今話は番外編として江麻編をお届けします。
時系列は御前試合前、桜の花が咲き出す少し前の頃になります。
この話は、可奈美編『人材選考と出会い』と『真剣会話』とも一部リンクしています。
単体でも読めるようにはなっていますが、話が分かりにくく感じた方は、先に上記の二話をお読みいただくと、より分かりやすくなると思われます。
それでは、どうぞ。
ー美濃関学院 学長室ー
古くから日本刀の刀匠達が軒を連ねる、岐阜県関市。
刀使や彼女達に従事する者達を育成する伍箇伝の一角、美濃関学院はそんな場所にある。
その学長である
約二十年前に発生した相模湾岸大災厄において、現在の刀剣類管理局局長である折神紫以下六名で、江ノ島に留まっていた大荒魂を討伐した、そのうちの一人だ。…と、公式の文書ではそう記されている。
…実際には、これが捏造されたものであるとは、当事者以外で、ほぼ疑う者が居ないだけなのだが。
「はあ…。迫る年波には、やっぱり叶わないのかしら。これでも、体を多少は鍛えているはずなのだけれど。」
執務机で書類作業をするなかで、肩に疲れを感じる彼女。刀使として、若い時期には活躍し続けていたのだが、人間誰であれ老化からは逃れられない。同世代の女性に比べれば、未だに身体的には若いが、やはり事務作業は血行を度々阻害し、若さをジワジワと奪ってくる。
それを防ぐために、最近は学院内のトレーニングルームなどで体を動かしているのだが。
「…そういえば、今日はあの子がやってくる日だったかしら?…本部で、色々と駆けずり回っているとは聞いているけれども。」
定期的に、本部から近況報告を聞きにやってくる人間が派遣されるのだが、今回は彼がその任にあたることになったという。
「土産話も聞きつつ、本部がどんな感じなのかを聞き出せる良い機会ね。」
一通り書かねばならない書類を書き終わらせ、来客の準備をする。
「相変わらず母校っていう実感はないが、生徒が和気あいあいとしているってのは、俺からすれば良い傾向だな。」
学長室に向かうべく校内を徘徊しながら、この学院の空気感を感じ取る彼。本部に行ってから数年近くが経過していることもあり、学籍こそ美濃関にあれど、たった数ヶ月しか居なかった学び舎に思いを馳せろというのも、なかなか感覚的には難しいとも言えよう。
「確か、この建物に学長室があったはず…。」
慣れるとそこまで迷うことはないのだが、ちょっとした大学施設程度には広いため、方向感覚が鈍くなりやすい。
「羽島学長、元気になさっているのかね…?」
ともかく、学長室へ向かう足を速める。
コンコン
学長室の扉からノック音が響く。
『失礼します、本部の○○(彼の苗字)です。』
「は~い。開いているから、入ってきて頂戴。」
「入ります。」
スライドドアがゆっくりと滑り、ちょくちょく顔を会わせる機会を持つ、彼の姿が現れる。
「お久しぶりです、羽島学長。…遅かったですかね?」
「いいえ、時間どおりよ。…そう硬くならなくても大丈夫。今、水を入れるわね。」
「何から何まで、すみません。」
「いいのよ。貴方の話は面白いものが多いしね。」
「は、はあ…。…言うほど面白いのでしょうか…?」
日頃あまり自分の話術を気にしない彼からすると、江麻の言葉は少し意外ではあったが、教育者でもある彼女はこうしたところから生徒の特性を見出だしているのかもしれない、と思った。
「それで早速ですが、近況報告等を伺います。」
「何か急ぎの用事でもあるの?」
「いえ。…ちゃっちゃと済ませて、羽島学長と話す時間をなるべく長く取りたいのが、正直なところですが。」
「そういうものは建前としてぼかした方がいいわよ?…でも、少し嬉しいわね。」
「そうですか…。では、始めましょうか。」
江麻の方から語られる、美濃関学院のここ最近の討伐実績だったり、生徒間のトラブルだったりなどを一つ一つ丁寧に確認していく彼。
「…今、話したもので最近の分は全てかしら。」
「ありがとうございました。…見た限り、ここ最近の中等部の伸びしろは目を見張るものがありますね。」
「本部…、いえ、舞草に欲しい人材でも居たのかしら?」
「まさか。確かにウチの部署にも人手は欲しいですが、学ぶ時はしっかり学ばないとそれこそ彼女達の命に直結します。それに、俺自身はあまり色眼鏡で人を見たくないですから。」
「…どおりで、長いこと貴方が現場の娘達に好かれるわけだわ。」
「そういえば以前、ここで大きな催し事があった時*1に、中等部の刀使と立ち合いになったことがありましたね…。俺みたいな下手くそな相手でも、対等な条件でやり合ってくれる、良い娘でしたよ。」
「……その立ち合った娘の名前を、覚えているかしら?」
「確かその時の挨拶で、中等部一年の衛藤可奈美、って言っていたような気がしますが。」
「…それは本当なの!?」
突然、驚いた表情を見せる彼女。
「そ、そんな驚くことですか?…まさか、問題を起こすような娘でしたか?」
「いいえ、違うのよ。…彼女が、私が以前貴方に漏らした、美奈都の娘の名前よ。」
「そう…、だったんですか!?……えっ、ちょっと待ってください、えっ?」
流石に驚く他ない彼。その証拠に、口を上下にパクパクさせていた。
「本当に何も知らなかったの?」
「…はい、全く。生徒のプライバシーに関わるものには、なるべく触らないようにしていましたから。…そうか、彼女が…。」
記憶に整合性を持たせようとして、少し頭を動かす。
「…それで、貴方から見て、衛藤さんはどう映ったのかしら?」
「友達に好かれるような、いい娘だと思いましたよ。…あと、彼女の動きは洗練されたものでしたね。多分、これからもっと伸びると思いますよ。」
あながち、この時の彼の可奈美への評価は正しいものでもあった。一つ予想外のことがあったとすれば、紫を除いて現役刀使として最強の存在へと、実力を昇華させていったことくらいだろうか。
「…美奈都の血は、争えないものなのかしらね。」
「羽島学長、もし彼女が力を伸ばしてきたら、一報ください。…あと、柳瀬舞衣という娘に関しても、お願いします。」
「貴方、柳瀬さんとも知り合いだったのね。」
「…?どういう意味ですか?」
「彼女は今の中等部一年生の中でも、刀使としての実力が高まってきている娘なの。付け加えることがあるなら、柳瀬グループのご令嬢さんよ。」
「…そう、だったんですか。…普通は驚くようなことの筈なのに、驚かない耐性が付いてきている自分が怖い…。」
本部では、親衛隊に名家の令嬢であった寿々花が居ることもあり、あまり階層意識のようなものは感じなかった。まして任務などでは普通に話すため、客観的に改めて見た時に、それがどんなに貴重なことだったのか、と思い返される。
「…まあ、それでも俺のやることは変わりませんよ。前時代的な階級意識なんてものは、こうした仕事じゃ、確実に足枷にしかなりませんし。……でも、そうか。あの時の娘が…。」
「本当に、美奈都そっくりよ。…叶うのなら、今のあの娘の姿を見せてあげたかったわね。」
「……羽島学長、俺は舞草に入って以降、刀使や彼女達のサポートを行う人間の損害をいかに減らしていくかの研究も、ちょこちょこ進めています。…美奈都さんを含め、荒魂に関わって未来を断たれたり、殉職していく人達を、増やしたくないんです。」
「…貴方も、色々なことを経験したのね。」
彼の膝の上で握られた拳が固く閉じられるのを見て、本部に渡って以降に体験した修羅場を推して知る彼女。
「その貴方の思い、全国に届くといいわね。」
「はい。…羽島学長。俺が思い悩んだ時、また此処へ来てもいいですか?」
彼もまあまあな年齢になったとはいえ、まだ『子ども』である。万一の時に教育者として、というよりも相談しやすい『大人』として、彼女を頼ろうと思ったのは何らおかしなことではないだろう。
「…ええ。貴方も、本部に居るとはいえ、我が校の生徒なんですからね。」
少し不安げな顔をしていた彼へ、笑顔でそう語りかけた江麻。
「…そう言っていただき、ありがとうございます。羽島学長。」
自然と、彼女に頭を下げた彼。起こした時の表情は、明るいものへと変わっていた。
この時の会話が、後に動乱の日々へと突き進むなかで、彼の心理面において重要な役割を果たすことになる。
桜の蕾も膨らむ準備を始める、とある春の一コマであった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
江麻(というか、雪那以外の特務隊経験者達)が二十年前に何も分からず親友を送り出した、あの時の後悔を繰り返したくないという部分が、波瀾編の終盤で描かれていたという考察がありました。
当時それを目にした時には、そうした視点で視てみるとなるほど、と感じると共に、その方の考察の深さに驚きを覚えました。
話は変わりますが、刀使ノ巫女の新たなノベライズ化の情報に熱が冷めやらぬ筆者でございます。
(みにとじは無事届きました。あの未放送エピソードには、感極まって泣きました。)
それでは、また。