これを聞いた私が、馬鹿丸出しでしたわ。」

「あえっ?ちょ、それどういう意味だよ!おっ、おい待て、寿々花!」

 

 自身の質問に対する彼の回答から、聞いた自分が小恥ずかしく思えた寿々花は、思わず彼から距離を置くように早足で駆けていった。廊下には、反響する二人の足音が乱反射するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ医療施設では、『鎌倉事変』で瀕死の重傷を負った早希が、未だ床に伏していた。集中治療室から一般病棟に移された程度には容体が安定したものの、搬送後一度も彼女は意識を取り戻していない。

 

「…なあ早希。そろそろ、目を覚ましてくれよ。リンゴを剥いても剥いても、一人でずっと食べてばっかなんだからさあ。…いい加減二人で、食べよう。」

 

 手元でリンゴを剥きつつ、誠司は早希にそう語りかける。

 ずっとこのまま、早希の病室に籠もってばかりではお前の精神が病む、と里奈から告げられ、最近の彼は手元を動かしながら何かを口に含む機会が増えた。

 最初は菓子類であったが、ここ数日はリンゴやみかん、梨といった果物が中心だ。果物を十徳ナイフで皮を剥きつつ、八等分などに切り分けてはそれを食べる、これを面会終了時間まで繰り返した。

 時々、沙耶香や里奈などが見舞いに来たときは、彼女達にそれを分けて出している。…おかげで、刀身の短い十徳ナイフでも綺麗に切り分けができるほどに、その扱いは上手くなっていった。反比例するように、彼の心はドンドン深みに嵌まり、沈み込んでいく。

 

(このまま、早希の意識が戻らなかったら…。……馬鹿野郎!アイツのようになってどうする!早希が目覚めることを信じているんだろ、俺は!)

 

 少しでも気持ちがブレそうになった自分を恥じた。しかし、あれからかれこれ二週間以上が経つ。彼が過去に一月ほど昏睡状態に陥ったことを聞かされた当時は、実感がなく特に何も思わなかったが、今はその周囲の人間の気持ちがよく解る。かなりキツい。

 剥いて切り分けたリンゴを皿に置き、誠司は早希の傍に置かれた花瓶を持ち上げる。

 

「さて、沙耶香ちゃんや舞衣ちゃんが渡してくれた花をちょっとは剪定しようかね。そろそろ、茎が悪くなってきそうだし。」

 

 花瓶から花を抜き、水も換えようと洗面所へ歩き始めた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

「…………く……ん。」

 

 

 

 

 

 

 誠司は、微かに、だが自身が絶対に聞き間違えもしない、あの声を聞いた。フッと振り返ると、酸素吸入器を付けていた彼女の変化のない表情に、色が戻っていた。

 まだ光が入ってくることに慣れていないのか、眩しそうに目を細めていた。

 

「早希っ!!」

 

 花瓶を持っていることも忘れて、彼は駆け寄った。

 

「…糸崎君、なんだよね。」

「ああ、地獄でも天国でもない、ちゃんとした現実だ!…良かった、早希が目を覚ましてくれて、本当に良かった…。」

 

 湧きあがる感情の高ぶりに、誠司は涙を抑えきれずダバダバとベッドシーツを濡らしていく。

 そんな彼を、早希は手を重ねて優しく声掛けした。

 

「ごめんね、心配、かけたよね。」

「早希が死んだらどうしようって、ずっと怖かった。俺のせいで早希が撃たれたのに、早希が身を挺して守ってくれたのに、何もまだ返せてないのに、……それなのに、俺は…。」

「糸崎君…、ううん、誠司(・・)君。」

「―!?」

 

 彼は、早希の言葉に目を見開いた。どこか壁のある苗字呼びから打って変わって、早希は名前で呼んだのだ。邪魔になっていた酸素吸入器を外し、早希は上体を起こした。

 

「っつ、ちょっとまだ痛むね。」

「お、おい、無茶しないでくれよ。」

「大丈夫だよ。…誠司君を守れたことに比べれば、あんなこと、大したことじゃないから。それに、ずっと心配してたことくらい、その顔を見ればすぐに分かるよ。」

「えっ。」

「そんな疲れ切った顔で出迎えたら、ちょっとは驚くよ。……でも、やっぱり誠司君は誠司君だったって、改めて思えた。」

「早希…。」

「ねえ、誠司君。私が撃たれる前にした約束、覚えてる?」

「あっ、ああ。旅行のことか?」

「…部屋以外はさ、お世話になった皆と一緒に行きたいなって。迷惑と心配を掛けちゃったから、そのお詫びをしたいと思って。……ダメ、かな?」

「…こんな可愛くて、愛しい彼女のお願いを断るようなほど、俺は人でなしじゃないさ。……お帰り、早希。」

「ただいま。誠司君。」

 

 二人の顔は寄り合い、重なる。突然引き裂かれてもなお、二人の想いは揺らぐことなくむしろ強固なものとなった。今は、誠司の精神を早希が癒す。

 

 

 

 

「…久しぶりだったね、ここまで長いのって。」

「そうだな。続きは…」

 

 とか言っていると、見舞いの品を持ってきた里奈が、口をバックリ開けた状態で二人の近くまでやって来ていた。

 

「…あ、お邪魔だったようね。せ、先生を呼んでくるから、続けたければどうぞー!」

「…行っちまった。」

「ふふっ、里奈さんも気遣いが下手なんですから。」

 

 それでも、早希は誠司との二人きりの時間を設けようとした里奈の行動には、内心感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 里奈が早希の意識が戻ったことをナースセンターに伝えに行き、担当医が早希の容体を確認する。

 

「…確認できました、あとニ~三日くらいで退院できますよ。」

「本当ですか。」

「ええ。…彼氏さん、ずっと付き添っていらっしゃいましたから、大事になさってくださいね。」

「ありがとうございます。私の、自慢の人ですから!」

 

 満面の笑みで、早希は医師達にお礼の言葉を述べた。

 

 

 

 

 医師らが病室から出た後、里奈は沙耶香と舞衣に連絡を入れ、早希の意識が戻ったことを伝えた。任務が終わり次第、こちらにやって来るという。

 花瓶の花も手入れを終えて、元の位置に戻している。

 

「でも、本当に良かったわ。早希さんの意識が戻って。」

「なかなか起きれなくて困ったんですけれどね。なんというかこう、自分の身体が浮いているような感覚、ですかね。刀使が写シを張っている時みたいな、あの感覚がずーっと続いてましたから。」

「さっき、水沢やアイツにも連絡を入れたんだが、『ホッとした』とか『そうか、良かったな』という感じの返答だったぞ。…もうちょっと心配しろ、とは思ったんだがな。」

「それよりも、○○さん、無事に見つかったんだね。」

「ああ、捜索していた益子の班に偶然見つけられてな。ついでと言わんばかりに、今回の事件の首謀者ごと捕まえやがった。」

「結局、誰だったの?その首謀者って。」

「ウチの部署を兼任していた、祇園って娘だ。今はもう、県警に身柄を移されたがな。」

「そっか…。」

 

 複雑な表情を浮かべた早希。誠司は、今回の件についてもう少し話す。

 

「今回の騒動を起こした武装集団、『男性排斥運動(ブルー・パージ)』を構成していた人間の大半は若い女性だった。その多くは、インターネットやSNSで知り合ったんだと。その中で、早希を撃った連中と、途中で味方同士の撃ち合いを始めて俺達に協力した連中と、主に二つの派閥があったそうだ。」

「糸崎、私は小耳にしか挟んでいないんだけど、協力した人たちには司法取引やら減刑が嘆願されたって話、本当なの?」

「ああ。実際、あの場の状況から言や、人質に死人が出てもおかしくないほどの変な緊張感があったからな。もちろん、男を手酷く扱う奴もいたが、ヘリポートの半分以上の人間はむしろ人質を守ろうとしてたさ。…よっぽどの神経でなきゃ、あんな行動は起こせないだろうよ。」

「そう言えば、柳瀬さんがその協力した人?と話している姿も見えたけれど、あの人達は?」

「北見っていう、その協力した派閥連中のトップは撃たれてな。獅童が運んだらしいが、今は回復に向かっているそうだ。彼女の派閥の人間は、多数生還している。」

「…私を撃った側の人は。」

「早希さんを撃った奴に関しては、私がぶっ叩いて気絶させたわ。…大半は姫乃の作戦と、その後の相模湖の事件で捕まったり、文字通り消し飛んだりした奴ばかりよ。…朱音様の心労が増えそうなのは、頂けない話だけれどね。」

 

 犯罪者といえど、亡くなった者の魂がいつまでも敷地内でうろつかれては困るという事情もあって、急ピッチで鎮魂の場を設ける作業を行っていた。正門付近は一度粉々に破壊されたこともあって、整地ついでに設置することを計画しているという。

 余談ながら、今回破壊された相模湖周辺の橋や沼津港の港湾施設等は優先的に復旧工事が進められており、一年以内には破壊前の姿に戻されるとのことだ。彼や千里が監禁された建物も、刀剣類管理局側が買収したうえで修復、拠点として再利用されるという。

 

「ま、これで一件落着となってくれればいいんだけれどねぇ…。」

「それこそ、水沢のやり方とアイツの考え次第だろ。…ダメ元で一般人にノロを投与したことが、吉と出るのか凶と出るのか…。…これを機に、色々と進んでくれることを願うしかないな。」

「…私は、○○さんなら大丈夫だと思いますけれどね。誠司君と同じように、色々と頑張ってくれる人ですから。」

 

 そんな時に、病室の扉がノックされる。

 

『三原のお姉さん、来たよ。』

『三原さん、沙耶香ちゃんと一緒にお見舞いに来ました。』

「お、沙耶香ちゃんと舞衣ちゃんだな。」

「私が開けて来るから、アンタは早希さんと一緒にいなさい。」

「里奈さん、こけないように~。」

 

 早希のもとへと集う人数は、まだまだ増えそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー

 

 監禁されていた期間の遅れを取り戻し、普段の業務に戻っていた彼。医療施設から戻ってきた今、姫乃と真奈美以外の新人五人と共に、仕事を進めていた。

 

「……こんなもんかな。」

「確保した人数だけでも、結構な数になりましたからね。簡単な事情聴取だけでも、これだけの厚さになりましたし。」

「現実味が無いよな。もちろん、行動を起こした理由は人それぞれってのが、なお笑えない話だ。」

 

 分厚いファイルに綴じられているのは、全て生存し拘束した『男性排斥運動』の人間の生の声(調書)だ。

 

「だいたいの人は、社会のセーフティネットから漏れ出た方々のようでしたし、こうした方々を生み出さないためにも、行政に働きかけるしかないでしょうね。」

「それもそうだが、管理局や伍箇伝側でも、もう少し気軽に相談ができるように環境整備をしたいもんだ。」

「……やっぱり、祇園さんのことですか。」

「俺自身は基本的に誰からの話も聞くようにはしているが、…相手が男であると言いにくい、ってことも制度設計の段階で想定しておかなきゃならなかったんだろう。その点が今回、俺には抜け落ちていた。」

「…私達、人生経験はまだまだ浅いですから。失敗を繰り返してこそ、最善の道が拓けてくるものだ、と私は考えますけれどね。」

「…難しいが、やるしかないな。此方に聞き及ばない声を、事前に拾うってのは。」

 

 今までやってきたこと自体は無駄ではなかった。だが、改善が完璧に果たされたとはまだまだ言い難い。彼が居る間に、どうにか次世代の人間がやりやすい環境と制度を整えておきたいと思った。

 

「そうそう、◯◯さん。上川って人とお話しした時なんですけれど、」

「確か、祇園とは対立していた派閥のナンバーツーの娘だったっけか。」

「はい。トップの北見さんのことを心配していらしたのが一つ、もう一つは『男性排斥運動』の武力行使への流れを事細かに説明してくださいましたよ。」

「まあ、だいたいは水沢の予想通りなんだろ?」

「はい。…ただ、鎌府の放棄された施設が勝手に利用されていたことは、私も驚きました。」

「荒魂が探知できないように細工を施されていたことからして、刀剣類管理局の中にも彼女達に与した人間はいたってことだ。…朱音様や俺への意趣返しなのかもしれんがな。ま、当面は動けやしないさ。公安も動いている。狼を炙り出すのは今ではないだろうしな。その領域は、俺達の範囲じゃない。」

「……○○さん。祇園さんの精神鑑定を行うように、県警へ進言するべきでしたか?」

「いいや。どのみち弁護士が求めるだろうしな。それよりも…。」

(相模湖で祇園が四条に投げた言葉。…恐らく、彼女には別の生き方をしろと暗に伝えたかったんだろうな。そして、あんな行動に出た自分と関わるのは止めろ、と。…まあ、これは俺の憶測に過ぎないが。)

「どうかされましたか?」

「…いや、あれこれ考え過ぎるのも悪い癖だな。」

 

 そうため息を吐きつつ、彼は隣の部屋をちらっと見やる。

 

「…新人同士は、皆すっかり仲良しになったみたいだな。」

「はい。あの中だと、長い間物理的に関わりを持てなかった四条さんが一番心配でしたが、私の心配は杞憂で終わりました。」

「……祇園も、もし道を踏み外さなければ、あの中に混ざれたんだろうか。」

「難しいと思います。いずれは、私達と衝突する道を歩んでいたでしょう。……◯◯さんは、彼女を捕らえたことを後悔していますか?」

「いいや。今、俺達が享受している何気ないこの時間こそ、俺が守るべきモノだったからな。まだ全てが元通りになるまでは、もう少し時間は掛かるだろう。が、それはどうにかなるだろう。…三原の回復が、その最初の一歩だ。」

「後で私達もお見舞いに行きましょうか。そこの五人も連れて。」

「ああ。」

 

 彼はそう言って、再び普段の書類仕事に戻っていく。姫乃はそれを手伝いつつ、情報分野の技術革新を進めるべく、素案を練り続けていた。題名は、『5G時代における刀剣類管理局の機動力強化計画』だった。

 

 

 

 

 

 彼の部署の隣の部屋では、千里や愛実などの面々が愚痴りながらも作業を続けている。今は、『鎌倉事変』の際に作戦へ参加した刀使などへの、生活上や精神面での影響が無いかという、アンケートの集計作業中であった。影響そのものは皆無とまでは言わずとも、比較的想定された内容ばかりであったため、対応は取りやすいものではあったが。

 

「圭吾っち~、まだあんの~?」

「愛実、愚痴りたくなるのは分かるが、今は我慢しろ。もう少しだから。」

「へ~い。…いいけどさぁ。」

「北野君、これとこれ、纏め終わった分よ。」

「助かります、水無月さん。これで、美濃関と鎌府の人の心の傷は癒しやすくなります。ストレスケアも、どうにかなりそうですよ。」

「お役に立てたのなら、何よりです。まだまだ、水沢さんほどの分析力はありませんけれど。」

「いやいや、姫乃っちのは別次元のスペックでしょ。もちろん、葵っちは私らでも凄いって分かるけどさあ。」

 

 愛実が葵を褒めるなか、千里はふと、その葵のことで思い返すことがあった。

 

「思えば、真奈美を見つけられたのも水無月さんのおかげだったんですよね。…見つけてくださって、ありがとうございました。おかげで、真奈美があれ以上罪を重ねることも、下流域の人々が犠牲になることもありませんでしたから。」

「あれはたまたまな話ですよ。それよりも、祇園さんの手首を正確に撃ち抜いたそうじゃないですか。私からすれば、そのほうが驚きなんですけれども。」

「た、偶々ですよ~。私にそんな才能はありませんから~。」

「…圭吾っち。千里っちってフワフワした感じに見えて、案外やり手なのかねぇ?」

「俺に聞くな。…まあ、意外とその予想は当たっているのかもな。」

 

 彼女の性格もあるのだろうが、発狂してもおかしくない環境下での異性との共同生活を一週間以上経験した。その後、説得のためとはいえ直接戦闘行動に参加して、物理的に友人を止めに向かった彼女の精神の強靭さを、この二人は感じていた。

 

 

 

 

 ピー ピー ピー ピー

 

 

 

 

 隣の部屋から鳴るアラート。これが鳴る理由は一つしかない。

 

「はい。…はい、了解です。これより出撃準備に入ります。」

「荒魂の出現か。」

「はい。私は特祭隊の作戦室に向かいますが、◯◯さんはどうされますか。」

「呼ばれたんなら、行くしかないだろ。現場に。」

「そうおっしゃると思っていました。武器携帯許可の手続きは私の方でやっておきます。」

「助かる。―亀岡、北野!それと四条は俺と共に荒魂討伐の作戦支援に向かう。水無月と嵯峨野は、水沢とともに特祭隊本部へ向かえ!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 

 

 人間達にどんな苦難があろうと、荒魂達は待ってくれない。人間同士の醜い感情論による争いだろうが、人々の繋がりを信じた行動だろうが、彼らの前には関係ない。

 だが、果てぬ争いの前であろうとも、人々の連帯と結束、知識と技術は決して色褪せるものではない。

 

 

 

 

 向けられた悪意を振り払うのは、確固たる良識を持った人々の意志である。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

5月から長らく書かせていただいた本編も、今話で最後となります。何気ない気持ちで書き始めた本編ですが、気が付けば40話超の編になってしまいました。
無事こうして纏め終えられたので、少し安心もしています。

刀使や特別祭祀機動隊がこのような(グレーゾーン)事態に遭遇した時にどうするのが良いのか、という視点や、本編のように実行に移してしまうまでには酷くないにしても、現実にも存在する男女間の問題、そして、刀使やサポートメンバー達から全般的に信じられる人間(この場合は主人公ではありますが)との関係性の強さを見せる視点、このあたりを軸として織り交ぜつつ、綴って参りました。
今編では、社会問題を話に織り込むときは、よく調べたうえで書くことが求められることも身に染みて思いました。(半端なことは言えないという意味でも。)

一~二話ほどまた置きまして、可奈美編の執筆に戻ります。…書きたい欲も溜まってきておりましたので、本来の流れに戻ろうかと思っております。
(書く勘がまだ残っているのか、不安ですが。)

※アンケートの方は、本日10/29の12:30をもって締め切らせていただきました。投票をしていただいた方、ありがとうございました。

それでは、また。
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